“尋”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
たず41.2%
ひろ17.4%
たづ15.8%
つい5.8%
4.2%
3.2%
たずね3.2%
2.1%
たずぬ1.8%
たづね1.6%
たづぬ0.8%
ぴろ0.5%
タズ0.5%
0.3%
トアーズ0.3%
あたゝ0.3%
さが0.3%
じん0.3%
ついで0.3%
ファゾム0.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
また『春色梅暦』では、丹次郎ねて来る米八衣裳について「上田太織の鼠の棒縞、黒の小柳に紫の山まゆ縞の縮緬を鯨帯とし」
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
「ウーム。うまい! たしかに、バイだ。これは海底の味覚だぞ。しかも相当の深処に育った味覚だな。まず、そうさ。三十の味かな」
以上河流と運河の外東京の水の美に関しては処々の下水が落合つて次第に川の如きをなす溝川の光景をねて見なければならない。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
で十月十一日に正精は老中を免ぜられた。蘭軒の詩引には「至冬大痊」と云つてある。正精の違例は甚だ重くはなかつたと見える。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それから又足音をんで、梯子段を下りて来ると、下宿の御婆さんが心配さうに、「御休みなすつていらつしやいますか」といた。
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
書持の兄、家持が天平勝宝二年に作った歌に、「夜くだちに寝覚めて居れば河瀬もしぬに鳴く千鳥かも」(巻十九・四一四六)というのがある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
から井上が何か吟味に逢うて、福澤諭吉に証人になって出て来いとて、私を態々裁判所に呼出して、タワイもない事を散々
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
輪王寺宮慈性親王病なるをもて、能久親王職をがせ給ふ。いで慈性親王薨ぜさせ給ふ。将軍徳川慶喜政権を朝廷に還しまつる。
能久親王年譜 (新字旧仮名) / 森鴎外森林太郎(著)
しかしてこの系統以外に立てる画工のそのなるものをればづ指を菊川英山渓斎英泉の二人に屈せざるべからず。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おもふに、演場蕭然ふゆゑなるべし。いづくにか所あらんとしに、此寺の四方をめぐらして出べきのなし。
能々得心して以後は有樣に申立よ先引立いとの下知に隨ひ同心引立て入替り願山を白洲へ引据るに大岡殿を見られコリヤ了源寺所化
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
四季いずれの時も、鯛を釣るにはそのつまり魚の遊泳層を心得ておかねばならない。小鯛は、普通底から半乃至一尋くらいが棚である。
鯛釣り素人咄 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
ネ人……サワメル川沿イニ庭アリテ紫ノ立葵咲ク。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「突然だ失礼ですが、あんたさんは英語の避妊法の本を中川さんの奥様にお貸しになったことありますか」とけったいなことンねます。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
水深はなぜかそのとき八十もあり、測鉛の脂肪に砂まじりの泥がついて上ってきた。そこは浮洲が断層をつくった深い間隙だったのである。
海難記 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
実に可懐かつたのです、顔を見ると手をつて、旧交められるとで、其頃山田猶且第二中学時代とらずんでましたから、往復ともに手をへて
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
銀之助が友達をして歩いた時は、職員室から廊下、廊下から応接室、小使部屋、昇降口まで来て見ても、もう何処にも丑松の姿は見えなかつたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
名所圖繪をきても、其頃は嶮に、く、少しく意を用ゐざれば、千深谷つるの憂ありしものゝ如くなるを、かに百餘年を隔てたる今日棧橋なく
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
次に山陽は仕宦と東役とを叙して其間に一の「」の字を下し、「尋特召東邸」と云つてゐる。しかし仕宦と東役とは同年の事であつた。上に写し出した茶山の書がこれを証する。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
やがて、らした綱が二百ほどになったとき、底に達したらしく、かすかな手応え……。いよいよ、地底の晦冥国へ。
人外魔境:10 地軸二万哩 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)