“さ”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:サ
語句割合
醒7.9%
冴7.7%
咲5.1%
提5.0%
指4.7%
去4.5%
射4.3%
割4.0%
然3.7%
裂3.3%
下3.2%
錆3.0%
左2.8%
覚2.7%
避2.3%
挿2.3%
刺2.2%
映2.0%
差1.9%
褪1.8%
冷1.6%
寂1.5%
先1.4%
退1.2%
注1.0%
螫1.0%
扨0.8%
颯0.8%
揷0.8%
距0.7%
曝0.7%
覺0.7%
潮0.7%
寤0.6%
翳0.5%
更0.5%
為0.5%
嘸0.4%
障0.4%
鎖0.4%
些0.4%
魅0.4%
探0.3%
鏽0.3%
斥0.3%
剖0.3%
酌0.3%
劈0.3%
献0.3%
垂0.2%
晒0.2%
插0.2%
佩0.2%
偖0.2%
寒0.2%
携0.2%
低0.2%
宛0.2%
銹0.2%
爲0.1%
閉0.1%
冱0.1%
帯0.1%
撫0.1%
触0.1%
逝0.1%
放0.1%
三0.1%
拆0.1%
佐0.1%
点0.1%
獻0.1%
支0.1%
辟0.1%
狭0.1%
爾0.1%
叉0.1%
逆0.1%
向0.1%
遮0.1%
黥0.1%
捜0.1%
発0.1%
半0.1%
嗟0.1%
挈0.1%
曩0.1%
叫0.1%
尖0.1%
幸0.1%
早0.1%
破0.1%
磋0.1%
腿0.1%
茶0.1%
行0.1%
降0.1%
除0.1%
離0.1%
擬0.0%
塞0.0%
捌0.0%
而0.0%
恰0.0%
狹0.0%
發0.0%
躱0.0%
離縁0.0%
前0.0%
吊0.0%
小0.0%
慧0.0%
折0.0%
摩0.0%
擎0.0%
擘0.0%
擦0.0%
攫0.0%
朝0.0%
淋0.0%
炸0.0%
簪0.0%
紗0.0%
蕭0.0%
詐0.0%
貫0.0%
帶0.0%
挟0.0%
加0.0%
度0.0%
怜0.0%
指点0.0%
棹0.0%
上0.0%
与0.0%
串0.0%
人寤0.0%
仕0.0%
作0.0%
倒0.0%
其0.0%
利0.0%
刳0.0%
刷0.0%
削0.0%
剚0.0%
剥0.0%
吹0.0%
呼0.0%
嚮0.0%
堤0.0%
夫0.0%
定0.0%
屏0.0%
岐0.0%
憑0.0%
截0.0%
扠0.0%
抱0.0%
担0.0%
拒0.0%
挐0.0%
挾0.0%
推0.0%
擐0.0%
攅0.0%
暁0.0%
暴0.0%
最0.0%
析0.0%
梟0.0%
決0.0%
沍0.0%
沙0.0%
浸0.0%
深0.0%
渋0.0%
測0.0%
熾0.0%
爽0.0%
真0.0%
砕0.0%
祭0.0%
穿0.0%
窹0.0%
立0.0%
粛0.0%
羞0.0%
苛0.0%
荒0.0%
蔑0.0%
蜡0.0%
螽0.0%
襲0.0%
西0.0%
観0.0%
觸0.0%
賤0.0%
走0.0%
遠0.0%
配0.0%
酬0.0%
醜0.0%
針0.0%
開0.0%
閑0.0%
鮮0.0%
點0.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
いかにも感慨無量で折角飲んだ酒も醒(さ)めて来るが、暫くするとまた飲みたくなりゃこそ酒屋が渡世が出来る理窟故ますます感心する。
それを吹きはじめると、いよいよゆうべ聞いた金伽羅童子の冴(さ)えた笛の音が、そのまま、この笛に乗り移ったかと思われるほどです。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
中(なか)に咲(さ)いたやうな……藤紫(ふじむらさき)に、浅黄(あさぎ)と群青(ぐんじやう)で、小菊(こぎく)、撫子(なでしこ)を優(やさ)しく染(そ)めた友染(いうぜん)の袋(ふくろ)を解(と)いて、銀(ぎん)の鍋(なべ)を、園(その)はきら/\と取(と)つて出(で)た。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
家人たちが、銘々酔顔を提(さ)げて駆け集ったとき、つい先頃奉公に上ったばかりの召使いのおとよという女が、半身に血を浴びながら
仇討三態 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
宝石商(ほうせきしょう)は、それから幾日(いくにち)も旅(たび)をしました。山(やま)を越(こ)え、河(かわ)を渡(わた)り、あるときは船(ふね)に乗(の)り、そして、南(みなみ)の国(くに)を指(さ)して、旅(たび)をつづけました。
宝石商 (新字新仮名) / 小川未明(著)
さて獣(けもの)はまへにもいへるごとく、初雪(しよせつ)を見て山つたひに雪浅き国へ去(さ)る、しかれども行后(ゆきおく)れて雪になやむもあればこれを狩(か)る事あり。
わざと、燭(しょく)は燈(とも)さずにある。すすきの穂の影が、縁や、そこここにうごいている。廂(ひさし)から射(さ)し入る月は燈火(ともしび)よりは遥かに明るかった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
銭塘(せんとう)の杜子恭(としきょう)は秘術を知っていた。かつて或る人から瓜を割(さ)く刀を借りたので、その持ち主が返してくれと催促すると、彼は答えた。
鍬(くは)を擔(かつ)いで遺跡(ゐせき)さぐりに歩(ある)き、貝塚(かひづか)を泥(どろ)だらけに成(な)つて掘(ほ)り、其(その)掘出(ほりだ)したる土器(どき)の破片(はへん)を背負(せお)ひ、然(さ)うして家(いへ)に歸(かへ)つて井戸端(ゐどばた)で洗(あら)ふ。
そうしてさらにまたある一団は、縦横に青空を裂(さ)いている薔薇の枝と枝との間へ、早くも眼には見えないほど、細い糸を張り始めた。
女 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
年(とし)ちゃんは、走(はし)っていって、どこからか米俵(こめだわら)の空(あ)いたのを下(さ)げてきました。原(はら)に捨(す)ててあったとみえて、俵(たわら)は霜(しも)でぬれていました。
雪の降った日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「大分前から金具が錆(さ)びてゐて、開け立てに齒の浮くやうな音を立てましたが、二三日此方不思議にそんな音が聞えなくなりました」
其うち善兵衛が娘の部屋を調べると、机の抽出から戦慄(せんりつ)すべき脅迫状が現れた。白の封筒に白い書簡箋(レターペーパー)に左(さ)の意味が書かれてあった。
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
ほんとうに目を覚(さ)ましていたわけではなく、友愛塾というところは一風変わった指導をやるところだぐらいにしか考えていなかった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
私がこの日頃そこに近寄るのを努めて避(さ)けるようにしていた、私の昔(むかし)の女友達の別荘(べっそう)の前を通らなければならないことを認めたのだ。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そういいながら、その若い男は、ぼくを穴の中へ挿(さ)し込(こ)んだ。私はこの意外な出来事に、夢かとばかり愕(おどろ)き、そして胸を躍らせた。
もくねじ (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうするとその矢は、若日子がちょうど下界であおむきに寝(ね)ていた胸のまん中を、ぷすりと突き刺(さ)して一ぺんで殺してしまいました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
その中(うち)に東の空はほのぼのと明け渡って、向うの庭の枯れ木立の間から眩しい旭(ひ)の光りが、この室(へや)の中へ一パイに映(さ)し込みました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作、杉山萠円(著)
左(ひだり)へ折(お)れたところに応接室(おうせつしつ)か喫煙室(きつえんしつ)かといふやうな部屋(へや)の窓(まど)の戸(と)が少(すこ)しあいてゐて人影(ひとかげ)が差(さ)してゐたが、そこを過(す)ぎると玄関(げんかん)があつた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
火を吐くような言葉を、男の顔に浴(あび)せると、お豊は百年の恋も褪(さ)め果てたように、クルリと背を向けて、欄干の上に顔を伏せました。
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そしてなお、月の彼方を、睨(ね)めつけていたが、ようやく、眸の焔(ほのお)が冷(さ)めてくると、眼はおのずから、自分の姿と足もとへ戻って来る。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれども彼は落葉だけ明るい、もの寂(さ)びた境内(けいだい)を駆(か)けまわりながら、ありありと硝煙の匂(におい)を感じ、飛び違う砲火の閃(ひらめ)きを感じた。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ソレは乗らぬことにして、その少し先(さ)きに下駄屋が見えるから、下駄屋へ寄(よっ)て下駄一足に傘一本買(かっ)て両方で二朱(しゅ)余り、三朱出ない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「きゃっ‼」叫んで理学士、二歩うしろへ退(さ)がったが「赦して下さい兄さん、あなたを殺したのは悪かった。赦して下さい‼」
幽霊屋敷の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
毒を注(さ)したところだけ、きれいにさき捨(す)てて、毒のない部分をさんざん食いあらしていたのです。一服(ぷく)盛(も)ろうたってあいつにゃ駄目(だめ)です。
「さう言つたつて、これでも蚤(のみ)の螫(さ)した跡(あと)よりはでかいでせう。——一體そんなことを言ふ親分こそ身體を汚したことがありますかい」
ちょうど生きた人魂(ひとだま)だね。扨(さ)て門を這入ってみると北風(ほくふう)枯梢(こしょう)を悲断(ひだん)して寒庭(かんてい)に抛(なげう)ち、柱傾き瓦落ちて流熒(りゅうけい)を傷(いた)むという、散々な有様だ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一陣の北風に颯(さ)と音していっせいに南に靡(なび)くこと、はるかあなたにぬっくと立てる電燈局の煙筒より一縷(いちる)の煙の立ち騰(のぼ)ること等
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは或雑誌の揷(さ)し画(ゑ)だつた。が、一羽の雄鶏の墨画(すみゑ)は著しい個性を示してゐた。彼は或友だちにこの画家のことを尋ねたりした。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
緑雨(りよくう)は巧に現社界の魔毒を写出(しやしゆつ)せり。世々良伯(せゝらはく)は少しく不自然の傾きを示すと雖(いへども)、今日の社界を距(さ)る事甚だ遠しとは言ふ可らず。
男は自分ひとりのような顔をしていて、裏にうらのある、そんな稼業(かぎょう)のものの真唯中(まっただなか)に飛んだ恥を曝(さ)らすようなことがあってはならぬ。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
紋着(もんつき)、白(しろ)えりで盛裝(せいさう)した、艷(えん)なのが、茶(ちや)わんとはしを兩手(りやうて)に持(も)つて、目(め)の覺(さ)めるやうに顯(あらは)れて、すぐに一切(ひとき)れはさんだのが、その人(ひと)さ。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
あなたの大きくみひらいた眼には、果てなき大空の藍色と見渡す草原の緑とが映り紅を潮(さ)した頬(ほお)には日の光と微風(そよかぜ)とが知られた。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
太子問ひたまふ所の義、師(慧慈(ゑじ))も通ぜざる所有り。太子夜の夢に金人の来(きた)りて不解之(の)義を教ふるを見たまふ。太子寤(さ)めて後即ち之(これ)を
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
と節子はすこし顔を紅(あか)めた。彼女は何事も思うに任せぬという風で、手にした女持の洋傘のすこし色の褪(あ)せたのをひろげて翳(さ)した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
玄竹(げんちく)は當(あ)てこすりのやうなことを言(い)つて、更(さ)らに劇(はげ)しく死體(したい)を動(うご)かした。三人(にん)の武士(ぶし)は、『ひやア。』と叫(さけ)んで、また逃(に)げ出(だ)した。——
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
婦女(をんな)の身としては他人(よそ)の見る眼も羞づかしけれど、何にも彼も貧が為(さ)する不如意に是非のなく、今ま縫ふ猪之が綿入れも洗ひ曝した松坂縞
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
夫(そ)れを無理につかまへて、ねだつては話してもらひましたが、嘸(さ)ぞ煩(うる)さかつたらうと思つて、今考へると気の毒です。
いろ扱ひ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そういいながら葉子は少し気に障(さ)えたらしく、炭取りを引き寄せて火鉢(ひばち)に火をつぎ足した。桜炭の火花が激しく飛んで二人(ふたり)の間にはじけた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
此夜(よ)さや、夜鳥も啼かず、藪かげの隣(となり)の寺もしんしんと雨戸鎖(さ)したれ。時として川瀬の音(おと)の浪の音(ね)と響き添ふのみ。それもただ遠し、気疎(けうと)し。
些(さ)と凹凸なく瞰下(みおろ)さるる、かかる一枚の絵の中に、裳(もすそ)の端さえ、片袖(かたそで)さえ、美しき夫人の姿を、何処(いずこ)に隠すべくも見えなかった。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「雑巾々々。」と宙に躍って、蹴返(けかえ)す裳(もすそ)に刎(は)ねた脚は、ここに魅(さ)した魔の使(つかい)が、鴨居(かもい)を抜けて出るように見えた。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は四郎の屍体の口腔(こうくう)を開かせ、その中に手をグッとさし入れると咽喉の方まで探(さ)ぐってみたのが、果然(かぜん)手懸(てがか)りがあって、耳飾の宝石が出てきた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
少女は鏽(さ)びたる針金の先きを捩ぢ曲げたるに、手を掛けて強く引きしに、中には咳枯(しはが)れたる老媼(おうな)の聲して、「誰(た)ぞ」と問ふ。
舞姫 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
謝名城(ジナグスク)(大宜味(オホギミ)村)の海神祭(ウンジヤミ)のおもろには「ねらやじゆ〔潮〕満(サ)すい、みなと〔湊〕じゆ満(ミチ)ゆい……」とあつて、沖あひの事を斥(さ)すらしい。
琉球の宗教 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
更に薏苡と題する詩の中には、「草木各〻宜(よろし)きあり、珍産南荒に駢(なら)ぶ。絳嚢茘枝を懸(か)け、雪粉桄榔を剖(さ)く」といふ句がある。
源太郎は酌(さ)された酒の黄色いのを、しツぽく台の上に一寸見たなりで、無器用な煙草を止めずにゐた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
玄宗の夢にあらわれた鍾馗の劈(さ)いて啖(くら)った鬼は、その耗であるのと例の考証をやってから、その筆は「四方(よも)の赤」に走って
貧乏神物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
別れに献(さ)した盃を、清葉が、ちっと仰向くように、天井に目を閉(ふさ)いで飲んだ時、世間がもう三分間、もの音を立てないで、死んでいて欲しかった。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
曾て帰省した時の服装を見ると、地方では奏任官には大丈夫踏める素晴しい服装(なり)で、何(なに)しても金の時計をぶら垂(さ)げていたと云う。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
一段高い岩の上に「虎狼の宮」の古風の社殿が厳(おごそ)かに立っているばかりで、木立さえない吹(ふ)き晒(さ)らしの境内には犬の子一匹いないのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ガラス瓶に插(さ)した睡蓮の花はその繊(ほそ)い、長い茎の上に首を傾けて上品に薫っている。その直後にデカルトの石膏像が立ってる。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
其(その)当時の事だから、祖父(おじい)さんも腰に刀を佩(さ)していたので、突然(いきなり)にひらりと引抜(ひきぬ)いて、背後(うしろ)から「待てッ」と声をかけた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
偖(さ)て、然(さ)うなると、この教育(けういく)のある娘(むすめ)が、何(なに)しろ恰好(かつかう)が惡(わる)い、第一(だいいち)又(また)持(も)ちやうが惡(わる)い、前(まへ)へ𢌞(まは)して膝(ひざ)へ取(と)つて持(も)ち直(なほ)せといふ。
廓そだち (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
書院の障子いちめんにその月光が青白くさんさんとふりそそいで、ぞおっと襟首(えりくび)が寒(さ)む気(け)立つような夜だった。
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
連(つれ)て參りますと主個(あるじ)に言て俄(にはか)の支度辨當(べんたう)包(つゝ)み吹筒(すゐづつ)携(さ)げ和吉を呼で今日は吾儕(わし)が花見に行なれば辨當を脊負(しよひ)供(とも)をしてと言ば和吉は首(かうべ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
恭(うやうや)しく頭(あたま)を低(さ)げている私(わたくし)の耳(みみ)には、やがて神様(かみさま)の御声(おこえ)が凛々(りんりん)と響(ひび)いてまいりました。それは大体(だいたい)左(さ)のような意味(いみ)のお訓示(さとし)でございました。
「やい亀井、何しおる? 何ぢや、懸賞小説ぢや——ふッふッ、」と宛(さ)も馬鹿にしたやうに冷笑(せゝらわら)つたはズングリと肥つた二十四五の鬚(ひげ)毿(くしや)々の書生で
貧書生 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
「戸締りをした形跡がない。引っかけの輪金(わがね)がボロボロに銹(さ)びている。東作は毎晩、戸締りをしないで寝ていたものですね」
S岬西洋婦人絞殺事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
謠へば面白いのだが、お秋さんには迚(と)てもそんなことを爲(さ)せて見ようつて出來ないから駄目だ。それどころではない。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
今はじめて、しかも戸を閉(さ)してひそかにまなぶということです、しかもその戸は、おのれ自身の心にもあるのですから、自分の心の一部にさえ戸を閉(さ)さなければならない
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかし、涙は喉につかえて、闇の樹立に注がれている眼は、冱(さ)えかえるばかりであつた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
蝙也はちょっと眉を曇らせたが、べつに何も云わず、食事の支度を命じて軽く済ますと、納戸から拳大の鉛の塊を取出してきて布に包み、中脇差だけ帯(さ)して
松林蝙也 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
破三味線(やれさみせん)を膝の横へ置いて、所在なげに絃(いと)を指で撫(さ)すり、幽かな音色をたてながら、お吉はじっと俯向いていたが
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
わしは別に妬(ねた)み心からそう言ったのではない。あの様な小僧を相手にするでもないが、態度が憎々しく非礼だったのが気に触(さ)わったというまでだ。
面 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
妻は乳児をすてて逝(さ)り、昨年は病魔におかされ、本年は天災にかかり、一家挙げて飢えに泣き渇を訴うるがごとき徒に至りては、なにによりて安心の一道を営みましょうか。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
幸(さいはひ)に一杯(ぱい)を酌(く)みて歇息(やす)ませ給へとて、酒をあたため、下物(さかな)を列(つら)ねてすすむるに、赤穴九一袖をもて面(おもて)を掩(おほ)ひ、其の臭(にほ)ひを嫌(い)み放(さ)くるに似たり。左門いふ。
それに、お姉さんを、心では二(に)っちも三(さ)っちもないほど、好きんなっていながら、いつまでも穏便主義でやろうなんて、ムリだわ。ムリというよりも、意気地がないわ。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
天柱拆(さ)け地維欠くとも言うべき一大凶変が突如として起り、首都東京を中心に、横浜、横須賀の隣接都市をはじめ、武相豆房総、数箇国の町村に跨がって
死体の匂い (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
三芝居もどんなものだか、佐(さ)の松(まつ)の若衆人形の落ちこぼれが、奥山(おくやま)あたりに出没しているとのことだが、それも気が進まない。活人形(いきにんぎょう)も見てしまった。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
四季袋(しきぶくろ)を紐短(ひもみじ)かに挈(さ)げたるが、弗(ふ)と此方(こなた)を見向ける素顔の色蒼(あを)く、口の紅(べに)も点(さ)さで、やや裏寂(うらさびし)くも花の咲過ぎたらんやうの蕭衰(やつれ)を帯びたれど、美目の盻(へん)たる色香(いろか)尚濃(なほこまやか)にして
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「まア一つおあがりやへえな。」と、女中は盃洗の底に沈んでゐた杯を取り上げ、水を切つて、先づ源太郎に獻(さ)した。
鱧の皮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
昨春以来癪に支(さ)えつつ筆執る暇を得なかった円本ブッタタ記、これを思うままに草し了った時の胸のスガ/\しさ、近来にない快感であり満足であった
しかるに〈古はすなわち鶏を磔す、今はすなわち殺さず、また、正月一日、鶏鳴きて起き、まず庭前において爆竹し、以て山臊(さんそう)悪鬼を辟(さ)く云々。
いつの時代(ときよ)なりけん。紀の国二三輪が崎に、大宅(おほや)の竹助といふ人在りけり。此の人三海の幸(さち)ありて、海郎(あま)どもあまた養ひ、四鰭(はた)の広(ひろ)物狭(さ)き物を尽(つく)してすなどり、家豊かに暮しける。
人種の気象は風土と相伴ふさうだが、我々犬族も多分爾(さ)うらしいのは日本人と日本犬と何から何までが能く似ておる。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
緒(お)をもって中央にて三叉(さ)に結成し、その上に飯櫃(めしびつ)の蓋(ふた)を載せ、三人各三方より相向かいて座し、おのおの隻手あるいは両手をもって櫃の蓋を緩くおさえ
妖怪玄談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
闇太郎は事もなげに、例の顎を逆(さ)か撫(な)でに、撫で上げながら
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
黄生うちゑみて『向(さ)きに実を告げざりし罰(とがめ)にやあらむ、うべなり、この厄に遇はむとはしたる。今や卿を知り得たり。卿もし疎くもてなさば艾もてくゆらしやらむ』
『聊斎志異』より (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
力なき日はいつしか光り薄れて時雨空の雲の往来(ゆきき)定めなく、後山(こうざん)晴るゝ歟(か)と見れば前山忽まちに曇り、嵐に駆(か)られ霧に遮(さ)へられて、九折(つゞら)なる岨(そば)を伝ひ、過ぎ来し方さへ失ふ頃
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
あめつゝちとりましとゝ 何故(など) 黥(さ)ける 利目(とめ)
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
捜(さ)がしているからその人を貰(もら)いたいと思うが一応御両親にもその人をお目にかけて御許しを受けたいについてどうぞ父上様と母上様とで御出京を願いたい
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
光発(さ)しその清(すが)しさはかぎりなし朴(ほほ)は木高(こだか)く白き花群(はなむら)
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
と清之介君が言い半(さ)した時、女中が後片附けの都合で又顔を出した。それを好いことにして妙子さんは
女婿 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
夜深うして劫(こう)を行ふ彼何の情ぞ 黒闇々中刀に声あり 圏套(けんとう)姦婦の計を逃れ難し 拘囚(こうしゆう)未だ侠夫の名を損ぜず 対牛(たいぎゆう)楼上無状を嗟(さ)す 司馬(しば)浜前(はままえ)に不平を洩らす 豈翔(た)だ路傍狗鼠(くそ)を
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
足の踏所(ふみど)も覚束無(おぼつかな)げに酔ひて、帽は落ちなんばかりに打傾(うちかたむ)き、ハンカチイフに裹(つつ)みたる折を左に挈(さ)げて、山車(だし)人形のやうに揺々(ゆらゆら)と立てるは貫一なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
これに代って曩(さ)きに支那から我邦に渡来した『植物学』の書(多分我が万延、文久、元治年間に渡ったものであろう)
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
『如何(どう)しました、如何しました』と叫(さ)けんだ僕の声を聞いて母は僅(わずか)に座り直し
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私は靴尖(さ)きで、その棒切れを押してみました。なんの戦慄もなく、もちろんひとつもこわくはなく、むしろ、私はやっと真の自分を取り戻したような安定をおぼえました。
恐怖の正体 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
あまりに上品とはいえないが私のような胃病患者から見るとなんとそれは幸(さ)ち多過ぎる人であるかと思って羨(うら)やましき次第とも見えるのだ、全く何も食えずにいる時、沢庵(たくあん)と茶漬けの音を聞く事は
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
あゆめばたにの早(さ)わらびの
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
全存在が空虚のうちに沈み込んでゆく様……そして忌わしい臨終のあえぎ、水面で破(さ)ける泡(あわ)にも似たその機械的な呼吸、魂がもはやなくなっても、なお頑固に生きんとつとめる肉体の最後の息吹(いぶ)き。
子貢曰く、詩に云う、切(せつ)するが如く、磋(さ)するが如く、琢(たく)するが如く、磨(ま)するが如しとは、其れ斯(こ)れを之れ謂うかと。子曰く、賜(し)や、始めて与(とも)に詩を言うべきのみ。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
或野分(のわき)立った朝、尼はその女のもとに菓子などを持って来ながら、いつものように色の腿(さ)めた衣をかついだ女を前にして、何か慰めるように
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
番茶の酒盛——“お茶(さ)か盛”がはじまったい。発案者たる大家さんはひとりで気分を出して悦に入るが、長屋の衆はアルコール分がないから滅入るばかりだ。
円太郎馬車 (新字新仮名) / 正岡容(著)
子(し)の言(い)ふ所(ところ)の者(もの)は其人(そのひと)と骨(ほね)と皆(みな)已(すで)に朽(く)ちたり、獨(ひと)り其言(そのげん)在(あ)る耳(のみ)。且(か)つ君子(くんし)は、其時(そのとき)を得(う)れば則(すなは)ち(二)駕(が)し、其時(そのとき)を得(え)ざれば則(すなは)ち(三)蓬累(ほうるゐ)して行(さ)る。
「穴だよ。——鉱(あらがね)を抛(ほう)り込んで、纏(まと)めて下へ降(さ)げる穴だ。鉱といっしょに抛り込まれて見ねえ……」
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
西陽を除(さ)けるための日除けも汚点だらけで、壁にも処々地図のような雨漏りの跡があります。壁に寄った隅の方のベッドには死人が後向きに寝かせてありました。
耳香水 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
風の日も雨の日も厭(いと)うことなく、住居を離(さ)る十町ばかりの築土八幡宮(つくどはちまんぐう)に参詣(さんけい)して、愛児の病気を救わせ給えと祷(いの)り、平生(へいぜい)嗜(たしな)める食物娯楽をさえに断(た)ちたるに、それがためとにはあらざるべけれど
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
砕けた源太が談話(はなし)ぶり捌(さば)けたお吉が接待(とりなし)ぶりにいつしか遠慮も打ち忘れ、擬(さ)されて辞(いな)まず受けてはつと干(ほ)し酒盞(さかずき)の数重ぬるままに、平常(つね)から可愛らしき紅(あか)ら顔を一層みずみずと
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
吾子(わこ)よ。吾子の為(し)了(おお)せなんだ荒(あら)び心で、吾子よりももっと、わるい猛(たけ)び心を持った者の、大和に来向うのを、待ち押え、塞(さ)え防いで居ろ、と仰せられた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
その鶏を五つ位に捌(さ)いて五合の水で玉葱四つを加えて塩味をつけて一時間湯煮(ゆで)ます。最初沸立(にた)つ時アクの浮くのを掬(すく)い取らなければなりません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
而(さ)うして他(た)の小(ちひ)さな子供等(こどもたち)を集(あつ)めて、これらの不思議(ふしぎ)な世界(せかい)の夢(ゆめ)の面白(おもしろ)い話(はな)しをしたなら、自分(じぶん)の過(す)ぎ來(こ)し夏(なつ)の日(ひ)の想出(おもひで)の如何(いか)ばかり、多(おほ)くの子供(こども)を喜(よろこ)ばすことだらうかと思(おも)ひ
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
私は柄杓(ひしゃく)で水を浴せ掛ると、鶩は恰(さ)も噂好(うわさずき)なお婆さん振(ぶっ)て、泥の中を蹣跚(よろよろ)しながら鳴いて逃げて行きました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
狹(さ)の國は廣くと
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
その種子(たね)華(はな)と發(さ)けるに似たり。
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
その、張り切った気合を受けて、弾き返した瞬間、小太郎は、柳の木蔭へ、躱(さ)けていた。何う斬って、何う引いたか——月丸は、刀を元の如く下段につけて、静まり返っていた。小太郎は
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
離縁(さ)られた人か、死ぬ人か
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
前(さ)きの『隅田川』の狂女の句と同じように、こういう歴史的の句を作るという事もまた作者の一技倆(ぎりょう)ではあるが、しかし下手(へた)にやると見られぬものになってしまう。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
上目瞼は薄黒い皺のまま大きな眼球の上に高まって、鼻柱と頬骨との間の眼下の筋肉の著しいたるみは、丁度、色の褪(あ)せ切った青蚊帳(あおがや)の古い端片れを吊(さ)げた様に見えた。
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
禰宜 いや何とも……この頃(ごろ)の三(み)晩四(よ)晩、夜(よ)ふけ小(さ)ふけに、この方角……あの森の奥に当って、化鳥(けちょう)の叫ぶような声がしまするで、話に聞く、咒詛(のろい)の釘かとも思いました。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして打ち解けて見ると彼は上品な、どこまでも純粋な、そして慧(さ)かしい青年だった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
豈(あに)いわんや旬朔(じゅんさく)をや、爾(なんじ)汝の家に還らば事古儀に合わんと、妃曰くわれ穢虫(わいちゅう)の窟にありといえども蓮の淤泥(おでい)に居るがごとしわれ言信あれば地それ折(さ)けんと、言(げん)おわりて地裂く、曰くわが信現ぜりと
細君は後ろに𢌞つて背中を摩(さ)する。十風は其手を拂ひ除けようとしたが力が足らぬ。瘠せた大きな頭を枕から落して敷蒲團に顏を埋めるやうにして咳く。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
家の内を隈無(くまな)く尋ぬれども在らず、さては今にも何処(いづこ)よりか帰来(かへりこ)んと待てど暮せど、姿を晦(くらま)せし貫一は、我家ながらも身を容(い)るる所無き苦紛(くるしまぎ)れに、裏庭の木戸より傘(かさ)も擎(さ)さで忍び出でけるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
果たして、ぐわあん! と谷間の擘(さ)けるような音が渓流の向う側からとどろいた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「妾すこし擦(さ)すりましょう」浜路正直にも寄って来た。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
へい、辻の橋の玄徳稲荷(げんとくいなり)様は、御身分柄、こんな悪戯(いたずら)はなさりません。狸か獺(かわうそ)でござりましょう。迷児の迷児の、——と鉦(かね)を敲(たた)いて来やがって饂飩を八杯攫(さ)らいました……お前さん。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朝な朝(さ)ななくきぎすはも
一点鐘 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
不愉快(ふゆくわい)の人車(じんしや)に搖(ゆ)られて此(こ)の淋(さ)びしい溪間(たにま)に送(おく)り屆(とゞ)けられることは、頗(すこぶ)る苦痛(くつう)であつたが、今更(いまさら)引返(ひきか)へす事(こと)も出來(でき)ず、其日(そのひ)の午後(ごゝ)五時頃(じごろ)、此宿(このやど)に着(つ)いた。突然(とつぜん)のことであるから宿(やど)の主人(あるじ)を驚(おどろ)かした。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
いよいよ愕(おどろ)いて、全軍われがちに、谷の奥へなだれ打ってゆくと、轟然(ごうぜん)大地が炸(さ)けた。烈火と爆煙にはねとばされた蛮兵の手脚は、土砂と共に宙天の塵となっていた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あわてて駆け出したガラッ八の足許へ、その軽率をとがめるように、カラリと落ちたのは、その頃の下町娘が好んで簪(さ)した、つまみ細工(ざいく)の美しい櫛(くし)ではありませんか。
おおわれても透明なカーテンだから、女人雲のなまめかしい姿は、緋色(ひいろ)の紗(さ)に隔てられたように、ありありと見えている。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と、蕭(さ)びたが力ある声して言つた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「仲間の者の義理堅さ、青天井の下に援け合う暮しの晴々しさは、権謀ときっ詐(さ)に浮身をやつす、大名高家とは雲泥の違いで御座るぞ。ここには不義もなく不信もなく奸臣も無く、暴君も無い——」
そう言い、孔の一つびとつに針金を貫(さ)しながら、器用な手つきで古い埃をほじくり出した。丹塗(にぬ)りの笛の胴にはいってから密着(くっつ)いたのか、滑らかな手擦れでみがかれた光沢があった。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
平生(へいぜい)は一本(ぽん)きり帶(さ)してゐないけれども、二本帶(ほんさ)して歩(ある)く資格(しかく)を有(も)つてゐて、與力(よりき)や京武士(みやこぶし)の後(あと)へ廻(まは)らなくてもいいだけの地位(ちゐ)になつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
羽二重(はぶたへ)の小袖羽織(こそでばおり)に茶宇(ちやう)の袴(はかま)、それはまだ驚(おどろ)くに足(た)りないとして、細身(ほそみ)の大小(だいせう)は、拵(こしら)へだけに四百兩(ひやくりやう)からもかけたのを帶(さ)してゐた。鐺(こじり)に嵌(は)めた分(ぶ)の厚(あつ)い黄金(きん)が燦然(さんぜん)として、冬(ふゆ)の日(ひ)に輝(かゞや)いた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
君も今から廃刀と決心して、いよ/\飾りに挟(さ)さなければならんと云うなら、小刀でも何でも宜(よろ)しいと云て、大きに論じた事がある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その時私は脇差(わきざし)を一本挟(さ)して居たから、若(も)し追付(おいつ)かるようになれば後向(うしろむい)て進(すすん)で斬(き)るより外(ほか)仕方(しかた)がない。斬(きっ)ては誠に不味(まず)い。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「座敷の花魁は遅うございますことね。ちょいと見て参りますよ」と、お梅は次の間で鉄瓶に水を加(さ)す音をさせて出て行ッた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
酒のない猪口(ちょく)が幾たび飲まれるものでもなく、食いたくもない下物(さかな)を挘(むし)ッたり、煮えつく楽鍋(たのしみなべ)に杯泉(はいせん)の水を加(さ)したり、三つ葉を挾(はさ)んで見たり、いろいろに自分を持ち扱いながら
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
布を度(さ)す事のみ念じて宅へ入る刹那(せつな)、自家の飼牛が吼(ほ)える、水を欲しいと見える、布を量る前に水を遣らんと水を汲んで桶から槽(ふね)に移すに、幾時経っても、桶一つの水が尽きず
伏羲嬉しさの余り、その婦に汝が朝手初めに懸った業は、晡(くれ)まで続くべしと祝うて去った。貧婦帰ってまず布を度(さ)し始めると、夕まで布尽きず、跡から跡から出続いたので、たちまち大富となった。
しかし実際顔と顔とを向かい合わせると、二人(ふたり)は妙に会話さえはずまなくなるのだった。その怜(さ)かしいのがいやだった。柔和なのが気にさわった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
黒い髪の毛をぴったりときれいに分けて、怜(さ)かしい中高(なかだか)の細面(ほそおもて)に、健康らしいばら色を帯びた容貌(ようぼう)や、甘すぎるくらい人情におぼれやすい殉情的な性格は、葉子に一種のなつかしさをさえ感ぜしめた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
人に指点(さ)す指の、細(ほっ)そりと爪先(つまさき)に肉を落すとき、明かなる感じは次第に爪先に集まって焼点(しょうてん)を構成(かたちづく)る。藤尾(ふじお)の指は爪先の紅(べに)を抜け出でて縫針の尖(と)がれるに終る。見るものの眼は一度に痛い。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
物足らぬとは指点(さ)す指の短かきに過ぐる場合を云う。足り余るとは指点(さ)す指の長きに失する時であろう。糸子は五指を同時に並べたような女である。足るとも云えぬ。足り余るとも評されぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
風のさき黄なるカンナの群落(ぐんらく)に舟棹(さ)しかへす今はまぶしみ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
夏堀(なつぼり)と狭(せば)む水曲(みわた)の葦むらはたださわさわし小舟棹(さ)しつつ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
描(えが)いた当人も自然界の局部が再現したものとは認めておらん、ただ感興の上(さ)した刻下の心持ちを幾分でも伝えて、多少の生命を惝怳(しょうきょう)しがたきムードに与うれば大成功と心得ている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
西宮が与(さ)した猪口に満々(なみなみ)と受けて、吉里は考えている。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
雛鶏(ひなどり)と家鴨(あひる)と羊肉の団子(だんご)とを串(さ)した炙(や)き串(ぐし)三本がしきりに返(かや)されていて、のどかに燃ゆる火鉢(ひばち)からは、炙(あぶ)り肉のうまそうな香(かお)り
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
その人寤(さ)め往きてこれを取らば、蛇たちまち見えなくなると(一九一五年版エントホヴェンの『コンカン民俗記(フォークロール・ノーツ)』七六頁)。
「だつて、堪るも堪らないもないぢやないか。地主様の仕(さ)つしやる事、誰が苦情を申立てられよう!」と、他(ほか)の声が答へた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
一丁許(ばかり)来(き)た。又橋がある。一尺に足らない古板(ふるいた)を造作(さ)なく渡した上を、三四郎は大股(また)に歩(ある)いた。女もつゞいて通つた。待ち合せた三四郎の眼(め)には、女の足が常(つね)の大地を踏むと同じ様に軽く見えた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
当然そこから入って来る倒(さ)かさの像が直立してしまって否でも次の障子にその黒頭の笄が似た形が、映らなくてはならないでは御座いませんか。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「其(さ)う言やマア、さうですがね、しかし能(よ)くまア、軍人などで芸妓(げいしや)を落籍(ひか)せるの、妾にするのツて、お金があつたもンですねエ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
孝「へい、良石和尚が申した通り、私(わたくし)の身の上は剣(つるぎ)の上を渡る様なもので、進むに利あり退くに利(さ)あらずと申しまして、良石和尚の言葉と聊(いさゝ)か違いはござりません」
注に騾もし姙めば、母子ともに死すとある(『大明三蔵法数』一九)。『爾雅翼』に、騾の股(また)に瑣骨(さこつ)ありて離れ開かず、故に子を産む能わず。『史記』の注に、駃騠は、その母の腹を刳(さ)いて生まる。
秋も闌(た)け、十月も半ばをすぎると、相模の山々の漆やぬるでに朱が刷(さ)し、月のない夜闇がひとしお色濃く感じられるようになった。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「そんな下らない小説にページを削(さ)くのだったら、もう雑誌の購読は止めちまうぞ」とか
『地球盗難』の作者の言葉 (新字新仮名) / 海野十三(著)
而今かくのごとし、また用ゆるところなし、すなわち刃を堂礎に剚(さ)し以てこれを折る。
それが桶屋(おけや)とか杉の皮を剥(さ)く者とかと対談している際に、不意に手がすべって杉の皮なり竹の輪の端が強く相手を打つと、人間という者は思わぬことをするから油断がならぬといって
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「紫羅傘(いちはつ)だよ、この山にはたくさん吹(さ)く。それ、一面に。」
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、彼(かれ)らは、一時(じ)に長(なが)い眠(ねむ)りから呼(さ)びさまされたように、感心(かんしん)したのでありました。
春がくる前 (新字新仮名) / 小川未明(著)
といふ考が段々發展して、嚮(さ)きに考へた道徳的負擔から逃れる爲めといふよりも、樂な心持を與へた。
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
モンタギュー長者(ちゃうじゃ)白刃(しらは)を堤(さ)げ、其(その)妻(つま)モンタギュー夫人(ふじん)それを止(とゞ)めつゝ、出(で)る。
「戦争に全勝せよ、夫(さ)れど我等は益々苦(くるし)まん」との微風の如き私語(さゝやき)を聴く、去れば九州炭山坑夫が昨秋来増賃請求の同盟沙汰伝はりてより、同一の境遇に同一の利害を感ずる各種の労働者協同して
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
今(いま)我(わ)れ松野(まつの)を捨(す)てゝ竹村(たけむら)の君(きみ)まれ誰(た)れにまれ、寄(よ)る邊(べ)を开所(そこ)と定(さ)だめなば哀(あは)れや雪三(せつざう)は身(み)も狂(きやう)すべし、我(わが)幸福(かうふく)を求(もと)むるとて可惜(あたら)忠義(ちうぎ)の身(み)世(よ)の嗤笑(ものわらひ)にさせるゝことかは
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
江戸開城(かいじょう)の後、予は骸骨(がいこつ)を乞(こ)い、しばらく先生と袂(たもと)を分(わか)ち、跡(あと)を武州(ぶしゅう)府中(ふちゅう)の辺に屏(さ)け居るに、先生は間断(かんだん)なく慰問(いもん)せられたり。
蛇はみんな非常に軟かい岐(さ)け目のある、黒い線を唇の間から非常に速く飛び出さしてゐる。それは、蛇がいろんな目的の為めに持つてゐる武器だ。
小人(しょうじん)……小人の浅慮(あさはか)さ。……仰せのように、いつしか、思いあがっておりました。……その紋太夫の心に乗じて、おそらく魔などが憑(さ)したものにござりましょう。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どうして過して居るか知らんと思うと私は寝て居る中にも涙が出て腸(はらわた)を断ち截(さ)かるるの思いがある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
殊に科学者は扠(さ)ておき哲学者といふ奴は多くは先哲の蓄音器である。少し毛色が違つたかと思つて能く/\聞くと妄想組織が脳に生じたのを白状してゐる態(ざま)だ。今の学者は例へば競売(せりうり)屋だ子。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
代助は斯う云つて、嫂(あによめ)と縫子(ぬひこ)の蝙蝠傘(かはほりがさ)を抱(さ)げて一足(ひとあし)先へ玄関へ出(で)た。車はそこに三挺并(なら)んでゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
猟犬(いぬ)どもが外へ出られると思ってむやみと脚へ打突(ぶっつ)かって来るのを、彼は靴で蹴かえしながら、突然ヤッといって屍体を頭上に高く担(さ)しあげたと思うと
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
逃げかくれる気持も分るが、それをいま一度趁(お)うようになるのも拒(さ)けられぬ女の心だった。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
見(み)よ、巨浪(なみ)は怒(いか)りて天(てん)を挐(さ)き。 黒雲(こくうん)低(ひく)く海(うみ)に埀(た)る。
弓矢を持って居るもあれば鉄砲ばかりを持って行く兵士もある。で鎧(よろい)兜(かぶと)の上にはいずれも一人一本ずつ銘々(めいめい)色変りの小旗を挾(さ)してごく綺麗(きれい)な装束です。むしろ戦場に臨んで戦争をやるというよりは
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
只管(ひたすら)走りて大通りに出で茲(こゝ)にて又馬車に飛乗りゼルサレム街に在(あ)る警察本署を推(さ)して急(いそが)せたり目科は馬車の中にても心一方(ひとかた)ならず騒ぐと見え
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
各(おのおの)その手に在るを抜きて、男は実印用のを女の指に、女はダイアモンド入のを男の指に、擐(さ)し了(をは)りてもなほ離れかねつつ、物は得言はでゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
後に負へる松杉の緑は麗(うららか)に霽(は)れたる空を攅(さ)してその頂(いただき)に方(あた)りて懶(ものう)げに懸(かか)れる雲は眠(ねむ)るに似たり。習(そよ)との風もあらぬに花は頻(しきり)に散りぬ。散る時に軽(かろ)く舞ふを鶯(うぐひす)は争ひて歌へり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
将(はた)亦(また)風馬牛に遇せらるるか、いわゆる知らぬは亭主ばかりでそれは私の暁(さ)とり得ん所だが、私は今この書を世に公にするからには成るべく一般に読んで頂きたいと悃願(こんがん)する。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
尸(しかばね)を原頭に暴(さ)らさゞるの故を以て、国民的ならずと罵るものあらば、吾人は其の愚を笑はずんばあらざるなり。
国民と思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
眞暗闇の廣漠々とした平原に雨がザアーと音をさして降つてゐるその最(さ)中を提灯もつけずに歩くのは、勝には、然し、矢張り氣持よくなかつた。
防雪林 (旧字旧仮名) / 小林多喜二(著)
彼が抱へとなりしより、早や二年(ふたとせ)なれば、事なく我等を助けんと思ひしに、人の憂に附けこみて、身勝手なるいひ掛けせんとは。我を救ひ玉へ、君。金をば薄き給金を析(さ)きて還し参らせん。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
きのふは少し用があつて、京の町までまゐりますと、六條の河原にあなたと同じやうな首が梟(さ)らされて居りましたよ。
能因法師 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
彼は眦(まなじり)を決(さ)きて寒慄(かんりつ)せり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
微曇(ほのぐも)りし空はこれが為に眠(ねむり)を覚(さま)されたる気色(けしき)にて、銀梨子地(ぎんなしぢ)の如く無数の星を顕(あらは)して、鋭く沍(さ)えたる光は寒気(かんき)を発(はな)つかと想(おも)はしむるまでに、その薄明(うすあかり)に曝(さら)さるる夜の街(ちまた)は殆(ほとん)ど氷らんとすなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼(か)の動(やや)もすれば沙(さ)上に偶語(ぐうご)し、剣を按(あん)じてその君主に迫らんとしたる勇夫健卒も、何時(いつ)の間にやら君臣の大義に支配せられ、従順なる良臣となり了(おわ)れり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
で取り懸(かゝり)からもう熱が冷(さ)める、興(きよう)が無くなる、心(しん)から嫌氣(いやけ)が浸(さ)して了ツた。然うなると、幾ら努力したと謂ツて、踠(あが)いたと謂ツて、何の役(やく)にも立ちはしない。で、たゞ狼狽する、要(えう)するに意氣鎖沈(せうちん)だ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
渠等(かれら)は己(おのれ)を拒(こば)みたる者(もの)の店前(みせさき)に集(あつま)り、或(あるひ)は戸口(とぐち)に立並(たちなら)び、御繁昌(ごはんじやう)の旦那(だんな)吝(けち)にして食(しよく)を與(あた)へず、餓(う)ゑて食(くら)ふものの何(なに)なるかを見(み)よ、と叫(さけ)びて、袂(たもと)を深(さ)ぐれば畝々(うね/\)と這出(はひい)づる蛇(くちなは)を掴(つか)みて
蛇くひ (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
塩物屋(しおものや)に鮭(さけ)の切身が、渋(さ)びた赤い色を見せて、並んでいる。隣りに、しらす干がかたまって白く反(そ)り返る。鰹節屋(かつぶしや)の小僧が一生懸命に土佐節(とさぶし)をささらで磨(みが)いている。ぴかりぴかりと光る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おくみは念のために座敷のお蒲団を一枚出して、縦横の寸法を測(さ)して見た。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
いや、諸々の原因は数えあげることは出来たが、その諸々の原因そのものが本来なれば胸の火をより燃え熾(さ)からしむべき薪である筈だった。
十姉妹 (新字新仮名) / 山本勝治(著)
「こよいは、そちや菊王も交じえて、心ゆくまで、別杯を酌(く)もうよ。小右京に琴をひかせ、わしは琵琶を弾じよう。その支度、清々(すがすが)としておけや。夜明けなば、東(あずま)立ち、爽(さ)やかにここを立ち出でたい」
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見くびられては真(さ)ぞ心苦しかろうと岡見ながらも弁えておきたい。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
一念(いちねん)ここに及ぶ毎(ごと)に、胸(むね)裂(さ)け腸(はらわた)砕(さ)けて、真(しん)に悔恨(かいこん)已(や)む能(あた)わざるなり。
人類文化の宣伝事業じゃ。何も参考、話の種だよ。サアサ寄ったり、聞いたり見たり……外道——祭(さ)ア——エ——文(もん)。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
実(げ)にこの奥方なれば、金時計持てるも、真珠の襟留せるも、指環を五つまで穿(さ)せるも、よし馬車に乗りて行かんとも、何をか愧(は)づべき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
黒犬に腿(もも)を咬(か)まれて驚いたなどという下らない夢を見る人は、窹(さ)めていても、蚤(のみ)に猪(い)の目を螫(さ)されて騒ぐくらいの下らない人なのである。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
八「はせな、身体(かあだ)が痺(すび)れて歩(あう)けねい、立(さ)す事が出来(ぜき)ねい、ホリャ困っさな、女中衆(ぞつうす)/\」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
尉官は腕を拱(こまぬ)きて、こもまた和(やわら)ぎたる体(てい)あらず、ほとんど五分時ばかりの間、互に眼と眼を見合せしが、遂に良人まず粛(さ)びたる声にて
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鶴はその後二分ほどの間、いかにも楽し気に唄いつづけていたが、やがて気が羞(さ)したようにフッと歌をやめてしまった。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
頭の上で鳴るそれを聞いていると、漁夫の心はギリ、ギリと切り苛(さ)いなまれた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
わが友にて命運の友にあらざるもの道を荒(さ)びたる麓に塞がれ、恐れて踵をめぐらせり 六一—六三
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
犬よりも下に新介を見蔑(さ)げていた。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
されば支那人も夙(つと)に禽獣が農事に大功あるを認め、十二月に臘(ろう)と名づけて先祖を祭ると同日、蜡(さ)といって穀類の種神を祭り
注射——猛烈な毒物や、空気の静脈注射と言うことも考えられますが、全身の皮膚は剥いたゆで卵のように綺麗で、蚤(のみ)に螽(さ)された痕(あと)も見付かりません。
葬送行進曲 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
急に烈しく睡気(ねむけ)が襲(さ)して来たので、丑松は半分眠り乍ら寝衣(ねまき)を着更へて、直に復(ま)た感覚(おぼえ)の無いところへ落ちて行つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
西(さ)イ風々(ふうふう)
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
観(さ)て此に至れば、死刑は固より時の法度に照して之を課せる者多きを占むるは論なきも、何人か能く世界万国有史以来の厳密なる統計を持して
死生 (新字新仮名) / 幸徳秋水(著)
趣味とは、眺めてゐるものと、觸(さ)はつて見るもの、觸(ふ)れなければ堪能できないものと、心に養つてゐるものとがある。
水 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
話がだんだん賤(さ)みしくなって来た。顔に似合わず、彼女もやはり女であった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「愛」は乃(すなは)ち馳せ走(さ)りつ、馳せ走りながら打泣きぬ。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
北の島根に遠(さ)かり來て
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
頭から翅の端まで、緋一色のうえに、白で、繊細なアラベスクの模様を配(さ)した、見たこともない珍奇なものだった。
蝶の絵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
お村は立って戸棚から徳利(とくり)を出して、利休形の鉄瓶(てつびん)へ入れて燗をつけ、膳立をして文治が一杯飲んではお村に献(さ)し、お村が一杯飲んで又文治に酬(さ)し、さしつ押えつ遣取(やりとり)をする内
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
御座(おざ)の醜(さ)める事の多い者であって、それを忌憚(きたん)なく女自身が書いたら風俗を乱すなどと想う人もありましょうが、女とても人ですもの、男と格別変って劣った点のある者でなく
産屋物語 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
そしてあのこおろぎの鳴くのは、「襤褸(つづれ)針(さ)せつづれさせ」と言って鳴くのだ、貧しいものはあの声を聞いて冬の着物の用意をするのだと言って聞かせました。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
結構の奇、事状の異、談話の妙、所謂三拍子揃い、柳の条(えだ)に桜の花を開(さ)かせ、梅の香(かお)りを有(も)たせ、毫(ごう)も間然する所なきものにて、曩(さき)に世に行われし牡丹灯籠、多助一代記等に勝(まさ)る事万々なり。
松の操美人の生埋:01 序 (新字新仮名) / 宇田川文海(著)
ほど経て窻を閑(さ)す音(おと)。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
頃は夏の最中(もなか)、月影鮮(さ)やかなる夜であつた。僕は徳二郎の後(あと)について田甫(たんぼ)に出で、稻の香高き畔路(あぜみち)を走つて川の堤(つゝみ)に出た。堤は一段高く、此處に上れば廣々とした野面(のづら)一面を見渡されるのである。
少年の悲哀 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
唯(たゞ)僕(ぼく)が心配(しんぱい)でならぬは家内(かない)の眼(め)——眼(め)だ。殊(こと)に頬(ほう)が紅(べに)を點(さ)した樣(よう)になつて呼吸(こきう)が忙(せわ)しくなる。僕(ぼく)之(これ)を見(み)るのが實(じつ)に辛(つら)い。先生(せんせい)は家内(かない)と同(おな)じ疾(やまい)のものが挑動(いらだ)つ時(とき)の呼吸(こきう)を聞(きい)た事(こと)があるかネ。
罪と罰(内田不知庵訳) (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)