“経”のいろいろな読み方と例文
旧字:
読み方割合
54.0%
21.6%
10.5%
きょう5.7%
たて1.3%
けい1.2%
たっ1.2%
きやう1.1%
たた0.4%
たち0.4%
0.3%
0.3%
へだ0.1%
たゝ0.1%
おしえ0.1%
ぎょう0.1%
けみ0.1%
たつ0.1%
たていと0.1%
0.1%
0.1%
ふみ0.1%
わな0.1%
キヨ0.1%
0.1%
タテ0.1%
0.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
其後更に二世紀ってイザヤ書が今日の形に編輯せられた時、その編輯者がイザヤ書預言の最終曲として此処に収載したものである。
帝大聖書研究会終講の辞 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
この倹約は鉄嶺丸に始まって、大連から満洲一面に広がって、とうとう安東県て、韓国にまで及んだのだから少からず恐縮した。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これも、有を転じて無となすべからざる大原則にもとづくものにして、ただ年をへ、時をる間に、その状態を変ずるまでであります。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
庵主さんは、よそゆきの茶色のけさをて、のまえにつと、にもっているさいをちーんとたたいて、おみはじめた。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
俊成卿女の歌や式子内親王のお歌。そのほかにも数ある代表的な作者たちの錦繍のようにとの錯雑した作品。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
この女のためにはを講じ史を読むのは、家常の茶飯であるから、道家の言がってその新をい奇を求める心をばしめたのである。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ほのぼのと夜が明け離れてから四時間ばかりた。烏は畦の並木に止まって悲しそうな声で鳴いている。ちょうど雪の晴間であった。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
る事一万疋に及びし時酒屋厮童が「キンライ」を聞いて豁然大悟し、茲に椽大椎実筆衆生文学者説解せんとす。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
訴訟用から僕は此家に出入することとなり、僕と里子は恋仲になりました、手短に言いますが、半年ぬうちに二人は離れることの出来ないほど、せ上げたのです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ひたすらにき世を善に導かんと修行に心をね、ある山深きところに到りて精勤苦行しゐたりけるが、年月一旦富みし弟の阿利吒
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
形式といふものをること、又、それが避くべからざるものなることを忘れて、この形式によつて、必然的に生ずる副産物の価値を認めないものすらあるが
和歌批判の範疇 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
そこで、天子様はお憤りなされて「つねに、長眼しめ、又しもせず、はしめたまひき」とある。
大嘗祭の本義 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
寺は信州下水内郡飯山町二十何ヶ寺の一つ、真宗に附属する古刹で、丁度其二階の窓に倚凭つて眺めると、銀杏の大木をてゝ飯山の町の一部分も見える。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
友「口惜しい、畜生め、町人と思って打ち打擲して、人を半死半生に殺しゃアがったな、あゝ己は口惜しい、己は此の橋から飛込んで三日取殺すからそう思え、エー口惜しい」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
由来、お寺の“逢曳き”というものは、妙に秘かな春炎と妖情を増すものだった。釈迦華厳真言の秘密。それと本能が闘って燃える。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
百家の書に読まないでいものはない。十三といい、九経といい、六経という。べ方はどうでも好いが、秦火かれた楽経は除くとして、これだけは読破しなくてはならない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
弦四郎は丹生川平に住んで、十日の日数をしていた。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それから半歳余りた頃、また周丹泉が唐太常をおとづれた。そして丹泉は意気安閑として、過ぐる日の礼を述べた後、「御秘蔵のと同じやうな白定鼎をそれがしも手に入れました」
骨董 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
それをとするならば、春夏秋冬の絶えざる変化をとして、ここに錦繍の楽土が織り出されているのであります。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
橋本では、先代からの例として、仏式でなく家の「御霊」を祭った。お種はに小泉の母の二年をも記念する積りであった。年をるにつれて、余計に彼女はこういうことを大切にするように成った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「そればっかりじゃない。事件の起りが三月の十一日じゃろう。それから十二、十三と三日もっとるのに下手人がわからんとは余りにも手いちゅうて、大目付から矢の催促じゃ」
わがよむ窓にの来て
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
『人死亡る時に、若くはきて自らひ、或は絞きて殉はしめ、及びちにし人の馬を殉へるが如き旧俗は、皆悉くめよ』
本朝変態葬礼史 (新字新仮名) / 中山太郎(著)
今度摂津の国の一の谷で討死した人々には越前の三位通盛薩摩の守忠教但馬守経政若狭守経俊淡路守清房尾張守貞備中守師盛武蔵守知章蔵人大夫成盛大夫敦盛十人と云う事である。
常世人に、あやかつて、其国人と均しい年をとつて居た為に、束の間と思うた間に、此世では、家処も、見知りごしの人もなくなる程の巌の蝕む時間がつて居たのである。
妣が国へ・常世へ (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
台の上に棒を竪て、一人持提灯一つ、ひげこ(第一図)額などを備へた形になつて来たのだと言ふが、恐らく、経棒は最初からあつた物で、額だけがぽつつり乗つて居たのではなからう。
だいがくの研究 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
併しもう一代古い処では、とこよが常夜で、常夜く国、闇かきす恐しい神の国と考へて居たらしい。常夜の国をさながら移した、と見える岩屋戸りの後、高天原のあり様でも、其俤は知られる。
妣が国へ・常世へ (新字旧仮名) / 折口信夫(著)