岡本かの子
1889.03.01 〜 1939.02.18
“岡本かの子”に特徴的な語句
居
聘
老婢
呉
匂
俄
抓
為
染
様
興醒
静
燻
姐
旧舗
態
小径
騙
蝕
術
云
雫
廻
想
漁
喰
程
較
莫迦
僅
癪
却
殆
度
巴里
斯
嘗
暫
叶
諾
翳
拓
身慄
朦朧
泛
逢
美貌
拡
歿
充
著者としての作品一覧
愛(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
その人にまた逢ふまでは、とても重苦しくて気骨の折れる人、もう滅多には逢ふまいと思ひます。さう思へばさば/\して別の事もなく普通の月日に戻り、毎日三時のお茶うけも待遠しいくらゐ待兼ね …
読書目安時間:約4分
その人にまた逢ふまでは、とても重苦しくて気骨の折れる人、もう滅多には逢ふまいと思ひます。さう思へばさば/\して別の事もなく普通の月日に戻り、毎日三時のお茶うけも待遠しいくらゐ待兼ね …
愛(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
その人にまた逢うまでは、とても重苦しくて気骨の折れる人、もう滅多には逢うまいと思います。そう思えばさばさばして別の事もなく普通の月日に戻り、毎日三時のお茶うけも待遠しいくらい待兼ね …
読書目安時間:約4分
その人にまた逢うまでは、とても重苦しくて気骨の折れる人、もう滅多には逢うまいと思います。そう思えばさばさばして別の事もなく普通の月日に戻り、毎日三時のお茶うけも待遠しいくらい待兼ね …
愛よ愛(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
この人のうえをおもうときにおもわず力が入る。この人とのくらしに必要なわずらわしき日常生活もいやな交際も覚束なきままにやってのけようとおもう。この人のためにはすこしの恥は涙を隠しても …
読書目安時間:約3分
この人のうえをおもうときにおもわず力が入る。この人とのくらしに必要なわずらわしき日常生活もいやな交際も覚束なきままにやってのけようとおもう。この人のためにはすこしの恥は涙を隠しても …
秋雨の追憶(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
○ 十月初めの小雨の日茸狩りに行つた。山に這入ると松茸の香がしめつた山氣に混つて鼻に泌みる。秋雨の山の靜けさ、松の葉から落ちる雨滴が雜木の葉を打つ幽かな音は、却つて山の靜寂を増す。 …
読書目安時間:約3分
○ 十月初めの小雨の日茸狩りに行つた。山に這入ると松茸の香がしめつた山氣に混つて鼻に泌みる。秋雨の山の靜けさ、松の葉から落ちる雨滴が雜木の葉を打つ幽かな音は、却つて山の靜寂を増す。 …
秋の七草に添へて(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
萩、刈萱、葛、撫子、女郎花、藤袴、朝顔。 これ等の七種の草花が秋の七草と呼ばれてゐる。この七草の種類は万葉集の山上憶良の次の歌二首からいひ倣されて来たと伝へる。 秋の野に咲きたる花 …
読書目安時間:約4分
萩、刈萱、葛、撫子、女郎花、藤袴、朝顔。 これ等の七種の草花が秋の七草と呼ばれてゐる。この七草の種類は万葉集の山上憶良の次の歌二首からいひ倣されて来たと伝へる。 秋の野に咲きたる花 …
秋の夜がたり(新字旧仮名)
読書目安時間:約19分
中年のおとうさんと、おかあさんと、二十歳前後のむすこと、むすめの旅でありました。 旅が、旅程の丁度半分程の処で宿をとつたのですがその国の都と、都から百五十里も離れた田舎との中間の或 …
読書目安時間:約19分
中年のおとうさんと、おかあさんと、二十歳前後のむすこと、むすめの旅でありました。 旅が、旅程の丁度半分程の処で宿をとつたのですがその国の都と、都から百五十里も離れた田舎との中間の或 …
汗(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
——お金が汗をかいたわ。」 河内屋の娘の浦子はさういつて松崎の前に掌を開いて見せた。ローマを取巻く丘のやうに程のよい高さで盛り上る肉付きのまん中に一円銀貨の片面が少し曇つて濡れてゐ …
読書目安時間:約4分
——お金が汗をかいたわ。」 河内屋の娘の浦子はさういつて松崎の前に掌を開いて見せた。ローマを取巻く丘のやうに程のよい高さで盛り上る肉付きのまん中に一円銀貨の片面が少し曇つて濡れてゐ …
汗(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
——お金が汗をかいたわ」 河内屋の娘の浦子はそういって松崎の前に掌を開いて見せた。ローマを取巻く丘のように程のよい高さで盛り上る肉付きのまん中に一円銀貨の片面が少し曇って濡れていた …
読書目安時間:約3分
——お金が汗をかいたわ」 河内屋の娘の浦子はそういって松崎の前に掌を開いて見せた。ローマを取巻く丘のように程のよい高さで盛り上る肉付きのまん中に一円銀貨の片面が少し曇って濡れていた …
阿難と呪術師の娘(新字新仮名)
読書目安時間:約56分
人物 釈尊、阿難、目連、呪術師の老女、老女の娘、外道の論師、市の人々、諸天、神将達、大勢の尼僧。 場所 舎衛城内外。 (舎衛城郊外の池、呪術師の娘水を汲みに来り、水甕を水に浸せし儘 …
読書目安時間:約56分
人物 釈尊、阿難、目連、呪術師の老女、老女の娘、外道の論師、市の人々、諸天、神将達、大勢の尼僧。 場所 舎衛城内外。 (舎衛城郊外の池、呪術師の娘水を汲みに来り、水甕を水に浸せし儘 …
或る秋の紫式部(新字新仮名)
読書目安時間:約11分
時 寛弘年間の或る秋 処 京の片ほとり 人 紫式部三十一二歳 老侍女 妙な美男 西向く聖 (舞台正面、質素な西の対屋の真向き、秋草の生い茂れる庭に臨んでいる。その庭を囲んで矩形に築 …
読書目安時間:約11分
時 寛弘年間の或る秋 処 京の片ほとり 人 紫式部三十一二歳 老侍女 妙な美男 西向く聖 (舞台正面、質素な西の対屋の真向き、秋草の生い茂れる庭に臨んでいる。その庭を囲んで矩形に築 …
或る男の恋文書式(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
お別れしてから、あの煙草屋の角のポストの処まで、無我夢中で私が走つたのを御存じですか。あれはあなたにお別れしたくない心が、一種の反動作用を、私の行為の上に現はしましたの。それから私 …
読書目安時間:約4分
お別れしてから、あの煙草屋の角のポストの処まで、無我夢中で私が走つたのを御存じですか。あれはあなたにお別れしたくない心が、一種の反動作用を、私の行為の上に現はしましたの。それから私 …
ある男の死(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
A!女学校では、当時有名な話でありました。それは 『二時間目事件。』 といふのでした。 新学期がはじまつてから二ヶ月程後のある日、朝から二時間目の歴史の時間に起つたこと。と書きたて …
読書目安時間:約3分
A!女学校では、当時有名な話でありました。それは 『二時間目事件。』 といふのでした。 新学期がはじまつてから二ヶ月程後のある日、朝から二時間目の歴史の時間に起つたこと。と書きたて …
ある日の蓮月尼(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
(六畳程の部屋。机一つと米櫃一つ置いてある。側は土間になって居る。土間には轆轤台と陶土、出来上った急須や茶碗も五つ六つ並んでいる。 部屋の方にて蓮月尼と無名の青年と対座。) 無名の …
読書目安時間:約24分
(六畳程の部屋。机一つと米櫃一つ置いてある。側は土間になって居る。土間には轆轤台と陶土、出来上った急須や茶碗も五つ六つ並んでいる。 部屋の方にて蓮月尼と無名の青年と対座。) 無名の …
異国食餌抄(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
夕食前の小半時、巴里のキャフェのテラスは特別に混雑する。一日の仕事が一段落ついて、今少しすれば食欲三昧の時が来る。それまでに心身の緊張をほぐし、徐ろに食欲に呼びかける時間なのだ。ど …
読書目安時間:約8分
夕食前の小半時、巴里のキャフェのテラスは特別に混雑する。一日の仕事が一段落ついて、今少しすれば食欲三昧の時が来る。それまでに心身の緊張をほぐし、徐ろに食欲に呼びかける時間なのだ。ど …
異性に対する感覚を洗練せよ(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
現代の女性の感覚は色調とか形式美とか音とかに就いて著るしく発達して来た。全ゆる新流行に対して、その深い原理性を丹念に研究しなくとも直截に感覚からして其の適応性優秀性を意識出来る敏感 …
読書目安時間:約2分
現代の女性の感覚は色調とか形式美とか音とかに就いて著るしく発達して来た。全ゆる新流行に対して、その深い原理性を丹念に研究しなくとも直截に感覚からして其の適応性優秀性を意識出来る敏感 …
一平氏に(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
そちらのお座敷にはもうそろそろ西陽が射す頃で御座いませう?鋭い斜光線の直射があなたのお机のわきの磨りガラスの窓障子へ光の閃端をうちあてると万遍なくお部屋の内部がオレンヂ色にあかるく …
読書目安時間:約5分
そちらのお座敷にはもうそろそろ西陽が射す頃で御座いませう?鋭い斜光線の直射があなたのお机のわきの磨りガラスの窓障子へ光の閃端をうちあてると万遍なくお部屋の内部がオレンヂ色にあかるく …
上田秋成の晩年(新字旧仮名)
読書目安時間:約37分
文化三年の春、全く孤独になつた七十三の翁、上田秋成は京都南禅寺内の元の庵居の跡に間に合せの小庵を作つて、老残の身を投げ込んだ。 孤独と云つても、このくらゐ徹底した孤独はなかつた。七 …
読書目安時間:約37分
文化三年の春、全く孤独になつた七十三の翁、上田秋成は京都南禅寺内の元の庵居の跡に間に合せの小庵を作つて、老残の身を投げ込んだ。 孤独と云つても、このくらゐ徹底した孤独はなかつた。七 …
動かぬ女(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
私達が、小田原から、熱海行きの、軽便鉄道に乗り込んだ時も、その一行と一緒になった。 その一行は、新橋から発った私達の二等車へ品川あたりから、始めて入って来た人達であった。重厚な顔付 …
読書目安時間:約4分
私達が、小田原から、熱海行きの、軽便鉄道に乗り込んだ時も、その一行と一緒になった。 その一行は、新橋から発った私達の二等車へ品川あたりから、始めて入って来た人達であった。重厚な顔付 …
英国メーデーの記(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
倫敦に於ける五月一日は新聞の所謂「赤」一党のみが辛うじてメーデーを維持する。 それさへ華やかに趣向を凝らし警戒の巡査と諧謔を交しながらの祝賀気分だ。われわれが世界共通のものとしてメ …
読書目安時間:約6分
倫敦に於ける五月一日は新聞の所謂「赤」一党のみが辛うじてメーデーを維持する。 それさへ華やかに趣向を凝らし警戒の巡査と諧謔を交しながらの祝賀気分だ。われわれが世界共通のものとしてメ …
越年(新字新仮名)
読書目安時間:約21分
年末のボーナスを受取って加奈江が社から帰ろうとしたときであった。気分の弾んだ男の社員達がいつもより騒々しくビルディングの四階にある社から駆け降りて行った後、加奈江は同僚の女事務員二 …
読書目安時間:約21分
年末のボーナスを受取って加奈江が社から帰ろうとしたときであった。気分の弾んだ男の社員達がいつもより騒々しくビルディングの四階にある社から駆け降りて行った後、加奈江は同僚の女事務員二 …
岡本一平論:――親の前で祈祷(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
「あなたのお宅の御主人は、面白い画をお描きになりますね。嘸おうちのなかも、いつもおにぎやかで面白くいらっしゃいましょう。」 この様なことを私に向って云う人が時々あります。 そんな時 …
読書目安時間:約9分
「あなたのお宅の御主人は、面白い画をお描きになりますね。嘸おうちのなかも、いつもおにぎやかで面白くいらっしゃいましょう。」 この様なことを私に向って云う人が時々あります。 そんな時 …
雛妓(新字新仮名)
読書目安時間:約54分
なに事も夢のようである。わたくしはスピードののろい田舎の自動車で街道筋を送られ、眼にまぼろしの都大路に入った。わが家の玄関へ帰ったのは春のたそがれ近くである。花に匂いもない黄楊の枝 …
読書目安時間:約54分
なに事も夢のようである。わたくしはスピードののろい田舎の自動車で街道筋を送られ、眼にまぼろしの都大路に入った。わが家の玄関へ帰ったのは春のたそがれ近くである。花に匂いもない黄楊の枝 …
おせっかい夫人(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
午前十一時半から十二時ちょっと過ぎまでの出来事です。うらうらと晴れた春の日の暖気に誘われて花子夫人は三時間も前に主人を送り出した門前へまたも出て見ました。糸目の艶をはっきりたてた手 …
読書目安時間:約2分
午前十一時半から十二時ちょっと過ぎまでの出来事です。うらうらと晴れた春の日の暖気に誘われて花子夫人は三時間も前に主人を送り出した門前へまたも出て見ました。糸目の艶をはっきりたてた手 …
良人教育十四種(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
何が気に入らないのか、黙りこくってむっつりしている。訊いてもいっては呉れないで、渋い顔をするばかり。従って家内中で腫ものにでも触るような態度を取り、そばを歩くに、足音さえも窃むよう …
読書目安時間:約5分
何が気に入らないのか、黙りこくってむっつりしている。訊いてもいっては呉れないで、渋い顔をするばかり。従って家内中で腫ものにでも触るような態度を取り、そばを歩くに、足音さえも窃むよう …
男心とはかうしたもの:女のえらさと違う偉さ(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
尊敬したい気持 結婚前は、男子に対する観察などいつても、甚だ漠然としたもので、寧ろこの時代には、男とも、女とも意識しなかつた位です。 それが結婚して、やうやく男子に対する自覚が出来 …
読書目安時間:約2分
尊敬したい気持 結婚前は、男子に対する観察などいつても、甚だ漠然としたもので、寧ろこの時代には、男とも、女とも意識しなかつた位です。 それが結婚して、やうやく男子に対する自覚が出来 …
オペラの帰途(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
オペラがはねて、一人の東洋婦人がタキシーを探していた。 一人のオペラ帽を光らした中年の紳士が婦人を誘って戸の開いている立派な自家用自動車の傍へ連れて行った。 婦人「あら、これはタキ …
読書目安時間:約4分
オペラがはねて、一人の東洋婦人がタキシーを探していた。 一人のオペラ帽を光らした中年の紳士が婦人を誘って戸の開いている立派な自家用自動車の傍へ連れて行った。 婦人「あら、これはタキ …
オペラの辻(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
巴里は世界の十字路といわれている。巴里の中でもブラス・ドゥ・オペラ(オペラの辻)は巴里の十字路といわれている。 冬の日が暮れると神廟のようなオペラの建物は闇の中にいよいよ黒く静まり …
読書目安時間:約8分
巴里は世界の十字路といわれている。巴里の中でもブラス・ドゥ・オペラ(オペラの辻)は巴里の十字路といわれている。 冬の日が暮れると神廟のようなオペラの建物は闇の中にいよいよ黒く静まり …
朧(旧字旧仮名)
読書目安時間:約2分
早春を脱け切らない寒さが、思ひの外にまだ肩や肘を掠める。しかし、宵の小座敷で燈に向つてゐると、夜のけはひは既に朧である。うるめる物音、物影。 「日本的なるもの」の一つに「朧」がある …
読書目安時間:約2分
早春を脱け切らない寒さが、思ひの外にまだ肩や肘を掠める。しかし、宵の小座敷で燈に向つてゐると、夜のけはひは既に朧である。うるめる物音、物影。 「日本的なるもの」の一つに「朧」がある …
愚かな男の話(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
○ 「或る田舎に二人の農夫があった。両方共農作自慢の男であった。或る時、二人は自慢の鼻突き合せて喋べり争った末、それでは実際の成績の上で証拠を見せ合おうという事になった。それには互 …
読書目安時間:約3分
○ 「或る田舎に二人の農夫があった。両方共農作自慢の男であった。或る時、二人は自慢の鼻突き合せて喋べり争った末、それでは実際の成績の上で証拠を見せ合おうという事になった。それには互 …
愚なる(?!)母の散文詩(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
わたしは今、お化粧をせつせとして居ます。 けふは恋人のためにではありません。 あたしの息子太郎のためにです。 わたしの太郎は十四になりました。 そして、自分の女性に対する美の認識に …
読書目安時間:約3分
わたしは今、お化粧をせつせとして居ます。 けふは恋人のためにではありません。 あたしの息子太郎のためにです。 わたしの太郎は十四になりました。 そして、自分の女性に対する美の認識に …
快走(新字新仮名)
読書目安時間:約11分
中の間で道子は弟の準二の正月着物を縫い終って、今度は兄の陸郎の分を縫いかけていた。 「それおやじのかい」 離れから廊下を歩いて来た陸郎は、通りすがりにちらと横目に見て訊いた。 「兄 …
読書目安時間:約11分
中の間で道子は弟の準二の正月着物を縫い終って、今度は兄の陸郎の分を縫いかけていた。 「それおやじのかい」 離れから廊下を歩いて来た陸郎は、通りすがりにちらと横目に見て訊いた。 「兄 …
街頭:(巴里のある夕)(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
二列に並んで百貨店ギャラレ・ラファイエットのある町の一席を群集は取巻いた。中には雨傘の用意までして来た郊外の人もある。人形が人間らしく動く飾物を見ようとするのだ。 百貨店の大きな出 …
読書目安時間:約3分
二列に並んで百貨店ギャラレ・ラファイエットのある町の一席を群集は取巻いた。中には雨傘の用意までして来た郊外の人もある。人形が人間らしく動く飾物を見ようとするのだ。 百貨店の大きな出 …
過去世(新字旧仮名)
読書目安時間:約18分
池は雨中の夕陽の加減で、水銀のやうに縁だけ盛り上つて光つた。池の胴を挟んでゐる杉木立と青蘆の洲とは、両脇から錆び込む腐蝕のやうに黝んで来た。 窓外のかういふ風景を背景にして、室内の …
読書目安時間:約18分
池は雨中の夕陽の加減で、水銀のやうに縁だけ盛り上つて光つた。池の胴を挟んでゐる杉木立と青蘆の洲とは、両脇から錆び込む腐蝕のやうに黝んで来た。 窓外のかういふ風景を背景にして、室内の …
風と裾(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
春の雷が鳴つてから俄に暖気を増し、さくら一盛り迎へ送りして、今や風光る清明の季に入らうとしてゐる。 ところで、この季節の風であるが、春先からかけて関東は随分吹く。その激しいときは吹 …
読書目安時間:約2分
春の雷が鳴つてから俄に暖気を増し、さくら一盛り迎へ送りして、今や風光る清明の季に入らうとしてゐる。 ところで、この季節の風であるが、春先からかけて関東は随分吹く。その激しいときは吹 …
勝ずば(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
夜明けであった。隅田川以東に散在する材木堀の間に挟まれた小さな町々の家並みは、やがて孵化する雛を待つ牝鶏のように一夜の憩いから目醒めようとする人々を抱いて、じっと静まり返っていた。 …
読書目安時間:約15分
夜明けであった。隅田川以東に散在する材木堀の間に挟まれた小さな町々の家並みは、やがて孵化する雛を待つ牝鶏のように一夜の憩いから目醒めようとする人々を抱いて、じっと静まり返っていた。 …
褐色の求道(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
独逸に在る唯一の仏教の寺だという仏陀寺へ私は伯林遊学中三度訪ねた。一九三一年の事である。 寺は伯林から汽車で一時間ほどで行けるフロウナウという町に在った。噂ほどにもない小さな建物で …
読書目安時間:約15分
独逸に在る唯一の仏教の寺だという仏陀寺へ私は伯林遊学中三度訪ねた。一九三一年の事である。 寺は伯林から汽車で一時間ほどで行けるフロウナウという町に在った。噂ほどにもない小さな建物で …
家庭愛増進術:――型でなしに(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
わたくしは自分達を夫とか妻とか考えません。 同棲する親愛なそして相憐れむべき人間同志と思って居ます。そして元来が飽き安い人間の本能を征服出来て同棲を続ける者同志の因縁の深さを痛感し …
読書目安時間:約5分
わたくしは自分達を夫とか妻とか考えません。 同棲する親愛なそして相憐れむべき人間同志と思って居ます。そして元来が飽き安い人間の本能を征服出来て同棲を続ける者同志の因縁の深さを痛感し …
かの女の朝(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
K雑誌先月号に載ったあなたの小説を見ました。ママの処女作というのですね、これが。ママの意図としては、フランス人の性情が、利に鋭いと同時に洗練された情感と怜悧さで、敵国の女探偵を可愛 …
読書目安時間:約26分
K雑誌先月号に載ったあなたの小説を見ました。ママの処女作というのですね、これが。ママの意図としては、フランス人の性情が、利に鋭いと同時に洗練された情感と怜悧さで、敵国の女探偵を可愛 …
かやの生立(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
「かやの顔は、眼と口ばかりだな。どうも持参金付きの嫁入でもせにあならねえかな」と云ったりしていつも茶の間の長火鉢の側に坐って、煙草管をぽかんぽかんとたたいてばかり居る癖の、いくら大 …
読書目安時間:約26分
「かやの顔は、眼と口ばかりだな。どうも持参金付きの嫁入でもせにあならねえかな」と云ったりしていつも茶の間の長火鉢の側に坐って、煙草管をぽかんぽかんとたたいてばかり居る癖の、いくら大 …
ガルスワーシーの家(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
ロンドン市の北郊ハムステットの丘には春も秋もよく太陽が照り渡った。此の殆んど何里四方小丘の起伏する自然公園は青く椀状にくねってロンドン市の北端を抱き取って居る。丘の表面には萱、えに …
読書目安時間:約19分
ロンドン市の北郊ハムステットの丘には春も秋もよく太陽が照り渡った。此の殆んど何里四方小丘の起伏する自然公園は青く椀状にくねってロンドン市の北端を抱き取って居る。丘の表面には萱、えに …
家霊(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
山の手の高台で電車の交叉点になっている十字路がある。十字路の間からまた一筋細く岐れ出て下町への谷に向く坂道がある。坂道の途中に八幡宮の境内と向い合って名物のどじょう店がある。拭き磨 …
読書目安時間:約19分
山の手の高台で電車の交叉点になっている十字路がある。十字路の間からまた一筋細く岐れ出て下町への谷に向く坂道がある。坂道の途中に八幡宮の境内と向い合って名物のどじょう店がある。拭き磨 …
かろきねたみ(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
力など望まで弱く美しく生れしまゝの男にてあれ 甲斐なしや強げにものを言ふ眼より涙落つるも女なればか 血の色の爪に浮くまで押へたる我が三味線の意地強き音 前髪も帯の結びも低くしてゆふ …
読書目安時間:約4分
力など望まで弱く美しく生れしまゝの男にてあれ 甲斐なしや強げにものを言ふ眼より涙落つるも女なればか 血の色の爪に浮くまで押へたる我が三味線の意地強き音 前髪も帯の結びも低くしてゆふ …
川(新字旧仮名)
読書目安時間:約17分
かの女の耳のほとりに川が一筋流れてゐる。まだ嘘をついたことのない白歯のいろのさざ波を立てゝ、かの女の耳のほとりに一筋の川が流れてゐる。星が、白梅の花を浮かせた様に、或夜はそのさざ波 …
読書目安時間:約17分
かの女の耳のほとりに川が一筋流れてゐる。まだ嘘をついたことのない白歯のいろのさざ波を立てゝ、かの女の耳のほとりに一筋の川が流れてゐる。星が、白梅の花を浮かせた様に、或夜はそのさざ波 …
河明り(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間39分
私が、いま書き続けている物語の中の主要人物の娘の性格に、何か物足りないものがあるので、これはいっそのこと環境を移して、雰囲気でも変えたらと思いつくと、大川の満ち干の潮がひたひたと窓 …
読書目安時間:約1時間39分
私が、いま書き続けている物語の中の主要人物の娘の性格に、何か物足りないものがあるので、これはいっそのこと環境を移して、雰囲気でも変えたらと思いつくと、大川の満ち干の潮がひたひたと窓 …
狐(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
非有想非無想処——大智度論 時は寛保二年頃。 この作中に出る人々の名は学者上りの若い浪人鈴懸紋弥。地方藩出の青年侍、鈴懸の友人二見十郎。女賊目黒のおかん。おかんの父。上目黒渋谷境、 …
読書目安時間:約13分
非有想非無想処——大智度論 時は寛保二年頃。 この作中に出る人々の名は学者上りの若い浪人鈴懸紋弥。地方藩出の青年侍、鈴懸の友人二見十郎。女賊目黒のおかん。おかんの父。上目黒渋谷境、 …
気の毒な奥様(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
或る大きな都会の娯楽街に屹立している映画殿堂では、夜の部がもうとっくに始まって、満員の観客の前に華やかなラヴ・シーンが映し出されていました。正面玄関の上り口では、やっと閑散の身にな …
読書目安時間:約2分
或る大きな都会の娯楽街に屹立している映画殿堂では、夜の部がもうとっくに始まって、満員の観客の前に華やかなラヴ・シーンが映し出されていました。正面玄関の上り口では、やっと閑散の身にな …
兄妹(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
——二十余年前の春 兄は第一高等学校の制帽をかぶっていた。上質の久留米絣の羽織と着物がきちんと揃っていた。妹は紫矢絣の着物に、藤紫の被布を着ていた。 三月の末、雲雀が野の彼処に声を …
読書目安時間:約5分
——二十余年前の春 兄は第一高等学校の制帽をかぶっていた。上質の久留米絣の羽織と着物がきちんと揃っていた。妹は紫矢絣の着物に、藤紫の被布を着ていた。 三月の末、雲雀が野の彼処に声を …
狂童女の恋(旧字旧仮名)
読書目安時間:約8分
——きちがひの女の兒に惚れられた話をしませう。 と詩人西原北春氏はこの詩人得意の「水花踊」などまだ始まらぬまだほんのほの/″\と酒の醉ひがまはりかけたばかりのところで——あれが始ま …
読書目安時間:約8分
——きちがひの女の兒に惚れられた話をしませう。 と詩人西原北春氏はこの詩人得意の「水花踊」などまだ始まらぬまだほんのほの/″\と酒の醉ひがまはりかけたばかりのところで——あれが始ま …
金魚撩乱(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間9分
今日も復一はようやく変色し始めた仔魚を一匹二匹と皿に掬い上げ、熱心に拡大鏡で眺めていたが、今年もまた失敗か——今年もまた望み通りの金魚はついに出来そうもない。そう呟いて復一は皿と拡 …
読書目安時間:約1時間9分
今日も復一はようやく変色し始めた仔魚を一匹二匹と皿に掬い上げ、熱心に拡大鏡で眺めていたが、今年もまた失敗か——今年もまた望み通りの金魚はついに出来そうもない。そう呟いて復一は皿と拡 …
唇草(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
今年の夏の草花にカルセオラリヤが流行りそうだ。だいぶ諸方に見え出している。この間花屋で買うとき、試しに和名を訊ねて見たら、 「わたしどもでは唇草といってますね、どうせ出鱈目でしょう …
読書目安時間:約15分
今年の夏の草花にカルセオラリヤが流行りそうだ。だいぶ諸方に見え出している。この間花屋で買うとき、試しに和名を訊ねて見たら、 「わたしどもでは唇草といってますね、どうせ出鱈目でしょう …
食魔に贈る(新字新仮名)
読書目安時間:約20分
巴里の雑踏はそこから始まるという大並木路マデレンの辻の角に名料理店、ラルュウがある。 店をイルミネーションで飾るでもなし、英字新聞の大陸版へ広告を出すでもなし、表の構えは普通に塗っ …
読書目安時間:約20分
巴里の雑踏はそこから始まるという大並木路マデレンの辻の角に名料理店、ラルュウがある。 店をイルミネーションで飾るでもなし、英字新聞の大陸版へ広告を出すでもなし、表の構えは普通に塗っ …
決闘場(新字新仮名)
読書目安時間:約23分
ロンドンの北隅ケンウッドの森には墨色で十数丈のシナの樹や、銀色の楡の大樹が逞ましい幹から複雑な枝葉を大空に向けて爆裂させ、押し拡げして、澄み渡った中天の空気へ鮮やかな濃緑色を浮游さ …
読書目安時間:約23分
ロンドンの北隅ケンウッドの森には墨色で十数丈のシナの樹や、銀色の楡の大樹が逞ましい幹から複雑な枝葉を大空に向けて爆裂させ、押し拡げして、澄み渡った中天の空気へ鮮やかな濃緑色を浮游さ …
健康三題(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
はつ湯 男の方は、今いう必要も無いから別問題として、一体私は女に好かれる素質を持って居た。 それも妙な意味の好かれ方でなく、ただ何となく好感が持てるという極めてあっさりしたものらし …
読書目安時間:約8分
はつ湯 男の方は、今いう必要も無いから別問題として、一体私は女に好かれる素質を持って居た。 それも妙な意味の好かれ方でなく、ただ何となく好感が持てるという極めてあっさりしたものらし …
現代若き女性気質集(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
これは現代の若き女性気質の描写であり、諷刺であり、概観であり、逆説である。長所もあれば短所もある。読む人その心して取捨よろしきに従い給え。 ○彼女はじっとして居られなくなった。何か …
読書目安時間:約4分
これは現代の若き女性気質の描写であり、諷刺であり、概観であり、逆説である。長所もあれば短所もある。読む人その心して取捨よろしきに従い給え。 ○彼女はじっとして居られなくなった。何か …
高原の太陽(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
「素焼の壺と素焼の壺とただ並んでるようなあっさりして嫌味のない男女の交際というものはないでしょうか」と青年は云った。 本郷帝国大学の裏門を出て根津権現の境内まで、いくつも曲りながら …
読書目安時間:約18分
「素焼の壺と素焼の壺とただ並んでるようなあっさりして嫌味のない男女の交際というものはないでしょうか」と青年は云った。 本郷帝国大学の裏門を出て根津権現の境内まで、いくつも曲りながら …
蝙蝠(新字旧仮名)
読書目安時間:約23分
それはまだ、東京の町々に井戸のある時分のことであつた。 これらの井戸は多摩川から上水を木樋でひいたもので、その理由から釣瓶で鮎を汲むなどと都会の俳人の詩的な表現も生れたのであるが、 …
読書目安時間:約23分
それはまだ、東京の町々に井戸のある時分のことであつた。 これらの井戸は多摩川から上水を木樋でひいたもので、その理由から釣瓶で鮎を汲むなどと都会の俳人の詩的な表現も生れたのであるが、 …
蝙蝠(新字新仮名)
読書目安時間:約23分
それはまだ、東京の町々に井戸のある時分のことであった。 これらの井戸は多摩川から上水を木樋でひいたもので、その理由から釣瓶で鮎を汲むなどと都会の俳人の詩的な表現も生れたのであるが、 …
読書目安時間:約23分
それはまだ、東京の町々に井戸のある時分のことであった。 これらの井戸は多摩川から上水を木樋でひいたもので、その理由から釣瓶で鮎を汲むなどと都会の俳人の詩的な表現も生れたのであるが、 …
五月の朝の花(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
ものものしい桜が散った。 だだっぴろく……うんと手足を空に延ばした春の桜が、しゃんら、しゃらしゃらとどこかへ飛んで行ってしまった。 空がからっと一たん明るくなった。 しんとした淋し …
読書目安時間:約2分
ものものしい桜が散った。 だだっぴろく……うんと手足を空に延ばした春の桜が、しゃんら、しゃらしゃらとどこかへ飛んで行ってしまった。 空がからっと一たん明るくなった。 しんとした淋し …
五月の朝の花(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
ものものしい桜が散った。 だだっぴろく……うんと手足を空に延ばした春の桜が、しゃんら、しゃらしゃらとどこかへ飛んで行ってしまった。 空がからっと一たん明るくなった。 しんとした淋し …
読書目安時間:約2分
ものものしい桜が散った。 だだっぴろく……うんと手足を空に延ばした春の桜が、しゃんら、しゃらしゃらとどこかへ飛んで行ってしまった。 空がからっと一たん明るくなった。 しんとした淋し …
小町の芍薬(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
根はかち/\の石のやうに朽ち固つてゐながら幹からは新枝を出し、食べたいやうな柔かい切れ込みのある葉は萌黄色のへりにうす紅をさしてゐた。 枝さきに一ぱいに蕾をつけてゐる中に、半開から …
読書目安時間:約11分
根はかち/\の石のやうに朽ち固つてゐながら幹からは新枝を出し、食べたいやうな柔かい切れ込みのある葉は萌黄色のへりにうす紅をさしてゐた。 枝さきに一ぱいに蕾をつけてゐる中に、半開から …
渾沌未分(新字新仮名)
読書目安時間:約33分
小初は、跳ね込み台の櫓の上板に立ち上った。腕を額に翳して、空の雲気を見廻した。軽く矩形に擡げた右の上側はココア色に日焦けしている。腕の裏側から脇の下へかけては、さかなの背と腹との関 …
読書目安時間:約33分
小初は、跳ね込み台の櫓の上板に立ち上った。腕を額に翳して、空の雲気を見廻した。軽く矩形に擡げた右の上側はココア色に日焦けしている。腕の裏側から脇の下へかけては、さかなの背と腹との関 …
桜(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命をかけてわが眺めたり さくら花咲きに咲きたり諸立ちの棕梠春光にかがやくかたへ この山の樹樹のことごと芽ぐみたり桜のつぼみ稍ややにゆるむ ひつそりと …
読書目安時間:約8分
桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命をかけてわが眺めたり さくら花咲きに咲きたり諸立ちの棕梠春光にかがやくかたへ この山の樹樹のことごと芽ぐみたり桜のつぼみ稍ややにゆるむ ひつそりと …
さくらんぼ(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
さくらんぼうは彼女の唇を熱がるが、彼女の唇はさくらんぼうに涼もうとする。 さくらんぼうを三粒ほど束ねて女は男の頬を叩いた。その時男の決心がついた。彼女がそれを思い出している時小さい …
読書目安時間:約5分
さくらんぼうは彼女の唇を熱がるが、彼女の唇はさくらんぼうに涼もうとする。 さくらんぼうを三粒ほど束ねて女は男の頬を叩いた。その時男の決心がついた。彼女がそれを思い出している時小さい …
山茶花(新字新仮名)
読書目安時間:約1分
ひとの世の男女の 行ひを捨てて五年 夫ならぬ夫と共棲み 今年また庭のさざんくわ 夫ならぬ夫とならびて 眺め居る庭のさざんくわ 夫ならぬ夫にしあれど ひとたびは夫にてありし つまなり …
読書目安時間:約1分
ひとの世の男女の 行ひを捨てて五年 夫ならぬ夫と共棲み 今年また庭のさざんくわ 夫ならぬ夫とならびて 眺め居る庭のさざんくわ 夫ならぬ夫にしあれど ひとたびは夫にてありし つまなり …
時代色:――歪んだポーズ(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
センチメンタルな気風はセンチと呼んで唾棄軽蔑されるようになったが、世上一般にロマンチックな気持ちには随分憧れを持ち、この傾向は追々強くなりそうである。 飛躍する気持になり度い。何物 …
読書目安時間:約2分
センチメンタルな気風はセンチと呼んで唾棄軽蔑されるようになったが、世上一般にロマンチックな気持ちには随分憧れを持ち、この傾向は追々強くなりそうである。 飛躍する気持になり度い。何物 …
慈悲(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
ひとくちに慈悲ぶかい人といえば、誰にでもものを遣る人、誰のいうことをも直ぐ聞き入れてやる人、何事も他人の為に辞せない人、こう極めて仕舞うのが普通でしょう。それはそうに違いないでしょ …
読書目安時間:約5分
ひとくちに慈悲ぶかい人といえば、誰にでもものを遣る人、誰のいうことをも直ぐ聞き入れてやる人、何事も他人の為に辞せない人、こう極めて仕舞うのが普通でしょう。それはそうに違いないでしょ …
酋長(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
朝子が原稿を書く為に暮れから新春へかけて、友達から貸りた別荘は、東京の北端れに在った。別荘そのものはたいしたことはないが、別荘のある庭はたいしたものだった。東京でも屈指の中であろう …
読書目安時間:約3分
朝子が原稿を書く為に暮れから新春へかけて、友達から貸りた別荘は、東京の北端れに在った。別荘そのものはたいしたことはないが、別荘のある庭はたいしたものだった。東京でも屈指の中であろう …
小学生のとき与へられた教訓(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
或る晴れた秋の日、尋常科の三年生であつた私は学校の運動場に高く立つてゐる校旗棒を両手で握つて身をそらし、頭を後へ下げて、丁度逆立したやうになつて空を眺めてみた。すると青空が自分の眼 …
読書目安時間:約4分
或る晴れた秋の日、尋常科の三年生であつた私は学校の運動場に高く立つてゐる校旗棒を両手で握つて身をそらし、頭を後へ下げて、丁度逆立したやうになつて空を眺めてみた。すると青空が自分の眼 …
生々流転(新字新仮名)
読書目安時間:約9時間57分
遁れて都を出ました。鉄道線路のガードの下を潜り橋を渡りました。わたくしは尚それまで、振り払うようにして来たわたくしの袂の端を掴む二本の重い男の腕を感じておりましたが、ガードを抜けて …
読書目安時間:約9時間57分
遁れて都を出ました。鉄道線路のガードの下を潜り橋を渡りました。わたくしは尚それまで、振り払うようにして来たわたくしの袂の端を掴む二本の重い男の腕を感じておりましたが、ガードを抜けて …
初夏に座す(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
人生の甘酸を味はひ分けて来るほど、季節の有難味が判つて来る。それは「咲く花時を違へず」といつた——季節は人間より当てになるといふ意味の警醒的観念からでもあらう。季節の触れ方は多種多 …
読書目安時間:約2分
人生の甘酸を味はひ分けて来るほど、季節の有難味が判つて来る。それは「咲く花時を違へず」といつた——季節は人間より当てになるといふ意味の警醒的観念からでもあらう。季節の触れ方は多種多 …
食魔(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間14分
菊萵苣と和名はついているが、原名のアンディーヴと呼ぶ方が食通の間には通りがよいようである。その蔬菜が姉娘のお千代の手で水洗いされ笊で水を切って部屋のまん中の台俎板の上に置かれた。 …
読書目安時間:約1時間14分
菊萵苣と和名はついているが、原名のアンディーヴと呼ぶ方が食通の間には通りがよいようである。その蔬菜が姉娘のお千代の手で水洗いされ笊で水を切って部屋のまん中の台俎板の上に置かれた。 …
処女時代の追憶:断片三種(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
○ 処女時代の私は、兄と非常に密接して居ました。兄に就いていろいろの思ひ出があります。十六七の時でした、何でも秋の末だと思ひます。子供のうちから歌や文章を好んで居た私を、やはり文学 …
読書目安時間:約8分
○ 処女時代の私は、兄と非常に密接して居ました。兄に就いていろいろの思ひ出があります。十六七の時でした、何でも秋の末だと思ひます。子供のうちから歌や文章を好んで居た私を、やはり文学 …
女性崇拝(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
西洋人は一体に女性尊重と見做されているが、一概にそうも言い切れない。欧州人の中でも一番女性尊重者は十指の指すところ英国人であるが、英国人の女性尊重は客間だけの女性尊重で、居間へ入る …
読書目安時間:約2分
西洋人は一体に女性尊重と見做されているが、一概にそうも言い切れない。欧州人の中でも一番女性尊重者は十指の指すところ英国人であるが、英国人の女性尊重は客間だけの女性尊重で、居間へ入る …
女性と庭(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
出入りの植木屋さんが廻つて来て、手が明いてますから仕事をさして欲しいと言ふ。頼む。自分の方の手都合によつて随時仕事が需められる。職業ではのん気な方の職業でもあり、また、エキスパート …
読書目安時間:約3分
出入りの植木屋さんが廻つて来て、手が明いてますから仕事をさして欲しいと言ふ。頼む。自分の方の手都合によつて随時仕事が需められる。職業ではのん気な方の職業でもあり、また、エキスパート …
女性の不平とよろこび(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
女が、男より行儀をよくしなければならないということ。 人前で足を出してはいけない、欠伸をしてはいけない、思うことを云ってはいけない。 そんな不公平なことはありません。女だって男と同 …
読書目安時間:約4分
女が、男より行儀をよくしなければならないということ。 人前で足を出してはいけない、欠伸をしてはいけない、思うことを云ってはいけない。 そんな不公平なことはありません。女だって男と同 …
新時代女性問答(新字新仮名)
読書目安時間:約6分
一平兎に角、近代の女性は型がなくなった様だね。 かの子形の上でですか、心の上でですか。 一平つまり、心構えの上でさ。昔で云えば新しい女とかいうようにさ。 かの子特別な型はなくなりま …
読書目安時間:約6分
一平兎に角、近代の女性は型がなくなった様だね。 かの子形の上でですか、心の上でですか。 一平つまり、心構えの上でさ。昔で云えば新しい女とかいうようにさ。 かの子特別な型はなくなりま …
新茶(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
それほど茶好きでなくとも、新茶には心ひかれる。 あの年寄りじみた、きつい苦みがないし、晴々しい匂ひがするし、茶といふよりも、若葉の雫を啜るといふ感じである。 色がいゝ。白磁の茶椀の …
読書目安時間:約2分
それほど茶好きでなくとも、新茶には心ひかれる。 あの年寄りじみた、きつい苦みがないし、晴々しい匂ひがするし、茶といふよりも、若葉の雫を啜るといふ感じである。 色がいゝ。白磁の茶椀の …
鮨(新字新仮名)
読書目安時間:約27分
東京の下町と山の手の境い目といったような、ひどく坂や崖の多い街がある。 表通りの繁華から折れ曲って来たものには、別天地の感じを与える。 つまり表通りや新道路の繁華な刺戟に疲れた人々 …
読書目安時間:約27分
東京の下町と山の手の境い目といったような、ひどく坂や崖の多い街がある。 表通りの繁華から折れ曲って来たものには、別天地の感じを与える。 つまり表通りや新道路の繁華な刺戟に疲れた人々 …
荘子(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
紀元前三世紀のころ、支那では史家が戦国時代と名づけて居る時代のある年の秋、魏の都の郊外櫟社の附近に一人の壮年=荘子が、木の葉を敷いて休んでいた。 彼はがっちりした体に大ぶ古くなった …
読書目安時間:約25分
紀元前三世紀のころ、支那では史家が戦国時代と名づけて居る時代のある年の秋、魏の都の郊外櫟社の附近に一人の壮年=荘子が、木の葉を敷いて休んでいた。 彼はがっちりした体に大ぶ古くなった …
雑煮(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
維新前江戸、諸大名の御用商人であつた私の實家は、維新後東京近郊の地主と變つたのちまでも、まへの遺風を墨守して居る部分があつた。 いろは順で幾十戸前が建て列ねた藏々をあづかる多くの番 …
読書目安時間:約3分
維新前江戸、諸大名の御用商人であつた私の實家は、維新後東京近郊の地主と變つたのちまでも、まへの遺風を墨守して居る部分があつた。 いろは順で幾十戸前が建て列ねた藏々をあづかる多くの番 …
ダミア(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
うめき出す、といふのがダミアの唄ひ方の本当の感じであらう。そして彼女はうめくべく唄の一句毎の前には必らず鼻と咽喉の間へ「フン」といつた自嘲風な力声を突上げる。 「フン」「セ・モン・ …
読書目安時間:約3分
うめき出す、といふのがダミアの唄ひ方の本当の感じであらう。そして彼女はうめくべく唄の一句毎の前には必らず鼻と咽喉の間へ「フン」といつた自嘲風な力声を突上げる。 「フン」「セ・モン・ …
智慧に埋れて(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
私には親も同胞も無いのです。私は海岸に近い平野の森の中に棲んで居るのです。老僕夫妻が、私の棲んで居る小さな洋館とはまるで関係のない直ぐ傍の昔風の小さな日本家屋に生活して居るのです。 …
読書目安時間:約5分
私には親も同胞も無いのです。私は海岸に近い平野の森の中に棲んで居るのです。老僕夫妻が、私の棲んで居る小さな洋館とはまるで関係のない直ぐ傍の昔風の小さな日本家屋に生活して居るのです。 …
茶屋知らず物語(新字新仮名)
読書目安時間:約7分
元禄享保の頃、関西に法眼、円通という二禅僧がありました。いずれも黄檗宗の名僧独湛の嗣法の弟子で、性格も世離れしているところから互いは親友でありました。 法眼は学問があって律義の方、 …
読書目安時間:約7分
元禄享保の頃、関西に法眼、円通という二禅僧がありました。いずれも黄檗宗の名僧独湛の嗣法の弟子で、性格も世離れしているところから互いは親友でありました。 法眼は学問があって律義の方、 …
縮緬のこころ(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
おめしちりめんといふ名で覚えてゐる——それでつくられてゐた明治三十年代、私の幼年時代のねんねこ。それも母のきものをなほしたねんねこだつたからそれよりずつとむかし、明治二十年前後の織 …
読書目安時間:約3分
おめしちりめんといふ名で覚えてゐる——それでつくられてゐた明治三十年代、私の幼年時代のねんねこ。それも母のきものをなほしたねんねこだつたからそれよりずつとむかし、明治二十年前後の織 …
蔦の門(新字旧仮名)
読書目安時間:約15分
私の住む家の門には不思議に蔦がある。今の家もさうであるし、越して来る前の芝、白金の家もさうであつた。もつともその前の芝、今里の家と、青山南町の家とには無かつたが、その前にゐた青山隠 …
読書目安時間:約15分
私の住む家の門には不思議に蔦がある。今の家もさうであるし、越して来る前の芝、白金の家もさうであつた。もつともその前の芝、今里の家と、青山南町の家とには無かつたが、その前にゐた青山隠 …
鶴は病みき(新字新仮名)
読書目安時間:約54分
白梅の咲く頃となると、葉子はどうも麻川荘之介氏を想い出していけない。いけないというのは嫌という意味ではない。むしろ懐しまれるものを当面に見られなくなった愛惜のこころが催されてこまる …
読書目安時間:約54分
白梅の咲く頃となると、葉子はどうも麻川荘之介氏を想い出していけない。いけないというのは嫌という意味ではない。むしろ懐しまれるものを当面に見られなくなった愛惜のこころが催されてこまる …
東海道五十三次(新字新仮名)
読書目安時間:約28分
風俗史専攻の主人が、殊に昔の旅行の風俗や習慣に興味を向けて、東海道に探査の足を踏み出したのはまだ大正も初めの一高の生徒時代だったという。私はその時分のことは知らないが大学時代の主人 …
読書目安時間:約28分
風俗史専攻の主人が、殊に昔の旅行の風俗や習慣に興味を向けて、東海道に探査の足を踏み出したのはまだ大正も初めの一高の生徒時代だったという。私はその時分のことは知らないが大学時代の主人 …
豆腐買い(新字新仮名)
読書目安時間:約29分
おもて門の潜戸を勇んで開けた。不意に面とむかった日本の道路の地面が加奈子の永年踏み馴れた西洋道路の石の碁盤面の継ぎ目のあるのとは違った、いかにも日本の東京の山の手の地面らしく、欠け …
読書目安時間:約29分
おもて門の潜戸を勇んで開けた。不意に面とむかった日本の道路の地面が加奈子の永年踏み馴れた西洋道路の石の碁盤面の継ぎ目のあるのとは違った、いかにも日本の東京の山の手の地面らしく、欠け …
ドーヴィル物語(新字新仮名)
読書目安時間:約44分
日本留学生小田島春作は女友イベットに呼び寄せられ、前夜晩く巴里を発ち、未明にドーヴィル、ノルマンジーホテルに着いた。此処は巴里から自動車で二時間余で着く賭博中心の世界的遊楽地だ。 …
読書目安時間:約44分
日本留学生小田島春作は女友イベットに呼び寄せられ、前夜晩く巴里を発ち、未明にドーヴィル、ノルマンジーホテルに着いた。此処は巴里から自動車で二時間余で着く賭博中心の世界的遊楽地だ。 …
トシオの見たもの(新字新仮名)
読書目安時間:約22分
トシオは、大そう賢く生れ付いた男の子でした。それゆえ、まだやっと、今年十一歳になったばかりですのに、もうこの世のなかのいろいろな方面の、様々なことを知って居ました。書物などで読んだ …
読書目安時間:約22分
トシオは、大そう賢く生れ付いた男の子でした。それゆえ、まだやっと、今年十一歳になったばかりですのに、もうこの世のなかのいろいろな方面の、様々なことを知って居ました。書物などで読んだ …
とと屋禅譚(新字新仮名)
読書目安時間:約12分
明治も改元して左程しばらく経たぬ頃、魚河岸に白魚と鮎を専門に商う小笹屋という店があった。店と言っても家構えがあるわけでなく鮪や鮫を売る問屋の端の板羽目の前を借りて庇を差出し、其の下 …
読書目安時間:約12分
明治も改元して左程しばらく経たぬ頃、魚河岸に白魚と鮎を専門に商う小笹屋という店があった。店と言っても家構えがあるわけでなく鮪や鮫を売る問屋の端の板羽目の前を借りて庇を差出し、其の下 …
扉の彼方へ(新字新仮名)
読書目安時間:約17分
結婚式の夜、茶の間で良人は私が堅くなってやっと焙れてあげた番茶をおいしそうに一口飲んでから、茶碗を膝に置いて云いました。 「これから、あなたとは永らく一つ家の棟の下に住んで貰わなけ …
読書目安時間:約17分
結婚式の夜、茶の間で良人は私が堅くなってやっと焙れてあげた番茶をおいしそうに一口飲んでから、茶碗を膝に置いて云いました。 「これから、あなたとは永らく一つ家の棟の下に住んで貰わなけ …
取返し物語(新字新仮名)
読書目安時間:約28分
前がき いつぞやだいぶ前に、比叡の山登りして阪本へ下り、琵琶湖の岸を彼方此方見めぐるうち、両願寺と言ったか長等寺と言ったか、一つの寺に『源兵衛の髑髏』なるものがあって、説明者が殉教 …
読書目安時間:約28分
前がき いつぞやだいぶ前に、比叡の山登りして阪本へ下り、琵琶湖の岸を彼方此方見めぐるうち、両願寺と言ったか長等寺と言ったか、一つの寺に『源兵衛の髑髏』なるものがあって、説明者が殉教 …
夏の夜の夢(新字旧仮名)
読書目安時間:約16分
月の出の間もない夜更けである。暗さが弛んで、また宵が来たやうなうら懐かしい気持ちをさせる。歳子は落付いてはゐられない愉しい不安に誘はれて内玄関から外へ出た。 「また出かけるのかね、 …
読書目安時間:約16分
月の出の間もない夜更けである。暗さが弛んで、また宵が来たやうなうら懐かしい気持ちをさせる。歳子は落付いてはゐられない愉しい不安に誘はれて内玄関から外へ出た。 「また出かけるのかね、 …
売春婦リゼット(新字新仮名)
読書目安時間:約7分
売春婦のリゼットは新手を考えた。彼女はベッドから起き上りざま大声でわめいた。 「誰かあたしのパパとママンになる人は無いかい。」 夕暮は迫っていた。腹は減っていた。窓向うの壁がかぶり …
読書目安時間:約7分
売春婦のリゼットは新手を考えた。彼女はベッドから起き上りざま大声でわめいた。 「誰かあたしのパパとママンになる人は無いかい。」 夕暮は迫っていた。腹は減っていた。窓向うの壁がかぶり …
橋(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
こどものときから妙に橋というものが好きだった。こちらの岸からあちらの岸へ人工の仕掛けで渡って行ける。そういった人間の原始的功利の考えがこどもの好奇心の頭を擡げさせやすいのかとも考え …
読書目安時間:約4分
こどものときから妙に橋というものが好きだった。こちらの岸からあちらの岸へ人工の仕掛けで渡って行ける。そういった人間の原始的功利の考えがこどもの好奇心の頭を擡げさせやすいのかとも考え …
バットクラス(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
スワンソン夫人は公園小路の自邸で目が覚めた。彼女は社交季節が来ると、倫敦の邸宅に帰って来る。彼女は昨日まで蘇格蘭の領地で狐を狩って居た。その前はフランスのニースのお祭に招かれて行っ …
読書目安時間:約13分
スワンソン夫人は公園小路の自邸で目が覚めた。彼女は社交季節が来ると、倫敦の邸宅に帰って来る。彼女は昨日まで蘇格蘭の領地で狐を狩って居た。その前はフランスのニースのお祭に招かれて行っ …
花子(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
花子には二人の男と二人の女の兄弟があります。花子はそのまんなかに生れました。五つの部屋の真中に花子は眠ります。 晴れ晴れとした春の野辺。ひばりが空高く啼きお陽さまの裳裾がゆらゆらと …
読書目安時間:約2分
花子には二人の男と二人の女の兄弟があります。花子はそのまんなかに生れました。五つの部屋の真中に花子は眠ります。 晴れ晴れとした春の野辺。ひばりが空高く啼きお陽さまの裳裾がゆらゆらと …
花は勁し(新字旧仮名)
読書目安時間:約37分
青みどろを溜めた大硝子箱の澱んだ水が、鉛色に曇つて来た。いままで絢爛に泳いでゐた二つのキヤリコの金魚が、気圧の重さのけはひをうけて、並んで沈むと、態と揃へたやうに二つの顔をこちらへ …
読書目安時間:約37分
青みどろを溜めた大硝子箱の澱んだ水が、鉛色に曇つて来た。いままで絢爛に泳いでゐた二つのキヤリコの金魚が、気圧の重さのけはひをうけて、並んで沈むと、態と揃へたやうに二つの顔をこちらへ …
母と娘(新字新仮名)
読書目安時間:約20分
ロンドンの北郊ハムステット丘の公園の中に小綺麗な別荘風の家が立ち並んで居る。それ等の家の内で No.1 の奥さんはスルイヤと言って赤毛で赭ら顔で、小肥りの勝気な女。彼女に二年前に女 …
読書目安時間:約20分
ロンドンの北郊ハムステット丘の公園の中に小綺麗な別荘風の家が立ち並んで居る。それ等の家の内で No.1 の奥さんはスルイヤと言って赤毛で赭ら顔で、小肥りの勝気な女。彼女に二年前に女 …
巴里祭(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間1分
彼等自らうら淋しく追放人といっている巴里幾年もの滞在外国人がある。初めはラテン区が彼等の巣窟だったが、次にモンマルトルに移り、今ではモンパルナッスが中心地となっている。 ——六月三 …
読書目安時間:約1時間1分
彼等自らうら淋しく追放人といっている巴里幾年もの滞在外国人がある。初めはラテン区が彼等の巣窟だったが、次にモンマルトルに移り、今ではモンパルナッスが中心地となっている。 ——六月三 …
巴里の秋(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
セーヌの河波の上かわが、白ちゃけて来る。風が、うすら冷たくそのうえを上走り始める。中の島の岸杭がちょっと虫ばんだように腐ったところへ渡り鳥のふんらしい斑がぽっつり光る。柳が、気ぜわ …
読書目安時間:約4分
セーヌの河波の上かわが、白ちゃけて来る。風が、うすら冷たくそのうえを上走り始める。中の島の岸杭がちょっと虫ばんだように腐ったところへ渡り鳥のふんらしい斑がぽっつり光る。柳が、気ぜわ …
巴里の唄うたい(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
彼等の決議 市会議員のムッシュウ・ドュフランははやり唄は嫌いだ。聴いていると馬鹿らしくなる。あんな無意味なものを唄い歩いてよくも生活が出来るものだ。本当に生活が出来るのかしら——こ …
読書目安時間:約8分
彼等の決議 市会議員のムッシュウ・ドュフランははやり唄は嫌いだ。聴いていると馬鹿らしくなる。あんな無意味なものを唄い歩いてよくも生活が出来るものだ。本当に生活が出来るのかしら——こ …
巴里のキャフェ(新字新仮名)
読書目安時間:約7分
旅人のカクテール 旅人は先ず大通のオペラの角のキャフェ・ド・ラ・ペーイで巴里の椅子の腰の落付き加減を試みる。歩道へ半分ほどもテーブルを並べ出して、角隅を硝子屏風で囲ってあるテラスの …
読書目安時間:約7分
旅人のカクテール 旅人は先ず大通のオペラの角のキャフェ・ド・ラ・ペーイで巴里の椅子の腰の落付き加減を試みる。歩道へ半分ほどもテーブルを並べ出して、角隅を硝子屏風で囲ってあるテラスの …
巴里のむす子へ(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
巴里の北の停車場でおまえと訣れてから、もう六年目になる。人は久しい歳月という。だが、私には永いのだか短いのだか判らない。あまりに日夜思い続ける私とおまえとの間には最早や直通の心の橋 …
読書目安時間:約5分
巴里の北の停車場でおまえと訣れてから、もう六年目になる。人は久しい歳月という。だが、私には永いのだか短いのだか判らない。あまりに日夜思い続ける私とおまえとの間には最早や直通の心の橋 …
巴里のむす子へ(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
巴里の北の停車場でおまえと訣れてから、もう六年目になる。人は久しい歳月という。だが、私には永いのだか短いのだか判らない。あまりに日夜思い続ける私とおまえとの間には最早や直通の心の橋 …
読書目安時間:約5分
巴里の北の停車場でおまえと訣れてから、もう六年目になる。人は久しい歳月という。だが、私には永いのだか短いのだか判らない。あまりに日夜思い続ける私とおまえとの間には最早や直通の心の橋 …
春:――二つの連作――(新字新仮名)
読書目安時間:約48分
加奈子は気違いの京子に、一日に一度は散歩させなければならなかった。でも、京子は危くて独りで表へ出せない。京子は狂暴性や危険症の狂患者ではないけれど、京子の超現実的動作が全ての現代文 …
読書目安時間:約48分
加奈子は気違いの京子に、一日に一度は散歩させなければならなかった。でも、京子は危くて独りで表へ出せない。京子は狂暴性や危険症の狂患者ではないけれど、京子の超現実的動作が全ての現代文 …
晩春(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
鈴子は、ひとり、帳場に坐って、ぼんやり表通りを眺めていた。晩春の午後の温かさが、まるで湯の中にでも浸っているように体の存在意識を忘却させて魂だけが宙に浮いているように頼り無く感じさ …
読書目安時間:約4分
鈴子は、ひとり、帳場に坐って、ぼんやり表通りを眺めていた。晩春の午後の温かさが、まるで湯の中にでも浸っているように体の存在意識を忘却させて魂だけが宙に浮いているように頼り無く感じさ …
美少年(新字新仮名)
読書目安時間:約27分
「とく子、お地蔵さまの縁日へ連れてってやろう。早く支度をしな」 美少年が古い乾き切った物干台の上で手を振った。わたしはその声を心待ちに待っていたのではあるが、そう思い取られるのも口 …
読書目安時間:約27分
「とく子、お地蔵さまの縁日へ連れてってやろう。早く支度をしな」 美少年が古い乾き切った物干台の上で手を振った。わたしはその声を心待ちに待っていたのではあるが、そう思い取られるのも口 …
ひばりの子(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
今年八つの一郎さんと、六つのたえ子さんとを、気だての優しい婆やが、一人でお守りをしておりました。その婆やが或日のこと、お里へまいりました時、かわいいかわいいひばりの子を一つ袂のなか …
読書目安時間:約4分
今年八つの一郎さんと、六つのたえ子さんとを、気だての優しい婆やが、一人でお守りをしておりました。その婆やが或日のこと、お里へまいりました時、かわいいかわいいひばりの子を一つ袂のなか …
百喩経(新字新仮名)
読書目安時間:約21分
前言 この作は旧作である。仏教は文芸に遠い全々道徳的一遍のものであるかという人に答えるつもりで書いたものである。だが繰り返して云う、この作はやや旧作に属するものである。で、文章の表 …
読書目安時間:約21分
前言 この作は旧作である。仏教は文芸に遠い全々道徳的一遍のものであるかという人に答えるつもりで書いたものである。だが繰り返して云う、この作はやや旧作に属するものである。で、文章の表 …
病房にたわむ花(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
春は私がともすれば神経衰弱になる季節であります。何となくいらいらと落付かなかったり、黒くだまり込んで、半日も一日も考えこんだりします。桜が、その上へ、薄明の花の帳をめぐらします。優 …
読書目安時間:約4分
春は私がともすれば神経衰弱になる季節であります。何となくいらいらと落付かなかったり、黒くだまり込んで、半日も一日も考えこんだりします。桜が、その上へ、薄明の花の帳をめぐらします。優 …
富士(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間22分
人間も四つ五つのこどもの時分には草木のたたずまいを眺めて、あれがおのれに盾突くものと思い、小さい拳を振り上げて争う様子をみせることがある。ときとしては眺めているうちこどもはむこうの …
読書目安時間:約1時間22分
人間も四つ五つのこどもの時分には草木のたたずまいを眺めて、あれがおのれに盾突くものと思い、小さい拳を振り上げて争う様子をみせることがある。ときとしては眺めているうちこどもはむこうの …
仏教人生読本(新字新仮名)
読書目安時間:約4時間9分
二十年近くも、私が心に感じ身に行って来た経験をふりかえり、また、批判してみたことを偽りなく書き集めたのが、この書物となりました。私という一人の人間が、真に感じたり想ったりしたことは …
読書目安時間:約4時間9分
二十年近くも、私が心に感じ身に行って来た経験をふりかえり、また、批判してみたことを偽りなく書き集めたのが、この書物となりました。私という一人の人間が、真に感じたり想ったりしたことは …
噴水物語(新字新仮名)
読書目安時間:約6分
「それはヘロドトスの古希臘伝説中の朴野な噴水からアグリッパの拵えた羅馬市中百五つの豪壮な噴水、中世の僧院の捏怪な噴水、清寂な文芸復興期の噴水、バロッコ時代の技巧的な噴水——どれもみ …
読書目安時間:約6分
「それはヘロドトスの古希臘伝説中の朴野な噴水からアグリッパの拵えた羅馬市中百五つの豪壮な噴水、中世の僧院の捏怪な噴水、清寂な文芸復興期の噴水、バロッコ時代の技巧的な噴水——どれもみ …
伯林の落葉(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
彼が公園内に一歩をいれた時、彼はまだ正気だった。 伯林にちらほら街路樹の菩提樹の葉が散り初めたのは十日程前だった。三四日前からはそれが実におびただしい速度と量を増して来た。公園は尚 …
読書目安時間:約5分
彼が公園内に一歩をいれた時、彼はまだ正気だった。 伯林にちらほら街路樹の菩提樹の葉が散り初めたのは十日程前だった。三四日前からはそれが実におびただしい速度と量を増して来た。公園は尚 …
宝永噴火(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間3分
今の世の中に、こういうことに異様な心響を覚え、飽かずその意識の何物たるかに探り入り、呆然自失のような生涯を送りつつあるのは、私一人であろうか。たぶん私一人であろう。確とそうならば、 …
読書目安時間:約1時間3分
今の世の中に、こういうことに異様な心響を覚え、飽かずその意識の何物たるかに探り入り、呆然自失のような生涯を送りつつあるのは、私一人であろうか。たぶん私一人であろう。確とそうならば、 …
星(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
晴れた秋の夜は星の瞬きが、いつもより、ずつとヴイヴイツトである。殊に月の無い夜は星の光が一層燦然として美しい。それ等の星々をぢつと凝視してゐると、光の強い大きな星は段々とこちらに向 …
読書目安時間:約6分
晴れた秋の夜は星の瞬きが、いつもより、ずつとヴイヴイツトである。殊に月の無い夜は星の光が一層燦然として美しい。それ等の星々をぢつと凝視してゐると、光の強い大きな星は段々とこちらに向 …
母子叙情(新字新仮名)
読書目安時間:約2時間36分
かの女は、一足さきに玄関まえの庭に出て、主人逸作の出て来るのを待ち受けていた。 夕食ごろから静まりかけていた春のならいの激しい風は、もうぴったり納まって、ところどころ屑や葉を吹き溜 …
読書目安時間:約2時間36分
かの女は、一足さきに玄関まえの庭に出て、主人逸作の出て来るのを待ち受けていた。 夕食ごろから静まりかけていた春のならいの激しい風は、もうぴったり納まって、ところどころ屑や葉を吹き溜 …
窓(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
女は、窓に向いて立っていた。身じろぎさえしない。頬には涙のあと。 「……ね。……思い返して呉れませんか。……もう一度。……。ね」 男は、荷造りの手をまた止めた。 女はうしろを向かな …
読書目安時間:約8分
女は、窓に向いて立っていた。身じろぎさえしない。頬には涙のあと。 「……ね。……思い返して呉れませんか。……もう一度。……。ね」 男は、荷造りの手をまた止めた。 女はうしろを向かな …
真夏の幻覚(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
八月の炎天の下、屋根普請に三四人の工人達が屋根を這ったり上ったり降りたりしていた。黒赭いろの背中、短いズボンで腰部をかくすほか、殆ど裸体であった。 ええぞ、ええぞ、 という節のはや …
読書目安時間:約2分
八月の炎天の下、屋根普請に三四人の工人達が屋根を這ったり上ったり降りたりしていた。黒赭いろの背中、短いズボンで腰部をかくすほか、殆ど裸体であった。 ええぞ、ええぞ、 という節のはや …
マロニエの花(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
父親が英国好きの銀行家であるために初め一年間はぜひともロンドンに住み、それからあとは目的のパリ留学に向わして貰える約束を持った青年画家があった。いやいや住んでいるものだからいつもロ …
読書目安時間:約2分
父親が英国好きの銀行家であるために初め一年間はぜひともロンドンに住み、それからあとは目的のパリ留学に向わして貰える約束を持った青年画家があった。いやいや住んでいるものだからいつもロ …
みちのく(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
桐の花の咲く時分であった。私は東北のSという城下町の表通りから二側目の町並を歩いていた。案内する人は土地の有志三四名と宿屋の番頭であった。一行はいま私が講演した会場の寺院の山門を出 …
読書目安時間:約13分
桐の花の咲く時分であった。私は東北のSという城下町の表通りから二側目の町並を歩いていた。案内する人は土地の有志三四名と宿屋の番頭であった。一行はいま私が講演した会場の寺院の山門を出 …
みちのく(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
桐の花の咲く時分であった。私は東北のSという城下町の表通りから二側目の町並を歩いていた。案内する人は土地の有志三四名と宿屋の番頭であった。一行はいま私が講演した会場の寺院の山門を出 …
読書目安時間:約13分
桐の花の咲く時分であった。私は東北のSという城下町の表通りから二側目の町並を歩いていた。案内する人は土地の有志三四名と宿屋の番頭であった。一行はいま私が講演した会場の寺院の山門を出 …
娘(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
パンを焼く匂いで室子は眼が醒めた。室子はそれほど一晩のうちに空腹になっていた。 腹部の頼りなさが擽られるようである。くく、くく、という笑いが、鳩尾から頸を上って鼻へ来る。それが逆に …
読書目安時間:約16分
パンを焼く匂いで室子は眼が醒めた。室子はそれほど一晩のうちに空腹になっていた。 腹部の頼りなさが擽られるようである。くく、くく、という笑いが、鳩尾から頸を上って鼻へ来る。それが逆に …
紫式部の美的情緒と浄土教(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
紫式部が晩年阿弥陀仏の信仰に依り安心立命を得て愈々修道に心掛けた様子は式部が、日記の終りに近い条で自ら告白して居るから疑いはない。しかし、私は源氏物語や家集の和歌を読んで、それ等に …
読書目安時間:約2分
紫式部が晩年阿弥陀仏の信仰に依り安心立命を得て愈々修道に心掛けた様子は式部が、日記の終りに近い条で自ら告白して居るから疑いはない。しかし、私は源氏物語や家集の和歌を読んで、それ等に …
明暗(新字新仮名)
読書目安時間:約12分
智子が、盲目の青年北田三木雄に嫁いだことは、親戚や友人たちを驚かした。 「ああいう能力に自信のある女はえて物好きなことをするものだ」 「男女の親和力というものは別ですわ。夫婦になる …
読書目安時間:約12分
智子が、盲目の青年北田三木雄に嫁いだことは、親戚や友人たちを驚かした。 「ああいう能力に自信のある女はえて物好きなことをするものだ」 「男女の親和力というものは別ですわ。夫婦になる …
餅(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
餅を焼き乍ら夫はくくと笑った——何を笑って居らっしゃるの」台所で雑煮の汁をつくっていた妻は訊ねた。 知って居るところへは旅行をするから年末年始の礼を欠くという葉書を出してあるので客 …
読書目安時間:約3分
餅を焼き乍ら夫はくくと笑った——何を笑って居らっしゃるの」台所で雑煮の汁をつくっていた妻は訊ねた。 知って居るところへは旅行をするから年末年始の礼を欠くという葉書を出してあるので客 …
桃のある風景(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
食欲でもないし、情欲でもない。肉体的とも精神的とも分野をつき止めにくいあこがれが、低気圧の渦のように、自分の喉頭のうしろの辺に鬱して来て、しっきりなしに自分に渇きを覚えさせた。私は …
読書目安時間:約5分
食欲でもないし、情欲でもない。肉体的とも精神的とも分野をつき止めにくいあこがれが、低気圧の渦のように、自分の喉頭のうしろの辺に鬱して来て、しっきりなしに自分に渇きを覚えさせた。私は …
山のコドモ(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
ヤマキチハヤマオクノキコリノコデアリマシタ。チイサイトキカラ、ヤマノケモノヤ、トリタチト、ナカヨクアソンデソダチマシタ。アルヒ、ヤマキチノトモダチデ、イチワノオオキナタカガ、ヤマキ …
読書目安時間:約3分
ヤマキチハヤマオクノキコリノコデアリマシタ。チイサイトキカラ、ヤマノケモノヤ、トリタチト、ナカヨクアソンデソダチマシタ。アルヒ、ヤマキチノトモダチデ、イチワノオオキナタカガ、ヤマキ …
雪(新字旧仮名)
読書目安時間:約12分
遅い朝日が白み初めた。 木琴入りの時計が午前七時を打つ。ヴァルコンの扉が開く。 「フランスの貴族でアメリカ女の金持と政策結婚をした始めての人間はわしだつたのさ。」 さう云ひながらボ …
読書目安時間:約12分
遅い朝日が白み初めた。 木琴入りの時計が午前七時を打つ。ヴァルコンの扉が開く。 「フランスの貴族でアメリカ女の金持と政策結婚をした始めての人間はわしだつたのさ。」 さう云ひながらボ …
雪の日(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
伯林カイザー街の古い大アパートに棲んで居た冬のことです。外には雪が降りに降っていました。内では天井に大煙突の抜けているストーヴでどんどん薪をくべていました。電車の地響と自動車の笛の …
読書目安時間:約3分
伯林カイザー街の古い大アパートに棲んで居た冬のことです。外には雪が降りに降っていました。内では天井に大煙突の抜けているストーヴでどんどん薪をくべていました。電車の地響と自動車の笛の …
雪の日(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
伯林カイザー街の古い大アパートに棲んで居た冬のことです。外には雪が降りに降っていました。内では天井に大煙突の抜けているストーヴでどんどん薪をくべていました。電車の地響と自動車の笛の …
読書目安時間:約3分
伯林カイザー街の古い大アパートに棲んで居た冬のことです。外には雪が降りに降っていました。内では天井に大煙突の抜けているストーヴでどんどん薪をくべていました。電車の地響と自動車の笛の …
好い手紙(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
場所、東京、山の手の一隅、造作いやしからねど古りたる三間程の貸家建の茶の間、ささやかなれど掃き浄められて見好げなる庭を前にす。 晴れたる夏の朝、食後卓上の器具とりかたづけられぬ前、 …
読書目安時間:約5分
場所、東京、山の手の一隅、造作いやしからねど古りたる三間程の貸家建の茶の間、ささやかなれど掃き浄められて見好げなる庭を前にす。 晴れたる夏の朝、食後卓上の器具とりかたづけられぬ前、 …
呼ばれし乙女(新字新仮名)
読書目安時間:約11分
師の家を出てから、弟子の慶四郎は伊豆箱根あたりを彷徨いているという噂であった。 一ヶ月ばかり経つと、ある夜突然師の妹娘へ電報をよこした。 「ハコネ、ユモト、タマヤ、デビョウキ、アス …
読書目安時間:約11分
師の家を出てから、弟子の慶四郎は伊豆箱根あたりを彷徨いているという噂であった。 一ヶ月ばかり経つと、ある夜突然師の妹娘へ電報をよこした。 「ハコネ、ユモト、タマヤ、デビョウキ、アス …
鯉魚(新字新仮名)
読書目安時間:約12分
京都の嵐山の前を流れる大堰川には、雅びた渡月橋が架っています。その橋の東詰に臨川寺という寺があります。夢窓国師が中興の開山で、開山堂に国師の像が安置してあります。寺の前がすぐ大堰川 …
読書目安時間:約12分
京都の嵐山の前を流れる大堰川には、雅びた渡月橋が架っています。その橋の東詰に臨川寺という寺があります。夢窓国師が中興の開山で、開山堂に国師の像が安置してあります。寺の前がすぐ大堰川 …
恋愛といふもの(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
恋愛は詩、ロマンチツクな詩、しかも決して非現実的な詩ではないのであります。恋愛にも種々あります、幼時の初恋、青年期中年期の恋、その何れもが大部分自分の意識する処は、詩的感激、ロマン …
読書目安時間:約5分
恋愛は詩、ロマンチツクな詩、しかも決して非現実的な詩ではないのであります。恋愛にも種々あります、幼時の初恋、青年期中年期の恋、その何れもが大部分自分の意識する処は、詩的感激、ロマン …
老妓抄(新字新仮名)
読書目安時間:約32分
平出園子というのが老妓の本名だが、これは歌舞伎俳優の戸籍名のように当人の感じになずまないところがある。そうかといって職業上の名の小そのとだけでは、だんだん素人の素朴な気持ちに還ろう …
読書目安時間:約32分
平出園子というのが老妓の本名だが、これは歌舞伎俳優の戸籍名のように当人の感じになずまないところがある。そうかといって職業上の名の小そのとだけでは、だんだん素人の素朴な気持ちに還ろう …
老妓抄(新字新仮名)
読書目安時間:約32分
平出園子というのが老妓の本名だが、これは歌舞伎俳優の戸籍名のように当人の感じになずまないところがある。そうかといって職業上の名の小そのとだけでは、だんだん素人の素朴な気持ちに還ろう …
読書目安時間:約32分
平出園子というのが老妓の本名だが、これは歌舞伎俳優の戸籍名のように当人の感じになずまないところがある。そうかといって職業上の名の小そのとだけでは、だんだん素人の素朴な気持ちに還ろう …
老主の一時期(新字旧仮名)
読書目安時間:約32分
「お旦那の眼の色が、このごろめつきり鈍つて来たぞ。」 店の小僧や番頭が、主人宗右衛門のこんな陰口を囁き合ふやうになつた。宗右衛門の広大な屋敷内に、いろは番号で幾十戸前の商品倉が建て …
読書目安時間:約32分
「お旦那の眼の色が、このごろめつきり鈍つて来たぞ。」 店の小僧や番頭が、主人宗右衛門のこんな陰口を囁き合ふやうになつた。宗右衛門の広大な屋敷内に、いろは番号で幾十戸前の商品倉が建て …
伯林の降誕祭(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
独逸でのクリスマスを思い出します。 雪が絶間もなく、チラチラチラチラと降って居るのが、ベルリンで見て居た冬景色です。街路樹の菩提樹の葉が、黄色の吹雪を絶えずサラサラサラ撒きちらして …
読書目安時間:約5分
独逸でのクリスマスを思い出します。 雪が絶間もなく、チラチラチラチラと降って居るのが、ベルリンで見て居た冬景色です。街路樹の菩提樹の葉が、黄色の吹雪を絶えずサラサラサラ撒きちらして …
私の書に就ての追憶(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
東京の西郊に私の実家が在つた。母屋の東側の庭にある大銀杏の根方を飛石づたひに廻つて行くと私の居室である。四畳半の茶室風の間が二つ連なつて、一つには私の養育母がゐた。彼女はもう五十を …
読書目安時間:約5分
東京の西郊に私の実家が在つた。母屋の東側の庭にある大銀杏の根方を飛石づたひに廻つて行くと私の居室である。四畳半の茶室風の間が二つ連なつて、一つには私の養育母がゐた。彼女はもう五十を …
“岡本かの子”について
岡本 かの子(おかもと かのこ、本名:岡本 カノ、旧姓:大貫(おおぬき)、1889年3月1日 - 1939年2月18日)は、日本の大正・昭和期の小説家、歌人、仏教研究家。
東京府東京市赤坂区青山南町(現東京都港区青山)生まれ。跡見女学校卒業。漫画家岡本一平と結婚し、芸術家岡本太郎を生んだ。
若年期は歌人として活動しており、その後は仏教研究家として知られた。小説家として実質的にデビューしたのは晩年であったが、生前の精力的な執筆活動から、死後多くの遺作が発表された。耽美妖艶の作風を特徴とする。私生活では、夫一平と「奇妙な夫婦生活」を送ったことで知られる。
(出典:Wikipedia)
東京府東京市赤坂区青山南町(現東京都港区青山)生まれ。跡見女学校卒業。漫画家岡本一平と結婚し、芸術家岡本太郎を生んだ。
若年期は歌人として活動しており、その後は仏教研究家として知られた。小説家として実質的にデビューしたのは晩年であったが、生前の精力的な執筆活動から、死後多くの遺作が発表された。耽美妖艶の作風を特徴とする。私生活では、夫一平と「奇妙な夫婦生活」を送ったことで知られる。
(出典:Wikipedia)
“岡本かの子”と年代が近い著者
今月で没後X十年
今年で生誕X百年
今年で没後X百年
ジェーン・テーラー(没後200年)
山村暮鳥(没後100年)
黒田清輝(没後100年)
アナトール・フランス(没後100年)
原勝郎(没後100年)
フランシス・ホジソン・エリザ・バーネット(没後100年)
郡虎彦(没後100年)
フランツ・カフカ(没後100年)