“後”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
あと29.3%
のち28.2%
うしろ15.9%
おく10.3%
7.9%
うし4.2%
しり1.0%
しりえ0.8%
0.4%
しりへ0.3%
アト0.3%
ノチ0.3%
おくれ0.2%
0.1%
ウシロ0.1%
0.1%
おくる0.1%
おそ0.1%
さき0.1%
あた0.0%
いま0.0%
うら0.0%
こう0.0%
さが0.0%
しさ0.0%
じり0.0%
すぎ0.0%
ゆり0.0%
オト0.0%
サキ0.0%
シリヘ0.0%
セーサ0.0%
ノチニ0.0%
バック0.0%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
彼等のせいに戀々とした樣は其あとのものにとつてどれ位堪へ難いか、自分は彼等が殘した生の苦痛を引受けて吾が生の負擔はそれで自乘される。
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
それは風の無い夢の中のようなで、あとから後からとふくらんで来て、微白ほのじろいそに崩れているなみにも音がなかった。
月光の下 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
……雨はまだ降りつづけていた。僕等は午飯ひるめしをすませたのち敷島しきしまを何本も灰にしながら、東京の友だちのうわさなどした。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
煤煙ばいえん」が朝日新聞に出て有名になつてからのち間もなくの話であるが、著者はそれを単行本として再び世間に公けにする計画をした。
『煤煙』の序 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
彼曰ふ。子よ、わが歩履あゆみに從へ、この廣野ひろのこゝより垂れてその低きはしにおよべばいざ我等うしろにむかはむ。 一一二—一一四
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
有名な乳房銀杏ちぶさいちょうからうしろには杉松その他の木が繁っていて、昼も暗いくらいだから、夜はまだ燈明を消さぬ間から暗いのであった。
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
五条京極きょうごく荻原新之丞おぎわらしんのじょうと云う、近きころ妻におくれて愛執あいしゅうの涙そでに余っている男があって
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
旧幕時代を慕つて明治の文明をにくむ時勢おくれの老人も、若しくは算盤そろばんを携へて、開港場に奔走する商人も、市場、田舎、店舗、学校
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
それでも無理むりをしたためその大煩おほわづらひはなかつたが恢復くわいふくするまでにはしばらくぶら/\してた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
文「これまで永らく兄弟同様の縁を結びまして何から何までお世話にあずかりましたが、此のこの文治の頼むことを屹度きっとお聞済み下さるか」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
みぎからもひだりからも、まえからもうしろからも、きかかったくるまは、みんな子供こどものためにまってしまいました。
少女と老兵士 (新字新仮名) / 小川未明(著)
まだ考えているのか下手へたの考と云うたとえもあるのにとうしろからのぞき込んで見ると、机の上でいやにぴかぴかと光ったものがある。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
六尺男児をしりへに瞠若どうじゃくたらしめた底の女子が追々増加して、三十五六年頃からは、各地女学校の団隊が追々富士登山を試みる様になったのは
女子霧ヶ峰登山記 (新字新仮名) / 島木赤彦(著)
ここにその雨をもらず、前つ殿戸とのどにまゐ伏せば、しりつ戸に違ひ出でたまひ、後つ殿戸にまゐ伏せば、前つ戸に違ひ出でたまひき。
黄金丸は打驚き、しりえふりかえりて見れば、真白なる猟犬かりいぬの、われを噛まんと身構みがまえたるに、黄金丸も少し焦燥いらつて
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
「吾、大夫のしりえに従うをもってなり。故にあえて言わずんばあらず。」無駄とは知りつつも一応は言わねばならぬおのれの地位だというのである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
このち慶長十七年八月に至って、幕府は、一季居、耶蘇教、負傷者、屠牛とぎゅうに関する禁令とともに、煙草に関する禁令をも天下に頒った。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
あたかも男女間の思慕が初め欲求たる間は不慥ふたしかなれど、ち進みて婚約成立となりて初めて希望と化して、確実になるが如くである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
遊人の舟は相ふくみて洞窟より出で、我等は前に渺茫べうばうたる大海を望み、しりへ琅玕洞らうかんどうの石門の漸くほそりゆくを見たり。
あひおもはぬひとおもふは大寺おほてら餓鬼がきしりへにぬかづくごとし 〔巻四・六〇八〕 笠女郎
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
所が一日、予告もなく府庁の学務課から参観に来て、校長には二言三言だけ普通の話をして立去つた。そのアト、彼は久振に、憂鬱を味はゝされた。
校長 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
之も訣らぬ言葉の一つで、心許ないなどと訳すのは、一番素樸な解釈であるが、之も結局はひどいといふ意味の語らしく、「ひどい……」といふアトの語を省いて了ふ。
古代中世言語論 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
また助詞の「の」「ノボル」「ノチ」「殿トノ」などの「ノ」は「能」の類の文字を用いて、勿論もちろん以上の二つと別である。
古代国語の音韻に就いて (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
明治の璃寛などは、正に其人であり、先代梅玉も、橘三郎も、正に其に当る点が多かつたし、魁車の一足前を歩いて居た多見之助ノチ多見蔵なども、其役々を正確に演じてゐる。
すなはち一日のおくれとなるゆへ、四年目には一日して其間そのあひだ地球ちきうはしらしめ
改暦弁 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
時によりるにおくれて二月のなかばにいたり、暖気だんきを得て雪中の湿気しつきうすき時は大なるはちやうの物に雪をもりはたまえおき
是れはたしか黒澤翁麿おきなまろあたりの工夫でありませうか、少數のむつかしい假名から教へて行くと云ふと、との容易やさしいのは自然に分ると云ふ方法があります。
仮名遣意見 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
家来も新しいカンバンに改め木刀をささせ、槍と草履とを持たせ、具足櫃も常はとになり先きになって持たせたが
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
が、或は皇太子伝としての位置から見て、其ウシロみ申した早良サハラ太子——或は、他の男女皇子——の為の指導書として上つたものとも、文学史的には考へられる。
万葉集研究 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
必ズ中途ニ迎ヘ戦ハンニ、他ノ間道ヨリ奇兵ヲ放チテ、トリデノ背後ニ廻シ、多クノ下小屋(兵舎)ヲ焼カシメナバ、中川勢火ヲ見テ、ウシロニモ戦ヒ有リト思ヒ、急ニ引退ヒキノニ浮キ立ツベシ。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其すら、其、人の世になつても、氏貴い家々の娘ネヤの戸までも、忍びよると申しまする。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫釈迢空(著)
其すら、其、人の世になつても、氏貴い家々の娘ネヤの戸までも、忍びよると申しまする。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
農夫はしば/\おくるるゆゑつひにはすてひとりさきの村にいたり、しるべの家に入りて炉辺ろへんあたゝめて酒をくみはじめ蘇生よみがへりたるおもひをなしけり。
農夫はしば/\おくるるゆゑつひにはすてひとりさきの村にいたり、しるべの家に入りて炉辺ろへんあたゝめて酒をくみはじめ蘇生よみがへりたるおもひをなしけり。
そこの学校を出て私が他処の学校へ通う様になってもM子の引けのおそい日にはわざわざまわって行って一緒に帰った。
M子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
よしそれが私の身に取って必ず受けなければならない尊い教えであったとしても、一時も一息吐く間もおそかれと希って居たのに、——けれ共後かれ早かれ一度は来なければならない事が只時を早めて来たと云うばかりであろう。
悲しめる心 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
浪子は良人おっとの手をひしと両手に握りしめ、身を投げかけて、熱き涙をはらはらと武男がひざに落としつつ「死んでも、わたしはあなたの妻ですわ! だれがどうしたッて、病気したッて、死んだッて、未来の未来のさきまでわたしはあなたの妻ですわ!」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
死刑執行者しけいしつかうしや論據ろんきようでした、それからはなさるべきからだがなければ、あたまることは出來できない、かつてそんなことをしたこともなければ、これからさきとても一生涯しやうがいそんなことらうはづがない。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
あたあどうでもええようにすんがええや
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「だって、貴女、先生がお嬢さんのお酌で快く御酒を召食めしあがれば、それに越した事はありません。いまにその筋から御褒美ごほうびが出ます。養老の滝でも何でも、昔から孝行な人物の親は、大概酒を飲みますものです。貴女を(お酌さん。)なぞと云う奴は、親のために焼芋を調え、牡丹餅おはぎを買い……お茶番の孝女だ。」
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「この村で、これで三ヶ月も一疋の魚ば喰つたことねえんだど。こつたら話つてあるか。うらさ行つて、川ば見てれば、秋味の野郎、背中ば出して、泳いでるのに、三ヶ月も魚ば喰はねえつてあるか。糞ツたれ。そつたら分らねえ話あるか。それもよ、見ろ、下さ行けば、漁場の金持の野郎ども、たんまりとりやがるんだ。鑑札もくそもあるけア。」
防雪林 (旧字旧仮名) / 小林多喜二(著)
言ひかへれば前印象派乃至ないしこう印象派の芸術には僕等と共鳴する世界の多いにかゝはらず、なほ越えがたい距離のあるのを覚えて、ロダンの彫刻にしても、セザンヌ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
もう一度は、その翌年、やっぱり春の、正午ひる少しさがった頃、公園の見晴しで、花の中から町中まちなかの桜をながめていると、向うが山で、居る処が高台の、両方から、谷のような、一ヶ所空の寂しい士町さむらいまちと思う所の、物干ものほしの上にあがって、霞を眺めるらしい立姿の女が見えた。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と勢い烈しくむかいましたから、丹三たんざはこれにおくしてあとしさると、おえいは嫁入姿の儘で駆出し、可愛い丹三さんに怪我をさせてはならないと思い、突然いきなりに五八の頭髪たぶさを取ってうしろへ引き倒そうとする所を、前から丹三郎が五八の面部へ切付けましたから、
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
二十年のむかし、御機嫌ごきげんよろしゅうと言葉じり力なく送られし時、跡ふりむきて今一言ひとことかわしたかりしを邪見に唇囓切かみしめ女々めめしからぬふりたがためにかよそお
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
御茶漬すぎ(昼飯後)は殊更温暖あたゝかく、日の光が裏庭の葱畠ねぎばたけから南瓜かぼちやを乾し並べた縁側へ射し込んで、いかにも長閑のどかな思をさせる。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「さ百合ゆりゆりも逢はむと思へこそ今のまさかもうるはしみすれ」(巻十八・四〇八八)等の例がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
むしろ、上ッ代ぶり・オトぶりの二つの区劃を、益明らかに感じさせる一方であつた。
古代研究 追ひ書き (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
併し、其も、今日からサキの私の為にも、早川さんや私より後の研究者の為にも、みじめな足場位には、役立つだらうと思ひまして、目を瞑つて、大方の前に暴す事としました。
——ソノ日義貞朝臣アソンニハ、天下ノ士卒ノ将トシテ、降人カウニン数万ヲシリヘニ召シ具シ、花ノ都ニ帰リ給フ——と彼の凱旋をたたえた古記はそのまま義貞の風采と見てもよかろう。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これに相當する犯罪を普通に Samghādisesaサングハーデイセーサ と云ふのである、そしてこれを説明する南方の佛教學者は Samgha ādi sesa と分析して僧伽(僧團)のアーデイセーサとなし
婚姻の媒酌 (旧字旧仮名) / 榊亮三郎(著)
伊耶那美命イザナミノミコトマヅ阿那迩夜志アナニヤシ愛袁登古エヲトコヲトノリタマヒ、ノチニ伊耶那岐命イザナキノミコト
倭女王卑弥呼考 (旧字旧仮名) / 白鳥庫吉(著)
出入口のバックが、銀灰色地に赤や紫のトーンあるもの、その前に銀の甲冑の兵を立たせ、非常に奥ゆきある印象を与えた。