“何”のいろいろな読み方と例文
読み方(ふりがな)割合
なん24.5%
23.7%
なに15.7%
11.6%
いず9.3%
いづ4.9%
どう2.4%
なんに1.5%
なあに0.7%
なあ0.6%
(他:105)5.1%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
父は往来わうらいの左右を見ながら、「昔はここいらは原ばかりだつた」とか「なんとかさまの裏の田には鶴が下りたものだ」とか話してゐた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ぼくはなんのことやらわけがからなかったので、あとでおとうさんにきいてたら、おとうさんはこう説明せつめいしてくれた。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
「いきなり、風呂を沸かす宿屋が半道と来たんでは、一口飲ませる処とも聞きにくうございますよ。しかし何かしらありましょう……なんしろ暗い。」
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
唯今たゞいまはなしをする、……わたし出會であひましたのは、うもにはつくつた大池おほいけつたらしい。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
永年ながねん彼と交際をしたの月にも、の日にも、余は未だ曾て彼のせつを笑ひ得るの機會をとらたたためしがない。
子規の画 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
うにもうにも逃げようにも逃げられず、真裸体まっぱだかで座ってお辞儀も出来ず、進退きゅうして実に身の置処おきどころがない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
はるみじかなに不滅ふめついのちぞと』云々うん/\うたひと自由じいう干渉かんせふるぞ。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
売捌うりさばき都合つがふなにやで店らしい者が無ければならぬ、そこ酷算段ひどさんだんをして一軒いつけんりて
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ひら御免ごめんくだされたし」とわびしげに申上まをしあぐれば、幼君えうくん、「なになぐさみなり、辭退じたいせず
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
市「知りません、其様そんな事どうして、只の字せえ知らねえで習わねえに英語なぞに知る訳がねえ、それは外国人げえこくじんのいうことだ」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さがしたぞ。こんたなどごまで来て。して黙って彼処あそごに居なぃがった。おぢいさん、うんと心配してるぞ。さ、早くべ。」
種山ヶ原 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
「ところで、んだっけ。ああそうそう十万円だな。だが一体全体そんな金がどこにあるのだ。エッくそ、死んじまえ、死んじまえ、死んじまえ……」
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「さんぞうろういずれもの旦那衆にさように勧進かんじんを申し上げて御用をつとめまいらせ候、今法界坊とは、やつがれのことに御座あり候」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
貴方がたも誠におこまりでございましょう、実に新吉も残惜のこりおしく思います、いずれ只今私も新吉と同道で参りますから、ヘエ有難う
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
其節そのせつ申上もうしあげ候通り、いずこれ時節じせつ見計みはからい、世におおやけにするつもり候得共そうらえども
両氏の文学的才能を充分に認め、その或る作品に対しては多大の敬意を払つてゐるのですが、今度のものは、いづれも感心が出来ないやうに思ひます。
南は山影暗くさかしまに映り北と東の平野は月光蒼茫としていづれか陸、何れか水のけじめさへつかず、小舟は西の方を指して進むのである。
少年の悲哀 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
が、いづれにしてもみんなの口は、新任先生の下馬評ににぎはつて、ささやきとなり呟きとなり笑ひとなつて、部屋の空氣がざわめき立つてゐた。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
れでもおまへ年寄としよりだもの、おいらのふのはよめさんのことさ、年寄としよりはどうでもいとあるに
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
一首の意は、若しもこの日本の国にあなたのような方がお二人おいでになると思うことが出来ますならば、どうしてこんなになげきましょう。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
やっと二三十けんばかりの処に近づいて、月の光りにすかして見ると、提燈ばかりが歩いているのでなく、どうやら人が持っているのだ。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
——ブウバケルは結婚してゐた。まだ十五なのに可笑をかしな事だ。酒は飲むし、筋肉はたるんでゐる。——もうビスクラに期待するものはなんにもないよ。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
といつた風情ふぜい面倒臭めんだうくささうに衣服きものたから、わしなんにはずにちいさくなつてだまつてひかへた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
生憎あいにく今日こんちなんにも無くて御気の毒だいなあ。川魚のいたのに、豆腐のつゆならごはす。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
なあに、正体を見れば、閑古鳥にしろ、じきそこいらの樹の枝か葉隠れに、翼を掻込かいこんだのが、けろりとした目で、ひまかして
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なあに。あいつは二ひきともきびんだからだいじょうぶだよ。」と言っているうちに、馬車は、十四、五けん手前で、ぱたりととまりました。
やどなし犬 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
「姐ちやんなあにあれは?」と、足を投げ出して坐つてお出でになる坊ちやんは、他の事を仰りながら、不審さうに外の方を上目に見て、きよと/\してお出でになる。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
「何処か安い間があったら移りたいと思うから探してくれませんか……なあに今日や明日でなくってもいそがなくてもよいのだから。」といった。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
なあに」と思って、お島は聞いていたのであったが、女にどんな手があるか解らないような、恐怖おそれ疑惧ぎぐとを感じて来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
なあに、大丈夫気をつけてさへ歩けば、何処まで行つたつて迷児になんかなりやしませんよ。角の勧工場と家の看板さへ知つてりや。』と言つたが、『それ、家の看板には恁う書いてあつたでせう。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
文庫本には「巴山夜雨の時を話るべきか」と読ましてあるが、いつか当に云々と続いて居るのだから、「話るべきか」の「か」は蛇足であり、この蛇足のために調子はひどく崩れる。
閑人詩話 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
くつわ虫はかしましき声もかたちもいと丈夫ぢやうぶめかしきを、いつしかときにおとろへ行くらん。
あきあはせ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
私はこれを「いつまさに共に西牕の燭をりて、かへつて巴山夜雨の時をかたるべき」と読む。
閑人詩話 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
俺のやつた事を、男の恥だつて言ふ者もあるだらうが、俺の身になると、外に工夫も手段てだてもねえ、俺はどんな目に逢つても、どんな事をされても
「それはもうお請合いたします。今度こそはどんな事をしても曲者を嗅ぎ出して、萬に一つも、父上樣に間違のあるやうな事はさせません」
「あんな綺麗な一人娘に死なれて、親方の氣持はどんなだらう、考へただけでも、私も胸が痛くなる——どんな事をされても決してうらみとは思はない——が」
こゝに至れば詩歌なく、景色なく、いづれわれ、何を彼と見分るすべなきなり、之を冥交と曰ひ、契合ともなづくるなれ。
松島に於て芭蕉翁を読む (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
「売冰図。堅冰六月浄璘々。叫売歩過入軟塵。応是仙霊投砕玉。活来熱閙幾場人。」売冰はいづれの国の風俗であらうか。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
博士とフエデリゴとはこの美麗にして久しきに耐ふる顏料の性状を論ずと見えしが、いつかバヤルヂイが大著述の批評に言ひ及びて、身のいづれの處に在るかを忘るゝものゝ如くなりき。
「……外廻りをするにして、要心に事を欠いた。木魚をおしに置くとはあんたるこんだ。」
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
遊二 二、三日前に来た使いの人の話では、あんでも、歌の文句通りだそうだ。
天狗外伝 斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
遊二 二、三日前に来た使いの人の話では、あんでも、歌の文句通りだそうだ。
斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
貴誨きくわいかうむらずして、星霜多く改まる、渇望の至り、造次ざうじいかでかまをさん。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
目鼻だちはきりきりと利口らしけれどいかにもせいの低くければ人あざけりて仇名はつけける。
わかれ道 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いかにぞ虚空津日高そらつひこの泣き患へたまふ所由ゆゑは」と問へば、答へたまはく
何故なら、物質生活こそが精神生活の根底であるから、私は、物質生活と精神生活とどちらが尊いかと云うのではない。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
つくづく聞き飽きてもうやに成つた、貴様が出ずばどちら道同じ事をしくもない九尺二間、れが小僧を連れて出やう、さうならば十分に我鳴り立る都合もよからう、さあ貴様がくか
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
つくづくきてもうやにつた、貴樣きさまずばどちみちおなことをしくもない九しやくけんれが小僧こぞうれてやう
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
未死の幽魂、尋ねんと欲するも、今いずれの処にかある。請う、吾人ごじんをして彼を九原きゅうげんの下より起し、少しく彼にいて語らしめよ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
それ封建世襲の社会において、いわゆる天民の秀傑なる智勇弁力あるもの、いずれの地に向ってその驥足きそくを伸べんとする。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
お政は児をうて彼にさきだち、お露は彼に残されて児を負う。いずれか不幸、いずれか悲惨。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
龍華寺りうげじどれほど立派りつぱ檀家だんかありとらねど、わがあねさま三ねん馴染なじみ銀行ぎんこう川樣かわさま
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
どれれも俊秀しゆんしうなら、俊秀しゆんしう一山ひとやまもんだとも言得いひえられる。
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
「ま、どれでも可いから好ささうなのを一ツ呉れ。」といふと、
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
其がナンと、此世の悪心も何もかも、忘れ果てゝ清々スガスガしい心になりながら、唯そればかりの一念が、残つて居る、と申します。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
其がナンと、此世の惡心も何もかも、忘れ果てゝ清々スガヽヽしい心になりながら、唯そればかりの一念が、殘つて居ると、申します。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫釈迢空(著)
其がナンと、此世の惡心も何もかも、忘れ果てゝ清々スガヽヽしい心になりながら、唯そればかりの一念が、殘つて居る、と申します。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
もち山若やまわかかへるでの黄葉もみづまでもとどかふ 〔巻十四・三四九四〕 東歌
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
高麗錦こまにしきひもけてるがろとかもあやにかなしき」(同・三四六五)
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
云う事うにもことうえて、まあんたらことうくだ!
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
キヨメをエタと云ふはかなる詞ぞ。穢多。根本は餌取と云ふべき歟。餌と云ふはしゝむら鷹の餌を云ふなるべし、其れを取る物を云ふなり。
エタ源流考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
けれども、づれも不合格者ばかりであつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
けれども、ずれも不合格者ばかりであった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
此度の事ハ紀州ハナニ故の勢にや、あまり無礼ブレイなる事ニて私の人数及便船かりなど鞆の港にほりあげ、主人の急用ありとて長崎の方へ出帆仕候。
御懸念ゴケネン一掃イッソウノオ仕事シゴトシテラレルナラバ、ワタクシナニオウ
創生記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ところが、数日後のナニ新聞かで、ある演芸記者の、其夜の会の批評の端だつたかに、「仁左衛門が、傍若無人に拍手した。身分を弁へぬことの甚しいものだ」大体こんな意味の詞が書き添へてあつた。
戞々たり 車上の優人 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
あにい、そのまま上へ積まっしゃい、と早や二人して、嘉吉めが天窓あたまと足を、引立てるではござりませぬか。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
老耆おいぼれてんぼうじじいに、若いものの酔漢よいどれ介抱やっかいあに、出来べい。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あにも居ねえぞ。」
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「卿等、碌々人に拠って事をなすの徒。燕雀えんじゃくいずくんぞ、大鵬の志を知らんや、か——吾に、洛陽負廓田ふかくでんけい有らしめば、あによく六国の相印をびんや、か」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
平素庭におもむくも訓誨くんかいたがう、この行ひとり識る厳君げんくんを慰むるを。耳に存す文政十年の詔、口に熟す秋州一首の文。少小より尊攘のこころざし早く決す、蒼皇そうこうたる輿馬よば、情いずくんぞ紛せんや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「王侯将相、いずくんぞ種あらんや」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
所が、あにいづくんぞ図らんや、この堂々として赤裸々たる処が却つて敵をして矢を放たしむる的となつた所以ゆゑんであつたのだ。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
われは身のいづくの處にあるを知らずして、只だ熱の脈絡の内におこりたるを覺えき。
いづくんぞ今にして早く蒸溜水の様な心に成られやう。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
今も半数は鮮姓を承ぎ、ちんさいていぼくきんりんべん等昔のままである。
苗代川の黒物 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「何、清白だと? 乃公おれはお前が家の書物を盗んで吊し打ちになったのをこないだ見たばかりだ」
孔乙己 (新字新仮名) / 魯迅(著)
年占・祈年・左義長・鳥追ひ・道祖神祭・厄落しは、の日に行うてもよいわけである。
髯籠の話 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
で、こゝろといふ語は、の時代においても、右の両に用ゐられて居る。
和歌批判の範疇 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
われ・これ・こゝで類推を拡充してゆけるひとぐに即、他国・他郷の対照としてその国・知らぬ国或は、異国・異郷とも言ふべき土地を、昔の人々も考へて居た。
妣が国へ・常世へ (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
ンゾハナハダシクキフナル
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夕さればみ山を去らぬ布雲にぬぐもあぜか絶えむと言ひし児ろはも (同・三五一三)
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
それにはアドカ・アガセムというなまりも手伝っているらしく思われるけれども、単にそれのみでなく、「あどか吾がせむ」という切実な句が此歌の価値を高めているからであろう。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)