“後(ご)” の例文
その後(ご)、彼女(かのじょ)は、いろいろの人(ひと)に、T町(ティーまち)にあるM病院(エムびょういん)の話(はなし)をして、はたして、それはほんとうのことかと、たしかめようとしました。
世の中のこと (新字新仮名) / 小川未明(著)
その後(ご)はながい間なにごともありませんでしたが、ある時、お医者さんは、どこかのおじいさんのところへ呼ばれたことがあります。
さて私の結婚後(ご)の生活(せいくわつ)は、渦(うづ)のやうにぐる/\と私どもを弄(もてあそ)ばうとしました、今猶多少(たせう)の渦はこの身邊(しんぺん)を取り圍(かこ)みつゝあるけれども
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
甚太夫(じんだゆう)主従は宿を変えて、さらに兵衛(ひょうえ)をつけ狙った。が、その後(ご)四五日すると、甚太夫は突然真夜中から、烈しい吐瀉(としゃ)を催し出した。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
善「左様なまねをするから打擲したが如何(いかゞ)致した、汝はな此の後(ご)斯様(かよう)な所へ立廻ると許さぬから左様心得ろ、痴呆(たわけ)め、早く帰れ/\」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その後(ご)二百年(にひやくねん)あまりの間(あひだ)に、だん/\歌(うた)といふものゝ、かういふものでなければならないといふ、漠然(ばくぜん)とした氣分(きぶん)が出來(でき)て來(き)ました。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
凡(すべ)て無邪気な遊戯の限(かぎり)を尽(つく)して杯(さかづき)を挙げたが、二時間後(ご)には大風(おほかぜ)の過ぎた如く静まり返つて再び皆アトリエの中に絵筆を執つて居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
ところが、その後(ご)多分(たぶん)朝鮮(ちようせん)支那(しな)の風(ふう)が傳(つた)はつたのでありませうが、横(よこ)からはひる長(なが)い石(いし)の部屋(へや)が塚(つか)の中(なか)に造(つく)られることになりました。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
その後(ご)三十分間は家内平穏、別段吾輩の材料になるような事件も起らなかったが、突然妙な人が御客に来た。十七八の女学生である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この奇妙な事実がその後(ご)どの程度まで取調べられたものか、またはまるで取調べられなかったものか今以てよくは解っていないようだ。
それらの創意は、皆その後(ご)数年の間に立派に育て上げられて、後年の先生の華々しい研究生活の一翼をそれぞれなすようになった。
かういふ大規模(おほきぼ)の噴火(ふんか)も最高調(さいこうちよう)に達(たつ)するのは數日(すうじつ)或(あるひ)は一週間内(いつしゆうかんない)にあるので、その後(ご)は噴火勢力(ふんかせいりよく)とみに減退(げんたい)して行(ゆ)くのが通常(つうじよう)である。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
第二には一時減少した人間がその後(ご)急に殖えて、家数が建込んだ事、第三は復興気分で下層社会の景気がよくなった事等であるが
なさば終(つひ)には首をも失はん然(され)ば汝等に此金を三百兩宛(づつ)遣(つか)はし殘り五百兩は我が物となし此後(ご)盜賊を止め此金子を以(もつて)各々(おの/\)金堅氣(かねかたぎ)の業(たつき)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
実はその後(ご)お千代の方から何か話をしだすだろうと、重吉は心待ちに待っていたのであるが、さっぱりその様子も見えないので
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しばらく馬(うま)と一緒(しょ)に遊(あそ)んで、私(わたくし)は大(たい)へん軽(かる)い気持(きもち)になって戻(もど)って来(き)ましたが、その後(ご)二度(ど)と行(い)って見(み)る気(き)にもなれませんでした。
武揚(たけあき)は、その後(ご)、公使(こうし)や大臣(だいじん)になって、日本(にっぽん)の国(くに)に役(やく)だつ人(ひと)になりましたが、その武揚(たけあき)をたすけだしたのは、諭吉(ゆきち)その人(ひと)でした。
「お甲に育てられた養女(むすめ)では、碌(ろく)な者であろうはずはないが、あのようなものと出会うても、この後(ご)は口など交わしなさるなよ」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
で、祖父(じじい)は、猫をあんまり可愛(かあい)がっちゃ、可(い)けない可(い)けないって言っておりましたけれど、その後(ご)の猫は化けるまで居た事は御座(ござ)いません。
「ああしんど」 (新字新仮名) / 池田蕉園(著)
以前は琉球辺(あたり)の無人島で信天翁(あはうどり)と同棲した事もあつたが、その後(ご)細菌学の研究に憂き身をやつして、とうと博士の学位を取るまでになつた。
一體(いつたい)あの邊(へん)には、自動車(じどうしや)か何(なに)かで、美人(びじん)が一日(いちにち)がけと云(い)ふ遊山宿(ゆさんやど)、乃至(ないし)、温泉(をんせん)のやうなものでも有(あ)るのか、何(ど)うか、其(そ)の後(ご)まだ尋(たづ)ねて見(み)ません。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
其(そ)の後(ご)も低落(ていらく)して十二月(ぐわつ)末(すゑ)には百六十二・九九となり六月(ぐわつ)に比(くら)べて十三・三二即(すなは)ち七分(ぶ)五厘(りん)餘(よ)の下落(げらく)となつたのである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
その後(ご)、たまにマレイに出あっても、おおかみのことだけでなく、なんの話だって、一度もしたことはありません。
其(その)後(ご)私(わし)は間もなく山口を去ったから、お前を私の実子でないと知るものは多くないのじゃ。私達夫婦は飽(あ)くまで実子の積(つもり)でこれまで育てて来たのじゃ。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「その後(ご)別に変ったこともない?」紋三は帰り支度をしながら、ふと気がついて尋ねた。「大将の病気はどうだね」
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その後(ご)ある友人が、日本の神道を研究するには、必ず黒住宗忠(くろずみむねただ)の説を窺(うかが)わねばならぬと注意してくれて、懇(ねんごろ)にもこの偉人に関する出版物を送ってくれた。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
その後(ご)は物ごとに念を入れて、遂(つ)ひに麁想(そさう)をせぬやうに成りぬ、世間に下女つかふ人も多けれど、山村(やまむら)ほど下女の替る家は有るまじ、月に二人は平常(つね)の事
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
抽斎は決して冷酒(れいしゅ)を飲まなかった。然(しか)るに安政二年に地震に逢(あ)って、ふと冷酒を飲んだ。その後(ご)は偶(たまたま)飲むことがあったが、これも三杯の量を過さなかった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
で、新婚生活(しんこんせいくわつ)は七十円足(た)らずの月給(きふ)で始(はじ)められたが、間(ま)もなく女の子が生れた上に、世間的(せけんてきな)な物價騰貴(ぶつかとうき)で、その後(ご)の暮(くら)しはだん/\苦(くる)しくなるばかりだつた。
夢 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
己はその後(ご)中庭や畠(はた)で、エルリングが色々の為事をするのを見た。薪(まき)を割っている事もある。花壇を掘り返している事もある。桜ん坊を摘んでいる事もある。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
乳(ち)のみ児のおりにおわかれなされましたきりその後(ご)の安否をおきゝにならないのでござりますから、口に出しては仰っしゃりませんでも、雨につけ風につけ
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
またこの後(ご)の所を念を押したら、恨めしそうに、「貴君(あなた)は私をそんな浮薄なものだと思ッてお出でなさるの」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
次いでは甘糟の四百円、大島紬氏は卒業前にして百五十円、後(ご)に又二百円、無疵(むきず)なるは風早と荒尾とのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
今我国は条約を結んで開(ひら)けかゝって居る、左(さ)すればこの後(ご)は英語が必要になるに違いない、洋学者として英語を知らなければ迚(とて)も何にも通ずることが出来ない
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
翌日土人一名を案内として傭(やと)い、乗馬にて早発し、細川氏にて休み、後(ご)三時牧塲に着す。其実况は左(さ)に。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
その後(ご)自分も注意(ちゅうい)し家のものの話にも注意してみると、花前はかならず一度ぐらいずつ民子をだいてみる。民子(たみこ)もますます花前(はなまえ)、花前といってへやへ遊(あそ)びにゆく。
箸 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
東京神田(かんだ)の共立学舎で語学を教わった古い教師でありますし、その後(ご)わたしが芝白金(しばしろかね)の明治学院へかよったころにも先生は近くの高輪(たかなわ)に住んでいたものですから
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その後(ご)、チャーミングさんの絵がリュクサンブウルの博物館(ミュウゼ)にはいったという評判や、相変らず独身で南仏蘭西(フランス)を遊び廻っているという噂を耳にしたが、この七八年
クリストフはその後(ご)、偉(えら)い音楽家(おんがくか)になりました。彼(かれ)の音楽(おんがく)はいつも、彼(かれ)の思想(しそう)や感情(かんじょう)をありのままに表現(ひょうげん)したもので、彼(かれ)の心(こころ)とじかにつながってるものでありました。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
解決とかいった方には、その後(ご)報ぜられた新聞記事と同様、まるでブランクといってもよかった。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
その後(ご)院長(いんちょう)アンドレイ、エヒミチは自分(じぶん)の周囲(まわり)の者(もの)の様子(ようす)の、ガラリと変(かわ)ったことを漸(ようや)く認(みと)めた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
しかし、その後(ご)数回万彦がやって来るので気をつけて見たが、別に河野と己との関係を知っていそうにもないので、ある日、宮地翁は万彦に向って河野の話をして聞かした。
神仙河野久 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「やあ其(そ)の後(ご)は——」と帆村は馴々(なれなれ)しく挨拶(あいさつ)をした後で直ぐ云った。「今日は本庁の臨時雇(りんじやとい)というところでして、ちょっと先生のところの劇薬の在庫数量を拝見に参りましたが」
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その上の麓の彩雲閣(さいうんかく)(名鉄経営)の楼上(ろうじょう)で、隆太郎のいわゆる「香(にお)いのする魚(うお)」を冷たいビールの乾杯で、初めて爽快(そうかい)に風味して、ややしばらく飽満(ほうまん)した、その後(ご)のことであった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
自分(じぶん)の病氣(びやうき)はその後(ご)上京(じやうきやう)して、すぐに結核性(けつかくせい)の關節炎(くわんせつえん)だといふ事(こと)がわかつたのだと、まち子(こ)は、ふと夫(をつと)の顏(かほ)を見(み)ながら考(かんが)へた。その時(とき)、まち子(こ)はもはや起(お)き上(あが)ることが出來(でき)なかつた。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
がこの二晩の出来事で私も頗(すこぶ)る怯気(おじけ)がついたので、その翌晩からは、遂に座敷を変えて寝たが、その後(ご)は別に何のこともなかった、何でもその後(ご)近所の噂に聞くと、前に住んでいたのが
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
無邪気なる老人の面影、今尚目に在り、其の後(ご)逢(あ)はざれども、必ず健全(けんざい)ならん。
釣好隠居の懺悔 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
それでも無理(むり)をした爲(ため)に其(その)後(ご)大煩(おほわづら)ひはなかつたが恢復(くわいふく)するまでには暫(しばら)くぶら/\して居(ゐ)た。それからといふものはどういふものかお品(しな)は姙娠(にんしん)しなかつた。おつぎが十三の時(とき)與吉(よきち)が生(うま)れた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
予は冬籠(ふゆごも)り後(ご)の困難はむしろ苦とは思わざりしが、諸準備の経費の遣(や)り繰(く)りには、かなり頭を痛めたり、加うるに観測所の構造、材料運搬の方法、採暖(さいだん)の装置、食料もしくは被服(ひふく)の撰択等
何だか小さい手で恰(あだか)も合掌(がっしょう)しているようなのだが、頭も足も更(さら)に解らない、ただ灰色の瓦斯体(ガスたい)の様なものだ、こんな風に、同じ様なことを三度ばかり繰返(くりかえ)したが、その後(ご)はそれも止(と)まって
子供の霊 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)