山本周五郎
1903.06.22 〜 1967.02.14
“山本周五郎”に特徴的な語句
館
涌谷
拳銃
評
扉
宗倫
長
雁屋
拳骨
舎人
室
周防
宇乃
雅楽頭
館主
了
外記
米谷
櫂
屁
艫
女
東市正
逼塞
海苔
采女
葛西
逢曳
漉
下総
茂庭周防
逐
厩橋
此奴
葛飾
干潟
汐
経
其処
然
放
女衒
角
芦
安芸
貰
遉
奢
仇名
麦酒
著者としての作品一覧
青竹(新字新仮名)
読書目安時間:約30分
慶長六年の夏のはじめ、近畿地方の巡察を命ぜられた本多平八郎忠勝は任をはたした帰途、近江のくに佐和山城に井伊直政をたずねて数日滞在した。ふたりは徳川家のはたもとで酒井榊原とともに四将 …
読書目安時間:約30分
慶長六年の夏のはじめ、近畿地方の巡察を命ぜられた本多平八郎忠勝は任をはたした帰途、近江のくに佐和山城に井伊直政をたずねて数日滞在した。ふたりは徳川家のはたもとで酒井榊原とともに四将 …
青べか日記:――吾が生活 し・さ(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間15分
しっかりしろ三十六、貴様は挫けるのか、世間の奴等に万歳を叫ばし度いのか、元気を出せ、貴様は選ばれた男だぞ、そして確りとその両の足で立上って困苦や窮乏を迎えろ、貴様にはその力があるん …
読書目安時間:約1時間15分
しっかりしろ三十六、貴様は挫けるのか、世間の奴等に万歳を叫ばし度いのか、元気を出せ、貴様は選ばれた男だぞ、そして確りとその両の足で立上って困苦や窮乏を迎えろ、貴様にはその力があるん …
青べか物語(新字新仮名)
読書目安時間:約5時間23分
浦粕町は根戸川のもっとも下流にある漁師町で、貝と海苔と釣場とで知られていた。町はさして大きくはないが、貝の缶詰工場と、貝殻を焼いて石灰を作る工場と、冬から春にかけて無数にできる海苔 …
読書目安時間:約5時間23分
浦粕町は根戸川のもっとも下流にある漁師町で、貝と海苔と釣場とで知られていた。町はさして大きくはないが、貝の缶詰工場と、貝殻を焼いて石灰を作る工場と、冬から春にかけて無数にできる海苔 …
青べか物語(新字新仮名)
読書目安時間:約5時間23分
浦粕町は根戸川のもっとも下流にある漁師町で、貝と海苔と釣場とで知られていた。町はさして大きくはないが、貝の罐詰工場と、貝殻を焼いて石灰を作る工場と、冬から春にかけて無数にできる海苔 …
読書目安時間:約5時間23分
浦粕町は根戸川のもっとも下流にある漁師町で、貝と海苔と釣場とで知られていた。町はさして大きくはないが、貝の罐詰工場と、貝殻を焼いて石灰を作る工場と、冬から春にかけて無数にできる海苔 …
赤ひげ診療譚:01 狂女の話(新字新仮名)
読書目安時間:約42分
その門の前に来たとき、保本登はしばらく立停って、番小屋のほうをぼんやりと眺めていた。宿酔で胸がむかむかし、頭がひどく重かった。 「ここだな」と彼は口の中でつぶやいた、「小石川養生所 …
読書目安時間:約42分
その門の前に来たとき、保本登はしばらく立停って、番小屋のほうをぼんやりと眺めていた。宿酔で胸がむかむかし、頭がひどく重かった。 「ここだな」と彼は口の中でつぶやいた、「小石川養生所 …
赤ひげ診療譚:02 駈込み訴え(新字新仮名)
読書目安時間:約44分
その日は事が多かった。——午前十時ごろに北の病棟で老人が死に、それからまもなく、重傷を負った女人夫が担ぎこまれた。保本登は老人の死にも立会い、女人夫の傷の縫合にも、新出去定の助手を …
読書目安時間:約44分
その日は事が多かった。——午前十時ごろに北の病棟で老人が死に、それからまもなく、重傷を負った女人夫が担ぎこまれた。保本登は老人の死にも立会い、女人夫の傷の縫合にも、新出去定の助手を …
赤ひげ診療譚:03 むじな長屋(新字新仮名)
読書目安時間:約54分
梅雨にはいる少しまえ、保本登は自分から医員用の上衣を着るようになった。薄鼠色に染めた木綿の筒袖と、たっつけに似たその袴とは、よく糊がきいてごわごわしており、初めて着たときには、人に …
読書目安時間:約54分
梅雨にはいる少しまえ、保本登は自分から医員用の上衣を着るようになった。薄鼠色に染めた木綿の筒袖と、たっつけに似たその袴とは、よく糊がきいてごわごわしており、初めて着たときには、人に …
赤ひげ診療譚:04 三度目の正直(新字新仮名)
読書目安時間:約43分
梅雨があけて半月ほど経ったころ、狂女のおゆみが自殺をはかった。まえにも記したとおり、彼女はお杉という若い召使と二人で、病棟から離れた住居にいる。それは彼女の親が新らしく建てたもので …
読書目安時間:約43分
梅雨があけて半月ほど経ったころ、狂女のおゆみが自殺をはかった。まえにも記したとおり、彼女はお杉という若い召使と二人で、病棟から離れた住居にいる。それは彼女の親が新らしく建てたもので …
赤ひげ診療譚:05 徒労に賭ける(新字新仮名)
読書目安時間:約37分
「病人たちの不平は知っている」新出去定は歩きながら云った、「病室が板敷で、茣蓙の上に夜具をのべて寝ること、仕着が同じで、帯をしめず、付紐を結ぶことなど、——これは病室だけではなく医 …
読書目安時間:約37分
「病人たちの不平は知っている」新出去定は歩きながら云った、「病室が板敷で、茣蓙の上に夜具をのべて寝ること、仕着が同じで、帯をしめず、付紐を結ぶことなど、——これは病室だけではなく医 …
赤ひげ診療譚:06 鶯ばか(新字新仮名)
読書目安時間:約46分
俗に「伊豆さま裏」と呼ばれるその一帯の土地は、松平伊豆守の広い中屋敷と、寛永寺の塔頭に挾まれて、ほぼ南北に長く延びていた。表通りには僅かばかりの商店と、花やあか桶を並べた寺茶屋があ …
読書目安時間:約46分
俗に「伊豆さま裏」と呼ばれるその一帯の土地は、松平伊豆守の広い中屋敷と、寛永寺の塔頭に挾まれて、ほぼ南北に長く延びていた。表通りには僅かばかりの商店と、花やあか桶を並べた寺茶屋があ …
赤ひげ診療譚:07 おくめ殺し(新字新仮名)
読書目安時間:約48分
十二月にはいってまもない或る日の午後八時過ぎ、——新出去定は保本登と話しながら、伝通院のゆるい坂道を、養生所のほうへと歩いていた。竹造が去定の先に立って、提灯で足もとを照らしながら …
読書目安時間:約48分
十二月にはいってまもない或る日の午後八時過ぎ、——新出去定は保本登と話しながら、伝通院のゆるい坂道を、養生所のほうへと歩いていた。竹造が去定の先に立って、提灯で足もとを照らしながら …
赤ひげ診療譚:08 氷の下の芽(新字新仮名)
読書目安時間:約41分
十二月二十日に、黄鶴堂から薬の納入があったので、二十一日は朝からその仕分けにいそがしく、去定も外診を休んで指図に当った。保本登は麹町の家へゆく約束があり、去定から三度ばかり注意され …
読書目安時間:約41分
十二月二十日に、黄鶴堂から薬の納入があったので、二十一日は朝からその仕分けにいそがしく、去定も外診を休んで指図に当った。保本登は麹町の家へゆく約束があり、去定から三度ばかり注意され …
秋の駕籠(新字新仮名)
読書目安時間:約36分
魚金の店は北八丁堀の河岸にあった。二丁目と向き合った角で、東と南の両方から出入りができた。魚金は一膳めしと居酒を兼ねた繩のれんであるが、造作もちょっと気取っているし、いつも掃除がゆ …
読書目安時間:約36分
魚金の店は北八丁堀の河岸にあった。二丁目と向き合った角で、東と南の両方から出入りができた。魚金は一膳めしと居酒を兼ねた繩のれんであるが、造作もちょっと気取っているし、いつも掃除がゆ …
薊(新字新仮名)
読書目安時間:約32分
加川銕太郎は机に向って坐り、ぼんやりと庭のほうを眺めていた。部屋の片方では弟の佐久馬が、本箱を前にして書物の整理をしていた。 「またですか」と云う妻の声がした、「またいつものことを …
読書目安時間:約32分
加川銕太郎は机に向って坐り、ぼんやりと庭のほうを眺めていた。部屋の片方では弟の佐久馬が、本箱を前にして書物の整理をしていた。 「またですか」と云う妻の声がした、「またいつものことを …
葦(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
その葦たちは一日じゅう巨きな椎の樹のうっとうしい陰で風に揺られていた。 将監台と呼ばれる丘の突端をめぐって、にわかに幅をひろげる川は、東へと迂曲しながら二十町あまりいって海へ注ぐ。 …
読書目安時間:約25分
その葦たちは一日じゅう巨きな椎の樹のうっとうしい陰で風に揺られていた。 将監台と呼ばれる丘の突端をめぐって、にわかに幅をひろげる川は、東へと迂曲しながら二十町あまりいって海へ注ぐ。 …
足軽奉公(新字新仮名)
読書目安時間:約29分
「なんだあの腰つきは、卵でも産もうというのかね」 「向うの男は餌差が鳥を覘っているようだ、それ、よく見当をつけろ」 「ああ外してしまった」 「まるでへた競べだねこれは」 右田藤六は …
読書目安時間:約29分
「なんだあの腰つきは、卵でも産もうというのかね」 「向うの男は餌差が鳥を覘っているようだ、それ、よく見当をつけろ」 「ああ外してしまった」 「まるでへた競べだねこれは」 右田藤六は …
葦は見ていた(新字新仮名)
読書目安時間:約37分
五月はじめの朝四時ごろ、—— 熊井川は濃い霧に掩われていた。まだあたりは薄暗く、どちらを見ても殆んどみとおしはきかない。川岸には葦が茂っていた、葦は岸から川の中まで、川の中の七八間 …
読書目安時間:約37分
五月はじめの朝四時ごろ、—— 熊井川は濃い霧に掩われていた。まだあたりは薄暗く、どちらを見ても殆んどみとおしはきかない。川岸には葦が茂っていた、葦は岸から川の中まで、川の中の七八間 …
あすなろう(新字新仮名)
読書目安時間:約40分
うすよごれた手拭で頬冠りをした、百姓ふうの男が一人、芝金杉のかっぱ河岸を、さっきから往ったり来たりしていた。日はすっかり昏れてしまい、金杉川に面したその片側町は、涼みに出た人たちで …
読書目安時間:約40分
うすよごれた手拭で頬冠りをした、百姓ふうの男が一人、芝金杉のかっぱ河岸を、さっきから往ったり来たりしていた。日はすっかり昏れてしまい、金杉川に面したその片側町は、涼みに出た人たちで …
あだこ(新字新仮名)
読書目安時間:約46分
曽我十兵衛はいきなり小林半三郎を殴りつけた。 そのとき半三郎は酒を飲んでいて、十兵衛が玄関で案内を乞う声を聞いた。誰もいないのだから出てゆく者はない。十兵衛は高い声で三度呼び、それ …
読書目安時間:約46分
曽我十兵衛はいきなり小林半三郎を殴りつけた。 そのとき半三郎は酒を飲んでいて、十兵衛が玄関で案内を乞う声を聞いた。誰もいないのだから出てゆく者はない。十兵衛は高い声で三度呼び、それ …
雨あがる(新字新仮名)
読書目安時間:約44分
もういちど悲鳴のような声をあげて、それから女の喚きだすのが聞えた。 ——またあの女だ。 三沢伊兵衛は寝ころんだまま、気づかわしそうにうす眼をあけて妻を見た。おたよは縫い物を続けてい …
読書目安時間:約44分
もういちど悲鳴のような声をあげて、それから女の喚きだすのが聞えた。 ——またあの女だ。 三沢伊兵衛は寝ころんだまま、気づかわしそうにうす眼をあけて妻を見た。おたよは縫い物を続けてい …
雨の山吹(新字新仮名)
読書目安時間:約34分
母の病間をみまってから兄の部屋へゆくと、兄も寝床の上で医者と話していた。医者はすぐに帰り、兄は横になった。 「どうなさいました」 「ちょっと胃のぐあいが悪いんだ」兵庫は眉をしかめた …
読書目安時間:約34分
母の病間をみまってから兄の部屋へゆくと、兄も寝床の上で医者と話していた。医者はすぐに帰り、兄は横になった。 「どうなさいました」 「ちょっと胃のぐあいが悪いんだ」兵庫は眉をしかめた …
危し‼ 潜水艦の秘密(新字新仮名)
読書目安時間:約17分
「何だろう、これは?」府立第×中学の校庭には、七月の真昼の陽が照りつけていた。眼の眩むようなその陽ざしの中で、蹴球の猛練習に熱中している二年級の生徒が四五人、いまトラックの一隅にか …
読書目安時間:約17分
「何だろう、これは?」府立第×中学の校庭には、七月の真昼の陽が照りつけていた。眼の眩むようなその陽ざしの中で、蹴球の猛練習に熱中している二年級の生徒が四五人、いまトラックの一隅にか …
暴風雨の中(新字新仮名)
読書目安時間:約31分
烈風と豪雨が荒れ狂っていた。氾濫した隅田川の水は、すでにこの家の床を浸し、なお強い勢いで増水しつつあった。昨日の未明からまる一日半、大量の雨を伴って吹きとおした南の烈風は、ようやく …
読書目安時間:約31分
烈風と豪雨が荒れ狂っていた。氾濫した隅田川の水は、すでにこの家の床を浸し、なお強い勢いで増水しつつあった。昨日の未明からまる一日半、大量の雨を伴って吹きとおした南の烈風は、ようやく …
荒法師(新字新仮名)
読書目安時間:約35分
昌平寺の俊恵が荒法師といわれるようになったのはそう古いことではない。……昌平寺は武蔵の国における臨済門の巨刹の一であるが、その頃はいわゆる関東五山の威望もうすくなり、さして傑作した …
読書目安時間:約35分
昌平寺の俊恵が荒法師といわれるようになったのはそう古いことではない。……昌平寺は武蔵の国における臨済門の巨刹の一であるが、その頃はいわゆる関東五山の威望もうすくなり、さして傑作した …
いさましい話(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間15分
国許の人間は頑固でねじけている。 ——女たちがわるくのさばる。 ——江戸からゆく者は三年と続かない。 江戸邸ではもうずっと以前からそういう定評があった。また事実がいつもそれを証明し …
読書目安時間:約1時間15分
国許の人間は頑固でねじけている。 ——女たちがわるくのさばる。 ——江戸からゆく者は三年と続かない。 江戸邸ではもうずっと以前からそういう定評があった。また事実がいつもそれを証明し …
いしが奢る(新字新仮名)
読書目安時間:約46分
六月中旬のある日、まだ降り惜しんでいる梅雨のなかを、本信保馬が江戸から到着した。 保馬は江戸邸の次席家老の子で、その名は国許でもかなりまえから知られていた。俊才で美男で、学問も群を …
読書目安時間:約46分
六月中旬のある日、まだ降り惜しんでいる梅雨のなかを、本信保馬が江戸から到着した。 保馬は江戸邸の次席家老の子で、その名は国許でもかなりまえから知られていた。俊才で美男で、学問も群を …
石ころ(新字新仮名)
読書目安時間:約23分
ああ高坂の権之丞さまがお通りなさる、また裏打の大口を召しておいでですね、あの方のは大紋うつしでいつも伊達にお拵えなさるけれど、お色が白くてお身細ですから華奢にみえますこと。お伴れは …
読書目安時間:約23分
ああ高坂の権之丞さまがお通りなさる、また裏打の大口を召しておいでですね、あの方のは大紋うつしでいつも伊達にお拵えなさるけれど、お色が白くてお身細ですから華奢にみえますこと。お伴れは …
一人ならじ(新字新仮名)
読書目安時間:約21分
栃木大助は「痛い」ということを云わない、またなにか具合の悪いことがあっても、「弱った」とか、「参った」とか、「困った」などということを決して云わない。そのほかどんな場合にもおよそ受 …
読書目安時間:約21分
栃木大助は「痛い」ということを云わない、またなにか具合の悪いことがあっても、「弱った」とか、「参った」とか、「困った」などということを決して云わない。そのほかどんな場合にもおよそ受 …
薯粥(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
承応二年五月はじめの或る日、三河のくに岡崎藩の老職をつとめる鈴木惣兵衛の屋敷へ、ひとりの浪人者が訪れて来て面会を求めた。用件を訊かせると、町道場をひらきたいに就いて願いの筋があると …
読書目安時間:約25分
承応二年五月はじめの或る日、三河のくに岡崎藩の老職をつとめる鈴木惣兵衛の屋敷へ、ひとりの浪人者が訪れて来て面会を求めた。用件を訊かせると、町道場をひらきたいに就いて願いの筋があると …
入婿十万両(新字新仮名)
読書目安時間:約22分
「——浅二郎」 「はい」 「今日もまた家中の若い奴等が何か悪さをしたそうではないか」 矢走源兵衛は茶を啜りながら柔和な眼をあげて婿を見た。 「なに、つまらぬ事でござります」 「五郎 …
読書目安時間:約22分
「——浅二郎」 「はい」 「今日もまた家中の若い奴等が何か悪さをしたそうではないか」 矢走源兵衛は茶を啜りながら柔和な眼をあげて婿を見た。 「なに、つまらぬ事でござります」 「五郎 …
鵜(新字新仮名)
読書目安時間:約38分
布施半三郎はその淵をみつけるのに二十日あまりかかった。 加能川には釣り場が多い、雇い仲間の段平は「三十八カ所ある」と云った。半三郎はひととおり見て廻ったが、自分の求めている条件に合 …
読書目安時間:約38分
布施半三郎はその淵をみつけるのに二十日あまりかかった。 加能川には釣り場が多い、雇い仲間の段平は「三十八カ所ある」と云った。半三郎はひととおり見て廻ったが、自分の求めている条件に合 …
嘘アつかねえ(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
浅草の馬道を吉原土堤のほうへいって、つきあたる二丁ばかり手前の右に、山の宿へと続く狭い横丁があった。付近には猿若町とか浅草寺とか新吉原など、遊興歓楽の地が多いので、そのあたりは全般 …
読書目安時間:約26分
浅草の馬道を吉原土堤のほうへいって、つきあたる二丁ばかり手前の右に、山の宿へと続く狭い横丁があった。付近には猿若町とか浅草寺とか新吉原など、遊興歓楽の地が多いので、そのあたりは全般 …
似而非物語(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間5分
加賀のくにの白山谷を、鶴来町のほうから手取川に沿って登って来たひとりの旅装の老人が、牛窪という村にかかる土橋のところで立停った。年は六十前後、背丈は五尺七寸くらいあった。痩せていて …
読書目安時間:約1時間5分
加賀のくにの白山谷を、鶴来町のほうから手取川に沿って登って来たひとりの旅装の老人が、牛窪という村にかかる土橋のところで立停った。年は六十前後、背丈は五尺七寸くらいあった。痩せていて …
榎物語(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間8分
さわが十三になった年、国吉が下男に来た。国吉は十五歳で、よく働く少年だったし、二年のち、二人は愛し合うようになった。 さわの父は河見半左衛門という。母の名はわか。さわの下に一つ違い …
読書目安時間:約1時間8分
さわが十三になった年、国吉が下男に来た。国吉は十五歳で、よく働く少年だったし、二年のち、二人は愛し合うようになった。 さわの父は河見半左衛門という。母の名はわか。さわの下に一つ違い …
艶書(新字新仮名)
読書目安時間:約51分
岸島出三郎はその日をよく覚えている。それは宝暦の二年で、彼が二十一歳になった年の三月二日であった。よく覚えている理由は一日に二つの出来事があったからで、その一つは道場の師範から念流 …
読書目安時間:約51分
岸島出三郎はその日をよく覚えている。それは宝暦の二年で、彼が二十一歳になった年の三月二日であった。よく覚えている理由は一日に二つの出来事があったからで、その一つは道場の師範から念流 …
艶妖記:忍術千一夜 第一話(新字新仮名)
読書目安時間:約38分
読者諸君は「にんじゅつ」というものを御存じであろうか。近ごろもろもろの雑誌にしばしば猿飛小説を散見する。筆者は少年のころから専らにんじゅつを愛好しかつ惑溺するあまり、これが史的事業 …
読書目安時間:約38分
読者諸君は「にんじゅつ」というものを御存じであろうか。近ごろもろもろの雑誌にしばしば猿飛小説を散見する。筆者は少年のころから専らにんじゅつを愛好しかつ惑溺するあまり、これが史的事業 …
追いついた夢(新字新仮名)
読書目安時間:約42分
娘は風呂桶から出るところだった。 「どうです、いい躰でしょう旦那」 おかみは嗄れた声でそっと囁いた。 「あれだけきれいな躰は千人にひとりもありやしません、こんな商売をしているから、 …
読書目安時間:約42分
娘は風呂桶から出るところだった。 「どうです、いい躰でしょう旦那」 おかみは嗄れた声でそっと囁いた。 「あれだけきれいな躰は千人にひとりもありやしません、こんな商売をしているから、 …
扇野(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間9分
「うんいいね、静かな趣きだ」 石川孝之介はそう云って、脇にいる角屋金右衛門に頷いた。 ——なにを云やあがる。 栄三郎は心の中でせせら笑った。 孝之介は、藩の家老石川舎人の長男だとい …
読書目安時間:約1時間9分
「うんいいね、静かな趣きだ」 石川孝之介はそう云って、脇にいる角屋金右衛門に頷いた。 ——なにを云やあがる。 栄三郎は心の中でせせら笑った。 孝之介は、藩の家老石川舎人の長男だとい …
おごそかな渇き(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間13分
「あのおたねの岩屋の泉は」と村長の島田幾造がいった、「千年か、もっとまえかに、弘法大師が錫杖でもって岩を突いて、水よ湧けといったそうだ、三度も錫杖を突いていったそうだが、水は一滴も …
読書目安時間:約1時間13分
「あのおたねの岩屋の泉は」と村長の島田幾造がいった、「千年か、もっとまえかに、弘法大師が錫杖でもって岩を突いて、水よ湧けといったそうだ、三度も錫杖を突いていったそうだが、水は一滴も …
おさん(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間7分
これ本当のことなの、本当にこうなっていいの、とおさんが云った。それは二人が初めてそうなったときのことだ。そして、これが本当ならあした死んでも本望だわ、とも云った。言葉にすればありき …
読書目安時間:約1時間7分
これ本当のことなの、本当にこうなっていいの、とおさんが云った。それは二人が初めてそうなったときのことだ。そして、これが本当ならあした死んでも本望だわ、とも云った。言葉にすればありき …
お繁(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
曇日であった。 わたしは青べかを漕いで河をくだり、ふたつ瀬から関門をぬけて細い水路へはいっていった。そこにはわたしが私かにみつけておいた鮒の釣場があるのだ。——左岸には川柳が茂って …
読書目安時間:約14分
曇日であった。 わたしは青べかを漕いで河をくだり、ふたつ瀬から関門をぬけて細い水路へはいっていった。そこにはわたしが私かにみつけておいた鮒の釣場があるのだ。——左岸には川柳が茂って …
落ち梅記(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間2分
「すまない、そんなつもりじゃあなかったんだ、酔ってさえいなければよかったんだが、どうにもしようがない、本当にすまないと思ってるんだ」 半三郎はこう云って頭を垂れた。不健康な生活をそ …
読書目安時間:約1時間2分
「すまない、そんなつもりじゃあなかったんだ、酔ってさえいなければよかったんだが、どうにもしようがない、本当にすまないと思ってるんだ」 半三郎はこう云って頭を垂れた。不健康な生活をそ …
落葉の隣り(新字新仮名)
読書目安時間:約59分
おひさは繁次を想っていた。それは初めからわかっていたことだ。ただ繁次が小心で、おひさの口からそう云われるまで、胸の奥ではおひさを想いこがれながら、おひさは参吉を恋しているものと信じ …
読書目安時間:約59分
おひさは繁次を想っていた。それは初めからわかっていたことだ。ただ繁次が小心で、おひさの口からそう云われるまで、胸の奥ではおひさを想いこがれながら、おひさは参吉を恋しているものと信じ …
おばな沢(新字新仮名)
読書目安時間:約46分
節子が戸田英之助と内祝言の盃をとり交したのは、四月中旬の雨の降る日であった。 縁談のきまったのは去年の十月で、今年の三月には結婚する筈であったが、正月になって節子が風邪をひき、それ …
読書目安時間:約46分
節子が戸田英之助と内祝言の盃をとり交したのは、四月中旬の雨の降る日であった。 縁談のきまったのは去年の十月で、今年の三月には結婚する筈であったが、正月になって節子が風邪をひき、それ …
お美津簪(新字新仮名)
読書目安時間:約27分
「音をさせちゃ駄目、そおっと来るのよ」 「——大丈夫です」 「そら!駄目じゃないの」 正吉の重みで梯子段が軋むと、お美津は悪戯らしく上眼で睨んだ。——十六の乙女の眸子は、そのとき妖 …
読書目安時間:約27分
「音をさせちゃ駄目、そおっと来るのよ」 「——大丈夫です」 「そら!駄目じゃないの」 正吉の重みで梯子段が軋むと、お美津は悪戯らしく上眼で睨んだ。——十六の乙女の眸子は、そのとき妖 …
思い違い物語(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間31分
典木泰助が来たときは誰もさほど気にしなかった。江戸邸から人が来るたびに警戒的になる一連の人たちは、こんども初めはびくりとしたようである。しかし二十日ばかりするとかれらは祝杯をあげた …
読書目安時間:約1時間31分
典木泰助が来たときは誰もさほど気にしなかった。江戸邸から人が来るたびに警戒的になる一連の人たちは、こんども初めはびくりとしたようである。しかし二十日ばかりするとかれらは祝杯をあげた …
おもかげ抄(新字新仮名)
読書目安時間:約23分
「おい見ろ見ろ」 「——なんだ」 「あすこへ来る浪人を知ってるか」 「うちの店へ越して来た鎌田孫次郎てえ人だろう」 「本名はそうかも知れぬがの」 魚売り金八はにやりと笑って、「あれ …
読書目安時間:約23分
「おい見ろ見ろ」 「——なんだ」 「あすこへ来る浪人を知ってるか」 「うちの店へ越して来た鎌田孫次郎てえ人だろう」 「本名はそうかも知れぬがの」 魚売り金八はにやりと笑って、「あれ …
おれの女房(新字新仮名)
読書目安時間:約47分
「またよけえなことをする、よしと呉れよ、そんなところでどうするのさ、そんなとこ男がいじるもんじゃないよ、だめだったら聞えないのかね、あたしがせっかく片づけたのにめちゃくちゃになっち …
読書目安時間:約47分
「またよけえなことをする、よしと呉れよ、そんなところでどうするのさ、そんなとこ男がいじるもんじゃないよ、だめだったら聞えないのかね、あたしがせっかく片づけたのにめちゃくちゃになっち …
女は同じ物語(新字新仮名)
読書目安時間:約44分
「まあ諦めるんだな、しょうがない、安永の娘をもらうんだ」と竜右衛門がその息子に云った、「どんな娘でも、結婚してしまえば同じようなものだ、娘のうちはいろいろ違うようにみえる、或る意味 …
読書目安時間:約44分
「まあ諦めるんだな、しょうがない、安永の娘をもらうんだ」と竜右衛門がその息子に云った、「どんな娘でも、結婚してしまえば同じようなものだ、娘のうちはいろいろ違うようにみえる、或る意味 …
骸骨島の大冒険(新字新仮名)
読書目安時間:約32分
春田博士邸では、朝食で賑っていた。 「龍介もだいぶ色々な事件で働いてきたが、一番面白かったのは何だね?」 そういって博士は笑いながら、長男の龍介少年を見やった。龍介君は府立第×中学 …
読書目安時間:約32分
春田博士邸では、朝食で賑っていた。 「龍介もだいぶ色々な事件で働いてきたが、一番面白かったのは何だね?」 そういって博士は笑いながら、長男の龍介少年を見やった。龍介君は府立第×中学 …
改訂御定法(新字新仮名)
読書目安時間:約60分
「だんだんお強くなるばかりね」 「そう思うだけさ」 「初めのころはいつも二本でしたわ」 「嫌われたくなかったんだろう」 「うまいこと仰しゃって」河本佳奈は上眼づかいに彼をにらんだ、 …
読書目安時間:約60分
「だんだんお強くなるばかりね」 「そう思うだけさ」 「初めのころはいつも二本でしたわ」 「嫌われたくなかったんだろう」 「うまいこと仰しゃって」河本佳奈は上眼づかいに彼をにらんだ、 …
海浜荘の殺人(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
「エル、まだかい」 ベランダから無遠慮に覗きながら、高野千之が声をかけた。鏡台に向って日灼け予防の白粉を塗っていた志津子は吃驚して、 「厭アよ千ちゃん、そんな処から覗いたりして、お …
読書目安時間:約18分
「エル、まだかい」 ベランダから無遠慮に覗きながら、高野千之が声をかけた。鏡台に向って日灼け予防の白粉を塗っていた志津子は吃驚して、 「厭アよ千ちゃん、そんな処から覗いたりして、お …
柿(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
「おい牧野、起きないか」 「勘弁して呉れ、本当にもう駄目だ」 「……仕様がないな」 起しあぐねて兵馬は振返った。 「ちょっと手をかして呉れ小房、どうしても動きそうもないぞこれは」 …
読書目安時間:約26分
「おい牧野、起きないか」 「勘弁して呉れ、本当にもう駄目だ」 「……仕様がないな」 起しあぐねて兵馬は振返った。 「ちょっと手をかして呉れ小房、どうしても動きそうもないぞこれは」 …
主計は忙しい(新字新仮名)
読書目安時間:約38分
持って生れた性分というやつは面白い。こいつは大抵いじくっても直らないもののようである。筆者の若い知人に、いつも「つまらない、つまらない」と云う青年がいた。なにがそんなにつまらないの …
読書目安時間:約38分
持って生れた性分というやつは面白い。こいつは大抵いじくっても直らないもののようである。筆者の若い知人に、いつも「つまらない、つまらない」と云う青年がいた。なにがそんなにつまらないの …
蒲生鶴千代(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
美濃の国岐阜の城下に瑞龍寺という寺がある。永禄、天正のころに南化和尚という偉い僧がいて、戦国の世にもかかわらず、常に諸国から文人や画家の集まって来るものが絶えなかった。……殊に織田 …
読書目安時間:約13分
美濃の国岐阜の城下に瑞龍寺という寺がある。永禄、天正のころに南化和尚という偉い僧がいて、戦国の世にもかかわらず、常に諸国から文人や画家の集まって来るものが絶えなかった。……殊に織田 …
其角と山賊と殿様(新字新仮名)
読書目安時間:約11分
その頃榎本其角は、俳友小川破笠と共に江戸茅場町の裏店に棲んでいた。 芭蕉の門に入ったばかりで、貧窮のどん底時代だった、外へ出る着物も夜の衾もひと組しかなく、それを破笠と共同で遣って …
読書目安時間:約11分
その頃榎本其角は、俳友小川破笠と共に江戸茅場町の裏店に棲んでいた。 芭蕉の門に入ったばかりで、貧窮のどん底時代だった、外へ出る着物も夜の衾もひと組しかなく、それを破笠と共同で遣って …
菊千代抄(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間13分
菊千代は巻野越後守貞良の第一子として生れた。母は松平和泉守乗佑の女である。貞良は雁の間詰の朝散太夫で、そのころ寺社奉行を勤め、なかなかはぶりがよかった。 巻野家の上屋敷は丸の内にあ …
読書目安時間:約1時間13分
菊千代は巻野越後守貞良の第一子として生れた。母は松平和泉守乗佑の女である。貞良は雁の間詰の朝散太夫で、そのころ寺社奉行を勤め、なかなかはぶりがよかった。 巻野家の上屋敷は丸の内にあ …
菊屋敷(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間14分
志保は庭へおりて菊を剪っていた。いつまでも狭霧の霽れぬ朝で、道をゆく馬の蹄の音は聞えながら、人も馬もおぼろにしか見えない。生垣のすぐ外がわを流れている小川のせせらぎも、どこか遠くか …
読書目安時間:約1時間14分
志保は庭へおりて菊を剪っていた。いつまでも狭霧の霽れぬ朝で、道をゆく馬の蹄の音は聞えながら、人も馬もおぼろにしか見えない。生垣のすぐ外がわを流れている小川のせせらぎも、どこか遠くか …
季節のない街(新字新仮名)
読書目安時間:約6時間45分
その「街」へゆくのに一本の市電があった。ほかにも道は幾つかあるのだが、市電は一本しか通じていないし、それはレールもなく架線もなく、また車躰さえもないし、乗務員も運転手一人しかいない …
読書目安時間:約6時間45分
その「街」へゆくのに一本の市電があった。ほかにも道は幾つかあるのだが、市電は一本しか通じていないし、それはレールもなく架線もなく、また車躰さえもないし、乗務員も運転手一人しかいない …
金五十両(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
遠江のくに浜松の町はずれに、「柏屋」という宿があった。 城下で指折りの旅館「柏屋孫兵衛」の出店として始まり、ごく小さな旅籠だったのが、ちょっと変った庖丁ぶりの料理人がいて、それが城 …
読書目安時間:約24分
遠江のくに浜松の町はずれに、「柏屋」という宿があった。 城下で指折りの旅館「柏屋孫兵衛」の出店として始まり、ごく小さな旅籠だったのが、ちょっと変った庖丁ぶりの料理人がいて、それが城 …
暗がりの乙松(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
居合腰になってすーと障子を明ける、そのまましばらく屋内のようすを聞きすましてから、そっと廊下へ忍び出た。とたんに、 〽きりぎりす 袖も袂も濡れ縁に 隣の部屋から、さびた良い声で唄い …
読書目安時間:約25分
居合腰になってすーと障子を明ける、そのまましばらく屋内のようすを聞きすましてから、そっと廊下へ忍び出た。とたんに、 〽きりぎりす 袖も袂も濡れ縁に 隣の部屋から、さびた良い声で唄い …
内蔵允留守(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
岡田虎之助は道が二岐になっているところまで来て立ちどまり、じっとりと汗の滲み出ている白い額を、手の甲で押し拭いながら、笠をあげて当惑そうに左右を眺めやった。……その平地はなだらかな …
読書目安時間:約25分
岡田虎之助は道が二岐になっているところまで来て立ちどまり、じっとりと汗の滲み出ている白い額を、手の甲で押し拭いながら、笠をあげて当惑そうに左右を眺めやった。……その平地はなだらかな …
黒襟飾組の魔手(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
八月の午後の陽は府立第X×中学の野球グラウンドの上に照りつけていた。 グラウンドでは三年級のティームが猛練習の最中だった。こっちのスタンドには三年級受持の倉持教諭が、同僚の化学の教 …
読書目安時間:約26分
八月の午後の陽は府立第X×中学の野球グラウンドの上に照りつけていた。 グラウンドでは三年級のティームが猛練習の最中だった。こっちのスタンドには三年級受持の倉持教諭が、同僚の化学の教 …
桑の木物語(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間21分
その藩に伝わっている「杏花亭筆記」という書物には、土井悠二郎についてあらまし次のように記している。 「土井右衛門、名は悠二郎。忠左衛門茂治の二男に生れ、わけがあって七歳まで町家に育 …
読書目安時間:約1時間21分
その藩に伝わっている「杏花亭筆記」という書物には、土井悠二郎についてあらまし次のように記している。 「土井右衛門、名は悠二郎。忠左衛門茂治の二男に生れ、わけがあって七歳まで町家に育 …
劇団「笑う妖魔」(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
「五郎さん、お電話です」 書生の中野が扉をあけて云った。 「大層お急ぎの様子ですからどうぞ」 「誰から?」 「お名前を仰有いません」 父の話に興じていた五郎は、話を中断されるのが残 …
読書目安時間:約18分
「五郎さん、お電話です」 書生の中野が扉をあけて云った。 「大層お急ぎの様子ですからどうぞ」 「誰から?」 「お名前を仰有いません」 父の話に興じていた五郎は、話を中断されるのが残 …
源蔵ヶ原(新字新仮名)
読書目安時間:約28分
市三がはいってゆくと、その小座敷にはもう三人来ていた。蝶足の膳を五つ、差向いに並べ、行燈が左右に二つ、火鉢が三つ置いてあった。 瓦屋の息子の宗吉をまん中に、こっちが石屋の忠太、向う …
読書目安時間:約28分
市三がはいってゆくと、その小座敷にはもう三人来ていた。蝶足の膳を五つ、差向いに並べ、行燈が左右に二つ、火鉢が三つ置いてあった。 瓦屋の息子の宗吉をまん中に、こっちが石屋の忠太、向う …
恋の伝七郎(新字新仮名)
読書目安時間:約58分
「みんなどうした、そんな隅の方へ引込んでしまってどうしようというんだ」村松銀之丞は竹刀に素振りをくれながら、端麗な顔でぐるっとまわりを見まわした、「道場は剣術の稽古をする所で居眠り …
読書目安時間:約58分
「みんなどうした、そんな隅の方へ引込んでしまってどうしようというんだ」村松銀之丞は竹刀に素振りをくれながら、端麗な顔でぐるっとまわりを見まわした、「道場は剣術の稽古をする所で居眠り …
古今集巻之五(新字新仮名)
読書目安時間:約44分
寛延二年三月八日の夕方五時から、石浜の「ふくべ」で永井主計のために送別の宴を催した。永井はこの十五日に参覲の供で、江戸へゆくことになったのだが、そのほかに、こんど永井家が旧禄を復活 …
読書目安時間:約44分
寛延二年三月八日の夕方五時から、石浜の「ふくべ」で永井主計のために送別の宴を催した。永井はこの十五日に参覲の供で、江戸へゆくことになったのだが、そのほかに、こんど永井家が旧禄を復活 …
五瓣の椿(新字新仮名)
読書目安時間:約5時間2分
天保五年正月二日に、本所の亀戸天神に近い白河端というところで、中村仏庵という奇人が病死した。年は八十四歳であった。彼は大工と畳職の棟梁であるが、書をよくし、雲介舎弥太夫と号していた …
読書目安時間:約5時間2分
天保五年正月二日に、本所の亀戸天神に近い白河端というところで、中村仏庵という奇人が病死した。年は八十四歳であった。彼は大工と畳職の棟梁であるが、書をよくし、雲介舎弥太夫と号していた …
柘榴(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
真沙は初めから良人が嫌いだったのではない。また結婚が失敗に終ったのも、良人の罪だとは云えない。昌蔵のかなしい性質と、その性質を理解することのできなかった真沙の若さに不幸があったのだ …
読書目安時間:約25分
真沙は初めから良人が嫌いだったのではない。また結婚が失敗に終ったのも、良人の罪だとは云えない。昌蔵のかなしい性質と、その性質を理解することのできなかった真沙の若さに不幸があったのだ …
さぶ(新字新仮名)
読書目安時間:約7時間4分
小雨が靄のようにけぶる夕方、両国橋を西から東へ、さぶが泣きながら渡っていた。 双子縞の着物に、小倉の細い角帯、色の褪せた黒の前掛をしめ、頭から濡れていた。雨と涙とでぐしょぐしょにな …
読書目安時間:約7時間4分
小雨が靄のようにけぶる夕方、両国橋を西から東へ、さぶが泣きながら渡っていた。 双子縞の着物に、小倉の細い角帯、色の褪せた黒の前掛をしめ、頭から濡れていた。雨と涙とでぐしょぐしょにな …
寒橋(新字新仮名)
読書目安時間:約38分
お孝はときどき自分が恥ずかしくなる。鏡に向っているときなど特にそうだ。 「——まあいやだ、いやあねえ」 独りでそんなことを呟いて、独りで赤くなって、鏡に写っている自分の顔を、一種の …
読書目安時間:約38分
お孝はときどき自分が恥ずかしくなる。鏡に向っているときなど特にそうだ。 「——まあいやだ、いやあねえ」 独りでそんなことを呟いて、独りで赤くなって、鏡に写っている自分の顔を、一種の …
三悪人物語:忍術千一夜 第二話(新字新仮名)
読書目安時間:約59分
井住のくに佐貝は中世日本における唯一の自由都市であった。永禄四年にキリスト教伝道のため佐貝へ来たヴィレラ師は、「——他の都市が戦乱によって惨害を受けている時、佐貝のみは平和と独立と …
読書目安時間:約59分
井住のくに佐貝は中世日本における唯一の自由都市であった。永禄四年にキリスト教伝道のため佐貝へ来たヴィレラ師は、「——他の都市が戦乱によって惨害を受けている時、佐貝のみは平和と独立と …
三十二刻(新字新仮名)
読書目安時間:約31分
「到頭はじめました」 「そうか」 「長門どのでも疋田でも互いに一族を集めております。大手の木戸を打ちましたし、両家の付近では町人共が立退きを始めています」 「ではわしはすぐ登城しよ …
読書目安時間:約31分
「到頭はじめました」 「そうか」 「長門どのでも疋田でも互いに一族を集めております。大手の木戸を打ちましたし、両家の付近では町人共が立退きを始めています」 「ではわしはすぐ登城しよ …
しじみ河岸(新字新仮名)
読書目安時間:約52分
花房律之助はその口書の写しを持って、高木新左衛門のところへいった。もう退出の時刻すぎで、そこには高木が一人、机の上を片づけていた。 「ちょっと知恵を借りたいんだが」 高木はこっちへ …
読書目安時間:約52分
花房律之助はその口書の写しを持って、高木新左衛門のところへいった。もう退出の時刻すぎで、そこには高木が一人、机の上を片づけていた。 「ちょっと知恵を借りたいんだが」 高木はこっちへ …
蜆谷(新字新仮名)
読書目安時間:約29分
「こんなに鴨の寄らないこともないもんだ、もう師走という月でまるっきり影もみせない」風邪でもひいているような、ぜいぜい声でこう云うのが聞こえた、「もう十年もむかしだったか、沖の島の杓 …
読書目安時間:約29分
「こんなに鴨の寄らないこともないもんだ、もう師走という月でまるっきり影もみせない」風邪でもひいているような、ぜいぜい声でこう云うのが聞こえた、「もう十年もむかしだったか、沖の島の杓 …
死処(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
夏目吉信(次郎左衛門)が駈けつけたとき、大ひろ間ではすでにいくさ評定がはじまって、人びとのあいだに意見の応酬がはげしくとり交わされていた。 「父うえ、おそうござります」 末座にいた …
読書目安時間:約14分
夏目吉信(次郎左衛門)が駈けつけたとき、大ひろ間ではすでにいくさ評定がはじまって、人びとのあいだに意見の応酬がはげしくとり交わされていた。 「父うえ、おそうござります」 末座にいた …
失蝶記(新字新仮名)
読書目安時間:約45分
紺野かず子さま。 この手記はあなたに読んでもらうために書きます。こういう騒がしい時勢であり、私は追われる身の一所不住というありさまですから、あるいはお手に届かないかもしれません。ま …
読書目安時間:約45分
紺野かず子さま。 この手記はあなたに読んでもらうために書きます。こういう騒がしい時勢であり、私は追われる身の一所不住というありさまですから、あるいはお手に届かないかもしれません。ま …
霜柱(新字新仮名)
読書目安時間:約29分
「繁野という老職を知っているか」 「繁野、——」石沢金之助は筆を止めて、次永喜兵衛を見あげた、「老職には二人いるが、どうかしたのか」 「としよりの家老のほうだ」 「御家老なら兵庫ど …
読書目安時間:約29分
「繁野という老職を知っているか」 「繁野、——」石沢金之助は筆を止めて、次永喜兵衛を見あげた、「老職には二人いるが、どうかしたのか」 「としよりの家老のほうだ」 「御家老なら兵庫ど …
饒舌りすぎる(新字新仮名)
読書目安時間:約57分
奉行職記録所の役部屋へ、小野十太夫がはいって来る。彼は汗になった稽古着のままで、ときには竹刀を持ったままのこともある。 「おい土田」と十太夫はどなる、「今日は帰りに一杯やろう、枡平 …
読書目安時間:約57分
奉行職記録所の役部屋へ、小野十太夫がはいって来る。彼は汗になった稽古着のままで、ときには竹刀を持ったままのこともある。 「おい土田」と十太夫はどなる、「今日は帰りに一杯やろう、枡平 …
十八条乙(新字新仮名)
読書目安時間:約27分
その事のおこる五日まえ、西条庄兵衛は妻のあやに火傷をさせた。切炉で手がすべって湯釜を転覆させたとき、ちょうどあやが火箸を取ろうとしていて、その右手の先へ熱湯がもろにかぶってしまった …
読書目安時間:約27分
その事のおこる五日まえ、西条庄兵衛は妻のあやに火傷をさせた。切炉で手がすべって湯釜を転覆させたとき、ちょうどあやが火箸を取ろうとしていて、その右手の先へ熱湯がもろにかぶってしまった …
醜聞(新字新仮名)
読書目安時間:約47分
苅田壮平はなめらかに話した。それはちょうど、絵師が自分の得意な絵を描くのに似ていた。どの線もどの点も、またぼかしの部分や着彩の順にも、いささかの誤りもためらいもなく、すらすらと描き …
読書目安時間:約47分
苅田壮平はなめらかに話した。それはちょうど、絵師が自分の得意な絵を描くのに似ていた。どの線もどの点も、またぼかしの部分や着彩の順にも、いささかの誤りもためらいもなく、すらすらと描き …
正体(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
龍助危篤という電報を手にしたとき、津川は電文の意味を知るよりも佐知子に会えるなと思うほうがさきだった。 「なんていうやつだ」 それでも彼はいちおうそう云って自分を苦々しく反省したが …
読書目安時間:約15分
龍助危篤という電報を手にしたとき、津川は電文の意味を知るよりも佐知子に会えるなと思うほうがさきだった。 「なんていうやつだ」 それでも彼はいちおうそう云って自分を苦々しく反省したが …
城中の霜(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
安政六年十月七日の朝、掃部頭井伊直弼は例になく早く登城をして、八時には既に御用部屋へ出ていた。今年になって初めての寒い朝であった。大老の席は老中部屋の上座にあり太鼓張りの障子で囲っ …
読書目安時間:約26分
安政六年十月七日の朝、掃部頭井伊直弼は例になく早く登城をして、八時には既に御用部屋へ出ていた。今年になって初めての寒い朝であった。大老の席は老中部屋の上座にあり太鼓張りの障子で囲っ …
初夜(新字新仮名)
読書目安時間:約35分
明和九年(十一月改元「安永」となる)二月中旬の或る日、——殿町にある脇屋代二郎の屋敷へ、除村久良馬が訪ねて来た。 脇屋の家は七百石の老臣格で、代二郎は寄合肝煎を勤めている。除村は上 …
読書目安時間:約35分
明和九年(十一月改元「安永」となる)二月中旬の或る日、——殿町にある脇屋代二郎の屋敷へ、除村久良馬が訪ねて来た。 脇屋の家は七百石の老臣格で、代二郎は寄合肝煎を勤めている。除村は上 …
城を守る者(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
「甲斐のはるのぶと槍を合せることすでに三たび、いちどはわが太刀をもって、晴信を死地に追いつめながら、いまひと打ちをし損じて惜しくものがした」 上杉輝虎は、けいけいたる双眸でいち座を …
読書目安時間:約19分
「甲斐のはるのぶと槍を合せることすでに三たび、いちどはわが太刀をもって、晴信を死地に追いつめながら、いまひと打ちをし損じて惜しくものがした」 上杉輝虎は、けいけいたる双眸でいち座を …
新潮記(新字新仮名)
読書目安時間:約5時間13分
嘉永五年五月はじめの或る日、駿河のくに富士郡大宮村にある浅間神社の社前から、二人の旅装の青年が富士の登山口へと向っていった。参道を掃いていた宮守の老人がそれをみつけて、「もしもし」 …
読書目安時間:約5時間13分
嘉永五年五月はじめの或る日、駿河のくに富士郡大宮村にある浅間神社の社前から、二人の旅装の青年が富士の登山口へと向っていった。参道を掃いていた宮守の老人がそれをみつけて、「もしもし」 …
水中の怪人(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
いまどき河童がいるなどと云っても、おそらく本当と思う者はないだろう。 まだ河童というものが一ぱんに信じられ、絵にかかれたり、まことしやかな物語としてつたえられた時代にも、多少の知識 …
読書目安時間:約18分
いまどき河童がいるなどと云っても、おそらく本当と思う者はないだろう。 まだ河童というものが一ぱんに信じられ、絵にかかれたり、まことしやかな物語としてつたえられた時代にも、多少の知識 …
末っ子(新字新仮名)
読書目安時間:約56分
祖父の(故)小出鈍翁は云った。 「平五か、そうさな、まあ悪くはあるまい、ばあさんが可愛がりすぎたから、少しあまったれのようだが、まあそう悪くはないだろう、すばしっこいところもあるし …
読書目安時間:約56分
祖父の(故)小出鈍翁は云った。 「平五か、そうさな、まあ悪くはあるまい、ばあさんが可愛がりすぎたから、少しあまったれのようだが、まあそう悪くはないだろう、すばしっこいところもあるし …
須磨寺附近(新字新仮名)
読書目安時間:約21分
清三は青木に迎えられて須磨に来た。 青木は須磨寺の近くに、嫂と二人で、米国の支店詰になって出張している兄の留守を預っていた、で、精神的にかなり手甚い打撃を受けていた清三は、その静か …
読書目安時間:約21分
清三は青木に迎えられて須磨に来た。 青木は須磨寺の近くに、嫂と二人で、米国の支店詰になって出張している兄の留守を預っていた、で、精神的にかなり手甚い打撃を受けていた清三は、その静か …
殺生谷の鬼火(新字新仮名)
読書目安時間:約20分
東京理科大学生の椙原敦夫は、北海道の奥地に在る故郷の妹から、 (母死ス父危篤至急帰レ、至急ヲ要ス) という意味の電報を受取った。 「なんだい是は」 敦夫は訳が分らぬという顔で呟いた …
読書目安時間:約20分
東京理科大学生の椙原敦夫は、北海道の奥地に在る故郷の妹から、 (母死ス父危篤至急帰レ、至急ヲ要ス) という意味の電報を受取った。 「なんだい是は」 敦夫は訳が分らぬという顔で呟いた …
粗忽評判記(新字新仮名)
読書目安時間:約29分
苅田久之進は粗忽者という評判である。粗忽者といってもどの程度に粗忽なのかはよく分らない、いちどそういう評判をとってしまうとつまらぬ失策まで真らしく喧伝されるもので、ときには他人の分 …
読書目安時間:約29分
苅田久之進は粗忽者という評判である。粗忽者といってもどの程度に粗忽なのかはよく分らない、いちどそういう評判をとってしまうとつまらぬ失策まで真らしく喧伝されるもので、ときには他人の分 …
その木戸を通って(新字新仮名)
読書目安時間:約46分
平松正四郎が事務をとっていると、老職部屋の若い付番が来て、平松さん田原さまがお呼びですと云った。正四郎は知らぬ顔で帳簿をしらべてい、若侍は側へ寄って同じことを繰り返した。 「おれの …
読書目安時間:約46分
平松正四郎が事務をとっていると、老職部屋の若い付番が来て、平松さん田原さまがお呼びですと云った。正四郎は知らぬ顔で帳簿をしらべてい、若侍は側へ寄って同じことを繰り返した。 「おれの …
滝口(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間41分
益村安宅が釣りをしていると、畠中辰樹が来て「釣れたか」と云った。益村は振り向きもしなかったが、声を聞いて畠中だということはわかった。益村は返辞をせず、畠中はその脇に腰をおろした。七 …
読書目安時間:約1時間41分
益村安宅が釣りをしていると、畠中辰樹が来て「釣れたか」と云った。益村は振り向きもしなかったが、声を聞いて畠中だということはわかった。益村は返辞をせず、畠中はその脇に腰をおろした。七 …
だだら団兵衛(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
雨もよいの生温い風が吹いている。 ここは鈴鹿峠の裏道、俗に三本榧と呼ばれて、巨きな榧の木が三本、のんと立っている峠の八合目近くだ。 とっぷり暮れた暗い夜道を、足早に登って来る一人の …
読書目安時間:約25分
雨もよいの生温い風が吹いている。 ここは鈴鹿峠の裏道、俗に三本榧と呼ばれて、巨きな榧の木が三本、のんと立っている峠の八合目近くだ。 とっぷり暮れた暗い夜道を、足早に登って来る一人の …
溜息の部屋(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
今でもその室の壁には『溜息の部屋』と彫りつけた文字が遺っている。 山手の並木街に添った古風な映画館、ブラフ・シネマの楽屋には、そのころ実にさまざまな人間が集まっていた、同時に奇妙な …
読書目安時間:約15分
今でもその室の壁には『溜息の部屋』と彫りつけた文字が遺っている。 山手の並木街に添った古風な映画館、ブラフ・シネマの楽屋には、そのころ実にさまざまな人間が集まっていた、同時に奇妙な …
だんまり伝九(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
「どうだい、赤松さまは、いつ見ても恐ろしいなあ、あのかっこうを見てくれ」 「じつにどうも人間とは思えねえ」 「や、や、今日はじまんの樫棒だぜ」 ここは土佐の国浦戸の城中。大館の広庭 …
読書目安時間:約18分
「どうだい、赤松さまは、いつ見ても恐ろしいなあ、あのかっこうを見てくれ」 「じつにどうも人間とは思えねえ」 「や、や、今日はじまんの樫棒だぜ」 ここは土佐の国浦戸の城中。大館の広庭 …
ちいさこべ(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間8分
茂次は川越へ出仕事にいっていたので、その火事のことを知ったのは翌日の夕方であった。当日の晩にもちょっと耳にした。川越侯(松平直温)が在城なので、江戸邸から急報があったのだろう、かな …
読書目安時間:約1時間8分
茂次は川越へ出仕事にいっていたので、その火事のことを知ったのは翌日の夕方であった。当日の晩にもちょっと耳にした。川越侯(松平直温)が在城なので、江戸邸から急報があったのだろう、かな …
契りきぬ(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間6分
「また酔っちまったのかい、しようのないこだねえ、お客さんはどうしたの」 「いま菊ちゃんが出てるわ、こうなっちゃだめよかあさん、このひとにはお侍はいけないって、あたしそ云ってあるじゃ …
読書目安時間:約1時間6分
「また酔っちまったのかい、しようのないこだねえ、お客さんはどうしたの」 「いま菊ちゃんが出てるわ、こうなっちゃだめよかあさん、このひとにはお侍はいけないって、あたしそ云ってあるじゃ …
ちくしょう谷(新字新仮名)
読書目安時間:約2時間21分
朝田隼人が江戸から帰るとすぐに、小池帯刀が訪ねて来た。 「こんどの事はまことに気の毒だ」と帯刀は挨拶のあとで云った、「しかし織部どのと西沢とのはたしあいは、斎藤又兵衛の立会いでおこ …
読書目安時間:約2時間21分
朝田隼人が江戸から帰るとすぐに、小池帯刀が訪ねて来た。 「こんどの事はまことに気の毒だ」と帯刀は挨拶のあとで云った、「しかし織部どのと西沢とのはたしあいは、斎藤又兵衛の立会いでおこ …
竹柏記(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間33分
城からさがった孝之助が、父の病間へ挨拶にいって、着替えをしに居間へはいると、家扶の伊部文吾が来て、北畠から使いがあったと低い声で云った。 「もし御都合がよろしかったら、夜分にでもお …
読書目安時間:約1時間33分
城からさがった孝之助が、父の病間へ挨拶にいって、着替えをしに居間へはいると、家扶の伊部文吾が来て、北畠から使いがあったと低い声で云った。 「もし御都合がよろしかったら、夜分にでもお …
ちゃん(新字新仮名)
読書目安時間:約46分
その長屋の人たちは、毎月の十四日と晦日の晩に、きまって重さんのいさましいくだを聞くことができた。 云うまでもないだろうが、十四日と晦日は勘定日で、職人たちが賃銀を貰う日であり、また …
読書目安時間:約46分
その長屋の人たちは、毎月の十四日と晦日の晩に、きまって重さんのいさましいくだを聞くことができた。 云うまでもないだろうが、十四日と晦日は勘定日で、職人たちが賃銀を貰う日であり、また …
超過勤務(新字新仮名)
読書目安時間:約31分
「だめ、だめ」と若い女が云った、「いやよ、そんなことするんならあたし帰るわ」 「ばかだなあ、なんでもないじゃないか」と青年が云った、「こうしたって、こうしたって平気なのに、どうして …
読書目安時間:約31分
「だめ、だめ」と若い女が云った、「いやよ、そんなことするんならあたし帰るわ」 「ばかだなあ、なんでもないじゃないか」と青年が云った、「こうしたって、こうしたって平気なのに、どうして …
月の松山(新字新仮名)
読書目安時間:約42分
宗城孝也は足袋をはきながら、促すように医者のほうを見た。花崗道円は浮かない顔つきで、ひどく念いりに手指を拭き、それから莨盆をひきよせて、いっぷくつけた。 「やはりそうですか」と孝也 …
読書目安時間:約42分
宗城孝也は足袋をはきながら、促すように医者のほうを見た。花崗道円は浮かない顔つきで、ひどく念いりに手指を拭き、それから莨盆をひきよせて、いっぷくつけた。 「やはりそうですか」と孝也 …
鼓くらべ(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
庭さきに暖い小春日の光が溢れていた。おおかたは枯れた籬の菊のなかにもう小さくしか咲けなくなった花が一輪だけ、茶色に縮れた枝葉のあいだから、あざやかに白い葩をつつましく覗かせていた。 …
読書目安時間:約18分
庭さきに暖い小春日の光が溢れていた。おおかたは枯れた籬の菊のなかにもう小さくしか咲けなくなった花が一輪だけ、茶色に縮れた枝葉のあいだから、あざやかに白い葩をつつましく覗かせていた。 …
つばくろ(新字新仮名)
読書目安時間:約45分
吉良の話しがあまりに突然であり、あまりに思いがけなかったので、紀平高雄にはそれがすぐには実感としてうけとれなかった。 「話したものかどうかちょっと迷ったんだけれど、とにかくほかの事 …
読書目安時間:約45分
吉良の話しがあまりに突然であり、あまりに思いがけなかったので、紀平高雄にはそれがすぐには実感としてうけとれなかった。 「話したものかどうかちょっと迷ったんだけれど、とにかくほかの事 …
燕(つばくろ)(新字新仮名)
読書目安時間:約51分
佐藤正之助が手招きをした、「こっちだ、大丈夫だよ、祖父がいるだけだから」 「でも悪いわ」と阿部雪緒が囁いた、「お庭を通りぬけたりして、もしもみつかったらたいへんよ」 「こっちの松林 …
読書目安時間:約51分
佐藤正之助が手招きをした、「こっちだ、大丈夫だよ、祖父がいるだけだから」 「でも悪いわ」と阿部雪緒が囁いた、「お庭を通りぬけたりして、もしもみつかったらたいへんよ」 「こっちの松林 …
天狗岩の殺人魔(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
「伯父さん大変だ、凄い記事ですぜ」 扉を蹴放すような勢でとび込んで来た祐吉は、新聞を片手に振廻しながら、 「殺人鬼権六!当地へ潜入せり、銀行家宮橋多平氏脅迫さる、脅迫状には五千円を …
読書目安時間:約18分
「伯父さん大変だ、凄い記事ですぜ」 扉を蹴放すような勢でとび込んで来た祐吉は、新聞を片手に振廻しながら、 「殺人鬼権六!当地へ潜入せり、銀行家宮橋多平氏脅迫さる、脅迫状には五千円を …
伝四郎兄妹(新字新仮名)
読書目安時間:約22分
若菜はせっせと矢竹をけずっていた。 そのまえの年、天正二年の冬からとなりの国と戦争をしているので、この肥前(長崎県)大村城のるすをまもるものたちは、鎧甲のつくろいをしたり、武者草鞋 …
読書目安時間:約22分
若菜はせっせと矢竹をけずっていた。 そのまえの年、天正二年の冬からとなりの国と戦争をしているので、この肥前(長崎県)大村城のるすをまもるものたちは、鎧甲のつくろいをしたり、武者草鞋 …
峠の手毬唄(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
やぐら峠は七曲り 谷間七つは底知れず 峰の茶屋まで霧がまく……。 うっとりするような美しい声がどこからかきこえてくる。 夜はとうにあけているが、両方から切立った峰のせまっているこの …
読書目安時間:約24分
やぐら峠は七曲り 谷間七つは底知れず 峰の茶屋まで霧がまく……。 うっとりするような美しい声がどこからかきこえてくる。 夜はとうにあけているが、両方から切立った峰のせまっているこの …
年の瀬の音(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
十二月になると一日一日に時を刻む音が聞えるようである。ほかの月にはこんなことはないし、そんな感じのすることがあっても、十二月のそれほど脅迫感はない。いまこの原稿を書いていながら、私 …
読書目安時間:約5分
十二月になると一日一日に時を刻む音が聞えるようである。ほかの月にはこんなことはないし、そんな感じのすることがあっても、十二月のそれほど脅迫感はない。いまこの原稿を書いていながら、私 …
留さんとその女(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
留さんは通船会社の万年水夫である。 彼はもう三十八になる、蒸汽河岸きって——いや村の漁夫たちを入れても——いちばん色の黒い男だ。黒いといってあんな黒さがあるだろうか、噂によると、 …
読書目安時間:約14分
留さんは通船会社の万年水夫である。 彼はもう三十八になる、蒸汽河岸きって——いや村の漁夫たちを入れても——いちばん色の黒い男だ。黒いといってあんな黒さがあるだろうか、噂によると、 …
泥棒と若殿(新字新仮名)
読書目安時間:約42分
その物音は初め広縁のあたりから聞えた。縁側の板がぎしっとかなり高く鳴ったのである、成信は本能的に枕許の刀へ手をのばした、しかし指が鞘に触れると、いまさらなんだという気持になって手を …
読書目安時間:約42分
その物音は初め広縁のあたりから聞えた。縁側の板がぎしっとかなり高く鳴ったのである、成信は本能的に枕許の刀へ手をのばした、しかし指が鞘に触れると、いまさらなんだという気持になって手を …
長屋天一坊(新字新仮名)
読書目安時間:約60分
並びに諸説巷間を賑わすこと 徳川八代将軍吉宗の時代に、天一坊事件という騒動があった。 真相のところは諸説まちまちで、ここに紹介すれば四五行で終る記事もあり、本書一冊分くらいのぼうだ …
読書目安時間:約60分
並びに諸説巷間を賑わすこと 徳川八代将軍吉宗の時代に、天一坊事件という騒動があった。 真相のところは諸説まちまちで、ここに紹介すれば四五行で終る記事もあり、本書一冊分くらいのぼうだ …
謎の頸飾事件(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
正月七日の宵。——七草粥の祝儀をそのままに、牧野子爵邸では親族知友を招待して、新年宴会を催した。 集る者十人。その中でも特に人々の注意をひいたのは、少年探偵としてめきめき名をひろめ …
読書目安時間:約14分
正月七日の宵。——七草粥の祝儀をそのままに、牧野子爵邸では親族知友を招待して、新年宴会を催した。 集る者十人。その中でも特に人々の注意をひいたのは、少年探偵としてめきめき名をひろめ …
七日七夜(新字新仮名)
読書目安時間:約36分
本田昌平は、ものごとをがまんすることにかけては、自信があった。 生れついた性分もあるかもしれないが、二十六年の大半を、そのためにも修業して来た、といっても不当ではない。三千石ばかり …
読書目安時間:約36分
本田昌平は、ものごとをがまんすることにかけては、自信があった。 生れついた性分もあるかもしれないが、二十六年の大半を、そのためにも修業して来た、といっても不当ではない。三千石ばかり …
彩虹(新字新仮名)
読書目安時間:約29分
「……ひと夜も逢わぬものならば、二た重の帯をなぜ解いた、それがゆかりの竜田山、顔の紅葉で知れたとや……」 さびのあるというのだろう、しめやかにおちついた佳い声である。窓框に腰を掛け …
読書目安時間:約29分
「……ひと夜も逢わぬものならば、二た重の帯をなぜ解いた、それがゆかりの竜田山、顔の紅葉で知れたとや……」 さびのあるというのだろう、しめやかにおちついた佳い声である。窓框に腰を掛け …
日日平安(新字新仮名)
読書目安時間:約57分
井坂十郎太は怒っていた。まだ忿懣のおさまらない感情を抱いて歩いていたので、その男の姿も眼にはいらなかったし、呼ぶ声もすぐには聞えなかった。三度めに呼ばれて初めて気がつき、立停って振 …
読書目安時間:約57分
井坂十郎太は怒っていた。まだ忿懣のおさまらない感情を抱いて歩いていたので、その男の姿も眼にはいらなかったし、呼ぶ声もすぐには聞えなかった。三度めに呼ばれて初めて気がつき、立停って振 …
日本婦道記:糸車(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
「鰍やあ、鰍を買いなさらんか、鰍やあ」 うしろからそう呼んで来るのを聞いてお高はたちどまった。十三四歳の少年が担ぎ魚籠を背負っていそぎ足に来る、お高は、 「見せてお呉れ」 とよびと …
読書目安時間:約25分
「鰍やあ、鰍を買いなさらんか、鰍やあ」 うしろからそう呼んで来るのを聞いてお高はたちどまった。十三四歳の少年が担ぎ魚籠を背負っていそぎ足に来る、お高は、 「見せてお呉れ」 とよびと …
日本婦道記:梅咲きぬ(新字新仮名)
読書目安時間:約17分
「どうかしたのか、顔色がすこしわるいように思うが」 直輝の気づかわしげなまなざしに加代はそっと頬をおさえながら微笑した。 「お眼ざわりになって申しわけがございません、昨夜とうとう夜 …
読書目安時間:約17分
「どうかしたのか、顔色がすこしわるいように思うが」 直輝の気づかわしげなまなざしに加代はそっと頬をおさえながら微笑した。 「お眼ざわりになって申しわけがございません、昨夜とうとう夜 …
日本婦道記:尾花川(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
「そういう高価なものは困りますよ、そちらの鮒を貰っておきましょう」 書庫へ本を取りにいった戻りにふとそういう妻の声をきいて、太宰は廊下の端にたちどまった。相手はいつも舟で小魚を売り …
読書目安時間:約18分
「そういう高価なものは困りますよ、そちらの鮒を貰っておきましょう」 書庫へ本を取りにいった戻りにふとそういう妻の声をきいて、太宰は廊下の端にたちどまった。相手はいつも舟で小魚を売り …
日本婦道記:おもかげ(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
二年あまり病んでいた母がついに世を去ったのは弁之助が七歳の年の夏のことであった。幼なかった彼の眼にさえ美しい凜としたひとで、はやくから自分の死期を知って泰然とそのときを待っていると …
読書目安時間:約25分
二年あまり病んでいた母がついに世を去ったのは弁之助が七歳の年の夏のことであった。幼なかった彼の眼にさえ美しい凜としたひとで、はやくから自分の死期を知って泰然とそのときを待っていると …
日本婦道記:笄堀(新字新仮名)
読書目安時間:約23分
さかまき靱負之助は息をはずませていた、顔には血のけがなかった、おそらくは櫛をいれるいとまもなかったのであろう、乱れかかる鬢の白毛は燭台の光をうけて、銀色にきらきらとふるえていた。— …
読書目安時間:約23分
さかまき靱負之助は息をはずませていた、顔には血のけがなかった、おそらくは櫛をいれるいとまもなかったのであろう、乱れかかる鬢の白毛は燭台の光をうけて、銀色にきらきらとふるえていた。— …
日本婦道記:小指(新字新仮名)
読書目安時間:約23分
「今日は、そんなものを着てゆくのか」 「はい」小間使の八重は、熨斗目麻裃を取り出していた。平三郎は、ぬうと立ったまま八重の手許を見まもる、彼にはなぜ礼服を着てゆくかがわからない。 …
読書目安時間:約23分
「今日は、そんなものを着てゆくのか」 「はい」小間使の八重は、熨斗目麻裃を取り出していた。平三郎は、ぬうと立ったまま八重の手許を見まもる、彼にはなぜ礼服を着てゆくかがわからない。 …
日本婦道記:忍緒(新字新仮名)
読書目安時間:約20分
はたはたと舞いよって来たちいさな蛾が、しばらく燭台のまわりで飛び迷っていたと思うと、眼にみえぬ手ではたかれでもしたようにふいと硯海に湛えた墨の上へおち、白い粉をちらしながらむざんに …
読書目安時間:約20分
はたはたと舞いよって来たちいさな蛾が、しばらく燭台のまわりで飛び迷っていたと思うと、眼にみえぬ手ではたかれでもしたようにふいと硯海に湛えた墨の上へおち、白い粉をちらしながらむざんに …
日本婦道記:萱笠(新字新仮名)
読書目安時間:約28分
「あたしの主人はこんど酒井さまのお馬脇に出世したそうですよ」 厚い大きな唇がすばらしく早く動いて、調子の狂った楽器のような、ひどく嗄れた声が止めどもなく迸しり出た。 「……お馬脇と …
読書目安時間:約28分
「あたしの主人はこんど酒井さまのお馬脇に出世したそうですよ」 厚い大きな唇がすばらしく早く動いて、調子の狂った楽器のような、ひどく嗄れた声が止めどもなく迸しり出た。 「……お馬脇と …
日本婦道記:墨丸(新字新仮名)
読書目安時間:約31分
お石が鈴木家へひきとられたのは正保三年の霜月のことであった。江戸から父の手紙を持って、二人の家士が伴って来た、平之丞は十一歳だったが、初めて見たときはずいぶん色の黒いみっともない子 …
読書目安時間:約31分
お石が鈴木家へひきとられたのは正保三年の霜月のことであった。江戸から父の手紙を持って、二人の家士が伴って来た、平之丞は十一歳だったが、初めて見たときはずいぶん色の黒いみっともない子 …
日本婦道記:二十三年(新字新仮名)
読書目安時間:約23分
「いやそうではない」新沼靱負はしずかに首を振った、「……おかやに過失があったとか、役に立たぬなどというわけでは決してない、事情さえ許せばいて貰いたいのだ。隠さずに云えばいま出てゆか …
読書目安時間:約23分
「いやそうではない」新沼靱負はしずかに首を振った、「……おかやに過失があったとか、役に立たぬなどというわけでは決してない、事情さえ許せばいて貰いたいのだ。隠さずに云えばいま出てゆか …
日本婦道記:春三たび(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
「今夜は籾摺りをかたづけてしまおう、伊緒も手をかして呉れ」 夕食のあとだった、良人からなにげなくそう云われると、伊緒はなぜかしらにわかに胸騒ぎのするのを覚え、思わず良人の眼を見かえ …
読書目安時間:約26分
「今夜は籾摺りをかたづけてしまおう、伊緒も手をかして呉れ」 夕食のあとだった、良人からなにげなくそう云われると、伊緒はなぜかしらにわかに胸騒ぎのするのを覚え、思わず良人の眼を見かえ …
日本婦道記:風鈴(新字新仮名)
読書目安時間:約28分
妹たちが来たとき弥生はちょうど独りだった。良人の三右衛門はまだお城から下らないし、与一郎も稽古所から帰っていなかった。二人を自分の部屋へみちびいた弥生は縫いかけていた物を片つけ、縁 …
読書目安時間:約28分
妹たちが来たとき弥生はちょうど独りだった。良人の三右衛門はまだお城から下らないし、与一郎も稽古所から帰っていなかった。二人を自分の部屋へみちびいた弥生は縫いかけていた物を片つけ、縁 …
日本婦道記:不断草(新字新仮名)
読書目安時間:約22分
「ちょうど豆腐をかためるようにです」 良人の声でそう云うのが聞えた。 「豆を碾いてながしただけでは、ただどろどろした渾沌たる豆汁です、つかみようがありません、しかしそこへにがりをお …
読書目安時間:約22分
「ちょうど豆腐をかためるようにです」 良人の声でそう云うのが聞えた。 「豆を碾いてながしただけでは、ただどろどろした渾沌たる豆汁です、つかみようがありません、しかしそこへにがりをお …
日本婦道記:松の花(新字新仮名)
読書目安時間:約22分
北向きの小窓のしたに机をすえて「松の花」という稿本に朱を入れていた佐野藤右衛門は、つかれをおぼえたとみえてふと朱筆をおき、めがねをはずして、両方の指でしずかに眼をさすりながら、庭の …
読書目安時間:約22分
北向きの小窓のしたに机をすえて「松の花」という稿本に朱を入れていた佐野藤右衛門は、つかれをおぼえたとみえてふと朱筆をおき、めがねをはずして、両方の指でしずかに眼をさすりながら、庭の …
日本婦道記:桃の井戸(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
ゆうべ酉の刻さがりに長橋のおばあさまが亡くなられた。長命な方で、八十七歳になっておいでだった。御臨終は満ち潮のしぜんと退いてゆくような御平安なものだったという。私はもう二日まえにお …
読書目安時間:約26分
ゆうべ酉の刻さがりに長橋のおばあさまが亡くなられた。長命な方で、八十七歳になっておいでだった。御臨終は満ち潮のしぜんと退いてゆくような御平安なものだったという。私はもう二日まえにお …
日本婦道記:箭竹(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
矢はまっすぐに飛んだ、晩秋のよく晴れた日の午後で、空気は結晶体のようにきびしく澄みとおっている、矢はそのなかを、まるで光の糸を張ったように飛び、垜のあたりで小さな点になったとみると …
読書目安時間:約24分
矢はまっすぐに飛んだ、晩秋のよく晴れた日の午後で、空気は結晶体のようにきびしく澄みとおっている、矢はそのなかを、まるで光の糸を張ったように飛び、垜のあたりで小さな点になったとみると …
日本婦道記:藪の蔭(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
「きょうここを出てゆけば、おまえにはもう安倍の家よりほかに家とよぶものはなくなるのだ、父も母もきょうだいも有ると思ってはならない」 父の図書にはそう云われた。母は涙ぐんだ眼でいつま …
読書目安時間:約26分
「きょうここを出てゆけば、おまえにはもう安倍の家よりほかに家とよぶものはなくなるのだ、父も母もきょうだいも有ると思ってはならない」 父の図書にはそう云われた。母は涙ぐんだ眼でいつま …
合歓木の蔭(新字新仮名)
読書目安時間:約28分
誰かが自分を見ている。奈尾はさっきからそのことに気がついていた。もちろん右側の男たちの席からである、さりげなく振り向いてみるが、その人はすばやく視線をそらすとみえて、どうしてもその …
読書目安時間:約28分
誰かが自分を見ている。奈尾はさっきからそのことに気がついていた。もちろん右側の男たちの席からである、さりげなく振り向いてみるが、その人はすばやく視線をそらすとみえて、どうしてもその …
野分(新字新仮名)
読書目安時間:約44分
「なにがそんなに可笑しいんだ」 「だってあんまりですもの」運んで来た燗徳利を手に持ったまま、お紋は顔を赤くして笑い続けた、「……板前さんがあんまりなんですもの」 「板前がどうあんま …
読書目安時間:約44分
「なにがそんなに可笑しいんだ」 「だってあんまりですもの」運んで来た燗徳利を手に持ったまま、お紋は顔を赤くして笑い続けた、「……板前さんがあんまりなんですもの」 「板前がどうあんま …
廃灯台の怪鳥(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
「きゃーッ」 遠くの方から、幾つかの反響を呼び起しつつ、微かに長く人の叫び声が聞えて来た。 寝台に横わったまま、枕卓子の上の洋灯の光で雑誌を読んでいた桂子は恟としながら頭を擡げた。 …
読書目安時間:約18分
「きゃーッ」 遠くの方から、幾つかの反響を呼び起しつつ、微かに長く人の叫び声が聞えて来た。 寝台に横わったまま、枕卓子の上の洋灯の光で雑誌を読んでいた桂子は恟としながら頭を擡げた。 …
橋の下(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
練り馬場と呼ばれるその広い草原は、城下から北へ二十町あまりいったところにある。原の北から西は森と丘につづき、東辺に伊鹿野川が流れている。城主が在国のときは、年にいちどそこで武者押を …
読書目安時間:約25分
練り馬場と呼ばれるその広い草原は、城下から北へ二十町あまりいったところにある。原の北から西は森と丘につづき、東辺に伊鹿野川が流れている。城主が在国のときは、年にいちどそこで武者押を …
はたし状(新字新仮名)
読書目安時間:約40分
今泉第二は藩主の参覲の供に加わって、初めて江戸へゆくことになったとき、和田軍兵衛の長女しのを嫁に欲しいと親たちに申し出た。まず母に話したのであるが、母はさも意外なことのように、こち …
読書目安時間:約40分
今泉第二は藩主の参覲の供に加わって、初めて江戸へゆくことになったとき、和田軍兵衛の長女しのを嫁に欲しいと親たちに申し出た。まず母に話したのであるが、母はさも意外なことのように、こち …
ばちあたり(新字新仮名)
読書目安時間:約46分
私をみつけるとすぐに、弟の啓三は例のとおり大きく手を振った。私は気がつかないふりをして、三番線のプラット・ホームのほうを見ていた。啓三は近よって来ると、これまた例の如く私の肩を叩い …
読書目安時間:約46分
私をみつけるとすぐに、弟の啓三は例のとおり大きく手を振った。私は気がつかないふりをして、三番線のプラット・ホームのほうを見ていた。啓三は近よって来ると、これまた例の如く私の肩を叩い …
初午試合討ち(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
「大変だあ大変だあ、頭いるか」 表からやみくもに跳込んできた安吉、お天気安という綽名のある若い者だ、——ちょうどいま上りっ端で、愛用の鳶口を磨いていたは組の火消し頭佐兵衛、 「ええ …
読書目安時間:約19分
「大変だあ大変だあ、頭いるか」 表からやみくもに跳込んできた安吉、お天気安という綽名のある若い者だ、——ちょうどいま上りっ端で、愛用の鳶口を磨いていたは組の火消し頭佐兵衛、 「ええ …
初蕾(新字新仮名)
読書目安時間:約36分
「花はさかりまでという、知っているだろう美しいものは、美しいさかりを過ぎると忘れられてしまう、人間いつまで若くていられるものじゃない、おまえだってもう十八だろう、ふじむら小町などと …
読書目安時間:約36分
「花はさかりまでという、知っているだろう美しいものは、美しいさかりを過ぎると忘れられてしまう、人間いつまで若くていられるものじゃない、おまえだってもう十八だろう、ふじむら小町などと …
花咲かぬリラ(新字新仮名)
読書目安時間:約37分
軍服を着た肩のたくましい背丈の眼だって高い青年が、大股のひどく特徴のある歩きつきで麻布片町坂を下りて来た。片手に鞄を持ち、右の肩に大きくふくらんだ雑嚢をひっ掛けている、鞄にも雑嚢に …
読書目安時間:約37分
軍服を着た肩のたくましい背丈の眼だって高い青年が、大股のひどく特徴のある歩きつきで麻布片町坂を下りて来た。片手に鞄を持ち、右の肩に大きくふくらんだ雑嚢をひっ掛けている、鞄にも雑嚢に …
花も刀も(新字新仮名)
読書目安時間:約3時間1分
道場からあがり、汗みずくの稽古着をぬいでいると、秋田平八が来て「おめでとう」と云った。 「みごとだった。平手、みごとだったよ」 「今日は調子がよかったんだ」 「そうじゃない、実力だ …
読書目安時間:約3時間1分
道場からあがり、汗みずくの稽古着をぬいでいると、秋田平八が来て「おめでとう」と云った。 「みごとだった。平手、みごとだったよ」 「今日は調子がよかったんだ」 「そうじゃない、実力だ …
春いくたび(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
霧のふかい早春のある朝、旅支度をした一人の少年が、高原の道をいそぎ足で里の方へと下って来た。……年は十八より多くはあるまい、意志の強そうな唇許と、睫のながい、瞠いたような眼を持って …
読書目安時間:約18分
霧のふかい早春のある朝、旅支度をした一人の少年が、高原の道をいそぎ足で里の方へと下って来た。……年は十八より多くはあるまい、意志の強そうな唇許と、睫のながい、瞠いたような眼を持って …
晩秋(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
旦那さまがお呼びだからお居間へ伺うように、そう云われたとき都留はすぐ「これは並の御用ではないな」と思った。この中村家にひきとられて二年あまりになるが、直に主人に呼ばれるようなことは …
読書目安時間:約24分
旦那さまがお呼びだからお居間へ伺うように、そう云われたとき都留はすぐ「これは並の御用ではないな」と思った。この中村家にひきとられて二年あまりになるが、直に主人に呼ばれるようなことは …
蛮人(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
貝殻を焼いて石灰をつくる工場が中堀から荒地へ出はずれたところにあった。 建物は百坪ばかりの高い二階建でもうすっかり古び、羽目板はみんなひどく乾割れているし、外側から二階へ通ずる段無 …
読書目安時間:約14分
貝殻を焼いて石灰をつくる工場が中堀から荒地へ出はずれたところにあった。 建物は百坪ばかりの高い二階建でもうすっかり古び、羽目板はみんなひどく乾割れているし、外側から二階へ通ずる段無 …
半之助祝言(新字新仮名)
読書目安時間:約45分
折岩半之助が江戸から着任した。 その日、立原平助が桃の咲きはじめたのを見た。次席家老の前田甚内の家の桃である。平助はそれについて次のような感想を述べた。 「南枝一輪、桃などもそう云 …
読書目安時間:約45分
折岩半之助が江戸から着任した。 その日、立原平助が桃の咲きはじめたのを見た。次席家老の前田甚内の家の桃である。平助はそれについて次のような感想を述べた。 「南枝一輪、桃などもそう云 …
半化け又平(新字新仮名)
読書目安時間:約22分
がちゃん! 「おや、またやっちゃった」 下女のお松が恨めしそうに、洗い桶の中から縁の欠けた茶碗を取出した。 「どうしてわたしはこう運が悪いのだろう、皿でも茶碗でもわたしが触りさえす …
読書目安時間:約22分
がちゃん! 「おや、またやっちゃった」 下女のお松が恨めしそうに、洗い桶の中から縁の欠けた茶碗を取出した。 「どうしてわたしはこう運が悪いのだろう、皿でも茶碗でもわたしが触りさえす …
備前名弓伝(新字新仮名)
読書目安時間:約50分
備前の国岡山の藩士に、青地三之丞という弓の達人がいた。食禄は三百石あまり、早く父母に死別したので、伯父にあたる青地三左衛門の後見で成長した。十九歳の時家督を相続、少年の頃から弓の巧 …
読書目安時間:約50分
備前の国岡山の藩士に、青地三之丞という弓の達人がいた。食禄は三百石あまり、早く父母に死別したので、伯父にあたる青地三左衛門の後見で成長した。十九歳の時家督を相続、少年の頃から弓の巧 …
ひとごろし(新字新仮名)
読書目安時間:約46分
双子六兵衛は臆病者といわれていた。これこれだからという事実はない。誰一人として、彼が臆病者だったという事実を知っている者はないが、いつとはなしに、それが家中一般の定評となり、彼自身 …
読書目安時間:約46分
双子六兵衛は臆病者といわれていた。これこれだからという事実はない。誰一人として、彼が臆病者だったという事実を知っている者はないが、いつとはなしに、それが家中一般の定評となり、彼自身 …
ひとでなし(新字新仮名)
読書目安時間:約37分
本所石原町の大川端で、二人の男が話しこんでいた。すぐ向うに渡し場があり、対岸の浅草みよし町とのあいだを、二はいの渡し舟が往き来しており、乗る客やおりる客の絶えまがないため、河岸に二 …
読書目安時間:約37分
本所石原町の大川端で、二人の男が話しこんでいた。すぐ向うに渡し場があり、対岸の浅草みよし町とのあいだを、二はいの渡し舟が往き来しており、乗る客やおりる客の絶えまがないため、河岸に二 …
百足ちがい(新字新仮名)
読書目安時間:約58分
江戸の上邸へ着任した秋成又四郎は、その当座かなり迷惑なおもいをさせられた。 用もないのにいろいろな人が話しかける。役部屋にいると覗きに来る者がある。御殿の出仕にも退出にも、歩いてい …
読書目安時間:約58分
江戸の上邸へ着任した秋成又四郎は、その当座かなり迷惑なおもいをさせられた。 用もないのにいろいろな人が話しかける。役部屋にいると覗きに来る者がある。御殿の出仕にも退出にも、歩いてい …
ひやめし物語(新字新仮名)
読書目安時間:約32分
大四郎は一日のうち少なくとも二度は母の部屋へはいってゆく、「お母さんなにかありませんか」と、云うことは定っている。云わないで黙っているときもある。ながいあいだの習慣だから母親の椙女 …
読書目安時間:約32分
大四郎は一日のうち少なくとも二度は母の部屋へはいってゆく、「お母さんなにかありませんか」と、云うことは定っている。云わないで黙っているときもある。ながいあいだの習慣だから母親の椙女 …
豹(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
月見山で電車を下りると、いつもひっそりしている道の上に、ざわざわと人の動くのが見えた。正三はべつに気にもとめず、山手のほうへ大股に登っていくと、空地の角にある音楽家の住居で、近所か …
読書目安時間:約14分
月見山で電車を下りると、いつもひっそりしている道の上に、ざわざわと人の動くのが見えた。正三はべつに気にもとめず、山手のほうへ大股に登っていくと、空地の角にある音楽家の住居で、近所か …
評釈勘忍記(新字新仮名)
読書目安時間:約36分
駒田紋太夫は癇癖の強い理屈好きな老人であるが、酒がはいってるときはものわかりのよい人情家になる。そのときも程よく酔っていた。そのうえ多年の念願だった隠居の許しが下って、数日うちに城 …
読書目安時間:約36分
駒田紋太夫は癇癖の強い理屈好きな老人であるが、酒がはいってるときはものわかりのよい人情家になる。そのときも程よく酔っていた。そのうえ多年の念願だった隠居の許しが下って、数日うちに城 …
屏風はたたまれた(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
吉村弥十郎はその手紙を三度もらって、三度とも読むとすぐに捨てた。ちょうど北島との縁談がまとまったところなので、誰かのいたずらだろうと思ったからである。差出人の名はただ「ゆき」とだけ …
読書目安時間:約24分
吉村弥十郎はその手紙を三度もらって、三度とも読むとすぐに捨てた。ちょうど北島との縁談がまとまったところなので、誰かのいたずらだろうと思ったからである。差出人の名はただ「ゆき」とだけ …
風流太平記(新字新仮名)
読書目安時間:約8時間15分
九月中旬のある晴れた日の午後。 芝新網にある紀州家の浜屋敷の門前へ、一人の旅装の若者が来て立った。長い旅をつづけて来たものとみえ、肩へかけた旅嚢も、着ている物も、すべて汗じみ、埃ま …
読書目安時間:約8時間15分
九月中旬のある晴れた日の午後。 芝新網にある紀州家の浜屋敷の門前へ、一人の旅装の若者が来て立った。長い旅をつづけて来たものとみえ、肩へかけた旅嚢も、着ている物も、すべて汗じみ、埃ま …
風流化物屋敷(新字新仮名)
読書目安時間:約41分
住宅難のこんにち、こんなことを云うと殴られるかも知れないが、僅か十数年まえまでは東京市内などにもよく化物屋敷といわれる空家があった。かく申す風々亭の住んでいた大森馬込にもそんなのが …
読書目安時間:約41分
住宅難のこんにち、こんなことを云うと殴られるかも知れないが、僅か十数年まえまでは東京市内などにもよく化物屋敷といわれる空家があった。かく申す風々亭の住んでいた大森馬込にもそんなのが …
蕗問答(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
寒森新九郎は秋田藩士である。 食禄は八百石あまりだが佐竹では由緒のある家柄で、代々年寄役として重きをなしていた。年寄役とは顧問官のようなもので、閑職ではあるが重臣だけが選ばれる顕要 …
読書目安時間:約14分
寒森新九郎は秋田藩士である。 食禄は八百石あまりだが佐竹では由緒のある家柄で、代々年寄役として重きをなしていた。年寄役とは顧問官のようなもので、閑職ではあるが重臣だけが選ばれる顕要 …
梟谷物語(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
慶応四年二月(この年九月に明治となる)、勅命を捧じて奥羽征伐の軍を仙台に進めた九条道孝卿は、四月のはじめまず庄内藩酒井忠寛を討つため、副総督沢為量に命じて軍勢を進発させた。……この …
読書目安時間:約25分
慶応四年二月(この年九月に明治となる)、勅命を捧じて奥羽征伐の軍を仙台に進めた九条道孝卿は、四月のはじめまず庄内藩酒井忠寛を討つため、副総督沢為量に命じて軍勢を進発させた。……この …
武道宵節句(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
——飢えて窮死するとも、金一両はかならず肌に着けおくべし。武士の嗜なり。 父は生前よくそういっていた。三樹八郎はいま、金一両と四、五枚の銭を手にして、父の言葉を思出しながら我知らず …
読書目安時間:約18分
——飢えて窮死するとも、金一両はかならず肌に着けおくべし。武士の嗜なり。 父は生前よくそういっていた。三樹八郎はいま、金一両と四、五枚の銭を手にして、父の言葉を思出しながら我知らず …
無頼は討たず(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
浅黄色にくっきり晴れた空だ。 春の遅い甲州路も三月という日足は争われず、堤には虎杖が逞しく芽をぬき、農家の裏畑、丘つづきには桃の朱と麦の青が眼に鮮やかだ。笹子川の白い河原を低くかす …
読書目安時間:約24分
浅黄色にくっきり晴れた空だ。 春の遅い甲州路も三月という日足は争われず、堤には虎杖が逞しく芽をぬき、農家の裏畑、丘つづきには桃の朱と麦の青が眼に鮮やかだ。笹子川の白い河原を低くかす …
へちまの木(新字新仮名)
読書目安時間:約59分
房二郎が腰を掛けたとき、すぐ向うにいたその男は、鰺の塩焼を食べながら酒を飲んでいた。房二郎は酒を注文し、肴はいらないと云った。ふくれたような顔の小女は、軽蔑したような声で、酒一本、 …
読書目安時間:約59分
房二郎が腰を掛けたとき、すぐ向うにいたその男は、鰺の塩焼を食べながら酒を飲んでいた。房二郎は酒を注文し、肴はいらないと云った。ふくれたような顔の小女は、軽蔑したような声で、酒一本、 …
亡霊ホテル(新字新仮名)
読書目安時間:約20分
伊藤豊治青年が洗面を済まして着換えをしているところへ、制服を着た給仕が朝の珈琲を運んで来た。 「お早うございます」 「ああお早う」 「好くお寝みになれましたか」 伊藤青年はネクタイ …
読書目安時間:約20分
伊藤豊治青年が洗面を済まして着換えをしているところへ、制服を着た給仕が朝の珈琲を運んで来た。 「お早うございます」 「ああお早う」 「好くお寝みになれましたか」 伊藤青年はネクタイ …
枡落し(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間8分
——ねえ、死にましょうよ、とおうめが思いつめたように云った。二人でいっしょに死にましょうよ、ねえ、おっ母さん。 表通りから笛や鉦や太鼓の、賑やかな祭囃しが聞えてきた。下谷御徒町の裏 …
読書目安時間:約1時間8分
——ねえ、死にましょうよ、とおうめが思いつめたように云った。二人でいっしょに死にましょうよ、ねえ、おっ母さん。 表通りから笛や鉦や太鼓の、賑やかな祭囃しが聞えてきた。下谷御徒町の裏 …
松風の門(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
その洞窟は谿谷にのぞむ断崖の上にあった。谷は深く、両岸にはかつて斧を入れたことのない森がみっしりと枝を差交わしているので、日光は真昼のほんのわずかのあいだ、それも弱々しく縞をなして …
読書目安時間:約26分
その洞窟は谿谷にのぞむ断崖の上にあった。谷は深く、両岸にはかつて斧を入れたことのない森がみっしりと枝を差交わしているので、日光は真昼のほんのわずかのあいだ、それも弱々しく縞をなして …
松林蝙也(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
松林蝙也、通称を左馬助という。天保版の武道流祖録によると、 「常陸鹿島の人なり。十四歳より剣術を好み、長ずるに及んで練習ますます精しくその妙を得。伊奈半十郎忠治に仕えて武州赤山にお …
読書目安時間:約25分
松林蝙也、通称を左馬助という。天保版の武道流祖録によると、 「常陸鹿島の人なり。十四歳より剣術を好み、長ずるに及んで練習ますます精しくその妙を得。伊奈半十郎忠治に仕えて武州赤山にお …
みずぐるま(新字新仮名)
読書目安時間:約55分
明和五年の春二月。——三河のくに岡崎城下の西のはずれにある光円寺の境内で、「岩本新之丞一座」というのが掛け小屋の興行をした。弘田和次郎は友人の谷口修理にさそわれて、或る日それを見物 …
読書目安時間:約55分
明和五年の春二月。——三河のくに岡崎城下の西のはずれにある光円寺の境内で、「岩本新之丞一座」というのが掛け小屋の興行をした。弘田和次郎は友人の谷口修理にさそわれて、或る日それを見物 …
麦藁帽子(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
斧田はそう訊きたがり屋のほうではない、どちらかといえば日頃から口数も少く、自分の身の廻りのこと以外にはあまり物事に興味をもたぬ男であったが、その老人には初めから奇妙に注意を惹かれた …
読書目安時間:約14分
斧田はそう訊きたがり屋のほうではない、どちらかといえば日頃から口数も少く、自分の身の廻りのこと以外にはあまり物事に興味をもたぬ男であったが、その老人には初めから奇妙に注意を惹かれた …
明暗嫁問答(新字新仮名)
読書目安時間:約42分
備後のくに福山藩、阿部伊予守十万石の国家老に高滝勘太夫という老人がいた。食禄は千石、年はその時五十歳で、六年ほどまえに妻に先立たれて以来、屋敷には女の召使をひとりも置かず、男ばかり …
読書目安時間:約42分
備後のくに福山藩、阿部伊予守十万石の国家老に高滝勘太夫という老人がいた。食禄は千石、年はその時五十歳で、六年ほどまえに妻に先立たれて以来、屋敷には女の召使をひとりも置かず、男ばかり …
めおと蝶(新字新仮名)
読書目安時間:約49分
「ただいやだなんて、そんな子供のようなことを云ってどうなさるの、あなた来年はもう二十一になるのでしょう」 「幾つでもようございますわ、いやなものはいやなんですもの」 こう云って文代 …
読書目安時間:約49分
「ただいやだなんて、そんな子供のようなことを云ってどうなさるの、あなた来年はもう二十一になるのでしょう」 「幾つでもようございますわ、いやなものはいやなんですもの」 こう云って文代 …
樅ノ木は残った:01 第一部(新字新仮名)
読書目安時間:約5時間1分
万治三年七月十八日。 幕府の老中から通知があって、伊達陸奥守の一族伊達兵部少輔、同じく宿老の大条兵庫、茂庭周防、片倉小十郎、原田甲斐。そして、伊達家の親族に当る立花飛騨守ら六人が、 …
読書目安時間:約5時間1分
万治三年七月十八日。 幕府の老中から通知があって、伊達陸奥守の一族伊達兵部少輔、同じく宿老の大条兵庫、茂庭周防、片倉小十郎、原田甲斐。そして、伊達家の親族に当る立花飛騨守ら六人が、 …
樅ノ木は残った:02 第二部(新字新仮名)
読書目安時間:約3時間47分
新八の顔は血のけを失って蒼白く、汗止めをした額からこめかみへかけて膏汗がながれていた。躯も汗みずくで、稽古着はしぼるほどだったが、それでも顔は蒼白く、歯をくいしばっている唇まで白く …
読書目安時間:約3時間47分
新八の顔は血のけを失って蒼白く、汗止めをした額からこめかみへかけて膏汗がながれていた。躯も汗みずくで、稽古着はしぼるほどだったが、それでも顔は蒼白く、歯をくいしばっている唇まで白く …
樅ノ木は残った:03 第三部(新字新仮名)
読書目安時間:約5時間38分
七月中旬の午後、——ひどく暑い日で、風もなく、白く乾いた奥州街道を、西にかたむいた陽が、じりじりと照らしていた。 「そうだ、あいつだ」と伊東七十郎は歩きながらつぶやいた、「どこかで …
読書目安時間:約5時間38分
七月中旬の午後、——ひどく暑い日で、風もなく、白く乾いた奥州街道を、西にかたむいた陽が、じりじりと照らしていた。 「そうだ、あいつだ」と伊東七十郎は歩きながらつぶやいた、「どこかで …
樅ノ木は残った:04 第四部(新字新仮名)
読書目安時間:約4時間53分
甲斐が「席次争い」の騒ぎを知ったのは、矢崎舎人の裁きがあって、十日ほど経ったのちのことであった。 それまでにも、甲斐には辛いことが続いていた。おと年(寛文五年)の夏、塩沢丹三郎が毒 …
読書目安時間:約4時間53分
甲斐が「席次争い」の騒ぎを知ったのは、矢崎舎人の裁きがあって、十日ほど経ったのちのことであった。 それまでにも、甲斐には辛いことが続いていた。おと年(寛文五年)の夏、塩沢丹三郎が毒 …
柳橋物語(新字新仮名)
読書目安時間:約3時間30分
青みを帯びた皮の、まだ玉虫色に光っている、活きのいいみごとな秋鯵だった。皮をひき三枚におろして、塩で緊めて、そぎ身に作って、鉢に盛った上から針しょうがを散らして、酢をかけた。……見 …
読書目安時間:約3時間30分
青みを帯びた皮の、まだ玉虫色に光っている、活きのいいみごとな秋鯵だった。皮をひき三枚におろして、塩で緊めて、そぎ身に作って、鉢に盛った上から針しょうがを散らして、酢をかけた。……見 …
藪落し(新字新仮名)
読書目安時間:約15分
今でも藪落しへ近寄る者はない。 勘三郎がそれに熱中しはじめたのはいつごろのことか分っていない。ともかくお豊が嫁に来たときにはすでに勘三郎のやまさがしは誰知らぬ者なきありさまになって …
読書目安時間:約15分
今でも藪落しへ近寄る者はない。 勘三郎がそれに熱中しはじめたのはいつごろのことか分っていない。ともかくお豊が嫁に来たときにはすでに勘三郎のやまさがしは誰知らぬ者なきありさまになって …
やぶからし(新字新仮名)
読書目安時間:約46分
祝言の夜は雪になった。その数日間にあったこまかいことは殆んどおぼえていないが、盃の済んだあとまもなく、客の誰かが「とうとう雪になった」と云い、それから、宴席がひときわ賑やかになった …
読書目安時間:約46分
祝言の夜は雪になった。その数日間にあったこまかいことは殆んどおぼえていないが、盃の済んだあとまもなく、客の誰かが「とうとう雪になった」と云い、それから、宴席がひときわ賑やかになった …
山だち問答(新字新仮名)
読書目安時間:約33分
追手門を出ると、遠い空でかみなりが鳴りだした。午さがりからむしていたし、雲あしがばかに早くなったので、これはあぶないなと思っていると、桜の馬場をぬけたところでとうとう降りだした。郡 …
読書目安時間:約33分
追手門を出ると、遠い空でかみなりが鳴りだした。午さがりからむしていたし、雲あしがばかに早くなったので、これはあぶないなと思っていると、桜の馬場をぬけたところでとうとう降りだした。郡 …
山椿(新字新仮名)
読書目安時間:約32分
梶井主馬と須藤きぬ女との結婚式は、十一月中旬の凍てのひどい宵に挙げられた。 主馬は二十五歳のとき亡き父の職を継いで作事奉行になった。それには世襲の意味もないではないが、彼にはその才 …
読書目安時間:約32分
梶井主馬と須藤きぬ女との結婚式は、十一月中旬の凍てのひどい宵に挙げられた。 主馬は二十五歳のとき亡き父の職を継いで作事奉行になった。それには世襲の意味もないではないが、彼にはその才 …
山彦乙女(新字新仮名)
読書目安時間:約4時間15分
安倍半之助が、ついに彼の生涯を縛りつけることになった「かんば沢」の名を、初めて耳にしたのは十歳の年のことであった。それはかなりきみの悪い、妖しい話であり、のちに、兵庫という叔父の奇 …
読書目安時間:約4時間15分
安倍半之助が、ついに彼の生涯を縛りつけることになった「かんば沢」の名を、初めて耳にしたのは十歳の年のことであった。それはかなりきみの悪い、妖しい話であり、のちに、兵庫という叔父の奇 …
夕靄の中(新字新仮名)
読書目安時間:約20分
彼は立停って、跼み、草履の緒のぐあいを直す恰好で、すばやくそっちへ眼をはしらせた。 ——間違いはない、慥かに跟けて来る。 その男はふところ手をして、左右の家並を眺めながら、悠くりと …
読書目安時間:約20分
彼は立停って、跼み、草履の緒のぐあいを直す恰好で、すばやくそっちへ眼をはしらせた。 ——間違いはない、慥かに跟けて来る。 その男はふところ手をして、左右の家並を眺めながら、悠くりと …
ゆうれい貸屋(新字新仮名)
読書目安時間:約43分
江戸京橋炭屋河岸の「やんぱち長屋」という裏店に、桶屋の弥六という者が住んでいた。弥六は怠け者であった。それも大抵なくらいのものではない、人を愚する程度でもない。もっとずっとひどい怠 …
読書目安時間:約43分
江戸京橋炭屋河岸の「やんぱち長屋」という裏店に、桶屋の弥六という者が住んでいた。弥六は怠け者であった。それも大抵なくらいのものではない、人を愚する程度でもない。もっとずっとひどい怠 …
幽霊屋敷の殺人(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
「どうだね龍介!」 晩餐のあとの珈琲を啜っていた春田博士は、龍介少年を見ながら、読んでいた新聞紙を投げだして話しかけた。 「近ごろ例の謎の白堊館事件というのが、ばかに新聞で騒がれて …
読書目安時間:約19分
「どうだね龍介!」 晩餐のあとの珈琲を啜っていた春田博士は、龍介少年を見ながら、読んでいた新聞紙を投げだして話しかけた。 「近ごろ例の謎の白堊館事件というのが、ばかに新聞で騒がれて …
雪と泥(新字新仮名)
読書目安時間:約41分
「好い男っていうんじゃあないんだ、うん、おとなしくって気の弱そうな性分が、そのまま顔に出てるって感じさ、まだ若いんだ」 「もういいかげんにおよしよ、おまえさん、それは罪だよ」おつね …
読書目安時間:約41分
「好い男っていうんじゃあないんだ、うん、おとなしくって気の弱そうな性分が、そのまま顔に出てるって感じさ、まだ若いんだ」 「もういいかげんにおよしよ、おまえさん、それは罪だよ」おつね …
雪の上の霜(新字新仮名)
読書目安時間:約52分
その仕事は簡単なものであった。街道に立っていて、荷物を(重たそうに)持っている旅人が来たら、あいそよく呼びかけて、こう云うのである。 ——次の宿までその荷物を持ちましょう。つまり、 …
読書目安時間:約52分
その仕事は簡単なものであった。街道に立っていて、荷物を(重たそうに)持っている旅人が来たら、あいそよく呼びかけて、こう云うのである。 ——次の宿までその荷物を持ちましょう。つまり、 …
夜明けの辻(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間27分
功刀伊兵衛がはいって行ったとき、そこではもう講演が始っていた。 二十畳と十畳の部屋の襖を払って、ざっと四十人ばかりの聴講者が詰めかけていた……下座の隅に坐った伊兵衛は、側にあった火 …
読書目安時間:約1時間27分
功刀伊兵衛がはいって行ったとき、そこではもう講演が始っていた。 二十畳と十畳の部屋の襖を払って、ざっと四十人ばかりの聴講者が詰めかけていた……下座の隅に坐った伊兵衛は、側にあった火 …
陽気な客(新字新仮名)
読書目安時間:約47分
——仲井天青が死んだのを知ってるかい。知らないって、あの呑ん兵衛の仲井天青だぜ、きみが知らない筈はないんだがなあ。 七日七夜酒を飲まず アポロンの奏でる琴を聞かず 肉を啖わずニムフ …
読書目安時間:約47分
——仲井天青が死んだのを知ってるかい。知らないって、あの呑ん兵衛の仲井天青だぜ、きみが知らない筈はないんだがなあ。 七日七夜酒を飲まず アポロンの奏でる琴を聞かず 肉を啖わずニムフ …
四日のあやめ(新字新仮名)
読書目安時間:約39分
二月下旬の寒い朝であった。 六七日まえからすっかり春めいて、どこそこでは桜が咲きはじめた、などという噂も聞いたのに、その朝は狂ったように気温がさがり、家の中でも息が白く凍るほどであ …
読書目安時間:約39分
二月下旬の寒い朝であった。 六七日まえからすっかり春めいて、どこそこでは桜が咲きはじめた、などという噂も聞いたのに、その朝は狂ったように気温がさがり、家の中でも息が白く凍るほどであ …
四年間(新字新仮名)
読書目安時間:約37分
「ここはどうです、痛みますか」 医者はそう云いながら静かにゾンデを動かした、 「やっぱり痛まない、そう……ここはどうです」 信三は医者の顔を見ていた。まだ若くて臨床の経験には浅いよ …
読書目安時間:約37分
「ここはどうです、痛みますか」 医者はそう云いながら静かにゾンデを動かした、 「やっぱり痛まない、そう……ここはどうです」 信三は医者の顔を見ていた。まだ若くて臨床の経験には浅いよ …
嫁取り二代記(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
「伯父上お早うござる」 自慢の盆栽の手入れをしていた牧屋勘兵衛はそう声をかけられて振返った。 「良いお日和でございますな」 調子のいい愛想笑いをしながら、甥の直次郎がこっちへやって …
読書目安時間:約24分
「伯父上お早うござる」 自慢の盆栽の手入れをしていた牧屋勘兵衛はそう声をかけられて振返った。 「良いお日和でございますな」 調子のいい愛想笑いをしながら、甥の直次郎がこっちへやって …
夜の蝶(新字新仮名)
読書目安時間:約21分
本所亀沢町の掘割に面した百坪ばかりの空地に、毎晩「貝屋」という軒提灯をかかげた屋台店が出る。貝を肴に酒を飲ませるのと、盛りのいいぶっかけ飯が自慢で、かなり遠い町内にも名が知られてい …
読書目安時間:約21分
本所亀沢町の掘割に面した百坪ばかりの空地に、毎晩「貝屋」という軒提灯をかかげた屋台店が出る。貝を肴に酒を飲ませるのと、盛りのいいぶっかけ飯が自慢で、かなり遠い町内にも名が知られてい …
蘭(新字新仮名)
読書目安時間:約21分
秋の日はすでに落ちていた。 机にむかって筆を持ったまま、もの思いにふけっていた平三郎は、明り障子の蒼茫と暗くなっていくのに気づいて、筆をおきながら、しずかに立って窓を明けた。 北に …
読書目安時間:約21分
秋の日はすでに落ちていた。 机にむかって筆を持ったまま、もの思いにふけっていた平三郎は、明り障子の蒼茫と暗くなっていくのに気づいて、筆をおきながら、しずかに立って窓を明けた。 北に …
流血船西へ行く(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
「船長、至急無電報が入りました」 太平洋沿海の救護船、太平丸の船長室へ、元気に無電係の伊藤次郎青年が入って来た。 「この凪に難波船でも有るまい、何だ」 「流血船の報告です」 「え? …
読書目安時間:約18分
「船長、至急無電報が入りました」 太平洋沿海の救護船、太平丸の船長室へ、元気に無電係の伊藤次郎青年が入って来た。 「この凪に難波船でも有るまい、何だ」 「流血船の報告です」 「え? …
若き日の摂津守(新字新仮名)
読書目安時間:約48分
摂津守光辰の伝記には二つの説がある。その一は藩の正史で、これには「生れつき英明果断にして俊敏」とか、「御一代の治績は藩祖泰樹院さまに劣らず」などと記してある。藩主の伝記などはたいて …
読書目安時間:約48分
摂津守光辰の伝記には二つの説がある。その一は藩の正史で、これには「生れつき英明果断にして俊敏」とか、「御一代の治績は藩祖泰樹院さまに劣らず」などと記してある。藩主の伝記などはたいて …
若殿女難記(新字新仮名)
読書目安時間:約46分
東海道金谷の宿はずれに、なまめかしい一廓がある。間口の狭い平べったい板屋造りで、店先にさまざまな屋号を染出した色暖簾を掛け、紅白粉の濃い化粧をしたなまめかしい令嬢たちが並んでいる。 …
読書目安時間:約46分
東海道金谷の宿はずれに、なまめかしい一廓がある。間口の狭い平べったい板屋造りで、店先にさまざまな屋号を染出した色暖簾を掛け、紅白粉の濃い化粧をしたなまめかしい令嬢たちが並んでいる。 …
“山本周五郎”について
は、日本の小説家。本名:。質店の徒弟、雑誌記者などを経て文壇に登場。庶民の立場から武士の苦衷や市井人の哀感を描いた時代小説、歴史小説を書いた。
(出典:Wikipedia)
(出典:Wikipedia)
“山本周五郎”と年代が近い著者
今月で没後X十年
今年で生誕X百年
今年で没後X百年
ジェーン・テーラー(没後200年)
山村暮鳥(没後100年)
黒田清輝(没後100年)
アナトール・フランス(没後100年)
原勝郎(没後100年)
フランシス・ホジソン・エリザ・バーネット(没後100年)
郡虎彦(没後100年)
フランツ・カフカ(没後100年)