“詣”のいろいろな読み方と例文
読み方(ふりがな)割合
まい39.0%
もう29.1%
まう8.2%
まゐ6.8%
いた6.2%
もうで5.5%
まいり1.4%
イタ1.0%
まゐり0.7%
あが0.3%
(他:5)1.8%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
そこへ丁度彼の屋敷へ出入りする骨董屋こっとうやが藤井の父子おやこと一しょにまいり合せたので、つれ立って境内けいだいを歩いている中に
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これが私の兄で巳之助みのすけという大工で、今年ことし七十八歳、信心者しんじんもので毎日神仏へのおまいりを勤めのようにしております。
晴れた日曜の午後の青山墓地は、其処そこの墓石の辺にも、彼処かしこ生籬いけがきうちにも、お墓まいりの人影が、チラホラ見えた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
父という人は三十三ヵ所の観音もうでを思い立って、一人で遠い旅へ迷い出ると、陸奥むつ松島の掃部かもんという男と道中で路連れになった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
正保四年十二月二日、興津弥五右衛門景吉は高桐院こうとういんの墓にもうでて、船岡山ふなおかやまふもとに建てられた仮屋に入った。
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
知ることの浅く、尋ぬること怠るか、はたそれもうずる人の少きにや、諸国の寺院に、夫人を安置し勧請かんじょうするものを聞くことまれなり。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紀伊きいみや樟分くすわけやしろまうづ、境内けいだいくす幾千歳いくちとせあふいでえりたゞしうす。
熱海の春 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
——まうづるひとがあつて神佛しんぶつからさづかつたものとおもへば、きつ病氣びやうきなほりませう。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
休屋やすみややまに一かつそびえて巌山いはやま鎮座ちんざする十和田わだ神社じんじやまう
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「いや、確かに拝見しましたが、あれを叩くのは何だか気がとがめましてね、ちやうどお寺にでもまゐつたやうな変な音がするもんですから。」
茶話記者がある時大和の久米寺くめでらまゐつたことがあつた。本堂の蔀格子しとみがうしにつかまつて内陣なかを覗き込むでゐると、後ろから、
ある時、この男が紀州の道成寺にまゐつた事があつた。その折拍子を踏み/\石段を数へてゐたが、ふと立停たちどまつて、不思議さうな顔をして道伴みちづれに言つた。
このつき燕王指揮しき李遠りえんをして軽騎六千を率いて徐沛じょはいいたり、南軍の資糧をかしむ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
されども技藝の聲價、技藝の光榮は、縱令よしや其極處にいたらんも、昔のアヌンチヤタが境遇の上に出づべくもあらず。
ここを以て児ら、まさに某日を以て同志とともに、益田行相こうしょうの門にいたり、故を告げて発せんとす。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
往来の両側には名物うんどん、牛肉、馬肉の旗、それから善光寺もうでの講中のビラなどが若葉の頃の風になぶられていた。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
某日あるひ豊雄が店にいると、都の人の忍びのもうでと見えて、いとよろしき女が少女を伴れて薫物たきものを買いに来た。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
むかし、熊野もうでの山道に行暮れて、古寺に宿を借りた、若い娘が燈心で括って線香で担って、鯰を食べたのではない。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
このお新の心やすだては、伊東へ着いて艀から陸へ上った時も変らなかった。伊勢まいりの道連のように山本さんを頼りにして、温泉宿のある方へ軽く笑いながら随いて行った。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
のちは自分ばかり、乳母うばに手をかれておまいりをしましたッけ。別に拝みようも知らないので、ただ、母親の病気の快くなるようと、手を合せる、それも遊び半分。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此の日芸者小兼は早く起きて白金の清正公様せいしょうこうさまへおまいりきました。
さゝなみの大津の宮に人となり、唐土モロコシ学芸ザエイタり深く、カラウタも、此国ではじめて作られたは、大友皇子か、其とも此お方か、と申し伝へられる御方オンカタ
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
さゝなみの大津の宮に人となり、唐土モロコシ學藝ザエイタり深く、カラウタも、此國ではじめて作られたは、大友皇子か、其とも此お方か、と申し傳へられる御方オンカタ
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫釈迢空(著)
さゝなみの大津の宮に人となり、唐土モロコシ學藝ザエイタり深く、カラウタも、此國ではじめて作られたは、大友皇子か、其とも此お方か、と申し傳へられる御方オンカタ
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
旧弊きゆうへいな事を言つてるね、七福神ふくじんまゐりといへば谷中やなかくんだらうがしもどけで大変たいへんみちだぜ。
七福神詣 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「明神樣へおまゐりをしてから、定吉は境内にある見世物が見たいと申しましたが、私は頭痛持で、あんなものを見ると、眠られなくて困りますので定吉だけを入れて、私は一人外に待つて居りました」
ぼくは七福神ふくじんまゐりくんだ。
七福神詣 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「少しは違つてもをりませう。誰がこんな気違きちがひにはすつたのです。私気が違つてゐるなら、今朝から変に成つたので御座いますよ。お宅にあがつて気が違つたのですから、元の正気になほしてお還し下さいまし」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私はそこへおまいりに行きたいのですけれども、そこへ行きますと例の関所がありますので、関所の役人など〔たち〕に逢うたり、あるいは山都の中にはどうせ猜疑さいぎ心の深い商人あきんども居るであろう。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
『紀南郷導記』に、西牟婁郡「滝尻五体王子、剣山権現ともいふ由なり、往昔秀衡ひでひらの室、社後の岩窟にて臨産の節、祈願して母子安全たり、また王子に祈誓し、この子をすなはち巌窟に捨て置き、三山にけいして帰路にこれをみるに、狐狼等守護していさゝかもつつがなき故に、七重伽藍がらん建立こんりゅう」したと見ゆ。
わが淑女いたく悦びて我にいふ。見よ、見よ、かのをさを見よ、かれの爲にこそ下界にて人ガーリツィアにまうづるなれ。 一六—一八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
江の島まうでの一行が、暴風雨の爲に棧橋さんばしが落ちて島に閉ぢ籠められ、そのうちの一人、徳力屋千之助が、雨の止んだ深夜の海の凄まじい樣子を見物すると言つて宿を脱出ぬけだし、數百尺の大斷崖から落ちて
いつくしき門のいしずえは、霊ある大魚の、左右さうに浪を立てて白く、御堂みどうを護るのを、もうずるものの、浮足に行潜ゆきくぐると、玉敷く床の奥深く
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)