おく)” の例文
うるうのあった年で、旧暦の月がおくれたせいか、陽気が不順か、梅雨の上りが長引いて、七月の末だというのに、畳も壁もじめじめする。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼女は黙ってあるきながら横眼に覗くと、娘の島田はむごたらしいように崩れかかって、そのおくれ毛が蒼白い頬の上にふるえていた。
半七捕物帳:16 津の国屋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
やはり、そのからすは、つばさがいたんでいるだけにつかれやすかったのであります。ややもすると、そのからすはおくれがちになりました。
翼の破れたからす (新字新仮名) / 小川未明(著)
帰路きろ余は少し一行におくれて、林中りんちゅうにサビタのステッキをった。足音がするのでふっと見ると、むこうのこみちをアイヌが三人歩いて来る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
猶又何にの子供が——といふ觀念が先入主となつて居た事とが、余の君の文才を知ることのおくれた主たる原因であると申したい。
「そんならついて来い。葡萄などもうてちまへ。すっかりくちびるも歯も紫になってる。早くついて来い、来い。おくれたら棄てて行くぞ。」
(新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
つくろわねどもおのずからなるももこびは、浴後の色にひとしおのえんを増して、おくれ毛の雪暖かきほおに掛かれるも得ならずなまめきたり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
傲慢ごうまんで云うんじゃない。当り前の頭があって、相当に動いて居りさえすれば、君時代におくれるなどいうことがあるもんじゃないさ。
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
吉は坂上の得意場へ誂への日限のおくれしを詫びに行きて、歸りは懷手の急ぎ足、草履下駄の先にかゝる物は面白づくに蹴かへして
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
おくれ馳せの老女いぶかしげに己れが容子ようすを打ちみまもり居るに心付き、急ぎ立去らんとせしが、何思ひけん、つと振向ふりむきて、件の老女を呼止めぬ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
延長三年の鎮座とすれば宝亀六年よりおくるること百五十年である、この二の所伝はどちらが正しいか判断に苦しむとはいうものの
二、三の山名について (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
取りて一まとめにするゆゑ是はいかにと怪しむ跡より鹽灘しほなだへの歸り車とて一挺きたるこれ道人が一行に一足おくれてひそかに一里半の丁塲を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
大急ぎで駈出かけだして行く広岡理学士の姿が見えた。学士は風呂敷包から古い杖まで忘れずに持って、上田行の汽車に乗りおくれまいとした。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
たとい、これを彼等「江戸ッ子」が息を吹き返しつつある一時の現象と見ても、最早もはや非常な立ちおくれになっていることはたしかである。
時に御婦人、申しおくれたが、拙者はこれなる片柳兵馬の友人で、仏頂寺なにがしと申す亡者でござるが、以来お見知り置きを願いたい。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そうすると色奴いろやっことか申してな、下司げす下郎の分際ぶんざい金糸きんしの縫いあるぴか/\した衣装で、お供におくれたという見得で出てまいります
その折、一足ひとあしおくれて着いた俥から矢張り私ぐらいの青年が下りた。服装も私と同じように和服の袴穿はかまばきで、腰に手拭をぶらさげていた。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
はやきようにても女の足のおくれがちにて、途中は左右の腰縄こしなわに引きられつつ、かろうじて波止場はとばに到り、それより船に移し入れらる。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
自分も一足おくれて、小僧と赤毛布あかげっとの尻を追っけて出た。みんな大急ぎに急ぐ。こう云う道中にはれ切ったものばかりと見える。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
我若しヴィルジリオとを同じうするをえたらんには、わが流罪るざいとき滿つること一年ひととせおくるゝともいとはざらんに。 一〇〇—一〇二
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
書きつけ帰りただちにその句の特色を模倣してむしろ剽窃ひょうせつして東京の新聞雑誌に投じまたは地方の新聞雑誌に投じただそのおくれん事を恐る。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
失敗しまッた」と口へ出して後悔しておくせに赤面。「今にお袋が帰ッて来る。『慈母さんこれこれの次第……』失敗しまッた、失策しくじッた」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
かれ前年ぜんねんさむさがきふおそうたときたねわづか二日ふつか相違さうゐおくれたむぎ意外いぐわい收穫しうくわく減少げんせうしたにが經驗けいけんわすることが出來できなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
愚助、おまへの頭は一日おくれの頭だよ。昨日習つた事を今日覚えるんだ。他の子供は昨日習つた事を昨日覚えて、今日は忘れてゐるんだ。
愚助大和尚 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
「かたり申そうぞ。ただし物語に紛れて遅れては面目なかろう。翌日あすごろはいずれもさだめて鎌倉へいでましなさろうに……おくれては……」
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
御殿の時計はいつもおくれているので、十時十分くらいだろうということ、そんなこと以外にはもう何も言うべきことが見当たらなかった。
看護婦や「ばあやさん」にそれぞれの心づけをしてから夙川しゅくがわのハイアを呼び、一時間ばかりおくれて病人の自動車のあとを追った。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大日本帝國だいにつぽんていこく海軍大佐櫻木重雄かいぐんたいささくらぎしげを本島ほんとう發見はつけんす、いま大日本帝國だいにつぽんていこく占領地せんりようちなり、おくれてこのしま上陸じやうりくするものは、すみやかにはたいて立去たちさ
世間の文化の進歩におくれたということは、松前藩の政策として、商人を使用して、どこまでもアイヌを未開の状態に保存し、所謂人禽の間
本州における蝦夷の末路 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
が、実をいうと、日本人の現在の状態はそこまでいっていないので、むしろおくればせに現代文化の世界に入り込むことに全力を尽している。
おくれたり、と玄関に走せ出で、やつと車を見出して、急げ/\と車夫を急がし、卅分後に兄に窮屈千万なる「余が最初の燕尾服」を脱ぎぬ。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
時間にはおくれたれどともかくも停車場すてーしょんおもむかんと大原は中川家を辞して門外へでたる途端とたん、走り寄って武者振むしゃぶくお代嬢
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
おくを掻き上げるか弱い手、ホッと溜息をく様子までが、跫音あしおとを忍ばせたガラッ八には、手に取るごとく見えるのです。
おくれ先立つ娘の子の、同じような洗髪を結んだ、真赤な、幅の広いリボンが、ひらひらとちょうが群れて飛ぶように見えて来る。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
丘福は謀画ぼうかくの才張玉に及ばずといえども、樸直ぼくちょく猛勇、深く敵陣に入りて敢戦死闘し、たたかい終って功を献ずるや必ず人におくる。いにしえ大樹たいじゅ将軍の風あり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
琥珀こはく刺繍ぬひをした白い蝙蝠傘パラソルを、パツとはすの花を開くやうにかざして、やゝもすればおくれやうとする足をお光はせか/\と内輪うちわに引きつて行つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
女王が親しく手もとに使っていた女房たちで、たとい少しの間にもせよ夫人におくれて生き残っている命を恨めしいと思って尼になる者もあった。
源氏物語:41 御法 (新字新仮名) / 紫式部(著)
太子はいつまで働いてもらちが明かず、阿房あほらしくなって妃におくるる数日、これまた帰国し、サア妃を打とうと取り掛かる。
「土曜日であつたから、おくれて駄目よ——空知支廳長の宅へも行つたが、來客が多いので、ゆツくり話も出來なかつた。」
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
またそのなかりさうなおくはらけやうとしてあたまつてるところました——それからまたしんなにいてるやうにもえました
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
一は自分の青春の記念碑としてであり、二はおくれて来たる青春の心たちへの贈り物としてである。自分は今自分の青年期を終わらんとしつつある。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
不幸は伴をともなう、靱負はその言葉を現実に耳許みみもとささやかれるような気持だった。そして妻のみぎはは臣之助に三十日ほどおくれて亡き人となった。
日本婦道記:二十三年 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私たちはその後姿うしろすがたをみおくって、大わらいをしながら、おくらした時間じかんをとりかえすために、汽車を全速力ぜんそくりょくで走らせました。
ばかな汽車 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
雪を切り拓いた中央の小径こみちを、食事におくれたスポウツマンとスポウツウウマンとが、あとからあとからと消魂けたたましく笑いながら駈け上って来ていた。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
ある人はそういうものは時代におくれたもので、単に昔の名残なごりに過ぎなく、未来の日本を切り開いてゆくには役に立たないと考えるかも知れません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
浮世絵の人物画も山水画と共に一勇斎国芳を殿しんがりとしてここにその終決を告げたり(国貞〈三世豊国〉の死は国芳におくるる事三年乃ち元治元年なり)
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
こんどに限っては、終始、秀吉のほうが何となく、その序戦の前からすべてにおくれをとっていたのも事実である。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は、母親をやり過しておいて、七、八間もおくれながら忍び忍びいてゆくと、幾つもある廻り角を曲ってだんだんこの間の家の方へ近づいて行く。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
それに間違っていれば、すぐ取替とりかえて来てもらわないと、折角せっかくここまで急いだ仕事が、またおくれるよ。急がば廻れ。念には念を入れということがある
もくねじ (新字新仮名) / 海野十三(著)
おかみさんは洋傘をおさしになつた片手に、びんおくれ毛の下るのを気になさりながら、そろ/\歩いてお行きになる。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)