もう)” の例文
設けられてある主人のしとねに坐るまえに、彼は、神榊みさかきの下に坐して、両手をつかえ、また退って、次の間の仏壇へもうでてをあわせた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
耕地が一面に向うへひらけて、正面に乙女峠が見渡される……この荒庭のすぐ水の上が、いまもうでた榎の宮裏で、暗いほどな茂りです。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
幼年時代厳島にもうで、家臣が「君を中国の主になさしめ給え」と祈ったというのを笑って「何故なぜ、日本の主にならせ給えとは祈らぬぞ」
厳島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
某年に芝泉岳寺で赤穂四十七士の年忌が営まれた時、棉服の老人が墓にもうでて、納所なつしょに金百両を寄附し、氏名を告げずして去った。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
コンウェイがビナレスの猴堂にもうで多くの猴を供養したところに猴どもややもすれば自重して人間を軽んずる気質あるよう記した。
発心集に一条院の御時の事とて、賀東聖かとうひじりと云う者が『補陀洛のせんこそ此の世の中のうちにて、此の身ながらもうでぬべき所なれ』
本朝変態葬礼史 (新字新仮名) / 中山太郎(著)
しかし景色を見たり、お寺にもうでたり、名所を訪ねたりするのではありません。その土地で生れた郷土の品物を探しに行くのであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
真紅な粉で盛りあげながら描くといったような具合で、少年の私は観世音にもうずるごとに其処を立去りかねていたものである。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
三島神社にもうでて昔し千句の連歌ありしことなど思い出だせば有り難さ身にみて神殿の前にひざまずきしばし祈念をぞこらしける。
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
ことによるとそのあとで、「竜華寺りゅうげじもうずるの記」くらいは、惻々そくそくたる哀怨あいえんの辞をつらねて、書いたことがあるかもしれない。
樗牛の事 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
家のまわりはいつもひっそりしていたし、たまに話し声がすると思って見ると、三町も向うの田道をゆくものもうでの人だった。
野分 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
たとえば鳥羽院頃から後鳥羽院にかけて、歴代の上皇方はしばしば熊野へもうでられるようになって、一生の中には数十回に及んだお方もある。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
いわゆる大和墓にもうでて、平民の霊をとむろうたが、歴史的懐古の念はようやく考古学的好奇心に変じて、私はいつしか白骨や遺物をいじり始めた。
土塊石片録 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
元亨げんこうめいある海中出現の鐘、頼朝寄進の薬師堂塔、庵房のあとをめぐって、四角の竹の林から本堂にもうで、それを左へ羅漢道らかんみちにかかると、突然
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女3 本当にねえ、せっかくの賀茂かもの祭だと云うのに、おやしろにももうでないうちから、まあまあ、気味の悪い声を聞くこと。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
かくわたくし白衣びゃくい姿すがたで、御神前ごしんぜん端坐たんざ祈願きがんし、それからあの竜神様りゅうじんさまのおやしろもうでて、これから竜宮界りゅうぐうかいまいらせていただきますと御報告ごほうこく申上もうしあげました。
さびの味の豊かにある室内の飾りもおもしろく、あるいは兵部卿の宮の初瀬もうでの御帰途に立ち寄る客があるかもしれぬとして、よく清掃されてもあった。
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
この辺にこんな上品な美しい女性ひとが住んでいたら、いままでにその評判を聞かないわけはないから、これはおそらく都の人がやまもうでをしたついでに
藤五郎氏が背負って来た弁当を、自動車中でしたためて、いよいよ姉妹きょうだいの墓にもうずるべく湖岸を西に向って歩き出す。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
少女が入って往って、「傘の主もうで給うをいざない奉る」と云うと、真女児が出て来て、南面みなみおもてへやに豊雄をあげた。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
翌日は未明に起きて、父祖の墓にもうで、それから早春の田舎道を赤馬に乗って素遊する手筈が整えられていた。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
大正十三年七月二十七日 島村はじめ一周忌(昨年八月二十六日歿)追悼句会。妙本寺の墓にもうで島村邸に至る。
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
それがすむと氏神速玉神社に初もうでする。ほかにもちらほらおまいりの人を見かけた。日露戦争(わが十四才)の時には特にお詣りが多かったのをおぼえている。
新宮 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
あとに三人みたりはひとしきり蕨を採りて、それよりまだ日も高ければとて水沢みさわの観音にもうで、さきに蕨を採りし所まで帰りてしばらく休み、そろそろ帰途に上りぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
彼は墓地へもうでるたびに、宗教的な気持でこの墓にうやうやしく十字を切り、おじぎをして接吻せっぷんした。
第三日は自天王の御所ごしょ跡である小橡ことち竜泉寺りゅうせんじ、北山宮の御墓等にもうで、大台ヶ原山に登り山中に一泊。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
神主の祝詞のりとが「聞こし召せと、かしこみ、かしこみ」と途切れ途切れに聞える時には、素朴な板葺いたぶきのかけ茶屋の前を通って、はや小御岳神社へともうでるころであった。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
父という人は三十三ヵ所の観音もうでを思い立って、一人で遠い旅へ迷い出ると、陸奥むつ松島の掃部かもんという男と道中で路連れになった。掃部も観音詣での一人旅であった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
上方客かみがたきゃく、東京っ子、芸者、学生の団体、西洋人、生きた現代は歴史も懐古も詩も歌も蹂躙じゅうりんして、鹿も驚いた顔をして居る。其雑沓ざっとうの中をうて、先ず春日祠かすがしもうでた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「聟探しの日光もうでとはきくだに憎い旅よ喃。もしも目をかけてとらす男があったら何とする」
ことにめずらしいのは十二月三十一日の年越えもうでで、盛装した男女の群れが神前に新しい春を迎えようとする古い風俗はちょっと他の地方に見られないものであるとか。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
わたくしはその間に、妹のわたくしを偏愛して男の気ならば友人の手紙さえ取上げて見せなかった文学熱心の兄の墓にもうで、一人の弟と一人の妹の墓にも花と香花こうげをわけた。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
墓にもうずる人々は、まず本堂に上がって如来様を拝み、庫裡に回って、そこに出してある火鉢で線香に火をつけ、草の茂った井戸から水を汲んで、手桶を下げて墓へ行った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
群衆としてもうでても、菩薩はそれを一人一人に切り離し、孤独者としてのみ迎えるであろう。孤独者のみが微笑の真義を知る。そして孤独者を微笑せしむるものこそ菩薩と云える。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
顔に水をそそぎ呼びけるに、辛うじてよみがえりし。しかるに、かれが片袖切れてなかりしかば、不審して翌の朝、亡妻の塚にもうで見れば、かの袖、石塔の上にかかりてありしとなり
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
これは「狂言」のひとつですが、大名が太郎冠者たろうかじゃを供につれて寺もうでを致します。
文学のふるさと (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
おいを負いて上京する遊学者も、伊勢参宮の道者本願寺にもうずる門徒、その他遠路に立つ商用の旅なども、おおよそ半年以上の別離と言えば皆この磧まで送らるるなり、されば下流にかかる板橋は
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
そのまま東都にはしらんにいとついでよしと思いければ、心には血を吐くばかり憂かりしを忍びつつ、姉上をもいざないて、祖先の墓を拝せんことを母上に勧め、親子三人引き連れて約一里ばかりの寺にもう
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
其処そこで養父と僕とは此等これらの秘密をくまで人にもらさぬ約束をし、た僕がこの先何かの用事で山口にゆくとも、たゞ他所よそながら父母の墓にもうで、決して公けにはせぬということを僕は養父に約しました。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
墓にもうでても、昔のように陰惨な気持になることがなくなり
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
「では、わしも、陰ながら一度もうでてやろう」
幽霊妻 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
会社がひけると欠かさず初代の墓地にもうでた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
知ることの浅く、尋ぬること怠るか、はたそれもうずる人の少きにや、諸国の寺院に、夫人を安置し勧請かんじょうするものを聞くことまれなり。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あなたは、この金剛寺へは、初めてのおもうでか。そしてこの御山みやまの歴史について、山僧から何もまだお聞きになっていないのか」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
正保四年十二月二日、興津弥五右衛門景吉は高桐院こうとういんの墓にもうでて、船岡山ふなおかやまふもとに建てられた仮屋に入った。畳の上に進んで、手に短刀を取った。
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
米友がここへ来たのは、竜之助の影を追うて来たのであるが、弁信の来たのは、竹生島へもうでんがためでありました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
両親りょうしんおこたらず、わたくしはかもうでてはなみず手向たむけ、またさいとか、五十にちさいとかもうには、その都度つど神職しんしょくまねいて鄭重ていちょうなお祭祀まつりをしてくださるのでした。
仙台へ着いた甲斐は、御霊屋おたまやで政宗、忠宗の墓所にもうで、それから登城の礼を済ましたあと、在国の一門一家に帰国の挨拶をして、暫く屋敷にこもった。
して見れば兵衛が祥光院へ、あの日に限ってもうでなかったのも、その病のせいに違いなかった。甚太夫はこの話を聞くと、一層病苦に堪えられなくなった。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
拾うためうつむいてかれの足を見せしむると、足がなくてニョッキリ尾ばかりあったので、蛇精が化けたと判り、寡婦寺にもうで身をきよめたといい、北欧の神話にも