長谷川時雨
1879.10.01 〜 1941.08.22
“長谷川時雨”に特徴的な語句
佇
絃
氏
家
主人
好
私
巧
卓
嫁
女
汚
鋏
侘
桟敷
老母
演
衣紋
良人
彼女
先刻
柩
得
剥
分
上
猶更
生
筑紫
米国
何処
後
凝
咄
肌
眉
噂
弾
種々
間
貰
煩
邸
肘
惜
歿
商業
今日
妓
角力
著者としての作品一覧
尼たちへの消息:――よく生きよとの――(旧字旧仮名)
読書目安時間:約12分
日蓮聖人の消息文の中から、尼御前たちに對へられた書簡を拾つてゆくと、安産の護符をおくられたり、生れた子に命名したりしてゐて、哲人日蓮、大詩人日蓮の風貌躍如として、六百六十餘年の世を …
読書目安時間:約12分
日蓮聖人の消息文の中から、尼御前たちに對へられた書簡を拾つてゆくと、安産の護符をおくられたり、生れた子に命名したりしてゐて、哲人日蓮、大詩人日蓮の風貌躍如として、六百六十餘年の世を …
あるとき(旧字旧仮名)
読書目安時間:約8分
むさしのの草に生れし身なればや くさの花にぞこころひかるる と口ずさんだりしたが、 「わたしの前生はルンペンだつたのかしらん。遠い昔、野の草を宿としてゐて、冷こんで死んだのかもしれ …
読書目安時間:約8分
むさしのの草に生れし身なればや くさの花にぞこころひかるる と口ずさんだりしたが、 「わたしの前生はルンペンだつたのかしらん。遠い昔、野の草を宿としてゐて、冷こんで死んだのかもしれ …
家(旧字旧仮名)
読書目安時間:約5分
ある日、婦人ばかりといつてよい招待の席で、小林一三氏が、吉屋信子さんの新築の家を絶讃された。 ——私は、隨分澤山好い家を見てゐるが、その私が褒めるのだから、實際好い家なのだ。たいが …
読書目安時間:約5分
ある日、婦人ばかりといつてよい招待の席で、小林一三氏が、吉屋信子さんの新築の家を絶讃された。 ——私は、隨分澤山好い家を見てゐるが、その私が褒めるのだから、實際好い家なのだ。たいが …
市川九女八(新字新仮名)
読書目安時間:約21分
若い女が、キャッと声を立てて、バタバタと、草履を蹴とばして、楽屋の入口の間へ駈けこんだが、身を縮めて壁にくっついていると、 「どうしたんだ、見っともねえ。」 部屋のあるじは苦々しげ …
読書目安時間:約21分
若い女が、キャッと声を立てて、バタバタと、草履を蹴とばして、楽屋の入口の間へ駈けこんだが、身を縮めて壁にくっついていると、 「どうしたんだ、見っともねえ。」 部屋のあるじは苦々しげ …
一世お鯉(新字新仮名)
読書目安時間:約46分
「そりゃお妾のすることじゃないや、みんな本妻のすることだ。姉さんのしたことは本妻のすることなのだ」 六代目菊五郎のその銹た声が室の外まで聞える。 真夏の夕暮、室々のへだての襖は取り …
読書目安時間:約46分
「そりゃお妾のすることじゃないや、みんな本妻のすることだ。姉さんのしたことは本妻のすることなのだ」 六代目菊五郎のその銹た声が室の外まで聞える。 真夏の夕暮、室々のへだての襖は取り …
糸繰沼(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
湖、青森あたりだとききました、越中から出る薬売りが、蓴菜が一ぱい浮いて、まっ蒼に水銹の深い湖のほとりで午寐をしていると、急に水の中へ沈んでゆくような心地がしだしたので、変だと思って …
読書目安時間:約3分
湖、青森あたりだとききました、越中から出る薬売りが、蓴菜が一ぱい浮いて、まっ蒼に水銹の深い湖のほとりで午寐をしていると、急に水の中へ沈んでゆくような心地がしだしたので、変だと思って …
うづみ火(旧字旧仮名)
読書目安時間:約6分
兩國といへばにぎわ敷所と聞ゆれどこゝ二洲橋畔のやゝ上手御藏橋近く、一代の富廣き庭廣き家々もみちこほるゝ富人の構えと、昔のおもかげ殘る武家の邸つゞきとの片側町、時折車の音の聞ゆるばか …
読書目安時間:約6分
兩國といへばにぎわ敷所と聞ゆれどこゝ二洲橋畔のやゝ上手御藏橋近く、一代の富廣き庭廣き家々もみちこほるゝ富人の構えと、昔のおもかげ殘る武家の邸つゞきとの片側町、時折車の音の聞ゆるばか …
江木欣々女史(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
大正五年の三月二日、あたしは神田淡路町の江木家の古風な黒い門をくぐっていた。 旧幕の、武家邸の門を、そのままであろうと思われる黒い門は、それより二十年も前からわたしは見馴れているの …
読書目安時間:約18分
大正五年の三月二日、あたしは神田淡路町の江木家の古風な黒い門をくぐっていた。 旧幕の、武家邸の門を、そのままであろうと思われる黒い門は、それより二十年も前からわたしは見馴れているの …
遠藤(岩野)清子(新字新仮名)
読書目安時間:約32分
それは、華やかな日がさして、瞞されたような暖かい日だった。 遠藤清子の墓石の建ったお寺は、谷中の五重塔を右に見て、左へ曲った通りだと、もう、法要のある時刻にも近いので、急いで家を出 …
読書目安時間:約32分
それは、華やかな日がさして、瞞されたような暖かい日だった。 遠藤清子の墓石の建ったお寺は、谷中の五重塔を右に見て、左へ曲った通りだと、もう、法要のある時刻にも近いので、急いで家を出 …
大川ばた(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
大川は、東京下町を兩斷して、まつすぐに流れてゐる。 その古の相貌は、まことに美しい潮入り川で、蘆荻ところどころ、むさしの側は、丘は鬱蒼として、下總野の、かつしかあがたは、雲手の水に …
読書目安時間:約3分
大川は、東京下町を兩斷して、まつすぐに流れてゐる。 その古の相貌は、まことに美しい潮入り川で、蘆荻ところどころ、むさしの側は、丘は鬱蒼として、下總野の、かつしかあがたは、雲手の水に …
大塚楠緒子(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
もうやがて二昔に近いまえのことでした。わたしは竹柏園の御弟子の一人に、ほんの数えられるばかりに、和歌をまなぶというよりは、『万葉集』『湖月抄』の御講義を聴講にいっておりました。すく …
読書目安時間:約8分
もうやがて二昔に近いまえのことでした。わたしは竹柏園の御弟子の一人に、ほんの数えられるばかりに、和歌をまなぶというよりは、『万葉集』『湖月抄』の御講義を聴講にいっておりました。すく …
大橋須磨子(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
霜月はじめの、朝の日影がほがらかにさしている。澄みきった、落附いた色彩と香があたりに漂い流れている。 朝雨にあらわれたあとの、すがすがしい空には、パチパチと弾ける音がして、明治神宮 …
読書目安時間:約13分
霜月はじめの、朝の日影がほがらかにさしている。澄みきった、落附いた色彩と香があたりに漂い流れている。 朝雨にあらわれたあとの、すがすがしい空には、パチパチと弾ける音がして、明治神宮 …
お灸(旧字旧仮名)
読書目安時間:約4分
お灸ずきの祖母が日に二三度づつお灸をすゑる。もの心覺えてから灸點の役が、いつかあたしの仕事になつてゐた。五百丁の巴もぐさをホグして、祖母の背中の方へ𢌞ると、小さい燭臺へ蝋燭をたて、 …
読書目安時間:約4分
お灸ずきの祖母が日に二三度づつお灸をすゑる。もの心覺えてから灸點の役が、いつかあたしの仕事になつてゐた。五百丁の巴もぐさをホグして、祖母の背中の方へ𢌞ると、小さい燭臺へ蝋燭をたて、 …
おとづれ(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
十五夜の宵だつた。新らしい借家に移つてから、ちよつと一度歸つて來て、そそくさと徹夜で書物をして出ていつたままのあるじから、幾日ぶりかで二度目の速達便が來た。丁度其日の新聞に連載もの …
読書目安時間:約3分
十五夜の宵だつた。新らしい借家に移つてから、ちよつと一度歸つて來て、そそくさと徹夜で書物をして出ていつたままのあるじから、幾日ぶりかで二度目の速達便が來た。丁度其日の新聞に連載もの …
鏡二題(旧字旧仮名)
読書目安時間:約5分
暗い鏡 鏡といふものをちやんと見るやうになつたのは、十八——九の年頃だつたと思ひます。その前だとて見ましたが、鏡にうつる自分を——まだそのころだとて顏だけですが——見たといへませう …
読書目安時間:約5分
暗い鏡 鏡といふものをちやんと見るやうになつたのは、十八——九の年頃だつたと思ひます。その前だとて見ましたが、鏡にうつる自分を——まだそのころだとて顏だけですが——見たといへませう …
「郭子儀」異変(旧字旧仮名)
読書目安時間:約12分
柳里恭の「郭子儀」の對幅が、いつのころかわたくしの生家にあつた。もとより柳里恭の眞筆ではない。ほんものならば、その頃でも萬といふ級の取引であつたらう。或はわたくしのうちにあつた、そ …
読書目安時間:約12分
柳里恭の「郭子儀」の對幅が、いつのころかわたくしの生家にあつた。もとより柳里恭の眞筆ではない。ほんものならば、その頃でも萬といふ級の取引であつたらう。或はわたくしのうちにあつた、そ …
傘(旧字旧仮名)
読書目安時間:約4分
秋雨のうすく降る夕方だつた。格子戸の鈴が、妙な音に、つぶれて響いてゐるので、私はペンをおいて立つた。 臺所では、お米を磨いでゐる女中が、はやり唄をうたつて夢中だ。湯殿では、ザアザア …
読書目安時間:約4分
秋雨のうすく降る夕方だつた。格子戸の鈴が、妙な音に、つぶれて響いてゐるので、私はペンをおいて立つた。 臺所では、お米を磨いでゐる女中が、はやり唄をうたつて夢中だ。湯殿では、ザアザア …
河風(旧字旧仮名)
読書目安時間:約4分
江東水の江村の、あのおびただしい蓮が、東京灣の潮がさして枯れさうだといふ、お米も枯れてしまつたといふ、葛飾の水郷もさうして、だん/″\と工場町になるのだらう。龜井戸の後など汽車の窓 …
読書目安時間:約4分
江東水の江村の、あのおびただしい蓮が、東京灣の潮がさして枯れさうだといふ、お米も枯れてしまつたといふ、葛飾の水郷もさうして、だん/″\と工場町になるのだらう。龜井戸の後など汽車の窓 …
きもの(旧字旧仮名)
読書目安時間:約4分
着ものをきかへようと、たたんであるのをひろげて、肩へかけながら、ふと、いつものことだが古への清少納言のいつたことを、身に感じて袖に手を通した。 それは、雨の降るそぼ寒い日に、しまつ …
読書目安時間:約4分
着ものをきかへようと、たたんであるのをひろげて、肩へかけながら、ふと、いつものことだが古への清少納言のいつたことを、身に感じて袖に手を通した。 それは、雨の降るそぼ寒い日に、しまつ …
きもの(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
着ものをきかへようと、たたんであるのをひろげて、肩へかけながら、ふと、いつものことだが古への清少納言のいつたことを、身に感じて袖に手を通した。 それは、雨の降るそぼ寒い日に、しまつ …
読書目安時間:約4分
着ものをきかへようと、たたんであるのをひろげて、肩へかけながら、ふと、いつものことだが古への清少納言のいつたことを、身に感じて袖に手を通した。 それは、雨の降るそぼ寒い日に、しまつ …
旧聞日本橋:01 序文/自序(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
長谷川時雨は、生粋の江戸ッ子ということが出来なければ、生抜きの東京女だとは言えるであろう。彼女の明治初期の首都の中心日本橋油町に法律家を父として生れて、最も東京風な家庭教育の下に育 …
読書目安時間:約4分
長谷川時雨は、生粋の江戸ッ子ということが出来なければ、生抜きの東京女だとは言えるであろう。彼女の明治初期の首都の中心日本橋油町に法律家を父として生れて、最も東京風な家庭教育の下に育 …
旧聞日本橋:02 町の構成(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
一応はじめに町の構成を説いておく。 日本橋通りの本町の角からと、石町から曲るのと、二本の大通りが浅草橋へむかって通っている。現今は電車線路のあるもとの石町通りが街の本線になっている …
読書目安時間:約15分
一応はじめに町の構成を説いておく。 日本橋通りの本町の角からと、石町から曲るのと、二本の大通りが浅草橋へむかって通っている。現今は電車線路のあるもとの石町通りが街の本線になっている …
旧聞日本橋:03 蕎麦屋の利久(新字新仮名)
読書目安時間:約20分
角の荒物屋が佐野吾八さんの代にならないずっと前——私たちまだ宇宙にブヨブヨ魂が漂っていた時代——そこは八人芸の○○斎という名人がいたのだそうで、上げ板を叩いて「番頭さん熱いよ」とう …
読書目安時間:約20分
角の荒物屋が佐野吾八さんの代にならないずっと前——私たちまだ宇宙にブヨブヨ魂が漂っていた時代——そこは八人芸の○○斎という名人がいたのだそうで、上げ板を叩いて「番頭さん熱いよ」とう …
旧聞日本橋:04 源泉小学校(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
源泉小学校は大伝馬町の裏にあって、格子戸がはまった普通の家造りで、上って玄関、横に二階をもった座敷と台所。たぶん台所と並んだ玄関の奥へ教場の平屋を建てましたのであろう。玄関の横の八 …
読書目安時間:約15分
源泉小学校は大伝馬町の裏にあって、格子戸がはまった普通の家造りで、上って玄関、横に二階をもった座敷と台所。たぶん台所と並んだ玄関の奥へ教場の平屋を建てましたのであろう。玄関の横の八 …
旧聞日本橋:05 大丸呉服店(新字新仮名)
読書目安時間:約17分
——老母のところから、次のような覚書をくれたので、「大丸」のことはもっと後にゆっくりと書くつもりだったが、折角の志ゆえそのまま記すことにした。 小伝馬町三丁目のうなぎやは(近三)明 …
読書目安時間:約17分
——老母のところから、次のような覚書をくれたので、「大丸」のことはもっと後にゆっくりと書くつもりだったが、折角の志ゆえそのまま記すことにした。 小伝馬町三丁目のうなぎやは(近三)明 …
旧聞日本橋:06 古屋島七兵衛(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
古屋島という名は昔の武者にでもありそうだし、明治維新後の顕官の姓名にもありそうだが、七兵衛さんというと大変心安だてにきこえる。葱を売りにくる人にも、肥とろやさんにも、薪屋さんにもあ …
読書目安時間:約15分
古屋島という名は昔の武者にでもありそうだし、明治維新後の顕官の姓名にもありそうだが、七兵衛さんというと大変心安だてにきこえる。葱を売りにくる人にも、肥とろやさんにも、薪屋さんにもあ …
旧聞日本橋:07 テンコツさん一家(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
——老母よりの書信—— 鼠小僧の家は、神田和泉町ではなく、日本橋区和泉町、人形町通り左側大通りが和泉町で、その手前の小路が三光新道、向側——人形町通りを中にはさんで右側大通りが堺町 …
読書目安時間:約16分
——老母よりの書信—— 鼠小僧の家は、神田和泉町ではなく、日本橋区和泉町、人形町通り左側大通りが和泉町で、その手前の小路が三光新道、向側——人形町通りを中にはさんで右側大通りが堺町 …
旧聞日本橋:08 木魚の顔(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
鼠小僧の住んでいた、三光新道のクダリに、三光稲荷のあったことを書きおとした。三光稲荷は失走人の足止の願がけと、鼠をとる猫の行衛不明の訴をきく不思議な商業のお稲荷さんで、猫の絵馬が沢 …
読書目安時間:約18分
鼠小僧の住んでいた、三光新道のクダリに、三光稲荷のあったことを書きおとした。三光稲荷は失走人の足止の願がけと、鼠をとる猫の行衛不明の訴をきく不思議な商業のお稲荷さんで、猫の絵馬が沢 …
旧聞日本橋:09 木魚の配偶(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
木魚の顔の老爺さんが、あの額の上に丁字髷をのせて、短い体に黒ちりめんの羽織を着て、大小をさしていた姿も滑稽であったろうが、そういうまた老妻さんも美事な出来栄の人物だった。顔は浜口首 …
読書目安時間:約15分
木魚の顔の老爺さんが、あの額の上に丁字髷をのせて、短い体に黒ちりめんの羽織を着て、大小をさしていた姿も滑稽であったろうが、そういうまた老妻さんも美事な出来栄の人物だった。顔は浜口首 …
旧聞日本橋:10 勝川花菊の一生(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
勝川のおばさんという名がアンポンタンに記憶された。顔の印象は浅黒く、長かった。それが木魚の顔のおじいさんのたった一人の妹だときいても、別段心もひかれなかった。ただ平べったいチンチク …
読書目安時間:約15分
勝川のおばさんという名がアンポンタンに記憶された。顔の印象は浅黒く、長かった。それが木魚の顔のおじいさんのたった一人の妹だときいても、別段心もひかれなかった。ただ平べったいチンチク …
旧聞日本橋:11 朝散太夫の末裔(新字新仮名)
読書目安時間:約11分
朝散太夫とは、支那唐朝の制にて従五品下の雅称、我国にて従五位下の唐名とある。 太夫とは、支那周代の朝廷及諸侯の、国の官吏の階級の一、卿の下、士の上に位すとある。もっと委しく、博学ら …
読書目安時間:約11分
朝散太夫とは、支那唐朝の制にて従五品下の雅称、我国にて従五位下の唐名とある。 太夫とは、支那周代の朝廷及諸侯の、国の官吏の階級の一、卿の下、士の上に位すとある。もっと委しく、博学ら …
旧聞日本橋:12 チンコッきり(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
アンポンタンはぼんやりと人の顔を眺める癖があったので、 「いやだねおやっちゃん、私の顔に出車でも通るのかね。」 さすがの藤木さんもテレて、その頃の月並な警句をいった。 小伝馬町の牢 …
読書目安時間:約16分
アンポンタンはぼんやりと人の顔を眺める癖があったので、 「いやだねおやっちゃん、私の顔に出車でも通るのかね。」 さすがの藤木さんもテレて、その頃の月並な警句をいった。 小伝馬町の牢 …
旧聞日本橋:13 お墓のすげかえ(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
一族の石塔五十幾基をもった、朝散太夫藤木氏の末裔チンコッきりおじさんは、三人の兄弟であったが、揃いもそろった幕末お旗本ならずものの見本で、仲兄は切腹、上の兄は他から帰ってきたところ …
読書目安時間:約14分
一族の石塔五十幾基をもった、朝散太夫藤木氏の末裔チンコッきりおじさんは、三人の兄弟であったが、揃いもそろった幕末お旗本ならずものの見本で、仲兄は切腹、上の兄は他から帰ってきたところ …
旧聞日本橋:14 西洋の唐茄子(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
青葉の影を「柳の虫」の呼び声が、細く長く、いきな節に流れてゆく。 ——孫太郎むしや、赤蛙…… ゆっくりとした足どりで、影を踏むように、汚れのない黒の脚絆と草鞋が動く——小いさな引出 …
読書目安時間:約13分
青葉の影を「柳の虫」の呼び声が、細く長く、いきな節に流れてゆく。 ——孫太郎むしや、赤蛙…… ゆっくりとした足どりで、影を踏むように、汚れのない黒の脚絆と草鞋が動く——小いさな引出 …
旧聞日本橋:15 流れた唾き(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
神田のクリスチャンの伯母さんの家の家風が、あんぽんたんを甚くよろこばせた。この伯母さんは、女学校を出て、行燈袴を穿いて、四円の月給の小学教師になったので、私の母から姉妹の縁を切ると …
読書目安時間:約18分
神田のクリスチャンの伯母さんの家の家風が、あんぽんたんを甚くよろこばせた。この伯母さんは、女学校を出て、行燈袴を穿いて、四円の月給の小学教師になったので、私の母から姉妹の縁を切ると …
旧聞日本橋:16 最初の外国保険詐欺(新字新仮名)
読書目安時間:約10分
この章にうつろうとして、あんぽんたんはあまりあんぽんたんであった事を残念に思う。ここに書こうとする事は、私の幼時の記憶と、おぼろげに聞き噛っていただけの話ではちと荷がかちすぎる。 …
読書目安時間:約10分
この章にうつろうとして、あんぽんたんはあまりあんぽんたんであった事を残念に思う。ここに書こうとする事は、私の幼時の記憶と、おぼろげに聞き噛っていただけの話ではちと荷がかちすぎる。 …
旧聞日本橋:17 牢屋の原(新字新仮名)
読書目安時間:約12分
金持ちになれる真理となれない真理——転がりこんで来た金玉を、これは正当な所得ではございませんとかえして貧乏する。いまどきそんなことはないかもしれないが、私のうちがそれだった。 御維 …
読書目安時間:約12分
金持ちになれる真理となれない真理——転がりこんで来た金玉を、これは正当な所得ではございませんとかえして貧乏する。いまどきそんなことはないかもしれないが、私のうちがそれだった。 御維 …
旧聞日本橋:18 神田附木店(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
八月の暑い午後、九歳のあんぽんたんは古帳面屋のおきんちゃんに連れられて、附木店のおきんちゃんの叔母さんの家へいった。 附木店は浅草見附内の郡代——日本橋区馬喰町の裏と神田の柳原河原 …
読書目安時間:約14分
八月の暑い午後、九歳のあんぽんたんは古帳面屋のおきんちゃんに連れられて、附木店のおきんちゃんの叔母さんの家へいった。 附木店は浅草見附内の郡代——日本橋区馬喰町の裏と神田の柳原河原 …
旧聞日本橋:19 明治座今昔(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
芦寿賀さんは、向う両国の青柳といった有名な料亭の女将でもあった。百本杭の角で、駒止橋の前にあって、後には二洲楼とよばれ、さびれてしまったが、その当時は格式も高く、柳橋の亀清よりきこ …
読書目安時間:約15分
芦寿賀さんは、向う両国の青柳といった有名な料亭の女将でもあった。百本杭の角で、駒止橋の前にあって、後には二洲楼とよばれ、さびれてしまったが、その当時は格式も高く、柳橋の亀清よりきこ …
旧聞日本橋:20 西川小りん(新字新仮名)
読書目安時間:約22分
夏の朝、水をたっぷりつかって、ざぶざぶと浴衣をあらう気軽さ。十月、秋晴れの日に張りものをする、のんびりした心持は、若さと、健康に恵まれた女ばかりが知る、軽い愉快さである。親しいもの …
読書目安時間:約22分
夏の朝、水をたっぷりつかって、ざぶざぶと浴衣をあらう気軽さ。十月、秋晴れの日に張りものをする、のんびりした心持は、若さと、健康に恵まれた女ばかりが知る、軽い愉快さである。親しいもの …
旧聞日本橋:21 議事堂炎上(新字新仮名)
読書目安時間:約11分
明治廿二年二月の憲法発布の日はその夜明けまで雪が降った。上野の式場に行幸ある道筋は、掃清められてあったが、市中の泥濘は、田の中のようだった。 上野広小路黒門町のうなぎや大和田は、祖 …
読書目安時間:約11分
明治廿二年二月の憲法発布の日はその夜明けまで雪が降った。上野の式場に行幸ある道筋は、掃清められてあったが、市中の泥濘は、田の中のようだった。 上野広小路黒門町のうなぎや大和田は、祖 …
旧聞日本橋:22 大門通り界隈一束(続旧聞日本橋・その一)(新字新仮名)
読書目安時間:約7分
あたしの古郷のおとめといえば、江戸の面影と、香を、いくらか残した時代の、どこか歯ぎれのよさをとどめた、雨上りの、杜若のような下町少女で、初夏になると、なんとなく思出がなつかしい。 …
読書目安時間:約7分
あたしの古郷のおとめといえば、江戸の面影と、香を、いくらか残した時代の、どこか歯ぎれのよさをとどめた、雨上りの、杜若のような下町少女で、初夏になると、なんとなく思出がなつかしい。 …
旧聞日本橋:23 鉄くそぶとり(続旧聞日本橋・その二)(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
あんぽんたんとよばれた少女のおぼつかない記憶にすぎないが、時が、明治十六年ごろから多く廿年代のことであり、偶然にも童女の周囲が、旧江戸の残存者層であって、新文明の進展がおくれがちで …
読書目安時間:約16分
あんぽんたんとよばれた少女のおぼつかない記憶にすぎないが、時が、明治十六年ごろから多く廿年代のことであり、偶然にも童女の周囲が、旧江戸の残存者層であって、新文明の進展がおくれがちで …
旧聞日本橋:24 鬼眼鏡と鉄屑ぶとり(続旧聞日本橋・その三)(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
堀留——現今では堀留町となっているが、日本橋区内の、人形町通りの、大伝馬町二丁目後の、横にはいった一角が堀留で、小網町河岸の方からの堀留なのか、近い小舟町にゆかりがあるのか、子供だ …
読書目安時間:約18分
堀留——現今では堀留町となっているが、日本橋区内の、人形町通りの、大伝馬町二丁目後の、横にはいった一角が堀留で、小網町河岸の方からの堀留なのか、近い小舟町にゆかりがあるのか、子供だ …
旧聞日本橋:25 渡りきらぬ橋(新字新仮名)
読書目安時間:約37分
お星さまの出ていた晩か、それとも雨のふる夜だったか、あとで聞いても誰も覚えていないというから、まあ、あたりまえの、暗い晩だったのであろう。とにかく、あたしというものが生まれた。 戸 …
読書目安時間:約37分
お星さまの出ていた晩か、それとも雨のふる夜だったか、あとで聞いても誰も覚えていないというから、まあ、あたりまえの、暗い晩だったのであろう。とにかく、あたしというものが生まれた。 戸 …
九条武子(新字新仮名)
読書目安時間:約35分
人間は悲しい。 率直にいえば、それだけでつきる。九条武子と表題を書いたままで、幾日もなんにも書けない。白いダリヤが一輪、目にうかんできて、いつまでたっても、一字もかけない。 遠くは …
読書目安時間:約35分
人間は悲しい。 率直にいえば、それだけでつきる。九条武子と表題を書いたままで、幾日もなんにも書けない。白いダリヤが一輪、目にうかんできて、いつまでたっても、一字もかけない。 遠くは …
桑摘み(旧字旧仮名)
読書目安時間:約6分
庭木の植込みの間に、桑の細い枝が見える。桑畑に培はれたものよりは、葉がずつと細かい。山桑とでもいふのかもしれぬ。 おお、さういへば、かつて、兵庫の和田の岬のほとりが、現今ほどすつか …
読書目安時間:約6分
庭木の植込みの間に、桑の細い枝が見える。桑畑に培はれたものよりは、葉がずつと細かい。山桑とでもいふのかもしれぬ。 おお、さういへば、かつて、兵庫の和田の岬のほとりが、現今ほどすつか …
こんな二人(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
一人は太古からかれない泥沼の底の主、山椒の魚でありたいといひ、ひとりは、夕暮、または曉に、淡く、ほの白い、小さな水藻の花でありたいと言ふ、こんな二人。 一人は澎湃奔放たる濁流を望み …
読書目安時間:約3分
一人は太古からかれない泥沼の底の主、山椒の魚でありたいといひ、ひとりは、夕暮、または曉に、淡く、ほの白い、小さな水藻の花でありたいと言ふ、こんな二人。 一人は澎湃奔放たる濁流を望み …
三十五氏(旧字旧仮名)
読書目安時間:約4分
直木さん、いつまでも、三十一、三十二、三十三、三十四とするのときいたら、うんといつた。でも、三十五氏はまだいいが、三十六、三十七、三十八、それから三十九はをかしい。みそくふなんて味 …
読書目安時間:約4分
直木さん、いつまでも、三十一、三十二、三十三、三十四とするのときいたら、うんといつた。でも、三十五氏はまだいいが、三十六、三十七、三十八、それから三十九はをかしい。みそくふなんて味 …
下町娘(旧字旧仮名)
読書目安時間:約7分
江戸の女を語るには、その階級から語らなければならない。 武家と町人——それはその時代の何處にもカツキリとされた區別であるが、江戸にはもひとつの別階級がある、職人である。 下町娘の總 …
読書目安時間:約7分
江戸の女を語るには、その階級から語らなければならない。 武家と町人——それはその時代の何處にもカツキリとされた區別であるが、江戸にはもひとつの別階級がある、職人である。 下町娘の總 …
住居(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
松岡映丘畫伯の晩年の作によく見えた丘の段々畑。あの新大和繪風な色彩そつくりの山畑を遠くから見て、絣のやうなと形容したのを、笑はれたことがあるが、郊外などの、田園都市の近代風の建物の …
読書目安時間:約3分
松岡映丘畫伯の晩年の作によく見えた丘の段々畑。あの新大和繪風な色彩そつくりの山畑を遠くから見て、絣のやうなと形容したのを、笑はれたことがあるが、郊外などの、田園都市の近代風の建物の …
朱絃舎浜子(新字新仮名)
読書目安時間:約53分
木橋の相生橋に潮がさしてくると、座敷ごと浮きあがって見えて、この家だけが、新佃島全体ででもあるような感じに、庭の芝草までが青んで生々してくる、大川口の水ぎわに近い家の初夏だった。 …
読書目安時間:約53分
木橋の相生橋に潮がさしてくると、座敷ごと浮きあがって見えて、この家だけが、新佃島全体ででもあるような感じに、庭の芝草までが青んで生々してくる、大川口の水ぎわに近い家の初夏だった。 …
春宵戯語(旧字旧仮名)
読書目安時間:約8分
ふと、ある日、菜の花のお漬けものがございますかとAさんにお目にかかつたとき、關西の郊外の話から、お訊ねしたことがあつた。それは、ずつと前に、たしかに菜の花であらうと思ふのを食べた、 …
読書目安時間:約8分
ふと、ある日、菜の花のお漬けものがございますかとAさんにお目にかかつたとき、關西の郊外の話から、お訊ねしたことがあつた。それは、ずつと前に、たしかに菜の花であらうと思ふのを食べた、 …
煎薬(旧字旧仮名)
読書目安時間:約4分
腸を拂ふと欝血散じ、手足も暖まり頭輕く、肩張りなんぞ飛んでゆくと、三上の友人が漢方醫を同道されて、藥効神のごとしといふ煎藥をすすめてゆかれたので、わたしはそれを一服、ちよつと失禮し …
読書目安時間:約4分
腸を拂ふと欝血散じ、手足も暖まり頭輕く、肩張りなんぞ飛んでゆくと、三上の友人が漢方醫を同道されて、藥効神のごとしといふ煎藥をすすめてゆかれたので、わたしはそれを一服、ちよつと失禮し …
竹本綾之助(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
泰平三百年の徳川幕府の時代ほど、義理人情というものを道徳の第一においたことはない。忠の一字をおいては何事にも義理で処決した。武家にあっては武士道の義理、市井の人には世間の義理である …
読書目安時間:約15分
泰平三百年の徳川幕府の時代ほど、義理人情というものを道徳の第一においたことはない。忠の一字をおいては何事にも義理で処決した。武家にあっては武士道の義理、市井の人には世間の義理である …
田沢稲船(新字新仮名)
読書目安時間:約52分
赤と黄と、緑青が、白を溶いた絵の具皿のなかで、流れあって、虹のように見えたり、彩雲のように混じたりするのを、 「あら、これ——」 絵の具皿を持っていた娘は呼んだ。 「山田美妙斎の『 …
読書目安時間:約52分
赤と黄と、緑青が、白を溶いた絵の具皿のなかで、流れあって、虹のように見えたり、彩雲のように混じたりするのを、 「あら、これ——」 絵の具皿を持っていた娘は呼んだ。 「山田美妙斎の『 …
佃のわたし(旧字旧仮名)
読書目安時間:約4分
暗の夜更にひとりかへる渡し船、殘月のあしたに渡る夏の朝、雪の日、暴風雨の日、風趣はあつてもはなしはない。平日の並のはなしのひとつふたつが、手帳のはしに殘つてゐる。 一日のはげしい勞 …
読書目安時間:約4分
暗の夜更にひとりかへる渡し船、殘月のあしたに渡る夏の朝、雪の日、暴風雨の日、風趣はあつてもはなしはない。平日の並のはなしのひとつふたつが、手帳のはしに殘つてゐる。 一日のはげしい勞 …
東京に生れて(旧字旧仮名)
読書目安時間:約8分
大東京の魅力に引かれ、すつかり心醉しながら、郷里の風光に思ひのおよぼすときになると、東京をみそくそにけなしつける人がある。どうもそんな時はしかたがないから、默つて、おこがましいが、 …
読書目安時間:約8分
大東京の魅力に引かれ、すつかり心醉しながら、郷里の風光に思ひのおよぼすときになると、東京をみそくそにけなしつける人がある。どうもそんな時はしかたがないから、默つて、おこがましいが、 …
豊竹呂昇(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
私は今朝の目覚めに戸の透間からさす朝の光りを眺めて、早く鶯が夢をゆすりに訪れて来てくれるようになればよいと春暁の心地よさを思った。如月は名ばかりで霜柱は心まで氷らせるように土をもち …
読書目安時間:約14分
私は今朝の目覚めに戸の透間からさす朝の光りを眺めて、早く鶯が夢をゆすりに訪れて来てくれるようになればよいと春暁の心地よさを思った。如月は名ばかりで霜柱は心まで氷らせるように土をもち …
夏の女(旧字旧仮名)
読書目安時間:約7分
一夏、そのころ在阪の秋江氏から、なるみの浴衣の江戸もよいが、上布を着た上方の女の夏姿をよりよしと思ふといふ葉書が來たことがある。ふといま、そのことを思ひだした。 上布には、くつきり …
読書目安時間:約7分
一夏、そのころ在阪の秋江氏から、なるみの浴衣の江戸もよいが、上布を着た上方の女の夏姿をよりよしと思ふといふ葉書が來たことがある。ふといま、そのことを思ひだした。 上布には、くつきり …
夏の夜(旧字旧仮名)
読書目安時間:約10分
暗い窓から 地球が吸ひよせる雨——そんなふうな降りだ。 六十年ぶりだといふ暑熱に、苦しみ通した街は、更けてからの雷雨に、なにもかもがぐつすりと濡れて、知らずに眠つてゐる人も快げだ。 …
読書目安時間:約10分
暗い窓から 地球が吸ひよせる雨——そんなふうな降りだ。 六十年ぶりだといふ暑熱に、苦しみ通した街は、更けてからの雷雨に、なにもかもがぐつすりと濡れて、知らずに眠つてゐる人も快げだ。 …
菜の花:――春の新七草の賦のその一ツ――(旧字旧仮名)
読書目安時間:約2分
水油なくて寢る夜や窓の月(芭蕉) の句は、現代のものには、ちよつとわかりにくいほど、その時代、またその前々代の、古い人間生活と、菜の花との緊密なつながりを語つてゐる。いま、わたした …
読書目安時間:約2分
水油なくて寢る夜や窓の月(芭蕉) の句は、現代のものには、ちよつとわかりにくいほど、その時代、またその前々代の、古い人間生活と、菜の花との緊密なつながりを語つてゐる。いま、わたした …
日本橋あたり(旧字旧仮名)
読書目安時間:約11分
その時分、白米の價が、一等米圓に七升一合、三等米七升七合、五等米八升七合。お湯錢が大人二錢か一錢五厘といふと、私は、たいした經濟觀念の鋭い小娘であつたやうであるが、お膳の前へ坐ると …
読書目安時間:約11分
その時分、白米の價が、一等米圓に七升一合、三等米七升七合、五等米八升七合。お湯錢が大人二錢か一錢五厘といふと、私は、たいした經濟觀念の鋭い小娘であつたやうであるが、お膳の前へ坐ると …
初かつお(旧字旧仮名)
読書目安時間:約5分
鰹といふと鎌倉で漁れて、江戸で食べるといふふうになつて、賣るも買ふも、勇み肌の代表のやうになつてゐるが、鰹は東南の海邊では、どこでも隨分古くから食用になつてゐる上に、鰹節の製造され …
読書目安時間:約5分
鰹といふと鎌倉で漁れて、江戸で食べるといふふうになつて、賣るも買ふも、勇み肌の代表のやうになつてゐるが、鰹は東南の海邊では、どこでも隨分古くから食用になつてゐる上に、鰹節の製造され …
八歳の時の憤激(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
隨筆家としての岡本綺堂を語れといはれて、「明治劇談・ランプの下にて」の中の、ある一章を思ひ出した。 明治十二年、岡本先生八歳、父君にともなはれて新富座の樂屋に九代目市川團十郎をたづ …
読書目安時間:約3分
隨筆家としての岡本綺堂を語れといはれて、「明治劇談・ランプの下にて」の中の、ある一章を思ひ出した。 明治十二年、岡本先生八歳、父君にともなはれて新富座の樂屋に九代目市川團十郎をたづ …
花火と大川端(旧字旧仮名)
読書目安時間:約16分
花火といふ遊びは、金を飛散させてしまふところに多分の快味があるのだから、經濟の豐なほど豪宕壯觀なわけだ。私といふ子供がはじめて記憶した兩國川開きの花火は、明治二十年位のことだから、 …
読書目安時間:約16分
花火といふ遊びは、金を飛散させてしまふところに多分の快味があるのだから、經濟の豐なほど豪宕壯觀なわけだ。私といふ子供がはじめて記憶した兩國川開きの花火は、明治二十年位のことだから、 …
春(旧字旧仮名)
読書目安時間:約8分
今朝 昨夜、空を通つた、足の早い風は、いま何處を吹いてゐるか!あの風は、殘つてゐたふゆを浚つて去つて、春の來た今朝は、誰もが陽氣だ。おしやべりは小禽ばかりではない。臺所の水道もザア …
読書目安時間:約8分
今朝 昨夜、空を通つた、足の早い風は、いま何處を吹いてゐるか!あの風は、殘つてゐたふゆを浚つて去つて、春の來た今朝は、誰もが陽氣だ。おしやべりは小禽ばかりではない。臺所の水道もザア …
樋口一葉(新字新仮名)
読書目安時間:約43分
秋にさそわれて散る木の葉は、いつとてかぎりないほど多い。ことに霜月は秋の末、落葉も深かろう道理である。私がここに書こうとする小伝の主一葉女史も、病葉が、霜の傷みに得堪ぬように散った …
読書目安時間:約43分
秋にさそわれて散る木の葉は、いつとてかぎりないほど多い。ことに霜月は秋の末、落葉も深かろう道理である。私がここに書こうとする小伝の主一葉女史も、病葉が、霜の傷みに得堪ぬように散った …
人魂火(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
これは私の父が、幼いころの気味の悪るかったことという、談話のおりにききましたことです。場処は通油町でした。祖母が目をかけてやっていた、母子二人世帯の者が、祖母の家の塀外に住んでいた …
読書目安時間:約2分
これは私の父が、幼いころの気味の悪るかったことという、談話のおりにききましたことです。場処は通油町でした。祖母が目をかけてやっていた、母子二人世帯の者が、祖母の家の塀外に住んでいた …
平塚明子(らいてう)(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
らいてうさま、 このほどお体は如何で御座いますか。爽やかな朝風に吹かれるといかにもすがすがしくて、今日こそ、何もかもしてしまおうと、日頃のおこたりを責められながら、私は、貧乏な財袋 …
読書目安時間:約13分
らいてうさま、 このほどお体は如何で御座いますか。爽やかな朝風に吹かれるといかにもすがすがしくて、今日こそ、何もかもしてしまおうと、日頃のおこたりを責められながら、私は、貧乏な財袋 …
古い暦:私と坪内先生(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
坪内先生は、御老齢ではあったけれど、先生の死などということを、考えもしなかったのは我ながら不覚だった。去年朝日講堂で、あの長講朗読にもちっとも老いを見せないで、しかもお帰りのおり、 …
読書目安時間:約5分
坪内先生は、御老齢ではあったけれど、先生の死などということを、考えもしなかったのは我ながら不覚だった。去年朝日講堂で、あの長講朗読にもちっとも老いを見せないで、しかもお帰りのおり、 …
北京の生活(旧字旧仮名)
読書目安時間:約6分
そのころ、義弟の住居は、東三條胡同といふ、落着いた小路にあつて、名優梅蘭芳の邸とおなじ側にあつたが、前住のふらんす婦人の好みで、多少ふらんす風に改築された支那家屋だつた。 であるか …
読書目安時間:約6分
そのころ、義弟の住居は、東三條胡同といふ、落着いた小路にあつて、名優梅蘭芳の邸とおなじ側にあつたが、前住のふらんす婦人の好みで、多少ふらんす風に改築された支那家屋だつた。 であるか …
凡愚姐御考(旧字旧仮名)
読書目安時間:約12分
義理人情の美風といふものも歌舞伎芝居の二番目ものなどで見る親分子分の關係などでは、歪んだ——撓めた窮屈なもので、無條件では好いものだといひかねる。立てなくつてもいい義理に、無理から …
読書目安時間:約12分
義理人情の美風といふものも歌舞伎芝居の二番目ものなどで見る親分子分の關係などでは、歪んだ——撓めた窮屈なもので、無條件では好いものだといひかねる。立てなくつてもいい義理に、無理から …
マダム貞奴(新字新仮名)
読書目安時間:約54分
人一代の伝を委しく残そうとすれば誰人を伝しても一部の小冊は得られよう。ましてその閲歴は波瀾万丈、我国新女優の先駆者であり、泰西の劇団にもその名を輝かして来た、マダム貞奴を、細かに書 …
読書目安時間:約54分
人一代の伝を委しく残そうとすれば誰人を伝しても一部の小冊は得られよう。ましてその閲歴は波瀾万丈、我国新女優の先駆者であり、泰西の劇団にもその名を輝かして来た、マダム貞奴を、細かに書 …
松井須磨子(新字新仮名)
読書目安時間:約38分
大正八年一月五日の黄昏時に私は郊外の家から牛込の奥へと来た。その一日二日の私の心には暗い垂衣がかかっていた。丁度黄昏どきのわびしさの影のようにとぼとぼとした気持ちで体をはこんで来た …
読書目安時間:約38分
大正八年一月五日の黄昏時に私は郊外の家から牛込の奥へと来た。その一日二日の私の心には暗い垂衣がかかっていた。丁度黄昏どきのわびしさの影のようにとぼとぼとした気持ちで体をはこんで来た …
水(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
趣味とは、眺めてゐるものと、觸はつて見るもの、觸れなければ堪能できないものと、心に養つてゐるものとがある。それを大づかみに一括して「趣味」といふのだらうが、自分に出來ないことを羨ま …
読書目安時間:約3分
趣味とは、眺めてゐるものと、觸はつて見るもの、觸れなければ堪能できないものと、心に養つてゐるものとがある。それを大づかみに一括して「趣味」といふのだらうが、自分に出來ないことを羨ま …
水色情緒(旧字旧仮名)
読書目安時間:約5分
鏡花先生の御作を私が好きだつた理由は、魂を無何有の郷へ拔いていつて貰へることでした。私達が心に感じて行ふ事の出來ない萬事を、先生の作中の人物は、小氣味よくやつて退けてくれる——勿論 …
読書目安時間:約5分
鏡花先生の御作を私が好きだつた理由は、魂を無何有の郷へ拔いていつて貰へることでした。私達が心に感じて行ふ事の出來ない萬事を、先生の作中の人物は、小氣味よくやつて退けてくれる——勿論 …
むぐらの吐息(旧字旧仮名)
読書目安時間:約9分
十二月廿五日夜、東京日日新聞主催の「大東京座談會」の席上で、復興の途上にある大東京は、最初の豫算三十億の時から十億に削られた時まで、一千萬圓の國立劇場建築費が保存されてあつたが、終 …
読書目安時間:約9分
十二月廿五日夜、東京日日新聞主催の「大東京座談會」の席上で、復興の途上にある大東京は、最初の豫算三十億の時から十億に削られた時まで、一千萬圓の國立劇場建築費が保存されてあつたが、終 …
紫式部:――忙しき目覚めに(新字新仮名)
読書目安時間:約7分
八月九日、今日も雨。 紫式部をもととした随筆の催促が、昨日もあったことを思って、戸をあけてから、蚊帳のなかでそんなことを考える。 水色の蚊帳ばかりではない、暁闇ばかりではない。連日 …
読書目安時間:約7分
八月九日、今日も雨。 紫式部をもととした随筆の催促が、昨日もあったことを思って、戸をあけてから、蚊帳のなかでそんなことを考える。 水色の蚊帳ばかりではない、暁闇ばかりではない。連日 …
明治大正美人追憶(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
最近三、五年、モダーンという言葉の流行は、すべてを風靡しつくして、ことに美女の容姿に、心に、そのモダンぶりはすさまじい勢いである。で、美女の評価が覆えされた感があるが、今日のモダン …
読書目安時間:約9分
最近三、五年、モダーンという言葉の流行は、すべてを風靡しつくして、ことに美女の容姿に、心に、そのモダンぶりはすさまじい勢いである。で、美女の評価が覆えされた感があるが、今日のモダン …
明治美人伝(新字新仮名)
読書目安時間:約36分
空の麗しさ、地の美しさ、万象の妙なる中に、あまりにいみじき人間美は永遠を誓えぬだけに、脆き命に激しき情熱の魂をこめて、たとえしもない刹那の美を感じさせる。 美は一切の道徳規矩を超越 …
読書目安時間:約36分
空の麗しさ、地の美しさ、万象の妙なる中に、あまりにいみじき人間美は永遠を誓えぬだけに、脆き命に激しき情熱の魂をこめて、たとえしもない刹那の美を感じさせる。 美は一切の道徳規矩を超越 …
桃(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
桃。 わたしは、桃の實と女性とを、なにとなく特殊なむすびつきがある氣がして、心をひかれてゐる。それが、なんであるかを、まだはつきりしないのに、とにかく、その大切にしてあるものを、心 …
読書目安時間:約3分
桃。 わたしは、桃の實と女性とを、なにとなく特殊なむすびつきがある氣がして、心をひかれてゐる。それが、なんであるかを、まだはつきりしないのに、とにかく、その大切にしてあるものを、心 …
モルガンお雪(新字新仮名)
読書目安時間:約35分
まあ! この碧い海水の中へ浸ったら体も、碧く解けてしまやあしないだろうか—— お雪は、ぞっとするほど碧く澄んだ天地の中に、呆やりとしてしまった。皮膚にまで碧緑さが滲みこんでくるよう …
読書目安時間:約35分
まあ! この碧い海水の中へ浸ったら体も、碧く解けてしまやあしないだろうか—— お雪は、ぞっとするほど碧く澄んだ天地の中に、呆やりとしてしまった。皮膚にまで碧緑さが滲みこんでくるよう …
柳原燁子(白蓮)(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
ものの真相はなかなか小さな虫の生活でさえ究められるものではない。人間と人間との交渉など、どうして満足にそのすべてを見尽せよう。到底及びもつかないことだ。 微妙な心の動きは、わが心の …
読書目安時間:約26分
ものの真相はなかなか小さな虫の生活でさえ究められるものではない。人間と人間との交渉など、どうして満足にそのすべてを見尽せよう。到底及びもつかないことだ。 微妙な心の動きは、わが心の …
芳川鎌子(新字新仮名)
読書目安時間:約35分
大正六年三月九日朝の都下の新聞紙は筆を揃えて、芳川鎌子事件と呼ばれたことの真相を、いち早く報道し、精細をきわめた記事が各新聞の社会面を埋めつくした。その日は他にも、平日ならば読者の …
読書目安時間:約35分
大正六年三月九日朝の都下の新聞紙は筆を揃えて、芳川鎌子事件と呼ばれたことの真相を、いち早く報道し、精細をきわめた記事が各新聞の社会面を埋めつくした。その日は他にも、平日ならば読者の …
四人の兵隊(旧字旧仮名)
読書目安時間:約5分
出征文人の一員、林芙美子のリユツクサツクのなかへはいつて、わたしの心持も行くといふと奇矯にきこえるが、わたくしの兵隊さん慰問文が、おぶつていつてもらふことになつた。思ひがけない嬉し …
読書目安時間:約5分
出征文人の一員、林芙美子のリユツクサツクのなかへはいつて、わたしの心持も行くといふと奇矯にきこえるが、わたくしの兵隊さん慰問文が、おぶつていつてもらふことになつた。思ひがけない嬉し …
裸女の画(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
シヤガールの裸の女の繪を床の間においた。こんないい繪をわたしが持つてゐるのではない。『近代美人傳』の口繪を拜借した某氏から、この繪も添へて貸してくださつたのを、丁寧に床の間においた …
読書目安時間:約3分
シヤガールの裸の女の繪を床の間においた。こんないい繪をわたしが持つてゐるのではない。『近代美人傳』の口繪を拜借した某氏から、この繪も添へて貸してくださつたのを、丁寧に床の間においた …
吾が愛誦句(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
六歳のをり、寺小屋式の小學校へはいりまして、その年の暮か、または一二年たつてかのお席書きに、「南山壽」といふのを覺えました。だが、この欄に書かうと思ひますのは、それよりもまた一年位 …
読書目安時間:約3分
六歳のをり、寺小屋式の小學校へはいりまして、その年の暮か、または一二年たつてかのお席書きに、「南山壽」といふのを覺えました。だが、この欄に書かうと思ひますのは、それよりもまた一年位 …
私の顔(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
寫眞を出して並べたわたくしの顏は、どれもこれも、みんな違つてゐる。それは、自分の顏であるから、見違へるわけはないが、體つきと、着物と、髮の具合をとりかへたらばちよいと自分でも分明ら …
読書目安時間:約3分
寫眞を出して並べたわたくしの顏は、どれもこれも、みんな違つてゐる。それは、自分の顏であるから、見違へるわけはないが、體つきと、着物と、髮の具合をとりかへたらばちよいと自分でも分明ら …
“長谷川時雨”について
長谷川 時雨(はせがわ しぐれ、1879年〈明治12年〉10月1日 - 1941年〈昭和16年〉8月22日)は、明治から昭和期の劇作家、小説家。雑誌や新聞を発行して、女性の地位向上の運動を率いた。本名:長谷川 ヤス(康子)。内縁の夫は三上於菟吉、末妹は画家・随筆家の長谷川春子。
(出典:Wikipedia)
(出典:Wikipedia)
“長谷川時雨”と年代が近い著者
きょうが命日(12月29日)
ライネル・マリア・リルケ(1926年)
南方熊楠(1941年)
トマス・ロバート・マルサス(1834年)
岡本帰一(1930年)
石井柏亭(1958年)
米川正夫(1965年)
三木露風(1964年)
今月で生誕X十年
ラデャード・キプリング(生誕160年)
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瀬沼夏葉(生誕150年)
相馬泰三(生誕140年)
山中峯太郎(生誕140年)
観世左近 二十四世(生誕130年)
平山千代子(生誕100年)
今月で没後X十年
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徳永保之助(没後100年)
エドワード・シルヴェスター・モース(没後100年)
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百田宗治(没後70年)
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米川正夫(没後60年)
今年で生誕X百年
平山千代子(生誕100年)
今年で没後X百年
大町桂月(没後100年)
富ノ沢麟太郎(没後100年)
細井和喜蔵(没後100年)
木下利玄(没後100年)
富永太郎(没後100年)
エリザベス、アンナ・ゴルドン(没後100年)
徳永保之助(没後100年)
後藤謙太郎(没後100年)
エドワード・シルヴェスター・モース(没後100年)