森鴎外
1862.02.17 〜 1922.07.09
“森鴎外”に特徴的な語句
榛軒
族
丈
一人
而
抵
係恋
来
行
前
書
姪
考
彫
憾
主人
只
字
少女
幾
集
徐
此
竊
某
東
類
明
頭
故里
頒
縱令
纔
懷
出入
過
古
辞
問
在
動
填
貌
豈
諮
詣
偕
萌芽
怎
弟子
著者としての作品一覧
あそび(新字新仮名)
読書目安時間:約21分
木村は官吏である。 ある日いつもの通りに、午前六時に目を醒ました。夏の初めである。もう外は明るくなっているが、女中が遠慮してこの間だけは雨戸を開けずに置く。蚊幮の外に小さく燃えてい …
読書目安時間:約21分
木村は官吏である。 ある日いつもの通りに、午前六時に目を醒ました。夏の初めである。もう外は明るくなっているが、女中が遠慮してこの間だけは雨戸を開けずに置く。蚊幮の外に小さく燃えてい …
阿部一族(新字新仮名)
読書目安時間:約56分
従四位下左近衛少将兼越中守細川忠利は、寛永十八年辛巳の春、よそよりは早く咲く領地肥後国の花を見すてて、五十四万石の大名の晴れ晴れしい行列に前後を囲ませ、南より北へ歩みを運ぶ春ととも …
読書目安時間:約56分
従四位下左近衛少将兼越中守細川忠利は、寛永十八年辛巳の春、よそよりは早く咲く領地肥後国の花を見すてて、五十四万石の大名の晴れ晴れしい行列に前後を囲ませ、南より北へ歩みを運ぶ春ととも …
伊沢蘭軒(新字旧仮名)
読書目安時間:約16時間5分
頼山陽は寛政十二年十一月三日に、安藝国広島国泰寺裏門前杉木小路の父春水の屋敷で、囲の中に入れられ、享和三年十二月六日まで屏禁せられて居り、文化二年五月九日に至つて、「門外も為仕度段 …
読書目安時間:約16時間5分
頼山陽は寛政十二年十一月三日に、安藝国広島国泰寺裏門前杉木小路の父春水の屋敷で、囲の中に入れられ、享和三年十二月六日まで屏禁せられて居り、文化二年五月九日に至つて、「門外も為仕度段 …
ヰタ・セクスアリス(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間57分
金井湛君は哲学が職業である。 哲学者という概念には、何か書物を書いているということが伴う。金井君は哲学が職業である癖に、なんにも書物を書いていない。文科大学を卒業するときには、外道 …
読書目安時間:約1時間57分
金井湛君は哲学が職業である。 哲学者という概念には、何か書物を書いているということが伴う。金井君は哲学が職業である癖に、なんにも書物を書いていない。文科大学を卒業するときには、外道 …
うたかたの記(新字旧仮名)
読書目安時間:約31分
幾頭の獅子の挽ける車の上に、勢よく突立ちたる、女神バワリアの像は、先王ルウドヰヒ第一世がこの凱旋門に据ゑさせしなりといふ。その下よりルウドヰヒ町を左に折れたる処に、トリエント産の大 …
読書目安時間:約31分
幾頭の獅子の挽ける車の上に、勢よく突立ちたる、女神バワリアの像は、先王ルウドヰヒ第一世がこの凱旋門に据ゑさせしなりといふ。その下よりルウドヰヒ町を左に折れたる処に、トリエント産の大 …
鴎外漁史とは誰ぞ(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
福岡日日新聞の主筆猪股為治君は予が親戚の郷人である。予が九州に来てから、主筆はわざわざ我旅寓を訪われたので、予は共に世事を談じ、また間〻文学の事に及んだこともあった。主筆は多く欧羅 …
読書目安時間:約13分
福岡日日新聞の主筆猪股為治君は予が親戚の郷人である。予が九州に来てから、主筆はわざわざ我旅寓を訪われたので、予は共に世事を談じ、また間〻文学の事に及んだこともあった。主筆は多く欧羅 …
大塩平八郎(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間32分
一、西町奉行所 天保八年丁酉の歳二月十九日の暁方七つ時に、大阪西町奉行所の門を敲くものがある。西町奉行所と云ふのは、大阪城の大手の方角から、内本町通を西へ行つて、本町橋に掛からうと …
読書目安時間:約1時間32分
一、西町奉行所 天保八年丁酉の歳二月十九日の暁方七つ時に、大阪西町奉行所の門を敲くものがある。西町奉行所と云ふのは、大阪城の大手の方角から、内本町通を西へ行つて、本町橋に掛からうと …
興津弥五右衛門の遺書(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
某儀明日年来の宿望相達し候て、妙解院殿(松向寺殿)御墓前において首尾よく切腹いたし候事と相成り候。しかれば子孫のため事の顛末書き残しおきたく、京都なる弟又次郎宅において筆を取り候。 …
読書目安時間:約15分
某儀明日年来の宿望相達し候て、妙解院殿(松向寺殿)御墓前において首尾よく切腹いたし候事と相成り候。しかれば子孫のため事の顛末書き残しおきたく、京都なる弟又次郎宅において筆を取り候。 …
興津弥五右衛門の遺書(初稿)(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
某儀今年今月今日切腹して相果候事いかにも唐突の至にて、弥五右衛門奴老耄したるか、乱心したるかと申候者も可有之候えども、決して左様の事には無之候。某致仕候てより以来、当国船岡山の西麓 …
読書目安時間:約9分
某儀今年今月今日切腹して相果候事いかにも唐突の至にて、弥五右衛門奴老耄したるか、乱心したるかと申候者も可有之候えども、決して左様の事には無之候。某致仕候てより以来、当国船岡山の西麓 …
カズイスチカ(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
父が開業をしていたので、花房医学士は卒業する少し前から、休課に父の許へ来ている間は、代診の真似事をしていた。 花房の父の診療所は大千住にあったが、小金井きみ子という女が「千住の家」 …
読書目安時間:約18分
父が開業をしていたので、花房医学士は卒業する少し前から、休課に父の許へ来ている間は、代診の真似事をしていた。 花房の父の診療所は大千住にあったが、小金井きみ子という女が「千住の家」 …
仮名遣意見(旧字旧仮名)
読書目安時間:約39分
私は御覽の通り委員の中で一人軍服を着して居ります。で此席へは個人として出て居りまするけれども、陸軍省の方の意見も聽取つて參つて居りますから、或場合には其事を添へて申さうと思ひます。 …
読書目安時間:約39分
私は御覽の通り委員の中で一人軍服を着して居ります。で此席へは個人として出て居りまするけれども、陸軍省の方の意見も聽取つて參つて居りますから、或場合には其事を添へて申さうと思ひます。 …
かのように(新字新仮名)
読書目安時間:約46分
朝小間使の雪が火鉢に火を入れに来た時、奥さんが不安らしい顔をして、「秀麿の部屋にはゆうべも又電気が附いていたね」と云った。 「おや。さようでございましたか。先っき瓦斯煖炉に火を附け …
読書目安時間:約46分
朝小間使の雪が火鉢に火を入れに来た時、奥さんが不安らしい顔をして、「秀麿の部屋にはゆうべも又電気が附いていたね」と云った。 「おや。さようでございましたか。先っき瓦斯煖炉に火を附け …
雁(新字新仮名)
読書目安時間:約2時間28分
古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条と云う下宿屋に、こ …
読書目安時間:約2時間28分
古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出来事だと云うことを記憶している。どうして年をはっきり覚えているかと云うと、その頃僕は東京大学の鉄門の真向いにあった、上条と云う下宿屋に、こ …
寒山拾得(旧字旧仮名)
読書目安時間:約12分
唐の貞觀の頃だと云ふから、西洋は七世紀の初日本は年號と云ふもののやつと出來掛かつた時である。閭丘胤と云ふ官吏がゐたさうである。尤もそんな人はゐなかつたらしいと云ふ人もある。なぜかと …
読書目安時間:約12分
唐の貞觀の頃だと云ふから、西洋は七世紀の初日本は年號と云ふもののやつと出來掛かつた時である。閭丘胤と云ふ官吏がゐたさうである。尤もそんな人はゐなかつたらしいと云ふ人もある。なぜかと …
寒山拾得(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
唐の貞観のころだというから、西洋は七世紀の初め日本は年号というもののやっと出来かかったときである。閭丘胤という官吏がいたそうである。もっともそんな人はいなかったらしいと言う人もある …
読書目安時間:約13分
唐の貞観のころだというから、西洋は七世紀の初め日本は年号というもののやっと出来かかったときである。閭丘胤という官吏がいたそうである。もっともそんな人はいなかったらしいと言う人もある …
寒山拾得縁起(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
徒然草に最初の佛はどうして出來たかと問はれて困つたと云ふやうな話があつた。子供に物を問はれて困ることは度々である。中にも宗教上の事には、答に窮することが多い。しかしそれを拒んで答へ …
読書目安時間:約3分
徒然草に最初の佛はどうして出來たかと問はれて困つたと云ふやうな話があつた。子供に物を問はれて困ることは度々である。中にも宗教上の事には、答に窮することが多い。しかしそれを拒んで答へ …
寒山拾得縁起(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
徒然草に最初の仏はどうして出来たかと問われて困ったというような話があった。子供に物を問われて困ることはたびたびである。中にも宗教上のことには、答に窮することが多い。しかしそれを拒ん …
読書目安時間:約3分
徒然草に最初の仏はどうして出来たかと問われて困ったというような話があった。子供に物を問われて困ることはたびたびである。中にも宗教上のことには、答に窮することが多い。しかしそれを拒ん …
牛鍋(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
鍋はぐつぐつ煮える。 牛肉の紅は男のすばしこい箸で反される。白くなった方が上になる。 斜に薄く切られた、ざくと云う名の葱は、白い処が段々に黄いろくなって、褐色の汁の中へ沈む。 箸の …
読書目安時間:約4分
鍋はぐつぐつ煮える。 牛肉の紅は男のすばしこい箸で反される。白くなった方が上になる。 斜に薄く切られた、ざくと云う名の葱は、白い処が段々に黄いろくなって、褐色の汁の中へ沈む。 箸の …
魚玄機(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
魚玄機が人を殺して獄に下った。風説は忽ち長安人士の間に流伝せられて、一人として事の意表に出でたのに驚かぬものはなかった。 唐の代には道教が盛であった。それは道士等が王室の李姓である …
読書目安時間:約19分
魚玄機が人を殺して獄に下った。風説は忽ち長安人士の間に流伝せられて、一人として事の意表に出でたのに驚かぬものはなかった。 唐の代には道教が盛であった。それは道士等が王室の李姓である …
金貨(新字旧仮名)
読書目安時間:約30分
左官の八は、裏を返して縫ひ直して、継の上に継を当てた絆纏を着て、千駄ヶ谷の停車場脇の坂の下に、改札口からさす明を浴びてぼんやり立つてゐた。午後八時頃でもあつたらう。 八が頭の中は混 …
読書目安時間:約30分
左官の八は、裏を返して縫ひ直して、継の上に継を当てた絆纏を着て、千駄ヶ谷の停車場脇の坂の下に、改札口からさす明を浴びてぼんやり立つてゐた。午後八時頃でもあつたらう。 八が頭の中は混 …
栗山大膳(旧字旧仮名)
読書目安時間:約36分
寛永九年六月十五日に、筑前國福岡の城主黒田右衞門佐忠之の出した見廻役が、博多辻の堂町で怪しい風體の男を捕へた。それを取り調べると、豐後國日田にゐる徳川家の目附役竹中采女正に宛てた、 …
読書目安時間:約36分
寛永九年六月十五日に、筑前國福岡の城主黒田右衞門佐忠之の出した見廻役が、博多辻の堂町で怪しい風體の男を捕へた。それを取り調べると、豐後國日田にゐる徳川家の目附役竹中采女正に宛てた、 …
「言語の起原」附記(旧字旧仮名)
読書目安時間:約4分
此言語起原の一篇は江村學人の草する所なり。予は之を萬年艸に收録するに當りて、一二所思を附記することの必ずしも無用ならざるべきを信ず。學人は小兒の※聲、簡單なるものより複雜なるものに …
読書目安時間:約4分
此言語起原の一篇は江村學人の草する所なり。予は之を萬年艸に收録するに當りて、一二所思を附記することの必ずしも無用ならざるべきを信ず。學人は小兒の※聲、簡單なるものより複雜なるものに …
護持院原の敵討(新字新仮名)
読書目安時間:約44分
播磨国飾東郡姫路の城主酒井雅楽頭忠実の上邸は、江戸城の大手向左角にあった。そこの金部屋には、いつも侍が二人ずつ泊ることになっていた。然るに天保四年癸巳の歳十二月二十六日の卯の刻過の …
読書目安時間:約44分
播磨国飾東郡姫路の城主酒井雅楽頭忠実の上邸は、江戸城の大手向左角にあった。そこの金部屋には、いつも侍が二人ずつ泊ることになっていた。然るに天保四年癸巳の歳十二月二十六日の卯の刻過の …
木精(新字新仮名)
読書目安時間:約6分
巌が屏風のように立っている。登山をする人が、始めて深山薄雪草の白い花を見付けて喜ぶのは、ここの谷間である。フランツはいつもここへ来てハルロオと呼ぶ。 麻のようなブロンドな頭を振り立 …
読書目安時間:約6分
巌が屏風のように立っている。登山をする人が、始めて深山薄雪草の白い花を見付けて喜ぶのは、ここの谷間である。フランツはいつもここへ来てハルロオと呼ぶ。 麻のようなブロンドな頭を振り立 …
混沌(旧字旧仮名)
読書目安時間:約9分
私は話をすることが非常に下手なので、話をしろと云はれると實に氣になつてならない。若しこれが前以て知れてゐたならば、今日などは來ないのかも知れない。併し出し拔けに、奇襲を受けたやうに …
読書目安時間:約9分
私は話をすることが非常に下手なので、話をしろと云はれると實に氣になつてならない。若しこれが前以て知れてゐたならば、今日などは來ないのかも知れない。併し出し拔けに、奇襲を受けたやうに …
細木香以(新字新仮名)
読書目安時間:約45分
細木香以は津藤である。摂津国屋藤次郎である。わたくしが始めて津藤の名を聞いたのは、香以の事には関していなかった。香以の父竜池の事に関していた。摂津国屋藤次郎の称は二代続いているので …
読書目安時間:約45分
細木香以は津藤である。摂津国屋藤次郎である。わたくしが始めて津藤の名を聞いたのは、香以の事には関していなかった。香以の父竜池の事に関していた。摂津国屋藤次郎の称は二代続いているので …
最後の一句(旧字旧仮名)
読書目安時間:約18分
元文三年十一月二十三日の事である。大阪で、船乘業桂屋太郎兵衞と云ふものを、木津川口で三日間曝した上、斬罪に處すると、高札に書いて立てられた。市中到る處太郎兵衞の噂ばかりしてゐる中に …
読書目安時間:約18分
元文三年十一月二十三日の事である。大阪で、船乘業桂屋太郎兵衞と云ふものを、木津川口で三日間曝した上、斬罪に處すると、高札に書いて立てられた。市中到る處太郎兵衞の噂ばかりしてゐる中に …
最後の一句(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
元文三年十一月二十三日の事である。大阪で、船乗り業桂屋太郎兵衛というものを、木津川口で三日間さらした上、斬罪に処すると、高札に書いて立てられた。市中至る所太郎兵衛のうわさばかりして …
読書目安時間:約19分
元文三年十一月二十三日の事である。大阪で、船乗り業桂屋太郎兵衛というものを、木津川口で三日間さらした上、斬罪に処すると、高札に書いて立てられた。市中至る所太郎兵衛のうわさばかりして …
堺事件(新字新仮名)
読書目安時間:約40分
明治元年戊辰(ぼしん)の歳(とし)正月、徳川慶喜(よしのぶ)の軍が伏見、鳥羽に敗れて、大阪城をも守ることが出来ず、海路を江戸へ遁(のが)れた跡で、大阪、兵庫、堺の諸役人は職を棄てて …
読書目安時間:約40分
明治元年戊辰(ぼしん)の歳(とし)正月、徳川慶喜(よしのぶ)の軍が伏見、鳥羽に敗れて、大阪城をも守ることが出来ず、海路を江戸へ遁(のが)れた跡で、大阪、兵庫、堺の諸役人は職を棄てて …
杯(新字新仮名)
読書目安時間:約6分
温泉宿から皷が滝へ登って行く途中に、清冽な泉が湧き出ている。 水は井桁の上に凸面をなして、盛り上げたようになって、余ったのは四方へ流れ落ちるのである。 青い美しい苔が井桁の外を掩う …
読書目安時間:約6分
温泉宿から皷が滝へ登って行く途中に、清冽な泉が湧き出ている。 水は井桁の上に凸面をなして、盛り上げたようになって、余ったのは四方へ流れ落ちるのである。 青い美しい苔が井桁の外を掩う …
里芋の芽と不動の目(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
東京化学製造所は盛に新聞で攻撃せられながら、兎に角一廉の大工場になった。 攻撃は職工の賃銀問題である。賃銀は上げて遣れば好い。しかしどこまでも上げて遣るというわけには行かない。そん …
読書目安時間:約9分
東京化学製造所は盛に新聞で攻撃せられながら、兎に角一廉の大工場になった。 攻撃は職工の賃銀問題である。賃銀は上げて遣れば好い。しかしどこまでも上げて遣るというわけには行かない。そん …
佐橋甚五郎(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
豊太閤が朝鮮を攻めてから、朝鮮と日本との間には往来が全く絶えていたのに、宗対馬守義智が徳川家の旨を承けて肝いりをして、慶長九年の暮れに、松雲孫、文※、金考舜という三人の僧が朝鮮から …
読書目安時間:約13分
豊太閤が朝鮮を攻めてから、朝鮮と日本との間には往来が全く絶えていたのに、宗対馬守義智が徳川家の旨を承けて肝いりをして、慶長九年の暮れに、松雲孫、文※、金考舜という三人の僧が朝鮮から …
サフラン(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
名を聞いて人を知らぬと云うことが随分ある。人ばかりではない。すべての物にある。 私は子供の時から本が好だと云われた。少年の読む雑誌もなければ、巌谷小波君のお伽話もない時代に生れたの …
読書目安時間:約5分
名を聞いて人を知らぬと云うことが随分ある。人ばかりではない。すべての物にある。 私は子供の時から本が好だと云われた。少年の読む雑誌もなければ、巌谷小波君のお伽話もない時代に生れたの …
山椒大夫(新字新仮名)
読書目安時間:約44分
越後の春日を経て今津へ出る道を、珍らしい旅人の一群れが歩いている。母は三十歳を踰えたばかりの女で、二人の子供を連れている。姉は十四、弟は十二である。それに四十ぐらいの女中が一人つい …
読書目安時間:約44分
越後の春日を経て今津へ出る道を、珍らしい旅人の一群れが歩いている。母は三十歳を踰えたばかりの女で、二人の子供を連れている。姉は十四、弟は十二である。それに四十ぐらいの女中が一人つい …
ぢいさんばあさん(旧字旧仮名)
読書目安時間:約12分
文化六年の春が暮れて行く頃であつた。麻布龍土町の、今歩兵第三聯隊の兵營になつてゐる地所の南隣で、三河國奧殿の領主松平左七郎乘羨と云ふ大名の邸の中に、大工が這入つて小さい明家を修復し …
読書目安時間:約12分
文化六年の春が暮れて行く頃であつた。麻布龍土町の、今歩兵第三聯隊の兵營になつてゐる地所の南隣で、三河國奧殿の領主松平左七郎乘羨と云ふ大名の邸の中に、大工が這入つて小さい明家を修復し …
じいさんばあさん(新字新仮名)
読書目安時間:約12分
文化六年の春が暮れて行く頃であった。麻布竜土町の、今歩兵第三聯隊の兵営になっている地所の南隣で、三河国奥殿の領主松平左七郎乗羨と云う大名の邸の中に、大工が這入って小さい明家を修復し …
読書目安時間:約12分
文化六年の春が暮れて行く頃であった。麻布竜土町の、今歩兵第三聯隊の兵営になっている地所の南隣で、三河国奥殿の領主松平左七郎乗羨と云う大名の邸の中に、大工が這入って小さい明家を修復し …
柵草紙の山房論文(旧字旧仮名)
読書目安時間:約2時間17分
我に問ふ、何故に久しく文を論ぜざるかと。我は反問せむとす、何故に久しく論ずべき文を出さゞるかと。我が文學上の評論をなさんといひし誓は、今やいたづら事になりなむとす。其咎果して誰が上 …
読書目安時間:約2時間17分
我に問ふ、何故に久しく文を論ぜざるかと。我は反問せむとす、何故に久しく論ずべき文を出さゞるかと。我が文學上の評論をなさんといひし誓は、今やいたづら事になりなむとす。其咎果して誰が上 …
渋江抽斎(新字新仮名)
読書目安時間:約5時間30分
三十七年如一瞬。学医伝業薄才伸。栄枯窮達任天命。安楽換銭不患貧。これは渋江抽斎の述志の詩である。想うに天保十二年の暮に作ったものであろう。弘前の城主津軽順承の定府の医官で、当時近習 …
読書目安時間:約5時間30分
三十七年如一瞬。学医伝業薄才伸。栄枯窮達任天命。安楽換銭不患貧。これは渋江抽斎の述志の詩である。想うに天保十二年の暮に作ったものであろう。弘前の城主津軽順承の定府の医官で、当時近習 …
寿阿弥の手紙(旧字旧仮名)
読書目安時間:約1時間21分
わたくしは澀江抽齋の事蹟を書いた時、抽齋の父定所の友で、抽齋に劇神仙の號を讓つた壽阿彌陀佛の事に言ひ及んだ。そして壽阿彌が文章を善くした證據として其手紙を引用した。 壽阿彌の手紙は …
読書目安時間:約1時間21分
わたくしは澀江抽齋の事蹟を書いた時、抽齋の父定所の友で、抽齋に劇神仙の號を讓つた壽阿彌陀佛の事に言ひ及んだ。そして壽阿彌が文章を善くした證據として其手紙を引用した。 壽阿彌の手紙は …
食堂(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
木村は役所の食堂に出た。 雨漏りの痕が怪しげな形を茶褐色に画いている紙張の天井、濃淡のある鼠色に汚れた白壁、廊下から覗かれる処だけ紙を張った硝子窓、性の知れない不潔物が木理に染み込 …
読書目安時間:約13分
木村は役所の食堂に出た。 雨漏りの痕が怪しげな形を茶褐色に画いている紙張の天井、濃淡のある鼠色に汚れた白壁、廊下から覗かれる処だけ紙を張った硝子窓、性の知れない不潔物が木理に染み込 …
心中(新字新仮名)
読書目安時間:約17分
お金がどの客にも一度はきっとする話であった。どうかして間違って二度話し掛けて、その客に「ひゅうひゅうと云うのだろう」なんぞと、先を越して云われようものなら、お金の悔やしがりようは一 …
読書目安時間:約17分
お金がどの客にも一度はきっとする話であった。どうかして間違って二度話し掛けて、その客に「ひゅうひゅうと云うのだろう」なんぞと、先を越して云われようものなら、お金の悔やしがりようは一 …
『新訳源氏物語』初版の序(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
源氏物語を現代の口語に訳する必要がありましょうか。この問題を解決しようと試みることは、この本の序文として適当だろうかと思われます。 単に必要があるかと申しますのは、精しくいえば、時 …
読書目安時間:約3分
源氏物語を現代の口語に訳する必要がありましょうか。この問題を解決しようと試みることは、この本の序文として適当だろうかと思われます。 単に必要があるかと申しますのは、精しくいえば、時 …
椙原品(新字旧仮名)
読書目安時間:約16分
私が大礼に参列するために京都へ立たうとしてゐる時であつた。私の加盟してゐる某社の雑誌が来たので、忙しい中にざつと目を通した。すると仙台に高尾の後裔がゐると云ふ話が出てゐるのを見た。 …
読書目安時間:約16分
私が大礼に参列するために京都へ立たうとしてゐる時であつた。私の加盟してゐる某社の雑誌が来たので、忙しい中にざつと目を通した。すると仙台に高尾の後裔がゐると云ふ話が出てゐるのを見た。 …
青年(新字新仮名)
読書目安時間:約4時間8分
小泉純一は芝日蔭町の宿屋を出て、東京方眼図を片手に人にうるさく問うて、新橋停留場から上野行の電車に乗った。目まぐろしい須田町の乗換も無事に済んだ。さて本郷三丁目で電車を降りて、追分 …
読書目安時間:約4時間8分
小泉純一は芝日蔭町の宿屋を出て、東京方眼図を片手に人にうるさく問うて、新橋停留場から上野行の電車に乗った。目まぐろしい須田町の乗換も無事に済んだ。さて本郷三丁目で電車を降りて、追分 …
そめちがへ(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
時節は五月雨のまだ思切悪く昨夕より小止なく降りて、欞子の下に四足踏伸ばしたる猫懶くして起たんともせず、夜更て酔はされし酒に、明近くからぐつすり眠り、朝飯と午餉とを一つに片付けたる兼 …
読書目安時間:約13分
時節は五月雨のまだ思切悪く昨夕より小止なく降りて、欞子の下に四足踏伸ばしたる猫懶くして起たんともせず、夜更て酔はされし酒に、明近くからぐつすり眠り、朝飯と午餉とを一つに片付けたる兼 …
高瀬舟(旧字旧仮名)
読書目安時間:約17分
高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。徳川時代に京都の罪人が遠島を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞をすることを許された。それから罪人は高瀬舟に載せら …
読書目安時間:約17分
高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。徳川時代に京都の罪人が遠島を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞をすることを許された。それから罪人は高瀬舟に載せら …
高瀬舟(旧字旧仮名)
読書目安時間:約17分
高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。徳川時代に京都の罪人が遠島を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞をすることを許された。それから罪人は高瀬舟に載せら …
読書目安時間:約17分
高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。徳川時代に京都の罪人が遠島を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞をすることを許された。それから罪人は高瀬舟に載せら …
高瀬舟(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。徳川時代に京都の罪人が遠島を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞いをすることを許された。それから罪人は高瀬舟に載せ …
読書目安時間:約18分
高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。徳川時代に京都の罪人が遠島を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞いをすることを許された。それから罪人は高瀬舟に載せ …
高瀬舟縁起(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
京都の高瀬川は、五條から南は天正十五年に、二條から五條までは慶長十七年に、角倉了以が掘つたものださうである。そこを通ふ舟は曳舟である。原來たかせは舟の名で、其舟の通ふ川を高瀬川と云 …
読書目安時間:約3分
京都の高瀬川は、五條から南は天正十五年に、二條から五條までは慶長十七年に、角倉了以が掘つたものださうである。そこを通ふ舟は曳舟である。原來たかせは舟の名で、其舟の通ふ川を高瀬川と云 …
高瀬舟縁起(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
京都の高瀬川は、五条から南は天正十五年に、二条から五条までは慶長十七年に、角倉了以が掘ったものだそうである。そこを通う舟は曳舟である。元来たかせは舟の名で、その舟の通う川を高瀬川と …
読書目安時間:約3分
京都の高瀬川は、五条から南は天正十五年に、二条から五条までは慶長十七年に、角倉了以が掘ったものだそうである。そこを通う舟は曳舟である。元来たかせは舟の名で、その舟の通う川を高瀬川と …
沈黙の塔(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
高い塔が夕の空に聳えている。 塔の上に集まっている鴉が、立ちそうにしてはまた止まる。そして啼き騒いでいる。 鴉の群れを離れて、鴉の振舞を憎んでいるのかと思われるように、鴎が二三羽、 …
読書目安時間:約13分
高い塔が夕の空に聳えている。 塔の上に集まっている鴉が、立ちそうにしてはまた止まる。そして啼き騒いでいる。 鴉の群れを離れて、鴉の振舞を憎んでいるのかと思われるように、鴎が二三羽、 …
追儺(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
悪魔に毛を一本渡すと、霊魂まで持つて往かずには置かないと云ふ、西洋の諺がある。 あいつは何も書かない奴だといふ善意の折紙でも、何も書けない奴だといふ悪意の折紙でも好い。それを持つて …
読書目安時間:約10分
悪魔に毛を一本渡すと、霊魂まで持つて往かずには置かないと云ふ、西洋の諺がある。 あいつは何も書かない奴だといふ善意の折紙でも、何も書けない奴だといふ悪意の折紙でも好い。それを持つて …
津下四郎左衛門(新字旧仮名)
読書目安時間:約45分
津下四郎左衛門は私の父である。(私とは誰かと云ふことは下に見えてゐる。)しかし其名は只聞く人の耳に空虚なる固有名詞として響くのみであらう。それも無理は無い。世に何の貢献もせずに死ん …
読書目安時間:約45分
津下四郎左衛門は私の父である。(私とは誰かと云ふことは下に見えてゐる。)しかし其名は只聞く人の耳に空虚なる固有名詞として響くのみであらう。それも無理は無い。世に何の貢献もせずに死ん …
鼎軒先生(旧字旧仮名)
読書目安時間:約4分
鼎軒先生には一度もお目に掛かつたことがない、私は少壯の頃、暇があれば本ばかり讀んでゐたので名家の演説などをもわざ/\聽きに往つたことが殆ど無い、そこで餘所ながら先生のお顏を見る機會 …
読書目安時間:約4分
鼎軒先生には一度もお目に掛かつたことがない、私は少壯の頃、暇があれば本ばかり讀んでゐたので名家の演説などをもわざ/\聽きに往つたことが殆ど無い、そこで餘所ながら先生のお顏を見る機會 …
田楽豆腐(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
「あなた植物園へ入らつしやつて」と、台所から細君が声を掛けた。 「さうさなあ、往かうかと思つてゐるのだが」と、木村は新聞の間に畳み込んである附録を引き出して拡げながら云つた。 「入 …
読書目安時間:約13分
「あなた植物園へ入らつしやつて」と、台所から細君が声を掛けた。 「さうさなあ、往かうかと思つてゐるのだが」と、木村は新聞の間に畳み込んである附録を引き出して拡げながら云つた。 「入 …
当流比較言語学(旧字旧仮名)
読書目安時間:約7分
或る國民には或る詞が闕けてゐる。 何故闕けてゐるかと思つて、よく/\考へて見ると、それは或る感情が闕けてゐるからである。 手近い處で言つて見ると、獨逸語に Streber といふ詞 …
読書目安時間:約7分
或る國民には或る詞が闕けてゐる。 何故闕けてゐるかと思つて、よく/\考へて見ると、それは或る感情が闕けてゐるからである。 手近い處で言つて見ると、獨逸語に Streber といふ詞 …
独身(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
小倉の冬は冬という程の事はない。西北の海から長門の一角を掠めて、寒い風が吹いて来て、蜜柑の木の枯葉を庭の砂の上に吹き落して、からからと音をさせて、庭のあちこちへ吹き遣って、暫くおも …
読書目安時間:約19分
小倉の冬は冬という程の事はない。西北の海から長門の一角を掠めて、寒い風が吹いて来て、蜜柑の木の枯葉を庭の砂の上に吹き落して、からからと音をさせて、庭のあちこちへ吹き遣って、暫くおも …
なかじきり(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
老いはようやく身に迫ってくる。 前途に希望の光が薄らぐとともに、みずから背後の影をかえりみるは人の常情である。人は老いてレトロスペクチイフの境界に入る。 わたくしは医を学んで仕えた …
読書目安時間:約4分
老いはようやく身に迫ってくる。 前途に希望の光が薄らぐとともに、みずから背後の影をかえりみるは人の常情である。人は老いてレトロスペクチイフの境界に入る。 わたくしは医を学んで仕えた …
夏目漱石論(新字新仮名)
読書目安時間:約2分
一、今日の地位に至れる径路 政略と云うようなものがあるかどうだか知らない。漱石君が今の地位は、彼の地位としては、低きに過ぎても高きに過ぎないことは明白である。然れば今の地位に漱石君 …
読書目安時間:約2分
一、今日の地位に至れる径路 政略と云うようなものがあるかどうだか知らない。漱石君が今の地位は、彼の地位としては、低きに過ぎても高きに過ぎないことは明白である。然れば今の地位に漱石君 …
鶏(新字新仮名)
読書目安時間:約37分
石田小介が少佐参謀になって小倉に着任したのは六月二十四日であった。 徳山と門司との間を交通している蒸汽船から上がったのが午前三時である。地方の軍隊は送迎がなかなか手厚いことを知って …
読書目安時間:約37分
石田小介が少佐参謀になって小倉に着任したのは六月二十四日であった。 徳山と門司との間を交通している蒸汽船から上がったのが午前三時である。地方の軍隊は送迎がなかなか手厚いことを知って …
鼠坂(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
小日向から音羽へ降りる鼠坂と云う坂がある。鼠でなくては上がり降りが出来ないと云う意味で附けた名だそうだ。台町の方から坂の上までは人力車が通うが、左側に近頃刈り込んだ事のなさそうな生 …
読書目安時間:約16分
小日向から音羽へ降りる鼠坂と云う坂がある。鼠でなくては上がり降りが出来ないと云う意味で附けた名だそうだ。台町の方から坂の上までは人力車が通うが、左側に近頃刈り込んだ事のなさそうな生 …
俳句と云ふもの(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
○俳句と云ものを始て見たのは十五六歳の時であつたと思ふ。父と東京へ出て来て向嶋に住んでゐる所へ、母や弟妹が津和野の家を引き払つて這入り込んで来た。その時蔵書丈は売らずに持つて来たが …
読書目安時間:約3分
○俳句と云ものを始て見たのは十五六歳の時であつたと思ふ。父と東京へ出て来て向嶋に住んでゐる所へ、母や弟妹が津和野の家を引き払つて這入り込んで来た。その時蔵書丈は売らずに持つて来たが …
長谷川辰之助(旧字旧仮名)
読書目安時間:約12分
逢ひたくて逢はずにしまふ人は澤山ある。 それは私の方から人を尋ねるといふことが、殆ど絶待的に出來ないからである。何故出來ないか、私には職務があると辯解して見る。併し此辯解は通らない …
読書目安時間:約12分
逢ひたくて逢はずにしまふ人は澤山ある。 それは私の方から人を尋ねるといふことが、殆ど絶待的に出來ないからである。何故出來ないか、私には職務があると辯解して見る。併し此辯解は通らない …
花子(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
Auguste Rodin は為事場へ出て来た。 広い間一ぱいに朝日が差し込んでゐる。この Hôtel Biron といふのは、もと或る富豪の作つた、贅沢な建物であるが、つひ此間ま …
読書目安時間:約10分
Auguste Rodin は為事場へ出て来た。 広い間一ぱいに朝日が差し込んでゐる。この Hôtel Biron といふのは、もと或る富豪の作つた、贅沢な建物であるが、つひ此間ま …
花子(新字新仮名)
読書目安時間:約10分
Auguste Rodin は為事場へ出て来た。 広い間一ぱいに朝日が差し込んでいる。この Hôtel Biron というのは、もと或る富豪の作った、贅沢な建物であるが、ついこの間 …
読書目安時間:約10分
Auguste Rodin は為事場へ出て来た。 広い間一ぱいに朝日が差し込んでいる。この Hôtel Biron というのは、もと或る富豪の作った、贅沢な建物であるが、ついこの間 …
半日(旧字旧仮名)
読書目安時間:約34分
六疊の間に、床を三つ並べて取つて、七つになる娘を眞中に寢かして、夫婦が寢てゐる。宵に活けて置いた桐火桶の佐倉炭が、白い灰になつてしまつて、主人の枕元には、唯ゞ心を引込ませたランプが …
読書目安時間:約34分
六疊の間に、床を三つ並べて取つて、七つになる娘を眞中に寢かして、夫婦が寢てゐる。宵に活けて置いた桐火桶の佐倉炭が、白い灰になつてしまつて、主人の枕元には、唯ゞ心を引込ませたランプが …
百物語(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
何か事情があって、川開きが暑中を過ぎた後に延びた年の当日であったかと思う。余程年も立っているので、記憶が稍おぼろげになってはいるが又却てそれが為めに、或る廉々がアクサンチュエエせら …
読書目安時間:約26分
何か事情があって、川開きが暑中を過ぎた後に延びた年の当日であったかと思う。余程年も立っているので、記憶が稍おぼろげになってはいるが又却てそれが為めに、或る廉々がアクサンチュエエせら …
不苦心談(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
ファウストを訳した時の苦心を話すことを、東亜之光の編者に勧められた。然るに私は余り苦心していない。少くも話の種にする程、苦心していない。こう云うのがえらがるのでないことは勿論である …
読書目安時間:約9分
ファウストを訳した時の苦心を話すことを、東亜之光の編者に勧められた。然るに私は余り苦心していない。少くも話の種にする程、苦心していない。こう云うのがえらがるのでないことは勿論である …
普請中(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
渡辺参事官は歌舞伎座の前で電車を降りた。 雨あがりの道の、ところどころに残っている水たまりを避けて、木挽町の河岸を、逓信省の方へ行きながら、たしかこの辺の曲がり角に看板のあるのを見 …
読書目安時間:約9分
渡辺参事官は歌舞伎座の前で電車を降りた。 雨あがりの道の、ところどころに残っている水たまりを避けて、木挽町の河岸を、逓信省の方へ行きながら、たしかこの辺の曲がり角に看板のあるのを見 …
二人の友(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
私は豊前の小倉に足掛四年いた。その初の年の十月であった。六月の霖雨の最中に来て借りた鍛冶町の家で、私は寂しく夏を越したが、まだその夏のなごりがどこやらに残っていて、暖い日が続いた。 …
読書目安時間:約24分
私は豊前の小倉に足掛四年いた。その初の年の十月であった。六月の霖雨の最中に来て借りた鍛冶町の家で、私は寂しく夏を越したが、まだその夏のなごりがどこやらに残っていて、暖い日が続いた。 …
文づかひ(新字旧仮名)
読書目安時間:約27分
それがしの宮の催したまひし星が岡茶寮の独逸会に、洋行がへりの将校次を逐うて身の上ばなしせし時のことなりしが、こよひはおん身が物語聞くべきはずなり、殿下も待兼ねておはすればと促されて …
読書目安時間:約27分
それがしの宮の催したまひし星が岡茶寮の独逸会に、洋行がへりの将校次を逐うて身の上ばなしせし時のことなりしが、こよひはおん身が物語聞くべきはずなり、殿下も待兼ねておはすればと促されて …
文づかい(新字新仮名)
読書目安時間:約28分
それがしの宮の催したまいし星が岡茶寮のドイツ会に、洋行がえりの将校次をおうて身の上ばなしせしときのことなりしが、こよいはおん身が物語聞くべきはずなり、殿下も待ちかねておわすればとう …
読書目安時間:約28分
それがしの宮の催したまいし星が岡茶寮のドイツ会に、洋行がえりの将校次をおうて身の上ばなしせしときのことなりしが、こよいはおん身が物語聞くべきはずなり、殿下も待ちかねておわすればとう …
古い手帳から(旧字旧仮名)
読書目安時間:約21分
Platon は何故に共産主義者とせられてゐるか。此人は人の心を植物性、動物性、精神性の三つに分つた。植物性は榮養、動物性は感情、精神性は智慧である。此人は又これと併行して社會を勞 …
読書目安時間:約21分
Platon は何故に共産主義者とせられてゐるか。此人は人の心を植物性、動物性、精神性の三つに分つた。植物性は榮養、動物性は感情、精神性は智慧である。此人は又これと併行して社會を勞 …
文芸の主義(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
芸術に主義というものは本来ないと思う。芸術そのものが一の大なる主義である。 それを傍から見て、個々別々の主義があるように思うに過ぎない。 Emile Zola(エミール・ゾラ)なん …
読書目安時間:約3分
芸術に主義というものは本来ないと思う。芸術そのものが一の大なる主義である。 それを傍から見て、個々別々の主義があるように思うに過ぎない。 Emile Zola(エミール・ゾラ)なん …
蛇(新字新仮名)
読書目安時間:約23分
明け易い夏の夜に、なんだってこんなそうぞうしい家に泊り合わせたことかと思って、己はうるさく頬のあたりに飛んで来る蚊を逐いながら、二間の縁側から、せせこましく石を据えて、いろいろな木 …
読書目安時間:約23分
明け易い夏の夜に、なんだってこんなそうぞうしい家に泊り合わせたことかと思って、己はうるさく頬のあたりに飛んで来る蚊を逐いながら、二間の縁側から、せせこましく石を据えて、いろいろな木 …
翻訳に就いて(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
翻譯上の謬見 此本に是非翻譯に就いて何か書いてくれと云ふことである。予を翻譯者の中の主な一人だと思つてゐるものと見える。さうかと思ふと、一方には予の翻譯は殆皆誤譯だとして、予に全く …
読書目安時間:約3分
翻譯上の謬見 此本に是非翻譯に就いて何か書いてくれと云ふことである。予を翻譯者の中の主な一人だと思つてゐるものと見える。さうかと思ふと、一方には予の翻譯は殆皆誤譯だとして、予に全く …
舞姫(旧字旧仮名)
読書目安時間:約31分
石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと靜にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ來る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、舟に殘れるは余一人のみなれば。 五 …
読書目安時間:約31分
石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと靜にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ來る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、舟に殘れるは余一人のみなれば。 五 …
舞姫(新字旧仮名)
読書目安時間:約31分
石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと静にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ来る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、舟に残れるは余一人のみなれば。 五 …
読書目安時間:約31分
石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと静にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ来る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、舟に残れるは余一人のみなれば。 五 …
舞姫(新字新仮名)
読書目安時間:約33分
石炭をばはや積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと静かにて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜ごとにここに集い来る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、舟に残れるは余一人のみなれば。 …
読書目安時間:約33分
石炭をばはや積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと静かにて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜ごとにここに集い来る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、舟に残れるは余一人のみなれば。 …
魔睡(新字旧仮名)
読書目安時間:約28分
法科大学教授大川渉君は居間の真中へ革包を出して、そこら中に書物やシヤツなどを取り散らして、何か考へては革包の中へしまひ込んでゐる。大川博士は気のゆつたりした人で、何事があつても驚く …
読書目安時間:約28分
法科大学教授大川渉君は居間の真中へ革包を出して、そこら中に書物やシヤツなどを取り散らして、何か考へては革包の中へしまひ込んでゐる。大川博士は気のゆつたりした人で、何事があつても驚く …
みちの記(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
明治二十三年八月十七日、上野より一番汽車に乗りていず。途にて一たび車を換うることありて、横川にて車はてぬ。これより鉄道馬車雇いて、薄氷嶺にかかる。その車は外を青「ペンキ」にて塗りた …
読書目安時間:約15分
明治二十三年八月十七日、上野より一番汽車に乗りていず。途にて一たび車を換うることありて、横川にて車はてぬ。これより鉄道馬車雇いて、薄氷嶺にかかる。その車は外を青「ペンキ」にて塗りた …
身上話(旧字旧仮名)
読書目安時間:約16分
「御勉強。」 障子の外から、小聲で云ふのである。 「誰だ。音をさせないで梯を登つて、廊下を歩いて來るなんて、怪しい奴だな。」 「わたくし。」 障子が二三寸開いて、貧血な顏の切目の長 …
読書目安時間:約16分
「御勉強。」 障子の外から、小聲で云ふのである。 「誰だ。音をさせないで梯を登つて、廊下を歩いて來るなんて、怪しい奴だな。」 「わたくし。」 障子が二三寸開いて、貧血な顏の切目の長 …
空車(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
むなぐるまは古言である。これを聞けば昔の絵巻にあるような物見車が思い浮かべられる。 すべて古言はその行われた時と所との色を帯びている。これをそのままにとって用いるときは、誰もその間 …
読書目安時間:約5分
むなぐるまは古言である。これを聞けば昔の絵巻にあるような物見車が思い浮かべられる。 すべて古言はその行われた時と所との色を帯びている。これをそのままにとって用いるときは、誰もその間 …
妄想(新字旧仮名)
読書目安時間:約28分
目前には広々と海が横はつてゐる。 その海から打ち上げられた砂が、小山のやうに盛り上がつて、自然の堤防を形づくつてゐる。アイルランドとスコットランドとから起つて、ヨオロッパ一般に行は …
読書目安時間:約28分
目前には広々と海が横はつてゐる。 その海から打ち上げられた砂が、小山のやうに盛り上がつて、自然の堤防を形づくつてゐる。アイルランドとスコットランドとから起つて、ヨオロッパ一般に行は …
訳本ファウストについて(新字新仮名)
読書目安時間:約12分
私が訳したファウストについては、私はあの訳本をして自ら語らしめる積でいる。それで現にあの印行本にも余計な事は一切書き添えなかった。開巻第一の所謂扉一枚の次に文芸委員会の文句が挿んで …
読書目安時間:約12分
私が訳したファウストについては、私はあの訳本をして自ら語らしめる積でいる。それで現にあの印行本にも余計な事は一切書き添えなかった。開巻第一の所謂扉一枚の次に文芸委員会の文句が挿んで …
安井夫人(新字新仮名)
読書目安時間:約23分
「仲平さんはえらくなりなさるだろう」という評判と同時に、「仲平さんは不男だ」という蔭言が、清武一郷に伝えられている。 仲平の父は日向国宮崎郡清武村に二段八畝ほどの宅地があって、そこ …
読書目安時間:約23分
「仲平さんはえらくなりなさるだろう」という評判と同時に、「仲平さんは不男だ」という蔭言が、清武一郷に伝えられている。 仲平の父は日向国宮崎郡清武村に二段八畝ほどの宅地があって、そこ …
遺言三種(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
遺言 壱予ハ予ノ死後遺ス所ノ財産ヲ両半ニ平分シ左ノ弐条件ヲ附シテ壱半ヲ予ノ相続者予ノ長男森於菟ニ与ヘ壱半ヲ予ノ母森みねニ与フベシ 弐予ノ祖母森きよノ生活費予ノ妻森しけガ生家荒木氏ニ …
読書目安時間:約3分
遺言 壱予ハ予ノ死後遺ス所ノ財産ヲ両半ニ平分シ左ノ弐条件ヲ附シテ壱半ヲ予ノ相続者予ノ長男森於菟ニ与ヘ壱半ヲ予ノ母森みねニ与フベシ 弐予ノ祖母森きよノ生活費予ノ妻森しけガ生家荒木氏ニ …
夢(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
カントが発狂の階梯だと恐れた夢を自身に検究する事に再び着目したるは、新約克のジユリウス、ネルソン Julius Nelson です、既に記録した夢の数は四千あつて、短いのは一語で写 …
読書目安時間:約3分
カントが発狂の階梯だと恐れた夢を自身に検究する事に再び着目したるは、新約克のジユリウス、ネルソン Julius Nelson です、既に記録した夢の数は四千あつて、短いのは一語で写 …
余興(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
同郷人の懇親会があると云うので、久し振りに柳橋の亀清に往った。 暑い日の夕方である。門から玄関までの間に敷き詰めた御影石の上には、一面の打水がしてあって、門の内外には人力車がもうき …
読書目安時間:約8分
同郷人の懇親会があると云うので、久し振りに柳橋の亀清に往った。 暑い日の夕方である。門から玄関までの間に敷き詰めた御影石の上には、一面の打水がしてあって、門の内外には人力車がもうき …
能久親王年譜(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
弘化四年丁未、二月十六日能久親王京都伏見宮第に生れさせ給ひ、満宮と名のらせ給ふ。 嘉永元年戊申、二歳。京都におはす。仁孝天皇の御猶子、青蓮院宮の御附弟にならせ給ふ。 二年己酉、三歳 …
読書目安時間:約6分
弘化四年丁未、二月十六日能久親王京都伏見宮第に生れさせ給ひ、満宮と名のらせ給ふ。 嘉永元年戊申、二歳。京都におはす。仁孝天皇の御猶子、青蓮院宮の御附弟にならせ給ふ。 二年己酉、三歳 …
歴史其儘と歴史離れ(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
わたくしの近頃書いた、歴史上の人物を取り扱つた作品は、小説だとか、小説でないとか云つて、友人間にも議論がある。しかし所謂 normativ な美学を奉じて、小説はかうなくてはならぬ …
読書目安時間:約7分
わたくしの近頃書いた、歴史上の人物を取り扱つた作品は、小説だとか、小説でないとか云つて、友人間にも議論がある。しかし所謂 normativ な美学を奉じて、小説はかうなくてはならぬ …
Resignation の説(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
現代の思想とか、新しい作者の発表している思想とか云うものについて話せというのですか。それは私の立場として頗る迷惑です。 もし私が現に批評壇に立っている諸君と同一な思想を持っていたな …
読書目安時間:約5分
現代の思想とか、新しい作者の発表している思想とか云うものについて話せというのですか。それは私の立場として頗る迷惑です。 もし私が現に批評壇に立っている諸君と同一な思想を持っていたな …
ロビンソン・クルソオ:(序に代ふる会話)(旧字旧仮名)
読書目安時間:約10分
人物 主人 客 譯者 場所 主人の書齋。主人と客と對坐せるところへ、譯者登場。 主人。暫くでしたね。何か御用ですか。 譯者。あのロビンソンですね。あれがこれまで翻譯にはなつてゐまし …
読書目安時間:約10分
人物 主人 客 譯者 場所 主人の書齋。主人と客と對坐せるところへ、譯者登場。 主人。暫くでしたね。何か御用ですか。 譯者。あのロビンソンですね。あれがこれまで翻譯にはなつてゐまし …
私が十四五歳の時(旧字旧仮名)
読書目安時間:約3分
過去の生活は食つてしまつた飯のやうなものである。飯が消化せられて生きた汁になつて、それから先の生活の土臺になるとほりに、過去の生活は現在の生活の本になつてゐる。又これから先の、未來 …
読書目安時間:約3分
過去の生活は食つてしまつた飯のやうなものである。飯が消化せられて生きた汁になつて、それから先の生活の土臺になるとほりに、過去の生活は現在の生活の本になつてゐる。又これから先の、未來 …
翻訳者としての作品一覧
尼(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
ブレドガアデで午食をして来た帰道である。牧師をしてゐる兄と己とである。兄はユウトランドで富饒なヱイレあたりに就職したいので、其運動に市中へ出て来た。ところが大臣が機嫌好く話を聞いて …
読書目安時間:約13分
ブレドガアデで午食をして来た帰道である。牧師をしてゐる兄と己とである。兄はユウトランドで富饒なヱイレあたりに就職したいので、其運動に市中へ出て来た。ところが大臣が機嫌好く話を聞いて …
アンドレアス・タアマイエルが遺書(新字旧仮名)
読書目安時間:約12分
小生は如何にしても今日以後生きながらへ居ること難く候。何故と申すに小生生きながらへ居る限りは、世間の人嘲り笑ひ申すべく、誰一人事実の真相を認めくるる者は有之まじく候。仮令世間にては …
読書目安時間:約12分
小生は如何にしても今日以後生きながらへ居ること難く候。何故と申すに小生生きながらへ居る限りは、世間の人嘲り笑ひ申すべく、誰一人事実の真相を認めくるる者は有之まじく候。仮令世間にては …
板ばさみ(新字旧仮名)
読書目安時間:約33分
プラトン・アレクセエヰツチユ・セレダは床の中でぢつとしてゐる。死んでゐるかと思はれる程である。鼻は尖つて、干からびた顔の皮は紙のやうになつて、深く陥つた、周囲の輪廓のはつきりしてゐ …
読書目安時間:約33分
プラトン・アレクセエヰツチユ・セレダは床の中でぢつとしてゐる。死んでゐるかと思はれる程である。鼻は尖つて、干からびた顔の皮は紙のやうになつて、深く陥つた、周囲の輪廓のはつきりしてゐ …
田舎(新字新仮名)
読書目安時間:約35分
脚本作者ピエエル・オオビュルナンの給仕クレマンが、主人の書斎の戸を大切そうに開いた。ちょうど堂守が寺院の扉を開くような工合である。そして郵便物を載せた銀盤を卓の一番端の処へ、注意し …
読書目安時間:約35分
脚本作者ピエエル・オオビュルナンの給仕クレマンが、主人の書斎の戸を大切そうに開いた。ちょうど堂守が寺院の扉を開くような工合である。そして郵便物を載せた銀盤を卓の一番端の処へ、注意し …
犬(新字新仮名)
読書目安時間:約11分
この犬は名を附けて人に呼ばれたことはない。永い冬の間、何処にどうして居るか、何を食べて居るか、誰も知らぬ。暖かそうな小屋に近づけば、其処に飼われて居る犬が、これも同じように饑渇に困 …
読書目安時間:約11分
この犬は名を附けて人に呼ばれたことはない。永い冬の間、何処にどうして居るか、何を食べて居るか、誰も知らぬ。暖かそうな小屋に近づけば、其処に飼われて居る犬が、これも同じように饑渇に困 …
うづしほ(新字旧仮名)
読書目安時間:約41分
二人で丁度一番高い岩山の巓まで登つた。老人は数分間は余り草臥れて物を云ふことが出来なかつた。 とう/\かう云ひ出した。 「まだ余り古い事ではございません。わたくしは不断倅共の中の一 …
読書目安時間:約41分
二人で丁度一番高い岩山の巓まで登つた。老人は数分間は余り草臥れて物を云ふことが出来なかつた。 とう/\かう云ひ出した。 「まだ余り古い事ではございません。わたくしは不断倅共の中の一 …
襟(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
襟二つであった。高い立襟で、頸の太さの番号は三十九号であった。七ルウブル出して買った一ダズンの残りであった。それがたったこの二つだけ残っていて、そのお蔭でおれは明日死ななくてはなら …
読書目安時間:約13分
襟二つであった。高い立襟で、頸の太さの番号は三十九号であった。七ルウブル出して買った一ダズンの残りであった。それがたったこの二つだけ残っていて、そのお蔭でおれは明日死ななくてはなら …
女の決闘(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
古来例のない、非常な、この出来事には、左の通りの短い行掛りがある。 ロシアの医科大学の女学生が、ある晩の事、何の学科やらの、高尚な講義を聞いて、下宿へ帰って見ると、卓の上にこんな手 …
読書目安時間:約18分
古来例のない、非常な、この出来事には、左の通りの短い行掛りがある。 ロシアの医科大学の女学生が、ある晩の事、何の学科やらの、高尚な講義を聞いて、下宿へ帰って見ると、卓の上にこんな手 …
駆落(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
寺院は全く空虚である。 贄卓の上の色硝子の窓から差し入る夕日が、昔の画家が童貞女の御告の画にかくやうに、幅広く素直に中堂に落ちて、階段に敷いてある、色の褪めた絨緞を彩つてゐる。それ …
読書目安時間:約10分
寺院は全く空虚である。 贄卓の上の色硝子の窓から差し入る夕日が、昔の画家が童貞女の御告の画にかくやうに、幅広く素直に中堂に落ちて、階段に敷いてある、色の褪めた絨緞を彩つてゐる。それ …
家常茶飯 附・現代思想(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間12分
第一場 広き画室。大窓の下に銅版の為事をする卓あり。その上に為事半ばの銅版と色々の道具とを置きあり。左手に画架。その上に光線を遮るために使う枠を逆さにして載せあり。室の真中に今一つ …
読書目安時間:約1時間12分
第一場 広き画室。大窓の下に銅版の為事をする卓あり。その上に為事半ばの銅版と色々の道具とを置きあり。左手に画架。その上に光線を遮るために使う枠を逆さにして載せあり。室の真中に今一つ …
鴉(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
ライン河から岸へ打ち上げられた材木がある。片端は陸に上がっていて、片端は河水に漬かっている。その上に鴉が一羽止まっている。年寄って小さくなった鴉である。黒い羽を体へぴったり付けて、 …
読書目安時間:約16分
ライン河から岸へ打ち上げられた材木がある。片端は陸に上がっていて、片端は河水に漬かっている。その上に鴉が一羽止まっている。年寄って小さくなった鴉である。黒い羽を体へぴったり付けて、 …
樺太脱獄記(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間30分
己はこのシベリア地方で一般に用ゐられてゐる、毛織の天幕の中に住んでゐる。一しよにゐた男が旅に出たので、一人でゐる。 北の国は日が短い。冷たい霧が立つて来て、直ぐに何もかも包んでしま …
読書目安時間:約1時間30分
己はこのシベリア地方で一般に用ゐられてゐる、毛織の天幕の中に住んでゐる。一しよにゐた男が旅に出たので、一人でゐる。 北の国は日が短い。冷たい霧が立つて来て、直ぐに何もかも包んでしま …
クサンチス(新字旧仮名)
読書目安時間:約22分
飾棚だの飾箱だのといふものがある。貴重な材木や硝子を使つて細工がしてある。その小さい中へ色々な物が逃げ込んで、そこを隠れ家にしてゐる。その中から枯れ萎びた物の香が立ち昇る。過ぎ去つ …
読書目安時間:約22分
飾棚だの飾箱だのといふものがある。貴重な材木や硝子を使つて細工がしてある。その小さい中へ色々な物が逃げ込んで、そこを隠れ家にしてゐる。その中から枯れ萎びた物の香が立ち昇る。過ぎ去つ …
破落戸の昇天(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
これは小さい子供を持った寡婦がその子供を寐入らせたり、また老いて疲れた親を持った孝行者がその親を寝入らせたりするのにちょうどよい話である。途中でやめずにゆっくり話さなくてはいけない …
読書目安時間:約14分
これは小さい子供を持った寡婦がその子供を寐入らせたり、また老いて疲れた親を持った孝行者がその親を寝入らせたりするのにちょうどよい話である。途中でやめずにゆっくり話さなくてはいけない …
祭日(新字旧仮名)
読書目安時間:約16分
ミサを読んでしまつて、マリア・シユネエの司祭は贄卓の階段を四段降りて、くるりと向き直つて、レクトリウムの背後に蹲つた。それから祭服の複雑な襞の間を捜して、大きいハンカチイフを取り出 …
読書目安時間:約16分
ミサを読んでしまつて、マリア・シユネエの司祭は贄卓の階段を四段降りて、くるりと向き直つて、レクトリウムの背後に蹲つた。それから祭服の複雑な襞の間を捜して、大きいハンカチイフを取り出 …
最終の午後(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
市の中心を距ること遠き公園の人気少き道を男女逍遥す。 女。そこでこれ切りおしまいにいたしましょうね。まあ、お互に成行に任せた方が一番よろしゅうございますからね。つまりそうした時が来 …
読書目安時間:約9分
市の中心を距ること遠き公園の人気少き道を男女逍遥す。 女。そこでこれ切りおしまいにいたしましょうね。まあ、お互に成行に任せた方が一番よろしゅうございますからね。つまりそうした時が来 …
罪人(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
ずっと早く、まだ外が薄明るくもならないうちに、内じゅうが起きて明りを附けた。窓の外は、まだ青い夜の霧が立ち籠めている。その霧に、そろそろ近くなって来る朝の灰色の光が雑って来る。寒い …
読書目安時間:約16分
ずっと早く、まだ外が薄明るくもならないうちに、内じゅうが起きて明りを附けた。窓の外は、まだ青い夜の霧が立ち籠めている。その霧に、そろそろ近くなって来る朝の灰色の光が雑って来る。寒い …
猿(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
猿と云ふものは元から溜まらない程己に気に入つてゐる。第一人間に比べて見ると附合つて見て面白い処がある。それから顔の表情も人間よりははつきりしてゐて、手で優しく搦み付くところなぞは、 …
読書目安時間:約11分
猿と云ふものは元から溜まらない程己に気に入つてゐる。第一人間に比べて見ると附合つて見て面白い処がある。それから顔の表情も人間よりははつきりしてゐて、手で優しく搦み付くところなぞは、 …
死(新字旧仮名)
読書目安時間:約34分
医学士ウラヂミル・イワノヰツチユ・ソロドフニコフは毎晩六時に、病用さへなければ、本町へ散歩に行くことにしてゐた。大抵本町で誰か知る人に逢つて、一しよに往つたり来たりして、それから倶 …
読書目安時間:約34分
医学士ウラヂミル・イワノヰツチユ・ソロドフニコフは毎晩六時に、病用さへなければ、本町へ散歩に行くことにしてゐた。大抵本町で誰か知る人に逢つて、一しよに往つたり来たりして、それから倶 …
十三時(新字旧仮名)
読書目安時間:約16分
オランダのスピイスブルク市が世界第一の立派な都会だと云ふことは、誰でも知つてゐる。併しもう遺憾ながら、世界第一の立派な都会だつたと云はなくてはならなくなつた。 あの市は本街道を離れ …
読書目安時間:約16分
オランダのスピイスブルク市が世界第一の立派な都会だと云ふことは、誰でも知つてゐる。併しもう遺憾ながら、世界第一の立派な都会だつたと云はなくてはならなくなつた。 あの市は本街道を離れ …
白(新字新仮名)
読書目安時間:約11分
保険会社の役人テオドル・フィンクは汽車でウィインからリヴィエラへ立った。途中で旅行案内を調べて見ると、ヴェロナへ夜中に着いて、接続汽車を二時間待たなくてはならないということが分かっ …
読書目安時間:約11分
保険会社の役人テオドル・フィンクは汽車でウィインからリヴィエラへ立った。途中で旅行案内を調べて見ると、ヴェロナへ夜中に着いて、接続汽車を二時間待たなくてはならないということが分かっ …
新浦島(新字旧仮名)
読書目安時間:約28分
「サクソンの畏き神に縁みてぞ、けふをば『ヱンスデイ』といふ。その神見ませ、よるよりも暗くさびしき墳墓に、降りゆくまで我が守る宝といふは誠のみ。」 カアトライト ホトソンに沿うて登つ …
読書目安時間:約28分
「サクソンの畏き神に縁みてぞ、けふをば『ヱンスデイ』といふ。その神見ませ、よるよりも暗くさびしき墳墓に、降りゆくまで我が守る宝といふは誠のみ。」 カアトライト ホトソンに沿うて登つ …
聖ニコラウスの夜(新字旧仮名)
読書目安時間:約28分
テルモンド市の傍を流れるエスコオ河に、幾つも繋いである舟の中に、ヘンドリツク・シツペの持舟で、グルデンフイツシユと云ふのがある。舳に金色に光つてゐる魚の標識が附いてゐるからの名であ …
読書目安時間:約28分
テルモンド市の傍を流れるエスコオ河に、幾つも繋いである舟の中に、ヘンドリツク・シツペの持舟で、グルデンフイツシユと云ふのがある。舳に金色に光つてゐる魚の標識が附いてゐるからの名であ …
世界漫遊(新字新仮名)
読書目安時間:約23分
ウィインで頗る勢力のある一大銀行に、先ずいてもいなくても差支のない小役人があった。名をチルナウエルと云う小男である。いてもいなくても好いにしても、兎に角あの大銀行の役をしているだけ …
読書目安時間:約23分
ウィインで頗る勢力のある一大銀行に、先ずいてもいなくても差支のない小役人があった。名をチルナウエルと云う小男である。いてもいなくても好いにしても、兎に角あの大銀行の役をしているだけ …
センツアマニ(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
島は深い沈黙の中に眠つてゐる。海も死んでゐるかと思はれるやうに眠つてゐる。秘密な有力者が強い臂を揮つて、この怪しげな形をした黒い岩を、天から海へ投げ落して、その岩の中に潜んでゐた性 …
読書目安時間:約11分
島は深い沈黙の中に眠つてゐる。海も死んでゐるかと思はれるやうに眠つてゐる。秘密な有力者が強い臂を揮つて、この怪しげな形をした黒い岩を、天から海へ投げ落して、その岩の中に潜んでゐた性 …
即興詩人(旧字旧仮名)
読書目安時間:約8時間41分
初版例言 一、即興詩人は璉馬の HANS CHRISTIAN ANDERSEN(1805—1875)の作にして、原本の初板は千八百三十四年に世に公にせられぬ。 二、此譯は明治二十五 …
読書目安時間:約8時間41分
初版例言 一、即興詩人は璉馬の HANS CHRISTIAN ANDERSEN(1805—1875)の作にして、原本の初板は千八百三十四年に世に公にせられぬ。 二、此譯は明治二十五 …
痴人と死と(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
為事室。建築はアンピイル式。背景の右と左とに大いなる窓あり。真中に硝子の扉ありてバルコンに出づる口となりおる。バルコンよりは木の階段にて庭に降るるようなりおる。左には広き開き戸あり …
読書目安時間:約25分
為事室。建築はアンピイル式。背景の右と左とに大いなる窓あり。真中に硝子の扉ありてバルコンに出づる口となりおる。バルコンよりは木の階段にて庭に降るるようなりおる。左には広き開き戸あり …
辻馬車(新字新仮名)
読書目安時間:約12分
この対話に出づる人物は 貴夫人 男 の二人なり。作者が女とも女子とも云わずして、貴夫人と云うは、その人の性を指すと同時に、齢をも指せるなり。この貴夫人と云う詞は、女の生涯のうちある …
読書目安時間:約12分
この対話に出づる人物は 貴夫人 男 の二人なり。作者が女とも女子とも云わずして、貴夫人と云うは、その人の性を指すと同時に、齢をも指せるなり。この貴夫人と云う詞は、女の生涯のうちある …
釣(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
「釣なんというものはさぞ退屈なものだろうと、わたしは思うよ。」こう云ったのはお嬢さんである。大抵お嬢さんなんというものは、釣のことなんぞは余り知らない。このお嬢さんもその数には漏れ …
読書目安時間:約3分
「釣なんというものはさぞ退屈なものだろうと、わたしは思うよ。」こう云ったのはお嬢さんである。大抵お嬢さんなんというものは、釣のことなんぞは余り知らない。このお嬢さんもその数には漏れ …
パアテル・セルギウス(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間47分
千八百四十何年と云ふ頃であつた。ペエテルブルクに世間の人を皆びつくりさせるやうな出来事があつた。美男子の侯爵で、甲騎兵聯隊からお上の護衛に出てゐる大隊の隊長である。この士官は今に侍 …
読書目安時間:約1時間47分
千八百四十何年と云ふ頃であつた。ペエテルブルクに世間の人を皆びつくりさせるやうな出来事があつた。美男子の侯爵で、甲騎兵聯隊からお上の護衛に出てゐる大隊の隊長である。この士官は今に侍 …
橋の下(新字新仮名)
読書目安時間:約8分
一本腕は橋の下に来て、まず体に一面に食っ附いた雪を振り落した。川の岸が、涜されたことのない処女の純潔に譬えてもいいように、真っ白くなっているので、橋の穹窿の下は一層暗く見えた。しか …
読書目安時間:約8分
一本腕は橋の下に来て、まず体に一面に食っ附いた雪を振り落した。川の岸が、涜されたことのない処女の純潔に譬えてもいいように、真っ白くなっているので、橋の穹窿の下は一層暗く見えた。しか …
薔薇(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
技手は手袋を嵌めた両手を、自動車の柁機に掛けて、真つ直ぐに馭者台に坐つて、発車の用意をして待つてゐる。 白壁の別荘の中では、がたがたと戸を開けたり締めたりする音がしてゐる。それに交 …
読書目安時間:約11分
技手は手袋を嵌めた両手を、自動車の柁機に掛けて、真つ直ぐに馭者台に坐つて、発車の用意をして待つてゐる。 白壁の別荘の中では、がたがたと戸を開けたり締めたりする音がしてゐる。それに交 …
一人舞台(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
人物 甲、夫ある女優。 乙、夫なき女優。 婦人珈琲店の一隅。小さき鉄の卓二つ。緋天鵞絨張の長椅子一つ。椅子数箇。○甲、帽子外套の冬支度にて、手に上等の日本製の提籠を持ち入り来る。乙 …
読書目安時間:約13分
人物 甲、夫ある女優。 乙、夫なき女優。 婦人珈琲店の一隅。小さき鉄の卓二つ。緋天鵞絨張の長椅子一つ。椅子数箇。○甲、帽子外套の冬支度にて、手に上等の日本製の提籠を持ち入り来る。乙 …
病院横町の殺人犯(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間1分
千八百〇十〇年の春から夏に掛けてパリイに滞留してゐた時、己はオオギユスト・ドユパンと云ふ人と知合になつた。まだ年の若いこの男は良家の子である。その家柄は貴族と云つても好い程である。 …
読書目安時間:約1時間1分
千八百〇十〇年の春から夏に掛けてパリイに滞留してゐた時、己はオオギユスト・ドユパンと云ふ人と知合になつた。まだ年の若いこの男は良家の子である。その家柄は貴族と云つても好い程である。 …
ファウスト(新字新仮名)
読書目安時間:約8時間41分
昔我が濁れる目に夙く浮びしことある よろめける姿どもよ。再び我前に近づき来たるよ。 いでや、こたびはしも汝達を捉へんことを試みんか。 我心猶そのかみの夢を懐かしみすと覚ゆや。 汝達 …
読書目安時間:約8時間41分
昔我が濁れる目に夙く浮びしことある よろめける姿どもよ。再び我前に近づき来たるよ。 いでや、こたびはしも汝達を捉へんことを試みんか。 我心猶そのかみの夢を懐かしみすと覚ゆや。 汝達 …
不可説(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
愛する友よ。此手紙が君の手に届いた時には、僕はもう此世にゐないだらう。此手紙の這入つた封筒が封ぜられて、僕の忠実な家隷フランソアが「すぐに出せ」と云ふ命令と共に、それを受け取るや否 …
読書目安時間:約11分
愛する友よ。此手紙が君の手に届いた時には、僕はもう此世にゐないだらう。此手紙の這入つた封筒が封ぜられて、僕の忠実な家隷フランソアが「すぐに出せ」と云ふ命令と共に、それを受け取るや否 …
復讐(新字旧仮名)
読書目安時間:約45分
バルタザル・アルドラミンは生きてゐた間、己が大ぶ精しく知つてゐたから、己が今あの男に成り代つて身上話をして、諸君に聞かせることが出来る。もうあれが口は開く時は無い。笑ふためにも歌ふ …
読書目安時間:約45分
バルタザル・アルドラミンは生きてゐた間、己が大ぶ精しく知つてゐたから、己が今あの男に成り代つて身上話をして、諸君に聞かせることが出来る。もうあれが口は開く時は無い。笑ふためにも歌ふ …
冬の王(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
このデネマルクという国は実に美しい。言語には晴々しい北国の音響があって、異様に聞える。人種も異様である。驚く程純血で、髪の毛は苧のような色か、または黄金色に光り、肌は雪のように白く …
読書目安時間:約13分
このデネマルクという国は実に美しい。言語には晴々しい北国の音響があって、異様に聞える。人種も異様である。驚く程純血で、髪の毛は苧のような色か、または黄金色に光り、肌は雪のように白く …
フロルスと賊と(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
表の人物 Aemilius Florus主人 Mummus老いたる奴隷 Lukas無言の童 Gorgo田舎娘 Calpurnia主人の友の妻 老いたる乳母 差配人 医師 獄吏 跣足 …
読書目安時間:約13分
表の人物 Aemilius Florus主人 Mummus老いたる奴隷 Lukas無言の童 Gorgo田舎娘 Calpurnia主人の友の妻 老いたる乳母 差配人 医師 獄吏 跣足 …
防火栓(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
度度噂のあつた事が、いよ/\実行せられると聞いた時、市中の人民は次第に興奮して来た。これまで毎年ロオデンシヤイド市に来る曲馬師の組は、普通の天幕の中で興行したのだが、それはもう罷め …
読書目安時間:約8分
度度噂のあつた事が、いよ/\実行せられると聞いた時、市中の人民は次第に興奮して来た。これまで毎年ロオデンシヤイド市に来る曲馬師の組は、普通の天幕の中で興行したのだが、それはもう罷め …
みれん(新字新仮名)
読書目安時間:約2時間47分
黄昏時がもう近くなった。マリイはろは台に腰を掛てから彼此半時ばかりになる。最初の内は本を読んでいたが、しまいにはフェリックスの来るはずの方角に向いて、並木の外れを見ていたのである。 …
読書目安時間:約2時間47分
黄昏時がもう近くなった。マリイはろは台に腰を掛てから彼此半時ばかりになる。最初の内は本を読んでいたが、しまいにはフェリックスの来るはずの方角に向いて、並木の外れを見ていたのである。 …
老人(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
ペエテル・ニコラスは七十五になつて、いろんな事を忘れてしまつた。昔の悲しかつた事や嬉しかつた事、それから週、月、年と云ふやうなものはもう知らない。只日と云ふもの丈はぼんやり知つてゐ …
読書目安時間:約5分
ペエテル・ニコラスは七十五になつて、いろんな事を忘れてしまつた。昔の悲しかつた事や嬉しかつた事、それから週、月、年と云ふやうなものはもう知らない。只日と云ふもの丈はぼんやり知つてゐ …
鱷(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間23分
己の友達で、同僚で、遠い親類にさへなつてゐる、学者のイワン・マトヱエヰツチユと云ふ男がゐる。その男の細君エレナ・イワノフナが一月十三日午後〇時三十分に突然かう云ふ事を言ひ出した。そ …
読書目安時間:約1時間23分
己の友達で、同僚で、遠い親類にさへなつてゐる、学者のイワン・マトヱエヰツチユと云ふ男がゐる。その男の細君エレナ・イワノフナが一月十三日午後〇時三十分に突然かう云ふ事を言ひ出した。そ …
笑(新字旧仮名)
読書目安時間:約25分
窓の前には広い畑が見えてゐる。赤み掛かつた褐色と、緑と、黒との筋が並んで走つてゐて、ずつと遠い所になると、それが入り乱れて、しほらしい、にほやかな摸様のやうになつてゐる。この景色に …
読書目安時間:約25分
窓の前には広い畑が見えてゐる。赤み掛かつた褐色と、緑と、黒との筋が並んで走つてゐて、ずつと遠い所になると、それが入り乱れて、しほらしい、にほやかな摸様のやうになつてゐる。この景色に …