その頃の赤門生活そのころのあかもんせいかつ
僕の二十六歳の時なりしと覚ゆ。大学院学生となりをりしが、当時東京に住せざりしため、退学届を出す期限に遅れ、期限後数日を経て事務所に退学届を出したりしに、事務の人は規則を厳守して受けつけず「既に期限に遅れし故、三十円の金を収めよ」といふ。大正 …