芥川竜之介
1892.03.01 〜 1927.07.24
“芥川竜之介”に特徴的な語句
眇
卓子
卓
時
事
遣戸
皸
洞穴
程
湯帷子
南蛮寺
思
御主
何
子規
私窩子
只
階
渚
隧道
敵
栗毛
勾玉
銜
小刀
金口
伯母
矢張
僕
上
簾
見
伴天連
好
匀
相不変
蔑
饒舌
通
芦
又
十字架
伽噺
紺
燕
築土
部屋
昨日
御仏
人
著者としての作品一覧
愛読書の印象(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
子供の時の愛読書は「西遊記」が第一である。これ等は今日でも僕の愛読書である。比喩談としてこれほどの傑作は、西洋には一つもないであらうと思ふ。名高いバンヤンの「天路歴程」なども到底こ …
読書目安時間:約2分
子供の時の愛読書は「西遊記」が第一である。これ等は今日でも僕の愛読書である。比喩談としてこれほどの傑作は、西洋には一つもないであらうと思ふ。名高いバンヤンの「天路歴程」なども到底こ …
秋(新字旧仮名)
読書目安時間:約23分
信子は女子大学にゐた時から、才媛の名声を担つてゐた。彼女が早晩作家として文壇に打つて出る事は、殆誰も疑はなかつた。中には彼女が在学中、既に三百何枚かの自叙伝体小説を書き上げたなどと …
読書目安時間:約23分
信子は女子大学にゐた時から、才媛の名声を担つてゐた。彼女が早晩作家として文壇に打つて出る事は、殆誰も疑はなかつた。中には彼女が在学中、既に三百何枚かの自叙伝体小説を書き上げたなどと …
芥川竜之介歌集(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
紫天鵞絨/桐/薔薇/客中恋/若人/砂上遅日 紫天鵞絨 やはらかく深紫の天鵞絨をなづる心地か春の暮れゆく いそいそと燕もまへりあたゝかく郵便馬車をぬらす春雨 ほの赤く岐阜提灯もともり …
読書目安時間:約5分
紫天鵞絨/桐/薔薇/客中恋/若人/砂上遅日 紫天鵞絨 やはらかく深紫の天鵞絨をなづる心地か春の暮れゆく いそいそと燕もまへりあたゝかく郵便馬車をぬらす春雨 ほの赤く岐阜提灯もともり …
アグニの神(新字旧仮名)
読書目安時間:約17分
支那の上海の或町です。昼でも薄暗い或家の二階に、人相の悪い印度人の婆さんが一人、商人らしい一人の亜米利加人と何か頻に話し合つてゐました。 「実は今度もお婆さんに、占ひを頼みに来たの …
読書目安時間:約17分
支那の上海の或町です。昼でも薄暗い或家の二階に、人相の悪い印度人の婆さんが一人、商人らしい一人の亜米利加人と何か頻に話し合つてゐました。 「実は今度もお婆さんに、占ひを頼みに来たの …
アグニの神(新字新仮名)
読書目安時間:約17分
支那の上海の或町です。昼でも薄暗い或家の二階に、人相の悪い印度人の婆さんが一人、商人らしい一人の亜米利加人と何か頻に話し合っていました。 「実は今度もお婆さんに、占いを頼みに来たの …
読書目安時間:約17分
支那の上海の或町です。昼でも薄暗い或家の二階に、人相の悪い印度人の婆さんが一人、商人らしい一人の亜米利加人と何か頻に話し合っていました。 「実は今度もお婆さんに、占いを頼みに来たの …
悪魔(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
伴天連うるがんの眼には、外の人の見えないものまでも見えたさうである。殊に、人間を誘惑に来る地獄の悪魔の姿などは、ありありと形が見えたと云ふ、——うるがんの青い瞳を見たものは、誰でも …
読書目安時間:約4分
伴天連うるがんの眼には、外の人の見えないものまでも見えたさうである。殊に、人間を誘惑に来る地獄の悪魔の姿などは、ありありと形が見えたと云ふ、——うるがんの青い瞳を見たものは、誰でも …
浅草公園:或シナリオ(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
浅草の仁王門の中に吊った、火のともらない大提灯。提灯は次第に上へあがり、雑沓した仲店を見渡すようになる。ただし大提灯の下部だけは消え失せない。門の前に飛びかう無数の鳩。雷門から縦に …
読書目安時間:約14分
浅草の仁王門の中に吊った、火のともらない大提灯。提灯は次第に上へあがり、雑沓した仲店を見渡すようになる。ただし大提灯の下部だけは消え失せない。門の前に飛びかう無数の鳩。雷門から縦に …
兄貴のような心持:――菊池寛氏の印象――(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
自分は菊池寛と一しょにいて、気づまりを感じた事は一度もない。と同時に退屈した覚えも皆無である。菊池となら一日ぶら/\していても、飽きるような事はなかろうと思う。(尤も菊池は飽きるか …
読書目安時間:約3分
自分は菊池寛と一しょにいて、気づまりを感じた事は一度もない。と同時に退屈した覚えも皆無である。菊池となら一日ぶら/\していても、飽きるような事はなかろうと思う。(尤も菊池は飽きるか …
あの頃の自分の事(新字旧仮名)
読書目安時間:約32分
以下は小説と呼ぶ種類のものではないかも知れない。さうかと云つて、何と呼ぶべきかは自分も亦不案内である。自分は唯、四五年前の自分とその周囲とを、出来る丈こだはらずに、ありのまま書いて …
読書目安時間:約32分
以下は小説と呼ぶ種類のものではないかも知れない。さうかと云つて、何と呼ぶべきかは自分も亦不案内である。自分は唯、四五年前の自分とその周囲とを、出来る丈こだはらずに、ありのまま書いて …
あばばばば(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
保吉はずつと以前からこの店の主人を見知つてゐる。 ずつと以前から、——或はあの海軍の学校へ赴任した当日だつたかも知れない。彼はふとこの店へマツチを一つ買ひにはひつた。店には小さい飾 …
読書目安時間:約13分
保吉はずつと以前からこの店の主人を見知つてゐる。 ずつと以前から、——或はあの海軍の学校へ赴任した当日だつたかも知れない。彼はふとこの店へマツチを一つ買ひにはひつた。店には小さい飾 …
鴉片(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
クロオド・フアレエルの作品を始めて日本に紹介したのは多分堀口大学氏であらう。僕はもう六七年前に「三田文学」の為に同氏の訳した「キツネ」艦の話を覚えてゐる。 「キツネ」艦の話は勿論、 …
読書目安時間:約6分
クロオド・フアレエルの作品を始めて日本に紹介したのは多分堀口大学氏であらう。僕はもう六七年前に「三田文学」の為に同氏の訳した「キツネ」艦の話を覚えてゐる。 「キツネ」艦の話は勿論、 …
或阿呆の一生(新字旧仮名)
読書目安時間:約25分
僕はこの原稿を発表する可否は勿論、発表する時や機関も君に一任したいと思つてゐる。 君はこの原稿の中に出て来る大抵の人物を知つてゐるだらう。しかし僕は発表するとしても、インデキスをつ …
読書目安時間:約25分
僕はこの原稿を発表する可否は勿論、発表する時や機関も君に一任したいと思つてゐる。 君はこの原稿の中に出て来る大抵の人物を知つてゐるだらう。しかし僕は発表するとしても、インデキスをつ …
或敵打の話(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
肥後の細川家の家中に、田岡甚太夫と云う侍がいた。これは以前日向の伊藤家の浪人であったが、当時細川家の番頭に陞っていた内藤三左衛門の推薦で、新知百五十石に召し出されたのであった。 と …
読書目安時間:約19分
肥後の細川家の家中に、田岡甚太夫と云う侍がいた。これは以前日向の伊藤家の浪人であったが、当時細川家の番頭に陞っていた内藤三左衛門の推薦で、新知百五十石に召し出されたのであった。 と …
或旧友へ送る手記(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない。それは自殺者の自尊心や或は彼自身に対する心理的興味の不足によるものであらう。僕は君に送る最後の手紙の中に、はつきりこの心理を …
読書目安時間:約7分
誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない。それは自殺者の自尊心や或は彼自身に対する心理的興味の不足によるものであらう。僕は君に送る最後の手紙の中に、はつきりこの心理を …
或社会主義者(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
彼は若い社会主義者だつた。或小官吏だつた彼の父はそのためにかれを勘当しようとした。が、彼は屈しなかつた。それは彼の情熱が烈しかつたためでもあり、又一つには彼の友だちが彼を激励したた …
読書目安時間:約3分
彼は若い社会主義者だつた。或小官吏だつた彼の父はそのためにかれを勘当しようとした。が、彼は屈しなかつた。それは彼の情熱が烈しかつたためでもあり、又一つには彼の友だちが彼を激励したた …
或日の大石内蔵助(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
立てきった障子にはうららかな日の光がさして、嵯峨たる老木の梅の影が、何間かの明みを、右の端から左の端まで画の如く鮮に領している。元浅野内匠頭家来、当時細川家に御預り中の大石内蔵助良 …
読書目安時間:約18分
立てきった障子にはうららかな日の光がさして、嵯峨たる老木の梅の影が、何間かの明みを、右の端から左の端まで画の如く鮮に領している。元浅野内匠頭家来、当時細川家に御預り中の大石内蔵助良 …
或恋愛小説(新字新仮名)
読書目安時間:約10分
ある婦人雑誌社の面会室。 主筆でっぷり肥った四十前後の紳士。 堀川保吉主筆の肥っているだけに痩せた上にも痩せて見える三十前後の、——ちょっと一口には形容出来ない。が、とにかく紳士と …
読書目安時間:約10分
ある婦人雑誌社の面会室。 主筆でっぷり肥った四十前後の紳士。 堀川保吉主筆の肥っているだけに痩せた上にも痩せて見える三十前後の、——ちょっと一口には形容出来ない。が、とにかく紳士と …
闇中問答(新字旧仮名)
読書目安時間:約12分
或声お前は俺の思惑とは全然違つた人間だつた。 僕それは僕の責任ではない。 或声しかしお前はその誤解にお前自身も協力してゐる。 僕僕は一度も協力したことはない。 或声しかしお前は風流 …
読書目安時間:約12分
或声お前は俺の思惑とは全然違つた人間だつた。 僕それは僕の責任ではない。 或声しかしお前はその誤解にお前自身も協力してゐる。 僕僕は一度も協力したことはない。 或声しかしお前は風流 …
案頭の書(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
大阪の画工北璿の著はせる古今実物語と云ふ書あり。前後四巻、作者の筆に成れる揷画を交ふ。格別稀覯書にはあらざれども、聊か風変りの趣あれば、そのあらましを紹介すべし。 古今実物語は奇談 …
読書目安時間:約8分
大阪の画工北璿の著はせる古今実物語と云ふ書あり。前後四巻、作者の筆に成れる揷画を交ふ。格別稀覯書にはあらざれども、聊か風変りの趣あれば、そのあらましを紹介すべし。 古今実物語は奇談 …
飯田蛇笏(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
或木曜日の晩、漱石先生の処へ遊びに行っていたら、何かの拍子に赤木桁平が頻に蛇笏を褒めはじめた。当時の僕は十七字などを並べたことのない人間だった。勿論蛇笏の名も知らなかった。が、そう …
読書目安時間:約3分
或木曜日の晩、漱石先生の処へ遊びに行っていたら、何かの拍子に赤木桁平が頻に蛇笏を褒めはじめた。当時の僕は十七字などを並べたことのない人間だった。勿論蛇笏の名も知らなかった。が、そう …
遺書(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
僕等人間は一事件の為に容易に自殺などするものではない。僕は過去の生活の総決算の為に自殺するのである。しかしその中でも大事件だつたのは僕が二十九歳の時に秀夫人と罪を犯したことである。 …
読書目安時間:約4分
僕等人間は一事件の為に容易に自殺などするものではない。僕は過去の生活の総決算の為に自殺するのである。しかしその中でも大事件だつたのは僕が二十九歳の時に秀夫人と罪を犯したことである。 …
イズムと云ふ語の意味次第(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
イズムを持つ必要があるかどうか。かう云ふ問題が出たのですが、実を云ふと、私は生憎この問題に大分関係のありさうな岩野泡鳴氏の論文なるものを読んでゐません。だからそれに対する私の答も、 …
読書目安時間:約2分
イズムを持つ必要があるかどうか。かう云ふ問題が出たのですが、実を云ふと、私は生憎この問題に大分関係のありさうな岩野泡鳴氏の論文なるものを読んでゐません。だからそれに対する私の答も、 …
一番気乗のする時(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
僕は一体冬はすきだから十一月十二月皆好きだ。好きといふのは、東京にゐると十二月頃の自然もいいし、また町の容子もいい。自然の方のいいといふのは、かういふ風に僕は郊外に住んでゐるから余 …
読書目安時間:約4分
僕は一体冬はすきだから十一月十二月皆好きだ。好きといふのは、東京にゐると十二月頃の自然もいいし、また町の容子もいい。自然の方のいいといふのは、かういふ風に僕は郊外に住んでゐるから余 …
一夕話(新字新仮名)
読書目安時間:約12分
「何しろこの頃は油断がならない。和田さえ芸者を知っているんだから。」 藤井と云う弁護士は、老酒の盃を干してから、大仰に一同の顔を見まわした。円卓のまわりを囲んでいるのは同じ学校の寄 …
読書目安時間:約12分
「何しろこの頃は油断がならない。和田さえ芸者を知っているんだから。」 藤井と云う弁護士は、老酒の盃を干してから、大仰に一同の顔を見まわした。円卓のまわりを囲んでいるのは同じ学校の寄 …
伊東から(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
拝啓。小生は、元来新聞の編輯に無経験なるものに御座候へども文芸上の作品は文芸欄に載るものと心得居り候。然るに四月十三日の時事新報(静岡版)は文芸上の作品を文芸欄以外に掲げ居り候。そ …
読書目安時間:約2分
拝啓。小生は、元来新聞の編輯に無経験なるものに御座候へども文芸上の作品は文芸欄に載るものと心得居り候。然るに四月十三日の時事新報(静岡版)は文芸上の作品を文芸欄以外に掲げ居り候。そ …
糸女覚え書(新字旧仮名)
読書目安時間:約14分
秀林院様(細川越中守忠興の夫人、秀林院殿華屋宗玉大姉はその法諡なり)のお果てなされ候次第のこと。 一、石田治部少の乱の年、即ち慶長五年七月十日、わたくし父魚屋清左衛門、大阪玉造のお …
読書目安時間:約14分
秀林院様(細川越中守忠興の夫人、秀林院殿華屋宗玉大姉はその法諡なり)のお果てなされ候次第のこと。 一、石田治部少の乱の年、即ち慶長五年七月十日、わたくし父魚屋清左衛門、大阪玉造のお …
犬養君に就いて(新字新仮名)
読書目安時間:約1分
犬養君の作品は大抵読んでいるつもりである。その又僕の読んだ作品は何れも手を抜いたところはない。どれも皆丹念に出来上っている。若し欠点を挙げるとすれば余り丹念すぎる為に暗示する力を欠 …
読書目安時間:約1分
犬養君の作品は大抵読んでいるつもりである。その又僕の読んだ作品は何れも手を抜いたところはない。どれも皆丹念に出来上っている。若し欠点を挙げるとすれば余り丹念すぎる為に暗示する力を欠 …
犬と笛(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
いく子さんに献ず昔、大和の国葛城山の麓に、髪長彦という若い木樵が住んでいました。これは顔かたちが女のようにやさしくって、その上髪までも女のように長かったものですから、こういう名前を …
読書目安時間:約16分
いく子さんに献ず昔、大和の国葛城山の麓に、髪長彦という若い木樵が住んでいました。これは顔かたちが女のようにやさしくって、その上髪までも女のように長かったものですから、こういう名前を …
芋粥(新字旧仮名)
読書目安時間:約30分
元慶の末か、仁和の始にあつた話であらう。どちらにしても時代はさして、この話に大事な役を、勤めてゐない。読者は唯、平安朝と云ふ、遠い昔が背景になつてゐると云ふ事を、知つてさへゐてくれ …
読書目安時間:約30分
元慶の末か、仁和の始にあつた話であらう。どちらにしても時代はさして、この話に大事な役を、勤めてゐない。読者は唯、平安朝と云ふ、遠い昔が背景になつてゐると云ふ事を、知つてさへゐてくれ …
岩野泡鳴氏(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
何でも秋の夜更けだつた。 僕は岩野泡鳴氏と一しよに、巣鴨行の電車に乗つてゐた。泡鳴氏は昂然と洋傘の柄にマントの肘をかけて、例の如く声高に西洋草花の栽培法だの氏が自得の健胃法だのをい …
読書目安時間:約2分
何でも秋の夜更けだつた。 僕は岩野泡鳴氏と一しよに、巣鴨行の電車に乗つてゐた。泡鳴氏は昂然と洋傘の柄にマントの肘をかけて、例の如く声高に西洋草花の栽培法だの氏が自得の健胃法だのをい …
魚河岸(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
去年の春の夜、——と云ってもまだ風の寒い、月の冴えた夜の九時ごろ、保吉は三人の友だちと、魚河岸の往来を歩いていた。三人の友だちとは、俳人の露柴、洋画家の風中、蒔画師の如丹、——三人 …
読書目安時間:約5分
去年の春の夜、——と云ってもまだ風の寒い、月の冴えた夜の九時ごろ、保吉は三人の友だちと、魚河岸の往来を歩いていた。三人の友だちとは、俳人の露柴、洋画家の風中、蒔画師の如丹、——三人 …
内田百間氏(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
内田百間氏は夏目先生の門下にして僕の尊敬する先輩なり。文章に長じ、兼ねて志田流の琴に長ず。 著書「冥途」一巻、他人の廡下に立たざる特色あり。然れども不幸にも出版後、直に震災に遭へる …
読書目安時間:約1分
内田百間氏は夏目先生の門下にして僕の尊敬する先輩なり。文章に長じ、兼ねて志田流の琴に長ず。 著書「冥途」一巻、他人の廡下に立たざる特色あり。然れども不幸にも出版後、直に震災に遭へる …
産屋:萩原朔太郎君に献ず(旧字旧仮名)
読書目安時間:約2分
男は河から蘆を切つて來て、女の爲に産屋を葺いた。それから又引きかへして、前の河の岸へ行つた。さうして切りのこした蘆の中に跪いて、天照大神に、母と子との幸ひを祈つた。 日がくれかかる …
読書目安時間:約2分
男は河から蘆を切つて來て、女の爲に産屋を葺いた。それから又引きかへして、前の河の岸へ行つた。さうして切りのこした蘆の中に跪いて、天照大神に、母と子との幸ひを祈つた。 日がくれかかる …
馬の脚(新字新仮名)
読書目安時間:約22分
この話の主人公は忍野半三郎と言う男である。生憎大した男ではない。北京の三菱に勤めている三十前後の会社員である。半三郎は商科大学を卒業した後、二月目に北京へ来ることになった。同僚や上 …
読書目安時間:約22分
この話の主人公は忍野半三郎と言う男である。生憎大した男ではない。北京の三菱に勤めている三十前後の会社員である。半三郎は商科大学を卒業した後、二月目に北京へ来ることになった。同僚や上 …
海のほとり(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
……雨はまだ降りつづけていた。僕等は午飯をすませた後、敷島を何本も灰にしながら、東京の友だちの噂などした。 僕等のいるのは何もない庭へ葭簾の日除けを差しかけた六畳二間の離れだった。 …
読書目安時間:約13分
……雨はまだ降りつづけていた。僕等は午飯をすませた後、敷島を何本も灰にしながら、東京の友だちの噂などした。 僕等のいるのは何もない庭へ葭簾の日除けを差しかけた六畳二間の離れだった。 …
囈語(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
僕の胃袋は鯨です。コロムブスの見かけたと云ふ鯨です。時々潮も吐きかねません。吼える声を聞くのには飽き飽きしました。 二 僕の舌や口腔は時々熱の出る度に羊歯類を一ぱいに生やすのです。 …
読書目安時間:約1分
僕の胃袋は鯨です。コロムブスの見かけたと云ふ鯨です。時々潮も吐きかねません。吼える声を聞くのには飽き飽きしました。 二 僕の舌や口腔は時々熱の出る度に羊歯類を一ぱいに生やすのです。 …
運(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
目のあらい簾が、入口にぶらさげてあるので、往来の容子は仕事場にいても、よく見えた。清水へ通う往来は、さっきから、人通りが絶えない。金鼓をかけた法師が通る。壺装束をした女が通る。その …
読書目安時間:約14分
目のあらい簾が、入口にぶらさげてあるので、往来の容子は仕事場にいても、よく見えた。清水へ通う往来は、さっきから、人通りが絶えない。金鼓をかけた法師が通る。壺装束をした女が通る。その …
永久に不愉快な二重生活(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
中村さん。 問題が大きいので、ちよいと手軽に考をまとめられませんが、ざつと思ふ所を云へばかうです。 元来芸術の内容となるものは、人としての我々の生活全容に外ならないのだから、二重生 …
読書目安時間:約2分
中村さん。 問題が大きいので、ちよいと手軽に考をまとめられませんが、ざつと思ふ所を云へばかうです。 元来芸術の内容となるものは、人としての我々の生活全容に外ならないのだから、二重生 …
英雄の器(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
「何しろ項羽と云う男は、英雄の器じゃないですな。」 漢の大将呂馬通は、ただでさえ長い顔を、一層長くしながら、疎な髭を撫でて、こう云った。彼の顔のまわりには、十人あまりの顔が、皆まん …
読書目安時間:約4分
「何しろ項羽と云う男は、英雄の器じゃないですな。」 漢の大将呂馬通は、ただでさえ長い顔を、一層長くしながら、疎な髭を撫でて、こう云った。彼の顔のまわりには、十人あまりの顔が、皆まん …
江口渙氏の事(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
江口は決して所謂快男児ではない。もっと複雑な、もっと陰影に富んだ性格の所有者だ。愛憎の動き方なぞも、一本気な所はあるが、その上にまだ殆病的な執拗さが潜んでいる。それは江口自身不快で …
読書目安時間:約3分
江口は決して所謂快男児ではない。もっと複雑な、もっと陰影に富んだ性格の所有者だ。愛憎の動き方なぞも、一本気な所はあるが、その上にまだ殆病的な執拗さが潜んでいる。それは江口自身不快で …
槐(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
槐と云ふ樹の名前を覚えたのは「石の枕」と云ふ一中節の浄瑠璃を聞いた時だつたであらう。僕は勿論一中節などを稽古するほど通人ではない。唯親父だのお袋だのの稽古してゐるのを聞き覚えたので …
読書目安時間:約2分
槐と云ふ樹の名前を覚えたのは「石の枕」と云ふ一中節の浄瑠璃を聞いた時だつたであらう。僕は勿論一中節などを稽古するほど通人ではない。唯親父だのお袋だのの稽古してゐるのを聞き覚えたので …
老いたる素戔嗚尊(新字旧仮名)
読書目安時間:約24分
高志の大蛇を退治した素戔嗚は、櫛名田姫を娶ると同時に、足名椎が治めてゐた部落の長となる事になつた。 足名椎は彼等夫婦の為に、出雲の須賀へ八広殿を建てた。宮は千木が天雲に隠れる程大き …
読書目安時間:約24分
高志の大蛇を退治した素戔嗚は、櫛名田姫を娶ると同時に、足名椎が治めてゐた部落の長となる事になつた。 足名椎は彼等夫婦の為に、出雲の須賀へ八広殿を建てた。宮は千木が天雲に隠れる程大き …
往生絵巻(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
童やあ、あそこへ妙な法師が来た。みんな見ろ。みんな見ろ。 鮓売の女ほんたうに妙な法師ぢやないか?あんなに金鼓をたたきながら、何だか大声に喚いてゐる。…… 薪売の翁わしは耳が遠いせゐ …
読書目安時間:約7分
童やあ、あそこへ妙な法師が来た。みんな見ろ。みんな見ろ。 鮓売の女ほんたうに妙な法師ぢやないか?あんなに金鼓をたたきながら、何だか大声に喚いてゐる。…… 薪売の翁わしは耳が遠いせゐ …
鸚鵡:――大震覚え書の一つ――(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
これは御覧の通り覚え書に過ぎない。覚え書を覚え書のまま発表するのは時間の余裕に乏しい為である。或は又その外にも気持の余裕に乏しい為である。しかし覚え書のまま発表することに多少は意味 …
読書目安時間:約3分
これは御覧の通り覚え書に過ぎない。覚え書を覚え書のまま発表するのは時間の余裕に乏しい為である。或は又その外にも気持の余裕に乏しい為である。しかし覚え書のまま発表することに多少は意味 …
大川の水(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
自分は、大川端に近い町に生まれた。家を出て椎の若葉におおわれた、黒塀の多い横網の小路をぬけると、すぐあの幅の広い川筋の見渡される、百本杭の河岸へ出るのである。幼い時から、中学を卒業 …
読書目安時間:約9分
自分は、大川端に近い町に生まれた。家を出て椎の若葉におおわれた、黒塀の多い横網の小路をぬけると、すぐあの幅の広い川筋の見渡される、百本杭の河岸へ出るのである。幼い時から、中学を卒業 …
大久保湖州(新字旧仮名)
読書目安時間:約22分
或秋の夜、僕は本郷の大学前の或古本屋を覗いて見た。すると店先の陳列台に古い菊判の本が一冊、「大久保湖州著、家康と直弼、引ナシ金五十銭」と云ふ貼り札の帯をかけたまま、雑書の上に抛り出 …
読書目安時間:約22分
或秋の夜、僕は本郷の大学前の或古本屋を覗いて見た。すると店先の陳列台に古い菊判の本が一冊、「大久保湖州著、家康と直弼、引ナシ金五十銭」と云ふ貼り札の帯をかけたまま、雑書の上に抛り出 …
O君の新秋(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
僕は膝を抱へながら、洋画家のO君と話してゐた。赤シヤツを着たO君は畳の上に腹這ひになり、のべつにバツトをふかしてゐた。その又O君の傍らには妙にものものしい義足が一つ、白足袋の足を仰 …
読書目安時間:約4分
僕は膝を抱へながら、洋画家のO君と話してゐた。赤シヤツを着たO君は畳の上に腹這ひになり、のべつにバツトをふかしてゐた。その又O君の傍らには妙にものものしい義足が一つ、白足袋の足を仰 …
尾形了斎覚え書(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
今般、当村内にて、切支丹宗門の宗徒共、邪法を行ひ、人目を惑はし候儀に付き、私見聞致し候次第を、逐一公儀へ申上ぐ可き旨、御沙汰相成り候段屹度承知仕り候。 陳者、今年三月七日、当村百姓 …
読書目安時間:約8分
今般、当村内にて、切支丹宗門の宗徒共、邪法を行ひ、人目を惑はし候儀に付き、私見聞致し候次第を、逐一公儀へ申上ぐ可き旨、御沙汰相成り候段屹度承知仕り候。 陳者、今年三月七日、当村百姓 …
おぎん(新字新仮名)
読書目安時間:約11分
元和か、寛永か、とにかく遠い昔である。 天主のおん教を奉ずるものは、その頃でももう見つかり次第、火炙りや磔に遇わされていた。しかし迫害が烈しいだけに、「万事にかない給うおん主」も、 …
読書目安時間:約11分
元和か、寛永か、とにかく遠い昔である。 天主のおん教を奉ずるものは、その頃でももう見つかり次第、火炙りや磔に遇わされていた。しかし迫害が烈しいだけに、「万事にかない給うおん主」も、 …
お時儀(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
保吉は三十になったばかりである。その上あらゆる売文業者のように、目まぐるしい生活を営んでいる。だから「明日」は考えても「昨日」は滅多に考えない。しかし往来を歩いていたり、原稿用紙に …
読書目安時間:約9分
保吉は三十になったばかりである。その上あらゆる売文業者のように、目まぐるしい生活を営んでいる。だから「明日」は考えても「昨日」は滅多に考えない。しかし往来を歩いていたり、原稿用紙に …
おしの(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
ここは南蛮寺の堂内である。ふだんならばまだ硝子画の窓に日の光の当っている時分であろう。が、今日は梅雨曇りだけに、日の暮の暗さと変りはない。その中にただゴティック風の柱がぼんやり木の …
読書目安時間:約9分
ここは南蛮寺の堂内である。ふだんならばまだ硝子画の窓に日の光の当っている時分であろう。が、今日は梅雨曇りだけに、日の暮の暗さと変りはない。その中にただゴティック風の柱がぼんやり木の …
お富の貞操(新字旧仮名)
読書目安時間:約17分
明治元年五月十四日の午過ぎだつた。「官軍は明日夜の明け次第、東叡山彰義隊を攻撃する。上野界隈の町家のものは匇々何処へでも立ち退いてしまへ。」——さう云ふ達しのあつた午過ぎだつた。下 …
読書目安時間:約17分
明治元年五月十四日の午過ぎだつた。「官軍は明日夜の明け次第、東叡山彰義隊を攻撃する。上野界隈の町家のものは匇々何処へでも立ち退いてしまへ。」——さう云ふ達しのあつた午過ぎだつた。下 …
鬼ごつこ(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
彼は或町の裏に年下の彼女と鬼ごつこをしてゐた。まだあたりは明るいものの、丁度町角の街燈には瓦斯のともる時分だつた。 「ここまで来い。」 彼は楽々と逃げながら、鬼になつて来る彼女を振 …
読書目安時間:約1分
彼は或町の裏に年下の彼女と鬼ごつこをしてゐた。まだあたりは明るいものの、丁度町角の街燈には瓦斯のともる時分だつた。 「ここまで来い。」 彼は楽々と逃げながら、鬼になつて来る彼女を振 …
お律と子等と(新字新仮名)
読書目安時間:約51分
雨降りの午後、今年中学を卒業した洋一は、二階の机に背を円くしながら、北原白秋風の歌を作っていた。すると「おい」と云う父の声が、突然彼の耳を驚かした。彼は倉皇と振り返る暇にも、ちょう …
読書目安時間:約51分
雨降りの午後、今年中学を卒業した洋一は、二階の机に背を円くしながら、北原白秋風の歌を作っていた。すると「おい」と云う父の声が、突然彼の耳を驚かした。彼は倉皇と振り返る暇にも、ちょう …
温泉だより(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
……わたしはこの温泉宿にもう一月ばかり滞在しています。が、肝腎の「風景」はまだ一枚も仕上げません。まず湯にはいったり、講談本を読んだり、狭い町を散歩したり、——そんなことを繰り返し …
読書目安時間:約13分
……わたしはこの温泉宿にもう一月ばかり滞在しています。が、肝腎の「風景」はまだ一枚も仕上げません。まず湯にはいったり、講談本を読んだり、狭い町を散歩したり、——そんなことを繰り返し …
女(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
雌蜘蛛は真夏の日の光を浴びたまま、紅い庚申薔薇の花の底に、じっと何か考えていた。 すると空に翅音がして、たちまち一匹の蜜蜂が、なぐれるように薔薇の花へ下りた。蜘蛛は咄嗟に眼を挙げた …
読書目安時間:約4分
雌蜘蛛は真夏の日の光を浴びたまま、紅い庚申薔薇の花の底に、じっと何か考えていた。 すると空に翅音がして、たちまち一匹の蜜蜂が、なぐれるように薔薇の花へ下りた。蜘蛛は咄嗟に眼を挙げた …
開化の良人(新字新仮名)
読書目安時間:約33分
いつぞや上野の博物館で、明治初期の文明に関する展覧会が開かれていた時の事である。ある曇った日の午後、私はその展覧会の各室を一々叮嚀に見て歩いて、ようやく当時の版画が陳列されている、 …
読書目安時間:約33分
いつぞや上野の博物館で、明治初期の文明に関する展覧会が開かれていた時の事である。ある曇った日の午後、私はその展覧会の各室を一々叮嚀に見て歩いて、ようやく当時の版画が陳列されている、 …
開化の殺人(新字旧仮名)
読書目安時間:約17分
下に掲げるのは、最近予が本多子爵(仮名)から借覧する事を得た、故ドクトル・北畠義一郎(仮名)の遺書である。北畠ドクトルは、よし実名を明にした所で、もう今は知つてゐる人もあるまい。予 …
読書目安時間:約17分
下に掲げるのは、最近予が本多子爵(仮名)から借覧する事を得た、故ドクトル・北畠義一郎(仮名)の遺書である。北畠ドクトルは、よし実名を明にした所で、もう今は知つてゐる人もあるまい。予 …
貝殻(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
一猫 彼等は田舎に住んでゐるうちに、猫を一匹飼ふことにした。猫は尾の長い黒猫だつた。彼等はこの猫を飼ひ出してから、やつと鼠の災難だけは免れたことを喜んでゐた。 半年ばかりたつた後、 …
読書目安時間:約10分
一猫 彼等は田舎に住んでゐるうちに、猫を一匹飼ふことにした。猫は尾の長い黒猫だつた。彼等はこの猫を飼ひ出してから、やつと鼠の災難だけは免れたことを喜んでゐた。 半年ばかりたつた後、 …
解嘲(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
中村武羅夫君 これは君の「随筆流行の事」に対する答である。僕は暫く君と共に天下の文芸を論じなかつた為めか、君の文を読んだ時に一撃を加へたい欲望を感じた。乃ち一月ばかり遅れたものの、 …
読書目安時間:約8分
中村武羅夫君 これは君の「随筆流行の事」に対する答である。僕は暫く君と共に天下の文芸を論じなかつた為めか、君の文を読んだ時に一撃を加へたい欲望を感じた。乃ち一月ばかり遅れたものの、 …
蛙(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
自分の今寝ころんでゐる側に、古い池があつて、そこに蛙が沢山ゐる。 池のまはりには、一面に芦や蒲が茂つてゐる。その芦や蒲の向うには、背の高い白楊の並木が、品よく風に戦いでゐる。その又 …
読書目安時間:約3分
自分の今寝ころんでゐる側に、古い池があつて、そこに蛙が沢山ゐる。 池のまはりには、一面に芦や蒲が茂つてゐる。その芦や蒲の向うには、背の高い白楊の並木が、品よく風に戦いでゐる。その又 …
格さんと食慾:――最近の宇野浩二氏――(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
宇野浩二は聡明の人である。同時に又多感の人である。尤も本来の喜劇的精神は人を欺くことがあるかも知れない。が、己を欺くことは極めて稀にしかない人である。 のみならず、又宇野浩二は喜劇 …
読書目安時間:約2分
宇野浩二は聡明の人である。同時に又多感の人である。尤も本来の喜劇的精神は人を欺くことがあるかも知れない。が、己を欺くことは極めて稀にしかない人である。 のみならず、又宇野浩二は喜劇 …
影(新字新仮名)
読書目安時間:約21分
横浜。 日華洋行の主人陳彩は、机に背広の両肘を凭せて、火の消えた葉巻を啣えたまま、今日も堆い商用書類に、繁忙な眼を曝していた。 更紗の窓掛けを垂れた部屋の内には、不相変残暑の寂寞が …
読書目安時間:約21分
横浜。 日華洋行の主人陳彩は、机に背広の両肘を凭せて、火の消えた葉巻を啣えたまま、今日も堆い商用書類に、繁忙な眼を曝していた。 更紗の窓掛けを垂れた部屋の内には、不相変残暑の寂寞が …
片恋(新字新仮名)
読書目安時間:約10分
(一しょに大学を出た親しい友だちの一人に、ある夏の午後京浜電車の中で遇ったら、こんな話を聞かせられた。) この間、社の用でYへ行った時の話だ。向うで宴会を開いて、僕を招待してくれた …
読書目安時間:約10分
(一しょに大学を出た親しい友だちの一人に、ある夏の午後京浜電車の中で遇ったら、こんな話を聞かせられた。) この間、社の用でYへ行った時の話だ。向うで宴会を開いて、僕を招待してくれた …
かちかち山(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
童話時代のうす明りの中に、一人の老人と一頭の兎とは、舌切雀のかすかな羽音を聞きながら、しづかに老人の妻の死をなげいてゐる。とほくに懶い響を立ててゐるのは、鬼ヶ島へ通ふ夢の海の、永久 …
読書目安時間:約3分
童話時代のうす明りの中に、一人の老人と一頭の兎とは、舌切雀のかすかな羽音を聞きながら、しづかに老人の妻の死をなげいてゐる。とほくに懶い響を立ててゐるのは、鬼ヶ島へ通ふ夢の海の、永久 …
学校友だち(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
これは学校友だちのことと言ふも、学校友だちの全部のことにあらず。只冬夜電燈のもとに原稿紙に向へる時、ふと心に浮かびたる学校友だちのことばかりなり。 上滝嵬これは、小学以来の友だちな …
読書目安時間:約6分
これは学校友だちのことと言ふも、学校友だちの全部のことにあらず。只冬夜電燈のもとに原稿紙に向へる時、ふと心に浮かびたる学校友だちのことばかりなり。 上滝嵬これは、小学以来の友だちな …
河童(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間16分
これはある精神病院の患者、——第二十三号がだれにでもしゃべる話である。彼はもう三十を越しているであろう。が、一見したところはいかにも若々しい狂人である。彼の半生の経験は、——いや、 …
読書目安時間:約1時間16分
これはある精神病院の患者、——第二十三号がだれにでもしゃべる話である。彼はもう三十を越しているであろう。が、一見したところはいかにも若々しい狂人である。彼の半生の経験は、——いや、 …
河童(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間13分
どうか Kappa と発音して下さい。 これは或精神病院の患者、——第二十三号が誰にでもしやべる話である。彼はもう三十を越してゐるであらう。が、一見した所は如何にも若々しい狂人であ …
読書目安時間:約1時間13分
どうか Kappa と発音して下さい。 これは或精神病院の患者、——第二十三号が誰にでもしやべる話である。彼はもう三十を越してゐるであらう。が、一見した所は如何にも若々しい狂人であ …
南瓜(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
何しろ南瓜が人を殺す世の中なんだから、驚くよ。どう見たつて、あいつがそんな大それた真似をしようなんぞとは思はれないぢやないか。なにほんものの南瓜か?冗談云つちやいけない。南瓜は綽号 …
読書目安時間:約6分
何しろ南瓜が人を殺す世の中なんだから、驚くよ。どう見たつて、あいつがそんな大それた真似をしようなんぞとは思はれないぢやないか。なにほんものの南瓜か?冗談云つちやいけない。南瓜は綽号 …
神神の微笑(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
ある春の夕、Padre Organtino はたった一人、長いアビト(法衣)の裾を引きながら、南蛮寺の庭を歩いていた。 庭には松や檜の間に、薔薇だの、橄欖だの、月桂だの、西洋の植物 …
読書目安時間:約18分
ある春の夕、Padre Organtino はたった一人、長いアビト(法衣)の裾を引きながら、南蛮寺の庭を歩いていた。 庭には松や檜の間に、薔薇だの、橄欖だの、月桂だの、西洋の植物 …
「仮面」の人々(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
学生時代の僕は第三次並びに第四次「新思潮」の同人と最も親密に往来してゐた。元来作家志望でもなかつた僕のとうとう作家になつてしまつたのは全然彼等の悪影響である。全然?——尤も全然かど …
読書目安時間:約2分
学生時代の僕は第三次並びに第四次「新思潮」の同人と最も親密に往来してゐた。元来作家志望でもなかつた僕のとうとう作家になつてしまつたのは全然彼等の悪影響である。全然?——尤も全然かど …
鴨猟(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
大町先生に最後にお目にかゝったのは、大正十三年の正月に、小杉未醒、神代種亮、石川寅吉の諸君と品川沖へ鴨猟に往った時である。何でも朝早く本所の一ノ橋の側の船宿に落合い、そこから発動機 …
読書目安時間:約2分
大町先生に最後にお目にかゝったのは、大正十三年の正月に、小杉未醒、神代種亮、石川寅吉の諸君と品川沖へ鴨猟に往った時である。何でも朝早く本所の一ノ橋の側の船宿に落合い、そこから発動機 …
軽井沢で(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
黒馬に風景が映つてゐる。 × 朝のパンを石竹の花と一しよに食はう。 × この一群の天使たちは蓄音機のレコオドを翼にしてゐる。 × 町はづれに栗の木が一本。その下にインクがこぼれてゐ …
読書目安時間:約1分
黒馬に風景が映つてゐる。 × 朝のパンを石竹の花と一しよに食はう。 × この一群の天使たちは蓄音機のレコオドを翼にしてゐる。 × 町はづれに栗の木が一本。その下にインクがこぼれてゐ …
カルメン(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
革命前だったか、革命後だったか、——いや、あれは革命前ではない。なぜまた革命前ではないかと言えば、僕は当時小耳に挟んだダンチェンコの洒落を覚えているからである。 ある蒸し暑い雨もよ …
読書目安時間:約4分
革命前だったか、革命後だったか、——いや、あれは革命前ではない。なぜまた革命前ではないかと言えば、僕は当時小耳に挟んだダンチェンコの洒落を覚えているからである。 ある蒸し暑い雨もよ …
彼(新字新仮名)
読書目安時間:約10分
僕はふと旧友だった彼のことを思い出した。彼の名前などは言わずとも好い。彼は叔父さんの家を出てから、本郷のある印刷屋の二階の六畳に間借りをしていた。階下の輪転機のまわり出す度にちょう …
読書目安時間:約10分
僕はふと旧友だった彼のことを思い出した。彼の名前などは言わずとも好い。彼は叔父さんの家を出てから、本郷のある印刷屋の二階の六畳に間借りをしていた。階下の輪転機のまわり出す度にちょう …
彼 第二(新字新仮名)
読書目安時間:約12分
彼は若い愛蘭土人だった。彼の名前などは言わずとも好い。僕はただ彼の友だちだった。彼の妹さんは僕のことを未だに My brothers best friend と書いたりしている。僕 …
読書目安時間:約12分
彼は若い愛蘭土人だった。彼の名前などは言わずとも好い。僕はただ彼の友だちだった。彼の妹さんは僕のことを未だに My brothers best friend と書いたりしている。僕 …
枯野抄(新字旧仮名)
読書目安時間:約16分
丈艸、去来を召し、昨夜目のあはざるまま、ふと案じ入りて、呑舟に書かせたり、おのおの咏じたまへ 旅に病むで夢は枯野をかけめぐる ——花屋日記—— 元禄七年十月十二日の午後である。一し …
読書目安時間:約16分
丈艸、去来を召し、昨夜目のあはざるまま、ふと案じ入りて、呑舟に書かせたり、おのおの咏じたまへ 旅に病むで夢は枯野をかけめぐる ——花屋日記—— 元禄七年十月十二日の午後である。一し …
彼の長所十八:――南部修太郎氏の印象――(新字新仮名)
読書目安時間:約1分
一、語学の英露独など出来る事。但どの位よく出来るか知らず。 二、几帳面なる事。手紙を出せば必ず返事をくれるが如き。 三、家庭を愛する事。殊に母堂に篤きが如し。 四、論争に勇なる事。 …
読書目安時間:約1分
一、語学の英露独など出来る事。但どの位よく出来るか知らず。 二、几帳面なる事。手紙を出せば必ず返事をくれるが如き。 三、家庭を愛する事。殊に母堂に篤きが如し。 四、論争に勇なる事。 …
寒山拾得(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
久しぶりに漱石先生の所へ行つたら、先生は書斎のまん中に坐つて、腕組みをしながら、何か考へてゐた。「先生、どうしました」と云ふと「今、護国寺の三門で、運慶が仁王を刻んでゐるのを見て来 …
読書目安時間:約3分
久しぶりに漱石先生の所へ行つたら、先生は書斎のまん中に坐つて、腕組みをしながら、何か考へてゐた。「先生、どうしました」と云ふと「今、護国寺の三門で、運慶が仁王を刻んでゐるのを見て来 …
鑑定(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
三円で果亭の山水を買つて来て、書斎の床に掛けて置いたら、遊びに来た男が皆その前へ立つて見ちや「贋物ぢやないか」と軽蔑した。滝田樗陰君の如きも、上から下までずつと眼をやつて、「いけま …
読書目安時間:約3分
三円で果亭の山水を買つて来て、書斎の床に掛けて置いたら、遊びに来た男が皆その前へ立つて見ちや「贋物ぢやないか」と軽蔑した。滝田樗陰君の如きも、上から下までずつと眼をやつて、「いけま …
奇怪な再会(新字新仮名)
読書目安時間:約42分
お蓮が本所の横網に囲われたのは、明治二十八年の初冬だった。 妾宅は御蔵橋の川に臨んだ、極く手狭な平家だった。ただ庭先から川向うを見ると、今は両国停車場になっている御竹倉一帯の藪や林 …
読書目安時間:約42分
お蓮が本所の横網に囲われたのは、明治二十八年の初冬だった。 妾宅は御蔵橋の川に臨んだ、極く手狭な平家だった。ただ庭先から川向うを見ると、今は両国停車場になっている御竹倉一帯の藪や林 …
機関車を見ながら(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
……わたしの子供たちは、機関車の真似をしてゐる。尤も動かずにゐる機関車ではない。手をふつたり、「しゆつしゆつ」といつたり、進行中の機関車の真似をしてゐる。これはわたしの子供たちに限 …
読書目安時間:約5分
……わたしの子供たちは、機関車の真似をしてゐる。尤も動かずにゐる機関車ではない。手をふつたり、「しゆつしゆつ」といつたり、進行中の機関車の真似をしてゐる。これはわたしの子供たちに限 …
奇遇(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
編輯者支那へ旅行するそうですね。南ですか?北ですか? 小説家南から北へ周るつもりです。 編輯者準備はもう出来たのですか? 小説家大抵出来ました。ただ読む筈だった紀行や地誌なぞが、未 …
読書目安時間:約13分
編輯者支那へ旅行するそうですね。南ですか?北ですか? 小説家南から北へ周るつもりです。 編輯者準備はもう出来たのですか? 小説家大抵出来ました。ただ読む筈だった紀行や地誌なぞが、未 …
「菊池寛全集」の序(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
スタンダアルとメリメとを比較した場合、スタンダアルはメリメよりも偉大であるが、メリメよりも芸術家ではないと云う。云う心はメリメよりも、一つ一つの作品に渾成の趣を与えなかった、或は与 …
読書目安時間:約5分
スタンダアルとメリメとを比較した場合、スタンダアルはメリメよりも偉大であるが、メリメよりも芸術家ではないと云う。云う心はメリメよりも、一つ一つの作品に渾成の趣を与えなかった、或は与 …
煙管(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
加州石川郡金沢城の城主、前田斉広は、参覲中、江戸城の本丸へ登城する毎に、必ず愛用の煙管を持って行った。当時有名な煙管商、住吉屋七兵衛の手に成った、金無垢地に、剣梅鉢の紋ぢらしと云う …
読書目安時間:約13分
加州石川郡金沢城の城主、前田斉広は、参覲中、江戸城の本丸へ登城する毎に、必ず愛用の煙管を持って行った。当時有名な煙管商、住吉屋七兵衛の手に成った、金無垢地に、剣梅鉢の紋ぢらしと云う …
木曽義仲論(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間8分
一平氏政府 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を現す。驕れる者久しからず、唯春の夜の夢の如し。 流石に曠世の驕児入道相国が、六十余州の春をして、六波 …
読書目安時間:約1時間8分
一平氏政府 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を現す。驕れる者久しからず、唯春の夜の夢の如し。 流石に曠世の驕児入道相国が、六十余州の春をして、六波 …
着物(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
こんな夢を見た。 何でも料理屋か何からしい。広い座敷に一ぱいに大ぜい人が坐つてゐる。それが皆思ひ思ひに洋服や和服を着用してゐる。 着用してゐるばかりぢやない。互に他人の着物を眺めて …
読書目安時間:約3分
こんな夢を見た。 何でも料理屋か何からしい。広い座敷に一ぱいに大ぜい人が坐つてゐる。それが皆思ひ思ひに洋服や和服を着用してゐる。 着用してゐるばかりぢやない。互に他人の着物を眺めて …
凶(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
大正十二年の冬(?)、僕はどこからかタクシイに乗り、本郷通りを一高の横から藍染橋へ下らうとしてゐた。あの通りは甚だ街燈の少い、いつも真暗な往来である。そこにやはり自動車が一台、僕の …
読書目安時間:約3分
大正十二年の冬(?)、僕はどこからかタクシイに乗り、本郷通りを一高の横から藍染橋へ下らうとしてゐた。あの通りは甚だ街燈の少い、いつも真暗な往来である。そこにやはり自動車が一台、僕の …
「鏡花全集」目録開口(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
鏡花泉先生は古今に独歩する文宗なり。先生が俊爽の才、美人を写して化を奪ふや、太真閣前、牡丹に芬芬の香を発し、先生が清超の思、神鬼を描いて妙に入るや、鄒湛宅外、楊柳に啾啾の声を生ずる …
読書目安時間:約3分
鏡花泉先生は古今に独歩する文宗なり。先生が俊爽の才、美人を写して化を奪ふや、太真閣前、牡丹に芬芬の香を発し、先生が清超の思、神鬼を描いて妙に入るや、鄒湛宅外、楊柳に啾啾の声を生ずる …
教訓談(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
あなたはこんな話を聞いたことがありますか?人間が人間の肉を食つた話を。いえ、ロシヤの飢饉の話ではありません。日本の話、——ずつと昔の日本の話です。食つたのは爺さんですし、食はれたの …
読書目安時間:約2分
あなたはこんな話を聞いたことがありますか?人間が人間の肉を食つた話を。いえ、ロシヤの飢饉の話ではありません。日本の話、——ずつと昔の日本の話です。食つたのは爺さんですし、食はれたの …
京都日記(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
光悦寺 光悦寺へ行つたら、本堂の横手の松の中に小さな家が二軒立つてゐる。それがいづれも妙に納つてゐる所を見ると、物置きなんぞの類ではないらしい。らしい所か、その一軒には大倉喜八郎氏 …
読書目安時間:約8分
光悦寺 光悦寺へ行つたら、本堂の横手の松の中に小さな家が二軒立つてゐる。それがいづれも妙に納つてゐる所を見ると、物置きなんぞの類ではないらしい。らしい所か、その一軒には大倉喜八郎氏 …
きりしとほろ上人伝(新字旧仮名)
読書目安時間:約25分
小序 これは予が嘗て三田文学誌上に掲載した「奉教人の死」と同じく、予が所蔵の切支丹版「れげんだ・おうれあ」の一章に、多少の潤色を加へたものである。但し「奉教人の死」は本邦西教徒の逸 …
読書目安時間:約25分
小序 これは予が嘗て三田文学誌上に掲載した「奉教人の死」と同じく、予が所蔵の切支丹版「れげんだ・おうれあ」の一章に、多少の潤色を加へたものである。但し「奉教人の死」は本邦西教徒の逸 …
疑惑(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
今ではもう十年あまり以前になるが、ある年の春私は実践倫理学の講義を依頼されて、その間かれこれ一週間ばかり、岐阜県下の大垣町へ滞在する事になった。元来地方有志なるものの難有迷惑な厚遇 …
読書目安時間:約25分
今ではもう十年あまり以前になるが、ある年の春私は実践倫理学の講義を依頼されて、その間かれこれ一週間ばかり、岐阜県下の大垣町へ滞在する事になった。元来地方有志なるものの難有迷惑な厚遇 …
金将軍(新字新仮名)
読書目安時間:約6分
ある夏の日、笠をかぶった僧が二人、朝鮮平安南道竜岡郡桐隅里の田舎道を歩いていた。この二人はただの雲水ではない。実ははるばる日本から朝鮮の国を探りに来た加藤肥後守清正と小西摂津守行長 …
読書目安時間:約6分
ある夏の日、笠をかぶった僧が二人、朝鮮平安南道竜岡郡桐隅里の田舎道を歩いていた。この二人はただの雲水ではない。実ははるばる日本から朝鮮の国を探りに来た加藤肥後守清正と小西摂津守行長 …
鵠沼雑記(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
僕は鵠沼の東屋の二階にぢつと仰向けに寝ころんでゐた。その又僕の枕もとには妻と伯母とが差向ひに庭の向うの海を見てゐた。僕は目をつぶつたまま、「今に雨がふるぞ」と言つた。妻や伯母はとり …
読書目安時間:約4分
僕は鵠沼の東屋の二階にぢつと仰向けに寝ころんでゐた。その又僕の枕もとには妻と伯母とが差向ひに庭の向うの海を見てゐた。僕は目をつぶつたまま、「今に雨がふるぞ」と言つた。妻や伯母はとり …
孔雀(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
これは異本「伊曾保の物語」の一章である。この本はまだ誰も知らない。 「或鴉おのれが人物を驕慢し、孔雀の羽根を見つけて此処かしこにまとひ、爾余の諸鳥をば大きに卑しめ、わが上はあるまじ …
読書目安時間:約1分
これは異本「伊曾保の物語」の一章である。この本はまだ誰も知らない。 「或鴉おのれが人物を驕慢し、孔雀の羽根を見つけて此処かしこにまとひ、爾余の諸鳥をば大きに卑しめ、わが上はあるまじ …
首が落ちた話(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
何小二は軍刀を抛り出すと、夢中で馬の頸にしがみついた。確かに頸を斬られたと思う——いや、これはしがみついた後で、そう思ったのかも知れない。ただ、何か頸へずんと音を立てて、はいったと …
読書目安時間:約16分
何小二は軍刀を抛り出すと、夢中で馬の頸にしがみついた。確かに頸を斬られたと思う——いや、これはしがみついた後で、そう思ったのかも知れない。ただ、何か頸へずんと音を立てて、はいったと …
久保田万太郎氏(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
僕の知れる江戸っ児中、文壇に縁あるものを尋ぬれば第一に後藤末雄君、第二に辻潤君、第三に久保田万太郎君なり。この三君は三君なりにいずれも性格を異にすれども、江戸っ児たる風采と江戸っ児 …
読書目安時間:約3分
僕の知れる江戸っ児中、文壇に縁あるものを尋ぬれば第一に後藤末雄君、第二に辻潤君、第三に久保田万太郎君なり。この三君は三君なりにいずれも性格を異にすれども、江戸っ児たる風采と江戸っ児 …
久米正雄:――傚久米正雄文体――(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
……新しき時代の浪曼主義者は三汀久米正雄である。「涙は理智の薄明り、感情の灯し火」とうたえる久米、真白草花の涼しげなるにも、よき人の面影を忘れ得ぬ久米、鮮かに化粧の匂える妓の愛想よ …
読書目安時間:約2分
……新しき時代の浪曼主義者は三汀久米正雄である。「涙は理智の薄明り、感情の灯し火」とうたえる久米、真白草花の涼しげなるにも、よき人の面影を忘れ得ぬ久米、鮮かに化粧の匂える妓の愛想よ …
久米正雄氏の事(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
久米は官能の鋭敏な田舎者です。 書くものばかりじゃありません。実生活上の趣味でも田舎者らしい所は沢山あります。それでいて官能だけは、好い加減な都会人より遥に鋭敏に出来上っています。 …
読書目安時間:約2分
久米は官能の鋭敏な田舎者です。 書くものばかりじゃありません。実生活上の趣味でも田舎者らしい所は沢山あります。それでいて官能だけは、好い加減な都会人より遥に鋭敏に出来上っています。 …
蜘蛛の糸(新字新仮名)
読書目安時間:約6分
ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊 …
読書目安時間:約6分
ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊 …
軍艦金剛航海記(旧字旧仮名)
読書目安時間:約14分
暑いフロックを夏の背廣に着換へて外の連中と一しよに上甲板へ出てゐると、年の若い機關少尉が三人やつて來て、いろんな話をしてくれた。僕は新米だから三人とも初對面だが、外の連中は皆、教室 …
読書目安時間:約14分
暑いフロックを夏の背廣に着換へて外の連中と一しよに上甲板へ出てゐると、年の若い機關少尉が三人やつて來て、いろんな話をしてくれた。僕は新米だから三人とも初對面だが、外の連中は皆、教室 …
芸術その他(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
× 芸術家は何よりも作品の完成を期せねばならぬ。さもなければ、芸術に奉仕する事が無意味になつてしまふだらう。たとひ人道的感激にしても、それだけを求めるなら、単に説教を聞く事からも得 …
読書目安時間:約8分
× 芸術家は何よりも作品の完成を期せねばならぬ。さもなければ、芸術に奉仕する事が無意味になつてしまふだらう。たとひ人道的感激にしても、それだけを求めるなら、単に説教を聞く事からも得 …
戯作三昧(新字旧仮名)
読書目安時間:約41分
天保二年九月の或午前である。神田同朋町の銭湯松の湯では、朝から不相変客が多かつた。式亭三馬が何年か前に出版した滑稽本の中で、「神祇、釈教、恋、無常、みないりごみの浮世風呂」と云つた …
読書目安時間:約41分
天保二年九月の或午前である。神田同朋町の銭湯松の湯では、朝から不相変客が多かつた。式亭三馬が何年か前に出版した滑稽本の中で、「神祇、釈教、恋、無常、みないりごみの浮世風呂」と云つた …
戯作三昧(新字新仮名)
読書目安時間:約42分
天保二年九月のある午前である。神田同朋町の銭湯松の湯では、朝から相変らず客が多かった。式亭三馬が何年か前に出版した滑稽本の中で、「神祇、釈教、恋、無常、みないりごみの浮世風呂」とい …
読書目安時間:約42分
天保二年九月のある午前である。神田同朋町の銭湯松の湯では、朝から相変らず客が多かった。式亭三馬が何年か前に出版した滑稽本の中で、「神祇、釈教、恋、無常、みないりごみの浮世風呂」とい …
袈裟と盛遠(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
夜、盛遠が築土の外で、月魄を眺めながら、落葉を踏んで物思いに耽っている。 その独白 「もう月の出だな。いつもは月が出るのを待ちかねる己も、今日ばかりは明くなるのがそら恐しい。今まで …
読書目安時間:約16分
夜、盛遠が築土の外で、月魄を眺めながら、落葉を踏んで物思いに耽っている。 その独白 「もう月の出だな。いつもは月が出るのを待ちかねる己も、今日ばかりは明くなるのがそら恐しい。今まで …
結婚難並びに恋愛難(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
あなたがたはゼライイドの話を知つてゐますか?ゼライイドは美しい王女です。何でも文献に徴すれば、足は蝋石の如く、腿は象牙の如く、臍は真珠貝の孕める真珠の如く、腹は雪花石膏の甕の如く、 …
読書目安時間:約4分
あなたがたはゼライイドの話を知つてゐますか?ゼライイドは美しい王女です。何でも文献に徴すれば、足は蝋石の如く、腿は象牙の如く、臍は真珠貝の孕める真珠の如く、腹は雪花石膏の甕の如く、 …
玄鶴山房(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
………それは小ぢんまりと出来上った、奥床しい門構えの家だった。尤もこの界隈にはこう云う家も珍しくはなかった。が、「玄鶴山房」の額や塀越しに見える庭木などはどの家よりも数奇を凝らして …
読書目安時間:約25分
………それは小ぢんまりと出来上った、奥床しい門構えの家だった。尤もこの界隈にはこう云う家も珍しくはなかった。が、「玄鶴山房」の額や塀越しに見える庭木などはどの家よりも数奇を凝らして …
講演軍記(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
僕が講演旅行へ出かけたのは今度里見弴君と北海道へ行つたのが始めてだ。入場料をとらない聴衆は自然雑駁になりがちだから、それだけでも可也しやべり悪い。そこへ何箇所もしやべつてまはるのだ …
読書目安時間:約2分
僕が講演旅行へ出かけたのは今度里見弴君と北海道へ行つたのが始めてだ。入場料をとらない聴衆は自然雑駁になりがちだから、それだけでも可也しやべり悪い。そこへ何箇所もしやべつてまはるのだ …
剛才人と柔才人と(新字新仮名)
読書目安時間:約1分
佐佐木君は剛才人、小島君は柔才人、兎に角どちらも才人です。僕はいつか佐佐木君と歩いていたら、佐佐木君が君に突き当った男へケンツクを食わせる勢を見、少からず驚嘆しました。実際その時の …
読書目安時間:約1分
佐佐木君は剛才人、小島君は柔才人、兎に角どちらも才人です。僕はいつか佐佐木君と歩いていたら、佐佐木君が君に突き当った男へケンツクを食わせる勢を見、少からず驚嘆しました。実際その時の …
好色(新字旧仮名)
読書目安時間:約22分
平中といふ色ごのみにて、宮仕人はさらなり、人の女など忍びて見 ぬはなかりけり。 宇治拾遺物語 何でかこの人に不会では止まむと思ひ迷ける程に、平中病付にけり。 然て悩ける程に死にけり …
読書目安時間:約22分
平中といふ色ごのみにて、宮仕人はさらなり、人の女など忍びて見 ぬはなかりけり。 宇治拾遺物語 何でかこの人に不会では止まむと思ひ迷ける程に、平中病付にけり。 然て悩ける程に死にけり …
後世(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
私は知己を百代の後に待たうとしてゐるものではない。 公衆の批判は、常に正鵠を失しやすいものである。現在の公衆は元より云ふを待たない。歴史は既にペリクレス時代のアゼンスの市民や文芸復 …
読書目安時間:約3分
私は知己を百代の後に待たうとしてゐるものではない。 公衆の批判は、常に正鵠を失しやすいものである。現在の公衆は元より云ふを待たない。歴史は既にペリクレス時代のアゼンスの市民や文芸復 …
校正後に(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
○僕はこれからも今月のと同じような材料を使って創作するつもりである。あれを単なる歴史小説の仲間入をさせられてはたまらない。もちろん今のがたいしたものだとは思わないが。そのうちにもう …
読書目安時間:約4分
○僕はこれからも今月のと同じような材料を使って創作するつもりである。あれを単なる歴史小説の仲間入をさせられてはたまらない。もちろん今のがたいしたものだとは思わないが。そのうちにもう …
合理的、同時に多量の人間味:――相互印象・菊池寛氏――(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
菊池は生き方が何時も徹底している。中途半端のところにこだわっていない。彼自身の正しいと思うところを、ぐん/\実行にうつして行く。その信念は合理的であると共に、必らず多量の人間味を含 …
読書目安時間:約3分
菊池は生き方が何時も徹底している。中途半端のところにこだわっていない。彼自身の正しいと思うところを、ぐん/\実行にうつして行く。その信念は合理的であると共に、必らず多量の人間味を含 …
黄粱夢(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
盧生は死ぬのだと思った。目の前が暗くなって、子や孫のすすり泣く声が、だんだん遠い所へ消えてしまう。そうして、眼に見えない分銅が足の先へついてでもいるように、体が下へ下へと沈んで行く …
読書目安時間:約2分
盧生は死ぬのだと思った。目の前が暗くなって、子や孫のすすり泣く声が、だんだん遠い所へ消えてしまう。そうして、眼に見えない分銅が足の先へついてでもいるように、体が下へ下へと沈んで行く …
黒衣聖母(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
——この涙の谷に呻き泣きて、御身に願いをかけ奉る。……御身の憐みの御眼をわれらに廻らせ給え。……深く御柔軟、深く御哀憐、すぐれて甘くまします「びるぜん、さんたまりや」様—— ——和 …
読書目安時間:約9分
——この涙の谷に呻き泣きて、御身に願いをかけ奉る。……御身の憐みの御眼をわれらに廻らせ給え。……深く御柔軟、深く御哀憐、すぐれて甘くまします「びるぜん、さんたまりや」様—— ——和 …
小杉未醒氏(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
一昨年の冬、香取秀真氏が手賀沼の鴨を御馳走した時、其処に居合せた天岡均一氏が、初対面の小杉未醒氏に、「小杉君、君の画は君に比べると、如何にも優しすぎるじゃないか」と、いきなり一拶を …
読書目安時間:約2分
一昨年の冬、香取秀真氏が手賀沼の鴨を御馳走した時、其処に居合せた天岡均一氏が、初対面の小杉未醒氏に、「小杉君、君の画は君に比べると、如何にも優しすぎるじゃないか」と、いきなり一拶を …
古千屋(新字新仮名)
読書目安時間:約6分
樫井の戦いのあったのは元和元年四月二十九日だった。大阪勢の中でも名を知られた塙団右衛門直之、淡輪六郎兵衛重政等はいずれもこの戦いのために打ち死した。殊に塙団右衛門直之は金の御幣の指 …
読書目安時間:約6分
樫井の戦いのあったのは元和元年四月二十九日だった。大阪勢の中でも名を知られた塙団右衛門直之、淡輪六郎兵衛重政等はいずれもこの戦いのために打ち死した。殊に塙団右衛門直之は金の御幣の指 …
骨董羹:―寿陵余子の仮名のもとに筆を執れる戯文―(新字旧仮名)
読書目安時間:約22分
別乾坤 Judith Gautier が詩中の支那は、支那にして又支那にあらず。葛飾北斎が水滸画伝の揷画も、誰か又是を以て如実に支那を写したりと云はん。さればかの明眸の女詩人も、こ …
読書目安時間:約22分
別乾坤 Judith Gautier が詩中の支那は、支那にして又支那にあらず。葛飾北斎が水滸画伝の揷画も、誰か又是を以て如実に支那を写したりと云はん。さればかの明眸の女詩人も、こ …
孤独地獄(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
この話を自分は母から聞いた。母はそれを自分の大叔父から聞いたと云つてゐる。話の真偽は知らない。唯大叔父自身の性行から推して、かう云ふ事も随分ありさうだと思ふだけである。 大叔父は所 …
読書目安時間:約6分
この話を自分は母から聞いた。母はそれを自分の大叔父から聞いたと云つてゐる。話の真偽は知らない。唯大叔父自身の性行から推して、かう云ふ事も随分ありさうだと思ふだけである。 大叔父は所 …
子供の病気:一游亭に(新字新仮名)
読書目安時間:約12分
夏目先生は書の幅を見ると、独り語のように「旭窓だね」と云った。落款はなるほど旭窓外史だった。自分は先生にこう云った。「旭窓は淡窓の孫でしょう。淡窓の子は何と云いましたかしら?」先生 …
読書目安時間:約12分
夏目先生は書の幅を見ると、独り語のように「旭窓だね」と云った。落款はなるほど旭窓外史だった。自分は先生にこう云った。「旭窓は淡窓の孫でしょう。淡窓の子は何と云いましたかしら?」先生 …
湖南の扇(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
広東に生れた孫逸仙等を除けば、目ぼしい支那の革命家は、——黄興、蔡鍔、宋教仁等はいずれも湖南に生れている。これは勿論曾国藩や張之洞の感化にもよったのであろう。しかしその感化を説明す …
読書目安時間:約19分
広東に生れた孫逸仙等を除けば、目ぼしい支那の革命家は、——黄興、蔡鍔、宋教仁等はいずれも湖南に生れている。これは勿論曾国藩や張之洞の感化にもよったのであろう。しかしその感化を説明す …
近藤浩一路氏(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
近藤君は漫画家として有名であった。今は正道を踏んだ日本画家としても有名である。 が、これは偶然ではない。漫画には落想の滑稽な漫画がある。画そのものの滑稽な漫画がある。或は二者を兼ね …
読書目安時間:約2分
近藤君は漫画家として有名であった。今は正道を踏んだ日本画家としても有名である。 が、これは偶然ではない。漫画には落想の滑稽な漫画がある。画そのものの滑稽な漫画がある。或は二者を兼ね …
金春会の「隅田川」(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
僕は或早春の夜、富士見町の細川侯の舞台へ金春会の能を見に出かけた。と云ふよりも寧ろ桜間金太郎氏の「隅田川」を見に出かけたのである。 僕の桟敷へ通つたのは「花筐」か何かの済んだ後、「 …
読書目安時間:約7分
僕は或早春の夜、富士見町の細川侯の舞台へ金春会の能を見に出かけた。と云ふよりも寧ろ桜間金太郎氏の「隅田川」を見に出かけたのである。 僕の桟敷へ通つたのは「花筐」か何かの済んだ後、「 …
西郷隆盛(新字新仮名)
読書目安時間:約22分
これは自分より二三年前に、大学の史学科を卒業した本間さんの話である。本間さんが維新史に関する、二三興味ある論文の著者だと云う事は、知っている人も多いであろう。僕は昨年の冬鎌倉へ転居 …
読書目安時間:約22分
これは自分より二三年前に、大学の史学科を卒業した本間さんの話である。本間さんが維新史に関する、二三興味ある論文の著者だと云う事は、知っている人も多いであろう。僕は昨年の冬鎌倉へ転居 …
才一巧亦不二(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
ヴオルテエルが子供の時は神童だつた。 処が、或る人が、 「十で神童、十五で才子、二十過ぎれば並の人、といふこともあるから、子供の時に悧巧でも大人になつて馬鹿にならないとは限らない。 …
読書目安時間:約1分
ヴオルテエルが子供の時は神童だつた。 処が、或る人が、 「十で神童、十五で才子、二十過ぎれば並の人、といふこともあるから、子供の時に悧巧でも大人になつて馬鹿にならないとは限らない。 …
西方の人(新字旧仮名)
読書目安時間:約29分
わたしは彼是十年ばかり前に芸術的にクリスト教を——殊にカトリツク教を愛してゐた。長崎の「日本の聖母の寺」は未だに私の記憶に残つてゐる。かう云ふわたしは北原白秋氏や木下杢太郎氏の播い …
読書目安時間:約29分
わたしは彼是十年ばかり前に芸術的にクリスト教を——殊にカトリツク教を愛してゐた。長崎の「日本の聖母の寺」は未だに私の記憶に残つてゐる。かう云ふわたしは北原白秋氏や木下杢太郎氏の播い …
鷺と鴛鴦(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
二三年前の夏である。僕は銀座を歩いてゐるうちに二人の女を発見した。それも唯の女ではない。はつと思ふほど後ろ姿の好い二人の女を発見したのである。 一人は鷺のやうにすらりとしてゐる。も …
読書目安時間:約3分
二三年前の夏である。僕は銀座を歩いてゐるうちに二人の女を発見した。それも唯の女ではない。はつと思ふほど後ろ姿の好い二人の女を発見したのである。 一人は鷺のやうにすらりとしてゐる。も …
雑信一束(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
この水たまりに映っている英吉利の国旗の鮮さ、——おっと、車子にぶつかるところだった。 彩票や麻雀戯の道具の間に西日の赤あかとさした砂利道。其処をひとり歩きながら、ふとヘルメット帽の …
読書目安時間:約4分
この水たまりに映っている英吉利の国旗の鮮さ、——おっと、車子にぶつかるところだった。 彩票や麻雀戯の道具の間に西日の赤あかとさした砂利道。其処をひとり歩きながら、ふとヘルメット帽の …
雑筆(新字旧仮名)
読書目安時間:約21分
竹田 竹田は善き人なり。ロオランなどの評価を学べば、善き画描き以上の人なり。世にあらば知りたき画描き、大雅を除けばこの人だと思ふ。友だち同志なれど、山陽の才子ぶりたるは、竹田より遙 …
読書目安時間:約21分
竹田 竹田は善き人なり。ロオランなどの評価を学べば、善き画描き以上の人なり。世にあらば知りたき画描き、大雅を除けばこの人だと思ふ。友だち同志なれど、山陽の才子ぶりたるは、竹田より遙 …
佐藤春夫氏(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
佐藤春夫は不幸にも常に僕を誤解してゐる。僕の「有島生馬君に与ふ」を書いた時、佐藤は僕にかう云つた。「君はいつもああ云ふ風にもの云へば好いのだ。あれは旗幟鮮明で好い。」僕はいつも旗幟 …
読書目安時間:約2分
佐藤春夫は不幸にも常に僕を誤解してゐる。僕の「有島生馬君に与ふ」を書いた時、佐藤は僕にかう云つた。「君はいつもああ云ふ風にもの云へば好いのだ。あれは旗幟鮮明で好い。」僕はいつも旗幟 …
佐藤春夫氏の事(新字新仮名)
読書目安時間:約1分
一、佐藤春夫は詩人なり、何よりも先に詩人なり。或は誰よりも先にと云えるかも知れず。 二、されば作品の特色もその詩的なる点にあり。詩を求めずして佐藤の作品を読むものは、猶南瓜を食わん …
読書目安時間:約1分
一、佐藤春夫は詩人なり、何よりも先に詩人なり。或は誰よりも先にと云えるかも知れず。 二、されば作品の特色もその詩的なる点にあり。詩を求めずして佐藤の作品を読むものは、猶南瓜を食わん …
さまよえる猶太人(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
基督教国にはどこにでも、「さまよえる猶太人」の伝説が残っている。伊太利でも、仏蘭西でも、英吉利でも、独逸でも、墺太利でも、西班牙でも、この口碑が伝わっていない国は、ほとんど一つもな …
読書目安時間:約14分
基督教国にはどこにでも、「さまよえる猶太人」の伝説が残っている。伊太利でも、仏蘭西でも、英吉利でも、独逸でも、墺太利でも、西班牙でも、この口碑が伝わっていない国は、ほとんど一つもな …
寒さ(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
ある雪上りの午前だった。保吉は物理の教官室の椅子にストオヴの火を眺めていた。ストオヴの火は息をするように、とろとろと黄色に燃え上ったり、どす黒い灰燼に沈んだりした。それは室内に漂う …
読書目安時間:約8分
ある雪上りの午前だった。保吉は物理の教官室の椅子にストオヴの火を眺めていた。ストオヴの火は息をするように、とろとろと黄色に燃え上ったり、どす黒い灰燼に沈んだりした。それは室内に漂う …
沙羅の花(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
沙羅木は植物園にもあるべし。わが見しは或人の庭なりけり。玉の如き花のにほへるもとには太湖石と呼べる石もありしを、今はた如何になりはてけむ、わが知れる人さへ風のたよりにただありとのみ …
読書目安時間:約1分
沙羅木は植物園にもあるべし。わが見しは或人の庭なりけり。玉の如き花のにほへるもとには太湖石と呼べる石もありしを、今はた如何になりはてけむ、わが知れる人さへ風のたよりにただありとのみ …
猿(新字旧仮名)
読書目安時間:約12分
私が、遠洋航海をすませて、やつと半玉(軍艦では、候補生の事をかう云ふのです)の年期も終らうと云ふ時でした。私の乗つてゐたAが、横須賀へ入港してから、三日目の午後、彼是三時頃でしたら …
読書目安時間:約12分
私が、遠洋航海をすませて、やつと半玉(軍艦では、候補生の事をかう云ふのです)の年期も終らうと云ふ時でした。私の乗つてゐたAが、横須賀へ入港してから、三日目の午後、彼是三時頃でしたら …
猿蟹合戦(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
蟹の握り飯を奪った猿はとうとう蟹に仇を取られた。蟹は臼、蜂、卵と共に、怨敵の猿を殺したのである。——その話はいまさらしないでも好い。ただ猿を仕止めた後、蟹を始め同志のものはどう云う …
読書目安時間:約5分
蟹の握り飯を奪った猿はとうとう蟹に仇を取られた。蟹は臼、蜂、卵と共に、怨敵の猿を殺したのである。——その話はいまさらしないでも好い。ただ猿を仕止めた後、蟹を始め同志のものはどう云う …
三右衛門の罪(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
文政四年の師走である。加賀の宰相治修の家来に知行六百石の馬廻り役を勤める細井三右衛門と云う侍は相役衣笠太兵衛の次男数馬と云う若者を打ち果した。それも果し合いをしたのではない。ある夜 …
読書目安時間:約15分
文政四年の師走である。加賀の宰相治修の家来に知行六百石の馬廻り役を勤める細井三右衛門と云う侍は相役衣笠太兵衛の次男数馬と云う若者を打ち果した。それも果し合いをしたのではない。ある夜 …
死後(新字新仮名)
読書目安時間:約6分
……僕は床へはいっても、何か本を読まないと、寝つかれない習慣を持っている。のみならずいくら本を読んでも、寝つかれないことさえ稀ではない。こう言う僕の枕もとにはいつも読書用の電燈だの …
読書目安時間:約6分
……僕は床へはいっても、何か本を読まないと、寝つかれない習慣を持っている。のみならずいくら本を読んでも、寝つかれないことさえ稀ではない。こう言う僕の枕もとにはいつも読書用の電燈だの …
地獄変(新字旧仮名)
読書目安時間:約53分
堀川の大殿様のやうな方は、これまでは固より、後の世には恐らく二人とはいらつしやいますまい。噂に聞きますと、あの方の御誕生になる前には、大威徳明王の御姿が御母君の夢枕にお立ちになつた …
読書目安時間:約53分
堀川の大殿様のやうな方は、これまでは固より、後の世には恐らく二人とはいらつしやいますまい。噂に聞きますと、あの方の御誕生になる前には、大威徳明王の御姿が御母君の夢枕にお立ちになつた …
地獄変(旧字旧仮名)
読書目安時間:約53分
堀川の大殿樣のやうな方は、これまでは固より、後の世には恐らく二人とはいらつしやいますまい。噂に聞きますと、あの方の御誕生になる前には、大威徳明王の御姿が御母君の夢枕にお立ちになつた …
読書目安時間:約53分
堀川の大殿樣のやうな方は、これまでは固より、後の世には恐らく二人とはいらつしやいますまい。噂に聞きますと、あの方の御誕生になる前には、大威徳明王の御姿が御母君の夢枕にお立ちになつた …
詩集(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
彼の詩集の本屋に出たのは三年ばかり前のことだつた。彼はその仮綴ぢの処女詩集に『夢みつつ』と言ふ名前をつけた。それは巻頭の抒情詩の名前を詩集の名前に用ひたものだった。 夢みつつ、夢み …
読書目安時間:約2分
彼の詩集の本屋に出たのは三年ばかり前のことだつた。彼はその仮綴ぢの処女詩集に『夢みつつ』と言ふ名前をつけた。それは巻頭の抒情詩の名前を詩集の名前に用ひたものだった。 夢みつつ、夢み …
十本の針(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
一ある人々 わたしはこの世の中にある人々のあることを知っている。それらの人々は何ごとも直覚するとともに解剖してしまう。つまり一本の薔薇の花はそれらの人々には美しいとともにひっきょう …
読書目安時間:約5分
一ある人々 わたしはこの世の中にある人々のあることを知っている。それらの人々は何ごとも直覚するとともに解剖してしまう。つまり一本の薔薇の花はそれらの人々には美しいとともにひっきょう …
支那の画(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
松樹図 雲林を見たのは唯一つである。その一つは宣統帝の御物、今古奇観と云ふ画帖の中にあつた。画帖の中の画は大部分、薫其昌の旧蔵に係るものらしい。 雲林筆と称へる物は、文華殿にも三四 …
読書目安時間:約3分
松樹図 雲林を見たのは唯一つである。その一つは宣統帝の御物、今古奇観と云ふ画帖の中にあつた。画帖の中の画は大部分、薫其昌の旧蔵に係るものらしい。 雲林筆と称へる物は、文華殿にも三四 …
「支那游記」自序(新字新仮名)
読書目安時間:約1分
「支那游記」一巻は畢竟天の僕に恵んだ(或は僕に災いした)Journalist 的才能の産物である。僕は大阪毎日新聞社の命を受け、大正十年三月下旬から同年七月上旬に至る一百二十余日の …
読書目安時間:約1分
「支那游記」一巻は畢竟天の僕に恵んだ(或は僕に災いした)Journalist 的才能の産物である。僕は大阪毎日新聞社の命を受け、大正十年三月下旬から同年七月上旬に至る一百二十余日の …
島木赤彦氏(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
島木さんに最後に会ったのは確か今年(大正十五年)の正月である。僕はその日の夕飯を斎藤さんの御馳走になり、六韜三略の話だの早発性痴呆の話だのをした。御馳走になった場所は外でもない。東 …
読書目安時間:約3分
島木さんに最後に会ったのは確か今年(大正十五年)の正月である。僕はその日の夕飯を斎藤さんの御馳走になり、六韜三略の話だの早発性痴呆の話だのをした。御馳走になった場所は外でもない。東 …
耳目記(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
× 僕等の性格は不思議にも大抵頸すぢの線に現はれてゐる。この線の鈍いものは敏感ではない。 × それから又僕等の性格は声にも現れてゐる。声の堅いものは必ず強い。 × 筍、海苔、蕎麦、 …
読書目安時間:約2分
× 僕等の性格は不思議にも大抵頸すぢの線に現はれてゐる。この線の鈍いものは敏感ではない。 × それから又僕等の性格は声にも現れてゐる。声の堅いものは必ず強い。 × 筍、海苔、蕎麦、 …
霜夜(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
霜夜の記憶の一つ。 いつものやうに机に向つてゐると、いつか十二時を打つ音がする。十二時には必ず寝ることにしてゐる。今夜もまづ本を閉ぢ、それからあした坐り次第、直に仕事にかかれるやう …
読書目安時間:約2分
霜夜の記憶の一つ。 いつものやうに机に向つてゐると、いつか十二時を打つ音がする。十二時には必ず寝ることにしてゐる。今夜もまづ本を閉ぢ、それからあした坐り次第、直に仕事にかかれるやう …
邪宗門(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間21分
先頃大殿様御一代中で、一番人目を駭かせた、地獄変の屏風の由来を申し上げましたから、今度は若殿様の御生涯で、たった一度の不思議な出来事を御話し致そうかと存じて居ります。が、その前に一 …
読書目安時間:約1時間21分
先頃大殿様御一代中で、一番人目を駭かせた、地獄変の屏風の由来を申し上げましたから、今度は若殿様の御生涯で、たった一度の不思議な出来事を御話し致そうかと存じて居ります。が、その前に一 …
上海游記(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間9分
愈東京を発つと云う日に、長野草風氏が話しに来た。聞けば長野氏も半月程後には、支那旅行に出かける心算だそうである。その時長野氏は深切にも船酔いの妙薬を教えてくれた。が、門司から船に乗 …
読書目安時間:約1時間9分
愈東京を発つと云う日に、長野草風氏が話しに来た。聞けば長野氏も半月程後には、支那旅行に出かける心算だそうである。その時長野氏は深切にも船酔いの妙薬を教えてくれた。が、門司から船に乗 …
十円札(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
ある曇った初夏の朝、堀川保吉は悄然とプラットフォオムの石段を登って行った。と云っても格別大したことではない。彼はただズボンのポケットの底に六十何銭しか金のないことを不愉快に思ってい …
読書目安時間:約18分
ある曇った初夏の朝、堀川保吉は悄然とプラットフォオムの石段を登って行った。と云っても格別大したことではない。彼はただズボンのポケットの底に六十何銭しか金のないことを不愉快に思ってい …
秋山図(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
「——黄大癡といえば、大癡の秋山図をご覧になったことがありますか?」 ある秋の夜、甌香閣を訪ねた王石谷は、主人の惲南田と茶を啜りながら、話のついでにこんな問を発した。 「いや、見た …
読書目安時間:約15分
「——黄大癡といえば、大癡の秋山図をご覧になったことがありますか?」 ある秋の夜、甌香閣を訪ねた王石谷は、主人の惲南田と茶を啜りながら、話のついでにこんな問を発した。 「いや、見た …
蒐書(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
元来僕は何ごとにも執着の乏しい性質である。就中蒐集と云ふことには小学校に通つてゐた頃、昆虫の標本を集めた以外に未嘗熱中したことはない。従つてマツチの商標は勿論、油壺でも、看板でも、 …
読書目安時間:約2分
元来僕は何ごとにも執着の乏しい性質である。就中蒐集と云ふことには小学校に通つてゐた頃、昆虫の標本を集めた以外に未嘗熱中したことはない。従つてマツチの商標は勿論、油壺でも、看板でも、 …
侏儒の言葉(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間11分
「侏儒の言葉」の序 「侏儒の言葉」は必しもわたしの思想を伝えるものではない。唯わたしの思想の変化を時々窺わせるのに過ぎぬものである。一本の草よりも一すじの蔓草、——しかもその蔓草は …
読書目安時間:約1時間11分
「侏儒の言葉」の序 「侏儒の言葉」は必しもわたしの思想を伝えるものではない。唯わたしの思想の変化を時々窺わせるのに過ぎぬものである。一本の草よりも一すじの蔓草、——しかもその蔓草は …
侏儒の言葉(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間1分
星 太陽の下に新しきことなしとは古人の道破した言葉である。しかし新しいことのないのは独り太陽の下ばかりではない。 天文学者の説によれば、ヘラクレス星群を発した光は我我の地球へ達する …
読書目安時間:約1時間1分
星 太陽の下に新しきことなしとは古人の道破した言葉である。しかし新しいことのないのは独り太陽の下ばかりではない。 天文学者の説によれば、ヘラクレス星群を発した光は我我の地球へ達する …
「侏儒の言葉」の序(旧字旧仮名)
読書目安時間:約1分
「侏儒の言葉」は必しもわたしの思想を傳へるものではない。唯わたしの思想の變化を時々窺はせるのに過ぎぬものである。一本の草よりも一すぢの蔓草、——しかもその蔓草は幾すぢも蔓を伸ばして …
読書目安時間:約1分
「侏儒の言葉」は必しもわたしの思想を傳へるものではない。唯わたしの思想の變化を時々窺はせるのに過ぎぬものである。一本の草よりも一すぢの蔓草、——しかもその蔓草は幾すぢも蔓を伸ばして …
酒虫(新字旧仮名)
読書目安時間:約14分
近年にない暑さである。どこを見ても、泥で固めた家々の屋根瓦が、鉛のやうに鈍く日の光を反射して、その下に懸けてある燕の巣さへ、この塩梅では中にゐる雛や卵を、そのまゝ蒸殺してしまふかと …
読書目安時間:約14分
近年にない暑さである。どこを見ても、泥で固めた家々の屋根瓦が、鉛のやうに鈍く日の光を反射して、その下に懸けてある燕の巣さへ、この塩梅では中にゐる雛や卵を、そのまゝ蒸殺してしまふかと …
出帆(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
成瀬君 君に別れてから、もう一月の余になる。早いものだ。この分では、存外容易に、君と僕らとを隔てる五、六年が、すぎ去ってしまうかもしれない。 君が横浜を出帆した日、銅鑼が鳴って、見 …
読書目安時間:約5分
成瀬君 君に別れてから、もう一月の余になる。早いものだ。この分では、存外容易に、君と僕らとを隔てる五、六年が、すぎ去ってしまうかもしれない。 君が横浜を出帆した日、銅鑼が鳴って、見 …
じゅりあの・吉助(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
じゅりあの・吉助は、肥前国彼杵郡浦上村の産であった。早く父母に別れたので、幼少の時から、土地の乙名三郎治と云うものの下男になった。が、性来愚鈍な彼は、始終朋輩の弄り物にされて、牛馬 …
読書目安時間:約4分
じゅりあの・吉助は、肥前国彼杵郡浦上村の産であった。早く父母に別れたので、幼少の時から、土地の乙名三郎治と云うものの下男になった。が、性来愚鈍な彼は、始終朋輩の弄り物にされて、牛馬 …
俊寛(新字新仮名)
読書目安時間:約33分
俊寛云いけるは……神明外になし。唯我等が一念なり。……唯仏法を修行して、今度生死を出で給うべし。源平盛衰記 (俊寛)いとど思いの深くなれば、かくぞ思いつづけける。「見せばやな我を思 …
読書目安時間:約33分
俊寛云いけるは……神明外になし。唯我等が一念なり。……唯仏法を修行して、今度生死を出で給うべし。源平盛衰記 (俊寛)いとど思いの深くなれば、かくぞ思いつづけける。「見せばやな我を思 …
将軍(新字新仮名)
読書目安時間:約30分
一白襷隊 明治三十七年十一月二十六日の未明だった。第×師団第×聯隊の白襷隊は、松樹山の補備砲台を奪取するために、九十三高地の北麓を出発した。 路は山陰に沿うていたから、隊形も今日は …
読書目安時間:約30分
一白襷隊 明治三十七年十一月二十六日の未明だった。第×師団第×聯隊の白襷隊は、松樹山の補備砲台を奪取するために、九十三高地の北麓を出発した。 路は山陰に沿うていたから、隊形も今日は …
商賈聖母(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
天草の原の城の内曲輪。立ち昇る火焔。飛びちがふ矢玉。伏し重なつた男女の死骸。その中に手を負つた一人の老人。老人は石垣の上に懸けた麻利耶の画像を仰ぎながら、高声に「はれるや」を唱へて …
読書目安時間:約1分
天草の原の城の内曲輪。立ち昇る火焔。飛びちがふ矢玉。伏し重なつた男女の死骸。その中に手を負つた一人の老人。老人は石垣の上に懸けた麻利耶の画像を仰ぎながら、高声に「はれるや」を唱へて …
饒舌(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
始皇帝がどう思つたか、本を皆焼いてしまつたので、神田の古本屋が職を失つたと新聞に出てゐるから、ひどい事をしたもんだと思つて、その本の焼けあとを見に丸ノ内へ行かうとすると、銀座尾張町 …
読書目安時間:約4分
始皇帝がどう思つたか、本を皆焼いてしまつたので、神田の古本屋が職を失つたと新聞に出てゐるから、ひどい事をしたもんだと思つて、その本の焼けあとを見に丸ノ内へ行かうとすると、銀座尾張町 …
小説作法十則(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
一小説はあらゆる文芸中、最も非芸術的なるものと心得べし。文芸中の文芸は詩あるのみ。即ち小説は小説中の詩により、文芸の中に列するに過ぎず。従つて歴史乃至伝記と実は少しも異る所なし。 …
読書目安時間:約4分
一小説はあらゆる文芸中、最も非芸術的なるものと心得べし。文芸中の文芸は詩あるのみ。即ち小説は小説中の詩により、文芸の中に列するに過ぎず。従つて歴史乃至伝記と実は少しも異る所なし。 …
小説の戯曲化(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
売文に関する法律は不備を極めてゐるやうである。たとへば或雑誌社に若干枚の短篇を一つ渡し、若干円を貰つたとする。その時その若干金は小説そのものだけを売つた金か、それとも小説の書いてあ …
読書目安時間:約5分
売文に関する法律は不備を極めてゐるやうである。たとへば或雑誌社に若干枚の短篇を一つ渡し、若干円を貰つたとする。その時その若干金は小説そのものだけを売つた金か、それとも小説の書いてあ …
小説の読者(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
僕の経験するところによれば、今の小説の読者といふものは、大抵はその小説の筋を読んでゐる。その次ぎには、その小説の中に描かれた生活に憧憬を持つてゐる。これには時々不思議な気持がしない …
読書目安時間:約2分
僕の経験するところによれば、今の小説の読者といふものは、大抵はその小説の筋を読んでゐる。その次ぎには、その小説の中に描かれた生活に憧憬を持つてゐる。これには時々不思議な気持がしない …
少年(新字新仮名)
読書目安時間:約31分
一クリスマス 昨年のクリスマスの午後、堀川保吉は須田町の角から新橋行の乗合自働車に乗った。彼の席だけはあったものの、自働車の中は不相変身動きさえ出来ぬ満員である。のみならず震災後の …
読書目安時間:約31分
一クリスマス 昨年のクリスマスの午後、堀川保吉は須田町の角から新橋行の乗合自働車に乗った。彼の席だけはあったものの、自働車の中は不相変身動きさえ出来ぬ満員である。のみならず震災後の …
娼婦美と冒険(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
貴問に曰、近来娼婦型の女人増加せるを如何思ふ乎と。然れども僕は娼婦型の女人の増加せる事実を信ずる能はず。尤も女人も家庭の外に呼吸する自由を捉へたれば、当代の女人の男子を見ること、猛 …
読書目安時間:約2分
貴問に曰、近来娼婦型の女人増加せるを如何思ふ乎と。然れども僕は娼婦型の女人の増加せる事実を信ずる能はず。尤も女人も家庭の外に呼吸する自由を捉へたれば、当代の女人の男子を見ること、猛 …
食物として(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
金沢の方言によれば「うまさうな」と云ふのは「肥つた」と云ふことである。例へば肥つた人を見ると、あの人はうまさうな人だなどとも云ふらしい。この方言は一寸食人種の使ふ言葉じみてゐて愉快 …
読書目安時間:約1分
金沢の方言によれば「うまさうな」と云ふのは「肥つた」と云ふことである。例へば肥つた人を見ると、あの人はうまさうな人だなどとも云ふらしい。この方言は一寸食人種の使ふ言葉じみてゐて愉快 …
虱(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
元治元年十一月二十六日、京都守護の任に当つてゐた、加州家の同勢は、折からの長州征伐に加はる為、国家老の長大隅守を大将にして、大阪の安治川口から、船を出した。 小頭は、佃久太夫、山岸 …
読書目安時間:約9分
元治元年十一月二十六日、京都守護の任に当つてゐた、加州家の同勢は、折からの長州征伐に加はる為、国家老の長大隅守を大将にして、大阪の安治川口から、船を出した。 小頭は、佃久太夫、山岸 …
しるこ(旧字旧仮名)
読書目安時間:約2分
久保田万太郎君の「しるこ」のことを書いてゐるのを見、僕も亦「しるこ」のことを書いて見たい欲望を感じた。震災以來の東京は梅園や松村以外には「しるこ」屋らしい「しるこ」屋は跡を絶つてし …
読書目安時間:約2分
久保田万太郎君の「しるこ」のことを書いてゐるのを見、僕も亦「しるこ」のことを書いて見たい欲望を感じた。震災以來の東京は梅園や松村以外には「しるこ」屋らしい「しるこ」屋は跡を絶つてし …
白(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
ある春の午過ぎです。白と云う犬は土を嗅ぎ嗅ぎ、静かな往来を歩いていました。狭い往来の両側にはずっと芽をふいた生垣が続き、そのまた生垣の間にはちらほら桜なども咲いています。白は生垣に …
読書目安時間:約16分
ある春の午過ぎです。白と云う犬は土を嗅ぎ嗅ぎ、静かな往来を歩いていました。狭い往来の両側にはずっと芽をふいた生垣が続き、そのまた生垣の間にはちらほら桜なども咲いています。白は生垣に …
蜃気楼(新字新仮名)
読書目安時間:約10分
或秋の午頃、僕は東京から遊びに来た大学生のK君と一しょに蜃気楼を見に出かけて行った。鵠沼の海岸に蜃気楼の見えることは誰でももう知っているであろう。現に僕の家の女中などは逆まに舟の映 …
読書目安時間:約10分
或秋の午頃、僕は東京から遊びに来た大学生のK君と一しょに蜃気楼を見に出かけて行った。鵠沼の海岸に蜃気楼の見えることは誰でももう知っているであろう。現に僕の家の女中などは逆まに舟の映 …
新緑の庭(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
桜さつぱりした雨上りです。尤も花の萼は赤いなりについてゐますが。 椎わたしもそろそろ芽をほごしませう。このちよいと鼠がかつた芽をね。 竹わたしは未だに黄疸ですよ。………… 芭蕉おつ …
読書目安時間:約1分
桜さつぱりした雨上りです。尤も花の萼は赤いなりについてゐますが。 椎わたしもそろそろ芽をほごしませう。このちよいと鼠がかつた芽をね。 竹わたしは未だに黄疸ですよ。………… 芭蕉おつ …
塵労(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
或春の午後であつた。私は知人の田崎に面会する為に彼が勤めてゐる出版書肆の狭い応接室の椅子に倚つてゐた。 「やあ、珍しいな。」 間もなく田崎は忙しさうに、万年筆を耳に挟んだ儘、如何は …
読書目安時間:約2分
或春の午後であつた。私は知人の田崎に面会する為に彼が勤めてゐる出版書肆の狭い応接室の椅子に倚つてゐた。 「やあ、珍しいな。」 間もなく田崎は忙しさうに、万年筆を耳に挟んだ儘、如何は …
素戔嗚尊(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間26分
高天原の国も春になった。 今は四方の山々を見渡しても、雪の残っている峰は一つもなかった。牛馬の遊んでいる草原は一面に仄かな緑をなすって、その裾を流れて行く天の安河の水の光も、いつか …
読書目安時間:約1時間26分
高天原の国も春になった。 今は四方の山々を見渡しても、雪の残っている峰は一つもなかった。牛馬の遊んでいる草原は一面に仄かな緑をなすって、その裾を流れて行く天の安河の水の光も、いつか …
捨児(新字新仮名)
読書目安時間:約10分
「浅草の永住町に、信行寺と云う寺がありますが、——いえ、大きな寺じゃありません。ただ日朗上人の御木像があるとか云う、相応に由緒のある寺だそうです。その寺の門前に、明治二十二年の秋、 …
読書目安時間:約10分
「浅草の永住町に、信行寺と云う寺がありますが、——いえ、大きな寺じゃありません。ただ日朗上人の御木像があるとか云う、相応に由緒のある寺だそうです。その寺の門前に、明治二十二年の秋、 …
青年と死(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
× すべて背景を用いない。宦官が二人話しながら出て来る。 ——今月も生み月になっている妃が六人いるのですからね。身重になっているのを勘定したら何十人いるかわかりませんよ。 ——それ …
読書目安時間:約8分
× すべて背景を用いない。宦官が二人話しながら出て来る。 ——今月も生み月になっている妃が六人いるのですからね。身重になっているのを勘定したら何十人いるかわかりませんよ。 ——それ …
西洋画のやうな日本画(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
中央美術社の展覧会へ行つた。 行つて見ると三つの室に、七十何点かの画が並んでゐる。それが皆日本画である。しかし唯の日本画ぢやない。いづれも経営惨憺の余になつた、西洋画のやうな日本画 …
読書目安時間:約2分
中央美術社の展覧会へ行つた。 行つて見ると三つの室に、七十何点かの画が並んでゐる。それが皆日本画である。しかし唯の日本画ぢやない。いづれも経営惨憺の余になつた、西洋画のやうな日本画 …
仙人(新字新仮名)
読書目安時間:約11分
いつごろの話だか、わからない。北支那の市から市を渡って歩く野天の見世物師に、李小二と云う男があった。鼠に芝居をさせるのを商売にしている男である。鼠を入れて置く嚢が一つ、衣装や仮面を …
読書目安時間:約11分
いつごろの話だか、わからない。北支那の市から市を渡って歩く野天の見世物師に、李小二と云う男があった。鼠に芝居をさせるのを商売にしている男である。鼠を入れて置く嚢が一つ、衣装や仮面を …
仙人(新字新仮名)
読書目安時間:約7分
皆さん。 私は今大阪にいます、ですから大阪の話をしましょう。 昔、大阪の町へ奉公に来た男がありました。名は何と云ったかわかりません。ただ飯炊奉公に来た男ですから、権助とだけ伝わって …
読書目安時間:約7分
皆さん。 私は今大阪にいます、ですから大阪の話をしましょう。 昔、大阪の町へ奉公に来た男がありました。名は何と云ったかわかりません。ただ飯炊奉公に来た男ですから、権助とだけ伝わって …
仙人(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
この「仙人」は琵琶湖に近いO町の裁判官を勤めてゐた。彼の道楽は何よりも先に古い瓢箪を集めることだつた。従つて彼の借りてゐた家には二階の戸棚の中は勿論、柱や鴨居に打つた釘にも瓢箪が幾 …
読書目安時間:約2分
この「仙人」は琵琶湖に近いO町の裁判官を勤めてゐた。彼の道楽は何よりも先に古い瓢箪を集めることだつた。従つて彼の借りてゐた家には二階の戸棚の中は勿論、柱や鴨居に打つた釘にも瓢箪が幾 …
葬儀記(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
離れで電話をかけて、皺くちゃになったフロックの袖を気にしながら、玄関へ来ると、誰もいない。客間をのぞいたら、奥さんが誰だか黒の紋付を着た人と話していた。が、そこと書斎との堺には、さ …
読書目安時間:約9分
離れで電話をかけて、皺くちゃになったフロックの袖を気にしながら、玄関へ来ると、誰もいない。客間をのぞいたら、奥さんが誰だか黒の紋付を着た人と話していた。が、そこと書斎との堺には、さ …
創作(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
僕に小説をかけと云ふのかね。書けるのなら、とうに書いてゐるさ。が、書けない。遺憾ながら、職業に逐はれてペンをとる暇がない。そこで、人に話す、その人が、それを小説に書く。僕が材料を提 …
読書目安時間:約5分
僕に小説をかけと云ふのかね。書けるのなら、とうに書いてゐるさ。が、書けない。遺憾ながら、職業に逐はれてペンをとる暇がない。そこで、人に話す、その人が、それを小説に書く。僕が材料を提 …
早春(新字新仮名)
読書目安時間:約7分
大学生の中村は薄い春のオヴァ・コオトの下に彼自身の体温を感じながら、仄暗い石の階段を博物館の二階へ登っていった。階段を登りつめた左にあるのは爬虫類の標本室である。中村はそこへはいる …
読書目安時間:約7分
大学生の中村は薄い春のオヴァ・コオトの下に彼自身の体温を感じながら、仄暗い石の階段を博物館の二階へ登っていった。階段を登りつめた左にあるのは爬虫類の標本室である。中村はそこへはいる …
漱石山房の秋(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
夜寒の細い往来を爪先上りに上つて行くと、古ぼけた板屋根の門の前へ出る。門には電灯がともつてゐるが、柱に掲げた標札の如きは、殆ど有無さへも判然しない。門をくぐると砂利が敷いてあつて、 …
読書目安時間:約4分
夜寒の細い往来を爪先上りに上つて行くと、古ぼけた板屋根の門の前へ出る。門には電灯がともつてゐるが、柱に掲げた標札の如きは、殆ど有無さへも判然しない。門をくぐると砂利が敷いてあつて、 …
漱石山房の冬(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
わたしは年少のW君と、旧友のMに案内されながら、久しぶりに先生の書斎へはひつた。 書斎は此処へ建て直つた後、すつかり日当りが悪くなつた。それから支那の五羽鶴の毯も何時の間にか大分色 …
読書目安時間:約4分
わたしは年少のW君と、旧友のMに案内されながら、久しぶりに先生の書斎へはひつた。 書斎は此処へ建て直つた後、すつかり日当りが悪くなつた。それから支那の五羽鶴の毯も何時の間にか大分色 …
装幀に就いての私の意見(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
日本のやうに機械の利用出来ぬ処では十分な事は出来ないでせうが、兎に角もつと美しい装幀の本が出て好いと思ひます。装幀者、印刷工、出版書肆に人を得れば、必しも通常の装幀費以上に多分の金 …
読書目安時間:約1分
日本のやうに機械の利用出来ぬ処では十分な事は出来ないでせうが、兎に角もつと美しい装幀の本が出て好いと思ひます。装幀者、印刷工、出版書肆に人を得れば、必しも通常の装幀費以上に多分の金 …
続西方の人(新字旧仮名)
読書目安時間:約17分
1再びこの人を見よ クリストは「万人の鏡」である。「万人の鏡」と云ふ意味は万人のクリストに傚へと云ふのではない。たつた一人のクリストの中に万人の彼等自身を発見するからである。わたし …
読書目安時間:約17分
1再びこの人を見よ クリストは「万人の鏡」である。「万人の鏡」と云ふ意味は万人のクリストに傚へと云ふのではない。たつた一人のクリストの中に万人の彼等自身を発見するからである。わたし …
続澄江堂雑記(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
一夏目先生の書 僕にも時々夏目先生の書を鑑定してくれろと言ふ人がある。が、僕の眼光ではどうも判然とは鑑定出来ない、唯まつ赤な贋せものだけはおのづから正体を現はしてくれる。僕は近頃そ …
読書目安時間:約4分
一夏目先生の書 僕にも時々夏目先生の書を鑑定してくれろと言ふ人がある。が、僕の眼光ではどうも判然とは鑑定出来ない、唯まつ赤な贋せものだけはおのづから正体を現はしてくれる。僕は近頃そ …
続芭蕉雑記(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
一人 僕は芭蕉の漢語にも新しい命を吹き込んだと書いてゐる。「蟻は六本の足を持つ」と云ふ文章は或は正硬であるかも知れない。しかし芭蕉の俳諧は度たびこの翻訳に近い冒険に功を奏してゐるの …
読書目安時間:約4分
一人 僕は芭蕉の漢語にも新しい命を吹き込んだと書いてゐる。「蟻は六本の足を持つ」と云ふ文章は或は正硬であるかも知れない。しかし芭蕉の俳諧は度たびこの翻訳に近い冒険に功を奏してゐるの …
続文芸的な、余りに文芸的な(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
一「死者生者」 「文章倶楽部」が大正時代の作品中、諸家の記憶に残つたものを尋ねた時、僕も返事をしようと思つてゐるうちについその機会を失つてしまつた。僕の記憶に残つてゐるものはまづ正 …
読書目安時間:約7分
一「死者生者」 「文章倶楽部」が大正時代の作品中、諸家の記憶に残つたものを尋ねた時、僕も返事をしようと思つてゐるうちについその機会を失つてしまつた。僕の記憶に残つてゐるものはまづ正 …
続野人生計事(新字旧仮名)
読書目安時間:約24分
一放屁 アンドレエフに百姓が鼻糞をほじる描写がある。フランスに婆さんが小便をする描写がある。しかし屁をする描写のある小説にはまだ一度も出あつたことはない。 出あつたことのないといふ …
読書目安時間:約24分
一放屁 アンドレエフに百姓が鼻糞をほじる描写がある。フランスに婆さんが小便をする描写がある。しかし屁をする描写のある小説にはまだ一度も出あつたことはない。 出あつたことのないといふ …
その頃の赤門生活(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
僕の二十六歳の時なりしと覚ゆ。大学院学生となりをりしが、当時東京に住せざりしため、退学届を出す期限に遅れ、期限後数日を経て事務所に退学届を出したりしに、事務の人は規則を厳守して受け …
読書目安時間:約3分
僕の二十六歳の時なりしと覚ゆ。大学院学生となりをりしが、当時東京に住せざりしため、退学届を出す期限に遅れ、期限後数日を経て事務所に退学届を出したりしに、事務の人は規則を厳守して受け …
素描三題(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
一お宗さん お宗さんは髪の毛の薄いためにどこへも縁づかない覚悟をしてゐた。が、髪の毛の薄いことはそれ自身お宗さんには愉快ではなかつた。お宗さんは地肌の透いた頭へいろいろの毛生え薬を …
読書目安時間:約5分
一お宗さん お宗さんは髪の毛の薄いためにどこへも縁づかない覚悟をしてゐた。が、髪の毛の薄いことはそれ自身お宗さんには愉快ではなかつた。お宗さんは地肌の透いた頭へいろいろの毛生え薬を …
大正十二年九月一日の大震に際して(新字旧仮名)
読書目安時間:約17分
一大震雑記大正十二年八月、僕は一游亭と鎌倉へ行き、平野屋別荘の客となつた。僕等の座敷の軒先はずつと藤棚になつてゐる。その又藤棚の葉の間にはちらほら紫の花が見えた。八月の藤の花は年代 …
読書目安時間:約17分
一大震雑記大正十二年八月、僕は一游亭と鎌倉へ行き、平野屋別荘の客となつた。僕等の座敷の軒先はずつと藤棚になつてゐる。その又藤棚の葉の間にはちらほら紫の花が見えた。八月の藤の花は年代 …
大導寺信輔の半生:――或精神的風景画――(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
大導寺信輔の生まれたのは本所の回向院の近所だった。彼の記憶に残っているものに美しい町は一つもなかった。美しい家も一つもなかった。殊に彼の家のまわりは穴蔵大工だの駄菓子屋だの古道具屋 …
読書目安時間:約26分
大導寺信輔の生まれたのは本所の回向院の近所だった。彼の記憶に残っているものに美しい町は一つもなかった。美しい家も一つもなかった。殊に彼の家のまわりは穴蔵大工だの駄菓子屋だの古道具屋 …
大導寺信輔の半生:―或精神的風景画―(新字旧仮名)
読書目安時間:約26分
一本所 大導寺信輔の生まれたのは本所の回向院の近所だつた。彼の記憶に残つてゐるものに美しい町は一つもなかつた。美しい家も一つもなかつた。殊に彼の家のまはりは穴蔵大工だの駄菓子屋だの …
読書目安時間:約26分
一本所 大導寺信輔の生まれたのは本所の回向院の近所だつた。彼の記憶に残つてゐるものに美しい町は一つもなかつた。美しい家も一つもなかつた。殊に彼の家のまはりは穴蔵大工だの駄菓子屋だの …
第四の夫から(新字新仮名)
読書目安時間:約6分
この手紙は印度のダアジリンのラアマ・チャブズン氏へ出す手紙の中に封入し、氏から日本へ送って貰うはずである。無事に君の手へ渡るかどうか、多少の心配もない訣ではない。しかし万一渡らなか …
読書目安時間:約6分
この手紙は印度のダアジリンのラアマ・チャブズン氏へ出す手紙の中に封入し、氏から日本へ送って貰うはずである。無事に君の手へ渡るかどうか、多少の心配もない訣ではない。しかし万一渡らなか …
滝田哲太郎君(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
◇ 滝田君に初めて会ったのは夏目先生のお宅だったであろう。が、生憎その時のことは何も記憶に残っていない。 滝田君の初めて僕の家へ来たのは僕の大学を出た年の秋、——僕の初めて「中央公 …
読書目安時間:約2分
◇ 滝田君に初めて会ったのは夏目先生のお宅だったであろう。が、生憎その時のことは何も記憶に残っていない。 滝田君の初めて僕の家へ来たのは僕の大学を出た年の秋、——僕の初めて「中央公 …
滝田哲太郎氏(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
滝田君はいつも肥っていた。のみならずいつも赤い顔をしていた。夏目先生の滝田君を金太郎と呼ばれたのも当らぬことはない。しかしあの目の細い所などは寧ろ菊慈童にそっくりだった。 僕は大学 …
読書目安時間:約3分
滝田君はいつも肥っていた。のみならずいつも赤い顔をしていた。夏目先生の滝田君を金太郎と呼ばれたのも当らぬことはない。しかしあの目の細い所などは寧ろ菊慈童にそっくりだった。 僕は大学 …
竜村平蔵氏の芸術(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
現代はせち辛い世の中である。このせち辛い世の中に、龍村平蔵さんの如く一本二千円も三千円もする女帯を織つてゐると云ふ事は或は時代の大勢に風馬牛だと云ふ非難を得るかも知れない。いや、中 …
読書目安時間:約3分
現代はせち辛い世の中である。このせち辛い世の中に、龍村平蔵さんの如く一本二千円も三千円もする女帯を織つてゐると云ふ事は或は時代の大勢に風馬牛だと云ふ非難を得るかも知れない。いや、中 …
谷崎潤一郎氏(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
僕は或初夏の午後、谷崎氏と神田をひやかしに出かけた。谷崎氏はその日も黒背広に赤い襟飾りを結んでゐた。僕はこの壮大なる襟飾りに、象徴せられたるロマンティシズムを感じた。尤もこれは僕ば …
読書目安時間:約2分
僕は或初夏の午後、谷崎氏と神田をひやかしに出かけた。谷崎氏はその日も黒背広に赤い襟飾りを結んでゐた。僕はこの壮大なる襟飾りに、象徴せられたるロマンティシズムを感じた。尤もこれは僕ば …
たね子の憂鬱(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
たね子は夫の先輩に当るある実業家の令嬢の結婚披露式の通知を貰った時、ちょうど勤め先へ出かかった夫にこう熱心に話しかけた。 「あたしも出なければ悪いでしょうか?」 「それは悪いさ。」 …
読書目安時間:約8分
たね子は夫の先輩に当るある実業家の令嬢の結婚披露式の通知を貰った時、ちょうど勤め先へ出かかった夫にこう熱心に話しかけた。 「あたしも出なければ悪いでしょうか?」 「それは悪いさ。」 …
煙草と悪魔(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
煙草は、本来、日本になかつた植物である。では、何時頃、舶載されたかと云ふと、記録によつて、年代が一致しない。或は、慶長年間と書いてあつたり、或は天文年間と書いてあつたりする。が、慶 …
読書目安時間:約13分
煙草は、本来、日本になかつた植物である。では、何時頃、舶載されたかと云ふと、記録によつて、年代が一致しない。或は、慶長年間と書いてあつたり、或は天文年間と書いてあつたりする。が、慶 …
田端人(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
この度は田端の人々を書かん。こは必ずしも交友ならず。寧ろ僕の師友なりと言ふべし。 下島勲下島先生はお医者なり。僕の一家は常に先生の御厄介になる。又空谷山人と号し、乞食俳人井月の句を …
読書目安時間:約4分
この度は田端の人々を書かん。こは必ずしも交友ならず。寧ろ僕の師友なりと言ふべし。 下島勲下島先生はお医者なり。僕の一家は常に先生の御厄介になる。又空谷山人と号し、乞食俳人井月の句を …
田端日記(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
〔八月〕二十七日 朝床の中でぐずついていたら、六時になった。何か夢を見たと思って考え出そうとしたが思いつかない。 起きて顔を洗って、にぎり飯を食って、書斎の机に向ったが、一向ものを …
読書目安時間:約9分
〔八月〕二十七日 朝床の中でぐずついていたら、六時になった。何か夢を見たと思って考え出そうとしたが思いつかない。 起きて顔を洗って、にぎり飯を食って、書斎の机に向ったが、一向ものを …
近頃の幽霊(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
西洋の幽霊——西洋と云つても英米だけだが、その英米の小説に出て来る、近頃の幽霊の話でも少ししませう。少し古い所から勘定すると、英吉利には名高い「オトラントの城」を書いたウオルポオル …
読書目安時間:約6分
西洋の幽霊——西洋と云つても英米だけだが、その英米の小説に出て来る、近頃の幽霊の話でも少ししませう。少し古い所から勘定すると、英吉利には名高い「オトラントの城」を書いたウオルポオル …
父(新字新仮名)
読書目安時間:約7分
自分が中学の四年生だった時の話である。 その年の秋、日光から足尾へかけて、三泊の修学旅行があった。「午前六時三十分上野停車場前集合、同五十分発車……」こう云う箇条が、学校から渡す謄 …
読書目安時間:約7分
自分が中学の四年生だった時の話である。 その年の秋、日光から足尾へかけて、三泊の修学旅行があった。「午前六時三十分上野停車場前集合、同五十分発車……」こう云う箇条が、学校から渡す謄 …
忠義(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
一前島林右衛門 板倉修理は、病後の疲労が稍恢復すると同時に、はげしい神経衰弱に襲われた。—— 肩がはる。頭痛がする。日頃好んでする書見にさえ、身がはいらない。廊下を通る人の足音とか …
読書目安時間:約26分
一前島林右衛門 板倉修理は、病後の疲労が稍恢復すると同時に、はげしい神経衰弱に襲われた。—— 肩がはる。頭痛がする。日頃好んでする書見にさえ、身がはいらない。廊下を通る人の足音とか …
偸盗(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間39分
「おばば、猪熊のおばば。」 朱雀綾小路の辻で、じみな紺の水干に揉烏帽子をかけた、二十ばかりの、醜い、片目の侍が、平骨の扇を上げて、通りかかりの老婆を呼びとめた。—— むし暑く夏霞の …
読書目安時間:約1時間39分
「おばば、猪熊のおばば。」 朱雀綾小路の辻で、じみな紺の水干に揉烏帽子をかけた、二十ばかりの、醜い、片目の侍が、平骨の扇を上げて、通りかかりの老婆を呼びとめた。—— むし暑く夏霞の …
澄江堂雑記(新字旧仮名)
読書目安時間:約32分
一大雅の画 僕は日頃大雅の画を欲しいと思つてゐる。しかしそれは大雅でさへあれば、金を惜まないと云ふのではない。まあせいぜい五十円位の大雅を一幅得たいのである。 大雅は偉い画描きであ …
読書目安時間:約32分
一大雅の画 僕は日頃大雅の画を欲しいと思つてゐる。しかしそれは大雅でさへあれば、金を惜まないと云ふのではない。まあせいぜい五十円位の大雅を一幅得たいのである。 大雅は偉い画描きであ …
長江游記(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
これは三年前支那に遊び、長江を溯った時の紀行である。こう云う目まぐるしい世の中に、三年前の紀行なぞは誰にも興味を与えないかも知れない。が、人生を行旅とすれば、畢竟あらゆる追憶は数年 …
読書目安時間:約15分
これは三年前支那に遊び、長江を溯った時の紀行である。こう云う目まぐるしい世の中に、三年前の紀行なぞは誰にも興味を与えないかも知れない。が、人生を行旅とすれば、畢竟あらゆる追憶は数年 …
樗牛の事(新字新仮名)
読書目安時間:約7分
中学の三年の時だった。三学期の試験をすませたあとで、休暇中読む本を買いつけの本屋から、何冊だか取りよせたことがある。夏目先生の虞美人草なども、その時その中に交っていたかと思う。が、 …
読書目安時間:約7分
中学の三年の時だった。三学期の試験をすませたあとで、休暇中読む本を買いつけの本屋から、何冊だか取りよせたことがある。夏目先生の虞美人草なども、その時その中に交っていたかと思う。が、 …
追憶(新字新仮名)
読書目安時間:約23分
一埃 僕の記憶の始まりは数え年の四つの時のことである。と言ってもたいした記憶ではない。ただ広さんという大工が一人、梯子か何かに乗ったまま玄能で天井を叩いている、天井からはぱっぱっと …
読書目安時間:約23分
一埃 僕の記憶の始まりは数え年の四つの時のことである。と言ってもたいした記憶ではない。ただ広さんという大工が一人、梯子か何かに乗ったまま玄能で天井を叩いている、天井からはぱっぱっと …
恒藤恭氏(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
恒藤恭は一高時代の親友なり。寄宿舎も同じ中寮の三番室に一年の間居りし事あり。当時の恒藤もまだ法科にはいらず。一部の乙組即ち英文科の生徒なりき。 恒藤は朝六時頃起き、午の休みには昼寝 …
読書目安時間:約4分
恒藤恭は一高時代の親友なり。寄宿舎も同じ中寮の三番室に一年の間居りし事あり。当時の恒藤もまだ法科にはいらず。一部の乙組即ち英文科の生徒なりき。 恒藤は朝六時頃起き、午の休みには昼寝 …
手紙(新字新仮名)
読書目安時間:約11分
僕は今この温泉宿に滞在しています。避暑する気もちもないではありません。しかしまだそのほかにゆっくり読んだり書いたりしたい気もちもあることは確かです。ここは旅行案内の広告によれば、神 …
読書目安時間:約11分
僕は今この温泉宿に滞在しています。避暑する気もちもないではありません。しかしまだそのほかにゆっくり読んだり書いたりしたい気もちもあることは確かです。ここは旅行案内の広告によれば、神 …
出来上った人:――室生犀星氏――(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
室生犀星はちゃんと出来上った人である。僕は実は近頃まであの位室生犀星なりに出来上っていようとは思わなかった。出来上った人と云う意味はまあ簡単に埒を明ければ、一家を成した人と思えば好 …
読書目安時間:約2分
室生犀星はちゃんと出来上った人である。僕は実は近頃まであの位室生犀星なりに出来上っていようとは思わなかった。出来上った人と云う意味はまあ簡単に埒を明ければ、一家を成した人と思えば好 …
伝吉の敵打ち(新字新仮名)
読書目安時間:約10分
これは孝子伝吉の父の仇を打った話である。 伝吉は信州水内郡笹山村の百姓の一人息子である。伝吉の父は伝三と云い、「酒を好み、博奕を好み、喧嘩口論を好」んだと云うから、まず一村の人々に …
読書目安時間:約10分
これは孝子伝吉の父の仇を打った話である。 伝吉は信州水内郡笹山村の百姓の一人息子である。伝吉の父は伝三と云い、「酒を好み、博奕を好み、喧嘩口論を好」んだと云うから、まず一村の人々に …
点鬼簿(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
僕の母は狂人だった。僕は一度も僕の母に母らしい親しみを感じたことはない。僕の母は髪を櫛巻きにし、いつも芝の実家にたった一人坐りながら、長煙管ですぱすぱ煙草を吸っている。顔も小さけれ …
読書目安時間:約9分
僕の母は狂人だった。僕は一度も僕の母に母らしい親しみを感じたことはない。僕の母は髪を櫛巻きにし、いつも芝の実家にたった一人坐りながら、長煙管ですぱすぱ煙草を吸っている。顔も小さけれ …
点心(新字旧仮名)
読書目安時間:約16分
御降り 今日は御降りである。尤も歳事記を検べて見たら、二日は御降りと云はぬかも知れぬ。が蓬莱を飾つた二階にゐれば、やはり心もちは御降りである。下では赤ん坊が泣き続けてゐる。舌に腫物 …
読書目安時間:約16分
御降り 今日は御降りである。尤も歳事記を検べて見たら、二日は御降りと云はぬかも知れぬ。が蓬莱を飾つた二階にゐれば、やはり心もちは御降りである。下では赤ん坊が泣き続けてゐる。舌に腫物 …
東京小品(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
鏡 自分は無暗に書物ばかり積んである書斎の中に蹲つて、寂しい春の松の内を甚だらしなく消光してゐた。本をひろげて見たり、好い加減な文章を書いて見たり、それにも飽きると出たらめな俳句を …
読書目安時間:約9分
鏡 自分は無暗に書物ばかり積んである書斎の中に蹲つて、寂しい春の松の内を甚だらしなく消光してゐた。本をひろげて見たり、好い加減な文章を書いて見たり、それにも飽きると出たらめな俳句を …
東京に生れて(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
変化の激しい都会 僕に東京の印象を話せといふのは無理である。何故といへば、或る印象を得るためには、印象するものと、印象されるものとの間に、或る新鮮さがなければならない。ところが、僕 …
読書目安時間:約2分
変化の激しい都会 僕に東京の印象を話せといふのは無理である。何故といへば、或る印象を得るためには、印象するものと、印象されるものとの間に、或る新鮮さがなければならない。ところが、僕 …
東西問答(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
問現代の作家に就いて、比較上の問題ですが、東洋種と西洋種とに区別したら如何なものでせうか。 答それは東洋種と西洋種とに分けられるかも知れない。けれども多少の西洋種を交へて居ないもの …
読書目安時間:約4分
問現代の作家に就いて、比較上の問題ですが、東洋種と西洋種とに区別したら如何なものでせうか。 答それは東洋種と西洋種とに分けられるかも知れない。けれども多少の西洋種を交へて居ないもの …
道祖問答(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
天王寺の別当、道命阿闍梨は、ひとりそっと床をぬけ出すと、経机の前へにじりよって、その上に乗っている法華経八の巻を灯の下に繰りひろげた。 切り燈台の火は、花のような丁字をむすびながら …
読書目安時間:約5分
天王寺の別当、道命阿闍梨は、ひとりそっと床をぬけ出すと、経机の前へにじりよって、その上に乗っている法華経八の巻を灯の下に繰りひろげた。 切り燈台の火は、花のような丁字をむすびながら …
動物園(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
象 象よ。キツプリングは昔お前の先祖が、鰐に鼻を啣へられたものだから、未だにお前まで長い鼻をぶら下げて歩いてゐると云つた。が、おれにはどうしても、あいつの云ふ事が信用出来ない。お前 …
読書目安時間:約7分
象 象よ。キツプリングは昔お前の先祖が、鰐に鼻を啣へられたものだから、未だにお前まで長い鼻をぶら下げて歩いてゐると云つた。が、おれにはどうしても、あいつの云ふ事が信用出来ない。お前 …
東洋の秋(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
おれは日比谷公園を歩いてゐた。 空には薄雲が重なり合つて、地平に近い樹々の上だけ、僅にほの青い色を残してゐる。そのせゐか秋の木の間の路は、まだ夕暮が来ない内に、砂も、石も、枯草も、 …
読書目安時間:約3分
おれは日比谷公園を歩いてゐた。 空には薄雲が重なり合つて、地平に近い樹々の上だけ、僅にほの青い色を残してゐる。そのせゐか秋の木の間の路は、まだ夕暮が来ない内に、砂も、石も、枯草も、 …
都会で(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
風に靡いたマツチの炎ほど無気味にも美しい青いろはない。 二 如何に都会を愛するか?——過去の多い女を愛するやうに。雪の降つた公園の枯芝は何よりも砂糖漬にそつくりである。 四 僕に中 …
読書目安時間:約2分
風に靡いたマツチの炎ほど無気味にも美しい青いろはない。 二 如何に都会を愛するか?——過去の多い女を愛するやうに。雪の降つた公園の枯芝は何よりも砂糖漬にそつくりである。 四 僕に中 …
読書の態度(旧字旧仮名)
読書目安時間:約4分
婦人に何ういふ書物を讀ませたらいゝかといふ事を話す前に、一體、婦人のみに讀ませるといふやうな書物があるかどうか、それを考へて見なければならない。 すると、先づ裁縫の本とか、料理の本 …
読書目安時間:約4分
婦人に何ういふ書物を讀ませたらいゝかといふ事を話す前に、一體、婦人のみに讀ませるといふやうな書物があるかどうか、それを考へて見なければならない。 すると、先づ裁縫の本とか、料理の本 …
杜子春(新字旧仮名)
読書目安時間:約19分
或春の日暮です。 唐の都洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでゐる、一人の若者がありました。 若者は名は杜子春といつて、元は金持の息子でしたが、今は財産を費ひ尽して、その日の暮しに …
読書目安時間:約19分
或春の日暮です。 唐の都洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでゐる、一人の若者がありました。 若者は名は杜子春といつて、元は金持の息子でしたが、今は財産を費ひ尽して、その日の暮しに …
杜子春(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
或春の日暮です。 唐の都洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました。 若者は名を杜子春といって、元は金持の息子でしたが、今は財産を費い尽して、その日の暮しに …
読書目安時間:約19分
或春の日暮です。 唐の都洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました。 若者は名を杜子春といって、元は金持の息子でしたが、今は財産を費い尽して、その日の暮しに …
豊島与志雄氏の事(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
豊島は僕より一年前に仏文を出た先輩だから、親しく話しをするようになったのは、寧ろ最近の事である。僕が始めて豊島与志雄と云う名を知ったのは、一高の校友会雑誌に、「褪紅色の珠」と云う小 …
読書目安時間:約3分
豊島は僕より一年前に仏文を出た先輩だから、親しく話しをするようになったのは、寧ろ最近の事である。僕が始めて豊島与志雄と云う名を知ったのは、一高の校友会雑誌に、「褪紅色の珠」と云う小 …
虎の話(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
師走の或夜、父は五歳になる男の子を抱き、一しよに炬燵へはひつてゐる。 子お父さん何かお話しをして! 父何の話? 子何でも。……うん、虎のお話が好いや。 父虎の話?虎の話は困つたな。 …
読書目安時間:約3分
師走の或夜、父は五歳になる男の子を抱き、一しよに炬燵へはひつてゐる。 子お父さん何かお話しをして! 父何の話? 子何でも。……うん、虎のお話が好いや。 父虎の話?虎の話は困つたな。 …
トロツコ(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まつたのは、良平の八つの年だつた。良平は毎日村外れへ、その工事を見物に行つた。工事を——といつた所が、唯トロツコで土を運搬する——それが面白さ …
読書目安時間:約9分
小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まつたのは、良平の八つの年だつた。良平は毎日村外れへ、その工事を見物に行つた。工事を——といつた所が、唯トロツコで土を運搬する——それが面白さ …
トロッコ(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まったのは、良平の八つの年だった。良平は毎日村外れへ、その工事を見物に行った。工事を——といったところが、唯トロッコで土を運搬する——それが面 …
読書目安時間:約9分
小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まったのは、良平の八つの年だった。良平は毎日村外れへ、その工事を見物に行った。工事を——といったところが、唯トロッコで土を運搬する——それが面 …
長崎(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
菱形の凧。サント・モンタニの空に揚つた凧。うらうらと幾つも漂つた凧。 路ばたに商ふ夏蜜柑やバナナ。敷石の日ざしに火照るけはひ。町一ぱいに飛ぶ燕。 丸山の廓の見返り柳。 運河には石の …
読書目安時間:約1分
菱形の凧。サント・モンタニの空に揚つた凧。うらうらと幾つも漂つた凧。 路ばたに商ふ夏蜜柑やバナナ。敷石の日ざしに火照るけはひ。町一ぱいに飛ぶ燕。 丸山の廓の見返り柳。 運河には石の …
長崎小品(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
薄暗き硝子戸棚の中。絵画、陶器、唐皮、更緲、牙彫、鋳金等種々の異国関係史料、処狭きまでに置き並べたるを見る。初夏の午後。遙にちやるめらの音聞ゆ。 久しき沈黙の後、司馬江漢筆の蘭人、 …
読書目安時間:約6分
薄暗き硝子戸棚の中。絵画、陶器、唐皮、更緲、牙彫、鋳金等種々の異国関係史料、処狭きまでに置き並べたるを見る。初夏の午後。遙にちやるめらの音聞ゆ。 久しき沈黙の後、司馬江漢筆の蘭人、 …
夏目先生と滝田さん(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
私がまだ赤門を出て間もなく、久米正雄君と一ノ宮へ行った時でした。夏目先生が手紙で「毎木曜日にワルモノグイが来て、何んでも字を書かせて取って行く」という意味のことを云って寄越されたの …
読書目安時間:約2分
私がまだ赤門を出て間もなく、久米正雄君と一ノ宮へ行った時でした。夏目先生が手紙で「毎木曜日にワルモノグイが来て、何んでも字を書かせて取って行く」という意味のことを云って寄越されたの …
南京の基督(新字旧仮名)
読書目安時間:約20分
或秋の夜半であつた。南京奇望街の或家の一間には、色の蒼ざめた支那の少女が一人、古びた卓の上に頬杖をついて、盆に入れた西瓜の種を退屈さうに噛み破つてゐた。 卓の上には置きランプが、う …
読書目安時間:約20分
或秋の夜半であつた。南京奇望街の或家の一間には、色の蒼ざめた支那の少女が一人、古びた卓の上に頬杖をついて、盆に入れた西瓜の種を退屈さうに噛み破つてゐた。 卓の上には置きランプが、う …
廿年後之戦争(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
一九二六年四月二十日水曜日の朝端しなくも東京に発表せられしロイテル電報は政治社会及商業社会に少なからぬ畏懼と激動とを与へぬ報は火曜日の夜日本領瓜哇発にて其文左の如し 今午後の事也昨 …
読書目安時間:約10分
一九二六年四月二十日水曜日の朝端しなくも東京に発表せられしロイテル電報は政治社会及商業社会に少なからぬ畏懼と激動とを与へぬ報は火曜日の夜日本領瓜哇発にて其文左の如し 今午後の事也昨 …
偽者二題(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
この夏僕のところへ、山形県から手紙が来た。手紙を出した人は、山崎操と云ふ人だつた。これが今迄、手紙を貰つたこともなければ逢つたこともない人だつた。 ところが、手紙をあけてみると、あ …
読書目安時間:約3分
この夏僕のところへ、山形県から手紙が来た。手紙を出した人は、山崎操と云ふ人だつた。これが今迄、手紙を貰つたこともなければ逢つたこともない人だつた。 ところが、手紙をあけてみると、あ …
尼提(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
舎衛城は人口の多い都である。が、城の面積は人口の多い割に広くはない。従ってまた厠溷も多くはない。城中の人々はそのためにたいていはわざわざ城外へ出、大小便をすることに定めている。ただ …
読書目安時間:約5分
舎衛城は人口の多い都である。が、城の面積は人口の多い割に広くはない。従ってまた厠溷も多くはない。城中の人々はそのためにたいていはわざわざ城外へ出、大小便をすることに定めている。ただ …
日光小品(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
大谷川 馬返しをすぎて少し行くと大谷川の見える所へ出た。落葉に埋もれた石の上に腰をおろして川を見る。川はずうっと下の谷底を流れているので幅がやっと五、六尺に見える。川をはさんだ山は …
読書目安時間:約9分
大谷川 馬返しをすぎて少し行くと大谷川の見える所へ出た。落葉に埋もれた石の上に腰をおろして川を見る。川はずうっと下の谷底を流れているので幅がやっと五、六尺に見える。川をはさんだ山は …
日本小説の支那訳(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
上海の商務印書館から世界叢書と云ふものが出てゐる。その一つが「現代日本小説集」である。これに輯めてあるのは国木田独歩、夏目漱石、森鴎外、鈴木三重吉、武者小路実篤、有島武郎、長与善郎 …
読書目安時間:約3分
上海の商務印書館から世界叢書と云ふものが出てゐる。その一つが「現代日本小説集」である。これに輯めてあるのは国木田独歩、夏目漱石、森鴎外、鈴木三重吉、武者小路実篤、有島武郎、長与善郎 …
日本の女(新字旧仮名)
読書目安時間:約15分
ここに面白い本がある。本の名は「ジヤパン」で、発行されたのは一八五二年である。著者はチヤアレス・マツクフアレエンといひ、日本に来たことはないが、頗る日本に興味をもつた人である。少く …
読書目安時間:約15分
ここに面白い本がある。本の名は「ジヤパン」で、発行されたのは一八五二年である。著者はチヤアレス・マツクフアレエンといひ、日本に来たことはないが、頗る日本に興味をもつた人である。少く …
入社の辞(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
予は過去二年間、海軍機関学校で英語を教へた。この二年間は、予にとつて、決して不快な二年間ではない。何故と云へば予は従来、公務の余暇を以て創作に従事し得る——或は創作の余暇を以て公務 …
読書目安時間:約3分
予は過去二年間、海軍機関学校で英語を教へた。この二年間は、予にとつて、決して不快な二年間ではない。何故と云へば予は従来、公務の余暇を以て創作に従事し得る——或は創作の余暇を以て公務 …
女仙(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
昔、支那の或田舎に書生が一人住んでいました。何しろ支那のことですから、桃の花の咲いた窓の下に本ばかり読んでいたのでしょう。すると、この書生の家の隣に年の若い女が一人、——それも美し …
読書目安時間:約2分
昔、支那の或田舎に書生が一人住んでいました。何しろ支那のことですから、桃の花の咲いた窓の下に本ばかり読んでいたのでしょう。すると、この書生の家の隣に年の若い女が一人、——それも美し …
女体(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
楊某と云う支那人が、ある夏の夜、あまり蒸暑いのに眼がさめて、頬杖をつきながら腹んばいになって、とりとめのない妄想に耽っていると、ふと一匹の虱が寝床の縁を這っているのに気がついた。部 …
読書目安時間:約3分
楊某と云う支那人が、ある夏の夜、あまり蒸暑いのに眼がさめて、頬杖をつきながら腹んばいになって、とりとめのない妄想に耽っていると、ふと一匹の虱が寝床の縁を這っているのに気がついた。部 …
庭(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
それはこの宿の本陣に当る、中村と云ふ旧家の庭だつた。 庭は御維新後十年ばかりの間は、どうにか旧態を保つてゐた。瓢箪なりの池も澄んでゐれば、築山の松の枝もしだれてゐた。栖鶴軒、洗心亭 …
読書目安時間:約11分
それはこの宿の本陣に当る、中村と云ふ旧家の庭だつた。 庭は御維新後十年ばかりの間は、どうにか旧態を保つてゐた。瓢箪なりの池も澄んでゐれば、築山の松の枝もしだれてゐた。栖鶴軒、洗心亭 …
沼(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
おれは沼のほとりを歩いてゐる。 昼か、夜か、それもおれにはわからない。唯、どこかで蒼鷺の啼く声がしたと思つたら、蔦葛に掩はれた木々の梢に、薄明りの仄めく空が見えた。 沼にはおれの丈 …
読書目安時間:約3分
おれは沼のほとりを歩いてゐる。 昼か、夜か、それもおれにはわからない。唯、どこかで蒼鷺の啼く声がしたと思つたら、蔦葛に掩はれた木々の梢に、薄明りの仄めく空が見えた。 沼にはおれの丈 …
沼地(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
ある雨の降る日の午後であった。私はある絵画展覧会場の一室で、小さな油絵を一枚発見した。発見——と云うと大袈裟だが、実際そう云っても差支えないほど、この画だけは思い切って彩光の悪い片 …
読書目安時間:約4分
ある雨の降る日の午後であった。私はある絵画展覧会場の一室で、小さな油絵を一枚発見した。発見——と云うと大袈裟だが、実際そう云っても差支えないほど、この画だけは思い切って彩光の悪い片 …
葱(新字新仮名)
読書目安時間:約17分
おれは締切日を明日に控えた今夜、一気呵成にこの小説を書こうと思う。いや、書こうと思うのではない。書かなければならなくなってしまったのである。では何を書くかと云うと、——それは次の本 …
読書目安時間:約17分
おれは締切日を明日に控えた今夜、一気呵成にこの小説を書こうと思う。いや、書こうと思うのではない。書かなければならなくなってしまったのである。では何を書くかと云うと、——それは次の本 …
鼠小僧次郎吉(新字旧仮名)
読書目安時間:約25分
或初秋の日暮であつた。 汐留の船宿、伊豆屋の表二階には、遊び人らしい二人の男が、さつきから差し向ひで、頻に献酬を重ねてゐた。 一人は色の浅黒い、小肥りに肥つた男で、形の如く結城の単 …
読書目安時間:約25分
或初秋の日暮であつた。 汐留の船宿、伊豆屋の表二階には、遊び人らしい二人の男が、さつきから差し向ひで、頻に献酬を重ねてゐた。 一人は色の浅黒い、小肥りに肥つた男で、形の如く結城の単 …
念仁波念遠入礼帖(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
燕雀生といふ人、「文芸春秋」三月号に泥古残念帖と言ふものを寄せたり。この帖を見るに我等の首肯し難き事二三あれば、左にその二三を記し、燕雀生の下問を仰がん。春台の語、老子に出でたりと …
読書目安時間:約2分
燕雀生といふ人、「文芸春秋」三月号に泥古残念帖と言ふものを寄せたり。この帖を見るに我等の首肯し難き事二三あれば、左にその二三を記し、燕雀生の下問を仰がん。春台の語、老子に出でたりと …
年末の一日(新字新仮名)
読書目安時間:約6分
………僕は何でも雑木の生えた、寂しい崖の上を歩いて行った。崖の下はすぐに沼になっていた。その又沼の岸寄りには水鳥が二羽泳いでいた。どちらも薄い苔の生えた石の色に近い水鳥だった。僕は …
読書目安時間:約6分
………僕は何でも雑木の生えた、寂しい崖の上を歩いて行った。崖の下はすぐに沼になっていた。その又沼の岸寄りには水鳥が二羽泳いでいた。どちらも薄い苔の生えた石の色に近い水鳥だった。僕は …
野呂松人形(新字新仮名)
読書目安時間:約7分
野呂松人形を使うから、見に来ないかと云う招待が突然来た。招待してくれたのは、知らない人である。が、文面で、その人が、僕の友人の知人だと云う事がわかった。「K氏も御出の事と存じ候えば …
読書目安時間:約7分
野呂松人形を使うから、見に来ないかと云う招待が突然来た。招待してくれたのは、知らない人である。が、文面で、その人が、僕の友人の知人だと云う事がわかった。「K氏も御出の事と存じ候えば …
八宝飯(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
石敢当 今東光君は好学の美少年、「文芸春秋」二月号に桂川中良の桂林漫録を引き、大いに古琉球風物詩集の著者、佐藤惣之助君の無学を嗤ふ。瀟麗の文章風貌に遜らず、風前の玉樹も若かざるもの …
読書目安時間:約6分
石敢当 今東光君は好学の美少年、「文芸春秋」二月号に桂川中良の桂林漫録を引き、大いに古琉球風物詩集の著者、佐藤惣之助君の無学を嗤ふ。瀟麗の文章風貌に遜らず、風前の玉樹も若かざるもの …
俳画展覧会を観て(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
俳画展覧会へ行つて見たら、先づ下村為山さんの半折が、皆うまいので驚いた。が、実を云ふと、うまい以上に高いのでも驚いた。尤もこれは為山さんばかりぢやない。諸先生の俳画に対して、皆多少 …
読書目安時間:約2分
俳画展覧会へ行つて見たら、先づ下村為山さんの半折が、皆うまいので驚いた。が、実を云ふと、うまい以上に高いのでも驚いた。尤もこれは為山さんばかりぢやない。諸先生の俳画に対して、皆多少 …
梅花に対する感情:このジャアナリズムの一篇を謹厳なる西川英次郎君に献ず(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
予等は芸術の士なるが故に、如実に万象を観ざる可らず。少くとも万人の眼光を借らず、予等の眼光を以て見ざる可らず。古来偉大なる芸術の士は皆この独自の眼光を有し、おのづから独自の表現を成 …
読書目安時間:約4分
予等は芸術の士なるが故に、如実に万象を観ざる可らず。少くとも万人の眼光を借らず、予等の眼光を以て見ざる可らず。古来偉大なる芸術の士は皆この独自の眼光を有し、おのづから独自の表現を成 …
売文問答(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
編輯者わたしの方の雑誌の来月号に何か書いて貰へないでせうか? 作家駄目です。この頃のやうに病気ばかりしてゐては、到底何もかけません。 編輯者其処を特に頼みたいのですが。 この間に書 …
読書目安時間:約4分
編輯者わたしの方の雑誌の来月号に何か書いて貰へないでせうか? 作家駄目です。この頃のやうに病気ばかりしてゐては、到底何もかけません。 編輯者其処を特に頼みたいのですが。 この間に書 …
歯車(新字旧仮名)
読書目安時間:約50分
一レエン・コオト 僕は或知り人の結婚披露式につらなる為に鞄を一つ下げたまま、東海道の或停車場へその奥の避暑地から自動車を飛ばした。自動車の走る道の両がはは大抵松ばかり茂つてゐた。上 …
読書目安時間:約50分
一レエン・コオト 僕は或知り人の結婚披露式につらなる為に鞄を一つ下げたまま、東海道の或停車場へその奥の避暑地から自動車を飛ばした。自動車の走る道の両がはは大抵松ばかり茂つてゐた。上 …
歯車(新字新仮名)
読書目安時間:約50分
一レエン・コオト 僕は或知り人の結婚披露式につらなる為に鞄を一つ下げたまま、東海道の或停車場へその奥の避暑地から自動車を飛ばした。自動車の走る道の両がわは大抵松ばかり茂っていた。上 …
読書目安時間:約50分
一レエン・コオト 僕は或知り人の結婚披露式につらなる為に鞄を一つ下げたまま、東海道の或停車場へその奥の避暑地から自動車を飛ばした。自動車の走る道の両がわは大抵松ばかり茂っていた。上 …
芭蕉雑記(新字旧仮名)
読書目安時間:約26分
一著書 芭蕉は一巻の書も著はしたことはない。所謂芭蕉の七部集なるものも悉門人の著はしたものである。これは芭蕉自身の言葉によれば、名聞を好まぬ為だつたらしい。 「曲翠問、発句を取りあ …
読書目安時間:約26分
一著書 芭蕉は一巻の書も著はしたことはない。所謂芭蕉の七部集なるものも悉門人の著はしたものである。これは芭蕉自身の言葉によれば、名聞を好まぬ為だつたらしい。 「曲翠問、発句を取りあ …
パステルの竜(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
これは上海滞在中、病間に訳したものである。シムボリズムからイマジズムに移つて行つた、英仏の詩の変遷は、この二人の女詩人の作にも、多少は窺ふ事が出来るかも知れない。名高いゴオテイエの …
読書目安時間:約3分
これは上海滞在中、病間に訳したものである。シムボリズムからイマジズムに移つて行つた、英仏の詩の変遷は、この二人の女詩人の作にも、多少は窺ふ事が出来るかも知れない。名高いゴオテイエの …
はつきりした形をとる為めに(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
中村さん。 私は目下例の通り断り切れなくなつて、引き受けた原稿を、うんうん云ひながら書いてゐるので、あなたの出された問題に応じる丈、頭を整理してゐる余裕がありません。そこへあなたの …
読書目安時間:約3分
中村さん。 私は目下例の通り断り切れなくなつて、引き受けた原稿を、うんうん云ひながら書いてゐるので、あなたの出された問題に応じる丈、頭を整理してゐる余裕がありません。そこへあなたの …
鼻(新字新仮名)
読書目安時間:約12分
禅智内供の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。長さは五六寸あって上唇の上から顋の下まで下っている。形は元も先も同じように太い。云わば細長い腸詰めのような物が、ぶらりと顔のまん中か …
読書目安時間:約12分
禅智内供の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。長さは五六寸あって上唇の上から顋の下まで下っている。形は元も先も同じように太い。云わば細長い腸詰めのような物が、ぶらりと顔のまん中か …
母(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
部屋の隅に据えた姿見には、西洋風に壁を塗った、しかも日本風の畳がある、——上海特有の旅館の二階が、一部分はっきり映っている。まずつきあたりに空色の壁、それから真新しい何畳かの畳、最 …
読書目安時間:約18分
部屋の隅に据えた姿見には、西洋風に壁を塗った、しかも日本風の畳がある、——上海特有の旅館の二階が、一部分はっきり映っている。まずつきあたりに空色の壁、それから真新しい何畳かの畳、最 …
春(新字新仮名)
読書目安時間:約20分
ある花曇りの朝だった。広子は京都の停車場から東京行の急行列車に乗った。それは結婚後二年ぶりに母親の機嫌を伺うためもあれば、母かたの祖父の金婚式へ顔をつらねるためもあった。しかしまだ …
読書目安時間:約20分
ある花曇りの朝だった。広子は京都の停車場から東京行の急行列車に乗った。それは結婚後二年ぶりに母親の機嫌を伺うためもあれば、母かたの祖父の金婚式へ顔をつらねるためもあった。しかしまだ …
春の日のさした往来をぶらぶら一人歩いてゐる(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
春の日のさした往来をぶらぶら一人歩いてゐる。向うから来るのは屋根屋の親かた。屋根屋の親かたもこの節は紺の背広に中折帽をかぶり、ゴムか何かの長靴をはいてゐる。それにしても大きい長靴だ …
読書目安時間:約2分
春の日のさした往来をぶらぶら一人歩いてゐる。向うから来るのは屋根屋の親かた。屋根屋の親かたもこの節は紺の背広に中折帽をかぶり、ゴムか何かの長靴をはいてゐる。それにしても大きい長靴だ …
春の夜は(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
僕はコンクリイトの建物の並んだ丸の内の裏通りを歩いてゐた。すると何か匀を感じた。何か、?——ではない。野菜サラドの匀である。僕はあたりを見まはした。が、アスフアルトの往来には五味箱 …
読書目安時間:約3分
僕はコンクリイトの建物の並んだ丸の内の裏通りを歩いてゐた。すると何か匀を感じた。何か、?——ではない。野菜サラドの匀である。僕はあたりを見まはした。が、アスフアルトの往来には五味箱 …
春の夜(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
これは近頃Nさんと云う看護婦に聞いた話である。Nさんは中々利かぬ気らしい。いつも乾いた唇のかげに鋭い犬歯の見える人である。 僕は当時僕の弟の転地先の宿屋の二階に大腸加答児を起して横 …
読書目安時間:約5分
これは近頃Nさんと云う看護婦に聞いた話である。Nさんは中々利かぬ気らしい。いつも乾いた唇のかげに鋭い犬歯の見える人である。 僕は当時僕の弟の転地先の宿屋の二階に大腸加答児を起して横 …
手巾(新字旧仮名)
読書目安時間:約15分
東京帝国法科大学教授、長谷川謹造先生は、ヴエランダの籐椅子に腰をかけて、ストリントベルクの作劇術を読んでゐた。 先生の専門は、植民政策の研究である。従つて読者には、先生がドラマトウ …
読書目安時間:約15分
東京帝国法科大学教授、長谷川謹造先生は、ヴエランダの籐椅子に腰をかけて、ストリントベルクの作劇術を読んでゐた。 先生の専門は、植民政策の研究である。従つて読者には、先生がドラマトウ …
ピアノ(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
或雨のふる秋の日、わたしは或人を訪ねる為に横浜の山手を歩いて行つた。この辺の荒廃は震災当時と殆ど変つてゐなかつた。若し少しでも変つてゐるとすれば、それは一面にスレヱトの屋根や煉瓦の …
読書目安時間:約3分
或雨のふる秋の日、わたしは或人を訪ねる為に横浜の山手を歩いて行つた。この辺の荒廃は震災当時と殆ど変つてゐなかつた。若し少しでも変つてゐるとすれば、それは一面にスレヱトの屋根や煉瓦の …
微笑(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
僕が大学を卒業した年の夏、久米正雄と一緒に上総の一ノ宮の海岸に遊びに行つた。それは遊びに行つたといつても、本を読んだり、原稿を書いたりしてゐたには違ひないが、まあ一日の大部分は海に …
読書目安時間:約2分
僕が大学を卒業した年の夏、久米正雄と一緒に上総の一ノ宮の海岸に遊びに行つた。それは遊びに行つたといつても、本を読んだり、原稿を書いたりしてゐたには違ひないが、まあ一日の大部分は海に …
尾生の信(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
尾生は橋の下に佇んで、さっきから女の来るのを待っている。 見上げると、高い石の橋欄には、蔦蘿が半ば這いかかって、時々その間を通りすぎる往来の人の白衣の裾が、鮮かな入日に照らされなが …
読書目安時間:約4分
尾生は橋の下に佇んで、さっきから女の来るのを待っている。 見上げると、高い石の橋欄には、蔦蘿が半ば這いかかって、時々その間を通りすぎる往来の人の白衣の裾が、鮮かな入日に照らされなが …
人及び芸術家としての薄田泣菫氏:薄田泣菫氏及び同令夫人に献ず(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
序文 人及び詩人としての薄田泣菫氏を論じたものは予の著述を以て嚆矢とするであらう。只不幸にも「サンデイ毎日」の紙面の制限を受ける為に多少の省略を加へたのは頗る遺——序文以下省略。 …
読書目安時間:約4分
序文 人及び詩人としての薄田泣菫氏を論じたものは予の著述を以て嚆矢とするであらう。只不幸にも「サンデイ毎日」の紙面の制限を受ける為に多少の省略を加へたのは頗る遺——序文以下省略。 …
一塊の土(新字旧仮名)
読書目安時間:約19分
お住の倅に死別れたのは茶摘みのはじまる時候だつた。倅の仁太郎は足かけ八年、腰ぬけ同様に床に就いてゐた。かう云ふ倅の死んだことは「後生よし」と云はれるお住にも、悲しいとばかりは限らな …
読書目安時間:約19分
お住の倅に死別れたのは茶摘みのはじまる時候だつた。倅の仁太郎は足かけ八年、腰ぬけ同様に床に就いてゐた。かう云ふ倅の死んだことは「後生よし」と云はれるお住にも、悲しいとばかりは限らな …
一つの作が出来上るまで:――「枯野抄」――「奉教人の死」――(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
或る一つの作品を書かうと思つて、それが色々の径路を辿つてから出来上がる場合と、直ぐ初めの計画通りに書き上がる場合とがある。例へば最初は土瓶を書かうと思つてゐて、それが何時の間にか鉄 …
読書目安時間:約4分
或る一つの作品を書かうと思つて、それが色々の径路を辿つてから出来上がる場合と、直ぐ初めの計画通りに書き上がる場合とがある。例へば最初は土瓶を書かうと思つてゐて、それが何時の間にか鉄 …
一人の無名作家(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
七八年前のことです。加賀でしたか能登でしたか、なんでも北国の方の同人雑誌でした。今では、その雑誌の名も覚えて居ませんが、平家物語に主題を取つて書いた小説の載つてゐるのを見たことがあ …
読書目安時間:約2分
七八年前のことです。加賀でしたか能登でしたか、なんでも北国の方の同人雑誌でした。今では、その雑誌の名も覚えて居ませんが、平家物語に主題を取つて書いた小説の載つてゐるのを見たことがあ …
雛(新字旧仮名)
読書目安時間:約23分
箱を出る顔忘れめや雛二対蕪村 これは或老女の話である。 ……横浜の或亜米利加人へ雛を売る約束の出来たのは十一月頃のことでございます。紀の国屋と申したわたしの家は親代々諸大名のお金御 …
読書目安時間:約23分
箱を出る顔忘れめや雛二対蕪村 これは或老女の話である。 ……横浜の或亜米利加人へ雛を売る約束の出来たのは十一月頃のことでございます。紀の国屋と申したわたしの家は親代々諸大名のお金御 …
病牀雑記(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
一、病中閑なるを幸ひ、諸雑誌の小説を十五篇ばかり読む。滝井君の「ゲテモノ」同君の作中にても一頭地を抜ける出来栄えなり。親父にも、倅にも、風景にも、朴にして雅を破らざること、もろこし …
読書目安時間:約3分
一、病中閑なるを幸ひ、諸雑誌の小説を十五篇ばかり読む。滝井君の「ゲテモノ」同君の作中にても一頭地を抜ける出来栄えなり。親父にも、倅にも、風景にも、朴にして雅を破らざること、もろこし …
病中雑記(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
一毎年一二月の間になれば、胃を損じ、腸を害し、更に神経性狭心症に罹り、鬱々として日を暮らすこと多し。今年も亦その例に洩れず。ぼんやり置炬燵に当りをれば、気違ひになる前の心もちはかか …
読書目安時間:約4分
一毎年一二月の間になれば、胃を損じ、腸を害し、更に神経性狭心症に罹り、鬱々として日を暮らすこと多し。今年も亦その例に洩れず。ぼんやり置炬燵に当りをれば、気違ひになる前の心もちはかか …
ひょっとこ(新字新仮名)
読書目安時間:約12分
吾妻橋の欄干によって、人が大ぜい立っている。時々巡査が来て小言を云うが、すぐまた元のように人山が出来てしまう。皆、この橋の下を通る花見の船を見に、立っているのである。 船は川下から …
読書目安時間:約12分
吾妻橋の欄干によって、人が大ぜい立っている。時々巡査が来て小言を云うが、すぐまた元のように人山が出来てしまう。皆、この橋の下を通る花見の船を見に、立っているのである。 船は川下から …
平田先生の翻訳(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
国民文庫刊行会の「世界名作大観」の第一部の十六冊の——どうも少し長い。が、兎に角国民文庫刊行会の「世界名作大観」の第一部の十六冊の大部分は平田禿木先生の翻訳である。平田先生にはまだ …
読書目安時間:約3分
国民文庫刊行会の「世界名作大観」の第一部の十六冊の——どうも少し長い。が、兎に角国民文庫刊行会の「世界名作大観」の第一部の十六冊の大部分は平田禿木先生の翻訳である。平田先生にはまだ …
比呂志との問答(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
僕は鼠になつて逃げるらあ。 ぢや、お父さんは猫になるから好い。 そうすりやこつちは熊になつちまふ。 熊になりや虎になつて追つかけるぞ。 何だ、虎なんぞ。ライオンになりや何でもないや …
読書目安時間:約1分
僕は鼠になつて逃げるらあ。 ぢや、お父さんは猫になるから好い。 そうすりやこつちは熊になつちまふ。 熊になりや虎になつて追つかけるぞ。 何だ、虎なんぞ。ライオンになりや何でもないや …
風変りな作品に就いて(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
「貴君の作品の中で、愛着を持つてゐらつしやるものか、好きなものはありませんか」と云はれると、一寸困る。さういふ条件の小説を特別に選り出す事は出来ないし、又特別に取扱はなくてはならな …
読書目安時間:約3分
「貴君の作品の中で、愛着を持つてゐらつしやるものか、好きなものはありませんか」と云はれると、一寸困る。さういふ条件の小説を特別に選り出す事は出来ないし、又特別に取扱はなくてはならな …
不思議な島(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
僕は籐の長椅子にぼんやり横になっている。目の前に欄干のあるところをみると、どうも船の甲板らしい。欄干の向うには灰色の浪に飛び魚か何か閃いている。が、何のために船へ乗ったか、不思議に …
読書目安時間:約13分
僕は籐の長椅子にぼんやり横になっている。目の前に欄干のあるところをみると、どうも船の甲板らしい。欄干の向うには灰色の浪に飛び魚か何か閃いている。が、何のために船へ乗ったか、不思議に …
拊掌談(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
名士と家 夏目先生の家が売られると云ふ。ああ云ふ大きな家は保存するのに困る。 書斎は二間だけよりないのだから、あの家と切り離して保存する事も出来ない事はないが、兎に角相当な人程小さ …
読書目安時間:約4分
名士と家 夏目先生の家が売られると云ふ。ああ云ふ大きな家は保存するのに困る。 書斎は二間だけよりないのだから、あの家と切り離して保存する事も出来ない事はないが、兎に角相当な人程小さ …
二つの手紙(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
ある機会で、予は下に掲げる二つの手紙を手に入れた。一つは本年二月中旬、もう一つは三月上旬、——警察署長の許へ、郵税先払いで送られたものである。それをここへ掲げる理由は、手紙自身が説 …
読書目安時間:約24分
ある機会で、予は下に掲げる二つの手紙を手に入れた。一つは本年二月中旬、もう一つは三月上旬、——警察署長の許へ、郵税先払いで送られたものである。それをここへ掲げる理由は、手紙自身が説 …
二人小町(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
小野の小町、几帳の陰に草紙を読んでいる。そこへ突然黄泉の使が現れる。黄泉の使は色の黒い若者。しかも耳は兎の耳である。 小町(驚きながら)誰です、あなたは? 使黄泉の使です。 小町黄 …
読書目安時間:約13分
小野の小町、几帳の陰に草紙を読んでいる。そこへ突然黄泉の使が現れる。黄泉の使は色の黒い若者。しかも耳は兎の耳である。 小町(驚きながら)誰です、あなたは? 使黄泉の使です。 小町黄 …
二人の紅毛画家(旧字旧仮名)
読書目安時間:約1分
ピカソはいつも城を攻めてゐる。ジアン・ダアクでなければ破れない城を。彼は或はこの城の破れないことを知つてゐるかも知れない。が、ひとり石火矢の下に剛情にもひとり城を攻めてゐる。かう云 …
読書目安時間:約1分
ピカソはいつも城を攻めてゐる。ジアン・ダアクでなければ破れない城を。彼は或はこの城の破れないことを知つてゐるかも知れない。が、ひとり石火矢の下に剛情にもひとり城を攻めてゐる。かう云 …
二人の友(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
僕は一高へはひつた時、福間先生に独逸語を学んだ。福間先生は鴎外先生の「二人の友」の中のF君である。「二人の友」は当時はまだ活字になつてはいなかつたであらう。少くとも僕などのそんなこ …
読書目安時間:約3分
僕は一高へはひつた時、福間先生に独逸語を学んだ。福間先生は鴎外先生の「二人の友」の中のF君である。「二人の友」は当時はまだ活字になつてはいなかつたであらう。少くとも僕などのそんなこ …
舞踏会(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
明治十九年十一月三日の夜であつた。当時十七歳だつた——家の令嬢明子は、頭の禿げた父親と一しよに、今夜の舞踏会が催さるべき鹿鳴館の階段を上つて行つた。明い瓦斯の光に照らされた、幅の広 …
読書目安時間:約11分
明治十九年十一月三日の夜であつた。当時十七歳だつた——家の令嬢明子は、頭の禿げた父親と一しよに、今夜の舞踏会が催さるべき鹿鳴館の階段を上つて行つた。明い瓦斯の光に照らされた、幅の広 …
文放古(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
これは日比谷公園のベンチの下に落ちていた西洋紙に何枚かの文放古である。わたしはこの文放古を拾った時、わたし自身のポケットから落ちたものとばかり思っていた。が、後に出して見ると、誰か …
読書目安時間:約9分
これは日比谷公園のベンチの下に落ちていた西洋紙に何枚かの文放古である。わたしはこの文放古を拾った時、わたし自身のポケットから落ちたものとばかり思っていた。が、後に出して見ると、誰か …
冬(新字新仮名)
読書目安時間:約12分
僕は重い外套にアストラカンの帽をかぶり、市ヶ谷の刑務所へ歩いて行った。僕の従兄は四五日前にそこの刑務所にはいっていた。僕は従兄を慰める親戚総代にほかならなかった。が、僕の気もちの中 …
読書目安時間:約12分
僕は重い外套にアストラカンの帽をかぶり、市ヶ谷の刑務所へ歩いて行った。僕の従兄は四五日前にそこの刑務所にはいっていた。僕は従兄を慰める親戚総代にほかならなかった。が、僕の気もちの中 …
仏蘭西文学と僕(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
僕は中学五年生の時に、ドオデエの「サッフォ」という小説の英訳を読んだ。もちろんどんな読み方をしたか、当てになったものではない。まあいいかげんに辞書を引いては、頁をはぐっていっただけ …
読書目安時間:約5分
僕は中学五年生の時に、ドオデエの「サッフォ」という小説の英訳を読んだ。もちろんどんな読み方をしたか、当てになったものではない。まあいいかげんに辞書を引いては、頁をはぐっていっただけ …
プロレタリア文学論(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
こゝではプロレタリア文学の悪口をいふのではない。これを弁護しやうと思ふ。しかし私は一般にブルヂヨア作家と目されてゐる所より、お前などが弁護する必要がないといはれるかも知れない。 プ …
読書目安時間:約6分
こゝではプロレタリア文学の悪口をいふのではない。これを弁護しやうと思ふ。しかし私は一般にブルヂヨア作家と目されてゐる所より、お前などが弁護する必要がないといはれるかも知れない。 プ …
文学好きの家庭から(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
私の家は代々お奥坊主だったのですが、父も母もはなはだ特徴のない平凡な人間です。父には一中節、囲碁、盆栽、俳句などの道楽がありますが、いずれもものになっていそうもありません。母は津藤 …
読書目安時間:約2分
私の家は代々お奥坊主だったのですが、父も母もはなはだ特徴のない平凡な人間です。父には一中節、囲碁、盆栽、俳句などの道楽がありますが、いずれもものになっていそうもありません。母は津藤 …
文芸鑑賞講座(新字旧仮名)
読書目安時間:約22分
文芸上の作品を鑑賞する為には文芸的素質がなければなりません。文芸的素質のない人は如何なる傑作に親んでも、如何なる良師に従つても、やはり常に鑑賞上の盲人に了る外はないのであります。文 …
読書目安時間:約22分
文芸上の作品を鑑賞する為には文芸的素質がなければなりません。文芸的素質のない人は如何なる傑作に親んでも、如何なる良師に従つても、やはり常に鑑賞上の盲人に了る外はないのであります。文 …
文芸的な、余りに文芸的な(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間40分
一「話」らしい話のない小説 僕は「話」らしい話のない小説を最上のものとは思つてゐない。従つて「話」らしい話のない小説ばかり書けとも言はない。第一僕の小説も大抵は「話」を持つてゐる。 …
読書目安時間:約1時間40分
一「話」らしい話のない小説 僕は「話」らしい話のない小説を最上のものとは思つてゐない。従つて「話」らしい話のない小説ばかり書けとも言はない。第一僕の小説も大抵は「話」を持つてゐる。 …
文章(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
「堀川さん。弔辞を一つ作ってくれませんか?土曜日に本多少佐の葬式がある、——その時に校長の読まれるのですが、……」 藤田大佐は食堂を出しなにこう保吉へ話しかけた。堀川保吉はこの学校 …
読書目安時間:約14分
「堀川さん。弔辞を一つ作ってくれませんか?土曜日に本多少佐の葬式がある、——その時に校長の読まれるのですが、……」 藤田大佐は食堂を出しなにこう保吉へ話しかけた。堀川保吉はこの学校 …
文章と言葉と(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
文章 僕に「文章に凝りすぎる。さう凝るな」といふ友だちがある。僕は別段必要以上に文章に凝つた覚えはない。文章は何よりもはつきり書きたい。頭の中にあるものをはつきり文章に現したい。僕 …
読書目安時間:約2分
文章 僕に「文章に凝りすぎる。さう凝るな」といふ友だちがある。僕は別段必要以上に文章に凝つた覚えはない。文章は何よりもはつきり書きたい。頭の中にあるものをはつきり文章に現したい。僕 …
僻見(新字旧仮名)
読書目安時間:約38分
広告 この数篇の文章は何人かの人々を論じたものである。いや、それらの人々に対する僕の好悪を示したものである。 この数篇の文章の中に千古の鉄案を求めるのは勿論甚だ危険である。僕は少し …
読書目安時間:約38分
広告 この数篇の文章は何人かの人々を論じたものである。いや、それらの人々に対する僕の好悪を示したものである。 この数篇の文章の中に千古の鉄案を求めるのは勿論甚だ危険である。僕は少し …
北京日記抄(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
今日も亦中野江漢君につれられ、午頃より雍和宮一見に出かける。喇嘛寺などに興味も何もなけれど、否、寧ろ喇嘛寺などは大嫌いなれど、北京名物の一つと言えば、紀行を書かされる必要上、義理に …
読書目安時間:約16分
今日も亦中野江漢君につれられ、午頃より雍和宮一見に出かける。喇嘛寺などに興味も何もなけれど、否、寧ろ喇嘛寺などは大嫌いなれど、北京名物の一つと言えば、紀行を書かされる必要上、義理に …
変遷その他(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
変遷 万法の流転を信ずる僕と雖も、目前に世態の変遷を見ては多少の感慨なきを得ない。現にいつか垣の外に「茄子の苗や胡瓜の苗、……ヂギタリスの苗や高山植物の苗」と言ふ苗売りの声を聞いた …
読書目安時間:約6分
変遷 万法の流転を信ずる僕と雖も、目前に世態の変遷を見ては多少の感慨なきを得ない。現にいつか垣の外に「茄子の苗や胡瓜の苗、……ヂギタリスの苗や高山植物の苗」と言ふ苗売りの声を聞いた …
報恩記(新字新仮名)
読書目安時間:約30分
阿媽港甚内の話 わたしは甚内と云うものです。苗字は——さあ、世間ではずっと前から、阿媽港甚内と云っているようです。阿媽港甚内、——あなたもこの名は知っていますか?いや、驚くには及び …
読書目安時間:約30分
阿媽港甚内の話 わたしは甚内と云うものです。苗字は——さあ、世間ではずっと前から、阿媽港甚内と云っているようです。阿媽港甚内、——あなたもこの名は知っていますか?いや、驚くには及び …
奉教人の死(新字旧仮名)
読書目安時間:約20分
たとひ三百歳の齢を保ち、楽しみ身に余ると云ふとも、未来永々の果しなき楽しみに比ぶれば、夢幻の如し。 —慶長訳 Guia do Pecador— 善の道に立ち入りたらん人は、御教にこ …
読書目安時間:約20分
たとひ三百歳の齢を保ち、楽しみ身に余ると云ふとも、未来永々の果しなき楽しみに比ぶれば、夢幻の如し。 —慶長訳 Guia do Pecador— 善の道に立ち入りたらん人は、御教にこ …
ポーの片影(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
◇ ポーとは、ヱドガー、アラン、ポーのことです。ポーは初めフランスに紹介された時分にはポーヱと呼ばれてゐました。英国人等にも、この読み方をするものがあります。けれども、ポーがたゞし …
読書目安時間:約5分
◇ ポーとは、ヱドガー、アラン、ポーのことです。ポーは初めフランスに紹介された時分にはポーヱと呼ばれてゐました。英国人等にも、この読み方をするものがあります。けれども、ポーがたゞし …
僕の友だち二三人(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
小穴隆一君(特に「君」の字をつけるのも可笑しい位である)は僕よりも年少である。が、小穴君の仕事は凡庸ではない。若し僕の名も残るとすれば、僕の作品の作者としてよりも小穴君の装幀した本 …
読書目安時間:約3分
小穴隆一君(特に「君」の字をつけるのも可笑しい位である)は僕よりも年少である。が、小穴君の仕事は凡庸ではない。若し僕の名も残るとすれば、僕の作品の作者としてよりも小穴君の装幀した本 …
僕は(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
誰でもわたしのやうだらうか?——ジュウル・ルナアル 僕は屈辱を受けた時、なぜか急には不快にはならぬ。が、彼是一時間ほどすると、だんだん不快になるのを常としてゐる。 × 僕はロダンの …
読書目安時間:約3分
誰でもわたしのやうだらうか?——ジュウル・ルナアル 僕は屈辱を受けた時、なぜか急には不快にはならぬ。が、彼是一時間ほどすると、だんだん不快になるのを常としてゐる。 × 僕はロダンの …
発句私見(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
一十七音 発句は十七音を原則としてゐる。十七音以外のものを発句と呼ぶのは、——或は新傾向の句と呼ぶのは短詩と呼ぶのの勝れるに若かない。(勿論かう言ふ短詩の作家、河東碧梧桐、中塚一碧 …
読書目安時間:約3分
一十七音 発句は十七音を原則としてゐる。十七音以外のものを発句と呼ぶのは、——或は新傾向の句と呼ぶのは短詩と呼ぶのの勝れるに若かない。(勿論かう言ふ短詩の作家、河東碧梧桐、中塚一碧 …
本所両国(新字旧仮名)
読書目安時間:約43分
僕は本所界隈のことをスケツチしろといふ社命を受け、同じ社のO君と一しよに久振りに本所へ出かけて行つた。今その印象記を書くのに当り、本所両国と題したのは或は意味を成してゐないかも知れ …
読書目安時間:約43分
僕は本所界隈のことをスケツチしろといふ社命を受け、同じ社のO君と一しよに久振りに本所へ出かけて行つた。今その印象記を書くのに当り、本所両国と題したのは或は意味を成してゐないかも知れ …
本所両国(新字新仮名)
読書目安時間:約42分
僕は本所界隈のことをスケッチしろという社命を受け、同じ社のO君と一しょに久振りに本所へ出かけて行った。今その印象記を書くのに当り、本所両国と題したのは或は意味を成していないかも知れ …
読書目安時間:約42分
僕は本所界隈のことをスケッチしろという社命を受け、同じ社のO君と一しょに久振りに本所へ出かけて行った。今その印象記を書くのに当り、本所両国と題したのは或は意味を成していないかも知れ …
本の事(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
各国演劇史 僕は本が好きだから、本の事を少し書かう。僕の持つてゐる洋綴の本に、妙な演劇史が一冊ある。この本は明治十七年一月十六日の出版である。著者は東京府士族、警視庁警視属、永井徹 …
読書目安時間:約6分
各国演劇史 僕は本が好きだから、本の事を少し書かう。僕の持つてゐる洋綴の本に、妙な演劇史が一冊ある。この本は明治十七年一月十六日の出版である。著者は東京府士族、警視庁警視属、永井徹 …
翻訳小品(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
一アダムとイヴと 小さい男の子と小さい女の子とが、アダムとイヴとの画を眺めてゐた。 「どつちがアダムでどつちがイヴだらう?」 さう一人が言つた。 「分らないな。着物着てれば分るんだ …
読書目安時間:約3分
一アダムとイヴと 小さい男の子と小さい女の子とが、アダムとイヴとの画を眺めてゐた。 「どつちがアダムでどつちがイヴだらう?」 さう一人が言つた。 「分らないな。着物着てれば分るんだ …
正岡子規(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
× 北原さん。 「アルス新聞」に子規のことを書けと云ふ仰せは確に拝誦しました。子規のことは仰せを受けずとも書きたいと思つてゐるのですが、今は用の多い為に到底書いてゐる暇はありません …
読書目安時間:約3分
× 北原さん。 「アルス新聞」に子規のことを書けと云ふ仰せは確に拝誦しました。子規のことは仰せを受けずとも書きたいと思つてゐるのですが、今は用の多い為に到底書いてゐる暇はありません …
魔術(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
ある時雨の降る晩のことです。私を乗せた人力車は、何度も大森界隈の険しい坂を上ったり下りたりして、やっと竹藪に囲まれた、小さな西洋館の前に梶棒を下しました。もう鼠色のペンキの剥げかか …
読書目安時間:約15分
ある時雨の降る晩のことです。私を乗せた人力車は、何度も大森界隈の険しい坂を上ったり下りたりして、やっと竹藪に囲まれた、小さな西洋館の前に梶棒を下しました。もう鼠色のペンキの剥げかか …
又一説?(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
改造社の古木鉄太郎君の言ふには、「短歌は将来の文芸からとり残されるかどうか?」に就き、僕にも何か言へとのことである。僕は作歌上の素人たる故、再三古木君に断つたところ、素人なればこそ …
読書目安時間:約3分
改造社の古木鉄太郎君の言ふには、「短歌は将来の文芸からとり残されるかどうか?」に就き、僕にも何か言へとのことである。僕は作歌上の素人たる故、再三古木君に断つたところ、素人なればこそ …
亦一説?(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
大衆文芸は小説と変りはない。西洋人が小説として通用させてゐるものにも大衆文芸的なものは沢山あるやうだ。唯僕は大衆文芸家が自ら大衆文芸家を以て任じてゐるのは考へものだと思つてゐる。そ …
読書目安時間:約1分
大衆文芸は小説と変りはない。西洋人が小説として通用させてゐるものにも大衆文芸的なものは沢山あるやうだ。唯僕は大衆文芸家が自ら大衆文芸家を以て任じてゐるのは考へものだと思つてゐる。そ …
松江印象記(新字新仮名)
読書目安時間:約7分
松江へ来て、まず自分の心をひいたものは、この市を縦横に貫いている川の水とその川の上に架けられた多くの木造の橋とであった。河流の多い都市はひとり松江のみではない。しかし、そういう都市 …
読書目安時間:約7分
松江へ来て、まず自分の心をひいたものは、この市を縦横に貫いている川の水とその川の上に架けられた多くの木造の橋とであった。河流の多い都市はひとり松江のみではない。しかし、そういう都市 …
窓(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
——沢木梢氏に—— おれの家の二階の窓は、丁度向うの家の二階の窓と向ひ合ふやうになつてゐる。 向うの家の二階の窓には、百合や薔薇の鉢植が行儀よく幾つも並んでゐる。が、その後には黄い …
読書目安時間:約3分
——沢木梢氏に—— おれの家の二階の窓は、丁度向うの家の二階の窓と向ひ合ふやうになつてゐる。 向うの家の二階の窓には、百合や薔薇の鉢植が行儀よく幾つも並んでゐる。が、その後には黄い …
蜜柑(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
或曇つた冬の日暮である。私は横須賀発上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり発車の笛を待つてゐた。とうに電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乗客はゐなかつた。外を覗くと、 …
読書目安時間:約7分
或曇つた冬の日暮である。私は横須賀発上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり発車の笛を待つてゐた。とうに電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乗客はゐなかつた。外を覗くと、 …
蜜柑(旧字旧仮名)
読書目安時間:約7分
或曇つた冬の日暮である。私は横須賀發上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり發車の笛を待つてゐた。とうに電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乘客はゐなかつた。外を覗くと、 …
読書目安時間:約7分
或曇つた冬の日暮である。私は横須賀發上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり發車の笛を待つてゐた。とうに電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乘客はゐなかつた。外を覗くと、 …
蜜柑(新字新仮名)
読書目安時間:約7分
或曇った冬の日暮である。私は横須賀発上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり発車の笛を待っていた。とうに電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乗客はいなかった。外を覗くと、 …
読書目安時間:約7分
或曇った冬の日暮である。私は横須賀発上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり発車の笛を待っていた。とうに電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乗客はいなかった。外を覗くと、 …
水の三日(新字新仮名)
読書目安時間:約11分
講堂で、罹災民慰問会の開かれる日の午後。一年の丙組(当日はここを、僕ら——卒業生と在校生との事務所にした)の教室をはいると、もう上原君と岩佐君とが、部屋のまん中へ机をすえて、何かせ …
読書目安時間:約11分
講堂で、罹災民慰問会の開かれる日の午後。一年の丙組(当日はここを、僕ら——卒業生と在校生との事務所にした)の教室をはいると、もう上原君と岩佐君とが、部屋のまん中へ机をすえて、何かせ …
三つの宝(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
森の中。三人の盗人が宝を争っている。宝とは一飛びに千里飛ぶ長靴、着れば姿の隠れるマントル、鉄でもまっ二つに切れる剣——ただしいずれも見たところは、古道具らしい物ばかりである。 第一 …
読書目安時間:約15分
森の中。三人の盗人が宝を争っている。宝とは一飛びに千里飛ぶ長靴、着れば姿の隠れるマントル、鉄でもまっ二つに切れる剣——ただしいずれも見たところは、古道具らしい物ばかりである。 第一 …
三つのなぜ(新字新仮名)
読書目安時間:約6分
ファウストは神に仕えていた。従って林檎はこういう彼にはいつも「智慧の果」それ自身だった。彼は林檎を見る度に地上楽園を思い出したり、アダムやイヴを思い出したりしていた。 しかし或雪上 …
読書目安時間:約6分
ファウストは神に仕えていた。従って林檎はこういう彼にはいつも「智慧の果」それ自身だった。彼は林檎を見る度に地上楽園を思い出したり、アダムやイヴを思い出したりしていた。 しかし或雪上 …
三つの窓(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
1鼠 一等戦闘艦××の横須賀軍港へはいったのは六月にはいったばかりだった。軍港を囲んだ山々はどれも皆雨のために煙っていた。元来軍艦は碇泊したが最後、鼠の殖えなかったと云うためしはな …
読書目安時間:約14分
1鼠 一等戦闘艦××の横須賀軍港へはいったのは六月にはいったばかりだった。軍港を囲んだ山々はどれも皆雨のために煙っていた。元来軍艦は碇泊したが最後、鼠の殖えなかったと云うためしはな …
三つの指環(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
Ⅰ 昔々、バグダツドのマホメツト教のお寺の前に、一人の乞食が寝て居りました。丁度その時、説教がすんだので、人々はお寺からぞろぞろと出て来ましたが、誰一人としてこの乞食に、一銭もやる …
読書目安時間:約11分
Ⅰ 昔々、バグダツドのマホメツト教のお寺の前に、一人の乞食が寝て居りました。丁度その時、説教がすんだので、人々はお寺からぞろぞろと出て来ましたが、誰一人としてこの乞食に、一銭もやる …
身のまはり(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
一机 僕は学校を出た年の秋「芋粥」といふ短篇を新小説に発表した。原稿料は一枚四十銭だつた。が、いかに当時にしても、それだけに衣食を求めるのは心細いことに違ひなかつた。僕はそのために …
読書目安時間:約3分
一机 僕は学校を出た年の秋「芋粥」といふ短篇を新小説に発表した。原稿料は一枚四十銭だつた。が、いかに当時にしても、それだけに衣食を求めるのは心細いことに違ひなかつた。僕はそのために …
妙な話(新字新仮名)
読書目安時間:約10分
ある冬の夜、私は旧友の村上と一しょに、銀座通りを歩いていた。 「この間千枝子から手紙が来たっけ。君にもよろしくと云う事だった。」 村上はふと思い出したように、今は佐世保に住んでいる …
読書目安時間:約10分
ある冬の夜、私は旧友の村上と一しょに、銀座通りを歩いていた。 「この間千枝子から手紙が来たっけ。君にもよろしくと云う事だった。」 村上はふと思い出したように、今は佐世保に住んでいる …
貉(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
書紀によると、日本では、推古天皇の三十五年春二月、陸奥で始めて、貉が人に化けた。尤もこれは、一本によると、化人でなくて、比人とあるが、両方ともその後に歌之と書いてあるから、人に化け …
読書目安時間:約5分
書紀によると、日本では、推古天皇の三十五年春二月、陸奥で始めて、貉が人に化けた。尤もこれは、一本によると、化人でなくて、比人とあるが、両方ともその後に歌之と書いてあるから、人に化け …
無題(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
わたくしはけふの講演会に出るつもりでゐましたが、腹を壊してゐる為に出られません。元来講演と云ふものは肉体労働に近いものですから、腹に力のない時には出来ないのです。甚だ尾籠なお話です …
読書目安時間:約1分
わたくしはけふの講演会に出るつもりでゐましたが、腹を壊してゐる為に出られません。元来講演と云ふものは肉体労働に近いものですから、腹に力のない時には出来ないのです。甚だ尾籠なお話です …
Mensura Zoili(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
僕は、船のサルーンのまん中に、テーブルをへだてて、妙な男と向いあっている。—— 待ってくれ給え。その船のサルーンと云うのも、実はあまり確かでない。部屋の具合とか窓の外の海とか云うも …
読書目安時間:約9分
僕は、船のサルーンのまん中に、テーブルをへだてて、妙な男と向いあっている。—— 待ってくれ給え。その船のサルーンと云うのも、実はあまり確かでない。部屋の具合とか窓の外の海とか云うも …
毛利先生(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
歳晩のある暮方、自分は友人の批評家と二人で、所謂腰弁街道の、裸になった並樹の柳の下を、神田橋の方へ歩いていた。自分たちの左右には、昔、島崎藤村が「もっと頭をあげて歩け」と慷慨した、 …
読書目安時間:約25分
歳晩のある暮方、自分は友人の批評家と二人で、所謂腰弁街道の、裸になった並樹の柳の下を、神田橋の方へ歩いていた。自分たちの左右には、昔、島崎藤村が「もっと頭をあげて歩け」と慷慨した、 …
桃太郎(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
むかし、むかし、大むかし、ある深い山の奥に大きい桃の木が一本あった。大きいとだけではいい足りないかも知れない。この桃の枝は雲の上にひろがり、この桃の根は大地の底の黄泉の国にさえ及ん …
読書目安時間:約9分
むかし、むかし、大むかし、ある深い山の奥に大きい桃の木が一本あった。大きいとだけではいい足りないかも知れない。この桃の枝は雲の上にひろがり、この桃の根は大地の底の黄泉の国にさえ及ん …
森先生(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
或夏の夜、まだ文科大学の学生なりしが、友人山宮允君と、観潮楼へ参りし事あり。森先生は白きシャツに白き兵士の袴をつけられしと記憶す。膝の上に小さき令息をのせられつつ、仏蘭西の小説、支 …
読書目安時間:約2分
或夏の夜、まだ文科大学の学生なりしが、友人山宮允君と、観潮楼へ参りし事あり。森先生は白きシャツに白き兵士の袴をつけられしと記憶す。膝の上に小さき令息をのせられつつ、仏蘭西の小説、支 …
文部省の仮名遣改定案について(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
我文部省の仮名遣改定案は既に山田孝雄氏の痛撃を加へたる所なり。(雑誌「明星」二月号参照)山田氏の痛撃たる、尋常一様の痛撃にあらず。その当に破るべきを破つて寸毫の遺憾を止めざるは殆ど …
読書目安時間:約7分
我文部省の仮名遣改定案は既に山田孝雄氏の痛撃を加へたる所なり。(雑誌「明星」二月号参照)山田氏の痛撃たる、尋常一様の痛撃にあらず。その当に破るべきを破つて寸毫の遺憾を止めざるは殆ど …
野人生計事(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
一清閑 「乱山堆裡結茅蘆已共紅塵跡漸疎 莫問野人生計事窓前流水枕前書」 とは少時漢詩なるものを作らせられた時度たびお手本の役をつとめた李九齢の七絶である。今は子供心に感心したほど、 …
読書目安時間:約9分
一清閑 「乱山堆裡結茅蘆已共紅塵跡漸疎 莫問野人生計事窓前流水枕前書」 とは少時漢詩なるものを作らせられた時度たびお手本の役をつとめた李九齢の七絶である。今は子供心に感心したほど、 …
保吉の手帳から(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
わん ある冬の日の暮、保吉は薄汚いレストランの二階に脂臭い焼パンを齧っていた。彼のテエブルの前にあるのは亀裂の入った白壁だった。そこにはまた斜かいに、「ホット(あたたかい)サンドウ …
読書目安時間:約18分
わん ある冬の日の暮、保吉は薄汚いレストランの二階に脂臭い焼パンを齧っていた。彼のテエブルの前にあるのは亀裂の入った白壁だった。そこにはまた斜かいに、「ホット(あたたかい)サンドウ …
藪の中(新字新仮名)
読書目安時間:約17分
さようでございます。あの死骸を見つけたのは、わたしに違いございません。わたしは今朝いつもの通り、裏山の杉を伐りに参りました。すると山陰の藪の中に、あの死骸があったのでございます。あ …
読書目安時間:約17分
さようでございます。あの死骸を見つけたのは、わたしに違いございません。わたしは今朝いつもの通り、裏山の杉を伐りに参りました。すると山陰の藪の中に、あの死骸があったのでございます。あ …
藪の中(旧字旧仮名)
読書目安時間:約17分
さやうでございます。あの死骸を見つけたのは、わたしに違ひございません。わたしは今朝何時もの通り、裏山の杉を伐りに參りました。すると山陰の藪の中に、あの死骸があつたのでございます。あ …
読書目安時間:約17分
さやうでございます。あの死骸を見つけたのは、わたしに違ひございません。わたしは今朝何時もの通り、裏山の杉を伐りに參りました。すると山陰の藪の中に、あの死骸があつたのでございます。あ …
山鴫(新字旧仮名)
読書目安時間:約16分
千八百八十年五月何日かの日暮れ方である。二年ぶりにヤスナヤ・ポリヤナを訪れた Ivan Turgenyef は主の Tolstoi 伯爵と一しよに、ヴアロンカ川の向うの雑木林へ、山 …
読書目安時間:約16分
千八百八十年五月何日かの日暮れ方である。二年ぶりにヤスナヤ・ポリヤナを訪れた Ivan Turgenyef は主の Tolstoi 伯爵と一しよに、ヴアロンカ川の向うの雑木林へ、山 …
槍ヶ岳紀行(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
島々と云ふ町の宿屋へ着いたのは、午過ぎ——もう夕方に近い頃であつた。宿屋の上り框には、三十恰好の浴衣の男が、青竹の笛を鳴らしてゐた。 私はその癇高い音を聞きながら、埃にまみれた草鞋 …
読書目安時間:約8分
島々と云ふ町の宿屋へ着いたのは、午過ぎ——もう夕方に近い頃であつた。宿屋の上り框には、三十恰好の浴衣の男が、青竹の笛を鳴らしてゐた。 私はその癇高い音を聞きながら、埃にまみれた草鞋 …
槍が岳に登った記(新字新仮名)
読書目安時間:約6分
赤沢 雑木の暗い林を出ると案内者がここが赤沢ですと言った。暑さと疲れとで目のくらみかかった自分は今まで下ばかり見て歩いていた。じめじめした苔の間に鷺草のような小さな紫の花がさいてい …
読書目安時間:約6分
赤沢 雑木の暗い林を出ると案内者がここが赤沢ですと言った。暑さと疲れとで目のくらみかかった自分は今まで下ばかり見て歩いていた。じめじめした苔の間に鷺草のような小さな紫の花がさいてい …
悠々荘(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
十月のある午後、僕等三人は話し合いながら、松の中の小みちを歩いていた。小みちにはどこにも人かげはなかった。ただ時々松の梢に鵯の声のするだけだった。 「ゴオグの死骸を載せた玉突台だね …
読書目安時間:約4分
十月のある午後、僕等三人は話し合いながら、松の中の小みちを歩いていた。小みちにはどこにも人かげはなかった。ただ時々松の梢に鵯の声のするだけだった。 「ゴオグの死骸を載せた玉突台だね …
誘惑(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
天主教徒の古暦の一枚、その上に見えるのはこう云う文字である。—— 御出生来千六百三十四年。せばすちあん記し奉る。 二月。小 二十六日。さんたまりやの御つげの日。 二十七日。どみいご …
読書目安時間:約16分
天主教徒の古暦の一枚、その上に見えるのはこう云う文字である。—— 御出生来千六百三十四年。せばすちあん記し奉る。 二月。小 二十六日。さんたまりやの御つげの日。 二十七日。どみいご …
雪(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
或冬曇りの午後、わたしは中央線の汽車の窓に一列の山脈を眺めてゐた。山脈は勿論まつ白だつた。が、それは雪と言ふよりも山脈の皮膚に近い色をしてゐた。わたしはかう言ふ山脈を見ながら、ふと …
読書目安時間:約2分
或冬曇りの午後、わたしは中央線の汽車の窓に一列の山脈を眺めてゐた。山脈は勿論まつ白だつた。が、それは雪と言ふよりも山脈の皮膚に近い色をしてゐた。わたしはかう言ふ山脈を見ながら、ふと …
夢(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
わたしはすっかり疲れていた。肩や頸の凝るのは勿論、不眠症もかなり甚しかった。のみならず偶々眠ったと思うと、いろいろの夢を見勝ちだった。いつか誰かは「色彩のある夢は不健全な証拠だ」と …
読書目安時間:約13分
わたしはすっかり疲れていた。肩や頸の凝るのは勿論、不眠症もかなり甚しかった。のみならず偶々眠ったと思うと、いろいろの夢を見勝ちだった。いつか誰かは「色彩のある夢は不健全な証拠だ」と …
夢(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
夢の中に色彩を見るのは神経の疲れてゐる証拠であると云ふ。が、僕は子供の時からずつと色彩のある夢を見てゐる。いや、色彩のない夢などと云ふものはあることも殆ど信ぜられない。現に僕はこの …
読書目安時間:約2分
夢の中に色彩を見るのは神経の疲れてゐる証拠であると云ふ。が、僕は子供の時からずつと色彩のある夢を見てゐる。いや、色彩のない夢などと云ふものはあることも殆ど信ぜられない。現に僕はこの …
百合(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
良平はある雑誌社に校正の朱筆を握っている。しかしそれは本意ではない。彼は少しの暇さえあれば、翻訳のマルクスを耽読している。あるいは太い指の先に一本のバットを楽しみながら、薄暗いロシ …
読書目安時間:約9分
良平はある雑誌社に校正の朱筆を握っている。しかしそれは本意ではない。彼は少しの暇さえあれば、翻訳のマルクスを耽読している。あるいは太い指の先に一本のバットを楽しみながら、薄暗いロシ …
妖婆(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間15分
あなたは私の申し上げる事を御信じにならないかも知れません。いや、きっと嘘だと御思いなさるでしょう。昔なら知らず、これから私の申し上げる事は、大正の昭代にあった事なのです。しかも御同 …
読書目安時間:約1時間15分
あなたは私の申し上げる事を御信じにならないかも知れません。いや、きっと嘘だと御思いなさるでしょう。昔なら知らず、これから私の申し上げる事は、大正の昭代にあった事なのです。しかも御同 …
横須賀小景(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
カフエ 僕は或カフエの隅に半熟の卵を食べてゐた。するとぼんやりした人が一人、僕のテエブルに腰をおろした。僕は驚いてその人をながめた。その人は妙にどろりとした、薄い生海苔の洋服を着て …
読書目安時間:約1分
カフエ 僕は或カフエの隅に半熟の卵を食べてゐた。するとぼんやりした人が一人、僕のテエブルに腰をおろした。僕は驚いてその人をながめた。その人は妙にどろりとした、薄い生海苔の洋服を着て …
世之助の話(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
友だち処でね、一つ承りたい事があるんだが。 世之助何だい。馬鹿に改まつて。 友だちそれがさ。今日はふだんとちがつて、君が近々に伊豆の何とか云ふ港から船を出して、女護ヶ島へ渡らうと云 …
読書目安時間:約13分
友だち処でね、一つ承りたい事があるんだが。 世之助何だい。馬鹿に改まつて。 友だちそれがさ。今日はふだんとちがつて、君が近々に伊豆の何とか云ふ港から船を出して、女護ヶ島へ渡らうと云 …
世の中と女(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
今の世の中は、男の作つた制度や習慣が支配してゐるから、男女に依つては非常に不公平な点がある。その不公平を矯正する為には、女自身が世の中の仕事に関与しなければならぬ。唯、不公平と云ふ …
読書目安時間:約3分
今の世の中は、男の作つた制度や習慣が支配してゐるから、男女に依つては非常に不公平な点がある。その不公平を矯正する為には、女自身が世の中の仕事に関与しなければならぬ。唯、不公平と云ふ …
羅生門(新字新仮名)
読書目安時間:約12分
ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗の剥げた、大きな円柱に、蟋蟀が一匹とまっている。羅生 …
読書目安時間:約12分
ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗の剥げた、大きな円柱に、蟋蟀が一匹とまっている。羅生 …
羅生門(旧字旧仮名)
読書目安時間:約12分
或日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待つてゐた。 廣い門の下には、この男の外に誰もゐない。唯、所々丹塗の剥げた、大きな圓柱に、蟋蟀が一匹とまつてゐる。羅生門が、 …
読書目安時間:約12分
或日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待つてゐた。 廣い門の下には、この男の外に誰もゐない。唯、所々丹塗の剥げた、大きな圓柱に、蟋蟀が一匹とまつてゐる。羅生門が、 …
羅生門の後に(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
この集にはいっている短篇は、「羅生門」「貉」「忠義」を除いて、大抵過去一年間——数え年にして、自分が廿五歳の時に書いたものである。そうして半は、自分たちが経営している雑誌「新思潮」 …
読書目安時間:約3分
この集にはいっている短篇は、「羅生門」「貉」「忠義」を除いて、大抵過去一年間——数え年にして、自分が廿五歳の時に書いたものである。そうして半は、自分たちが経営している雑誌「新思潮」 …
リチャード・バートン訳「一千一夜物語」に就いて(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
リチヤアド・バアトン(Richard Burton)の訳した「一千一夜物語」——アラビヤン・ナイツは、今日まで出てゐる英訳中で先づ一番完全に近いものであるとせられてゐる。勿論、バア …
読書目安時間:約10分
リチヤアド・バアトン(Richard Burton)の訳した「一千一夜物語」——アラビヤン・ナイツは、今日まで出てゐる英訳中で先づ一番完全に近いものであるとせられてゐる。勿論、バア …
竜(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
宇治の大納言隆国「やれ、やれ、昼寝の夢が覚めて見れば、今日はまた一段と暑いようじゃ。あの松ヶ枝の藤の花さえ、ゆさりとさせるほどの風も吹かぬ。いつもは涼しゅう聞える泉の音も、どうやら …
読書目安時間:約19分
宇治の大納言隆国「やれ、やれ、昼寝の夢が覚めて見れば、今日はまた一段と暑いようじゃ。あの松ヶ枝の藤の花さえ、ゆさりとさせるほどの風も吹かぬ。いつもは涼しゅう聞える泉の音も、どうやら …
るしへる(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
天主初成世界随造三十六神第一鉅神云輅斉布児(中略)自謂其智与天主等天主怒而貶入地獄(中略)輅斉雖入地獄受苦而一半魂神作魔鬼遊行世間退人善念 —左闢第三闢裂性中艾儒略荅許大受語— 破 …
読書目安時間:約9分
天主初成世界随造三十六神第一鉅神云輅斉布児(中略)自謂其智与天主等天主怒而貶入地獄(中略)輅斉雖入地獄受苦而一半魂神作魔鬼遊行世間退人善念 —左闢第三闢裂性中艾儒略荅許大受語— 破 …
恋愛と夫婦愛とを混同しては不可ぬ(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
媒酌結婚で結構です 媒酌結婚と自由結婚との得失といふことは、結局、この二種の結婚様式が結婚後の生活の上に、如何なる幸福を導き出し、如何なる不幸を齎すかといふことのやうに解せられる。 …
読書目安時間:約6分
媒酌結婚で結構です 媒酌結婚と自由結婚との得失といふことは、結局、この二種の結婚様式が結婚後の生活の上に、如何なる幸福を導き出し、如何なる不幸を齎すかといふことのやうに解せられる。 …
老年(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
橋場の玉川軒と云う茶式料理屋で、一中節の順講があった。 朝からどんより曇っていたが、午ごろにはとうとう雪になって、あかりがつく時分にはもう、庭の松に張ってある雪よけの縄がたるむほど …
読書目安時間:約8分
橋場の玉川軒と云う茶式料理屋で、一中節の順講があった。 朝からどんより曇っていたが、午ごろにはとうとう雪になって、あかりがつく時分にはもう、庭の松に張ってある雪よけの縄がたるむほど …
臘梅(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
わが裏庭の垣のほとりに一株の臘梅あり。ことしも亦筑波おろしの寒きに琥珀に似たる数朶の花をつづりぬ。こは本所なるわが家にありしを田端に移し植ゑつるなり。嘉永それの年に鐫られたる本所絵 …
読書目安時間:約1分
わが裏庭の垣のほとりに一株の臘梅あり。ことしも亦筑波おろしの寒きに琥珀に似たる数朶の花をつづりぬ。こは本所なるわが家にありしを田端に移し植ゑつるなり。嘉永それの年に鐫られたる本所絵 …
六の宮の姫君(新字旧仮名)
読書目安時間:約12分
六の宮の姫君の父は、古い宮腹の生れだつた。が、時勢にも遅れ勝ちな、昔気質の人だつたから、官も兵部大輔より昇らなかつた。姫君はさう云ふ父母と一しよに、六の宮のほとりにある、木高い屋形 …
読書目安時間:約12分
六の宮の姫君の父は、古い宮腹の生れだつた。が、時勢にも遅れ勝ちな、昔気質の人だつたから、官も兵部大輔より昇らなかつた。姫君はさう云ふ父母と一しよに、六の宮のほとりにある、木高い屋形 …
路上(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間27分
午砲を打つと同時に、ほとんど人影の見えなくなった大学の図書館は、三十分経つか経たない内に、もうどこの机を見ても、荒方は閲覧人で埋まってしまった。 机に向っているのは大抵大学生で、中 …
読書目安時間:約1時間27分
午砲を打つと同時に、ほとんど人影の見えなくなった大学の図書館は、三十分経つか経たない内に、もうどこの机を見ても、荒方は閲覧人で埋まってしまった。 机に向っているのは大抵大学生で、中 …
LOS CAPRICHOS(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
笑は量的に分てば微笑哄笑の二種あり。質的に分てば嬉笑嘲笑苦笑の三種あり。……予が最も愛する笑は嬉笑嘲苦笑と兼ねたる、爆声の如き哄笑なり。アウエルバツハの穴蔵に愚昧の学生を奔らせたる …
読書目安時間:約10分
笑は量的に分てば微笑哄笑の二種あり。質的に分てば嬉笑嘲笑苦笑の三種あり。……予が最も愛する笑は嬉笑嘲苦笑と兼ねたる、爆声の如き哄笑なり。アウエルバツハの穴蔵に愚昧の学生を奔らせたる …
露訳短篇集の序(旧字旧仮名)
読書目安時間:約2分
わたしの作品がロシア語に飜譯されると云ふことは勿論甚だ愉快です。近代の外國文藝中、ロシア文藝ほど日本の作家に、——と云ふよりも寧ろ日本の讀書階級に影響を與へたものはありません。日本 …
読書目安時間:約2分
わたしの作品がロシア語に飜譯されると云ふことは勿論甚だ愉快です。近代の外國文藝中、ロシア文藝ほど日本の作家に、——と云ふよりも寧ろ日本の讀書階級に影響を與へたものはありません。日本 …
わが散文詩(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
秋夜 火鉢に炭を継がうとしたら、炭がもう二つしかなかつた。炭取の底には炭の粉の中に、何か木の葉が乾反つてゐる。何処の山から来た木の葉か?——今日の夕刊に出てゐたのでは、木曾のおん岳 …
読書目安時間:約7分
秋夜 火鉢に炭を継がうとしたら、炭がもう二つしかなかつた。炭取の底には炭の粉の中に、何か木の葉が乾反つてゐる。何処の山から来た木の葉か?——今日の夕刊に出てゐたのでは、木曾のおん岳 …
わが俳諧修業(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
小学校時代。——尋常四年の時に始めて十七字を並べて見る。「落葉焚いて葉守りの神を見し夜かな」。鏡花の小説など読みゐたれば、その羅曼主義を学びたるなるべし。 中学時代。——「獺祭書屋 …
読書目安時間:約2分
小学校時代。——尋常四年の時に始めて十七字を並べて見る。「落葉焚いて葉守りの神を見し夜かな」。鏡花の小説など読みゐたれば、その羅曼主義を学びたるなるべし。 中学時代。——「獺祭書屋 …
わが家の古玩(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
蓬平作墨蘭図一幀、司馬江漢作秋果図一幀、仙厓作鐘鬼図一幀、愛石の柳陰呼渡図一幀、巣兆、樗良、蜀山、素檗、乙二等の自詠を書せるもの各一幀、高泉、慧林、天祐等の書各一幀、——わが家の蔵 …
読書目安時間:約3分
蓬平作墨蘭図一幀、司馬江漢作秋果図一幀、仙厓作鐘鬼図一幀、愛石の柳陰呼渡図一幀、巣兆、樗良、蜀山、素檗、乙二等の自詠を書せるもの各一幀、高泉、慧林、天祐等の書各一幀、——わが家の蔵 …
忘れられぬ印象(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
伊香保の事を書けと云ふ命令である。が、遺憾ながら伊香保へは、高等学校時代に友だちと二人で、赤城山と妙義山へ登つた序に、ちよいと一晩泊つた事があるだけなんだから、麗々しく書いて御眼に …
読書目安時間:約2分
伊香保の事を書けと云ふ命令である。が、遺憾ながら伊香保へは、高等学校時代に友だちと二人で、赤城山と妙義山へ登つた序に、ちよいと一晩泊つた事があるだけなんだから、麗々しく書いて御眼に …
翻訳者としての作品一覧
クラリモンド(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間3分
兄弟、君はわしが恋をした事があるかと云ふのだね、それはある。が、わしの話は、妙な怖しい話で、わしもとつて六十六になるが、今でさへ成る可く、其記憶の灰を掻き廻さないやうにしてゐるのだ …
読書目安時間:約1時間3分
兄弟、君はわしが恋をした事があるかと云ふのだね、それはある。が、わしの話は、妙な怖しい話で、わしもとつて六十六になるが、今でさへ成る可く、其記憶の灰を掻き廻さないやうにしてゐるのだ …
「ケルトの薄明」より(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
Ⅰ宝石を食ふもの 平俗な名利の念を離れて、暫く人事の匆忙を忘れる時、自分は時として目ざめたるまゝの夢を見る事がある。或は模糊たる、影の如き夢を見る。或は歴々として、我足下の大地の如 …
読書目安時間:約9分
Ⅰ宝石を食ふもの 平俗な名利の念を離れて、暫く人事の匆忙を忘れる時、自分は時として目ざめたるまゝの夢を見る事がある。或は模糊たる、影の如き夢を見る。或は歴々として、我足下の大地の如 …
バルタザアル(新字旧仮名)
読書目安時間:約23分
其頃はギリシヤ人にサラシンとよばれたバルタザアルがエチオピアを治めてゐた。バルタザアルは色こそ黒いが、目鼻立の整つた男であつた。其上又素直なたましひと大様な心とを持つた男であつた。 …
読書目安時間:約23分
其頃はギリシヤ人にサラシンとよばれたバルタザアルがエチオピアを治めてゐた。バルタザアルは色こそ黒いが、目鼻立の整つた男であつた。其上又素直なたましひと大様な心とを持つた男であつた。 …
春の心臓(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
一人の老人が瞑想に耽りながら、岩の多い岸に坐つてゐる。顔には鳥の脚のやうに肉がない。処はジル湖の大部を占める、榛の林に掩はれた、平な島の岸である、其傍には顔の赭い十七歳の少年が、蠅 …
読書目安時間:約10分
一人の老人が瞑想に耽りながら、岩の多い岸に坐つてゐる。顔には鳥の脚のやうに肉がない。処はジル湖の大部を占める、榛の林に掩はれた、平な島の岸である、其傍には顔の赭い十七歳の少年が、蠅 …
レオナルド・ダ・ヴインチの手記:―― Leonardo da Vinci ――(旧字旧仮名)
読書目安時間:約2分
* おお、神よ。爾は、一切の善きものを、勞力の價を以て、我等に賣り給へり。 * 古人を模倣する事は、今人を模倣する事より、賞贊に値する。 * 「生」に於て、「美」は死滅する。が、「 …
読書目安時間:約2分
* おお、神よ。爾は、一切の善きものを、勞力の價を以て、我等に賣り給へり。 * 古人を模倣する事は、今人を模倣する事より、賞贊に値する。 * 「生」に於て、「美」は死滅する。が、「 …
“芥川竜之介”と年代が近い著者
きょうが誕生日(12月13日)
高垣松雄(1890年)
今月で生誕X十年
ラデャード・キプリング(生誕160年)
ライネル・マリア・リルケ(生誕150年)
野口米次郎(生誕150年)
瀬沼夏葉(生誕150年)
相馬泰三(生誕140年)
山中峯太郎(生誕140年)
観世左近 二十四世(生誕130年)
平山千代子(生誕100年)
今月で没後X十年
アウグスト・プラーテン(没後190年)
フィオナ・マクラウド(没後120年)
徳永保之助(没後100年)
エドワード・シルヴェスター・モース(没後100年)
寺田寅彦(没後90年)
生田葵山(没後80年)
百田宗治(没後70年)
安井曽太郎(没後70年)
米川正夫(没後60年)
今年で生誕X百年
平山千代子(生誕100年)
今年で没後X百年
大町桂月(没後100年)
富ノ沢麟太郎(没後100年)
細井和喜蔵(没後100年)
木下利玄(没後100年)
富永太郎(没後100年)
エリザベス、アンナ・ゴルドン(没後100年)
徳永保之助(没後100年)
後藤謙太郎(没後100年)
エドワード・シルヴェスター・モース(没後100年)