“左(さ)” の例文
固(もと)より纏(まとま)った話の筋を読ませる普通の小説ではないから、どこで切って一冊としても興味の上に於(おい)て左(さ)したる影響のあろう筈(はず)がない。
其うち善兵衛が娘の部屋を調べると、机の抽出から戦慄(せんりつ)すべき脅迫状が現れた。白の封筒に白い書簡箋(レターペーパー)に左(さ)の意味が書かれてあった。
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
病みて他郷にある人の身の上を気遣ふは、人も我もかはらじ、左(さ)れど我は常に健全(すこやか)なる人のたま/\床に臥すを祝せんとはするなり。
秋窓雑記 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
蓋(けだ)し入幇して居れば幇勢を駆って自分を社会的安全の地位に置くことが出来るからである。今左(さ)に入幇人物に就て少し書いて見よう。
最も高価なる木乃伊の製法左(さ)の如し。先ず左側の肋骨(ろっこつ)の下を深く切断し、其傷口より内臓を悉(ことごと)く引き出だし、唯(ただ)心臓と腎臓とを残す。
虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
原文は余(よ)ほど長いものであるから、今その要(よう)を摘(つま)んで左(さ)に紹介する。で、その中に私(わたし)とあるのは、即ち其(そ)の目撃者たる画工自身の事だ。
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
左(さ)れば小児を丈夫に養育せんとならば、仮令(たと)い巨万の富あるも先ず其家を八瀬大原にして、之に生理学問上の注意を加う可きのみ。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
長さも左(さ)のみならざる棟(むね)に、一重の梅や八重桜、桃はまだしも、菊の花、薄荷(はっか)の花の眼(め)も及ばぬまで濃(こまか)きを浮き彫にして香(にお)う計(ばか)り
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ショパンにおける限りは協奏曲やソナタは左(さ)まで重要とは言い難く、私はむしろショパンらしき小曲から紹介する方法を採ろうと思う。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂、野村あらえびす(著)
ですから左(さ)に申述べますような事を貴下に御依頼致しますのは非常な失礼で、且つ僭越である事を、深く自省致しておる者であります。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
若い内は左(さ)もなけれど、五十の坂目(さかめ)かけては、是れほど心配はないもので、夫婦寝ざめにも此事を語り合い、朝夕筑波さまを拝んで居た。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
左(さ)候わば幕府諸藩一人も服さざるはこれ有るまじくと存じ奉(たてまつ)り候。幕府諸藩心服仕(つかまつ)らずては曠代(こうだい)の大業は恐れながら覚束(おぼつか)なく存じ奉り候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
恭(うやうや)しく頭(あたま)を低(さ)げている私(わたくし)の耳(みみ)には、やがて神様(かみさま)の御声(おこえ)が凛々(りんりん)と響(ひび)いてまいりました。それは大体(だいたい)左(さ)のような意味(いみ)のお訓示(さとし)でございました。
「この地の形相をみまするに、左(さ)青竜(しょうりゅう)、右(う)白虎(びゃっこ)、前(ぜん)朱雀(すざく)、後(ご)玄武(げんむ)の四神の配置にふさわしき土地、帝都の地としてまことに適当と存じます」
少年(こども)がこれを口に入(いれ)るのは指(ゆび)一本(いつぽん)動(うご)かすほどのこともない、然(しか)し左(さ)も疲(つか)れ果(はて)て居(ゐ)る樣(さま)で身動(みうごき)もしない、無花果(いちじく)は頬(ほゝ)の上(うへ)にのつたまゝである。
怠惰屋の弟子入り (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
格別上智(じょうち)のものの申し候には、今般英仏とシナとの戦争長続きはあるまじき由、左(さ)候えばイギリス使節はほどなく御当地へ参り申すべく候。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
怪獣は眼をいからし、きばを鳴らしてくるいまわるたびに、大木はゆさりゆさりと動いて、こずえは嵐(あらし)のごとく一左(さ)一右(ゆう)した。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
「あゝ左(さ)よか。……せうとせいなら、しまへう、しなはれで、よう似てるさかい、わし等はどツちでもえゝと思ふがなア。」
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
左(さ)すれば余が自ら大発見大手柄と心の中にて誇りたる事柄も実は全くの間違いなり、夫を深くも正さゞりし余と目科の手落も浅しと云う可からず
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
此の信樂という人は左(さ)したる宜(よ)い身分でもないが、理非明白な人でありますから、お目付になって、内々(ない/\)叛謀人(むほんにん)取調べの掛りを仰付けられました。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
おもへば四年(よとせ)の昔なりけり、南翠氏(なんすゐし)と共(とも)に学海先生(がくかいせんせい)の此(こ)の別荘(べつさう)をおとづれ、朝より夕(ゆふ)まで何(なに)くれと語(かた)らひたる事(こと)ありけり、其時(そのとき)先生(せんせい)左(さ)の詩(し)を示(しめ)さる。
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
またたびたび左(さ)のようなことがあった。騒々しい笑声が起ると、子供等はどこからとなく集(あつま)って来て孔乙己を取囲む。
孔乙己 (新字新仮名) / 魯迅(著)
左(さ)に記(しる)したものゝ中(なか)には實驗(じつけん)を行(おこな)ひ得(う)るものもあるから、教師(きようし)父兄(ふけい)指導(しどう)の下(もと)に、安全(あんぜん)な場所(ばしよ)を選(えら)びて、これを試(こゝろ)みることは極(きは)めて有益(ゆうえき)なことである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
とにかく、お前と左(さ)の字とは何をもくろんでるか知れやしない。あたしゃこんな性分で中途はんぱなことが大嫌いさ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
左(さ)う右(か)うしてるうちに、お定は小学校も尋常科だけ卒へて、子守をしてる間に赤い袖口が好になり、髮の油に汚れた手拭を獨自(ひとりで)に洗つて冠(かぶ)る樣になつた。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
それでも幸(さいわい)に其人が適材であるならば立派な書物が出来上るであろうが、左(さ)もない時には其編纂が反(かえっ)て累をなして、取捨に迷うような記事に屡(しばしば)遭遇する。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
一、当今天下の形勢晋代五胡(ごこ)雑居の姿にも相成る可く、左(さ)候(そうら)はゞ堂々たる皇国も羶腥(せんせい)に汚され歎かはしき事なり。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
何(なん)となれば、無智(むち)には幾分(いくぶん)か、意識(いしき)と意旨(いし)とがある。が、作用(さよう)には何(なに)もない。死(し)に対(たい)して恐怖(きょうふ)を抱(いだ)く臆病者(おくびょうもの)は、左(さ)のことを以(もっ)て自分(じぶん)を慰(なぐさ)めることが出来(でき)る。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
或(あるひは)其因果孫彦(まごひこ)に報(むくふ)か、或子に報か、或其身にむくふかなど、云しぞかし、しかは云ど、今は皿のはたを廻り侍るよと、世俗の諺(ことわざ)なりしが、げに左(さ)も覚(おぼえ)にけり
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
左(さ)にあらず、左にあらず。はやまってはイケません。一言たゞ独身であるという事実をお伝えしたにすぎません。話の要点はそんなところにはないのですよ。
ニューフェイス (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
お禮(れい)を申(まをし)て頂(いたゞ)いてお出(い)でと蒔散(まきち)らせば、これを此娘(このこ)の十八番(ばん)に馴(な)れたる事(こと)とて左(さ)のみは遠慮(ゑんりよ)もいふては居(ゐ)ず、旦那(だんな)よろしいのでございますかと駄目(だめ)を押(お)して
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
また左(さ)にて我にいと近きは、その深き思ひの中にて、死の來るを遲しと見し一の靈の光なり 一三三—一三五
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
立(た)ちながら袴(はかま)の裾(すそ)を踏(ふ)んで蹌踉(よろ)けては驚(おどろ)いた容子(ようす)をして周圍(あたり)を見(み)るのもあつた。恁(か)ういふ作法(さはふ)をも見物(けんぶつ)の凡(すべ)ては左(さ)も熱心(ねつしん)らしい態度(たいど)で拜殿(はいでん)に迫(せま)つて見(み)て居(ゐ)た。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
はためき渡りたる其(その)刹那(せつな)に、児(じ)の初声(うぶごゑ)は挙(あが)りて、左(さ)しも盆(ぼん)を覆(くつがへ)さんばかりの大雨(たいう)も忽(たちま)ちにして霽(は)れ上(あが)りぬ。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
例により斗満川の氷を破り、氷水(ひょうすい)に入り、灌漑して爽快を覚えて、老子経を読み、左(さ)の語の妙味を感ぜり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
(新聞(しんぶん)には講演(かうえん)の梗概(かうがい)が出(で)て居(ゐ)たが、余(よ)は新聞(しんぶん)の記事(きじ)には、信用(しんよう)を拂(はら)はぬ一人(にん)であるので、證(しよう)とせぬ)余(よ)は余(よ)として、生意氣(なまいき)ながら左(さ)の如(ごと)き説(せつ)を持(じ)するのである。
しかし、さういふいいものが私の詩のなかにあるかないかが甚だ疑はしいが、私としてはやはり左(さ)ういふ傾向に氣が向いてゐることを一言述べておきたいのである。
星より来れる者 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
そして更に、これは今の武士が武芸を怠った為に、足軽が数が多く腕っ節が強いのを頼み、狼藉(ろうぜき)を働くのであって、「左(さ)もこそ下剋上の世ならめ」と憤慨して居る。
応仁の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
勝田君(かつだくん)が出(い)で行(ゆ)く。『彼奴(きやつ)だ/\』と、皆(みな)くす/\笑(わら)ふ。自分(じぶん)のことを笑(わら)つたのかと、左(さ)なきだに無愛想(ぶあいさう)な顔(かほ)をしたモンゴリア号(がう)の事務長(じむちやう)は、益(ます/\)むづかしい顔(かほ)をする。
検疫と荷物検査 (新字旧仮名) / 杉村楚人冠(著)
左(さ)れば先生の考(かんがえ)にては、新聞紙上に掲載を終りたる後、更(さ)らに自(みず)から筆を執(とり)てその遺漏(いろう)を補い、又後人の参考の為(た)めにとて、幕政の当時親しく見聞したる事実に拠(よ)り
大(おおい)に喜ぶかと思いの外、お糸さんは左(さ)して色を動かさず、軽く礼を言って、一寸(ちょっと)包みを戴いて、膳と一緒に持って行って了った。唯其切(それぎり)で、何だか余り飽気(あっけ)なかった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
幕があくと、舞台裏から左(さ)の唱歌が、だんだん近づき、舞台下手から少年少女が歌いながら登場。
春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
さて、今は切りたる中を開きて見定むるなるべし。時として身のうちに響くこともありけれど、左(さ)のみ痛しとも堪えがたしとも思われず、折々、水注ぎ洗うが冷々(ひやひや)と覚えらる。
玉取物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
立錐(りつすゐ)の地なしと門前の警官が、絶叫したるも宜(うべ)なりけり、左(さ)しもに広き青年会館の演説場も、只(た)だ人を以て埋めたるばかり、爛々(らん/\)たる電燈も呼吸の為めに曇りて見えぬ、一見
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
すなわち左(さ)に我が国号が、古来いかなる変遷を経て、以て今日に至ったかを叙述しよう。
国号の由来 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
雪之丞は、敵が、挑(いど)みに応じて、荒ら立って来るのを望んだ。そこに、彼はたやすく活路を見いだし、左(さ)まで精力を費すこと無しに、身の自由を得られることを信じるのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「左(さ)ほどでも御座りませぬ。御前(ごぜん)の御好物、蜜柑(みかん)を持ち戻りまして御座りますが——」
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
左(さ)はいえ、私はなお、憚(はばか)られます。——ではこうしましょう。君臣の誓いは、われわれが一国一城を持った上として、ここでは、三人義兄弟の約束を結んでおくことにして下さい。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
而して純白色のものを以て最も高尚なものとするのは、我輩文明人の常である、左(さ)れば染色上の嗜好より人の文野を別てば、白色若(も)しくは水色等を愛する者は最も文化したるもので
猫と色の嗜好 (新字新仮名) / 石田孫太郎(著)
されば、人心恟々(きょうきょう)として、安き心も無く、後日、釣船の宿にて聴く所によれば、騒擾(そうじょう)の三日間ばかりは、釣に出づる者とては絶えて無く、全く休業同様なりしといふ。左(さ)もあるべし。
東京市騒擾中の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)