“應”のいろいろな読み方と例文
新字:
読み方(ふりがな)割合
こた48.8%
おう31.0%
いら3.6%
こたへ3.6%
まさ3.6%
いらへ2.4%
マサ2.4%
1.2%
1.2%
ふさ1.2%
(他:1)1.0%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
“應”を含む作品のジャンル比率
文学 > イタリア文学 > 詩50.0%
文学 > ドイツ文学 > その他のゲルマン文学28.6%
社会科学 > 風俗習慣・民俗学・民族学 > 民間信仰・迷信[俗信]12.0%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
我はさながら答をきゝてさとりえずたゞ嘲りをうけし如く立ちてさらにこたふるすべを知らざる人のさまに似たりき 五八—六〇
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
されどわが愛深からねば汝の恩惠めぐみに謝するに足らず、願はくは全智全能者これにこたへ給はんことを 一二一—一二三
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
其所そこあらためて、親分おやぶん談判だんぱんこゝろみたが、ぐわんとしておうじない。
細君さいくんが、またたゞちに良人をつとくちおうじたのは、けだめづらしいので。
山の手小景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
もくもく」とたまへば、はる末座まつざかたにて、いらへつ
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
横笛愈〻こゝろまどひて、人の哀れを二重ふたへに包みながら、浮世の義理のしがらみ何方いづかたへも一言のいらへだにせず、無情と見ん人の恨みを思ひやれば
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
それ小さき火花にも大いなる焔ともなふ、おそらくは我より後、我にまさる馨ありてぎ、チルラのこたへをうるにいたらむ 三四—三六
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
けれど夫人ふじん姿すがたえない『春枝夫人はるえふじん、々々。』とこゑかぎりにんでたがこたへがない
則ち我の死するやまさに亦自然にして死し、死する時未だ嘗て悲むことを知らざるべし。
若し精神といふもの形體を離れて現ぜば、まさに此詩の如くなるべし。
重景ははづかしげにかうべし、『如何でかは』と答へしまゝ、はか/″\しくいらへせず。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
顏差しのぞきて猫撫聲ねこなでごゑ、『や、や』とびるが如くゑみを含みて袖を引けば、今までいらへえもせずうつむき居たりし横笛は
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
汝及び衆生マサに心を專らにし、念を一處に繋けて、西方を想ふべし。云はく、何が想をなすや。凡想をなすとは、一切の衆生、生盲に非るよりは、目有る徒、皆日沒を見よ。當に想念を起し、正坐し西に向ひて、日をアキらかに觀じ、心を堅く住せしめ、想を專らにして移らざれ。
山越しの弥陀 (旧字旧仮名) / 折口信夫釈迢空(著)
汝及び衆生マサに心を專らにし、念を一處に繋けて、西方を想ふべし。云はく、何が想をなすや。凡想をなすとは、一切の衆生、生盲に非るよりは、目有る徒、皆日沒を見よ。當に想念を起し、正坐し西に向ひて、日をアキらかに觀じ、心を堅く住せしめ、想を專らにして移らざれ。
山越しの阿弥陀像の画因 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
竹山は其時一週間許りも唯一人で新聞を出して見せたのが、社長に重んぜられる原因になつて、二度目の主筆が兎角竹山を邪魔にし出した時は、自分一人の爲に折角の社を騷がすのは本意で無いと云つて、誰が留めてもかずに到頭退社の辭を草した。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
是故にこの處のことをいふ者、もしふさはしくいはんと思はゞ、アーシェージといはずして(ことば足らざれば)東方オリエンテといふべし 五二—五四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ピストイアは我にふさはしき岩窟いはあななりき、われ導者に、彼ににぐる勿れといひ、また彼をこゝに陷らしめしは何の罪なるやを尋ねたまへ
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)