田山花袋
1872.01.22 〜 1930.05.13
“田山花袋”に特徴的な語句
遣
子息
逢
了
独
其処
角
謂
蒼
顕
庇
種々
殆
児
兎
煩悶
卓
丁度
盛
渠
経
戸外
頻
路
傍
鋤
如何
何処
他
厭
蒲団
侘
漸
庇髪
蚊帳
頭脳
鬚
庫裡
己
貴郎
譬
喧
訊
筈
懐
心
角
勿論
点
挙
著者としての作品一覧
赤い鳥居(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
静夫はその高台のどんな細い道をもよく知つてゐた。そこを出れば坂がある。丘がある。林がある。その林は疎らで、下には萱や薄が生えてゐる。その薄の白い穂に夕日が銀のやうに光つて見えてゐる …
読書目安時間:約10分
静夫はその高台のどんな細い道をもよく知つてゐた。そこを出れば坂がある。丘がある。林がある。その林は疎らで、下には萱や薄が生えてゐる。その薄の白い穂に夕日が銀のやうに光つて見えてゐる …
アカシヤの花(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
たしか長春ホテルであつたと思ふ。私はその女の話をBから聞いた。しかし、それはその女を主としての話ではなしに、その長春の事務所長をしてゐるS氏の話が出た時に、Bは画家らしいのんきな調 …
読書目安時間:約10分
たしか長春ホテルであつたと思ふ。私はその女の話をBから聞いた。しかし、それはその女を主としての話ではなしに、その長春の事務所長をしてゐるS氏の話が出た時に、Bは画家らしいのんきな調 …
秋の岐蘇路(旧字旧仮名)
読書目安時間:約21分
大井、中津川の諸驛を過ぎて、次第に木曾の翠微に近けるは、九月も早盡きんとして、秋風客衣に遍ねく、虫聲路傍に喞々たるの頃なりき。あゝわが吟懷、いかに久しくこの木曾の溪山に向ひて馳せた …
読書目安時間:約21分
大井、中津川の諸驛を過ぎて、次第に木曾の翠微に近けるは、九月も早盡きんとして、秋風客衣に遍ねく、虫聲路傍に喞々たるの頃なりき。あゝわが吟懷、いかに久しくこの木曾の溪山に向ひて馳せた …
朝(新字旧仮名)
読書目安時間:約20分
家の中二階は川に臨んで居た。其処にこれから発たうとする一家族が船の準備の出来る間を集つて待つて居た。七月の暑い日影は岸の竹藪に偏つて流るゝ碧い瀬にキラキラと照つた。 涼しい樹陰に五 …
読書目安時間:約20分
家の中二階は川に臨んで居た。其処にこれから発たうとする一家族が船の準備の出来る間を集つて待つて居た。七月の暑い日影は岸の竹藪に偏つて流るゝ碧い瀬にキラキラと照つた。 涼しい樹陰に五 …
あさぢ沼(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
私は知つてゐる人に逢はないやうに沼の向う側を通つて行つた。なつかしい沼、蘆荻の深く生ひ茂つてゐる中に水あほひの濃く紫に咲いてゐる沼、不思議な美しい羽色をした水鳥の棲んでゐる沼、私の …
読書目安時間:約10分
私は知つてゐる人に逢はないやうに沼の向う側を通つて行つた。なつかしい沼、蘆荻の深く生ひ茂つてゐる中に水あほひの濃く紫に咲いてゐる沼、不思議な美しい羽色をした水鳥の棲んでゐる沼、私の …
新しい生(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
吾々はある意味に於ては、即かなければならない。ある意味に於ては、離れなければならない。しかし、吾々は即くばかりで生きてをられるものではない。また離れるばかりで生きてをられるものでは …
読書目安時間:約8分
吾々はある意味に於ては、即かなければならない。ある意味に於ては、離れなければならない。しかし、吾々は即くばかりで生きてをられるものではない。また離れるばかりで生きてをられるものでは …
あちこちの渓谷(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
私は渓谷がすきで、よくあちこちに出かけた。時にはまだ世間にその名を知られてゐない渓谷を探して、それを一つ一つ書いて見たいと思つたこともある。中年に脚気を病んで、心臓をわるくして、登 …
読書目安時間:約4分
私は渓谷がすきで、よくあちこちに出かけた。時にはまだ世間にその名を知られてゐない渓谷を探して、それを一つ一つ書いて見たいと思つたこともある。中年に脚気を病んで、心臓をわるくして、登 …
雨の日に(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
学んで積んだ知識で物を言つてゐるやうな人達が多い。そのために、議論が唯の議論で続いてゐて、互にその主張を持して、最終まで理解が来ないで物別れになる。かうした傾向は決して好いことでは …
読書目安時間:約9分
学んで積んだ知識で物を言つてゐるやうな人達が多い。そのために、議論が唯の議論で続いてゐて、互にその主張を持して、最終まで理解が来ないで物別れになる。かうした傾向は決して好いことでは …
或新年の小説評(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
○ おくればせに新年と二月の小説を飛び/\に読んで見た。 正宗君の『催眠薬を飲むまで』は、またいつもの同じ題材だと思ひ/\読んで行つたが、最後の二頁に行つて、がらりと引くりかへされ …
読書目安時間:約9分
○ おくればせに新年と二月の小説を飛び/\に読んで見た。 正宗君の『催眠薬を飲むまで』は、またいつもの同じ題材だと思ひ/\読んで行つたが、最後の二頁に行つて、がらりと引くりかへされ …
ある僧の奇蹟(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間10分
久しく無住であつたH村の長昌院には、今度新しい住職が出来た。それは何でも二代前の老僧の一番末の弟子で、幼い時は此の寺で育つた人だといふことであつた。「ほ、あのお小僧さんが?それはめ …
読書目安時間:約1時間10分
久しく無住であつたH村の長昌院には、今度新しい住職が出来た。それは何でも二代前の老僧の一番末の弟子で、幼い時は此の寺で育つた人だといふことであつた。「ほ、あのお小僧さんが?それはめ …
ある時に(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
物事がすべてはつきりときまつてゐないといふことが面白い。善いが善いでなく、わるいがわるいでなく、幸福が幸福でなく、不幸が不幸でないといふやうに、すべて、何んなことでも、有と無と、無 …
読書目安時間:約5分
物事がすべてはつきりときまつてゐないといふことが面白い。善いが善いでなく、わるいがわるいでなく、幸福が幸福でなく、不幸が不幸でないといふやうに、すべて、何んなことでも、有と無と、無 …
ある日(新字旧仮名)
読書目安時間:約19分
その時丁度午飯のあと片附をすませた妻は、私達の傍を通つて、そのまゝ居間の方へと行つた。私は男の子供達に英語を教へながら、裏庭の深い緑葉を透してさし込んで来る暑い夏の日影を眺めた。庭 …
読書目安時間:約19分
その時丁度午飯のあと片附をすませた妻は、私達の傍を通つて、そのまゝ居間の方へと行つた。私は男の子供達に英語を教へながら、裏庭の深い緑葉を透してさし込んで来る暑い夏の日影を眺めた。庭 …
ある日の印旛沼(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
私達は茣蓙を持つたり、煙草盆を持つたり、茶器を携へたりして、午前の日影のをりをり晴れやかに照りわたる間を土手の方へと行つた。水田の中では水鶏の声が頻りにきこえた。 『コ、コ、ココ、 …
読書目安時間:約8分
私達は茣蓙を持つたり、煙草盆を持つたり、茶器を携へたりして、午前の日影のをりをり晴れやかに照りわたる間を土手の方へと行つた。水田の中では水鶏の声が頻りにきこえた。 『コ、コ、ココ、 …
アンナ、パブロオナ(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
「そんなにして遊んでゐて好いのかね?」 「大丈夫よ」 Bは笑つて、「旦那に見られては困るんぢやないか?」 「そんなこと心配ないの……見つかつて、いやだつて言つたら、よして了ふばかり …
読書目安時間:約13分
「そんなにして遊んでゐて好いのかね?」 「大丈夫よ」 Bは笑つて、「旦那に見られては困るんぢやないか?」 「そんなこと心配ないの……見つかつて、いやだつて言つたら、よして了ふばかり …
磯清水(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
二人はよく裏の松林の中を散歩した。そこにはいろいろな花が下草に雑つて刺繍でもしたやうに咲いてゐた。黄い小さな花、紫色をした龍胆に似た花、白く叢を成して咲いてゐる花、運が好いと、真紅 …
読書目安時間:約9分
二人はよく裏の松林の中を散歩した。そこにはいろいろな花が下草に雑つて刺繍でもしたやうに咲いてゐた。黄い小さな花、紫色をした龍胆に似た花、白く叢を成して咲いてゐる花、運が好いと、真紅 …
一少女(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
私達が北満洲に行つた時の話ですが、あのセミヨノフ将軍の没落した後のロシアの避難民のさまは悲惨を極めたものだつたさうです。何でもハルビンも危険だといふので、手に手を取つて松花江の氷の …
読書目安時間:約10分
私達が北満洲に行つた時の話ですが、あのセミヨノフ将軍の没落した後のロシアの避難民のさまは悲惨を極めたものだつたさうです。何でもハルビンも危険だといふので、手に手を取つて松花江の氷の …
一夜のうれい(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
夜は早十時を過ぎたり。されど浮立たざる心には、臥床を伸べんことさえ、いとものうし。まして我は寝ねてだに、うれしき夢見るべき目あてもあらぬ墓なき身なれば、むしろ眠らずして、この儘一夜 …
読書目安時間:約5分
夜は早十時を過ぎたり。されど浮立たざる心には、臥床を伸べんことさえ、いとものうし。まして我は寝ねてだに、うれしき夢見るべき目あてもあらぬ墓なき身なれば、むしろ眠らずして、この儘一夜 …
一国の首都(旧字旧仮名)
読書目安時間:約1分
『一國の主都』と言ふ大きな繪入の書籍を十年前にある處で見たことがある。都府の寫眞が幾つとなく入つて居て、立派な帝王の宮室の寫眞もあつた。そして其各國の都府の光景を當時有名なる作者が …
読書目安時間:約1分
『一國の主都』と言ふ大きな繪入の書籍を十年前にある處で見たことがある。都府の寫眞が幾つとなく入つて居て、立派な帝王の宮室の寫眞もあつた。そして其各國の都府の光景を當時有名なる作者が …
一室(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
「行きますか?」 片語の日本語でかう李が言ふと、 Hは、 「何うします?」と言つて私の方を見た。 「ちよつと見るだけ見たいんだが、さういふわけには行きませんか」 「それは行きますと …
読書目安時間:約6分
「行きますか?」 片語の日本語でかう李が言ふと、 Hは、 「何うします?」と言つて私の方を見た。 「ちよつと見るだけ見たいんだが、さういふわけには行きませんか」 「それは行きますと …
行つて見たいところ(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
四月から、何処に行つても面白い。海も好い。山も好い。あの温かい風が吹いて来ると、家の中にじつとしてゐられないやうな気がする。此処に少し行つて見たいところを書いて見る。 五月の中頃あ …
読書目安時間:約5分
四月から、何処に行つても面白い。海も好い。山も好い。あの温かい風が吹いて来ると、家の中にじつとしてゐられないやうな気がする。此処に少し行つて見たいところを書いて見る。 五月の中頃あ …
一兵卒(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
渠は歩き出した。 銃が重い、背嚢が重い、脚が重い、アルミニウム製の金椀が腰の剣に当たってカタカタと鳴る。その音が興奮した神経をおびただしく刺戟するので、幾度かそれを直してみたが、ど …
読書目安時間:約24分
渠は歩き出した。 銃が重い、背嚢が重い、脚が重い、アルミニウム製の金椀が腰の剣に当たってカタカタと鳴る。その音が興奮した神経をおびただしく刺戟するので、幾度かそれを直してみたが、ど …
田舎からの手紙(新字旧仮名)
読書目安時間:約36分
なつかしきK先生、 ゴオと吹きおろす凩の音に、又もや何等の幸福も訪れずに、夕暮がさびしくやつてまゐりました。遠くには、高社山の白皚々とした頭を雲の上にあらはし、はかなく栄える夕日を …
読書目安時間:約36分
なつかしきK先生、 ゴオと吹きおろす凩の音に、又もや何等の幸福も訪れずに、夕暮がさびしくやつてまゐりました。遠くには、高社山の白皚々とした頭を雲の上にあらはし、はかなく栄える夕日を …
田舎教師(新字新仮名)
読書目安時間:約5時間4分
四里の道は長かった。その間に青縞の市のたつ羽生の町があった。田圃にはげんげが咲き、豪家の垣からは八重桜が散りこぼれた。赤い蹴出しを出した田舎の姐さんがおりおり通った。 羽生からは車 …
読書目安時間:約5時間4分
四里の道は長かった。その間に青縞の市のたつ羽生の町があった。田圃にはげんげが咲き、豪家の垣からは八重桜が散りこぼれた。赤い蹴出しを出した田舎の姐さんがおりおり通った。 羽生からは車 …
『田舎教師』について(新字新仮名)
読書目安時間:約10分
私は戦場から帰って、まもなくO君を田舎の町の寺に訪ねた。その時、墓場を通りぬけようとして、ふと見ると、新しい墓標に、『小林秀三之墓』という字の書いてあるのが眼についた。新仏らしく、 …
読書目安時間:約10分
私は戦場から帰って、まもなくO君を田舎の町の寺に訪ねた。その時、墓場を通りぬけようとして、ふと見ると、新しい墓標に、『小林秀三之墓』という字の書いてあるのが眼についた。新仏らしく、 …
犬(新字旧仮名)
読書目安時間:約16分
「馬鹿に鳴くね。大きな犬らしいね」Bを見送りに来たMが言ふと、すぐ傍の籐椅子に腰をかけてゐたT氏は、 「H領事の犬だらう?先生方も今日立つ筈だからね」 その犬の悲鳴する声は、甲板の …
読書目安時間:約16分
「馬鹿に鳴くね。大きな犬らしいね」Bを見送りに来たMが言ふと、すぐ傍の籐椅子に腰をかけてゐたT氏は、 「H領事の犬だらう?先生方も今日立つ筈だからね」 その犬の悲鳴する声は、甲板の …
伊良湖岬(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
豊橋から田原に行く間は、さう大してすぐれたところもなかつたけれども——馬上に氷る影法師と芭蕉が詠んだあまつ縄手が長くつゞいてゐるばかりであつたけれども、田原が近くなると、江山の姿が …
読書目安時間:約9分
豊橋から田原に行く間は、さう大してすぐれたところもなかつたけれども——馬上に氷る影法師と芭蕉が詠んだあまつ縄手が長くつゞいてゐるばかりであつたけれども、田原が近くなると、江山の姿が …
海をわたる(新字旧仮名)
読書目安時間:約19分
長い間心に思つたT温泉はやつと近づいた。其処に行きさへすれば、あとは帰つたやうなものである。そこからFへは三里、その埠頭には海峡をわたる連絡船が朝に夜にちやんと旅客を待つてゐて、そ …
読書目安時間:約19分
長い間心に思つたT温泉はやつと近づいた。其処に行きさへすれば、あとは帰つたやうなものである。そこからFへは三里、その埠頭には海峡をわたる連絡船が朝に夜にちやんと旅客を待つてゐて、そ …
エンジンの響(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
また想像を排さなければならないやうな時代が来た。想像は作をするに就いてはなくてならないものであるのは言ふを待たないが、この想像が新しい時代の人達の単なる要求と相混合して、十のものを …
読書目安時間:約9分
また想像を排さなければならないやうな時代が来た。想像は作をするに就いてはなくてならないものであるのは言ふを待たないが、この想像が新しい時代の人達の単なる要求と相混合して、十のものを …
大阪で(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
汽車で、東京の近郊に行く。麦の黄熟したさま、里川のたぷたぷと新芽をたゝえて流れてゐるさま、杜の上に晴れやかに簇がり立つた雲のさま、すべて心を惹かないものはない。『麦ははや刈り取るべ …
読書目安時間:約8分
汽車で、東京の近郊に行く。麦の黄熟したさま、里川のたぷたぷと新芽をたゝえて流れてゐるさま、杜の上に晴れやかに簇がり立つた雲のさま、すべて心を惹かないものはない。『麦ははや刈り取るべ …
丘の上の家:抄(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
それは十一月の末であつた。東京の近郊によく見る小春日和で、菊などが田舎の垣に美しく咲いてゐた。太田玉茗君と一緒に湖処子君を道玄坂のばれん屋といふ旅舎に訪ねると、生憎不在で、帰りのほ …
読書目安時間:約8分
それは十一月の末であつた。東京の近郊によく見る小春日和で、菊などが田舎の垣に美しく咲いてゐた。太田玉茗君と一緒に湖処子君を道玄坂のばれん屋といふ旅舎に訪ねると、生憎不在で、帰りのほ …
隠岐がよひの船(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
九月から先は、海が荒れて、ともすると一週間も交通の途絶えるやうなことがあるさうであるけれども、普通はその間は大してひどいところではなかつた。何方かと言へば佐渡にわたるよりも楽である …
読書目安時間:約3分
九月から先は、海が荒れて、ともすると一週間も交通の途絶えるやうなことがあるさうであるけれども、普通はその間は大してひどいところではなかつた。何方かと言へば佐渡にわたるよりも楽である …
尾崎紅葉とその作品(新字旧仮名)
読書目安時間:約16分
『色懺悔』『夏痩』あたりから、私は紅葉の作物を手にした。矢張、毎朝『読売』の一回を楽んだ方で、『おぼろ舟』のお藤『心の闇』のお粂などは、長い間忘れられないほどの印象を私の頭脳に残し …
読書目安時間:約16分
『色懺悔』『夏痩』あたりから、私は紅葉の作物を手にした。矢張、毎朝『読売』の一回を楽んだ方で、『おぼろ舟』のお藤『心の闇』のお粂などは、長い間忘れられないほどの印象を私の頭脳に残し …
女と情と愛と(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
男女の争闘のその一歩先にある創造的気分に達しなければ、女は男を理解したといふことは出来ないし、男も亦女を理解したといふことは出来ない。女に子供を生ませて、それで男の勝利だと思つてゐ …
読書目安時間:約3分
男女の争闘のその一歩先にある創造的気分に達しなければ、女は男を理解したといふことは出来ないし、男も亦女を理解したといふことは出来ない。女に子供を生ませて、それで男の勝利だと思つてゐ …
女の温泉(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
女に取つての温泉場——関東では伊香保が一番好いといふのは、昔からの定論であるらしかつた。果してさういふ風にあの湯が効目があるか何うか。それは知らないけれども、細君同伴で一まはりも湯 …
読書目安時間:約11分
女に取つての温泉場——関東では伊香保が一番好いといふのは、昔からの定論であるらしかつた。果してさういふ風にあの湯が効目があるか何うか。それは知らないけれども、細君同伴で一まはりも湯 …
間居(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
労資問題も自他の問題である。細かい心の問題である。千古常に解決に苦しんでゐる問題である。そしてこれが物質的解決に近づいて行けば行くほど、問題は明快になつて行くけれども、同時に、自他 …
読書目安時間:約8分
労資問題も自他の問題である。細かい心の問題である。千古常に解決に苦しんでゐる問題である。そしてこれが物質的解決に近づいて行けば行くほど、問題は明快になつて行くけれども、同時に、自他 …
閑談(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
私のこれまでに見て来たところでは、芸術をやるものは多くは無であるやうである。無為、無目的、無慾——従つて多くは虚無的傾向を持つてゐる。かれは金にも眼を呉れない。栄華にも心を奪はれな …
読書目安時間:約6分
私のこれまでに見て来たところでは、芸術をやるものは多くは無であるやうである。無為、無目的、無慾——従つて多くは虚無的傾向を持つてゐる。かれは金にも眼を呉れない。栄華にも心を奪はれな …
帰国(旧字旧仮名)
読書目安時間:約36分
一行は樹立の深く生茂つた處から、岩の多い、勾配の高い折れ曲つた羊齒の路を喘ぎ喘ぎ登つて行つた。ちびと綽名をつけられた背の低い男が一番先に立つて、それから常公、政公、眇目の平公、子供 …
読書目安時間:約36分
一行は樹立の深く生茂つた處から、岩の多い、勾配の高い折れ曲つた羊齒の路を喘ぎ喘ぎ登つて行つた。ちびと綽名をつけられた背の低い男が一番先に立つて、それから常公、政公、眇目の平公、子供 …
草津から伊香保まで(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
高原から下りた処には、両岸から絶壁が迫つて、綺麗な谷川が流れて居た。 朝から晴れたり曇つたりして居た。時には雨も来た。日影を受けながらサツと降つて通る気まぐれな雨、谷川の橋を渡る時 …
読書目安時間:約3分
高原から下りた処には、両岸から絶壁が迫つて、綺麗な谷川が流れて居た。 朝から晴れたり曇つたりして居た。時には雨も来た。日影を受けながらサツと降つて通る気まぐれな雨、谷川の橋を渡る時 …
草道(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
「とてもあんなところには泊れやしないね、あんなところに泊らうもんなら何をされるかわかりやしない」かうBが言つたのは、その深い草道を半里ほどこつちに来てからであつた。かれ等は伴れて来 …
読書目安時間:約9分
「とてもあんなところには泊れやしないね、あんなところに泊らうもんなら何をされるかわかりやしない」かうBが言つたのは、その深い草道を半里ほどこつちに来てからであつた。かれ等は伴れて来 …
草みち(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
『此方の方に来たことはあつて?』 『いゝえ』 『でも、小さい時には遊びに来たことはあるでせう?そら上水の岸で、つばなや何か取つたことがあるぢやないの?』 『さうだつたかしら?』 妹 …
読書目安時間:約10分
『此方の方に来たことはあつて?』 『いゝえ』 『でも、小さい時には遊びに来たことはあるでせう?そら上水の岸で、つばなや何か取つたことがあるぢやないの?』 『さうだつたかしら?』 妹 …
草みち:序(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
私は童話でも書くやうな、または刺繍でも見るやうな気持で、昔の恋愛の心の光景を眺め返して見たのでした。私は不思議な気がしました。それは再びその時分の心持に戻つたとは言へないまでにも、 …
読書目安時間:約1分
私は童話でも書くやうな、または刺繍でも見るやうな気持で、昔の恋愛の心の光景を眺め返して見たのでした。私は不思議な気がしました。それは再びその時分の心持に戻つたとは言へないまでにも、 …
くづれた土手(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
一夜すさまじく荒れた颱風の朝、Kはいつもよりも少し遅れて家を出た。雨はまだぽつぽつ落ちてゐたけれども、空にはところどころ青いのが見えて、強弩の末と言はぬばかりの風が割合に静かに大き …
読書目安時間:約10分
一夜すさまじく荒れた颱風の朝、Kはいつもよりも少し遅れて家を出た。雨はまだぽつぽつ落ちてゐたけれども、空にはところどころ青いのが見えて、強弩の末と言はぬばかりの風が割合に静かに大き …
くつは虫(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
種族が異つても、国が異つても、文化が異つても、矢張人間だから、考へることが似たり寄つたりである。それを思ふと、今更ながら最初にかへることが必要だといふ気がする。経文あつての仏法では …
読書目安時間:約4分
種族が異つても、国が異つても、文化が異つても、矢張人間だから、考へることが似たり寄つたりである。それを思ふと、今更ながら最初にかへることが必要だといふ気がする。経文あつての仏法では …
黒猫(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
× 知識は堆積し且つ貯蔵して置くことが出来るが、芸術にはそれが出来ぬ。何故なら、芸術は飽くまでも刹那的で且つ醗酵的であらねばならないからである。 × 曾ては、かういふことを人も言ひ …
読書目安時間:約7分
× 知識は堆積し且つ貯蔵して置くことが出来るが、芸術にはそれが出来ぬ。何故なら、芸術は飽くまでも刹那的で且つ醗酵的であらねばならないからである。 × 曾ては、かういふことを人も言ひ …
黒猫(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
この作は非常に面白い。しかし何故面白いのか。何故かう心を惹くのか。さう思つて考へて見ても、何うしてもその理由がわからないやうな場合がよくある。例の芭蕉の『昼見れば首筋赤きほたるかな …
読書目安時間:約5分
この作は非常に面白い。しかし何故面白いのか。何故かう心を惹くのか。さう思つて考へて見ても、何うしてもその理由がわからないやうな場合がよくある。例の芭蕉の『昼見れば首筋赤きほたるかな …
解脱非解脱(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
解脱にも非常に度数があると共に、真剣とか、一心とか言ふことにも矢張度数がある。更にそれを幾種類に別つことが出来る。従つて口で言ふことはわけはないが、そのあらはれた形を見ると、千差万 …
読書目安時間:約9分
解脱にも非常に度数があると共に、真剣とか、一心とか言ふことにも矢張度数がある。更にそれを幾種類に別つことが出来る。従つて口で言ふことはわけはないが、そのあらはれた形を見ると、千差万 …
月明夜々(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
× この頃の文壇の傾向は全く技巧的になつた。わるい意味に於ての一昔以前への復帰である。宇野氏の作物のごとき、芥川氏の作物の如き——。 × 技巧をもつて人を惹きつけるといふことも、さ …
読書目安時間:約9分
× この頃の文壇の傾向は全く技巧的になつた。わるい意味に於ての一昔以前への復帰である。宇野氏の作物のごとき、芥川氏の作物の如き——。 × 技巧をもつて人を惹きつけるといふことも、さ …
娟々細々(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
× 皮肉に物を見るといふことは、その人の聡明を示してはゐるけれども、しかもその聡明に捉へられて自分一人を好いと思ひあがつたやうな処があつて厭だ。 × 観察とか解剖とか言ふことは、得 …
読書目安時間:約5分
× 皮肉に物を見るといふことは、その人の聡明を示してはゐるけれども、しかもその聡明に捉へられて自分一人を好いと思ひあがつたやうな処があつて厭だ。 × 観察とか解剖とか言ふことは、得 …
現代と旋廻軸(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
現代といふ言葉は永久にある言葉である。永久は現代の無限の連続である。一つづゝ離して見れば現代になり、つゞけて見れば永久になる。そしてこの現代が永久になつて行くところに、一種の転換と …
読書目安時間:約9分
現代といふ言葉は永久にある言葉である。永久は現代の無限の連続である。一つづゝ離して見れば現代になり、つゞけて見れば永久になる。そしてこの現代が永久になつて行くところに、一種の転換と …
紅葉山人訪問記(新字旧仮名)
読書目安時間:約14分
随分もう昔だ。その頃のことを繰返して見ると、いつの間にか月日が経つたといふことが染々と考へられる。尾崎紅葉と書いた返事が来た時、自分は何んなに喜んだか知れなかつたが、其喜びももう想 …
読書目安時間:約14分
随分もう昔だ。その頃のことを繰返して見ると、いつの間にか月日が経つたといふことが染々と考へられる。尾崎紅葉と書いた返事が来た時、自分は何んなに喜んだか知れなかつたが、其喜びももう想 …
心の絵(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
いつまで経つても、また何処まで行つても同じであるこの長い人生、時には退屈して何か人を驚かすやうなことをして見たいと思ふことはあつても、さて、さうしてやつて見たところで、矢張同じやう …
読書目安時間:約8分
いつまで経つても、また何処まで行つても同じであるこの長い人生、時には退屈して何か人を驚かすやうなことをして見たいと思ふことはあつても、さて、さうしてやつて見たところで、矢張同じやう …
心の階段(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
十二年は有島君のことだの、武者小路君のことだの、地震だの、大杉君のことだの、いろいろなことがあつた。尠くとも作品そのものよりも、実際的に衝動を受けたことの方が多かつた。それに、私の …
読書目安時間:約7分
十二年は有島君のことだの、武者小路君のことだの、地震だの、大杉君のことだの、いろいろなことがあつた。尠くとも作品そのものよりも、実際的に衝動を受けたことの方が多かつた。それに、私の …
孤独と法身(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
東京の夏は色彩が濃くつて好い。山や田舎と違つて、空気にもいろいろ複雑した色や感じがある。行かふ女達の浴衣の派手なのも好ければ、洋傘の思ひ切りぱつとしてゐるのも好い。朝蔭の凉しい中だ …
読書目安時間:約8分
東京の夏は色彩が濃くつて好い。山や田舎と違つて、空気にもいろいろ複雑した色や感じがある。行かふ女達の浴衣の派手なのも好ければ、洋傘の思ひ切りぱつとしてゐるのも好い。朝蔭の凉しい中だ …
子供と旅(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
明治四十四年の元日は上諏訪温泉で迎へた。山の雪に日が光つて、寒い風が肌に染み渡つた。半凍つた湖水には二三日前まで通つて居たといふ小蒸汽船が氷に閉ぢられて居た。 昨夜遅く此処に着いた …
読書目安時間:約3分
明治四十四年の元日は上諏訪温泉で迎へた。山の雪に日が光つて、寒い風が肌に染み渡つた。半凍つた湖水には二三日前まで通つて居たといふ小蒸汽船が氷に閉ぢられて居た。 昨夜遅く此処に着いた …
西鶴小論(新字旧仮名)
読書目安時間:約24分
西鶴は大阪人ではあるけれども、それ以上に深い処を持つてゐると私は思ふ。西鶴が利己、打算、軽い遊び、さういふものゝ空気の中に一度は浸つた人であることは首肯かれる。又一方幇間らしい軽佻 …
読書目安時間:約24分
西鶴は大阪人ではあるけれども、それ以上に深い処を持つてゐると私は思ふ。西鶴が利己、打算、軽い遊び、さういふものゝ空気の中に一度は浸つた人であることは首肯かれる。又一方幇間らしい軽佻 …
作者の言葉(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
『矢張、自分で面白いと思ふやうなものでなくつては駄目だね。いくら書いたツて、またいくら世の中に本を出したツて、それが自分でつまらないやうなものでは?』それはさういふ心持は、筆を執る …
読書目安時間:約7分
『矢張、自分で面白いと思ふやうなものでなくつては駄目だね。いくら書いたツて、またいくら世の中に本を出したツて、それが自分でつまらないやうなものでは?』それはさういふ心持は、筆を執る …
雑事(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
△ 大衆文芸でも、通俗小説でも、作者が熱を感じて書いてゐるものなら、まだ救はれることもあらうが、さういふものがはやるからとか、金になるからとか言つて書いてゐるのでは、とても駄目であ …
読書目安時間:約4分
△ 大衆文芸でも、通俗小説でも、作者が熱を感じて書いてゐるものなら、まだ救はれることもあらうが、さういふものがはやるからとか、金になるからとか言つて書いてゐるのでは、とても駄目であ …
百日紅(新字旧仮名)
読書目安時間:約26分
山の半腹を縫つた細い路を私は歩いて居た。日は照つて居た。下には、石材を三里先の山の中から運んで来るトロコのレールが長く続いてゐて、其向ふには、松の綺麗に生えた山が重り合つてゐた。 …
読書目安時間:約26分
山の半腹を縫つた細い路を私は歩いて居た。日は照つて居た。下には、石材を三里先の山の中から運んで来るトロコのレールが長く続いてゐて、其向ふには、松の綺麗に生えた山が重り合つてゐた。 …
三月の創作(新字旧仮名)
読書目安時間:約32分
今月は久し振で月評をする気になつた。成るたけ落ちついた静かな心持でやつて見たいと思ふ。 一番先きに読んだのは、「中央公論」に出てゐる藤村千代の『ある女の生活』であつた。私はこの人の …
読書目安時間:約32分
今月は久し振で月評をする気になつた。成るたけ落ちついた静かな心持でやつて見たいと思ふ。 一番先きに読んだのは、「中央公論」に出てゐる藤村千代の『ある女の生活』であつた。私はこの人の …
山間の旅舎(新字旧仮名)
読書目安時間:約14分
山と山との間である。雨が降つてゐる。かなり強く降つてゐる。汽車の窓から覗くと、谷川が凄じく音を立てゝ白く砕けて流れてゐるのが見える。汽車の速力は次第に緩くなつて、やがて山の腹のやう …
読書目安時間:約14分
山と山との間である。雨が降つてゐる。かなり強く降つてゐる。汽車の窓から覗くと、谷川が凄じく音を立てゝ白く砕けて流れてゐるのが見える。汽車の速力は次第に緩くなつて、やがて山の腹のやう …
J. K. Huys Mans の小説(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
J. K. Huys Mans あたりで、フランスの新らしい文章は一変したと言はれてゐる。文体、文章などゝ言ふものは、十年の間にはいつ変るともなく変つて行くものださうだが、実際さう …
読書目安時間:約11分
J. K. Huys Mans あたりで、フランスの新らしい文章は一変したと言はれてゐる。文体、文章などゝ言ふものは、十年の間にはいつ変るともなく変つて行くものださうだが、実際さう …
地震の時(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
すさまじい光景だ。人が行く。荷馬車が行く。乗合自動車が行く。鈴生になつてゐる電車が行く。路も歪んでゐる。樹も曲つてゐる。空も三角になつて見える。何うしても立体派の絵画といふ気がした …
読書目安時間:約7分
すさまじい光景だ。人が行く。荷馬車が行く。乗合自動車が行く。鈴生になつてゐる電車が行く。路も歪んでゐる。樹も曲つてゐる。空も三角になつて見える。何うしても立体派の絵画といふ気がした …
静かな日(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
箇に立籠つて、自からその特色を護るのもわるくはないけれども、願くは、自分の書いたものが横に社会に影響して、実生活の上までにも感化乃至動揺を与ふやうなものでありたい。しかしその程度が …
読書目安時間:約5分
箇に立籠つて、自からその特色を護るのもわるくはないけれども、願くは、自分の書いたものが横に社会に影響して、実生活の上までにも感化乃至動揺を与ふやうなものでありたい。しかしその程度が …
自然(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
地震といふものも矢張自然のリズムの動き方のひとつであらう。その根本は私達の心のリズムに続いてゐるのであらう。止むに止まれない自然のあらはれであらう。 天譴だとか、天譴でないとか、い …
読書目安時間:約8分
地震といふものも矢張自然のリズムの動き方のひとつであらう。その根本は私達の心のリズムに続いてゐるのであらう。止むに止まれない自然のあらはれであらう。 天譴だとか、天譴でないとか、い …
自他の融合(新字旧仮名)
読書目安時間:約18分
自他の融合と言ふことに就いて、文壇には猶ほ深く考へなければならないことが多いと思ふ。自己の心理をいかに他に発見し、又他の心理をいかに自己に発見するかといふことは、芸術の標準を上げる …
読書目安時間:約18分
自他の融合と言ふことに就いて、文壇には猶ほ深く考へなければならないことが多いと思ふ。自己の心理をいかに他に発見し、又他の心理をいかに自己に発見するかといふことは、芸術の標準を上げる …
島からの帰途(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
KとBとは並んで歩きながら、 『向うから見たのとは、感じがまた丸で違ふね?』 『本当だね……』 『第一、こんな大きな、いろいろなもののあるところとは思はなかつた。医者もあれば、湯屋 …
読書目安時間:約10分
KとBとは並んで歩きながら、 『向うから見たのとは、感じがまた丸で違ふね?』 『本当だね……』 『第一、こんな大きな、いろいろなもののあるところとは思はなかつた。医者もあれば、湯屋 …
島の唄(新字旧仮名)
読書目安時間:約24分
あゝ焼けたな——ある日の朝、Bは新聞を見ながら思はずかう独語した。本町と言へば、たしかにあの宿屋のあたりだが、その記事では、もつと此方の税務所や郡役所が焼けて、もう少しでその前にあ …
読書目安時間:約24分
あゝ焼けたな——ある日の朝、Bは新聞を見ながら思はずかう独語した。本町と言へば、たしかにあの宿屋のあたりだが、その記事では、もつと此方の税務所や郡役所が焼けて、もう少しでその前にあ …
社会劇と印象派(新字旧仮名)
読書目安時間:約15分
社会劇と印象派といふ題を設けたけれど、別に深く研究した訳ではない、唯、此頃さういふことを考へたことがあつたから、此処では自分の貧しい経験といふやうなことを中心として少し述べて見たい …
読書目安時間:約15分
社会劇と印象派といふ題を設けたけれど、別に深く研究した訳ではない、唯、此頃さういふことを考へたことがあつたから、此処では自分の貧しい経験といふやうなことを中心として少し述べて見たい …
社会と自己(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
社会と自己との問題はかなり複雑したものである。時には社会本位になつたり自己本位になつたりする。しかし、社会と自己との交渉が離るべからざるものであるのは、元より言ふを待たないことであ …
読書目安時間:約10分
社会と自己との問題はかなり複雑したものである。時には社会本位になつたり自己本位になつたりする。しかし、社会と自己との交渉が離るべからざるものであるのは、元より言ふを待たないことであ …
重右衛門の最後(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間25分
五六人集つたある席上で、何ういふ拍子か、ふと、魯西亜の小説家イ、エス、ツルゲネーフの作品に話が移つて、ルウヂンの末路や、バザロフの性格などに、いろ/\興味の多い批評が出た事があつた …
読書目安時間:約1時間25分
五六人集つたある席上で、何ういふ拍子か、ふと、魯西亜の小説家イ、エス、ツルゲネーフの作品に話が移つて、ルウヂンの末路や、バザロフの性格などに、いろ/\興味の多い批評が出た事があつた …
充実した文章(旧字旧仮名)
読書目安時間:約1分
私は思ふ、調子の惡い文章は書いても、無駄の多い文章は書き度くない、と。調子といふものを庇ふと、兎角無意味な文字を使ひたくなる。無意味の文字を使ふと、何うも感じが空疎になつて困る。ゴ …
読書目安時間:約1分
私は思ふ、調子の惡い文章は書いても、無駄の多い文章は書き度くない、と。調子といふものを庇ふと、兎角無意味な文字を使ひたくなる。無意味の文字を使ふと、何うも感じが空疎になつて困る。ゴ …
樹木と空飛ぶ鳥(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
この頃の庭は落葉で埋れて見る影もない。いかにも冬ざれといふ感じである。それに山の手は霜柱が深く立つて、塵埃が散ばつても、紙屑が風に吹き寄せられても、それを掃くことも出来ない。樹木も …
読書目安時間:約10分
この頃の庭は落葉で埋れて見る影もない。いかにも冬ざれといふ感じである。それに山の手は霜柱が深く立つて、塵埃が散ばつても、紙屑が風に吹き寄せられても、それを掃くことも出来ない。樹木も …
少女病(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
山手線の朝の七時二十分の上り汽車が、代々木の電車停留場の崖下を地響きさせて通るころ、千駄谷の田畝をてくてくと歩いていく男がある。この男の通らぬことはいかな日にもないので、雨の日には …
読書目安時間:約24分
山手線の朝の七時二十分の上り汽車が、代々木の電車停留場の崖下を地響きさせて通るころ、千駄谷の田畝をてくてくと歩いていく男がある。この男の通らぬことはいかな日にもないので、雨の日には …
小説新論(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間6分
若い人達の為めに、小説を書くに就いて、私の経験した作法見たいなものを書いて見る。 長年私は投書を見て来てゐるので、諸君が何ういふ作をするか、何ういふ風に小説といふものを考へてゐるか …
読書目安時間:約1時間6分
若い人達の為めに、小説を書くに就いて、私の経験した作法見たいなものを書いて見る。 長年私は投書を見て来てゐるので、諸君が何ういふ作をするか、何ういふ風に小説といふものを考へてゐるか …
小説への二つの道(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
何うも、事実を書くと、兎角平凡になり勝である。なら想像で拵へ上げたものは何うかと言ふのに、これも本当でないので、矢張面白くない。兎角、その奥が見透かされさうになる。 苟も小説家であ …
読書目安時間:約8分
何うも、事実を書くと、兎角平凡になり勝である。なら想像で拵へ上げたものは何うかと言ふのに、これも本当でないので、矢張面白くない。兎角、その奥が見透かされさうになる。 苟も小説家であ …
神経家の言(旧字旧仮名)
読書目安時間:約1分
新世紀に出た正宗白鳥君の『古手帳』の中に、『蟲齒が痛んで苦んだ。琺瑯質が壞れて神經が現はれるのださうだ。心の琺瑯質が壞れて、露出した外界の熱さ寒さに觸れたら、どんなに痛いだらう。』 …
読書目安時間:約1分
新世紀に出た正宗白鳥君の『古手帳』の中に、『蟲齒が痛んで苦んだ。琺瑯質が壞れて神經が現はれるのださうだ。心の琺瑯質が壞れて、露出した外界の熱さ寒さに觸れたら、どんなに痛いだらう。』 …
真剣の強味(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
今度の大戦の印象の多い中で、私は一番真剣とか一心とか言ふものゝ力の強いことを味はつた。ドイツの強味は、真剣の強味であり、一心の強味である。あらゆるものを捨てあらゆるものを犠牲にした …
読書目安時間:約5分
今度の大戦の印象の多い中で、私は一番真剣とか一心とか言ふものゝ力の強いことを味はつた。ドイツの強味は、真剣の強味であり、一心の強味である。あらゆるものを捨てあらゆるものを犠牲にした …
人生のための芸術(旧字旧仮名)
読書目安時間:約1分
人生の爲めの藝術を後藤宙外君は本誌の前號で説いて居る。そして文學の爲めの文學を排して居るけれど、私等のいふ人生に觸れるといふことと、宙外君の人生に觸れるといふこととは甚だ意味が違ふ …
読書目安時間:約1分
人生の爲めの藝術を後藤宙外君は本誌の前號で説いて居る。そして文學の爲めの文學を排して居るけれど、私等のいふ人生に觸れるといふことと、宙外君の人生に觸れるといふこととは甚だ意味が違ふ …
新茶のかおり(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
樹々の若葉の美しいのが殊に嬉しい。一番早く芽を出し始めるのは梅、桜、杏などであるが、常磐木が芽を出すさまも何となく心を惹く。 古葉が凋落して、新しい葉がすぐ其後から出るということは …
読書目安時間:約4分
樹々の若葉の美しいのが殊に嬉しい。一番早く芽を出し始めるのは梅、桜、杏などであるが、常磐木が芽を出すさまも何となく心を惹く。 古葉が凋落して、新しい葉がすぐ其後から出るということは …
迅雷(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
× およそ雷で一番恐ろしいのは、山の上で逢つたことだ。私は日光の山奥でさういふ経験を甞めたことがあつた。雨は車軸を覆すばかりに降る。風は凄じく下から巻きあげる。それに、電光が交叉し …
読書目安時間:約6分
× およそ雷で一番恐ろしいのは、山の上で逢つたことだ。私は日光の山奥でさういふ経験を甞めたことがあつた。雨は車軸を覆すばかりに降る。風は凄じく下から巻きあげる。それに、電光が交叉し …
心理の縦断(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
矢張心理の縦断が行はれてゐるのだから面白い。ロシアの革命思想は元はドイツが本家であつて、それをレニンやトロツキイが持つて行つてやつたのであつたが、それが的確にドイツに戻つて来たので …
読書目安時間:約7分
矢張心理の縦断が行はれてゐるのだから面白い。ロシアの革命思想は元はドイツが本家であつて、それをレニンやトロツキイが持つて行つてやつたのであつたが、それが的確にドイツに戻つて来たので …
心理の縦断と横断(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
箇々の対立までは、誰でも行けるが、それから箇々の融合まで行く路が容易でない。対立を痛感するといふことは、既にかなりに深く自己の心理の縦断をやつたことではあるが、この縦断から横断に移 …
読書目安時間:約9分
箇々の対立までは、誰でも行けるが、それから箇々の融合まで行く路が容易でない。対立を痛感するといふことは、既にかなりに深く自己の心理の縦断をやつたことではあるが、この縦断から横断に移 …
水源を思ふ(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
水源といふものを私は若い頃から好きで、わざわざそれを探険しないまでにも、よくそれに沿つて溯つて行くことが好きだつたが、今から百二三十年前に、江戸に橘樹園といふ人があつて、多摩川の上 …
読書目安時間:約7分
水源といふものを私は若い頃から好きで、わざわざそれを探険しないまでにも、よくそれに沿つて溯つて行くことが好きだつたが、今から百二三十年前に、江戸に橘樹園といふ人があつて、多摩川の上 …
スケツチ(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
何うも大袈裟の議論が多い。やれ国民的自覚とか、国民的同化とか、読んで見れば一応は筋道はわかつてゐるが、要するに筋で、肉でない。内容は頗る貧弱で、抽象的の断定ばかり下してゐる。かうい …
読書目安時間:約13分
何うも大袈裟の議論が多い。やれ国民的自覚とか、国民的同化とか、読んで見れば一応は筋道はわかつてゐるが、要するに筋で、肉でない。内容は頗る貧弱で、抽象的の断定ばかり下してゐる。かうい …
須磨子の死(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
他を批評するといふ心は、他に対して未だ完全の理解を持つてゐない心である。いかなる批評を以てしても、その当躰の核心は言破することが出来ない。その批評それ自身が批評される当躰と同一乃至 …
読書目安時間:約5分
他を批評するといふ心は、他に対して未だ完全の理解を持つてゐない心である。いかなる批評を以てしても、その当躰の核心は言破することが出来ない。その批評それ自身が批評される当躰と同一乃至 …
生滅の心理(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
生と滅との相聯関してゐる形は到る処にそれを発見することが出来る。生の究竟に滅あり、滅の究竟に生あり、又これを実際の心理に照して見ても、滅を背景に持つた生は、持たない生よりも力強く、 …
読書目安時間:約9分
生と滅との相聯関してゐる形は到る処にそれを発見することが出来る。生の究竟に滅あり、滅の究竟に生あり、又これを実際の心理に照して見ても、滅を背景に持つた生は、持たない生よりも力強く、 …
石窟(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
そこに来た時には、二人は思はずはつとした。大きなものに——何とも言はれない大きなものに打突かつたやうな気がした。かれ等はかうしたものが此の山の中にあらうとは思はなかつた。 「む、む …
読書目安時間:約7分
そこに来た時には、二人は思はずはつとした。大きなものに——何とも言はれない大きなものに打突かつたやうな気がした。かれ等はかうしたものが此の山の中にあらうとは思はなかつた。 「む、む …
早春(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
△ 風邪を惹いた床の中で『蜻蛉日記』を読む。学生時代にもよくひつくり返したものだが、今になつて読むと、いろいろなことがはつきりとわかつて面白い。何の事はない、それはその時分の心境小 …
読書目安時間:約5分
△ 風邪を惹いた床の中で『蜻蛉日記』を読む。学生時代にもよくひつくり返したものだが、今になつて読むと、いろいろなことがはつきりとわかつて面白い。何の事はない、それはその時分の心境小 …
存在(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
武林文子に対する批評の中では、広津和郎の言つたことに私は一番多く共鳴した。『だが、道徳性を離れて見た場合、この女性は男性に取つては魅力ある存在である』以下十行ほどはことに好い。流石 …
読書目安時間:約4分
武林文子に対する批評の中では、広津和郎の言つたことに私は一番多く共鳴した。『だが、道徳性を離れて見た場合、この女性は男性に取つては魅力ある存在である』以下十行ほどはことに好い。流石 …
卓上語(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
心の手綱一たび弛めば、竟にはその身を亡ぼすに至る。これは普通誰も言ふことだが、作者の側にもそれを移して来ることが出来る。心に拠るものにして怪奇、荒誕に落ちざるものは稀である、怪奇、 …
読書目安時間:約3分
心の手綱一たび弛めば、竟にはその身を亡ぼすに至る。これは普通誰も言ふことだが、作者の側にもそれを移して来ることが出来る。心に拠るものにして怪奇、荒誕に落ちざるものは稀である、怪奇、 …
脱却の工夫(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
O事件に対するB同人の批評は多くは普通道徳を照尺にしたやうなものであつたが、中でK・Y女史の談話は、自己の実際を背景にしたものだけに一番面白いと思つた。この中には、男女問題の空気が …
読書目安時間:約9分
O事件に対するB同人の批評は多くは普通道徳を照尺にしたやうなものであつたが、中でK・Y女史の談話は、自己の実際を背景にしたものだけに一番面白いと思つた。この中には、男女問題の空気が …
谷合の碧い空(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
静かに金剛不壊といふことを思ふ。既に金剛不壊である。生死なく、暑寒なく、煩悩なしである。しかしそは生死なく暑寒なく煩悩なしを言ふことではない。又、生も可なり死も可なり暑寒煩悩も亦可 …
読書目安時間:約7分
静かに金剛不壊といふことを思ふ。既に金剛不壊である。生死なく、暑寒なく、煩悩なしである。しかしそは生死なく暑寒なく煩悩なしを言ふことではない。又、生も可なり死も可なり暑寒煩悩も亦可 …
旅から帰つて(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
私達の思つたり、考へたり、行つたりする一段上に本当の生活があるやうな気がする。そしてその生活は、今私達がやつてゐるやうな、そんな喧しい、または利害一遍な、何うしても自分達の欲するま …
読書目安時間:約8分
私達の思つたり、考へたり、行つたりする一段上に本当の生活があるやうな気がする。そしてその生活は、今私達がやつてゐるやうな、そんな喧しい、または利害一遍な、何うしても自分達の欲するま …
玉野川の渓谷(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
K先生。 私は昔から陶器できこえた尾張の瀬戸に住んでゐるもので御座います。甚だ失礼で御座いますけれども、先生の『日本一周』を読んで、いろ/\感じたことが御座いますので、それで突然こ …
読書目安時間:約7分
K先生。 私は昔から陶器できこえた尾張の瀬戸に住んでゐるもので御座います。甚だ失礼で御座いますけれども、先生の『日本一周』を読んで、いろ/\感じたことが御座いますので、それで突然こ …
談片(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
さうですね、避暑についての話と言つても、別に面白いこともありませんね。まア暑さを避けるのなら、何と言つても、標高の大きい山岳地方に行くに限ると思ひますね。千米突以上の山の上にゐれば …
読書目安時間:約4分
さうですね、避暑についての話と言つても、別に面白いこともありませんね。まア暑さを避けるのなら、何と言つても、標高の大きい山岳地方に行くに限ると思ひますね。千米突以上の山の上にゐれば …
知多の野間で(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
知多半島の東浦から西浦に越えて行く路は、今までにないほどの興味を私に誘つた。『知多半島ツて、こんなところかなア、こんなに面白い地形とは思はなかつた』私はかう独語した。 私は東浦の河 …
読書目安時間:約4分
知多半島の東浦から西浦に越えて行く路は、今までにないほどの興味を私に誘つた。『知多半島ツて、こんなところかなア、こんなに面白い地形とは思はなかつた』私はかう独語した。 私は東浦の河 …
父親(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
多喜子は六歳の時に此処に来たことがあるさうであるけれども、さうした覚えは少しもなかつた。石段になつてゐるやうな坂の両側に宿屋だの土産物を売る店だのが混雑と並んでゐて、そのところとこ …
読書目安時間:約10分
多喜子は六歳の時に此処に来たことがあるさうであるけれども、さうした覚えは少しもなかつた。石段になつてゐるやうな坂の両側に宿屋だの土産物を売る店だのが混雑と並んでゐて、そのところとこ …
父の墓(新字旧仮名)
読書目安時間:約12分
停車場から町の入口まで半里位ある。堤防になつてゐる二間幅の路には、櫨の大きな並木が涼しい蔭をつくつて居て、車夫の饅頭笠が其間を縫つて走つて行く。小石が出て居るので、車がガタガタ鳴つ …
読書目安時間:約12分
停車場から町の入口まで半里位ある。堤防になつてゐる二間幅の路には、櫨の大きな並木が涼しい蔭をつくつて居て、車夫の饅頭笠が其間を縫つて走つて行く。小石が出て居るので、車がガタガタ鳴つ …
中秋の頃(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
芭蕉の葉が破れ始めた。これでも、秋がもう深くなつたことが思はれる。朝、目が覚めると虫の音がさびしく聞えてゐる。それが言ふに言はれない詩興を促がす。 これからは書ける時だなどと思ふ。 …
読書目安時間:約9分
芭蕉の葉が破れ始めた。これでも、秋がもう深くなつたことが思はれる。朝、目が覚めると虫の音がさびしく聞えてゐる。それが言ふに言はれない詩興を促がす。 これからは書ける時だなどと思ふ。 …
通俗小説(新字旧仮名)
読書目安時間:約14分
△ 私が鈍才であるためかも知れないが、何うも本格的な小説が書けない。一時は随分そのために苦労もし、骨も折つて見たのであるが——人一倍いろいろなことをやつて見たいと思つてゐるが、その …
読書目安時間:約14分
△ 私が鈍才であるためかも知れないが、何うも本格的な小説が書けない。一時は随分そのために苦労もし、骨も折つて見たのであるが——人一倍いろいろなことをやつて見たいと思つてゐるが、その …
「椿」序(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
最近五六年間に書いた小品を集めて『椿』といふのは、別に意味のあることではない。丁度それを輯めようとする頃、椿の花が殊に私の眼に附いたからである。私は丁度其時友人のフランスに立つのを …
読書目安時間:約1分
最近五六年間に書いた小品を集めて『椿』といふのは、別に意味のあることではない。丁度それを輯めようとする頃、椿の花が殊に私の眼に附いたからである。私は丁度其時友人のフランスに立つのを …
手品(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
矢張私達の問題は、作者の頭の中のイリユウジヨンを如何にそこにあらはすかといふことが大切であつて、古来幾多の作品に徴してもそれだけはたしかであるやうである。それは時代的背景とか、時代 …
読書目安時間:約7分
矢張私達の問題は、作者の頭の中のイリユウジヨンを如何にそこにあらはすかといふことが大切であつて、古来幾多の作品に徴してもそれだけはたしかであるやうである。それは時代的背景とか、時代 …
踏査(旧字旧仮名)
読書目安時間:約1分
街道がある。其處に日が照る。人が通つて居る。向うには山の翠が見える。それは年々歳々同じである。秋が來れば稻が熟つて、里川に澄んだ水に雜魚の泳ぐのが鮮かに見える。稻を滿載した車がガラ …
読書目安時間:約1分
街道がある。其處に日が照る。人が通つて居る。向うには山の翠が見える。それは年々歳々同じである。秋が來れば稻が熟つて、里川に澄んだ水に雜魚の泳ぐのが鮮かに見える。稻を滿載した車がガラ …
動的芸術(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
静かな芸術から動いた芸術に進んで行つた。それが新しい文学の最近の傾向であると思ふ。 動いた芸術と言ふことは、動いた物象、動いた人物、動いた心理——さういふものをそのまゝに現はさうと …
読書目安時間:約6分
静かな芸術から動いた芸術に進んで行つた。それが新しい文学の最近の傾向であると思ふ。 動いた芸術と言ふことは、動いた物象、動いた人物、動いた心理——さういふものをそのまゝに現はさうと …
時子(新字旧仮名)
読書目安時間:約14分
Bはやつとひとりになつた。時計を見ると、もう十時である。ホテルの室の中には、いろ/\なものが散ばつて、かなりに明るい電気が卓の上に、椅子の上に、またその向うにある白いベツトの上に一 …
読書目安時間:約14分
Bはやつとひとりになつた。時計を見ると、もう十時である。ホテルの室の中には、いろ/\なものが散ばつて、かなりに明るい電気が卓の上に、椅子の上に、またその向うにある白いベツトの上に一 …
「毒と薬」序(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
三四年前からいろいろに思ひ悩んだ記録の一つで感じ得たところのものを決してすつかり書き得たとは思はないが、断片的にも静観の心地には浸つてゐるつもりである。勿論この心地は容易に悟入する …
読書目安時間:約1分
三四年前からいろいろに思ひ悩んだ記録の一つで感じ得たところのものを決してすつかり書き得たとは思はないが、断片的にも静観の心地には浸つてゐるつもりである。勿論この心地は容易に悟入する …
トコヨゴヨミ(新字新仮名)
読書目安時間:約37分
雑嚢を肩からかけた勇吉は、日の暮れる時分漸く自分の村近く帰って来た。村と言っても、其処に一軒此処に一軒という風にぽつぽつ家があるばかりで、内地のようにかたまって聚落を成してはいなか …
読書目安時間:約37分
雑嚢を肩からかけた勇吉は、日の暮れる時分漸く自分の村近く帰って来た。村と言っても、其処に一軒此処に一軒という風にぽつぽつ家があるばかりで、内地のようにかたまって聚落を成してはいなか …
夏(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
富士見からK君がやつて来て、いろいろな話をした。近年になつて、山にやつて来るものが非常に多くなつたといふこと、何でも百人位は今でもゐるといふこと、さういふ人達はあの停車場前の旅舎や …
読書目安時間:約8分
富士見からK君がやつて来て、いろいろな話をした。近年になつて、山にやつて来るものが非常に多くなつたといふこと、何でも百人位は今でもゐるといふこと、さういふ人達はあの停車場前の旅舎や …
波の音(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
『何うもあれは変だね?』かう大学生の小畠はそこに入つて来た旅舎の中年の女中に言つた。それは広い海に面した室で、長い縁側と、スロオプになつてゐる広場とを隔てゝ、向うに波の白く凄じく岩 …
読書目安時間:約11分
『何うもあれは変だね?』かう大学生の小畠はそこに入つて来た旅舎の中年の女中に言つた。それは広い海に面した室で、長い縁側と、スロオプになつてゐる広場とを隔てゝ、向うに波の白く凄じく岩 …
日光(旧字旧仮名)
読書目安時間:約12分
野州はすぐれた山水の美を鍾めてゐるので聞えてゐる。水石の美しいので聞えてゐる。深い溪谷の多いので聞えてゐる。雲煙の多いので聞えてゐる。 中でも、日光の山水を持つた大谷川の谷と鹽原の …
読書目安時間:約12分
野州はすぐれた山水の美を鍾めてゐるので聞えてゐる。水石の美しいので聞えてゐる。深い溪谷の多いので聞えてゐる。雲煙の多いので聞えてゐる。 中でも、日光の山水を持つた大谷川の谷と鹽原の …
日光山の奥(旧字旧仮名)
読書目安時間:約29分
囘顧すれば曾遊二三年前、白衣の行者に交りて、海面を拔く事八千二百餘尺、清容富嶽に迫り威歩關東を壓したる日光男體山の絶巓に登りし時、東北の方、萬山相集りたる深谷に、清光鏡の如く澄影玻 …
読書目安時間:約29分
囘顧すれば曾遊二三年前、白衣の行者に交りて、海面を拔く事八千二百餘尺、清容富嶽に迫り威歩關東を壓したる日光男體山の絶巓に登りし時、東北の方、萬山相集りたる深谷に、清光鏡の如く澄影玻 …
日本橋附近(新字新仮名)
読書目安時間:約37分
日本橋附近は変ってしまったものだ。もはやあのあたりには昔のさまは見出せない。江戸時代はおろか明治時代の面影をもそこにはっきりと思い浮べることは困難だ。 あのさびた掘割の水にももはや …
読書目安時間:約37分
日本橋附近は変ってしまったものだ。もはやあのあたりには昔のさまは見出せない。江戸時代はおろか明治時代の面影をもそこにはっきりと思い浮べることは困難だ。 あのさびた掘割の水にももはや …
ネギ一束(新字新仮名)
読書目安時間:約12分
お作が故郷を出てこの地に来てから、もう一年になる。故郷には親がいるではない、家があるではない、力になる親類とてもない、村はずれの土手下の一軒家、壁は落ち、屋根は漏(も)り、畳は半ば …
読書目安時間:約12分
お作が故郷を出てこの地に来てから、もう一年になる。故郷には親がいるではない、家があるではない、力になる親類とてもない、村はずれの土手下の一軒家、壁は落ち、屋根は漏(も)り、畳は半ば …
野の花を(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
静かに木の立つたやうに、物も思はず、世も思はず、自己をも思はず、人間をも思はず——。 慈悲と言ふことも、頭に上つて来なければ来なくとも好い。他でもなければ自でもなく、自でもなければ …
読書目安時間:約8分
静かに木の立つたやうに、物も思はず、世も思はず、自己をも思はず、人間をも思はず——。 慈悲と言ふことも、頭に上つて来なければ来なくとも好い。他でもなければ自でもなく、自でもなければ …
墓の上に墓(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
銘々に、代り代り人生の舞台に出て行く形が面白いではないか。古来何千年の昔から人間がやつて来たと同じやうに、波の上に波が打寄せて来るやうに……。 我々は墓の上に墓を築きつゝあるのであ …
読書目安時間:約9分
銘々に、代り代り人生の舞台に出て行く形が面白いではないか。古来何千年の昔から人間がやつて来たと同じやうに、波の上に波が打寄せて来るやうに……。 我々は墓の上に墓を築きつゝあるのであ …
バザンの小説(旧字旧仮名)
読書目安時間:約1分
バザンの田園小説を二三册讀んだ。描寫などに稍々新らしい匂ひのする處がないでもないが、何うも全體の上の感じは餘りよくなかつた。“This, my son”など親と子といふ深い關係を材 …
読書目安時間:約1分
バザンの田園小説を二三册讀んだ。描寫などに稍々新らしい匂ひのする處がないでもないが、何うも全體の上の感じは餘りよくなかつた。“This, my son”など親と子といふ深い關係を材 …
初冬の記事(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
また好きな初冬が来た。今年は雨が多いので、勤めに出かける人などは困つたらうと思ふ。しかしその雨の故か、今年の紅葉の色は非常に好い。私の庭のばかりでない、何処に行つても、濃やかな紅の …
読書目安時間:約9分
また好きな初冬が来た。今年は雨が多いので、勤めに出かける人などは困つたらうと思ふ。しかしその雨の故か、今年の紅葉の色は非常に好い。私の庭のばかりでない、何処に行つても、濃やかな紅の …
花束(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
順吉は今でもはつきりとその時のさまを思ひ出すことが出来た。右に石垣、その下に柳の大きな樹が茂つて、向うに橋がある——その橋も、殿様のゐる頃には大小を挟んだ侍が通つたり、騎馬の武士が …
読書目安時間:約10分
順吉は今でもはつきりとその時のさまを思ひ出すことが出来た。右に石垣、その下に柳の大きな樹が茂つて、向うに橋がある——その橋も、殿様のゐる頃には大小を挟んだ侍が通つたり、騎馬の武士が …
花二三ヶ所(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
花の咲きはじめるのを待つのも好いものだが、青葉になつてから、静かに上野の山あたりを歩くのもわるくない。桜の開落は少しあつけないが、その頃になると、椿だの、木瓜だの、山吹だの、躑躅だ …
読書目安時間:約4分
花の咲きはじめるのを待つのも好いものだが、青葉になつてから、静かに上野の山あたりを歩くのもわるくない。桜の開落は少しあつけないが、その頃になると、椿だの、木瓜だの、山吹だの、躑躅だ …
春(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
春といふと、曾て紀州にあそんだ時のことが思ひ出されて来た。あそこは潮流の関係で、春の来ることが早く、伊勢あたりはまだやつと梅の花が散つた頃なのに、そこでは山桜が咲きみだれ、夏蜜柑が …
読書目安時間:約2分
春といふと、曾て紀州にあそんだ時のことが思ひ出されて来た。あそこは潮流の関係で、春の来ることが早く、伊勢あたりはまだやつと梅の花が散つた頃なのに、そこでは山桜が咲きみだれ、夏蜜柑が …
春雨にぬれた旅(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
志摩から伊勢、紀伊と旅して行つた時のことが第一に思ひ出される。其時、私は糸立を着て、草鞋を穿いて歩いて行つた。浜島から長島までの辛い長い山路、其処には桃の花の咲いてゐる畑もあれば、 …
読書目安時間:約3分
志摩から伊勢、紀伊と旅して行つた時のことが第一に思ひ出される。其時、私は糸立を着て、草鞋を穿いて歩いて行つた。浜島から長島までの辛い長い山路、其処には桃の花の咲いてゐる畑もあれば、 …
晩秋の頃(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
秋は深くなつた。落葉ががら/\と家の周囲を廻つて通る。朝から障子に日が当つて、雀がチヤ/\と鳴いて居る。芭蕉の葉は既に萎れた。 栗の実を拾ひに、競つて朝早く子供等の起きたのはつい此 …
読書目安時間:約3分
秋は深くなつた。落葉ががら/\と家の周囲を廻つて通る。朝から障子に日が当つて、雀がチヤ/\と鳴いて居る。芭蕉の葉は既に萎れた。 栗の実を拾ひに、競つて朝早く子供等の起きたのはつい此 …
半日の閑話(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
人間の一生を縦に考へて見ただけでも、世間に就ての考へ方は各自に、非常に違つて来るやうなものである。若い頃には誰でも大概は世間に圧されてゐる。意味なしに上から圧迫されてゐる。従つて弱 …
読書目安時間:約7分
人間の一生を縦に考へて見ただけでも、世間に就ての考へ方は各自に、非常に違つて来るやうなものである。若い頃には誰でも大概は世間に圧されてゐる。意味なしに上から圧迫されてゐる。従つて弱 …
ひとつのパラソル(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
大学生のKが春の休みに帰つてからもう三日になつた。かれは昨年の矢張今頃に母と父とを三日おきに亡くしてゐるので、そのお祭をするのもその帰郷の大きな理由だが、それ以上にかれは常子の眉目 …
読書目安時間:約10分
大学生のKが春の休みに帰つてからもう三日になつた。かれは昨年の矢張今頃に母と父とを三日おきに亡くしてゐるので、そのお祭をするのもその帰郷の大きな理由だが、それ以上にかれは常子の眉目 …
批評(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
□ 批評といふものは、他に対して自己を発見することである。他のわる口を言つてゐる言葉の中に、却つて自己の弱点を示してゐるやうな場合がよくあるものである。 □ つまり互ひに刺違へてゐ …
読書目安時間:約4分
□ 批評といふものは、他に対して自己を発見することである。他のわる口を言つてゐる言葉の中に、却つて自己の弱点を示してゐるやうな場合がよくあるものである。 □ つまり互ひに刺違へてゐ …
批評的精神を難ず(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
批評的精神とか、自己を深く見詰めるとか言ふことも、人間としては決して第一義的ではない。無論さうしたことも人間には必要なことであり、なくてならないことであり、ある時期には人間の修養上 …
読書目安時間:約7分
批評的精神とか、自己を深く見詰めるとか言ふことも、人間としては決して第一義的ではない。無論さうしたことも人間には必要なことであり、なくてならないことであり、ある時期には人間の修養上 …
不思議な鳥(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
実行と芸術との問題は、今でも新しい問題であらねばならぬ。実行と芸術とは離るべからざるものであつて、そして猶且つ離れなければならないものである。それは実行のあるところに、必ずしも芸術 …
読書目安時間:約8分
実行と芸術との問題は、今でも新しい問題であらねばならぬ。実行と芸術とは離るべからざるものであつて、そして猶且つ離れなければならないものである。それは実行のあるところに、必ずしも芸術 …
蒲団(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間31分
小石川の切支丹坂から極楽水に出る道のだらだら坂を下りようとして渠は考えた。「これで自分と彼女との関係は一段落を告げた。三十六にもなって、子供も三人あって、あんなことを考えたかと思う …
読書目安時間:約1時間31分
小石川の切支丹坂から極楽水に出る道のだらだら坂を下りようとして渠は考えた。「これで自分と彼女との関係は一段落を告げた。三十六にもなって、子供も三人あって、あんなことを考えたかと思う …
『蒲団』を書いた頃(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
『何うして、あんな「蒲団」のやうな作が歓迎されたでせうな?』かうある人が言つたが、作者自身でも、何うしてあんな作が今でも売れてゐるかと思はれるほどである。少くともあの作は四五万は売 …
読書目安時間:約6分
『何うして、あんな「蒲団」のやうな作が歓迎されたでせうな?』かうある人が言つたが、作者自身でも、何うしてあんな作が今でも売れてゐるかと思はれるほどである。少くともあの作は四五万は売 …
船路(新字旧仮名)
読書目安時間:約22分
大華表の下には既に舟の支度で出来て、真中の四布蒲団の上に、芝居で使ふやうな小さな角な火鉢が置かれてあるのをかれは目にした。 それは最早夕暮に近かつた。向うの長い丘には、まだ夕日の影 …
読書目安時間:約22分
大華表の下には既に舟の支度で出来て、真中の四布蒲団の上に、芝居で使ふやうな小さな角な火鉢が置かれてあるのをかれは目にした。 それは最早夕暮に近かつた。向うの長い丘には、まだ夕日の影 …
文壇一夕話(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
現実に接触したところに今の新興文芸は生れたのだと言はれる。現実なるものゝ意味をよく了解することの必要なるは言ふ迄もない。然るにその根柢を為して居る現実が、多くは空疎な抽象的のものに …
読書目安時間:約6分
現実に接触したところに今の新興文芸は生れたのだと言はれる。現実なるものゝ意味をよく了解することの必要なるは言ふ迄もない。然るにその根柢を為して居る現実が、多くは空疎な抽象的のものに …
北京の一夜(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
突然私は犬の凄じく吼える声が夜の空気を劈いてきこえて来るのを耳にした。私にはすぐわかつた。それは平塚領事夫妻の伴れて来てゐた犬に相違なかつた。あの長平丸の一等船室の下のところで、箱 …
読書目安時間:約2分
突然私は犬の凄じく吼える声が夜の空気を劈いてきこえて来るのを耳にした。私にはすぐわかつた。それは平塚領事夫妻の伴れて来てゐた犬に相違なかつた。あの長平丸の一等船室の下のところで、箱 …
ペチヨリンとゲザ(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
鴎外漁史の『しがらみ草紙』は、当年の文学書生であつた私達に取つては、非常に利益の多いものだつた。明治の文壇は、その大半を、この『しがらみ草紙』によつて覚醒させられたと言つても好いと …
読書目安時間:約6分
鴎外漁史の『しがらみ草紙』は、当年の文学書生であつた私達に取つては、非常に利益の多いものだつた。明治の文壇は、その大半を、この『しがらみ草紙』によつて覚醒させられたと言つても好いと …
泡鳴氏の『耽溺』(旧字旧仮名)
読書目安時間:約1分
いかなる事象をも——口に言ふに忍びざるほどの悲慘、殘忍、冷酷のことをも、明かに其心に映し得るやうに、作者は常に眞率な無邪氣な心を持つて居なければならぬ。『耽溺』の事象を、泡鳴君があ …
読書目安時間:約1分
いかなる事象をも——口に言ふに忍びざるほどの悲慘、殘忍、冷酷のことをも、明かに其心に映し得るやうに、作者は常に眞率な無邪氣な心を持つて居なければならぬ。『耽溺』の事象を、泡鳴君があ …
本能(旧字旧仮名)
読書目安時間:約1分
本能は人間の如何ともすべからざるものである。人は本能の衝動に逢へば、必ずずる/\と引摺られて行つて了ふ。本能と戰ふは痛快な事業ではあるが、しかも愚かなる行爲たるを免れない。本能に同 …
読書目安時間:約1分
本能は人間の如何ともすべからざるものである。人は本能の衝動に逢へば、必ずずる/\と引摺られて行つて了ふ。本能と戰ふは痛快な事業ではあるが、しかも愚かなる行爲たるを免れない。本能に同 …
正宗君について(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
『徒然草』の作者を正宗君はよく持ち出すが、何処かそこに似たところがある。共通したところがある。島崎君がよく芭蕉翁を持ち出すのと比べて見て、そこに非常に興味があると思ふ。 芭蕉と兼好 …
読書目安時間:約7分
『徒然草』の作者を正宗君はよく持ち出すが、何処かそこに似たところがある。共通したところがある。島崎君がよく芭蕉翁を持ち出すのと比べて見て、そこに非常に興味があると思ふ。 芭蕉と兼好 …
『マダム・ボワリーの故郷』(旧字旧仮名)
読書目安時間:約1分
マダム・マアテルリンクがこの頃『マダム・ボワリーの故郷』といふ文を書いた。これは、フロオベルが其大作『マダム・ボワリー』の舞臺を訪ねて、其のモデルに使用された實際の人物のことを詳し …
読書目安時間:約1分
マダム・マアテルリンクがこの頃『マダム・ボワリーの故郷』といふ文を書いた。これは、フロオベルが其大作『マダム・ボワリー』の舞臺を訪ねて、其のモデルに使用された實際の人物のことを詳し …
町(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
県庁のある町には一種のきまつた型がある。大抵封建時代の城址をその公園にして、其一部に兵営があつたり、行政官衙があつたりする。そしてその街には屹度東京の浅草公園とか大阪の千日前とかを …
読書目安時間:約5分
県庁のある町には一種のきまつた型がある。大抵封建時代の城址をその公園にして、其一部に兵営があつたり、行政官衙があつたりする。そしてその街には屹度東京の浅草公園とか大阪の千日前とかを …
自からを信ぜよ(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
総て物が平等に見え出して来るといふことは、面白い人間の心理状態である。美も醜も、善も悪も、旨いも拙いも、昔感じたやうに大きな差別を見ずに、又は好悪を感ぜずに、あるがまゝにあるといふ …
読書目安時間:約9分
総て物が平等に見え出して来るといふことは、面白い人間の心理状態である。美も醜も、善も悪も、旨いも拙いも、昔感じたやうに大きな差別を見ずに、又は好悪を感ぜずに、あるがまゝにあるといふ …
『水野仙子集』と其他(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
× 水野仙子の集が、今度叢文閣から公にせられることゝなつた。喜ばしいことである。かの女は純粋に『文章世界』をその故郷にして、そして文壇に出て行つた人である。私は『暗い家』だの、『お …
読書目安時間:約8分
× 水野仙子の集が、今度叢文閣から公にせられることゝなつた。喜ばしいことである。かの女は純粋に『文章世界』をその故郷にして、そして文壇に出て行つた人である。私は『暗い家』だの、『お …
道綱の母(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3時間28分
呉葉は瓜の出來る川ぞひの狛の里から、十の時に出て來て、それからずつと長く兵衞佐の家に仕へた。そこには娘達が多かつたが、中でも三番目の窕子とは仲が好くつて、主從の區別はあつても、しん …
読書目安時間:約3時間28分
呉葉は瓜の出來る川ぞひの狛の里から、十の時に出て來て、それからずつと長く兵衞佐の家に仕へた。そこには娘達が多かつたが、中でも三番目の窕子とは仲が好くつて、主從の區別はあつても、しん …
明治文学の概観(新字旧仮名)
読書目安時間:約14分
明治の文学は、飜案の時代、飜訳の時代だと言へる。国民性といふことが言はれるけれど、その国民性と文学と何の点まで一致して居るかといふことは疑問である。 勿論、それは明治の時代がさうい …
読書目安時間:約14分
明治の文学は、飜案の時代、飜訳の時代だと言へる。国民性といふことが言はれるけれど、その国民性と文学と何の点まで一致して居るかといふことは疑問である。 勿論、それは明治の時代がさうい …
モウタアの輪(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
モウタアの音がけたゝましくあたりにひゞいて聞えたので、仕度をして待つてゐた二人はそのまゝ裏の石垣になつてゐるところへと出て行つた。外洋の波の高く颺つてゐるのはそれと指さゝれたけれど …
読書目安時間:約10分
モウタアの音がけたゝましくあたりにひゞいて聞えたので、仕度をして待つてゐた二人はそのまゝ裏の石垣になつてゐるところへと出て行つた。外洋の波の高く颺つてゐるのはそれと指さゝれたけれど …
耶馬渓の一夜(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
町のお祭か何かで、中津の停車場はひどく雑沓した。おまけに、雨はかなりに強く降つてゐる。私達は耶馬渓に行く軌道の方へと行つて見たが、そこにも乗客が一杯押寄せてゐた。 漸く乗るには乗つ …
読書目安時間:約11分
町のお祭か何かで、中津の停車場はひどく雑沓した。おまけに、雨はかなりに強く降つてゐる。私達は耶馬渓に行く軌道の方へと行つて見たが、そこにも乗客が一杯押寄せてゐた。 漸く乗るには乗つ …
山のホテル(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
金剛山にある二つのホテル、中でも長安寺にあるものは面白い。ホテルと名には呼ばれてゐても、大きな建物があるではなく、長安寺の一部を借て、僧房を仕切て、それに No, 1 とか No, …
読書目安時間:約3分
金剛山にある二つのホテル、中でも長安寺にあるものは面白い。ホテルと名には呼ばれてゐても、大きな建物があるではなく、長安寺の一部を借て、僧房を仕切て、それに No, 1 とか No, …
浴室(新字旧仮名)
読書目安時間:約18分
……此処まで来れば、もはや探し出されるおそれはない。あらゆるものから遁れて来た。あらゆる障碍から、あらゆる圧迫から、あらゆる苦痛から。かう思つて、Kはじつとあたりを眺めた。 サツと …
読書目安時間:約18分
……此処まで来れば、もはや探し出されるおそれはない。あらゆるものから遁れて来た。あらゆる障碍から、あらゆる圧迫から、あらゆる苦痛から。かう思つて、Kはじつとあたりを眺めた。 サツと …
百合子(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
百合子は雪解のあとのわるい路を拾ひながら、徐かに墓地から寺の門の方へと出て来た。 もしそこに誰かゞゐたならば、若い娘の低頭き勝に歩を運んでゐるのを見たばかりではなく、思ふさま泣いて …
読書目安時間:約10分
百合子は雪解のあとのわるい路を拾ひながら、徐かに墓地から寺の門の方へと出て来た。 もしそこに誰かゞゐたならば、若い娘の低頭き勝に歩を運んでゐるのを見たばかりではなく、思ふさま泣いて …
欲望と理想(旧字旧仮名)
読書目安時間:約1分
深い心理に入つて見ることが第一だ。 欲望と理想——これは生存には無論必要であるが、それが實際に當つて、如何に破壞されて行くかを細心に研究して見るが好い。欲望は即ち破壞ではないか。 …
読書目安時間:約1分
深い心理に入つて見ることが第一だ。 欲望と理想——これは生存には無論必要であるが、それが實際に當つて、如何に破壞されて行くかを細心に研究して見るが好い。欲望は即ち破壞ではないか。 …
レイモンドの『農民』(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
第一に私の気に入つたのは、この作が何等の傾向も、思想も、宣伝も持つてゐないことだつた。農民小説といふ臭気すらなかつたと言つて好かつた。作者はたま/\さういふ農村の生活に浸つてゐたた …
読書目安時間:約3分
第一に私の気に入つたのは、この作が何等の傾向も、思想も、宣伝も持つてゐないことだつた。農民小説といふ臭気すらなかつたと言つて好かつた。作者はたま/\さういふ農村の生活に浸つてゐたた …
路傍の小草(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
春の休みに故郷に帰つて来てゐる大学生のNのゐる室は、母屋からはずつと離れたところにあつた。かれはそこで毎朝早く眼覚めた。野には雲雀が揚つてゐる。茫つとあたりは霞んでゐる。隣の垣の花 …
読書目安時間:約10分
春の休みに故郷に帰つて来てゐる大学生のNのゐる室は、母屋からはずつと離れたところにあつた。かれはそこで毎朝早く眼覚めた。野には雲雀が揚つてゐる。茫つとあたりは霞んでゐる。隣の垣の花 …
私と外国文学(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
私達が外国文学を研究する時分には、本がないので非常に困つたものである。ロシアのものとか、フランスのものとか、ドイツのものとか、さういふものを研究しやうとするには、何うしてもその国々 …
読書目安時間:約4分
私達が外国文学を研究する時分には、本がないので非常に困つたものである。ロシアのものとか、フランスのものとか、ドイツのものとか、さういふものを研究しやうとするには、何うしてもその国々 …
私の考へてゐる事(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
若い人達のためには、私は第一に勉強することを勧める。しかし勉強と言つても書くことばかりではない。読書すること、見学すること、論議すること、すべてそれを指して言つてゐるのである。若い …
読書目安時間:約11分
若い人達のためには、私は第一に勉強することを勧める。しかし勉強と言つても書くことばかりではない。読書すること、見学すること、論議すること、すべてそれを指して言つてゐるのである。若い …
“田山花袋”について
田山 花袋(たやま かたい、1872年1月22日〈明治4年12月13日〉 - 1930年〈昭和5年〉5月13日)は、日本の小説家。本名、。群馬県(当時は栃木県)生まれ。
尾崎紅葉のもとで修行したが、後に国木田独歩、柳田國男らと交わる。『蒲団』『田舎教師』などの自然主義派の作品を発表し、その代表的な作家の一人。紀行文にも優れたものがある。
(出典:Wikipedia)
尾崎紅葉のもとで修行したが、後に国木田独歩、柳田國男らと交わる。『蒲団』『田舎教師』などの自然主義派の作品を発表し、その代表的な作家の一人。紀行文にも優れたものがある。
(出典:Wikipedia)
“田山花袋”と年代が近い著者
今月で没後X十年
今年で生誕X百年
今年で没後X百年
ジェーン・テーラー(没後200年)
山村暮鳥(没後100年)
黒田清輝(没後100年)
アナトール・フランス(没後100年)
原勝郎(没後100年)
フランシス・ホジソン・エリザ・バーネット(没後100年)
郡虎彦(没後100年)
フランツ・カフカ(没後100年)