久生十蘭
1902.04.06 〜 1957.10.06
“久生十蘭”に特徴的な語句
碧瑠璃海岸
法
暗道
賭
水浴着
幹
口惜
米
給仕
頭
扉
白耳義
槇子
四阿
剛子
老人
陸
顎
麺麭
麻耶子
廻
罷
唐突
幟
癒
扉
牛酪
海鼠
蘆
蜿蜒
沼間
尻尾
変り型
香港
孔
周章
抽斗
離屋
楫取
鉱山
樹牆
辿
檣
樹
昨夜
夫人
咽喉
土壇
硝子扉
巴里
著者としての作品一覧
青髯二百八十三人の妻(新字新仮名)
読書目安時間:約28分
前大戦が終った翌年、まだ冬のままの二月のはじめ、パリの山手のレストランで働いているジャンヌ・ラコストという娘が、この十カ月以来、消息不明になっている姉のマダム・ビュイッソンの所在を …
読書目安時間:約28分
前大戦が終った翌年、まだ冬のままの二月のはじめ、パリの山手のレストランで働いているジャンヌ・ラコストという娘が、この十カ月以来、消息不明になっている姉のマダム・ビュイッソンの所在を …
悪の花束(新字新仮名)
読書目安時間:約48分
ルネ・ゴロン René Gorron はオウブ県ノジャン警察署の刑事を振出しに、巴里警視庁捜査局の第一課長から司法監察官になり、一九二六年に隠退するまでの二十六年の間に「ビペスコ伯 …
読書目安時間:約48分
ルネ・ゴロン René Gorron はオウブ県ノジャン警察署の刑事を振出しに、巴里警視庁捜査局の第一課長から司法監察官になり、一九二六年に隠退するまでの二十六年の間に「ビペスコ伯 …
顎十郎捕物帳:01 捨公方(新字新仮名)
読書目安時間:約37分
不知森 もう秋も深い十月の中旬。 年代記ものの黒羽二重の素袷に剥げちょろ鞘の両刀を鐺さがりに落しこみ、冷飯草履で街道の土を舞いあげながら、まるで風呂屋へでも行くような暢気な恰好で通 …
読書目安時間:約37分
不知森 もう秋も深い十月の中旬。 年代記ものの黒羽二重の素袷に剥げちょろ鞘の両刀を鐺さがりに落しこみ、冷飯草履で街道の土を舞いあげながら、まるで風呂屋へでも行くような暢気な恰好で通 …
顎十郎捕物帳:02 稲荷の使(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
獅子噛 春がすみ。 どかどんどかどん、初午の太鼓。鳶がぴいひょろぴいひょろ。 神楽の笛の地へ長閑にツレて、なにさま、うっとりするような巳刻さがり。 黒板塀に黒鉄の忍返し、姫小松と黒 …
読書目安時間:約24分
獅子噛 春がすみ。 どかどんどかどん、初午の太鼓。鳶がぴいひょろぴいひょろ。 神楽の笛の地へ長閑にツレて、なにさま、うっとりするような巳刻さがり。 黒板塀に黒鉄の忍返し、姫小松と黒 …
顎十郎捕物帳:03 都鳥(新字新仮名)
読書目安時間:約28分
馬の尻尾 「はて、いい天気だの」 紙魚くいだらけの古帳面を、部屋いっぱいにとりちらしたなかで、乾割れた、蠅のくそだらけの床柱に凭れ、ふところから手の先だけを出し、馬鹿長い顎の先をつ …
読書目安時間:約28分
馬の尻尾 「はて、いい天気だの」 紙魚くいだらけの古帳面を、部屋いっぱいにとりちらしたなかで、乾割れた、蠅のくそだらけの床柱に凭れ、ふところから手の先だけを出し、馬鹿長い顎の先をつ …
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち(新字新仮名)
読書目安時間:約22分
魚釣談義 神田小川町『川崎』という釣道具屋。欅の大きな庇看板に釣鈎と河豚を面白い図柄に彫りつけてあるので、ひとくちに、神田の小河豚屋で通る老舗。 その店先に、釣鈎や釣竿、餌筥などを …
読書目安時間:約22分
魚釣談義 神田小川町『川崎』という釣道具屋。欅の大きな庇看板に釣鈎と河豚を面白い図柄に彫りつけてあるので、ひとくちに、神田の小河豚屋で通る老舗。 その店先に、釣鈎や釣竿、餌筥などを …
顎十郎捕物帳:05 ねずみ(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
藤波友衛 坊主畳を敷いた長二十畳で、部屋のまんなかに大きな囲炉裏が切ってある。磨出しの檜の羽目板に、朱房のついた十手や捕繩がズラリとかかって、なかなか物々しい。 数寄屋橋内、南番所 …
読書目安時間:約24分
藤波友衛 坊主畳を敷いた長二十畳で、部屋のまんなかに大きな囲炉裏が切ってある。磨出しの檜の羽目板に、朱房のついた十手や捕繩がズラリとかかって、なかなか物々しい。 数寄屋橋内、南番所 …
顎十郎捕物帳:06 三人目(新字新仮名)
読書目安時間:約27分
左きき 「こりゃ、ご書見のところを……」 「ふむ」 書見台から顔をあげると、蒼みわたった、鬢の毛のうすい、鋭い顔をゆっくりとそちらへ向け、 「おお、千太か。……そんなところで及び腰 …
読書目安時間:約27分
左きき 「こりゃ、ご書見のところを……」 「ふむ」 書見台から顔をあげると、蒼みわたった、鬢の毛のうすい、鋭い顔をゆっくりとそちらへ向け、 「おお、千太か。……そんなところで及び腰 …
顎十郎捕物帳:07 紙凧(新字新仮名)
読書目安時間:約43分
新酒 「……先生、お茶が入りました」 「う、う、う」 「だいぶと、おひまのようですね。……鞴祭の蜜柑がございます、ひとつ召しあがれ」 「かたじけない。……季節はずれに、ひどくポカつ …
読書目安時間:約43分
新酒 「……先生、お茶が入りました」 「う、う、う」 「だいぶと、おひまのようですね。……鞴祭の蜜柑がございます、ひとつ召しあがれ」 「かたじけない。……季節はずれに、ひどくポカつ …
顎十郎捕物帳:08 氷献上(新字新仮名)
読書目安時間:約36分
賜氷の節 「これ、押すな、押すな。……押すな、と申すに」 「どうか、お氷を……」 「あなただけが貰いたいのじゃない、みな、こうして待っている」 「……ほんの、ひとかけでも……」 「 …
読書目安時間:約36分
賜氷の節 「これ、押すな、押すな。……押すな、と申すに」 「どうか、お氷を……」 「あなただけが貰いたいのじゃない、みな、こうして待っている」 「……ほんの、ひとかけでも……」 「 …
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴(新字新仮名)
読書目安時間:約27分
二の字の傷 恒例の鶴御成は、いよいよ明日にせまったので、月番、北町奉行永井播磨守が、城内西の溜で南町奉行池田甲斐守と道中警備の打ちあわせをしているところへ、 「阿部さまが、至急のお …
読書目安時間:約27分
二の字の傷 恒例の鶴御成は、いよいよ明日にせまったので、月番、北町奉行永井播磨守が、城内西の溜で南町奉行池田甲斐守と道中警備の打ちあわせをしているところへ、 「阿部さまが、至急のお …
顎十郎捕物帳:10 野伏大名(新字新仮名)
読書目安時間:約31分
勝色定紋つきの羽二重の小袖に、茶棒縞の仙台平の袴を折目高につけ、金無垢の縁頭に秋草を毛彫りした見事な脇差を手挾んでいる。どう安くふんでも、大身の家老かお側役といったところ。 五十五 …
読書目安時間:約31分
勝色定紋つきの羽二重の小袖に、茶棒縞の仙台平の袴を折目高につけ、金無垢の縁頭に秋草を毛彫りした見事な脇差を手挾んでいる。どう安くふんでも、大身の家老かお側役といったところ。 五十五 …
顎十郎捕物帳:11 御代参の乗物(新字新仮名)
読書目安時間:約29分
神隠し もう子刻に近い。 寒々としたひろい書院の、金蒔絵の京行灯をへだてて、南町奉行池田甲斐守と控同心の藤波友衛が、さしうつむいたまま、ひっそりと対坐している。 深沈たる夜気の中で …
読書目安時間:約29分
神隠し もう子刻に近い。 寒々としたひろい書院の、金蒔絵の京行灯をへだてて、南町奉行池田甲斐守と控同心の藤波友衛が、さしうつむいたまま、ひっそりと対坐している。 深沈たる夜気の中で …
顎十郎捕物帳:12 咸臨丸受取(新字新仮名)
読書目安時間:約20分
川風 「阿古十郎さん、まア、もうひとつ召しあがれ」 「ごうせいに、とりもつの」 「へへへ」 「陽気のせいじゃあるまいな」 「あいかわらず、悪い口だ。……いくらあっしが下戸でも、船遊 …
読書目安時間:約20分
川風 「阿古十郎さん、まア、もうひとつ召しあがれ」 「ごうせいに、とりもつの」 「へへへ」 「陽気のせいじゃあるまいな」 「あいかわらず、悪い口だ。……いくらあっしが下戸でも、船遊 …
顎十郎捕物帳:13 遠島船(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
初鰹 「船でい」 「おお、船だ船だ」 「鰹をやれ、鰹をやれ」 「運のいい畜生だ」 「おうい、和次郎ぬし、船だぞい、おも舵だ」 文久二年四月十七日、伊豆国賀茂郡松崎村の鰹船が焼津の沖 …
読書目安時間:約26分
初鰹 「船でい」 「おお、船だ船だ」 「鰹をやれ、鰹をやれ」 「運のいい畜生だ」 「おうい、和次郎ぬし、船だぞい、おも舵だ」 文久二年四月十七日、伊豆国賀茂郡松崎村の鰹船が焼津の沖 …
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布(新字新仮名)
読書目安時間:約30分
夕立の客 「……向島は夕立の名所だというが、こりゃア、悪いときに降りだした」 「佐原屋は、さぞ難儀していることだろう。……長崎屋さん、ときに、いま何字でございますね」 「はい、ちょ …
読書目安時間:約30分
夕立の客 「……向島は夕立の名所だというが、こりゃア、悪いときに降りだした」 「佐原屋は、さぞ難儀していることだろう。……長崎屋さん、ときに、いま何字でございますね」 「はい、ちょ …
顎十郎捕物帳:15 日高川(新字新仮名)
読書目安時間:約23分
金の鱗 看月も、あと二三日。 小春日に背中を暖めながら、軽口をたたきたたき、五日市街道の関宿の近くをのそのそと道中をするふたり連れ。ひょろ松と顎十郎。 小金井までの気散じの旅。名代 …
読書目安時間:約23分
金の鱗 看月も、あと二三日。 小春日に背中を暖めながら、軽口をたたきたたき、五日市街道の関宿の近くをのそのそと道中をするふたり連れ。ひょろ松と顎十郎。 小金井までの気散じの旅。名代 …
顎十郎捕物帳:16 菊香水(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
恍けた手紙 「……手紙のおもむき、いかにも承知。……申し越されたように、この手紙の余白に、その旨を書きつけておいたから、これを御主人に差しあげてくれ」 「それで、御口上は?」 若い …
読書目安時間:約25分
恍けた手紙 「……手紙のおもむき、いかにも承知。……申し越されたように、この手紙の余白に、その旨を書きつけておいたから、これを御主人に差しあげてくれ」 「それで、御口上は?」 若い …
顎十郎捕物帳:17 初春狸合戦(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
あぶれ駕籠 「やけに吹きっつぁらしますね」 「うるるる、これはたまらん。睾丸が凍えるわ」 師走からこのかた湿りがなく、春とはほんの名ばかり、筑波から来る名代の空ッ風が、夕方になると …
読書目安時間:約26分
あぶれ駕籠 「やけに吹きっつぁらしますね」 「うるるる、これはたまらん。睾丸が凍えるわ」 師走からこのかた湿りがなく、春とはほんの名ばかり、筑波から来る名代の空ッ風が、夕方になると …
顎十郎捕物帳:18 永代経(新字新仮名)
読書目安時間:約29分
角地争い 六月十五日の四ツ半(夜の十一時)ごろ、浅草柳橋二丁目の京屋吉兵衛の家から火が出、京屋を全焼して六ツ(十二時)過ぎにようやくおさまった。 隣家は『大清』というこのごろ売りだ …
読書目安時間:約29分
角地争い 六月十五日の四ツ半(夜の十一時)ごろ、浅草柳橋二丁目の京屋吉兵衛の家から火が出、京屋を全焼して六ツ(十二時)過ぎにようやくおさまった。 隣家は『大清』というこのごろ売りだ …
顎十郎捕物帳:19 両国の大鯨(新字新仮名)
読書目安時間:約28分
二十六夜待 七月二十六日は二十六夜待で、芝高輪、品川、築地の海手、深川洲崎、湯島天神の境内などにはほとんど江戸じゅうの老若が日暮まえから押しだして月の出を待つ。 なかんずく、品川は …
読書目安時間:約28分
二十六夜待 七月二十六日は二十六夜待で、芝高輪、品川、築地の海手、深川洲崎、湯島天神の境内などにはほとんど江戸じゅうの老若が日暮まえから押しだして月の出を待つ。 なかんずく、品川は …
顎十郎捕物帳:20 金鳳釵(新字新仮名)
読書目安時間:約27分
花婿 二十四日の亀戸天神様のお祭の夜からふりだした雨が、三十一日になっても降りやまない。 神田佐久間町の焙烙長屋のドンづまり。古井戸と長屋雪隠をまむかいにひかえ、雨水が溝を谷川のよ …
読書目安時間:約27分
花婿 二十四日の亀戸天神様のお祭の夜からふりだした雨が、三十一日になっても降りやまない。 神田佐久間町の焙烙長屋のドンづまり。古井戸と長屋雪隠をまむかいにひかえ、雨水が溝を谷川のよ …
顎十郎捕物帳:21 かごやの客(新字新仮名)
読書目安時間:約28分
お姫様 「なんだ、なんだ、てめえら。……客か、物貰いか、無銭飲か。ただしは、景気をつけに来たのか。店構えがあまり豪勢なんで、びっくりしたような面をしていやがる。……やいやい、入るな …
読書目安時間:約28分
お姫様 「なんだ、なんだ、てめえら。……客か、物貰いか、無銭飲か。ただしは、景気をつけに来たのか。店構えがあまり豪勢なんで、びっくりしたような面をしていやがる。……やいやい、入るな …
顎十郎捕物帳:22 小鰭の鮨(新字新仮名)
読書目安時間:約28分
はやり物 谷中、藪下の菊人形。 文化の末ごろからの流行で、坂の両がわから根津神社のあたりまで、四丁ほどのあいだに目白おしに小屋をかけ、枝を撓め花を組みあわせ、熊谷や敦盛、立花屋の弁 …
読書目安時間:約28分
はやり物 谷中、藪下の菊人形。 文化の末ごろからの流行で、坂の両がわから根津神社のあたりまで、四丁ほどのあいだに目白おしに小屋をかけ、枝を撓め花を組みあわせ、熊谷や敦盛、立花屋の弁 …
顎十郎捕物帳:23 猫眼の男(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
府中 「……すみませんねえ。これじゃ冥利につきるようで身体がちぢみます」 「やかましい、黙って乗っておれというのに」 駕籠に乗っているのは、ついこのあいだまで顎十郎の下まわりだった …
読書目安時間:約24分
府中 「……すみませんねえ。これじゃ冥利につきるようで身体がちぢみます」 「やかましい、黙って乗っておれというのに」 駕籠に乗っているのは、ついこのあいだまで顎十郎の下まわりだった …
顎十郎捕物帳:24 蠑螈(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
朝風呂 阿古十郎ことアコ長。もとは北町奉行所に属して江戸一の捕物の名人。ひょんなこと役所をしくじって、今はしがない駕籠舁渡世。 昨夜、おそい客を柳橋まで送りとどけたのは九ツ半。神田 …
読書目安時間:約25分
朝風呂 阿古十郎ことアコ長。もとは北町奉行所に属して江戸一の捕物の名人。ひょんなこと役所をしくじって、今はしがない駕籠舁渡世。 昨夜、おそい客を柳橋まで送りとどけたのは九ツ半。神田 …
海豹島(新字新仮名)
読書目安時間:約49分
二日ほど前から近年にない強い北々風が吹き荒れ、今日もやまない。東京に住むようになってから十数年になるが、こんな猛烈な北風を経験するのははじめてである。北風独特の軋るような呻き声は、 …
読書目安時間:約49分
二日ほど前から近年にない強い北々風が吹き荒れ、今日もやまない。東京に住むようになってから十数年になるが、こんな猛烈な北風を経験するのははじめてである。北風独特の軋るような呻き声は、 …
あなたも私も(新字新仮名)
読書目安時間:約4時間30分
夏は終ったが、まだ秋ではない、その間ぐらいの季節…… 沖波が立ち、海はクラゲの花園になっている。渚に犬がいる。子供がいる。漁師が大きな魚籃をかついで、波うちぎわを歩いている。 秋波 …
読書目安時間:約4時間30分
夏は終ったが、まだ秋ではない、その間ぐらいの季節…… 沖波が立ち、海はクラゲの花園になっている。渚に犬がいる。子供がいる。漁師が大きな魚籃をかついで、波うちぎわを歩いている。 秋波 …
生霊(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
松久三十郎は人も知る春陽会の驥足である。 脚絆に草鞋がけという実誼な装で一年の半分は山旅ばかりしているので、画壇では「股旅の三十郎」という綽名をつけている。 飛騨の唐谷の奥に、谷に …
読書目安時間:約19分
松久三十郎は人も知る春陽会の驥足である。 脚絆に草鞋がけという実誼な装で一年の半分は山旅ばかりしているので、画壇では「股旅の三十郎」という綽名をつけている。 飛騨の唐谷の奥に、谷に …
一の倉沢(新字新仮名)
読書目安時間:約13分
正午のラジオニュースで、菱苅安夫は長男の安一郎が谷川岳で遭難したことを知った。パアトナーは駒場大山岳部の大須賀というひとだったらしい。菱苅は安一郎が谷川岳へ行くことも、そんな男とパ …
読書目安時間:約13分
正午のラジオニュースで、菱苅安夫は長男の安一郎が谷川岳で遭難したことを知った。パアトナーは駒場大山岳部の大須賀というひとだったらしい。菱苅は安一郎が谷川岳へ行くことも、そんな男とパ …
猪鹿蝶(新字新仮名)
読書目安時間:約22分
いつお帰りになって?昨夜?よかったわ、間にあって……ちょいと咲子さん、昨日、大阪から久能志貴子がやってきたの。しっかりしないと、たいへんよ……あなたを担いでみたって、しょうがないじ …
読書目安時間:約22分
いつお帰りになって?昨夜?よかったわ、間にあって……ちょいと咲子さん、昨日、大阪から久能志貴子がやってきたの。しっかりしないと、たいへんよ……あなたを担いでみたって、しょうがないじ …
うすゆき抄(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間1分
寛文本、仮名草紙の「薄雪物語」では、園部左衛門が清水寺で薄雪姫という美女に逢い、恋文を送って本意をとげたが、愛人に死なれて無情を感じ、高野山に入って蓮生法師になる。操浄瑠璃の「新薄 …
読書目安時間:約1時間1分
寛文本、仮名草紙の「薄雪物語」では、園部左衛門が清水寺で薄雪姫という美女に逢い、恋文を送って本意をとげたが、愛人に死なれて無情を感じ、高野山に入って蓮生法師になる。操浄瑠璃の「新薄 …
泡沫の記:(ルウドイヒ二世と人工楽園)(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
森鴎外の「独逸日記」(明治十七年十月から二十一年五月にいたる)の十九年六月のところに次のような記述がある。 十三日。夜岩佐(新)とマクシミリアン街の酒店に入り、葡萄酒の杯を挙げ、興 …
読書目安時間:約26分
森鴎外の「独逸日記」(明治十七年十月から二十一年五月にいたる)の十九年六月のところに次のような記述がある。 十三日。夜岩佐(新)とマクシミリアン街の酒店に入り、葡萄酒の杯を挙げ、興 …
奥の海(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
京都所司代、御式方頭取、阪田出雲の下役に堀金十郎という渡り祐筆がいた。 御儒者衆、堀玄昌の三男で、江戸にいればやすやすと御番入もできる御家人並の身分だが、のどかすぎる気質なので、荒 …
読書目安時間:約26分
京都所司代、御式方頭取、阪田出雲の下役に堀金十郎という渡り祐筆がいた。 御儒者衆、堀玄昌の三男で、江戸にいればやすやすと御番入もできる御家人並の身分だが、のどかすぎる気質なので、荒 …
海難記(新字新仮名)
読書目安時間:約58分
ルイ十八世復古政府の第三年、仏領西亜弗利加の海岸で、過去にもなく、将来にもあろうとも思えぬ惨澹たる海難事件が起った。 半世紀の間見捨てられていた植民地を再建するため、セネガル河口の …
読書目安時間:約58分
ルイ十八世復古政府の第三年、仏領西亜弗利加の海岸で、過去にもなく、将来にもあろうとも思えぬ惨澹たる海難事件が起った。 半世紀の間見捨てられていた植民地を再建するため、セネガル河口の …
蛙料理(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
むぐらをわけて行くと、むやみに赤蛙がとびだす。ふとフランスで食べた蛙料理を思ひだした。 牛酪焼の蛙の脚をつまんで歯でしごくと、小鳥よりもやはらかでなんともいへぬ香気が口の中にひろが …
読書目安時間:約1分
むぐらをわけて行くと、むやみに赤蛙がとびだす。ふとフランスで食べた蛙料理を思ひだした。 牛酪焼の蛙の脚をつまんで歯でしごくと、小鳥よりもやはらかでなんともいへぬ香気が口の中にひろが …
姦(かしまし)(新字新仮名)
読書目安時間:約22分
いつお帰りになって?……昨夜?よかったわ、間にあって……ちょいと咲子さん、昨日、大阪から久能志貴子がやってきたの。しっかりしないと、たいへんよ……ええ、ほんとうの話。あなたを担いで …
読書目安時間:約22分
いつお帰りになって?……昨夜?よかったわ、間にあって……ちょいと咲子さん、昨日、大阪から久能志貴子がやってきたの。しっかりしないと、たいへんよ……ええ、ほんとうの話。あなたを担いで …
カストリ侯実録(新字新仮名)
読書目安時間:約32分
全十二巻の厖大な艶笑自叙伝「回想録」Mémoires を書くことに生涯を費した色情的好事家ジォウァンニ・ヤコポ・カサノヴァと霊媒術をもってルイ十六世の宮廷で華々しい成功をし、「マリ …
読書目安時間:約32分
全十二巻の厖大な艶笑自叙伝「回想録」Mémoires を書くことに生涯を費した色情的好事家ジォウァンニ・ヤコポ・カサノヴァと霊媒術をもってルイ十六世の宮廷で華々しい成功をし、「マリ …
犂氏の友情(新字新仮名)
読書目安時間:約27分
山川石亭先生が、蒼い顔をして入って来た。 「どうも、えらいことになりました」 急々如律令といったていで椅子に掛けて、ぐったりと首を投げ出している。 スパゲティを牛酪で炒めている最中 …
読書目安時間:約27分
山川石亭先生が、蒼い顔をして入って来た。 「どうも、えらいことになりました」 急々如律令といったていで椅子に掛けて、ぐったりと首を投げ出している。 スパゲティを牛酪で炒めている最中 …
川波(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
第二次大戦がはじまった年の七月の午後、大電流部門の発送関係の器材の受渡しをするため、近くドイツに行くことになっていた大電工業の和田宇一郎が、会社の帰りに並木通りの「アラスカ」のバア …
読書目安時間:約19分
第二次大戦がはじまった年の七月の午後、大電流部門の発送関係の器材の受渡しをするため、近くドイツに行くことになっていた大電工業の和田宇一郎が、会社の帰りに並木通りの「アラスカ」のバア …
キャラコさん:01 社交室(新字新仮名)
読書目安時間:約57分
青い波のうねりに、初島がポッカリと浮んでいる。 英国種の芝生が、絨氈を敷いたようにひろがって、そのうえに、暖い陽ざしがさんさんとふりそそいでいる。 一月だというのに桃葉珊瑚の緑が眼 …
読書目安時間:約57分
青い波のうねりに、初島がポッカリと浮んでいる。 英国種の芝生が、絨氈を敷いたようにひろがって、そのうえに、暖い陽ざしがさんさんとふりそそいでいる。 一月だというのに桃葉珊瑚の緑が眼 …
キャラコさん:02 雪の山小屋(新字新仮名)
読書目安時間:約49分
雲ひとつない紺碧の空。 波のようにゆるく起伏する大雪原を縁取りした、明るい白樺の疎林や、蒼黝い針葉樹の列が、銀色の雪の上にクッキリと濃紫の影をおとし、岳樺の枝に氷雪がからみついて降 …
読書目安時間:約49分
雲ひとつない紺碧の空。 波のようにゆるく起伏する大雪原を縁取りした、明るい白樺の疎林や、蒼黝い針葉樹の列が、銀色の雪の上にクッキリと濃紫の影をおとし、岳樺の枝に氷雪がからみついて降 …
キャラコさん:03 蘆と木笛(新字新仮名)
読書目安時間:約43分
風がまだ冷たいが、もう、すっかり春の気候で、湖水は青い空をうつして、ゆったりとくつろいでいる。 キャラコさんは、むずかしい顔をして、遊覧船の桟橋で、釣りをするのを眺めている。すこし …
読書目安時間:約43分
風がまだ冷たいが、もう、すっかり春の気候で、湖水は青い空をうつして、ゆったりとくつろいでいる。 キャラコさんは、むずかしい顔をして、遊覧船の桟橋で、釣りをするのを眺めている。すこし …
キャラコさん:04 女の手(新字新仮名)
読書目安時間:約54分
キャラコさんは、ひろい茅原のなかに点綴するアメリカ村の赤瓦を眺めながら、精進湖までつづく坦々たるドライヴ・ウェイをゆっくりと歩いていた。山中湖畔のホテルに、従兄の秋作氏の親友の立上 …
読書目安時間:約54分
キャラコさんは、ひろい茅原のなかに点綴するアメリカ村の赤瓦を眺めながら、精進湖までつづく坦々たるドライヴ・ウェイをゆっくりと歩いていた。山中湖畔のホテルに、従兄の秋作氏の親友の立上 …
キャラコさん:05 鴎(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間7分
「兄さん、あたしは、困ったことになりはしないかと思うんですがね。ピエールは、きのうも、あのお嬢さんと二人っきりで話していましたよ」 海風でしめった甲板の上を大股で歩きながら、エステ …
読書目安時間:約1時間7分
「兄さん、あたしは、困ったことになりはしないかと思うんですがね。ピエールは、きのうも、あのお嬢さんと二人っきりで話していましたよ」 海風でしめった甲板の上を大股で歩きながら、エステ …
キャラコさん:06 ぬすびと(新字新仮名)
読書目安時間:約29分
しばらくね、というかわりに、左手を気取ったようすで頬にあて、微笑しながら、黙って立っている。 玄関で緋娑子さんを見たとき、キャラコさんは、思わず、 「おや!」 と、眼を見はった。 …
読書目安時間:約29分
しばらくね、というかわりに、左手を気取ったようすで頬にあて、微笑しながら、黙って立っている。 玄関で緋娑子さんを見たとき、キャラコさんは、思わず、 「おや!」 と、眼を見はった。 …
キャラコさん:07 海の刷画(新字新仮名)
読書目安時間:約29分
まだ十時ごろなので、水がきれいで、明るい海底の白い砂に波の動きがはっきり映る。その白い幻灯のなかで、小指の先ぐらいの小さな魚がピッピッとすばやく泳ぎ廻っている。 硝子細工のような透 …
読書目安時間:約29分
まだ十時ごろなので、水がきれいで、明るい海底の白い砂に波の動きがはっきり映る。その白い幻灯のなかで、小指の先ぐらいの小さな魚がピッピッとすばやく泳ぎ廻っている。 硝子細工のような透 …
キャラコさん:08 月光曲(新字新仮名)
読書目安時間:約36分
……それは、三十四五の、たいへんおおまかな感じの夫人で、大きな蘭の花の模様のついたタフタを和服に仕立て、黄土色の無地の帯を胸さがりにしめているといったふうなかたです。 勇夫兄さまは …
読書目安時間:約36分
……それは、三十四五の、たいへんおおまかな感じの夫人で、大きな蘭の花の模様のついたタフタを和服に仕立て、黄土色の無地の帯を胸さがりにしめているといったふうなかたです。 勇夫兄さまは …
キャラコさん:09 雁来紅の家(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
市ヶ谷加賀町から砂土原町のほうへおりる左内坂の途中に、木造建ての小さな骨董店がある。 西洋美術骨董、と読ませるつもりなのだろう、はげちょろになった白ペンキ塗りの看板に、"FOREI …
読書目安時間:約19分
市ヶ谷加賀町から砂土原町のほうへおりる左内坂の途中に、木造建ての小さな骨董店がある。 西洋美術骨董、と読ませるつもりなのだろう、はげちょろになった白ペンキ塗りの看板に、"FOREI …
キャラコさん:10 馬と老人(新字新仮名)
読書目安時間:約21分
秋が深くなって、朝晩、公園に白い霧がおりるようになった。 低く垂れさがった灰色の空から、眼にみえないような小雨がおちてきて、いつの間にかしっとりと地面を濡らしている。樹々の幹も、灌 …
読書目安時間:約21分
秋が深くなって、朝晩、公園に白い霧がおりるようになった。 低く垂れさがった灰色の空から、眼にみえないような小雨がおちてきて、いつの間にかしっとりと地面を濡らしている。樹々の幹も、灌 …
キャラコさん:11 新しき出発(新字新仮名)
読書目安時間:約27分
麻布竜土町の沼間家の広い客間に、その夜、大勢のひとが集まっていた。温室の中のカトレヤの花のような、眼の覚めるような若いお嬢さんが六人ばかり、部屋の隅の天鵞絨の長椅子に目白押しになっ …
読書目安時間:約27分
麻布竜土町の沼間家の広い客間に、その夜、大勢のひとが集まっていた。温室の中のカトレヤの花のような、眼の覚めるような若いお嬢さんが六人ばかり、部屋の隅の天鵞絨の長椅子に目白押しになっ …
金狼(新字新仮名)
読書目安時間:約2時間60分
市電をおりた一人の男が、時計を出してちょっと機械的に眺めると、はげしい太陽に照りつけられながら越中島から枝川町のほうへ歩いて行った。左手にはどす黒い溝渠をへだてて、川口改良工事第六 …
読書目安時間:約2時間60分
市電をおりた一人の男が、時計を出してちょっと機械的に眺めると、はげしい太陽に照りつけられながら越中島から枝川町のほうへ歩いて行った。左手にはどす黒い溝渠をへだてて、川口改良工事第六 …
雲の小径(新字新仮名)
読書目安時間:約34分
時間からいうと、伊勢湾の上あたりを飛んでいるはずだが、窓という窓が密度の高いすわり雲に眼隠しされているので、所在の感じが曖昧である。 大阪を飛びだすと、すぐ雲霧に包みこまれ、それか …
読書目安時間:約34分
時間からいうと、伊勢湾の上あたりを飛んでいるはずだが、窓という窓が密度の高いすわり雲に眼隠しされているので、所在の感じが曖昧である。 大阪を飛びだすと、すぐ雲霧に包みこまれ、それか …
黒い手帳(新字新仮名)
読書目安時間:約38分
黒いモロッコ皮の表紙をつけた一冊の手帳が薄命なようすで机の上に載っている。一輪揷しの水仙がその上に影を落している。一見、変哲もないこの古手帳の中には、ある男の不敵な研究の全過程が書 …
読書目安時間:約38分
黒いモロッコ皮の表紙をつけた一冊の手帳が薄命なようすで机の上に載っている。一輪揷しの水仙がその上に影を落している。一見、変哲もないこの古手帳の中には、ある男の不敵な研究の全過程が書 …
骨仏(新字新仮名)
読書目安時間:約5分
床ずれがひどくなって寝がえりもできない。梶井はあおのけに寝たまま、半蔀の上の山深い五寸ばかりの空の色を横眼で眺めていると、伊良がいつものように、「きょうはどうです」と見舞いにきた。 …
読書目安時間:約5分
床ずれがひどくなって寝がえりもできない。梶井はあおのけに寝たまま、半蔀の上の山深い五寸ばかりの空の色を横眼で眺めていると、伊良がいつものように、「きょうはどうです」と見舞いにきた。 …
湖畔(新字新仮名)
読書目安時間:約49分
この夏、拠処ない事情があって、箱根蘆ノ湖畔三ツ石の別荘で貴様の母を手にかけ、即日、東京検事局に自訴して出た。 審理の結果、精神耗弱と鑑定、不論罪の判決で放免されたが、その後、一ヵ月 …
読書目安時間:約49分
この夏、拠処ない事情があって、箱根蘆ノ湖畔三ツ石の別荘で貴様の母を手にかけ、即日、東京検事局に自訴して出た。 審理の結果、精神耗弱と鑑定、不論罪の判決で放免されたが、その後、一ヵ月 …
昆虫図(新字新仮名)
読書目安時間:約4分
伴団六は、青木と同じく、大して才能のなさそうな貧乏画かきで、地続きの古ぼけたアトリエに、年増くさい女と二人で住んでいた。 青木がその裏へ越して以来の、極く最近のつきあいで、もと薬剤 …
読書目安時間:約4分
伴団六は、青木と同じく、大して才能のなさそうな貧乏画かきで、地続きの古ぼけたアトリエに、年増くさい女と二人で住んでいた。 青木がその裏へ越して以来の、極く最近のつきあいで、もと薬剤 …
三界万霊塔(新字新仮名)
読書目安時間:約40分
深尾好三はゆたかに陽のさしこむ広縁の籐椅子の中で背を立てた。 「ひさしぶりに会社へ出てみるか」 油雑布で拭きあげたモザイックの床と革張の回転椅子と大きな事務机が眼にうかんだ。押せば …
読書目安時間:約40分
深尾好三はゆたかに陽のさしこむ広縁の籐椅子の中で背を立てた。 「ひさしぶりに会社へ出てみるか」 油雑布で拭きあげたモザイックの床と革張の回転椅子と大きな事務机が眼にうかんだ。押せば …
重吉漂流紀聞(新字新仮名)
読書目安時間:約53分
名古屋納屋町小島屋庄右衛門の身内に半田村の重吉という楫取がいた。尾張知多郡の百姓だったのが、好きで船乗りになり、水夫から帆係、それから水先頭と段々に仕上げ、二十歳前で楫場に立った。 …
読書目安時間:約53分
名古屋納屋町小島屋庄右衛門の身内に半田村の重吉という楫取がいた。尾張知多郡の百姓だったのが、好きで船乗りになり、水夫から帆係、それから水先頭と段々に仕上げ、二十歳前で楫場に立った。 …
春雪(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
四月七日だというのに雪が降った。 同業、東洋陶器の小室幸成の二女が、二世のバイヤーと結婚してアメリカへ行くのだそうで、池田藤吉郎も招かれて式につらなった。式は三越の八階の教会で二十 …
読書目安時間:約24分
四月七日だというのに雪が降った。 同業、東洋陶器の小室幸成の二女が、二世のバイヤーと結婚してアメリカへ行くのだそうで、池田藤吉郎も招かれて式につらなった。式は三越の八階の教会で二十 …
白雪姫(新字新仮名)
読書目安時間:約22分
ある夏、阿曽祐吉という男が、新婚匆々の細君を携帯して、アルプスのシャモニーへ煙霞の旅としゃれたのはよかったが、合卺の夢もまだ浅い新妻が、ネヴェという質のわるい濡れ雪を踏みそくなって …
読書目安時間:約22分
ある夏、阿曽祐吉という男が、新婚匆々の細君を携帯して、アルプスのシャモニーへ煙霞の旅としゃれたのはよかったが、合卺の夢もまだ浅い新妻が、ネヴェという質のわるい濡れ雪を踏みそくなって …
新西遊記(新字新仮名)
読書目安時間:約53分
宇治黄檗山の山口智海という二十六歳の学侶が西蔵へ行って西蔵訳の大蔵経(一切経または蔵経、仏教の典籍一切を分類編纂したもの)をとって来ようと思いたち、五百三十円の餞別を懐ろに、明治卅 …
読書目安時間:約53分
宇治黄檗山の山口智海という二十六歳の学侶が西蔵へ行って西蔵訳の大蔵経(一切経または蔵経、仏教の典籍一切を分類編纂したもの)をとって来ようと思いたち、五百三十円の餞別を懐ろに、明治卅 …
鈴木主水(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
享保十八年、九月十三日の朝、四谷塩町のはずれに小さな道場をもって、義世流の剣道を指南している鈴木伝内が、奥の小座敷で茶を飲みながら、築庭の秋草を見ているところへ、伜の主水が入ってき …
読書目安時間:約26分
享保十八年、九月十三日の朝、四谷塩町のはずれに小さな道場をもって、義世流の剣道を指南している鈴木伝内が、奥の小座敷で茶を飲みながら、築庭の秋草を見ているところへ、伜の主水が入ってき …
西林図(新字新仮名)
読書目安時間:約21分
冬木が縁の日向に坐って、懐手でぼんやりしているところへ、俳友の冬亭がビールと葱をさげてきて、今日はツル菜鍋をやりますといった。 「ツル菜鍋とは変ってるね」 「ツル菜じゃない、鶴…… …
読書目安時間:約21分
冬木が縁の日向に坐って、懐手でぼんやりしているところへ、俳友の冬亭がビールと葱をさげてきて、今日はツル菜鍋をやりますといった。 「ツル菜鍋とは変ってるね」 「ツル菜じゃない、鶴…… …
だいこん(新字新仮名)
読書目安時間:約5時間10分
どこかで道草を食っていた最後のB29が一機、海よりも青い空の中をクラゲのように泳ぎながらゆるゆるとサイパンのほうへ帰って行った。 アンデルセンなら、お得意の童話の擬人法で、〈戦争… …
読書目安時間:約5時間10分
どこかで道草を食っていた最後のB29が一機、海よりも青い空の中をクラゲのように泳ぎながらゆるゆるとサイパンのほうへ帰って行った。 アンデルセンなら、お得意の童話の擬人法で、〈戦争… …
玉取物語(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
嘉永のはじめ(嘉永二年十月)のことでござった。西国のさる大藩の殿様が本国から江戸へ御帰府の途次、関の宿の近くに差懸った折、右の方のふぐりが俄に痒くなった。蕁草の刺毛で弄われるような …
読書目安時間:約19分
嘉永のはじめ(嘉永二年十月)のことでござった。西国のさる大藩の殿様が本国から江戸へ御帰府の途次、関の宿の近くに差懸った折、右の方のふぐりが俄に痒くなった。蕁草の刺毛で弄われるような …
地底獣国(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間25分
モスクワの科学翰林院は、第二次五カ年計画期間中における文化的国家事業として、三つの企画をあげ、国民教育省および国家計画委員会を通じて中央委員会に提出し、第八回連邦ソヴィエト大会で承 …
読書目安時間:約1時間25分
モスクワの科学翰林院は、第二次五カ年計画期間中における文化的国家事業として、三つの企画をあげ、国民教育省および国家計画委員会を通じて中央委員会に提出し、第八回連邦ソヴィエト大会で承 …
蝶の絵(新字新仮名)
読書目安時間:約50分
終戦から四年となると、復員祝いも間のぬけた感じだったが、山川花世の帰還が思いがけなかったせいか、いろいろな顔が集まった。主人役の伊沢元仏蘭西領事と山川の教え子だった伊沢の細君の安芸 …
読書目安時間:約50分
終戦から四年となると、復員祝いも間のぬけた感じだったが、山川花世の帰還が思いがけなかったせいか、いろいろな顔が集まった。主人役の伊沢元仏蘭西領事と山川の教え子だった伊沢の細君の安芸 …
手紙(新字新仮名)
読書目安時間:約31分
頃日、丸ノ内の蘭印・中国海運という会社から、村上マサヨ宛の幸便を取りに来いという通知を受けた。 行ってみると、蘭印アンボン島特別郵便局の検閲済の消印のある分厚な一通の封書と、赤い封 …
読書目安時間:約31分
頃日、丸ノ内の蘭印・中国海運という会社から、村上マサヨ宛の幸便を取りに来いという通知を受けた。 行ってみると、蘭印アンボン島特別郵便局の検閲済の消印のある分厚な一通の封書と、赤い封 …
藤九郎の島(新字新仮名)
読書目安時間:約20分
享保四年の秋、遠州新居の筒山船に船頭左太夫以下、楫取、水夫十二人が乗組んで南部へ米を運んだ帰り、十一月末、運賃材木を積んで宮古港を出帆、九十九里浜の沖合まで来たところで、にわかの時 …
読書目安時間:約20分
享保四年の秋、遠州新居の筒山船に船頭左太夫以下、楫取、水夫十二人が乗組んで南部へ米を運んだ帰り、十一月末、運賃材木を積んで宮古港を出帆、九十九里浜の沖合まで来たところで、にわかの時 …
南極記(新字新仮名)
読書目安時間:約36分
一九二八年(昭和三)の十二月二十九日、三発のフォッカー機で、西経百五十度の線を南極の極点に向って飛んでいるとき、南緯八十度附近の大氷原の上で、見せかけの花むらのような世にも鮮かな焔 …
読書目安時間:約36分
一九二八年(昭和三)の十二月二十九日、三発のフォッカー機で、西経百五十度の線を南極の極点に向って飛んでいるとき、南緯八十度附近の大氷原の上で、見せかけの花むらのような世にも鮮かな焔 …
南部の鼻曲り(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
これからする話を小説に書いてくれないかね、と玉本寿太郎がいった。 玉本は開戦初期の比島戦でトムプソン銃にやられて左脚を四分の三ほど短くされたが、終戦後は、じぶんからなんとか局の通訳 …
読書目安時間:約26分
これからする話を小説に書いてくれないかね、と玉本寿太郎がいった。 玉本は開戦初期の比島戦でトムプソン銃にやられて左脚を四分の三ほど短くされたが、終戦後は、じぶんからなんとか局の通訳 …
虹の橋(新字新仮名)
読書目安時間:約31分
北川千代は栃木刑務所で服役中の受刑者で、公訴の罪名は傷害致死、刑期は六年、二十八年の三月に確定し、小菅の東京拘置所から栃木刑務所に移され、その年の七月に所内で女児を分娩した。 受刑 …
読書目安時間:約31分
北川千代は栃木刑務所で服役中の受刑者で、公訴の罪名は傷害致死、刑期は六年、二十八年の三月に確定し、小菅の東京拘置所から栃木刑務所に移され、その年の七月に所内で女児を分娩した。 受刑 …
ノア(新字新仮名)
読書目安時間:約2時間36分
霧のなかで夜が明けかけていた。暗い船窓の外が真珠母色になり、十月中旬のおだやかな海が白い波頭をひるがえして後へ流れているのがぼんやり見えてきた。 北米、中南米、カナダなどから引揚げ …
読書目安時間:約2時間36分
霧のなかで夜が明けかけていた。暗い船窓の外が真珠母色になり、十月中旬のおだやかな海が白い波頭をひるがえして後へ流れているのがぼんやり見えてきた。 北米、中南米、カナダなどから引揚げ …
野萩(新字新仮名)
読書目安時間:約22分
出かけるはずの時間になったが、安は来ない。離屋になった奥の居間へ行ってみると、竹の葉影のゆらぐ半月窓のそばに二月堂が出ているだけで、あるじのすがたはなかった。 窓ぎわに坐って待って …
読書目安時間:約22分
出かけるはずの時間になったが、安は来ない。離屋になった奥の居間へ行ってみると、竹の葉影のゆらぐ半月窓のそばに二月堂が出ているだけで、あるじのすがたはなかった。 窓ぎわに坐って待って …
ノンシャラン道中記:01 八人の小悪魔(新字新仮名)
読書目安時間:約25分
一九二九年の夏、大西洋に面した西仏蘭西の沿岸にある離れ小島に、二人の東洋人がやって来た。質朴な島の住人が、フランス語で挨拶して見たら、相応な挨拶をフランス語で返すので、これは多分フ …
読書目安時間:約25分
一九二九年の夏、大西洋に面した西仏蘭西の沿岸にある離れ小島に、二人の東洋人がやって来た。質朴な島の住人が、フランス語で挨拶して見たら、相応な挨拶をフランス語で返すので、これは多分フ …
ノンシャラン道中記:02 合乗り乳母車 ――仏蘭西縦断の巻――(新字新仮名)
読書目安時間:約26分
一九二九年師走の三日、ここも北国の慣いとて、はや暮れかかる午後四時ごろ、巴里市第十一区三人姉妹街三番地なる棟割長屋。その六階の露台に敷布団を敷き、半裸体に引きむかれた狐面痩躯の東洋 …
読書目安時間:約26分
一九二九年師走の三日、ここも北国の慣いとて、はや暮れかかる午後四時ごろ、巴里市第十一区三人姉妹街三番地なる棟割長屋。その六階の露台に敷布団を敷き、半裸体に引きむかれた狐面痩躯の東洋 …
ノンシャラン道中記:03 謝肉祭の支那服 ――地中海避寒地の巻――(新字新仮名)
読書目安時間:約27分
一、誦するはこれ極楽浄土の歌。一九二九年二月十日、巴黎なる里昂停車場を発したる地中海行特急第七九五号列車は、蒼味をおびた夜空に金色の火花を吹き散らしながら、いまや、アルルの近郊に近 …
読書目安時間:約27分
一、誦するはこれ極楽浄土の歌。一九二九年二月十日、巴黎なる里昂停車場を発したる地中海行特急第七九五号列車は、蒼味をおびた夜空に金色の火花を吹き散らしながら、いまや、アルルの近郊に近 …
ノンシャラン道中記:04 南風吹かば ――モンテ・カルロの巻――(新字新仮名)
読書目安時間:約27分
一、天機洩らすべからず花合戦の駆引き。駘蕩たる紺碧の波に浮ぶ、ここは「ニース突堤遊楽館」の華麗なる海上大食堂。玻璃張りの天蓋を透して降りそそぐ煦々たる二月の春光を浴びながら、歓談笑 …
読書目安時間:約27分
一、天機洩らすべからず花合戦の駆引き。駘蕩たる紺碧の波に浮ぶ、ここは「ニース突堤遊楽館」の華麗なる海上大食堂。玻璃張りの天蓋を透して降りそそぐ煦々たる二月の春光を浴びながら、歓談笑 …
ノンシャラン道中記:05 タラノ音頭 ――コルシカ島の巻――(新字新仮名)
読書目安時間:約23分
一、虎は人を恐れ人は虎を恐る。ニースのランピヤ港を出帆したM・Q汽船会社の Bon Voyage 号は『三百法コルシカ島周遊』の粋士遊客を満載し、眠げなる波の夢を掻き乱しながら、シ …
読書目安時間:約23分
一、虎は人を恐れ人は虎を恐る。ニースのランピヤ港を出帆したM・Q汽船会社の Bon Voyage 号は『三百法コルシカ島周遊』の粋士遊客を満載し、眠げなる波の夢を掻き乱しながら、シ …
ノンシャラン道中記:06 乱視の奈翁 ――アルル牛角力の巻――(新字新仮名)
読書目安時間:約27分
一、ココナットから象が出る馬耳塞の朝景色。マルセーユの旧港。——この四角な、鱒の孵化場のようなもののなかには、あらゆる船舶の見本と、あらゆる国籍が詰め込まれている。二本檣のゴエレッ …
読書目安時間:約27分
一、ココナットから象が出る馬耳塞の朝景色。マルセーユの旧港。——この四角な、鱒の孵化場のようなもののなかには、あらゆる船舶の見本と、あらゆる国籍が詰め込まれている。二本檣のゴエレッ …
ノンシャラン道中記:07 アルプスの潜水夫 ――モンブラン登山の巻(新字新仮名)
読書目安時間:約28分
一、鼻には鼻、耳には耳——現品取引。エークス鉱泉駅に約十分滞留したのち、汽車はブウルジェの湖畔の、水陸間一髪という際どいところを走っている。 車窓に蘆の葉がなびき、底石の青苔や、御 …
読書目安時間:約28分
一、鼻には鼻、耳には耳——現品取引。エークス鉱泉駅に約十分滞留したのち、汽車はブウルジェの湖畔の、水陸間一髪という際どいところを走っている。 車窓に蘆の葉がなびき、底石の青苔や、御 …
ノンシャラン道中記:08 燕尾服の自殺 ――ブルゴオニュの葡萄祭り――(新字新仮名)
読書目安時間:約14分
一、因果は廻る小屋馬車の車輪。さわやかな初秋の風が吹きまわるある午後のこと、雛壇のように作られた、ソオヌ谷の、目もはるかな見事な葡萄畑の下を、通常、「無宿衆」と呼ばれる渡り見世物師 …
読書目安時間:約14分
一、因果は廻る小屋馬車の車輪。さわやかな初秋の風が吹きまわるある午後のこと、雛壇のように作られた、ソオヌ谷の、目もはるかな見事な葡萄畑の下を、通常、「無宿衆」と呼ばれる渡り見世物師 …
肌色の月(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間43分
運送会社の集荷係が宅扱いの最後の梱包を運びだすと、この五年の間、宇野久美子の生活の砦だった二間つづきのアパートの部屋の中が、セットの組みあがらないテレビのスタジオのような空虚なよう …
読書目安時間:約1時間43分
運送会社の集荷係が宅扱いの最後の梱包を運びだすと、この五年の間、宇野久美子の生活の砦だった二間つづきのアパートの部屋の中が、セットの組みあがらないテレビのスタジオのような空虚なよう …
ハムレット(新字新仮名)
読書目安時間:約60分
敗戦後一年目のこの夏、三千七百尺の高地の避暑地の、ホテルのヴェランダや霧の夜の別荘の炉辺でよく話題にのぼる老人があった。 それは輝くばかりの美しい白髪をいただき鶴のように清く痩せた …
読書目安時間:約60分
敗戦後一年目のこの夏、三千七百尺の高地の避暑地の、ホテルのヴェランダや霧の夜の別荘の炉辺でよく話題にのぼる老人があった。 それは輝くばかりの美しい白髪をいただき鶴のように清く痩せた …
春の山(新字新仮名)
読書目安時間:約18分
蘆田周平はサンルームのつづきの日向くさい絨氈の上に寝ころがり、去年の冬から床のうえに放りだしてあった絵葉書を拾いあげた。パリのあやかしに憑かれ、ひとりで気負ったようになっている仲間 …
読書目安時間:約18分
蘆田周平はサンルームのつづきの日向くさい絨氈の上に寝ころがり、去年の冬から床のうえに放りだしてあった絵葉書を拾いあげた。パリのあやかしに憑かれ、ひとりで気負ったようになっている仲間 …
ひどい煙(新字新仮名)
読書目安時間:約19分
飯倉の西にあたる麻布勝手ヶ原は、太田道灌が江戸から兵を出すとき、いつもここで武者揃えをしたよし、風土記に見えている。大猷院殿の寛永の末ごろは、草ばかり蓬々とした、うらさびしい場所で …
読書目安時間:約19分
飯倉の西にあたる麻布勝手ヶ原は、太田道灌が江戸から兵を出すとき、いつもここで武者揃えをしたよし、風土記に見えている。大猷院殿の寛永の末ごろは、草ばかり蓬々とした、うらさびしい場所で …
平賀源内捕物帳:山王祭の大像(新字新仮名)
読書目安時間:約35分
普賢菩薩のお白象 チャッチャッチキチ、チャッチキチ、 ヒイヤラヒイヤラ、テテドンドン…… 「夏祭だ」 「夏祭だ」 「天下祭でい」 「御用祭だ」 「練って来た、練って来た。あれが名代 …
読書目安時間:約35分
普賢菩薩のお白象 チャッチャッチキチ、チャッチキチ、 ヒイヤラヒイヤラ、テテドンドン…… 「夏祭だ」 「夏祭だ」 「天下祭でい」 「御用祭だ」 「練って来た、練って来た。あれが名代 …
平賀源内捕物帳:長崎ものがたり(新字新仮名)
読書目安時間:約37分
朱房銀欛の匕首 源内先生は旅姿である。 旅支度と言っても、しゃらくな先生のことだから道中合羽に三度笠などという物々しいことにはならない。薄茶紬の道行に短い道中差、絹の股引に結付草履 …
読書目安時間:約37分
朱房銀欛の匕首 源内先生は旅姿である。 旅支度と言っても、しゃらくな先生のことだから道中合羽に三度笠などという物々しいことにはならない。薄茶紬の道行に短い道中差、絹の股引に結付草履 …
平賀源内捕物帳:萩寺の女(新字新仮名)
読書目安時間:約39分
十六日の朝景色 薄い靄の中に、応挙風の朱盆のような旭がのぼり、いかにもお正月らしいのどかな朝ぼらけ。 出尻伝兵衛、またの名を「チャリ敵」の伝兵衛ともいう、神田鍋町の御用聞。 正月の …
読書目安時間:約39分
十六日の朝景色 薄い靄の中に、応挙風の朱盆のような旭がのぼり、いかにもお正月らしいのどかな朝ぼらけ。 出尻伝兵衛、またの名を「チャリ敵」の伝兵衛ともいう、神田鍋町の御用聞。 正月の …
復活祭(新字新仮名)
読書目安時間:約23分
二時半に食堂部が終ると、外套置場と交換台に当番をおいてレジスターやルーム・メイドが食事に行く。客室から信号も鳴らず帳場へくる客もなく、ラウンジに外来が二三人残るほか、四時ぐらいまで …
読書目安時間:約23分
二時半に食堂部が終ると、外套置場と交換台に当番をおいてレジスターやルーム・メイドが食事に行く。客室から信号も鳴らず帳場へくる客もなく、ラウンジに外来が二三人残るほか、四時ぐらいまで …
葡萄蔓の束(新字新仮名)
読書目安時間:約23分
北海道の春は、雪も消えないうちにセカセカとやって来る。なにもかもひと口に頬張ってしまおうとする子供のようだ。落葉松の林の中は固い雪でとじられているのに、その梢で鶫が鳴く。 低く垂れ …
読書目安時間:約23分
北海道の春は、雪も消えないうちにセカセカとやって来る。なにもかもひと口に頬張ってしまおうとする子供のようだ。落葉松の林の中は固い雪でとじられているのに、その梢で鶫が鳴く。 低く垂れ …
フランス伯N・B(新字新仮名)
読書目安時間:約32分
そのころセント・ヘレナという島にはなにか恐しい悪気があって、二年目にはかならず死んでしまうといわれていた。警備のためにセント・ヘレナへ派遣されていた英国の一士官がロンドンの家族へこ …
読書目安時間:約32分
そのころセント・ヘレナという島にはなにか恐しい悪気があって、二年目にはかならず死んでしまうといわれていた。警備のためにセント・ヘレナへ派遣されていた英国の一士官がロンドンの家族へこ …
母子像(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
進駐軍、厚木キャンプの近くにある、聖ジョセフ学院中学部の初年級の担任教諭が、受持の生徒のことで、地区の警察署から呼出しを受けた。 年配の司法主任が、知的な顔をした婦人警官を連れて調 …
読書目安時間:約16分
進駐軍、厚木キャンプの近くにある、聖ジョセフ学院中学部の初年級の担任教諭が、受持の生徒のことで、地区の警察署から呼出しを受けた。 年配の司法主任が、知的な顔をした婦人警官を連れて調 …
墓地展望亭(新字新仮名)
読書目安時間:約1時間34分
巴里の山の手に、ペール・ラシェーズという広い墓地があって、そのうしろの小高い岡の上に、≪Belle-vue de Tombeau≫という、一風変った名の喫茶店がある。 訳すと、「墓 …
読書目安時間:約1時間34分
巴里の山の手に、ペール・ラシェーズという広い墓地があって、そのうしろの小高い岡の上に、≪Belle-vue de Tombeau≫という、一風変った名の喫茶店がある。 訳すと、「墓 …
ボニン島物語(新字新仮名)
読書目安時間:約42分
天保八年十二月の末、大手前にほど近い桜田門外で、笑うに耐えた忍傷沙汰があった。盛岡二十万石、南部信濃守利済の御先手物頭、田中久太夫という士が、節季払いの駕籠訴訟にきた手代の無礼を怒 …
読書目安時間:約42分
天保八年十二月の末、大手前にほど近い桜田門外で、笑うに耐えた忍傷沙汰があった。盛岡二十万石、南部信濃守利済の御先手物頭、田中久太夫という士が、節季払いの駕籠訴訟にきた手代の無礼を怒 …
魔都(新字新仮名)
読書目安時間:約9時間48分
甲戌の歳も押詰って、今日は一年のドンじりという極月の卅一日、電飾眩ゆい東京会館の大玄関から、一種慨然たる面持で立ち現われて来た一人の人物。鷲掴みにしたキャラコの手巾でやけに鼻面を引 …
読書目安時間:約9時間48分
甲戌の歳も押詰って、今日は一年のドンじりという極月の卅一日、電飾眩ゆい東京会館の大玄関から、一種慨然たる面持で立ち現われて来た一人の人物。鷲掴みにしたキャラコの手巾でやけに鼻面を引 …
水草(新字新仮名)
読書目安時間:約3分
朝の十時ごろ、俳友の国手石亭が葱とビールをさげてやってきた。 「へんな顔をしていますね。どうしました」 「田阪で池の水を落とすのが耳について眠れない。もう三晩になる」 「あれにはわ …
読書目安時間:約3分
朝の十時ごろ、俳友の国手石亭が葱とビールをさげてやってきた。 「へんな顔をしていますね。どうしました」 「田阪で池の水を落とすのが耳について眠れない。もう三晩になる」 「あれにはわ …
無月物語(新字新仮名)
読書目安時間:約37分
後白河法皇の院政中、京の賀茂磧でめずらしい死罪が行なわれた。 大宝律には、笞、杖、徒、流、死と五刑が規定されているが、聖武天皇以来、代々の天皇はみな熱心な仏教の帰依者で、仏法尊信の …
読書目安時間:約37分
後白河法皇の院政中、京の賀茂磧でめずらしい死罪が行なわれた。 大宝律には、笞、杖、徒、流、死と五刑が規定されているが、聖武天皇以来、代々の天皇はみな熱心な仏教の帰依者で、仏法尊信の …
無月物語(新字新仮名)
読書目安時間:約40分
後白河法皇の院政中、京の加茂の川原でめずらしい死罪が行われた。 大宝律には、笞、杖、徒、流、死と、五刑が規定されているが、聖武天皇以来、代々の天皇はみな熱心な仏教の帰依者で、仏法尊 …
読書目安時間:約40分
後白河法皇の院政中、京の加茂の川原でめずらしい死罪が行われた。 大宝律には、笞、杖、徒、流、死と、五刑が規定されているが、聖武天皇以来、代々の天皇はみな熱心な仏教の帰依者で、仏法尊 …
無惨やな(新字新仮名)
読書目安時間:約16分
上野、厩橋(前橋)で十五万石、酒井の殿さま、十代雅楽頭忠恭は、四年前の延享二年、譜代の小大名どもが、夢にまであくがれる老中の列にすすみ、御用部屋入りとなって幕閣に立ち、五十万石百万 …
読書目安時間:約16分
上野、厩橋(前橋)で十五万石、酒井の殿さま、十代雅楽頭忠恭は、四年前の延享二年、譜代の小大名どもが、夢にまであくがれる老中の列にすすみ、御用部屋入りとなって幕閣に立ち、五十万石百万 …
喪服(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
浜口治平 静江妻 美紗長女 八穂次女 秋元博浜口の秘書 かつ 横浜、磯子屏風ヶ浦の台地にある浜口の邸。 早春。——午前十時頃。 サン・ルームの広廊をひかえた古風な食堂。 晴れた寒い …
読書目安時間:約24分
浜口治平 静江妻 美紗長女 八穂次女 秋元博浜口の秘書 かつ 横浜、磯子屏風ヶ浦の台地にある浜口の邸。 早春。——午前十時頃。 サン・ルームの広廊をひかえた古風な食堂。 晴れた寒い …
雪間(新字新仮名)
読書目安時間:約24分
宮ノ下のホテルを出たときは薄月が出ていたが、秋の箱根の天気癖で、五分もたたないうちに霧がかかってきた。笠原の別荘の門を入ると、むこうのケースメントの硝子の面に夜明けのような空明りが …
読書目安時間:約24分
宮ノ下のホテルを出たときは薄月が出ていたが、秋の箱根の天気癖で、五分もたたないうちに霧がかかってきた。笠原の別荘の門を入ると、むこうのケースメントの硝子の面に夜明けのような空明りが …
ユモレスク(新字新仮名)
読書目安時間:約21分
出かける時間になったが、やすが来ない。離室になっている奥の居間へ行ってみると、竹の葉影のゆらぐ半月窓のそばに、二月堂が出ているだけで、あるじはいなかった。 壁際に坐って待っているう …
読書目安時間:約21分
出かける時間になったが、やすが来ない。離室になっている奥の居間へ行ってみると、竹の葉影のゆらぐ半月窓のそばに、二月堂が出ているだけで、あるじはいなかった。 壁際に坐って待っているう …
予言(新字新仮名)
読書目安時間:約29分
安部忠良の家は十五銀行の破産でやられ、母堂と二人で、四谷谷町の陽あたりの悪い二間きりのボロ借家に逼塞していた。姉の勢以子は外御門へ命婦に行き、七十くらいになっていた母堂が鼻緒の壺縫 …
読書目安時間:約29分
安部忠良の家は十五銀行の破産でやられ、母堂と二人で、四谷谷町の陽あたりの悪い二間きりのボロ借家に逼塞していた。姉の勢以子は外御門へ命婦に行き、七十くらいになっていた母堂が鼻緒の壺縫 …
黄泉から(新字新仮名)
読書目安時間:約21分
「九時二十分……」 新橋のホームで、魚返光太郎が腕時計を見ながらつぶやいた。 きょうはいそがしい日だった。十時にセザンヌの「静物」を見にくる客が二組。十一時には……夫人が名匠ルシア …
読書目安時間:約21分
「九時二十分……」 新橋のホームで、魚返光太郎が腕時計を見ながらつぶやいた。 きょうはいそがしい日だった。十時にセザンヌの「静物」を見にくる客が二組。十一時には……夫人が名匠ルシア …
淪落の皇女の覚書(新字新仮名)
読書目安時間:約58分
沼の多い雪の平原のむこうにペテルブルグの円屋根や尖塔が輝き、空のはてはフィンランドのほうへ低く垂れている。 一九一七年十一月、顔まで泥をはねあげた赤衛軍の一団が金色の象形文字や帝室 …
読書目安時間:約58分
沼の多い雪の平原のむこうにペテルブルグの円屋根や尖塔が輝き、空のはてはフィンランドのほうへ低く垂れている。 一九一七年十一月、顔まで泥をはねあげた赤衛軍の一団が金色の象形文字や帝室 …
呂宋の壺(新字新仮名)
読書目安時間:約37分
慶長のころ、鹿児島揖宿郡、山川の津に、薩摩藩の御朱印船を預り、南蛮貿易の御用をつとめる大迫吉之丞という海商がいた。 慶長十六年の六月、隠居して惟新といっていた島津義弘の命令で、はる …
読書目安時間:約37分
慶長のころ、鹿児島揖宿郡、山川の津に、薩摩藩の御朱印船を預り、南蛮貿易の御用をつとめる大迫吉之丞という海商がいた。 慶長十六年の六月、隠居して惟新といっていた島津義弘の命令で、はる …
我が家の楽園(新字新仮名)
読書目安時間:約3時間2分
春雨の降る四月の暗い日曜日の朝、渋谷の奥にあるバラックの玄関の土間に、接収解除通知のハガキが、音もなく投げこまれた。 自分の家には、毛色のちがう名も知らぬひとがはいりこみ、当の持主 …
読書目安時間:約3時間2分
春雨の降る四月の暗い日曜日の朝、渋谷の奥にあるバラックの玄関の土間に、接収解除通知のハガキが、音もなく投げこまれた。 自分の家には、毛色のちがう名も知らぬひとがはいりこみ、当の持主 …
“久生十蘭”について
久生 十蘭(ひさお じゅうらん、1902年4月6日 - 1957年10月6日)は、日本の小説家、演出家。北海道函館市出身。本名:阿部 正雄。推理小説、ユーモア小説、歴史・時代小説、現代小説、ノンフィクションノベルなど多彩な作品を手掛け、博識と技巧的な文体で「多面体作家」「小説の魔術師」と呼ばれた。
(出典:Wikipedia)
(出典:Wikipedia)
“久生十蘭”と年代が近い著者
きょうが誕生日(12月8日)
きょうが命日(12月8日)
山村暮鳥(1924年)
今月で生誕X十年
ラデャード・キプリング(生誕160年)
ライネル・マリア・リルケ(生誕150年)
野口米次郎(生誕150年)
瀬沼夏葉(生誕150年)
相馬泰三(生誕140年)
山中峯太郎(生誕140年)
観世左近 二十四世(生誕130年)
平山千代子(生誕100年)
今月で没後X十年
アウグスト・プラーテン(没後190年)
フィオナ・マクラウド(没後120年)
徳永保之助(没後100年)
エドワード・シルヴェスター・モース(没後100年)
寺田寅彦(没後90年)
生田葵山(没後80年)
百田宗治(没後70年)
安井曽太郎(没後70年)
米川正夫(没後60年)
今年で生誕X百年
平山千代子(生誕100年)
今年で没後X百年
大町桂月(没後100年)
富ノ沢麟太郎(没後100年)
細井和喜蔵(没後100年)
木下利玄(没後100年)
富永太郎(没後100年)
エリザベス、アンナ・ゴルドン(没後100年)
徳永保之助(没後100年)
後藤謙太郎(没後100年)
エドワード・シルヴェスター・モース(没後100年)