“云”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
85.1%
いう2.3%
いい2.1%
いふ1.9%
いわ1.5%
いっ1.3%
いは1.1%
0.9%
いひ0.9%
いわく0.6%
0.4%
いえ0.4%
いつ0.4%
いはく0.4%
0.2%
ゆつ0.2%
うん0.2%
0.2%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
独逸どいつ名高なだかい作者レツシングとふ人は、いたつて粗忽そそつかしいかたで、其上そのうへ法外ばかに忘れツぽいから
「火の精」とってもどんなものか、よくはわからないのですが、その後これがフロジストン(燃素ねんそ)という名で呼ばれるようになりました。
ラヴォアジエ (新字新仮名) / 石原純(著)
その木像まで刻むというは恋に親切で世間にうと唐土もろこしの天子様が反魂香はんごんこうたかれたよう白痴たわけと悪口をたたくはおまえの為を思うから
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「あの坊さんが、村に入って来ると、きっと誰か死ぬる。」という噂のあった事をも忘れはしなかった。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
私はしいて議論もせず、脱走連中にしって居る者があれば、余計な事をするな、負けるからよしにしろといいめて居た位だから
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
誠少き命毛いのちげなさけは薄き墨含ませて、文句を飾り色めかす腹のうちなげかわしと昔の人のいいたるが
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
酉陽雑俎いうやうざつそいふ熊胆ゆうたん春はくびり、夏ははらに在り、秋は左の足にあり、冬は右の足にありといへり。
芭蕉は北枝ほくしとの問答の中に、「我句を人に説くは我頬がまちを人にいふがごとし」と作品の自釈をしりぞけてゐる。
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ドンドンと門を叩く者がある、下女をおこしてきかせるとこれは病院の使つかいで、当家こちらのお弟子さんが危篤ゆえしらせるといわ
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
あなたならで誰とゝいわれてカッと赤面し、乾きたる舌早く、御亭主こそ冗談は置玉おきたまえ、私約束したるおぼえなし。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おゝ呉れと二度言わせて渡したのを、彼男は眼を皺めて見て、それじゃア歌ちゃんかといって、あはゝアと面白くもないことを声高に独り笑って居た。
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
しかしその近くで芝居をして居るからといって見ようともしない、どんな芝居をやって居るとも噂にもしない、平気で居ると云うような家風でした。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
嬌嫉けうしつごとく、のゝしつていはく、えゝうどうしようねと、やまひえたりとふ。
聞きたるまゝ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
物のわけをもしらぬ者ども、小肘こひぢつかんで引立ひつたて、車一両に二三人づゝ引のせ奉るさへに、若君姫君の御事さま、さても/\といはぬ者なく
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さうすつとまた駄目だめりやつてう、すぐうつてふんだぞなんておこつたてえになあ
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「ばさん。かうにしてガアガアコーコーど鳴るものぁ何だべ。」
十月の末 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
御台所まかなひし侍る横田といひし者、院主へ米五石御かし候へと申ければ、此山はむかしよりさやうのたくはへは多くし侍らず、坂本よりつゞけ候へば
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
まことに今日は八日やうかにてさふらふも、かれいひこれいひ所願しよぐわんしほ(潮)の指す如く、春の野に華の開けるが如し。
彼は言っている、——「先師せんじ古仏いわく胡蘆藤種纏胡蘆うるてんしゅてんうる。この示衆じしゅかつて古今の諸方に見聞せざるところなり。先師ひとり道示せり」(葛藤)。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
ただ文中に所々しょしょ考証をしるすに当って抽斎いわくとしてあるだけである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「房どこで、んだから、網かくしたツてつてだど。——兄、こゝさ道廳の人でも來てみれ、これだど。」由は、後に手を𢌞はしてみせた。
防雪林 (旧字旧仮名) / 小林多喜二(著)
清「えゝわしゃもうそごに帰りましょう、まことに飛んだ事をおめゝに入れておの毒に思いますが、わぬでも成りませんから詮方しょうことなしにお知らせ申した訳で、くまア念仏ども唱えておりなされ、私ゃ帰りみすから」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
どうして此様このようめす配偶つれあいにしたかと後悔するが天下半分の大切おおぎり真実まこといえば一尺の尺度ものさしが二尺の影となって映る通り、自分の心というともしびから、さほどにもなき女の影を天人じゃと思いなして、恋もうらみもあるもの
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一、師の云、発句ほく案ずる事諸門弟題号の中より案じいだす是なきものなり、余所よそより尋来たずねきたればさてさて沢山成事なることなりといえり、予が云、我『あら野』『猿蓑さるみの』にてこの事を見出したり、予が案じ様たとへば題を箱に入てその箱の上にあがりて箱をふまへ立ちあがつて乾坤を尋るといへり、云々うんぬん
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
猿田彦さるだひこが通り、美くしく化粧したお稚児が通り、馬に乗つた禰宜ねぎが通り、神馬しんめが通り、宮司の馬車が通り、勅使が通り、行列はしまひになつたが、神輿みこしはまだ大和橋を渡つたとか渡らぬとか群衆がいつて居る。
住吉祭 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
……あなたが、伏せた茶呑茶碗を両手に握つて馬の蹄の音になぞらへながらポカツ/\と床の敷物を叩いて音頭を取ると、それに合せて一同の者が、或る者は掌を打ち、或る者は悠長に馬を追ふ身振りをしながら声をそろへて歌ひはやす——あれを私も教はりたいなどと滝もいつた。
山を越えて (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
法華經云如是妙法ほけきやうにいはくによぜめうほふまたいはく安樂産福子云々あんらくさんふくしうんぬん
摂津名所図会せっつめいしょずえ』巻之四には「片葉蘆かたはのあし 按ずるにすべて難波は川々多し淀川其中の首たり其岸に蘆生繁おいしげり両葉もろはに出たるも水の流れ早きにより随ふてみな片葉かたはの如く昼夜たへず動く終に其性を継て跡よりおい出るもの片葉の蘆多し故に水辺ならざる所にもあり難波なにはかぎら八幡淀伏見宇治やはたよどふしみうぢ等にも片葉蘆多し或人あるひといはく難波は常に西風烈しきにより蘆の葉東へ吹靡きて片葉なる物多しといふは辟案なり」と記してあるが、この辟案[牧野いう
植物一日一題 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
内儀かみさんにあれたときにやわしもはあしびれえてたんでがしたが、身上しんしやうもあんときかんぢやよくなるしね
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
卯平うへいだらやりしてやんだ、いやれにや本當ほんたうられつとも、家族うち奴等やつらげなんざぐづ/\はあせねえだ
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
兄弟中きやうでえぢういまぢやりせが一ばんだつてつてつとこなのせ、お内儀かみさんあれなら大丈夫でえぢよぶだからつてゆつれあんしたつけが婿むこ心底しんていくつてね
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「おとつゝあゆつたのかねえゆつたのか」
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
……そこを八はしといひけるは、水ゆく川のくもでなれば、はしを八つわたせるによりてなんやつはしといひける、そのさはのほとりの木かげにおりゐてかれいくひけりうんぬんという伊勢物語の一節なども思いだされ、平之丞の心は懐古のおもいに満たされるようだった。
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かつら んでもないこと、天下一でも職人は職人ぢや、殿上人や弓取ゆみとりとは一つになるまい。
修禅寺物語 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)