牧野信一
1896.11.12 〜 1936.03.24
“牧野信一”に特徴的な語句
呟
称
他人
自家
凝
家
詩
昨夜
種々
吾家
反響
花弁
終
享
水車
転々
忽
彼女
唸
間
好
切
仮面
眼
覗
諾
敵
把手
口吟
態
面
妙
階下
堤
卓子
身装
彼
成人
阿母
陽
忙
灯火
彼
市
先程
寝
宛
降
点頭
滾
著者としての作品一覧
R漁場と都の酒場で(新字旧仮名)
読書目安時間:約33分
停車場へ小包を出しに行き、私は帰りを、裏山へ向ふ野良路をたどり、待ち構へてゐた者のやうにふところから「シノン物語」といふ作者不明の絵本をとり出すと、それらの壮烈な戦争絵を見て吾を忘 …
読書目安時間:約33分
停車場へ小包を出しに行き、私は帰りを、裏山へ向ふ野良路をたどり、待ち構へてゐた者のやうにふところから「シノン物語」といふ作者不明の絵本をとり出すと、それらの壮烈な戦争絵を見て吾を忘 …
I Am Not A Poet, But I Am A Poet.(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
「今日は二人で、こうして海を眺めながら、歌を作り合ふじやありませんか。 貴方は文科へ行つてゐらつしやるのだから定めし詩や歌をお作りになることがお上手でせう。 私なんか、どうもたゞ下 …
読書目安時間:約3分
「今日は二人で、こうして海を眺めながら、歌を作り合ふじやありませんか。 貴方は文科へ行つてゐらつしやるのだから定めし詩や歌をお作りになることがお上手でせう。 私なんか、どうもたゞ下 …
青白き公園(新字旧仮名)
読書目安時間:約34分
うるはしくもまたおそろしき 声もつ乙女ライン河の姫よ 湖水に沈みたる鐘の響 森の姫ラウデンデラインよ 星の世界へ昇りたるケルンよ さうして、花子さんも 千代子さんも 涙など流しては …
読書目安時間:約34分
うるはしくもまたおそろしき 声もつ乙女ライン河の姫よ 湖水に沈みたる鐘の響 森の姫ラウデンデラインよ 星の世界へ昇りたるケルンよ さうして、花子さんも 千代子さんも 涙など流しては …
茜蜻蛉(新字旧仮名)
読書目安時間:約30分
白いらつぱ草の花が、涌水の傍らに、薄闇に浮んで居り、水の音が静かであつた。咲いてゐるなとわたしはおもつた。トラムペツト・フラワ?いや、あれは凌霄花の意味だつたが、凌霄花もラツパ草も …
読書目安時間:約30分
白いらつぱ草の花が、涌水の傍らに、薄闇に浮んで居り、水の音が静かであつた。咲いてゐるなとわたしはおもつた。トラムペツト・フラワ?いや、あれは凌霄花の意味だつたが、凌霄花もラツパ草も …
明るく・暗く(新字旧仮名)
読書目安時間:約29分
天井の隅に、小さい四角な陽がひとつ、炎ゆるやうにキラキラと光つてゐた。湯槽の上の明りとりから射し込んだ陽が、反対の壁にかゝつてゐる鏡に当つて、其処に反映してゐるのだつた。 純吉は、 …
読書目安時間:約29分
天井の隅に、小さい四角な陽がひとつ、炎ゆるやうにキラキラと光つてゐた。湯槽の上の明りとりから射し込んだ陽が、反対の壁にかゝつてゐる鏡に当つて、其処に反映してゐるのだつた。 純吉は、 …
秋が深い頃だ(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
酒井君!いつかは失敬!あれはタイガア・カフエだつたかしら?そしてこの前の君の手紙もああいふわけで(?)失敬したよ。 手紙ありがたう、今もとても気の利いた感想なんてあるはずはないんだ …
読書目安時間:約2分
酒井君!いつかは失敬!あれはタイガア・カフエだつたかしら?そしてこの前の君の手紙もああいふわけで(?)失敬したよ。 手紙ありがたう、今もとても気の利いた感想なんてあるはずはないんだ …
秋雨の絶間(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
一降り欲しいとのぞんだ夏の小雨が、終日降り続いて、街の柳に煙つたかとみると、もうそれは秋雨と呼ばなければならない。軽く軽く絹糸のやうに降つてゐる小雨の音は、小声で唱歌を唄つてゐる綾 …
読書目安時間:約6分
一降り欲しいとのぞんだ夏の小雨が、終日降り続いて、街の柳に煙つたかとみると、もうそれは秋雨と呼ばなければならない。軽く軽く絹糸のやうに降つてゐる小雨の音は、小声で唱歌を唄つてゐる綾 …
秋晴れの日(新字旧仮名)
読書目安時間:約29分
彼は、飲酒があまり体質に適してゐないためか、毎朝うがひをする時に、腹の中から多量の酒臭い不快な水を吐き出した。前には、それは時々のことだつたがこの頃では、これが定めとなつてしまつた …
読書目安時間:約29分
彼は、飲酒があまり体質に適してゐないためか、毎朝うがひをする時に、腹の中から多量の酒臭い不快な水を吐き出した。前には、それは時々のことだつたがこの頃では、これが定めとなつてしまつた …
秋・二日の話(新字旧仮名)
読書目安時間:約14分
綽名だけは一人前——悪党きどりの不良少年——母島村長の懇望から三十人をけふ島送り——。 未だ十三や十四の身空でオートバイ、洋服、熊、ガタ倉、黒、トガワ、青坊主、ヤセ馬等といふ綽名を …
読書目安時間:約14分
綽名だけは一人前——悪党きどりの不良少年——母島村長の懇望から三十人をけふ島送り——。 未だ十三や十四の身空でオートバイ、洋服、熊、ガタ倉、黒、トガワ、青坊主、ヤセ馬等といふ綽名を …
悪筆(新字旧仮名)
読書目安時間:約20分
縁側の敷居には硝子戸がはまつてゐる。 あたり前の家と同じく勿論これは昼間だけの要で、夜になれば外側に雨戸が引かれるのだと私は、はじめ思つてゐたのだつたが、それが、これ一枚で雨戸兼帯 …
読書目安時間:約20分
縁側の敷居には硝子戸がはまつてゐる。 あたり前の家と同じく勿論これは昼間だけの要で、夜になれば外側に雨戸が引かれるのだと私は、はじめ思つてゐたのだつたが、それが、これ一枚で雨戸兼帯 …
朝(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
「あなたは何故酒を飲むだり煙草を喫つたりするのですか。神様は決してあなたにそんな事を教へなさらなかつた筈です。 いゝえ私にだけは神様がそれを許して下すつたのです。許すも許さないもな …
読書目安時間:約2分
「あなたは何故酒を飲むだり煙草を喫つたりするのですか。神様は決してあなたにそんな事を教へなさらなかつた筈です。 いゝえ私にだけは神様がそれを許して下すつたのです。許すも許さないもな …
朝居の話(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
去年の十二月のはぢめ頃だつた。 あたゝかく、風のない朝、十時時分、僕は蜜柑山の芝のスロウプに腰かけて、海を眺めてゐると、絵かきの朝居閑太郎が、僕の妻に案内されて、僕の前に立ち、情熱 …
読書目安時間:約5分
去年の十二月のはぢめ頃だつた。 あたゝかく、風のない朝、十時時分、僕は蜜柑山の芝のスロウプに腰かけて、海を眺めてゐると、絵かきの朝居閑太郎が、僕の妻に案内されて、僕の前に立ち、情熱 …
浅原六郎抄(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
先日銀座で保高さんに遇ひ、文芸首都に何か書くようにと命ぜられた折、わたしは浅原六朗を——と応へた。それより他に誰も思ひ浮ばなかつたのである。畢竟、彼はわたし達の文学生活にとつて忘れ …
読書目安時間:約5分
先日銀座で保高さんに遇ひ、文芸首都に何か書くようにと命ぜられた折、わたしは浅原六朗を——と応へた。それより他に誰も思ひ浮ばなかつたのである。畢竟、彼はわたし達の文学生活にとつて忘れ …
熱海線私語(新字旧仮名)
読書目安時間:約33分
一九三四年、秋——伊豆、丹那トンネルが開通して、それまでの「熱海線」といふ名称が抹殺された。そして「富士」「つばめ」「さくら」などの特急列車が快速力をあげて、私達の思ひ出を、同時に …
読書目安時間:約33分
一九三四年、秋——伊豆、丹那トンネルが開通して、それまでの「熱海線」といふ名称が抹殺された。そして「富士」「つばめ」「さくら」などの特急列車が快速力をあげて、私達の思ひ出を、同時に …
熱海へ(新字旧仮名)
読書目安時間:約21分
彼は徳利を倒にして、細君の顔を見返つた。 「未だ!」周子はわざとらしく眼を丸くした。 「早く!それでもうお終ひだ。」特別な事情がある為に、それで余計に飲むのだ、と察しられたりしては …
読書目安時間:約21分
彼は徳利を倒にして、細君の顔を見返つた。 「未だ!」周子はわざとらしく眼を丸くした。 「早く!それでもうお終ひだ。」特別な事情がある為に、それで余計に飲むのだ、と察しられたりしては …
熱い風(新字旧仮名)
読書目安時間:約45分
強ひては生活のかたちに何んな類ひの理想をも持たない、止め度もなく愚かに唯心的な私であつた。——いつも、いつも、たゞ胸一杯に茫漠と、そして切なく、幻の花輪車がくるくる廻つてゐるのを持 …
読書目安時間:約45分
強ひては生活のかたちに何んな類ひの理想をも持たない、止め度もなく愚かに唯心的な私であつた。——いつも、いつも、たゞ胸一杯に茫漠と、そして切なく、幻の花輪車がくるくる廻つてゐるのを持 …
熱い砂の上(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
駆け出した、とても歩いたりしてはをられなかつたから——砂が猛々しく焦けてゐて誰にも到底素足では踏み堪へられなかつた。 「熱い/\!」 「素晴しい暑さだ!」 「競争!競争!波打ちぎは …
読書目安時間:約7分
駆け出した、とても歩いたりしてはをられなかつたから——砂が猛々しく焦けてゐて誰にも到底素足では踏み堪へられなかつた。 「熱い/\!」 「素晴しい暑さだ!」 「競争!競争!波打ちぎは …
あやふやなこと(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
記者。お忙しいところへ、甚だ恐縮ですけれど、「私が処女作を発表するまで」と云ふやうなことに就いて、何かお話して下さいませんか。 牧野。処女作は、学生時分——早稲田に居る間——に、二 …
読書目安時間:約5分
記者。お忙しいところへ、甚だ恐縮ですけれど、「私が処女作を発表するまで」と云ふやうなことに就いて、何かお話して下さいませんか。 牧野。処女作は、学生時分——早稲田に居る間——に、二 …
或る五月の朝の話(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
「シン!シン!」 夢の中で彼は、さう自分の名前を呼ばれてゐるのに気づいたが、と同時にギュツと頬ツぺたをつねりあげられたので、思はずぎよツとして眼を見開いた。——Fが酷い仏頂面をして …
読書目安時間:約11分
「シン!シン!」 夢の中で彼は、さう自分の名前を呼ばれてゐるのに気づいたが、と同時にギュツと頬ツぺたをつねりあげられたので、思はずぎよツとして眼を見開いた。——Fが酷い仏頂面をして …
或るハイカーの記(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
適量の日本酒を静かに吟味しながら愛用してゐれば、凡そ健康上の効用に此れ以上のものは無いといふことは古来から夙に云はれて居り、わたしなども身をもつてそれを明言出来る者であつたが、誰し …
読書目安時間:約9分
適量の日本酒を静かに吟味しながら愛用してゐれば、凡そ健康上の効用に此れ以上のものは無いといふことは古来から夙に云はれて居り、わたしなども身をもつてそれを明言出来る者であつたが、誰し …
或る日の運動(新字旧仮名)
読書目安時間:約31分
「妾のところにも、Fさんを遊びに連れてお出でな。」 さうしないことが自分に対して無礼だ、友達甲斐がない——といふ意味を含めて、照子は、傲慢を衒ひ、高飛車に云ひ放つた。F——を照子の …
読書目安時間:約31分
「妾のところにも、Fさんを遊びに連れてお出でな。」 さうしないことが自分に対して無礼だ、友達甲斐がない——といふ意味を含めて、照子は、傲慢を衒ひ、高飛車に云ひ放つた。F——を照子の …
「或る日の運動」の続き(新字旧仮名)
読書目安時間:約16分
——「泳ぎ位ゐ三日も練習したら出来さうなものだがな!」 私は、此間うちから、かくれて読んでゐた水泳術の本を、鍵のかゝつた本箱の抽斗しから取り出して来て開いた。 そして私は、本になら …
読書目安時間:約16分
——「泳ぎ位ゐ三日も練習したら出来さうなものだがな!」 私は、此間うちから、かくれて読んでゐた水泳術の本を、鍵のかゝつた本箱の抽斗しから取り出して来て開いた。 そして私は、本になら …
淡雪(新字旧仮名)
読書目安時間:約30分
病弱者、遊蕩児、その他でも行末に戦人としての望みが持てさうもない子息達は凡て離籍して近隣の漁家や農家へ養子とするのが、昔その城下町の風習だつた。だが桑原家の主人は、そんな理由もなか …
読書目安時間:約30分
病弱者、遊蕩児、その他でも行末に戦人としての望みが持てさうもない子息達は凡て離籍して近隣の漁家や農家へ養子とするのが、昔その城下町の風習だつた。だが桑原家の主人は、そんな理由もなか …
「悪」の同意語(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間20分
小田原から静岡へ去つて、そこで雛妓のお光とたつた二人だけで小さな芸妓屋を始めたといふ話のお蝶を訪ねよう——さう思ふことゝ、米国ボストンのFに、最近の自分の消息を知らせなければならな …
読書目安時間:約1時間20分
小田原から静岡へ去つて、そこで雛妓のお光とたつた二人だけで小さな芸妓屋を始めたといふ話のお蝶を訪ねよう——さう思ふことゝ、米国ボストンのFに、最近の自分の消息を知らせなければならな …
池のまはり(新字旧仮名)
読書目安時間:約16分
「ね、お祖母さん——」 半分あまつたれるやうな口調で彼は、もぐ/\云はせながら祖母の炬燵の中へ割込むで行つた。 「厭だよ。お前なんかに入られると寒くつて仕様がありやしない。」 祖母 …
読書目安時間:約16分
「ね、お祖母さん——」 半分あまつたれるやうな口調で彼は、もぐ/\云はせながら祖母の炬燵の中へ割込むで行つた。 「厭だよ。お前なんかに入られると寒くつて仕様がありやしない。」 祖母 …
歌へる日まで(新字旧仮名)
読書目安時間:約36分
蝉——テテツクス——ミユーズの下僕——アポロの使者——白昼の夢想家——地上に於ける諸々の人間の行状をオリムパスのアポロに報告するためにこの世につかはされた観光客——客の名前をテテツ …
読書目安時間:約36分
蝉——テテツクス——ミユーズの下僕——アポロの使者——白昼の夢想家——地上に於ける諸々の人間の行状をオリムパスのアポロに報告するためにこの世につかはされた観光客——客の名前をテテツ …
鱗雲(新字旧仮名)
読書目安時間:約42分
百足凧——これは私達の幼時には毎年見物させられた珍らしくもなかつた凧である。当時は、大なり小なり大概の家にはこの百足の姿に擬した凧が大切に保存されてゐた。私の生家にも前代から持ち伝 …
読書目安時間:約42分
百足凧——これは私達の幼時には毎年見物させられた珍らしくもなかつた凧である。当時は、大なり小なり大概の家にはこの百足の姿に擬した凧が大切に保存されてゐた。私の生家にも前代から持ち伝 …
S・I生へ(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
本誌の二月号に、君が書いた、僕に関するスケツチ文は、稀に見る非常識な、失敬な文章である。 僕は、在学中適齢に達したが、猶予願ひすらせずに堂々と検査をうけたものだ。君は、どんなつもり …
読書目安時間:約2分
本誌の二月号に、君が書いた、僕に関するスケツチ文は、稀に見る非常識な、失敬な文章である。 僕は、在学中適齢に達したが、猶予願ひすらせずに堂々と検査をうけたものだ。君は、どんなつもり …
エハガキの激賞文(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
僕は一ト頃外国製のエハガキを集めたことがある、その頃は、集めた数々のものを酷く大切にして、夫々のアルバムを「科学篇」とか「歴史篇」とか「物語篇」とか「考古篇」とか「美術篇」とか「地 …
読書目安時間:約10分
僕は一ト頃外国製のエハガキを集めたことがある、その頃は、集めた数々のものを酷く大切にして、夫々のアルバムを「科学篇」とか「歴史篇」とか「物語篇」とか「考古篇」とか「美術篇」とか「地 …
F村での春(新字旧仮名)
読書目安時間:約29分
夜、眠れないと云つても樽野のは、それだけ昼間熟睡するからなので、神経衰弱といふわけではなかつた。朝寝と宵ツ張りが次第に嵩じて、たゞ昼と夜とが入れ違つてゐた。寝つきの悪さと、朝の目醒 …
読書目安時間:約29分
夜、眠れないと云つても樽野のは、それだけ昼間熟睡するからなので、神経衰弱といふわけではなかつた。朝寝と宵ツ張りが次第に嵩じて、たゞ昼と夜とが入れ違つてゐた。寝つきの悪さと、朝の目醒 …
鸚鵡のゐる部屋(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
フロラが飼つてゐる鸚鵡は、好く人に慣れてゐて籠から出してやると、あちこちの部屋をヨタヨタと散歩したり、階段を滑稽な脚どりで昇り降りしたりするが、 「お早う」も、 「今日は——」も知 …
読書目安時間:約9分
フロラが飼つてゐる鸚鵡は、好く人に慣れてゐて籠から出してやると、あちこちの部屋をヨタヨタと散歩したり、階段を滑稽な脚どりで昇り降りしたりするが、 「お早う」も、 「今日は——」も知 …
鸚鵡の思ひ出(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
「いくら熱心になつたつて無駄だわよ。——シン。鸚鵡だからつて必ず言葉を覚えるときまつてはゐまいし。」 アメリカ娘のFは、さう朗らかに笑つて私の肩を叩いた。足音を忍ばせて彼女は私の背 …
読書目安時間:約5分
「いくら熱心になつたつて無駄だわよ。——シン。鸚鵡だからつて必ず言葉を覚えるときまつてはゐまいし。」 アメリカ娘のFは、さう朗らかに笑つて私の肩を叩いた。足音を忍ばせて彼女は私の背 …
小川の流れ(新字旧仮名)
読書目安時間:約48分
或日彼は、過去の作品を一まとめにして、書物にすることで、読みはじめると、大変に情けなくなつて、恥で、火になつた。——身も世もなき思ひであつた。 就中、純吉といふ主人公が出て来る幾つ …
読書目安時間:約48分
或日彼は、過去の作品を一まとめにして、書物にすることで、読みはじめると、大変に情けなくなつて、恥で、火になつた。——身も世もなき思ひであつた。 就中、純吉といふ主人公が出て来る幾つ …
小田原の夏(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
「暑さ、涼しさの話。」 おや/\、もう夏なのか! 僕は忘れてゐた。——それで、壁の鏡をのぞいて見ると僕の額は玉の汗だ。なるほど僕は薄いシヤツ一枚だ、白いパンツだ。いつ頃僕はこんな身 …
読書目安時間:約3分
「暑さ、涼しさの話。」 おや/\、もう夏なのか! 僕は忘れてゐた。——それで、壁の鏡をのぞいて見ると僕の額は玉の汗だ。なるほど僕は薄いシヤツ一枚だ、白いパンツだ。いつ頃僕はこんな身 …
お蝶の訪れ(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
いま時分に、まだ花のあるところなんてあるのかしら?——はじめて来た方角には違ひないのだが、案外だ!この様子を見ると何処か途中にでも花見の場所があるのらしいが、どうも妙だ! 何処の花 …
読書目安時間:約11分
いま時分に、まだ花のあるところなんてあるのかしら?——はじめて来た方角には違ひないのだが、案外だ!この様子を見ると何処か途中にでも花見の場所があるのらしいが、どうも妙だ! 何処の花 …
お父さんのお寝坊(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
「いくら日曜の朝だからつて、もうお起ししなければいけませんわ。もう十時ぢやありませんか。美津子さん、お前お二階に行つてお父さんをお起ししていらつしやい。」 お母さんにかう云はれると …
読書目安時間:約6分
「いくら日曜の朝だからつて、もうお起ししなければいけませんわ。もう十時ぢやありませんか。美津子さん、お前お二階に行つてお父さんをお起ししていらつしやい。」 お母さんにかう云はれると …
驚いた話(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
去年の冬であつた。私は非常に憂鬱であつた。身も世もなく憂鬱であつた。真夜中に至るに伴れて私のそれは私の魂をも奪つた。私は、何うする事も出来なくなつて、床の間に人型を作つて飾つてある …
読書目安時間:約3分
去年の冬であつた。私は非常に憂鬱であつた。身も世もなく憂鬱であつた。真夜中に至るに伴れて私のそれは私の魂をも奪つた。私は、何うする事も出来なくなつて、床の間に人型を作つて飾つてある …
鬼の門(新字旧仮名)
読書目安時間:約32分
『ヒストリイ・オヴ・デビルズ』 『デビルズ・デイクシヨナリイ』 『クラシカル・マヂシアンズ・ボキアブラリイ・ブツク』 私は、その頃右の如き表題の辞書を繙きながら、 「クリステンダム …
読書目安時間:約32分
『ヒストリイ・オヴ・デビルズ』 『デビルズ・デイクシヨナリイ』 『クラシカル・マヂシアンズ・ボキアブラリイ・ブツク』 私は、その頃右の如き表題の辞書を繙きながら、 「クリステンダム …
「尾花」を読みて:(久保田万太郎・作)(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
途中で考へるから、ともかく銀座の方へ向つて走つて呉れたまへ——僕は、いつにもそんなことはないのだが、たつたひとりで寂しさうに外へ出ると、車に乗つて、そんな風に呟いた。外套の襟に顔を …
読書目安時間:約5分
途中で考へるから、ともかく銀座の方へ向つて走つて呉れたまへ——僕は、いつにもそんなことはないのだが、たつたひとりで寂しさうに外へ出ると、車に乗つて、そんな風に呟いた。外套の襟に顔を …
思ひ出した事(松竹座)(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
芝居を見るのは、何年振りのことだ。然も自ら切符を買ふこともせず、加けに文章を書く目的で芝居へ来るなんて、まつたく始めての経験だ。 だから私は、眼を皿のやうにして、凝つと「芝居」を見 …
読書目安時間:約7分
芝居を見るのは、何年振りのことだ。然も自ら切符を買ふこともせず、加けに文章を書く目的で芝居へ来るなんて、まつたく始めての経験だ。 だから私は、眼を皿のやうにして、凝つと「芝居」を見 …
親孝行(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
「新一、遅くなるよ、さあお起き。」と耳もとで母の声——。おや夢かな、と思ふ途端、悲しくも夢ではなかつた。私は亀の子のやうに床の中にもぐつた儘、眼を開いた。——なさけない程眠かつた。 …
読書目安時間:約6分
「新一、遅くなるよ、さあお起き。」と耳もとで母の声——。おや夢かな、と思ふ途端、悲しくも夢ではなかつた。私は亀の子のやうに床の中にもぐつた儘、眼を開いた。——なさけない程眠かつた。 …
愚かな朝の話(新字旧仮名)
読書目安時間:約16分
窓に限られた小さな空が紺碧に澄み渡つて、——何かかう今日の一日は愉快に暮せさうな、といふやうな爽々しい気持が、室の真中に上向けに寝転むだ儘、うつとりとその空を眺めあげた私の胸にふは …
読書目安時間:約16分
窓に限られた小さな空が紺碧に澄み渡つて、——何かかう今日の一日は愉快に暮せさうな、といふやうな爽々しい気持が、室の真中に上向けに寝転むだ儘、うつとりとその空を眺めあげた私の胸にふは …
女に臆病な男(新字旧仮名)
読書目安時間:約26分
務めの帰途、村瀬は銀座へ廻つて、この間うちから目星をつけておいた濃緑地に虹色の模様で唐草風を織り出したネクタイを一本購つた。六円あまりだつた。——少々自分の分在には不相応のやうでも …
読書目安時間:約26分
務めの帰途、村瀬は銀座へ廻つて、この間うちから目星をつけておいた濃緑地に虹色の模様で唐草風を織り出したネクタイを一本購つた。六円あまりだつた。——少々自分の分在には不相応のやうでも …
蚊(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
若しも貴方が妾に裏切るやうな事があれば、妾は屹度貴方を殺さずには置きませんよ、と常に云つてゐた女が、いざとなつたら他愛もなく此方を棄てゝ行つた。此方こそかうして未練がましくも折に触 …
読書目安時間:約9分
若しも貴方が妾に裏切るやうな事があれば、妾は屹度貴方を殺さずには置きませんよ、と常に云つてゐた女が、いざとなつたら他愛もなく此方を棄てゝ行つた。此方こそかうして未練がましくも折に触 …
ガール・シヤイ挿話(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
僕(理科大学生)は、さつき玄関でチラリと娘の姿を見たばかりで一途にカーツと全身の血潮が逆上してしまつて(註、ガール・シヤイを翻訳すれば、美しい女を見ると無性に気恥かしくなつて口が聞 …
読書目安時間:約4分
僕(理科大学生)は、さつき玄関でチラリと娘の姿を見たばかりで一途にカーツと全身の血潮が逆上してしまつて(註、ガール・シヤイを翻訳すれば、美しい女を見ると無性に気恥かしくなつて口が聞 …
街上スケツチ(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
明るいうちは風があつたが、陽が落ちると一処に綺麗に凪いで、街は夢のやうにうつとりとした。——円タクの運転手が、今年の冬は実に長かつた!と力を込めて話しかけた後に、然しまた、これから …
読書目安時間:約4分
明るいうちは風があつたが、陽が落ちると一処に綺麗に凪いで、街は夢のやうにうつとりとした。——円タクの運転手が、今年の冬は実に長かつた!と力を込めて話しかけた後に、然しまた、これから …
階段(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
川瀬美奈子——。 さういふ署名の手紙が久保に、はじめて寄せられたのは、三年も前のことである。久保は、手紙を書くのが不得手だつたので、まつたく返事を出したことはなかつたが(それに、何 …
読書目安時間:約13分
川瀬美奈子——。 さういふ署名の手紙が久保に、はじめて寄せられたのは、三年も前のことである。久保は、手紙を書くのが不得手だつたので、まつたく返事を出したことはなかつたが(それに、何 …
回答(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
一、趣味娯楽二、好物料理三、和洋装いづれを好まれますか 四、御交友名二三五、今夏旅行御予定は? 一、遠足、日本酒、オートバイドライブ。 二、西洋料理、初夏の野菜、淡白な魚類。 三、 …
読書目安時間:約1分
一、趣味娯楽二、好物料理三、和洋装いづれを好まれますか 四、御交友名二三五、今夏旅行御予定は? 一、遠足、日本酒、オートバイドライブ。 二、西洋料理、初夏の野菜、淡白な魚類。 三、 …
海棠の家(新字旧仮名)
読書目安時間:約14分
おそらくあの娘は、私より二つか三つぐらゐの年上だつたに違ひないのだが私には相当のおとなに見えた。兄弟はないらしかつた。 私の家にも稀には母親に伴れられて遊びに来たのであるが、よそに …
読書目安時間:約14分
おそらくあの娘は、私より二つか三つぐらゐの年上だつたに違ひないのだが私には相当のおとなに見えた。兄弟はないらしかつた。 私の家にも稀には母親に伴れられて遊びに来たのであるが、よそに …
海浜日誌:六月創作評(新字旧仮名)
読書目安時間:約14分
——日。六月の雑誌二冊ふところにして、朝、砂浜に坐る。時々こんな風にして浜に降りるが今朝はいつもとは違つた心だつた。「月評」をする筈なのだ。これは初めての仕事だ。——だから、である …
読書目安時間:約14分
——日。六月の雑誌二冊ふところにして、朝、砂浜に坐る。時々こんな風にして浜に降りるが今朝はいつもとは違つた心だつた。「月評」をする筈なのだ。これは初めての仕事だ。——だから、である …
海路(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
「登志さん、果物でも持つて行つたらどうなの、雑誌ばかり読んでゐないで……」 ナイフや皿の用意をととのへながら、母は登志子を促した。 「キクに言つてよ。あの集りの中へ這入つて行くのは …
読書目安時間:約10分
「登志さん、果物でも持つて行つたらどうなの、雑誌ばかり読んでゐないで……」 ナイフや皿の用意をととのへながら、母は登志子を促した。 「キクに言つてよ。あの集りの中へ這入つて行くのは …
会話一片(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
(Aは友Bは私) A「潤一郎の卍といふのを読んでゐる?」 B「面白さうだ、が余り短いので読まないよ。彼のものは長いのを一時に読むのが愉快だ。本になつたら読む。」 A「僕は大概始めか …
読書目安時間:約2分
(Aは友Bは私) A「潤一郎の卍といふのを読んでゐる?」 B「面白さうだ、が余り短いので読まないよ。彼のものは長いのを一時に読むのが愉快だ。本になつたら読む。」 A「僕は大概始めか …
鏡地獄(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間45分
「この一年半ほどのあひだ……」 せめても彼は、時をそれほどの間に限りたかつた。別段何の思慮もなく、何となく切ツ端詰つた頭から、ふつとそんな言葉が滑り出たのであるが、そして如何程藤井 …
読書目安時間:約1時間45分
「この一年半ほどのあひだ……」 せめても彼は、時をそれほどの間に限りたかつた。別段何の思慮もなく、何となく切ツ端詰つた頭から、ふつとそんな言葉が滑り出たのであるが、そして如何程藤井 …
「学生警鐘」と風(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
氷嚢の下 旅まくら 熱になやみて風を聴く とり落した手鏡の 破片にうつる いくつものわが顔 湖はひかりて ふるさとは遠い * 夜をこめて吹き荒んだ風が、次の日もまたその次の日も絶え …
読書目安時間:約13分
氷嚢の下 旅まくら 熱になやみて風を聴く とり落した手鏡の 破片にうつる いくつものわが顔 湖はひかりて ふるさとは遠い * 夜をこめて吹き荒んだ風が、次の日もまたその次の日も絶え …
蔭ひなた(新字旧仮名)
読書目安時間:約33分
或る朝、私が朝飯を済ませて煙草を喫してゐるとAが来て、あがらないで、 「君、直ぐ散歩へ行かう、早く早く、直ぐ仕度をして呉れ。君は斯ういふ服装は持つてゐないか?あゝ、さうか、無ければ …
読書目安時間:約33分
或る朝、私が朝飯を済ませて煙草を喫してゐるとAが来て、あがらないで、 「君、直ぐ散歩へ行かう、早く早く、直ぐ仕度をして呉れ。君は斯ういふ服装は持つてゐないか?あゝ、さうか、無ければ …
駆ける朝(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
「苦労」は後から後から、いくらでもおし寄せてくる。どんな風に撥ねかへし、どんな風に享けいれるか?に、思案がいるが、思案の浮んだためしがない。 ——早朝に起きる。机に、十八型程の大き …
読書目安時間:約8分
「苦労」は後から後から、いくらでもおし寄せてくる。どんな風に撥ねかへし、どんな風に享けいれるか?に、思案がいるが、思案の浮んだためしがない。 ——早朝に起きる。机に、十八型程の大き …
「樫の芽生え」を読みて(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
宮城聡氏の「樫の芽生え」なる小説を読んで、私は痛感に堪えられなかつた。宮城氏には面識があるようにも思ふが、その宮城氏と、この作者とが同じ人なのか、名前の方の記憶がなかつたりして、甚 …
読書目安時間:約2分
宮城聡氏の「樫の芽生え」なる小説を読んで、私は痛感に堪えられなかつた。宮城氏には面識があるようにも思ふが、その宮城氏と、この作者とが同じ人なのか、名前の方の記憶がなかつたりして、甚 …
「風博士」(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
厭世の偏奇境から発酵したとてつもないおしやべりです、これを読んで憤らうつたつて憤れる筈もありますまいし、笑ふには少々馬鹿/\し過ぎて、さて何としたものかと首をかしげさせられながら、 …
読書目安時間:約2分
厭世の偏奇境から発酵したとてつもないおしやべりです、これを読んで憤らうつたつて憤れる筈もありますまいし、笑ふには少々馬鹿/\し過ぎて、さて何としたものかと首をかしげさせられながら、 …
鵞鳥の家(新字旧仮名)
読書目安時間:約16分
(満里子の手帳から——) 冬のお休みになつたら今年もまた兄さん達といつしよに赤倉のスキーへ行くことを、あんなに楽しみにしてゐたのに、いざとなつたら母さんが何うしてもあたしだけを許し …
読書目安時間:約16分
(満里子の手帳から——) 冬のお休みになつたら今年もまた兄さん達といつしよに赤倉のスキーへ行くことを、あんなに楽しみにしてゐたのに、いざとなつたら母さんが何うしてもあたしだけを許し …
悲しき項羽(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
紀元前二百五年、始皇帝の秦は二世に滅びて、天下は再び曇り勝となつた。四隣には密雲が重く垂れ、稲妻に羅星の閃く戦国の夜は、いつになつて明けるやら、見定めもつかなかつたが、忽として頭を …
読書目安時間:約5分
紀元前二百五年、始皇帝の秦は二世に滅びて、天下は再び曇り勝となつた。四隣には密雲が重く垂れ、稲妻に羅星の閃く戦国の夜は、いつになつて明けるやら、見定めもつかなかつたが、忽として頭を …
彼に就いての挿話(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
井伏鱒二の作と人。 斯の題を得て私は、一昨夜彼のこれまでの作品——主として「鯉」から「シグレ島叙景」まで幾篇かの傑作佳作に就いて感ずるところを誌して見た。そして、また、昨夜は、それ …
読書目安時間:約8分
井伏鱒二の作と人。 斯の題を得て私は、一昨夜彼のこれまでの作品——主として「鯉」から「シグレ島叙景」まで幾篇かの傑作佳作に就いて感ずるところを誌して見た。そして、また、昨夜は、それ …
川蒸気は昔のまゝ(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
さあ、これから宿へ帰つて「東京見物記」といふ記事を書くのだ——おいおい、タキシイを呼び止めて呉れ、何方側だ?何方側だ?俺には見当がつかぬ——などゝ僕は同伴の妻に云ひ寄るのであつたが …
読書目安時間:約9分
さあ、これから宿へ帰つて「東京見物記」といふ記事を書くのだ——おいおい、タキシイを呼び止めて呉れ、何方側だ?何方側だ?俺には見当がつかぬ——などゝ僕は同伴の妻に云ひ寄るのであつたが …
川を遡りて(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
私たちは、その村で一軒の農家を借りうけ、そして裏山の櫟林の中腹にテントを張り、どちらが母屋であるか差別のつかぬ如き出放題な原始生活を送つてゐた。 或朝テントの中の食堂で、不図炊事係 …
読書目安時間:約9分
私たちは、その村で一軒の農家を借りうけ、そして裏山の櫟林の中腹にテントを張り、どちらが母屋であるか差別のつかぬ如き出放題な原始生活を送つてゐた。 或朝テントの中の食堂で、不図炊事係 …
環魚洞風景(新字旧仮名)
読書目安時間:約32分
「まつたく、ひどい音響だね!あれは——もう僕は、大抵慣れたつもりなんだが、だがさつぱり駄目だよ。——これほど突拍子もないものになると、一日に何辺繰り反されても、その度にひどく驚かさ …
読書目安時間:約32分
「まつたく、ひどい音響だね!あれは——もう僕は、大抵慣れたつもりなんだが、だがさつぱり駄目だよ。——これほど突拍子もないものになると、一日に何辺繰り反されても、その度にひどく驚かさ …
疳の虫(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
必ず九時迄に来ると、云つて置きながら、十五分も過ぎてゐるのに、未だ叔父は来なかつた。僕は堪らなく焦れたく思ひながらも、叔父の来ることを待つてゐるには違ひなかつたから、頭の中で到頭叔 …
読書目安時間:約6分
必ず九時迄に来ると、云つて置きながら、十五分も過ぎてゐるのに、未だ叔父は来なかつた。僕は堪らなく焦れたく思ひながらも、叔父の来ることを待つてゐるには違ひなかつたから、頭の中で到頭叔 …
喜劇考:(吾が、アウエルバツハの一節)(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
ドリアン——彼女は私達の愛馬の名前である。私達といふのは、私の『西部劇通信』なる一文中に活躍してゐるその山間での村の私の親愛なる知友達である。あのアメリカ・インヂアンの着物を常住服 …
読書目安時間:約10分
ドリアン——彼女は私達の愛馬の名前である。私達といふのは、私の『西部劇通信』なる一文中に活躍してゐるその山間での村の私の親愛なる知友達である。あのアメリカ・インヂアンの着物を常住服 …
気狂ひ師匠(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
わたしのうちには頭のやまひの血統があるといふことだが、なるほど云はれて見るとわたしの知る限りでも、父親の弟を知つてゐる。つまりわたしのほんとうの叔父であり、医学士であつた。誰よりも …
読書目安時間:約7分
わたしのうちには頭のやまひの血統があるといふことだが、なるほど云はれて見るとわたしの知る限りでも、父親の弟を知つてゐる。つまりわたしのほんとうの叔父であり、医学士であつた。誰よりも …
鬼涙村(新字新仮名)
読書目安時間:約29分
鵙の声が鋭くけたたましい。万豊の栗林からだが、まるで直ぐの窓上の空ででもあるかのようにちかぢかと澄んで耳を突く。きょうは晴れるかとつぶやきながら、私は窓をあけて見た。窓の下はまだ朝 …
読書目安時間:約29分
鵙の声が鋭くけたたましい。万豊の栗林からだが、まるで直ぐの窓上の空ででもあるかのようにちかぢかと澄んで耳を突く。きょうは晴れるかとつぶやきながら、私は窓をあけて見た。窓の下はまだ朝 …
鬼涙村(新字旧仮名)
読書目安時間:約29分
鵙の声が鋭く気たゝましい。万豊の栗林からだが、まるで直ぐの窓上の空でゞもあるかのやうにちかぢかと澄んで耳を突く。けふは晴れるかとつぶやきながら、私は窓をあけて見た。窓の下は未だ朝霧 …
読書目安時間:約29分
鵙の声が鋭く気たゝましい。万豊の栗林からだが、まるで直ぐの窓上の空でゞもあるかのやうにちかぢかと澄んで耳を突く。けふは晴れるかとつぶやきながら、私は窓をあけて見た。窓の下は未だ朝霧 …
奇友往来:(引越しをする男)(新字旧仮名)
読書目安時間:約20分
いつも私はひとりで、教室の一番うしろの席について、うつらうつらと窓の外を眺めてゐる文科の学生であつたが、毎時間毎時間そんな風にして居眠りをしたり、屋根を見あげたりしてゐるうちに、恰 …
読書目安時間:約20分
いつも私はひとりで、教室の一番うしろの席について、うつらうつらと窓の外を眺めてゐる文科の学生であつたが、毎時間毎時間そんな風にして居眠りをしたり、屋根を見あげたりしてゐるうちに、恰 …
極夜の記(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
静かな、初秋の夜である。 もう、幾日といふことなく、漫然とまつたく同じ夜ばかりを送り迎へてゐるのだが、夜毎に静けさが増して来るやうだ。 要があつて、斯うしてゐるわけではない、昼間ぐ …
読書目安時間:約11分
静かな、初秋の夜である。 もう、幾日といふことなく、漫然とまつたく同じ夜ばかりを送り迎へてゐるのだが、夜毎に静けさが増して来るやうだ。 要があつて、斯うしてゐるわけではない、昼間ぐ …
魚籃坂にて(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
魚籃坂に住んで二度目の夏を迎へるわけだが、割合にこのあたりは住み心地が佳いのだらうか、何時何処に移つても直ぐその翌日あたりから、さてこの次は何処に住まうかといふやうなことを考へはじ …
読書目安時間:約6分
魚籃坂に住んで二度目の夏を迎へるわけだが、割合にこのあたりは住み心地が佳いのだらうか、何時何処に移つても直ぐその翌日あたりから、さてこの次は何処に住まうかといふやうなことを考へはじ …
疑惑の城(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
——嘘をつくな、試みに君の手鏡を執りあげて見給へ、君の容色は日増に蒼ざめてゆくではないか、吾等は宇宙の真理のために、そしてまた君が若し芸術に志すならば、芸術のために蒼ざめるべきでは …
読書目安時間:約7分
——嘘をつくな、試みに君の手鏡を執りあげて見給へ、君の容色は日増に蒼ざめてゆくではないか、吾等は宇宙の真理のために、そしてまた君が若し芸術に志すならば、芸術のために蒼ざめるべきでは …
久保田万太郎(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
きのふしばらくぶりで東京へ行き「文藝通信」の机でこれを書かうと二時間あまりもぼんやりしてゐたが久保田さんときくといつそ目の前の電話機をとりたくなつて、だがとうとうその決心もつかなか …
読書目安時間:約2分
きのふしばらくぶりで東京へ行き「文藝通信」の机でこれを書かうと二時間あまりもぼんやりしてゐたが久保田さんときくといつそ目の前の電話機をとりたくなつて、だがとうとうその決心もつかなか …
くもり日つゞき(新字旧仮名)
読書目安時間:約12分
外に出るのは誰も具合が悪かつた。 それで、飽きもせず彼等は私の部屋に碌々とし続けた。(——と私は今、村での日日を思ひ出すのである。つい此間までの村の私の勉強室である。私は余儀なく村 …
読書目安時間:約12分
外に出るのは誰も具合が悪かつた。 それで、飽きもせず彼等は私の部屋に碌々とし続けた。(——と私は今、村での日日を思ひ出すのである。つい此間までの村の私の勉強室である。私は余儀なく村 …
繰舟で往く家(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
春来頻リニ到ル宋家の東 袖ヲ垂レ懐ヲ開キテ好風ヲ待ツ 艪を漕ぐのには川底が浅すぎる、棹をさすのには流れが速すぎる——そのやうな川を渡るために、岸から岸へ綱を引き、乗手は綱を手繰つて …
読書目安時間:約10分
春来頻リニ到ル宋家の東 袖ヲ垂レ懐ヲ開キテ好風ヲ待ツ 艪を漕ぐのには川底が浅すぎる、棹をさすのには流れが速すぎる——そのやうな川を渡るために、岸から岸へ綱を引き、乗手は綱を手繰つて …
競馬の日(新字旧仮名)
読書目安時間:約20分
眠つても眠つても眠り足りないやうな果しもなくぼんやりした頭を醒すために私は、屡々いろいろな手段を講じる。 頭がぼんやりしてゐると私は、いつも飛んでもない失敗を繰り返す癖に怖れをもつ …
読書目安時間:約20分
眠つても眠つても眠り足りないやうな果しもなくぼんやりした頭を醒すために私は、屡々いろいろな手段を講じる。 頭がぼんやりしてゐると私は、いつも飛んでもない失敗を繰り返す癖に怖れをもつ …
月下のマラソン(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
……去年の春だつた。七郎は一時逆車輪を過つて機械体操からすべり落ち、気を失つた。 ふと吾に返ると沢田が汗みづくになつて自分を背負つてゆく。紅く上気した沢田の頬に桜の花が影を落してゐ …
読書目安時間:約6分
……去年の春だつた。七郎は一時逆車輪を過つて機械体操からすべり落ち、気を失つた。 ふと吾に返ると沢田が汗みづくになつて自分を背負つてゆく。紅く上気した沢田の頬に桜の花が影を落してゐ …
月評(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
読むのがのろいからと心配して——これで僕は四ヶ月もつゞけて(三ヶ月間は、「早稲田文学」のために——)早く出るものからぼつ/\と読みはじめ、さて、いよ/\書かうといふ段になると、十日 …
読書目安時間:約11分
読むのがのろいからと心配して——これで僕は四ヶ月もつゞけて(三ヶ月間は、「早稲田文学」のために——)早く出るものからぼつ/\と読みはじめ、さて、いよ/\書かうといふ段になると、十日 …
喧嘩咄(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
ちかごろ或る日、十何年も他所にあづけ放してあるトランクをあけて見ると昔のエハガキブックや本や手帳にまぢって、二十歳前後の写真を二束見つけた。その中に“To Mr. S. Makin …
読書目安時間:約9分
ちかごろ或る日、十何年も他所にあづけ放してあるトランクをあけて見ると昔のエハガキブックや本や手帳にまぢって、二十歳前後の写真を二束見つけた。その中に“To Mr. S. Makin …
公園へ行く道(新字旧仮名)
読書目安時間:約27分
「散髪して来よう。」 さう、思ひつくと、彼は、膝の上の夕刊を投げ棄てゝ、安座からむつくりと立ちあがつた。立ちあがつた彼は、如何にも退屈らしく「ウーム」と云つて大きな伸びをした。その …
読書目安時間:約27分
「散髪して来よう。」 さう、思ひつくと、彼は、膝の上の夕刊を投げ棄てゝ、安座からむつくりと立ちあがつた。立ちあがつた彼は、如何にも退屈らしく「ウーム」と云つて大きな伸びをした。その …
好日の記(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
わたしは昨今横須賀に住んでゐるので、映画などを見たいときは湘南電車で、横浜へ出かけるのであつた。ながい間の酒の習慣を、止むなく禁じなければならない健康状態から、恰度この一年ばかりの …
読書目安時間:約8分
わたしは昨今横須賀に住んでゐるので、映画などを見たいときは湘南電車で、横浜へ出かけるのであつた。ながい間の酒の習慣を、止むなく禁じなければならない健康状態から、恰度この一年ばかりの …
好色夢(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
回想 父の十三回忌が一昨年と思はれ、たしかその歿後の翌年と回想される故指折れば早くも十星霜にあまる時が経ちしなり、故葛西善蔵氏が切りと余に力作をすゝめ、稿終るや氏は未読のまゝに故滝 …
読書目安時間:約13分
回想 父の十三回忌が一昨年と思はれ、たしかその歿後の翌年と回想される故指折れば早くも十星霜にあまる時が経ちしなり、故葛西善蔵氏が切りと余に力作をすゝめ、稿終るや氏は未読のまゝに故滝 …
香水の虹(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
窓帷をあけて、みつ子は窓から庭を見降した。やはらかな朝の日射が、ふかぶかと花壇の草花にふりそゝいでゐる。 姉はカーネーシヨンの花が好きだつた。花壇の隅に美しく咲き誇つてゐる桃色の花 …
読書目安時間:約7分
窓帷をあけて、みつ子は窓から庭を見降した。やはらかな朝の日射が、ふかぶかと花壇の草花にふりそゝいでゐる。 姉はカーネーシヨンの花が好きだつた。花壇の隅に美しく咲き誇つてゐる桃色の花 …
交遊記(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
そのころも手帳に日記をつけてゐた。学生時分からの友達は鈴木十郎と柏村次郎だつた。大正九年のころ、時事新報の雑誌部に勤めてゐた。鈴木の義兄にあたる巌谷氏の恩顧だつた。鈴木とは子供の時 …
読書目安時間:約6分
そのころも手帳に日記をつけてゐた。学生時分からの友達は鈴木十郎と柏村次郎だつた。大正九年のころ、時事新報の雑誌部に勤めてゐた。鈴木の義兄にあたる巌谷氏の恩顧だつた。鈴木とは子供の時 …
交遊秘話(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
私が、G・L・マイアム氏から私の作品に寄せる最も好意ある手紙を貰つたのは昨年の冬の頃だつた。その後頻繁に手紙の往復をするやうになつてゐたが、初めて言葉を交す機会を得たのは今年の春頃 …
読書目安時間:約8分
私が、G・L・マイアム氏から私の作品に寄せる最も好意ある手紙を貰つたのは昨年の冬の頃だつた。その後頻繁に手紙の往復をするやうになつてゐたが、初めて言葉を交す機会を得たのは今年の春頃 …
五月のはじめ(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
一日晴明方五時、時計は壊れてゐるが、空や影や光の具合で大概見当がつく、——売薬嗜眠剤の悪夢に倦きたので旬日の禁を犯して洋酒を摂る。漸くにして陶然たる頃、窓方の明るみも亦仄かとなる。 …
読書目安時間:約3分
一日晴明方五時、時計は壊れてゐるが、空や影や光の具合で大概見当がつく、——売薬嗜眠剤の悪夢に倦きたので旬日の禁を犯して洋酒を摂る。漸くにして陶然たる頃、窓方の明るみも亦仄かとなる。 …
五月六日(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
一ぺん朝はやく起きたのであつたが、ゆうべから読みかけてゐた「ライネケの話」といふおとぎばなしを感心しながら読んでゐるうちに、うと/\してしまつて風谷龍吉君に起されると、お午だつた。 …
読書目安時間:約3分
一ぺん朝はやく起きたのであつたが、ゆうべから読みかけてゐた「ライネケの話」といふおとぎばなしを感心しながら読んでゐるうちに、うと/\してしまつて風谷龍吉君に起されると、お午だつた。 …
凩日記(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
* 心象の飛躍を索め、生活の変貌を翹望する——斯ういふ意味のことは口にしたり記述されたりする場合に接すると多く無稽感を誘はれるものだが、真実に人の胸底に巣喰ふ左様な憧憬や苦悶は最も …
読書目安時間:約9分
* 心象の飛躍を索め、生活の変貌を翹望する——斯ういふ意味のことは口にしたり記述されたりする場合に接すると多く無稽感を誘はれるものだが、真実に人の胸底に巣喰ふ左様な憧憬や苦悶は最も …
木枯の吹くころ(新字旧仮名)
読書目安時間:約19分
そとは光りに洗はれた月夜である。窓の下は、六尺あまりの探さと、三間の幅をもつた川だが、水車がとまると、水の音は何んなに耳を澄ましても聴えぬのだ。 「寒いのに何故、窓をあけておかなけ …
読書目安時間:約19分
そとは光りに洗はれた月夜である。窓の下は、六尺あまりの探さと、三間の幅をもつた川だが、水車がとまると、水の音は何んなに耳を澄ましても聴えぬのだ。 「寒いのに何故、窓をあけておかなけ …
今年の文壇で(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
一、最も印象に残つた作品二、最も活躍した人 一、広津和郎「一時期」 小島政二郎「眼中の人」 室生犀星「弄獅子」 以上五月までに読んだもの。六月以来今年は主に昆虫採集旅行に耽つてゐた …
読書目安時間:約1分
一、最も印象に残つた作品二、最も活躍した人 一、広津和郎「一時期」 小島政二郎「眼中の人」 室生犀星「弄獅子」 以上五月までに読んだもの。六月以来今年は主に昆虫採集旅行に耽つてゐた …
今年の文壇を回顧する(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
一、昭和八年度文壇は貴下に如何なる感想を与へましたか二、本年中で発表された作品で最も印象に残つたものは何ですか 二、あらためて振り返つて見ると、小生は今年あちこちと、さ迷ひ回つてゐ …
読書目安時間:約1分
一、昭和八年度文壇は貴下に如何なる感想を与へましたか二、本年中で発表された作品で最も印象に残つたものは何ですか 二、あらためて振り返つて見ると、小生は今年あちこちと、さ迷ひ回つてゐ …
今年発表した一ばん好きな自作について(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
今年発表した作品のうちでは次の三篇に幾分の好意を感ずる。小林君と河上君の言葉を覚へてゐる。 ラガド大学参観記 吊籠と月光と 歌へる日まで(西部劇通信、アウエルバツハの歌) 以上は相 …
読書目安時間:約1分
今年発表した作品のうちでは次の三篇に幾分の好意を感ずる。小林君と河上君の言葉を覚へてゐる。 ラガド大学参観記 吊籠と月光と 歌へる日まで(西部劇通信、アウエルバツハの歌) 以上は相 …
今年発表の作品(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
「F村での春」「西瓜喰ふ人」「鱗雲」「山を越えて」「昔の歌留多」「藪のほとり」「雪景色」以上七篇、生活の上ではかなり努力したつもりだが斯うして題名をかぞへて見ると大変に空虚を感じる …
読書目安時間:約1分
「F村での春」「西瓜喰ふ人」「鱗雲」「山を越えて」「昔の歌留多」「藪のほとり」「雪景色」以上七篇、生活の上ではかなり努力したつもりだが斯うして題名をかぞへて見ると大変に空虚を感じる …
〔小林秀雄氏への公開状〕(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
この手紙を書くべく考へはぢめて、もう十日あまりも経つのであるが、手紙といふても稍かたちの違ふものであるから、起きあがつてからと思つてゐるうちに、中々風邪が治らず、もう間に合ひさうも …
読書目安時間:約2分
この手紙を書くべく考へはぢめて、もう十日あまりも経つのであるが、手紙といふても稍かたちの違ふものであるから、起きあがつてからと思つてゐるうちに、中々風邪が治らず、もう間に合ひさうも …
駒鳥の胸(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
「黄金の羽虫、どこから来たの。蜜飲の虫、あらあら、いけないわ。そんなに私の傍へ寄つてはいやよ、日向の雛鳥、あつちへお行きよ。」 レオナさんは緑石の様に輝いた美しい瞳をうつとりとかす …
読書目安時間:約8分
「黄金の羽虫、どこから来たの。蜜飲の虫、あらあら、いけないわ。そんなに私の傍へ寄つてはいやよ、日向の雛鳥、あつちへお行きよ。」 レオナさんは緑石の様に輝いた美しい瞳をうつとりとかす …
再婚(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
こんな芝居を観に来るんぢやなかつた——と夫は後悔した。彼は、細君がどんな顔をしてゐるか気になつて、一寸横目をつかつた。——「チヨツ、怪しからんぞ!」 細君は夫のことなど毛程も意識に …
読書目安時間:約2分
こんな芝居を観に来るんぢやなかつた——と夫は後悔した。彼は、細君がどんな顔をしてゐるか気になつて、一寸横目をつかつた。——「チヨツ、怪しからんぞ!」 細君は夫のことなど毛程も意識に …
坂口安吾君の『黒谷村』を読む(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
坂口安吾の作品集が出たことは近頃僕にとつての稀なる快心の一つだ。といふのは友情的な心懐を全く別にして予々僕はこれらの作品については、その厭世の偏奇境から沸然として発酵し奇天烈無比な …
読書目安時間:約3分
坂口安吾の作品集が出たことは近頃僕にとつての稀なる快心の一つだ。といふのは友情的な心懐を全く別にして予々僕はこれらの作品については、その厭世の偏奇境から沸然として発酵し奇天烈無比な …
坂道の孤独参昧(新字旧仮名)
読書目安時間:約39分
何故俺は些う迄性のない愚図なんだらう、これツぱかりの事を何も思ひ惑ふにはあたらない、手取り早く仕度さへすれば二時間も掛らないで出来上る……が、純造は「明日こそは——」と叱るやうに決 …
読書目安時間:約39分
何故俺は些う迄性のない愚図なんだらう、これツぱかりの事を何も思ひ惑ふにはあたらない、手取り早く仕度さへすれば二時間も掛らないで出来上る……が、純造は「明日こそは——」と叱るやうに決 …
〔作者の言分〕:(「淡雪」の作者)(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
海野武二氏の批評に就いては、その観点の差異が全く対蹠的なものであり、不断抗議を述べるとならば寧ろ簡略に申しがたく、この場合は残念ながら黙つて通り過ぎるより他方法も見出せないのであり …
読書目安時間:約1分
海野武二氏の批評に就いては、その観点の差異が全く対蹠的なものであり、不断抗議を述べるとならば寧ろ簡略に申しがたく、この場合は残念ながら黙つて通り過ぎるより他方法も見出せないのであり …
サクラの花びら(新字旧仮名)
読書目安時間:約50分
テオドル・ルーズベルトが、一九〇二年に大統領の覇権を獲得して、九年までの二期、その前後に於けるW・マツキンレイ及びW・H・タフト——彼等三者の数年間にわたる激しい争覇戦は、北米政戦 …
読書目安時間:約50分
テオドル・ルーズベルトが、一九〇二年に大統領の覇権を獲得して、九年までの二期、その前後に於けるW・マツキンレイ及びW・H・タフト——彼等三者の数年間にわたる激しい争覇戦は、北米政戦 …
酒盗人(新字旧仮名)
読書目安時間:約25分
私は、マールの花模様を唐草風に浮彫りにした銀の横笛を吹きずさみながら、 ……………… おゝこれはこれ ノルマンデイの草原から 長蛇船の櫂をそろへて 勇ましく 波を越えまた波と闘ひ …
読書目安時間:約25分
私は、マールの花模様を唐草風に浮彫りにした銀の横笛を吹きずさみながら、 ……………… おゝこれはこれ ノルマンデイの草原から 長蛇船の櫂をそろへて 勇ましく 波を越えまた波と闘ひ …
雑談抄(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
私の友達のBは、今或る望遠鏡製作会社の検査係りといふ役目を務めてゐます。終日望遠鏡を眼にあてゝゐるのが仕事なのです。会社への往復と食事時間と夜の睡眠時間以外にはBの眼から双眼鏡が離 …
読書目安時間:約3分
私の友達のBは、今或る望遠鏡製作会社の検査係りといふ役目を務めてゐます。終日望遠鏡を眼にあてゝゐるのが仕事なのです。会社への往復と食事時間と夜の睡眠時間以外にはBの眼から双眼鏡が離 …
サフランの花(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
これは私の父親(二十五才)の日記である。一八九八年六月、在米ボストン市 * 晴、午後に至りて風強し。頭あがらず。七時八時九時と時計を見入つて登校の思ひに急がれるばかりだがいよ/\も …
読書目安時間:約5分
これは私の父親(二十五才)の日記である。一八九八年六月、在米ボストン市 * 晴、午後に至りて風強し。頭あがらず。七時八時九時と時計を見入つて登校の思ひに急がれるばかりだがいよ/\も …
サロメと体操:ヘツペル先生との挿話(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
学生であつた私は春の休暇で故郷の町に帰つてゐたが、うちでは勉強が出来ないと称して二三駅離れた海辺の村へ逃れてたつた独りで暮してゐた。そしてヘツペル先生へ長い手紙ばかりを書いてゐた。 …
読書目安時間:約8分
学生であつた私は春の休暇で故郷の町に帰つてゐたが、うちでは勉強が出来ないと称して二三駅離れた海辺の村へ逃れてたつた独りで暮してゐた。そしてヘツペル先生へ長い手紙ばかりを書いてゐた。 …
山峡の凧(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
百足凧と称する奇怪なかたちの凧は、殆ど人に知られてゐないらしい。竜凧といふのは去年も日比谷で挙げられたが、それよりも稍かたちが小さく、凡そ構造は似てゐるが、それよりもはつきりと日本 …
読書目安時間:約9分
百足凧と称する奇怪なかたちの凧は、殆ど人に知られてゐないらしい。竜凧といふのは去年も日比谷で挙げられたが、それよりも稍かたちが小さく、凡そ構造は似てゐるが、それよりもはつきりと日本 …
山峡の村にて(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
その村は、東京から三時間もかゝらぬ遠さであり、私が長い間住なれたところであつたが私は最早まる一年も帰らなかつた。恰度、一年前の今ごろ私はカバンを一つぶらさげて芝居見物に上京したまゝ …
読書目安時間:約9分
その村は、東京から三時間もかゝらぬ遠さであり、私が長い間住なれたところであつたが私は最早まる一年も帰らなかつた。恰度、一年前の今ごろ私はカバンを一つぶらさげて芝居見物に上京したまゝ …
サンニー・サイド・ハウス(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
……………… 火をいれた誘蛾灯が机の上に置いてあります。その光りで見ると、捕虫綱もあります。毒壺も、採集箱もそろつてゐます。 どうもこれは見覚えのある道具だと思つて、とりあげてみる …
読書目安時間:約8分
……………… 火をいれた誘蛾灯が机の上に置いてあります。その光りで見ると、捕虫綱もあります。毒壺も、採集箱もそろつてゐます。 どうもこれは見覚えのある道具だと思つて、とりあげてみる …
自己紹介(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
どういふことを書いていゝか見当が付かない。写真は笑顔を示さずに撮るのが普通だらう、そして男なら成るべく深刻気な苦味を添へて——。だが僕には、深刻もなく苦味もないから六ヶしい顔も出来 …
読書目安時間:約1分
どういふことを書いていゝか見当が付かない。写真は笑顔を示さずに撮るのが普通だらう、そして男なら成るべく深刻気な苦味を添へて——。だが僕には、深刻もなく苦味もないから六ヶしい顔も出来 …
辞書と新聞紙(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
あるところに大層偉い王様がありました。お国は大へんよく治つて居りましたが、たつた一つ王様にとつて心配なことがありました。それは王様には王子様が一人も無いといふことなのです。王様は常 …
読書目安時間:約6分
あるところに大層偉い王様がありました。お国は大へんよく治つて居りましたが、たつた一つ王様にとつて心配なことがありました。それは王様には王子様が一人も無いといふことなのです。王様は常 …
失題(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
一刻も早く家へ帰り度い気持と、それとは反対に、どこかへ行つて見度いといふ気持——がその二つの心にのみ面接してゐたといふ程ではなく、ただその朧ろげな二つの気持を「空漠」とした白さが濡 …
読書目安時間:約4分
一刻も早く家へ帰り度い気持と、それとは反対に、どこかへ行つて見度いといふ気持——がその二つの心にのみ面接してゐたといふ程ではなく、ただその朧ろげな二つの気持を「空漠」とした白さが濡 …
写真に添えて:(都の友へ送つた手紙)(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
この家の納屋で僕は斯んな奇妙な自転車を発見した。 御覧の如く前輪は恰も水車のやうに大きく、後の輪がお盆のやうに小さい地金製の三輪車であるが、然も之が成人の乗用車なんだぜ。この家の隠 …
読書目安時間:約3分
この家の納屋で僕は斯んな奇妙な自転車を発見した。 御覧の如く前輪は恰も水車のやうに大きく、後の輪がお盆のやうに小さい地金製の三輪車であるが、然も之が成人の乗用車なんだぜ。この家の隠 …
周一と空気銃とハーモニカ(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
周一は、今年のお年玉に叔父さんから空気銃を貰つた。去年から欲しがつてゐたものだつたが、危いから駄目だ/\と云はれて、父からも母からも許されなかつた。その代りクリスマスの日に母から立 …
読書目安時間:約7分
周一は、今年のお年玉に叔父さんから空気銃を貰つた。去年から欲しがつてゐたものだつたが、危いから駄目だ/\と云はれて、父からも母からも許されなかつた。その代りクリスマスの日に母から立 …
十二年文壇に対する要求:結局は「自分の道」(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
努めて考へても、問題に添ふべき纏つた考へは、どんなかたちに於ても浮んで来ない。多少ながら浮んで来るものは、自分に対する自分の要求とでも云ふ風なかたちで淡く残るのみである。それをずつ …
読書目安時間:約1分
努めて考へても、問題に添ふべき纏つた考へは、どんなかたちに於ても浮んで来ない。多少ながら浮んで来るものは、自分に対する自分の要求とでも云ふ風なかたちで淡く残るのみである。それをずつ …
珠玉の如き(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
奥深い芸術の殿堂であつた。 山門をくゞり、径道をのぼつて、堂のほとりに達すると、常緑樹の翠の香が煙りの如く漂ふてゐた。 薄暗い廻廊を幾曲りして、(おゝこれは何といふ手のこんだ誤り易 …
読書目安時間:約2分
奥深い芸術の殿堂であつた。 山門をくゞり、径道をのぼつて、堂のほとりに達すると、常緑樹の翠の香が煙りの如く漂ふてゐた。 薄暗い廻廊を幾曲りして、(おゝこれは何といふ手のこんだ誤り易 …
祝福された星の歌:An episode from the forest(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
麓の村から五哩あまり、馬の背で踏み入る森林地帯の山奥——苔むした岩々の間を、隠花植物の影を浮べて、さんさんと流れる谿川のほとりに営まれた伐木工場の丸木小屋の事務所に、その頃私はアメ …
読書目安時間:約9分
麓の村から五哩あまり、馬の背で踏み入る森林地帯の山奥——苔むした岩々の間を、隠花植物の影を浮べて、さんさんと流れる谿川のほとりに営まれた伐木工場の丸木小屋の事務所に、その頃私はアメ …
出発(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
「風よ風よ、吾を汝が立琴となせ、彼の森の如く——か、ハツハツハ……琴にならぬうちに、おさらばだよ、森よ森よ、さよなら——と!」 「真面目かと思へば冗談で、冗談かと思へば生真面目で、 …
読書目安時間:約8分
「風よ風よ、吾を汝が立琴となせ、彼の森の如く——か、ハツハツハ……琴にならぬうちに、おさらばだよ、森よ森よ、さよなら——と!」 「真面目かと思へば冗談で、冗談かと思へば生真面目で、 …
趣味に関して(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
或日、趣味に関して人に問はれた。 稍暫く私は、堅く首を傾けて忠実に沈思した——結局、酒なのか?と訊ねられた。それも私は、烏耶無耶に、否定するほどの気力もなく、何となくかぶりを振るだ …
読書目安時間:約8分
或日、趣味に関して人に問はれた。 稍暫く私は、堅く首を傾けて忠実に沈思した——結局、酒なのか?と訊ねられた。それも私は、烏耶無耶に、否定するほどの気力もなく、何となくかぶりを振るだ …
城ヶ島の春(旧字旧仮名)
読書目安時間:約8分
城ヶ島といふと、たゞちに北原白秋さんを連想する——といふより白秋さんから、わたしは城ヶ島を知り、恰度酒を飮みはじめた十何年か前のころ、わたしたちは醉ひさへすれば、城ヶ島の雨を合唱し …
読書目安時間:約8分
城ヶ島といふと、たゞちに北原白秋さんを連想する——といふより白秋さんから、わたしは城ヶ島を知り、恰度酒を飮みはじめた十何年か前のころ、わたしたちは醉ひさへすれば、城ヶ島の雨を合唱し …
城ヶ島の春(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
城ヶ島といふと、たゞちに北原白秋さんを連想する——といふより白秋さんから、わたしは城ヶ島を知り、恰度酒を飲みはじめた十何年か前のころ、わたしたちは酔ひさへすれば、城ヶ島の雨を合唱し …
読書目安時間:約8分
城ヶ島といふと、たゞちに北原白秋さんを連想する——といふより白秋さんから、わたしは城ヶ島を知り、恰度酒を飲みはじめた十何年か前のころ、わたしたちは酔ひさへすれば、城ヶ島の雨を合唱し …
消息抄(近頃書いた或る私の手紙から。)(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
何故現在の住所を書いて寄さないのか?と屡々汝に云はれるが、汝との手紙が一回往復される間には大概予の居住は変つてしまふのだ!あれ以来予は既に三個所も居を移してゐる、いつも田舎の母家を …
読書目安時間:約3分
何故現在の住所を書いて寄さないのか?と屡々汝に云はれるが、汝との手紙が一回往復される間には大概予の居住は変つてしまふのだ!あれ以来予は既に三個所も居を移してゐる、いつも田舎の母家を …
松竹座を見て(延若のこと)(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
実川延若といふ役者を、自分は初めて見たのである。本物の芝居はそんなに見ないが田舎に居る時分でも新演芸などの芝居雑誌は古くから見てゐるので、あまり見つけない役者でもそんなに始めて見る …
読書目安時間:約4分
実川延若といふ役者を、自分は初めて見たのである。本物の芝居はそんなに見ないが田舎に居る時分でも新演芸などの芝居雑誌は古くから見てゐるので、あまり見つけない役者でもそんなに始めて見る …
昭和五年に発表せる創作・評論に就て:「吊籠と月光と」その他(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
「僕は哲学と芸術の分岐点に衝突して自由を欠いた頭を持てあました。息苦しく、悩ましく、砂漠に道を失ふたまま、ただぼんやりと空を眺めてゐるより他に始末のない姿を保ちつゞけた。」 これは …
読書目安時間:約2分
「僕は哲学と芸術の分岐点に衝突して自由を欠いた頭を持てあました。息苦しく、悩ましく、砂漠に道を失ふたまま、ただぼんやりと空を眺めてゐるより他に始末のない姿を保ちつゞけた。」 これは …
昭和四年に発表せる創作・評論に就て:「山彦の街」について(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
「山彦の街」を、前編だけで、完了し忘れたのを遺憾に思つてゐます。あれは僕の脳裡を不断に去来してゐる共和国の一片です。某君が、何に材料を得たか?と問うたが、材料は空想です。空想ではあ …
読書目安時間:約1分
「山彦の街」を、前編だけで、完了し忘れたのを遺憾に思つてゐます。あれは僕の脳裡を不断に去来してゐる共和国の一片です。某君が、何に材料を得たか?と問うたが、材料は空想です。空想ではあ …
初夏(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
私が中学の三年の時でした。私の親友の河田が、突然自家の都合で遠方へ行かなければならなくなりました。河田とは小学校以来のたつたひとりの親友でしたから、私はその別れを何れ程悲しむだか知 …
読書目安時間:約7分
私が中学の三年の時でした。私の親友の河田が、突然自家の都合で遠方へ行かなければならなくなりました。河田とは小学校以来のたつたひとりの親友でしたから、私はその別れを何れ程悲しむだか知 …
初夏通信(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
(封書——。宛名、神奈川県足柄上郡R——村字鬼塚タバン・アウエルバツハ気付、御常連殿) 僕は東京の生活が物珍らしく、愉快で愉快でマメイドのことなんて思ひ出す余裕もなかつたよ。それで …
読書目安時間:約7分
(封書——。宛名、神奈川県足柄上郡R——村字鬼塚タバン・アウエルバツハ気付、御常連殿) 僕は東京の生活が物珍らしく、愉快で愉快でマメイドのことなんて思ひ出す余裕もなかつたよ。それで …
書斎を棄てゝ(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
もうわたしは、余程久しい以前から定つた自分の部屋といふものを忘れて、まるで吟遊詩人のやうな日をおくつてゐることだ。ところがわたしは、かねがね憧れの夢のなかでは寝ても醒めても、そこは …
読書目安時間:約9分
もうわたしは、余程久しい以前から定つた自分の部屋といふものを忘れて、まるで吟遊詩人のやうな日をおくつてゐることだ。ところがわたしは、かねがね憧れの夢のなかでは寝ても醒めても、そこは …
処女作の新春(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
大正八年の春書いた「爪」といふのが処女作であり同年の十二月号に「十三人」といふ同人雑誌に載り、それが偶然にも島崎先生より讃辞を頂いたことに就いては先生も或る文章の中に誌したので省略 …
読書目安時間:約1分
大正八年の春書いた「爪」といふのが処女作であり同年の十二月号に「十三人」といふ同人雑誌に載り、それが偶然にも島崎先生より讃辞を頂いたことに就いては先生も或る文章の中に誌したので省略 …
女優(新字旧仮名)
読書目安時間:約18分
文科大学生の戸田の神経衰弱症が日増に亢進してゐる模様だつたので、私は彼を百合子に紹介した。百合子は女子大に通つてゐたのだつたが、彼女の都会生活の風聞に関して、実家の人達が極度の寒心 …
読書目安時間:約18分
文科大学生の戸田の神経衰弱症が日増に亢進してゐる模様だつたので、私は彼を百合子に紹介した。百合子は女子大に通つてゐたのだつたが、彼女の都会生活の風聞に関して、実家の人達が極度の寒心 …
自烈亭(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
僕は近頃また東京に舞ひ戻つて息子と二人で、霞荘といふところに寄宿しながら全く慎ましい日夕をおくり迎へて別段不足も覚えないのであるが、こんな小さな部屋では酒をのむわけにもゆかず、いつ …
読書目安時間:約3分
僕は近頃また東京に舞ひ戻つて息子と二人で、霞荘といふところに寄宿しながら全く慎ましい日夕をおくり迎へて別段不足も覚えないのであるが、こんな小さな部屋では酒をのむわけにもゆかず、いつ …
四郎と口笛(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
四郎は、つい此の間から、何時といふことなしに口笛が吹けるようになつた。どうしてそれが吹けるようになつたか?自分にも気がつかなかつた。 「またお前は口笛を吹いてゐる。勉強しながら口笛 …
読書目安時間:約7分
四郎は、つい此の間から、何時といふことなしに口笛が吹けるようになつた。どうしてそれが吹けるようになつたか?自分にも気がつかなかつた。 「またお前は口笛を吹いてゐる。勉強しながら口笛 …
心悸亢進が回復す(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
今年の一月ごろから僕は持越の神経衰弱が、いよ/\あざやかになつて都会を離れなければならなかつた。永年飲みなれた酒が全く文字通りに一杯も口に入らず、無理矢理に注ぎ込まうと試みると、い …
読書目安時間:約2分
今年の一月ごろから僕は持越の神経衰弱が、いよ/\あざやかになつて都会を離れなければならなかつた。永年飲みなれた酒が全く文字通りに一杯も口に入らず、無理矢理に注ぎ込まうと試みると、い …
新興芸術派に就ての雑談(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
S・S・F倶楽部員の座談会。 在席者——小説家ミスター・ドライ。同ミスター・ウエット。同ミスター・S・マキノ。進行及び速記係、牧野生。 S「座談会を始める!といふことになつたら他の …
読書目安時間:約13分
S・S・F倶楽部員の座談会。 在席者——小説家ミスター・ドライ。同ミスター・ウエット。同ミスター・S・マキノ。進行及び速記係、牧野生。 S「座談会を始める!といふことになつたら他の …
心象風景(新字旧仮名)
読書目安時間:約30分
槌で打たなければ、切り崩せない堅さの土塊であつた。——岡は、板の間に胡坐をして、傍らの椅子に正面を切つて腰を掛けてゐる私の姿を見あげながら、一握りの分量宛に土塊を砕きとつて水に浸し …
読書目安時間:約30分
槌で打たなければ、切り崩せない堅さの土塊であつた。——岡は、板の間に胡坐をして、傍らの椅子に正面を切つて腰を掛けてゐる私の姿を見あげながら、一握りの分量宛に土塊を砕きとつて水に浸し …
心象風景(続篇)(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間5分
岡といふ彫刻家のモデルを務めて私がそのアトリヱへ通ひ、日が延びる程の遅々たるおもむきで、その等身胸像の原型が造られてゆくありさまを緯となし、その間に巻き起る多様なる人事を経として、 …
読書目安時間:約1時間5分
岡といふ彫刻家のモデルを務めて私がそのアトリヱへ通ひ、日が延びる程の遅々たるおもむきで、その等身胸像の原型が造られてゆくありさまを緯となし、その間に巻き起る多様なる人事を経として、 …
心配な写真(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
「兄さんはそれで病気なの?何だか可笑しいわ。まるで病気ぢやないやうだわね。」 「さうね、そんなのなら私達もちよつとでいゝからなつて見たいわね。」 二人の少女は、云ひ合せたやうにホヽ …
読書目安時間:約6分
「兄さんはそれで病気なの?何だか可笑しいわ。まるで病気ぢやないやうだわね。」 「さうね、そんなのなら私達もちよつとでいゝからなつて見たいわね。」 二人の少女は、云ひ合せたやうにホヽ …
西瓜喰ふ人(新字旧仮名)
読書目安時間:約28分
滝が仕事を口にしはじめて、余等の交際に少なからぬ変化が現れて以来、思へば最早大分の月日が経つてゐる。それは、未だ余等が毎日海へ通つてゐた頃からではないか!それが、既に蜜柑の盛り季に …
読書目安時間:約28分
滝が仕事を口にしはじめて、余等の交際に少なからぬ変化が現れて以来、思へば最早大分の月日が経つてゐる。それは、未だ余等が毎日海へ通つてゐた頃からではないか!それが、既に蜜柑の盛り季に …
水車小屋の日誌(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
今度東京へ戻つてからの住むべき部屋を頼む意味の手紙を八代龍太に書くつもりで、炉端で鉛筆を削つた。酒を飲んでゐる平次と倉造が、茶わんの杯をさして、村境の茶屋に三味線の技に長けたひとり …
読書目安時間:約6分
今度東京へ戻つてからの住むべき部屋を頼む意味の手紙を八代龍太に書くつもりで、炉端で鉛筆を削つた。酒を飲んでゐる平次と倉造が、茶わんの杯をさして、村境の茶屋に三味線の技に長けたひとり …
推奨する新人(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
井伏鱒二——いつか三田文学で「鯉」といふ作品を見て非常に感心した。その後も同誌や別の同人雑誌でこの作者の名を見出す度に特に熟読したが孰れも相当の出来栄えである。「鯉」の作者よ、次々 …
読書目安時間:約1分
井伏鱒二——いつか三田文学で「鯉」といふ作品を見て非常に感心した。その後も同誌や別の同人雑誌でこの作者の名を見出す度に特に熟読したが孰れも相当の出来栄えである。「鯉」の作者よ、次々 …
推賞寸言(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
田舎の明るい竹林のほとりに住んでゐる、私の或る知人の簡素な茶室に、一幄の懸物がかゝつてゐた。たしか五つの漢文字であつたが、うろ覚えだから誌すのは遠慮しておくが、私がその意味を問ふた …
読書目安時間:約2分
田舎の明るい竹林のほとりに住んでゐる、私の或る知人の簡素な茶室に、一幄の懸物がかゝつてゐた。たしか五つの漢文字であつたが、うろ覚えだから誌すのは遠慮しておくが、私がその意味を問ふた …
砂浜(新字旧仮名)
読書目安時間:約19分
羽根蒲団の上に寝ころんでゐるやうだ——などと私は思つたくらゐでした。紫色をした大島が私の網膜に「黒船」か何かのやうに漂うて映りました。——午頃まで、このまゝ眠つてやらうかしら……な …
読書目安時間:約19分
羽根蒲団の上に寝ころんでゐるやうだ——などと私は思つたくらゐでした。紫色をした大島が私の網膜に「黒船」か何かのやうに漂うて映りました。——午頃まで、このまゝ眠つてやらうかしら……な …
スプリングコート(新字旧仮名)
読書目安時間:約29分
丘を隔てた海の上から、汽船の笛が鳴り渡つて来た。もう間もなくお午だな——彼はさう思つただけで動かなかつた。いつもの通り彼は、まだこの上一時間か二時間はうと/\して過す筈だつた。日が …
読書目安時間:約29分
丘を隔てた海の上から、汽船の笛が鳴り渡つて来た。もう間もなくお午だな——彼はさう思つただけで動かなかつた。いつもの通り彼は、まだこの上一時間か二時間はうと/\して過す筈だつた。日が …
清一の写生旅行(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
ある土曜日の放課後、清一はカバンを確かりとおさへて、家ンなかへ慌しく駆け込むやいなや、其の儘帽子も脱がず、 「お母さん!」と叫んだ。 「何だね、騒々しいぢやないか。お前またお友達と …
読書目安時間:約7分
ある土曜日の放課後、清一はカバンを確かりとおさへて、家ンなかへ慌しく駆け込むやいなや、其の儘帽子も脱がず、 「お母さん!」と叫んだ。 「何だね、騒々しいぢやないか。お前またお友達と …
西部劇通信(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
「西部劇通信」に収めた諸篇——「川を遡りて」から「出発」まで——は、私のこの五年間の、主なる作品である。私は、在りのまゝの生活、観たまゝの世界を、そのまゝに描く写実派の作家ではあり …
読書目安時間:約3分
「西部劇通信」に収めた諸篇——「川を遡りて」から「出発」まで——は、私のこの五年間の、主なる作品である。私は、在りのまゝの生活、観たまゝの世界を、そのまゝに描く写実派の作家ではあり …
西部劇通信(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
「西部劇通信」に収めた諸篇——「川を遡りて」から「出発」まで——は、私のこの五年間の、主なる作品である。私は、在りのまゝの生活、観たまゝの世界を、そのまゝに描く写実派の作家ではあり …
読書目安時間:約3分
「西部劇通信」に収めた諸篇——「川を遡りて」から「出発」まで——は、私のこの五年間の、主なる作品である。私は、在りのまゝの生活、観たまゝの世界を、そのまゝに描く写実派の作家ではあり …
ゼーロン(新字新仮名)
読書目安時間:約29分
更に私は新しい原始生活に向うために、一切の書籍、家具、負債その他の整理を終ったが、最後に、売却することの能わぬ一個のブロンズ製の胸像の始末に迷った。——諸君は、二年程前の秋の日本美 …
読書目安時間:約29分
更に私は新しい原始生活に向うために、一切の書籍、家具、負債その他の整理を終ったが、最後に、売却することの能わぬ一個のブロンズ製の胸像の始末に迷った。——諸君は、二年程前の秋の日本美 …
蝉(新字旧仮名)
読書目安時間:約34分
「あたしは酔ツぱらひには慣れてゐるから夜がどんなに遅くならうと、どんなにあなたが騒がうと今更何とも思はないが——」 周子は、そんな前置きをした後に夫の滝野に詰つた。 田舎で暮してゐ …
読書目安時間:約34分
「あたしは酔ツぱらひには慣れてゐるから夜がどんなに遅くならうと、どんなにあなたが騒がうと今更何とも思はないが——」 周子は、そんな前置きをした後に夫の滝野に詰つた。 田舎で暮してゐ …
泉岳寺附近(新字旧仮名)
読書目安時間:約21分
泉岳寺前の居酒屋の隅で私が、こつぷ酒を睨めながら瞑想に耽つてゐると、奥で亭主と守吉の激しい口論であつた。 「こいつ奴、よく喋舌りやがるな。」 「喋舌るさ。喋舌られるのが厭だつたら、 …
読書目安時間:約21分
泉岳寺前の居酒屋の隅で私が、こつぷ酒を睨めながら瞑想に耽つてゐると、奥で亭主と守吉の激しい口論であつた。 「こいつ奴、よく喋舌りやがるな。」 「喋舌るさ。喋舌られるのが厭だつたら、 …
一九三〇年型(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
いつもカキ色のシヤツを着て牧場から町へ、フオード自動車を操って乳を運んでゐる村の牛乳屋の娘を僕は知つてゐる。天気の好い休日には娘の操る車に、村のあらゆる階級の若者、主に娘達が乗り込 …
読書目安時間:約1分
いつもカキ色のシヤツを着て牧場から町へ、フオード自動車を操って乳を運んでゐる村の牛乳屋の娘を僕は知つてゐる。天気の好い休日には娘の操る車に、村のあらゆる階級の若者、主に娘達が乗り込 …
センチメンタル・ドライヴ(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
「弾け!弾け!その手風琴で沢山だ。」 「南北戦争の兵隊でもが持つやうな手風琴だな、ハツハツハ!横ツ腹が大分破れてゐるぢやないか!」 「お前の胸には打つてつけだらうG——」 「失敬な …
読書目安時間:約8分
「弾け!弾け!その手風琴で沢山だ。」 「南北戦争の兵隊でもが持つやうな手風琴だな、ハツハツハ!横ツ腹が大分破れてゐるぢやないか!」 「お前の胸には打つてつけだらうG——」 「失敬な …
ゾイラス(新字旧仮名)
読書目安時間:約26分
海の遠鳴りをきゝながら私は、手風琴を弾いてゐた。そのダクテイルが、ひらひらと潮の音に逆つて低く高く青白い虚空を衝いて飛んで行くと、私の魂も夢も片々たる白い蝶々と化して、波を乗り越え …
読書目安時間:約26分
海の遠鳴りをきゝながら私は、手風琴を弾いてゐた。そのダクテイルが、ひらひらと潮の音に逆つて低く高く青白い虚空を衝いて飛んで行くと、私の魂も夢も片々たる白い蝶々と化して、波を乗り越え …
捜語(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
あの人の酒に敵ふ者に私は出遇つたことがありませんでした、遂に! ある時私が、電報で応援を求とめられて駆けつけて見ると、あの人は二人の荒武者に詰め寄られて、或る手ごわい談判に攻められ …
読書目安時間:約4分
あの人の酒に敵ふ者に私は出遇つたことがありませんでした、遂に! ある時私が、電報で応援を求とめられて駆けつけて見ると、あの人は二人の荒武者に詰め寄られて、或る手ごわい談判に攻められ …
創作生活にて(新字旧仮名)
読書目安時間:約25分
窓下の溝川に蛙を釣に来る子供たちが、 「今日は目マルは居ねえのか。」 「居ないらしいぞ。」 などと、ささやき合つてゐるのを聴いた。 さういふ俗称の蛙がゐると見える、いつたい何んな蛙 …
読書目安時間:約25分
窓下の溝川に蛙を釣に来る子供たちが、 「今日は目マルは居ねえのか。」 「居ないらしいぞ。」 などと、ささやき合つてゐるのを聴いた。 さういふ俗称の蛙がゐると見える、いつたい何んな蛙 …
早春のひところ(新字旧仮名)
読書目安時間:約24分
そのころ私は、文科の学生でありましたが、小説といふものにいさゝかの興味もなく——といふよりも小説の類ひを読んだことがなかつたので——主に西洋の哲学や科学の書に親しみ、興味と云へば星 …
読書目安時間:約24分
そのころ私は、文科の学生でありましたが、小説といふものにいさゝかの興味もなく——といふよりも小説の類ひを読んだことがなかつたので——主に西洋の哲学や科学の書に親しみ、興味と云へば星 …
痩身記(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
この間うち、東京へ行つてゐた時、不図途上で、坪田譲治氏に出遇つた。坪田氏とは、会合などの時に二三度お目にかゝつたくらゐで、大森にゐたころ訪問を享けたこともあつたが、わたしがあちこち …
読書目安時間:約8分
この間うち、東京へ行つてゐた時、不図途上で、坪田譲治氏に出遇つた。坪田氏とは、会合などの時に二三度お目にかゝつたくらゐで、大森にゐたころ訪問を享けたこともあつたが、わたしがあちこち …
首相の思出(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
昔、独逸のある貴族の家に大へんに可愛らしい、さうして美しい少年がありました。両親が非常に厳格だつたので、少年は無暗に外へ遊びに出ることが出来ませんでした。然し御殿のやうに立派な少年 …
読書目安時間:約7分
昔、独逸のある貴族の家に大へんに可愛らしい、さうして美しい少年がありました。両親が非常に厳格だつたので、少年は無暗に外へ遊びに出ることが出来ませんでした。然し御殿のやうに立派な少年 …
その日のこと〔『少女』〕(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
自動車の中で、自分は安倍さんの左側に腰掛けた。自分の左には山口さんが居た。三人は訃報を持つて大井さんの青山の留守宅に走つてゐるのであつた。「安倍さんどうしたらいゝでせう。「——自分 …
読書目安時間:約2分
自動車の中で、自分は安倍さんの左側に腰掛けた。自分の左には山口さんが居た。三人は訃報を持つて大井さんの青山の留守宅に走つてゐるのであつた。「安倍さんどうしたらいゝでせう。「——自分 …
その日のこと〔『少年』〕(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
たゞぼんやりと——自分は安倍さんの顔を瞶めた、必ずや自分の顔も安倍さんと同じやうに蒼然と変つてゐたに違ひない——大正十年三月五日午後二時十分——ちよつと自分はテーブルを離れて、どこ …
読書目安時間:約2分
たゞぼんやりと——自分は安倍さんの顔を瞶めた、必ずや自分の顔も安倍さんと同じやうに蒼然と変つてゐたに違ひない——大正十年三月五日午後二時十分——ちよつと自分はテーブルを離れて、どこ …
その村を憶ひて(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
鬼涙、寄生木、夜見、五郎丸、鬼柳、深堀、怒田、竜巻、惣領、赤松、金棒、鍋川——足柄の奥地に、昔ながらのさゝやかな巣を営んでゐるそれらの村々を私は渡り歩いて、昆虫採集に没頭してゐた。 …
読書目安時間:約9分
鬼涙、寄生木、夜見、五郎丸、鬼柳、深堀、怒田、竜巻、惣領、赤松、金棒、鍋川——足柄の奥地に、昔ながらのさゝやかな巣を営んでゐるそれらの村々を私は渡り歩いて、昆虫採集に没頭してゐた。 …
祖母の教訓(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
実家を離れて、ひとり住ひをして見ると、私は祖母のことを往々思ひ出す、一昨年の春、七十余歳の老衰病で静かに歿くなつた母方の祖母である。 何年か前の学生時分、東京で永くひとり住ひをした …
読書目安時間:約4分
実家を離れて、ひとり住ひをして見ると、私は祖母のことを往々思ひ出す、一昨年の春、七十余歳の老衰病で静かに歿くなつた母方の祖母である。 何年か前の学生時分、東京で永くひとり住ひをした …
ダイアナの馬(新字旧仮名)
読書目安時間:約29分
二度つゞけて土曜日が雨だつた。——三木は、雨だつてむしろ出かけたかつたが、青木からの誘ひの手紙に——よく晴れたこの次の土曜日を待つ——といふ念がおしてあるので、二度の日曜日をつゞけ …
読書目安時間:約29分
二度つゞけて土曜日が雨だつた。——三木は、雨だつてむしろ出かけたかつたが、青木からの誘ひの手紙に——よく晴れたこの次の土曜日を待つ——といふ念がおしてあるので、二度の日曜日をつゞけ …
大音寺君!(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
いつも僕は野球の期節になると何よりも先に屹度大音寺君のことを思ひ出す。早稲田の岸、谷口、加藤等の頃だつたから今から十余年も前のことだ。僕は余り教室へ出ることを好まない文科の学生で、 …
読書目安時間:約3分
いつも僕は野球の期節になると何よりも先に屹度大音寺君のことを思ひ出す。早稲田の岸、谷口、加藤等の頃だつたから今から十余年も前のことだ。僕は余り教室へ出ることを好まない文科の学生で、 …
大正十五年の文壇及び劇団に就て語る(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
「唖者にも妻がある、彼自身に許されたる夢がある。」 私は、いつか「環魚洞風景」といふ私小説の中で、唖子ノ一夢ヲ得ルガ如ク云々の諺を、そんな風に曲げて異人娘に答へた事がある。これが吾 …
読書目安時間:約1分
「唖者にも妻がある、彼自身に許されたる夢がある。」 私は、いつか「環魚洞風景」といふ私小説の中で、唖子ノ一夢ヲ得ルガ如ク云々の諺を、そんな風に曲げて異人娘に答へた事がある。これが吾 …
滝のある村(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
僕はね、親父たちが何といつたつて、キエ、お前と、結婚するよ……。 三千雄は、はつきりと、いく度もキエの手をとつて、さうはいつてゐたものゝ、キエは、里にかへつて日が経つにつれて、哀し …
読書目安時間:約8分
僕はね、親父たちが何といつたつて、キエ、お前と、結婚するよ……。 三千雄は、はつきりと、いく度もキエの手をとつて、さうはいつてゐたものゝ、キエは、里にかへつて日が経つにつれて、哀し …
卓上演説(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
おゝ皆さん、今宵、この真夏の夜の夢の、いとも花やかなる私達の円卓子にお集りになつた学識に富み夢に恵まれ、且つまたゲルマン系の「冒険の歌」より他に歌らしい歌も弁へぬ南方の蛮人(私)を …
読書目安時間:約11分
おゝ皆さん、今宵、この真夏の夜の夢の、いとも花やかなる私達の円卓子にお集りになつた学識に富み夢に恵まれ、且つまたゲルマン系の「冒険の歌」より他に歌らしい歌も弁へぬ南方の蛮人(私)を …
黄昏の堤(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
小樽は、読みかけてゐるギリシヤ悲劇の中途で幾つかの語学に就いての知識を借りなければならないことになつて、急に支度を整へて出かけた。停車場の辺まで来ると時間で出るバスが恰度出発したば …
読書目安時間:約8分
小樽は、読みかけてゐるギリシヤ悲劇の中途で幾つかの語学に就いての知識を借りなければならないことになつて、急に支度を整へて出かけた。停車場の辺まで来ると時間で出るバスが恰度出発したば …
ダニューヴの花嫁(新字旧仮名)
読書目安時間:約25分
白雲は尽くる時無からん、白雲は尽くる時無からん……白雲は——。 おゝ、あの歌はどこの人がうたつてゐるのであらう、何といふ朗々たる音声であらうよ、その声がそのまゝ雲のやうだ、あゝ、あ …
読書目安時間:約25分
白雲は尽くる時無からん、白雲は尽くる時無からん……白雲は——。 おゝ、あの歌はどこの人がうたつてゐるのであらう、何といふ朗々たる音声であらうよ、その声がそのまゝ雲のやうだ、あゝ、あ …
足袋のこと(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
僕は、これで、白足袋といふものは、未だ嘗てはいたことはないんだぜ——。 久保田氏は、往来に出ると、さういふ意味のことを、もつと歯切れのいゝ言葉で、だがいかにも何らかの弁明らしくティ …
読書目安時間:約4分
僕は、これで、白足袋といふものは、未だ嘗てはいたことはないんだぜ——。 久保田氏は、往来に出ると、さういふ意味のことを、もつと歯切れのいゝ言葉で、だがいかにも何らかの弁明らしくティ …
断酒片(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
止める止めるとこぼしながらうまくゆかないのが多くの飲酒者の通例であるが、止めようと思つたら飲まなければ好いのにと僕は思ひそんなことは口にもせず飲みつゞけてゐたところ急に具合が悪くな …
読書目安時間:約3分
止める止めるとこぼしながらうまくゆかないのが多くの飲酒者の通例であるが、止めようと思つたら飲まなければ好いのにと僕は思ひそんなことは口にもせず飲みつゞけてゐたところ急に具合が悪くな …
断唱(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
* 父が若い時にあつめた“Cook book”の文庫のうちに“Americans popular Cook book”といふ、表紙にブルクリン橋の写真のついた、大きい本で重くて気の …
読書目安時間:約7分
* 父が若い時にあつめた“Cook book”の文庫のうちに“Americans popular Cook book”といふ、表紙にブルクリン橋の写真のついた、大きい本で重くて気の …
断想的に(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
葛西善蔵氏の——。 斯う誌しただけで私は、この十幾日を呆然と打ち過した。合憎、また雨ばかりが好く降り続いたものだ。 葛西善蔵氏の——何から書いたら私はこの一文を適度に纏め得るか—— …
読書目安時間:約5分
葛西善蔵氏の——。 斯う誌しただけで私は、この十幾日を呆然と打ち過した。合憎、また雨ばかりが好く降り続いたものだ。 葛西善蔵氏の——何から書いたら私はこの一文を適度に纏め得るか—— …
タンタレスの春(新字旧仮名)
読書目安時間:約17分
その頃ナンシーは、土曜から日曜にかけて毎週きまつて私を横浜から訪れて、私に従つて日本語を習ふのだと称してゐた。彼女と私の父親同志がボストンの大学でクラス・メートであつた。ナンシーの …
読書目安時間:約17分
その頃ナンシーは、土曜から日曜にかけて毎週きまつて私を横浜から訪れて、私に従つて日本語を習ふのだと称してゐた。彼女と私の父親同志がボストンの大学でクラス・メートであつた。ナンシーの …
地球儀(新字新仮名)
読書目安時間:約9分
祖父の十七年の法要があるから帰れ——という母からの手紙で、私は二タ月ぶりぐらいで小田原の家に帰った。 「このごろはどうなの?」 私は父のことを尋ねた。 「だんだん悪くなるばかり…… …
読書目安時間:約9分
祖父の十七年の法要があるから帰れ——という母からの手紙で、私は二タ月ぶりぐらいで小田原の家に帰った。 「このごろはどうなの?」 私は父のことを尋ねた。 「だんだん悪くなるばかり…… …
地球儀(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
祖父の十七年の法要があるから帰れ——といふ母からの手紙で、私は二タ月振り位ひで小田原の家へ帰つた。 「此頃はどうなの?」私は父のことを訊ねた。 「だん/\悪くなるばかり……」母は押 …
読書目安時間:約9分
祖父の十七年の法要があるから帰れ——といふ母からの手紙で、私は二タ月振り位ひで小田原の家へ帰つた。 「此頃はどうなの?」私は父のことを訊ねた。 「だん/\悪くなるばかり……」母は押 …
痴日(旧字旧仮名)
読書目安時間:約29分
頭の惡いときには、むしろ極めて難解な文字ばかりが羅列された古典的な哲學書の上に眼を曝すに如くはない——隱岐はいつも左う胸一杯に力んで、決して自分の部屋から外へ現れなかつた。活字の細 …
読書目安時間:約29分
頭の惡いときには、むしろ極めて難解な文字ばかりが羅列された古典的な哲學書の上に眼を曝すに如くはない——隱岐はいつも左う胸一杯に力んで、決して自分の部屋から外へ現れなかつた。活字の細 …
痴酔記(新字旧仮名)
読書目安時間:約19分
千九百三十年、クリスマスにちかき頃——。 J・K兄 「シプリア人と処女の話」の作者の名前は解らぬだらうか?そして、矢張りこの作が、吾々の悪魔を、作品のうちにとり入れた世界での最初の …
読書目安時間:約19分
千九百三十年、クリスマスにちかき頃——。 J・K兄 「シプリア人と処女の話」の作者の名前は解らぬだらうか?そして、矢張りこの作が、吾々の悪魔を、作品のうちにとり入れた世界での最初の …
痴想(新字旧仮名)
読書目安時間:約17分
私は岡村純七郎の長男で純太郎といふ名前である。私の家の伝来の風習で長男には必ず「純」の字を通り名として用ひてゐるさうだ。——私が生れた時、私の名前に就いて父は少しは頭を悩ましたらう …
読書目安時間:約17分
私は岡村純七郎の長男で純太郎といふ名前である。私の家の伝来の風習で長男には必ず「純」の字を通り名として用ひてゐるさうだ。——私が生れた時、私の名前に就いて父は少しは頭を悩ましたらう …
父の百ヶ日前後(新字旧仮名)
読書目安時間:約50分
彼が、単独で清友亭を訪れたのはそれが始めてだつた。——五月の昼日仲だつた。 「先に断つておくがね、僕今日は用事で来たんぢやないよ。……芸者をよんで、そして僕を遊ばせて呉れ。」 彼は …
読書目安時間:約50分
彼が、単独で清友亭を訪れたのはそれが始めてだつた。——五月の昼日仲だつた。 「先に断つておくがね、僕今日は用事で来たんぢやないよ。……芸者をよんで、そして僕を遊ばせて呉れ。」 彼は …
父を売る子(新字旧仮名)
読書目安時間:約21分
彼は、自分の父親を取りいれた短篇小説を続けて二つ書いた。 或る事情で、或日彼は父と口論した。その口論の余勢と余憤とで、彼はそれ迄思ひ惑うてゐたところの父を取り入れた第一の短篇を書い …
読書目安時間:約21分
彼は、自分の父親を取りいれた短篇小説を続けて二つ書いた。 或る事情で、或日彼は父と口論した。その口論の余勢と余憤とで、彼はそれ迄思ひ惑うてゐたところの父を取り入れた第一の短篇を書い …
塚越の話(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
「塚越の奴は、——教室でラヴ・レターを書いてゐたさうだ——。一体彼奴は、俺達のこれまでの忠告を、何と思つてゐやがるんだらう。失敬な奴だ。」 「彼奴は俺達を馬鹿にしてゐるんだ。その時 …
読書目安時間:約9分
「塚越の奴は、——教室でラヴ・レターを書いてゐたさうだ——。一体彼奴は、俺達のこれまでの忠告を、何と思つてゐやがるんだらう。失敬な奴だ。」 「彼奴は俺達を馬鹿にしてゐるんだ。その時 …
月あかり(新字旧仮名)
読書目安時間:約31分
このごろ私は、ときどき音取かくからの手紙(代筆)を貰ふので、はぢめてその音取といふ苗字を知つた次第でありますが、それまではその人の姓名は怒山かく——かとばかりおもふて居りました。と …
読書目安時間:約31分
このごろ私は、ときどき音取かくからの手紙(代筆)を貰ふので、はぢめてその音取といふ苗字を知つた次第でありますが、それまではその人の姓名は怒山かく——かとばかりおもふて居りました。と …
爪(新字旧仮名)
読書目安時間:約12分
寒い晩だつた。密閉した室で、赫々と火を起した火鉢に凭つて、彼は坐つて居た。未だ宵のうちなのに周囲には、寂として声がなかつた。 彼は二三日前から病気と称して引籠つて居た。別に、どこが …
読書目安時間:約12分
寒い晩だつた。密閉した室で、赫々と火を起した火鉢に凭つて、彼は坐つて居た。未だ宵のうちなのに周囲には、寂として声がなかつた。 彼は二三日前から病気と称して引籠つて居た。別に、どこが …
鶴がゐた家(新字旧仮名)
読書目安時間:約40分
母がゐる町の近くに帰つたが母と同じ家に住む要もなく、何処にゐても自由であり、それなのに、何故自分は今までの都にとゞまらなかつたのか?でなければ、何故、常々憧れてゐる妻を伴つての長い …
読書目安時間:約40分
母がゐる町の近くに帰つたが母と同じ家に住む要もなく、何処にゐても自由であり、それなのに、何故自分は今までの都にとゞまらなかつたのか?でなければ、何故、常々憧れてゐる妻を伴つての長い …
吊籠と月光と(新字新仮名)
読書目安時間:約27分
僕は、哲学と芸術の分岐点に衝突して自由を欠いた頭を持てあました。息苦しく悩ましく、砂漠に道を失ったまま、ただぼんやりと空を眺めているより他に始末のない姿を保ち続けていた。 いつの頃 …
読書目安時間:約27分
僕は、哲学と芸術の分岐点に衝突して自由を欠いた頭を持てあました。息苦しく悩ましく、砂漠に道を失ったまま、ただぼんやりと空を眺めているより他に始末のない姿を保ち続けていた。 いつの頃 …
素書(新字旧仮名)
読書目安時間:約34分
「マダムの御気嫌はどう?今日は?」 山崎の顔を見るなり私は、部屋の入口に突立つたまゝ凝つと、訊ねた。——「君の顔色には何だか生気がない、病的といふほどのことではなしに……。眼つきが …
読書目安時間:約34分
「マダムの御気嫌はどう?今日は?」 山崎の顔を見るなり私は、部屋の入口に突立つたまゝ凝つと、訊ねた。——「君の顔色には何だか生気がない、病的といふほどのことではなしに……。眼つきが …
手紙(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
お手紙拝見。面白い手紙だつたよ。あれだけ能弁な手紙が書けながら、まつたく君の熒々たる気焔には寧ろ小生は怖れを覚ゆるのであるが、それで、何うして、「哲人の石」の続稿がつゞけられないの …
読書目安時間:約4分
お手紙拝見。面白い手紙だつたよ。あれだけ能弁な手紙が書けながら、まつたく君の熒々たる気焔には寧ろ小生は怖れを覚ゆるのであるが、それで、何うして、「哲人の石」の続稿がつゞけられないの …
天狗洞食客記(新字旧仮名)
読書目安時間:約40分
今更申すまでもないことだが、まつたく人には夫々様々な癖があるではないか、貧棒ゆすりだとか爪を噛むとか、手の平をこするとか、決して相手の顔を見ないで内ふところに向つてはなしをするとか …
読書目安時間:約40分
今更申すまでもないことだが、まつたく人には夫々様々な癖があるではないか、貧棒ゆすりだとか爪を噛むとか、手の平をこするとか、決して相手の顔を見ないで内ふところに向つてはなしをするとか …
東京駅にて感想(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
久しい間辺卑な田舎で暮した上句なので、斯うして東京に来て見ると僕は、何を見ても、何処を訪れても、面白く、刺戟が爽かで、愉快で/\、毎日々々天気さへ好ければピヨン/\と出歩いて寧日な …
読書目安時間:約7分
久しい間辺卑な田舎で暮した上句なので、斯うして東京に来て見ると僕は、何を見ても、何処を訪れても、面白く、刺戟が爽かで、愉快で/\、毎日々々天気さへ好ければピヨン/\と出歩いて寧日な …
どうしたら私は憐れな彼女を悸さずに済せるだらう(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
或望遠鏡製作所に居る友達を私は頻りに訪れてゐる、私は或望遠鏡を彼に依頼したのである、その眼鏡の構造を此処に述べるのは大変だから省かう。 どうせ忙しい友達が仕事の合間を見計つて徐々と …
読書目安時間:約2分
或望遠鏡製作所に居る友達を私は頻りに訪れてゐる、私は或望遠鏡を彼に依頼したのである、その眼鏡の構造を此処に述べるのは大変だから省かう。 どうせ忙しい友達が仕事の合間を見計つて徐々と …
冬日抄(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
(手紙を書く) * 空想は自然の隈どりだ、櫟林の奥で捕獲した一個のムラサキ蝶を験めようか!樺色地に薄墨の豹紋を散らして、光りの屈折に随つては、真紫に輝く見るも鮮やかな幻色を呈するの …
読書目安時間:約2分
(手紙を書く) * 空想は自然の隈どりだ、櫟林の奥で捕獲した一個のムラサキ蝶を験めようか!樺色地に薄墨の豹紋を散らして、光りの屈折に随つては、真紫に輝く見るも鮮やかな幻色を呈するの …
〔同人雑記〕(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
自分は今、凝つと自分自身を瞶め得らるゝやうな気がして来た。何たる悦びであらう。「君は馬鹿だよ」と多くのビジネスマンから何辺云はれたか知れない。そうして云はれる度に悲しむだ。弱い自分 …
読書目安時間:約1分
自分は今、凝つと自分自身を瞶め得らるゝやうな気がして来た。何たる悦びであらう。「君は馬鹿だよ」と多くのビジネスマンから何辺云はれたか知れない。そうして云はれる度に悲しむだ。弱い自分 …
闘戦勝仏(新字旧仮名)
読書目安時間:約29分
玄奘三蔵法師が或日、孫悟空に向つて、 「汝の勇と智は天上天下に許されてゐる、天の魔も地の鬼も、汝の黒一毛にも及ばない。かゝる大智大勇と非凡な妖術とを有しながら、何故天下を領せんとせ …
読書目安時間:約29分
玄奘三蔵法師が或日、孫悟空に向つて、 「汝の勇と智は天上天下に許されてゐる、天の魔も地の鬼も、汝の黒一毛にも及ばない。かゝる大智大勇と非凡な妖術とを有しながら、何故天下を領せんとせ …
〔同腹異腹〕(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
僅々一枚か二枚の六号どうしても書けない、書けないといふ事を誇張するわけではない。書く事はいくらでもあるやうで、憤懣や希望や喜悦や悲哀は少なからず持つてゐるやうだが、それが事実余りに …
読書目安時間:約1分
僅々一枚か二枚の六号どうしても書けない、書けないといふ事を誇張するわけではない。書く事はいくらでもあるやうで、憤懣や希望や喜悦や悲哀は少なからず持つてゐるやうだが、それが事実余りに …
毒気(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間15分
「傍の者までがいらいらして来る。」 私が、毎日あまりに所在なく退屈さうに碌々としてゐるので、母も、相当の迷惑をおしかくしながら、私のために気の毒がるやうにそんなことを云つた。——「 …
読書目安時間:約1時間15分
「傍の者までがいらいらして来る。」 私が、毎日あまりに所在なく退屈さうに碌々としてゐるので、母も、相当の迷惑をおしかくしながら、私のために気の毒がるやうにそんなことを云つた。——「 …
読書と生活(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
友達のAが私の部屋に現はれて云つた。 「また大阪へ行つて来るんだが、土産は何が好い?」 「今日行くの?」 「そのつもりだつたんだが、水泳を見て来たいので明日になるだらう。一処に行か …
読書目安時間:約8分
友達のAが私の部屋に現はれて云つた。 「また大阪へ行つて来るんだが、土産は何が好い?」 「今日行くの?」 「そのつもりだつたんだが、水泳を見て来たいので明日になるだらう。一処に行か …
途上日記(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
都合に出て来ると都合の空気を腹一杯に満喫したいのが念願である。物資に依つて購ひ得られる享楽はこよなく楽しい。殊に田園生活者の僕には止め度もなく嬉しい。だが僕の物資は忽ち無に直面する …
読書目安時間:約8分
都合に出て来ると都合の空気を腹一杯に満喫したいのが念願である。物資に依つて購ひ得られる享楽はこよなく楽しい。殊に田園生活者の僕には止め度もなく嬉しい。だが僕の物資は忽ち無に直面する …
凸面鏡(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
「君は一度も恋の悦びを経験した事がないのだね。——僕が若し女ならば、生命を棄てゝも君に恋をして見せるよ。」と彼のたつた一人の親友が云つた時、 「よせツ、戯談じやねえ、気味の悪るい。 …
読書目安時間:約13分
「君は一度も恋の悦びを経験した事がないのだね。——僕が若し女ならば、生命を棄てゝも君に恋をして見せるよ。」と彼のたつた一人の親友が云つた時、 「よせツ、戯談じやねえ、気味の悪るい。 …
渚(新字旧仮名)
読書目安時間:約12分
「まア随分暫らくでしたね。それで何日此方へ帰つたの?」 河村の小母さんは、何の挨拶もなく庭口からのつそりと現れた純吉を見つけて、持前の機嫌の好さで叱るやうに訊ねた。 「四五日前…… …
読書目安時間:約12分
「まア随分暫らくでしたね。それで何日此方へ帰つたの?」 河村の小母さんは、何の挨拶もなく庭口からのつそりと現れた純吉を見つけて、持前の機嫌の好さで叱るやうに訊ねた。 「四五日前…… …
泣き笑ひ(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
ドンドンドン……といふ太鼓の音がどこからともなく晴れた冬の空に響いて居りました。私達は学校の退けるのを待兼ねて、駈けて帰りました。初午のお祭といふことが、此の上もなく私達を悦ばせて …
読書目安時間:約6分
ドンドンドン……といふ太鼓の音がどこからともなく晴れた冬の空に響いて居りました。私達は学校の退けるのを待兼ねて、駈けて帰りました。初午のお祭といふことが、此の上もなく私達を悦ばせて …
嘆きの孔雀(新字旧仮名)
読書目安時間:約43分
随分寒い晩でした。私は宵の中から机の前に坐つて、この間から書かうと思つてゐるものを、今晩こそは書き出さうと、一所懸命に想を凝らして居りました。——ところが余り寒いのでついペンをとる …
読書目安時間:約43分
随分寒い晩でした。私は宵の中から机の前に坐つて、この間から書かうと思つてゐるものを、今晩こそは書き出さうと、一所懸命に想を凝らして居りました。——ところが余り寒いのでついペンをとる …
嘆きの谷で拾つた懐疑の花びら(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
日記といふものを、逆に時日を遡つて誌さうとしたら、映画のヒルムを逆に回転するやうな混乱に陥るだらうか——今朝、こんなことを考へながら、墓地に隣る生垣の傍らで書きかけの原稿を焼いてゐ …
読書目安時間:約5分
日記といふものを、逆に時日を遡つて誌さうとしたら、映画のヒルムを逆に回転するやうな混乱に陥るだらうか——今朝、こんなことを考へながら、墓地に隣る生垣の傍らで書きかけの原稿を焼いてゐ …
なつかしき挿話(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
震災後、未だ雑誌「新演芸」が花やかであつた頃、作家の見たる芝居の印象——といふやうな欄があつて、僕も二三度此処に登場したことがある。そして、そのうちの二つが吉井勇作の芝居であつたこ …
読書目安時間:約3分
震災後、未だ雑誌「新演芸」が花やかであつた頃、作家の見たる芝居の印象——といふやうな欄があつて、僕も二三度此処に登場したことがある。そして、そのうちの二つが吉井勇作の芝居であつたこ …
夏ちかきころ(新字旧仮名)
読書目安時間:約33分
あいつの本箱には、黒い背中を縦に此方向きにした何十冊とも数知れない学生時代のノート・ブツクが未だに、何年も前から麗々と詰つてゐる。——尤も扉には必ず鍵がかゝつてゐるが、硝子が曇りで …
読書目安時間:約33分
あいつの本箱には、黒い背中を縦に此方向きにした何十冊とも数知れない学生時代のノート・ブツクが未だに、何年も前から麗々と詰つてゐる。——尤も扉には必ず鍵がかゝつてゐるが、硝子が曇りで …
波の戯れ(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
春だつた——といふだけのことである。そんな日を特に選んで誌したといふわけではない。日誌を誌す要に迫られて、いきなり、その日のことを書き誌したものに過ぎない。だが、日が経つて、再びそ …
読書目安時間:約6分
春だつた——といふだけのことである。そんな日を特に選んで誌したといふわけではない。日誌を誌す要に迫られて、いきなり、その日のことを書き誌したものに過ぎない。だが、日が経つて、再びそ …
南風譜(新字旧仮名)
読書目安時間:約1時間41分
卓子に頬杖をして滝本が、置額に容れたローラの写真を眺めながら、ぼんやりと物思ひに耽つてゐた時、 「守夫さん、いらつしやるの?」 と、稍激した調子の声が、窓の外から聞えてきた。 (誰 …
読書目安時間:約1時間41分
卓子に頬杖をして滝本が、置額に容れたローラの写真を眺めながら、ぼんやりと物思ひに耽つてゐた時、 「守夫さん、いらつしやるの?」 と、稍激した調子の声が、窓の外から聞えてきた。 (誰 …
南風譜・梗概(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
滝本守夫が父親を失つた後の家庭上の紛争に取り囲まれながら異母妹のローラのアメリカからの訪れを待つてゐるうちに、友達の妹(森百合子)の家出の事などを中心にして彼方此方に様々な形の低気 …
読書目安時間:約1分
滝本守夫が父親を失つた後の家庭上の紛争に取り囲まれながら異母妹のローラのアメリカからの訪れを待つてゐるうちに、友達の妹(森百合子)の家出の事などを中心にして彼方此方に様々な形の低気 …
日記より(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
私の日記には日の区ぎりがつけにくい、寝て、起る時間が、いつもあまりに滅茶苦茶だから——。 * 三人の友達が夫々不気嫌の床に就いてゐるので、だが一人は快く起き上つたといふことはきき、 …
読書目安時間:約4分
私の日記には日の区ぎりがつけにくい、寝て、起る時間が、いつもあまりに滅茶苦茶だから——。 * 三人の友達が夫々不気嫌の床に就いてゐるので、だが一人は快く起き上つたといふことはきき、 …
肉桂樹(新字旧仮名)
読書目安時間:約12分
枳殻の生垣に、烏瓜の赤い実が鮮やかであつた。百舌鳥が栗の梢で、寒空を仰いで激しく友を招んでゐた。武兵衛さんが、曲つた腰を伸して、いつまでも、鳥の声の方を見あげてゐた。彼の口から立ち …
読書目安時間:約12分
枳殻の生垣に、烏瓜の赤い実が鮮やかであつた。百舌鳥が栗の梢で、寒空を仰いで激しく友を招んでゐた。武兵衛さんが、曲つた腰を伸して、いつまでも、鳥の声の方を見あげてゐた。彼の口から立ち …
日本橋(新字旧仮名)
読書目安時間:約21分
(第一日)快晴——私は八時に起床して、いでたちをとゝのへ、首途の乾杯を挙げ、靴を光らせ、そして妻の腕を執り、口笛の、お江戸日本橋——の吹奏に歩調を合せながら、この武者修業のテープを …
読書目安時間:約21分
(第一日)快晴——私は八時に起床して、いでたちをとゝのへ、首途の乾杯を挙げ、靴を光らせ、そして妻の腕を執り、口笛の、お江戸日本橋——の吹奏に歩調を合せながら、この武者修業のテープを …
沼辺より(新字旧仮名)
読書目安時間:約27分
こんな沼には名前などは無いのかと思つてゐたところが、このごろになつてこれが鬼涙沼といふのだといふことを知つた。明るい櫟林にとり囲まれた擂鉢形の底に円く蒼い水を湛へてゐる。やはり噴火 …
読書目安時間:約27分
こんな沼には名前などは無いのかと思つてゐたところが、このごろになつてこれが鬼涙沼といふのだといふことを知つた。明るい櫟林にとり囲まれた擂鉢形の底に円く蒼い水を湛へてゐる。やはり噴火 …
眠い一日(新字旧仮名)
読書目安時間:約36分
「電灯を点けて煙草を喫かす、喫ひ終ると再び灯りを消してスツポリと夜着を頭から引き被る——真暗だ。彼は、眼を視開いてゐた。……云ふまでもなく、何も考へてゐない。眠り度い!と希ふ心は、 …
読書目安時間:約36分
「電灯を点けて煙草を喫かす、喫ひ終ると再び灯りを消してスツポリと夜着を頭から引き被る——真暗だ。彼は、眼を視開いてゐた。……云ふまでもなく、何も考へてゐない。眠り度い!と希ふ心は、 …
はがき通信(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
あちこちと出歩いて居りましたため御返事申おくれました。御手紙の御趣き承知いたしました。小生また/\転居と申すべきか、当分の間左記へ滞在いたします。三四日前からであります。一昨日三笠 …
読書目安時間:約1分
あちこちと出歩いて居りましたため御返事申おくれました。御手紙の御趣き承知いたしました。小生また/\転居と申すべきか、当分の間左記へ滞在いたします。三四日前からであります。一昨日三笠 …
剥製(新字旧仮名)
読書目安時間:約33分
“I chatter, chatter, as I flow To join the brimming river, For men may come and men may go …
読書目安時間:約33分
“I chatter, chatter, as I flow To join the brimming river, For men may come and men may go …
白明(新字旧仮名)
読書目安時間:約25分
医院を開いてゐた隆造の叔父が発狂して、それも他所目にはさうとも見られる程でもなかつたが職業柄もあつたし、家内の者達への狂暴は募るばかりで「酒癖が悪い」位ゐでは包み終せなくなつて、漸 …
読書目安時間:約25分
医院を開いてゐた隆造の叔父が発狂して、それも他所目にはさうとも見られる程でもなかつたが職業柄もあつたし、家内の者達への狂暴は募るばかりで「酒癖が悪い」位ゐでは包み終せなくなつて、漸 …
初めて逢つた文士と当時の思ひ出(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
島崎藤村先生 二十四位の時初めて同人雑誌に掲載した短篇を偶々先生からお手紙をもらつて認められ、その後半年ばかり経つて友人の長谷川浩三が白石実三氏から紹介状を貰つて呉れ、単独で訪問し …
読書目安時間:約1分
島崎藤村先生 二十四位の時初めて同人雑誌に掲載した短篇を偶々先生からお手紙をもらつて認められ、その後半年ばかり経つて友人の長谷川浩三が白石実三氏から紹介状を貰つて呉れ、単独で訪問し …
馬車の歌(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
佗しい村住ひの僕等が、ある日、隣り町の食糧品店に急用が出来て、半日がかりで様々な切端詰つた用事を済せた後に、漸く村を指して引きあげることになつた夕暮時の途すがらであつた。同行は、い …
読書目安時間:約8分
佗しい村住ひの僕等が、ある日、隣り町の食糧品店に急用が出来て、半日がかりで様々な切端詰つた用事を済せた後に、漸く村を指して引きあげることになつた夕暮時の途すがらであつた。同行は、い …
馬上の春(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
私たちが、その村に住んでゐたころ——では、今年の正月は、いつものやうに朝から晩まで酒を飲んでは議論をしたり喧嘩をしたりしてゐても止め度がないから、 「今年はひとつ——」 と、私達の …
読書目安時間:約5分
私たちが、その村に住んでゐたころ——では、今年の正月は、いつものやうに朝から晩まで酒を飲んでは議論をしたり喧嘩をしたりしてゐても止め度がないから、 「今年はひとつ——」 と、私達の …
花束一つ(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
彼は、不断に巨大な都市の建設に余念がない。あの都は何んな細道を覗いても花飾美と瑰奇美と新鮮美に溢れてゐる。あの市長は一個の煉瓦に至るまで恭々しく自らの手で焼き、一つ一つ自分で積みあ …
読書目安時間:約1分
彼は、不断に巨大な都市の建設に余念がない。あの都は何んな細道を覗いても花飾美と瑰奇美と新鮮美に溢れてゐる。あの市長は一個の煉瓦に至るまで恭々しく自らの手で焼き、一つ一つ自分で積みあ …
バラルダ物語(新字旧仮名)
読書目安時間:約41分
俺は見た 痛手を負へる一頭の野鹿が オリオーンの槍に追はれて 薄明の山頂を走れるを ——あゝされど 古人の嘆きのまゝに 影の猟人なり 影の野獣なり 日照りつゞきで小川の水嵩が——そ …
読書目安時間:約41分
俺は見た 痛手を負へる一頭の野鹿が オリオーンの槍に追はれて 薄明の山頂を走れるを ——あゝされど 古人の嘆きのまゝに 影の猟人なり 影の野獣なり 日照りつゞきで小川の水嵩が——そ …
春(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
日暮里の浅草一帯から、大川のはるか彼方の白い空がいつもほのぼのと見渡せる、その崖のふちの新しい二階家の——どうしたことか、その日は、にわかな荒模様、雨や雪ではなくつて、つむぢ風の大 …
読書目安時間:約3分
日暮里の浅草一帯から、大川のはるか彼方の白い空がいつもほのぼのと見渡せる、その崖のふちの新しい二階家の——どうしたことか、その日は、にわかな荒模様、雨や雪ではなくつて、つむぢ風の大 …
春の手紙(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
冬の朝の日差しが深々とした縁先で、去年のノートを拡げてゐると、不図、書きかけの手紙の一片が滾れ落ちた。……一体これは誰に書いた手紙だつたか知ら? 「……朝夕の沼の霧は見るも鮮やかに …
読書目安時間:約1分
冬の朝の日差しが深々とした縁先で、去年のノートを拡げてゐると、不図、書きかけの手紙の一片が滾れ落ちた。……一体これは誰に書いた手紙だつたか知ら? 「……朝夕の沼の霧は見るも鮮やかに …
パンアテナイア祭の夢(新字旧仮名)
読書目安時間:約11分
野菜を積んだ馬車を駆つて、朝毎に遠い町の市場へ通ふのが若者の仕事だつた。 村を出はづれると、白い川の堤に沿つて隣りの村に入り、手おし車ならばそのまゝ堤づたひに真ツすぐに、また次の村 …
読書目安時間:約11分
野菜を積んだ馬車を駆つて、朝毎に遠い町の市場へ通ふのが若者の仕事だつた。 村を出はづれると、白い川の堤に沿つて隣りの村に入り、手おし車ならばそのまゝ堤づたひに真ツすぐに、また次の村 …
晩秋(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
僕はどうしても厭だ、と云つたが、みち子がどうしても行くんだ、と云つて承知しない。何故僕が強情を張るか、その理由はちよつと……云ひにくいこともないけれど、云つたつて仕様がないから、云 …
読書目安時間:約5分
僕はどうしても厭だ、と云つたが、みち子がどうしても行くんだ、と云つて承知しない。何故僕が強情を張るか、その理由はちよつと……云ひにくいこともないけれど、云つたつて仕様がないから、云 …
晩春日記(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
(四月——日) また、眼を醒すと夕方だ。とゞけてある弁当籠を開いてウヰスキーを二三杯飲むと、はつきり眼が醒る。鰯には手が出ない。セロリを噛む。 手紙を書くので明方までかゝつてしまつ …
読書目安時間:約4分
(四月——日) また、眼を醒すと夕方だ。とゞけてある弁当籠を開いてウヰスキーを二三杯飲むと、はつきり眼が醒る。鰯には手が出ない。セロリを噛む。 手紙を書くので明方までかゝつてしまつ …
晩春の健康(新字旧仮名)
読書目安時間:約15分
羽根蒲団の上に寝ころんでゐるやうだ——などゝ私は思つた位でした。——午頃まで、この儘眠つてやらうかしら、などゝも私は思つたりしました。 春先で、思ひ切り好く晴れた朝の海辺なのです。 …
読書目安時間:約15分
羽根蒲団の上に寝ころんでゐるやうだ——などゝ私は思つた位でした。——午頃まで、この儘眠つてやらうかしら、などゝも私は思つたりしました。 春先で、思ひ切り好く晴れた朝の海辺なのです。 …
半島の果にて(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
神妙な療養生活がどうやら利きめがあらはれて、陽気もおひおひと和んで来ると、酒の有りがたさが沁々と感ぜられるのである。やはりわたしは、わらはうとおもへば、どうやらわらふことも出来さう …
読書目安時間:約2分
神妙な療養生活がどうやら利きめがあらはれて、陽気もおひおひと和んで来ると、酒の有りがたさが沁々と感ぜられるのである。やはりわたしは、わらはうとおもへば、どうやらわらふことも出来さう …
ピエル・フオン訪問記(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
R村のピエル・フオンの城主を夏の間に訪問する約束だつたが、貧しい生活にのみ囚はれてゐる私は、決してそれだけの余暇を見出す事が出来ずにゐる間に、世は晩秋の薄ら寂しい候であつた。私の尊 …
読書目安時間:約7分
R村のピエル・フオンの城主を夏の間に訪問する約束だつたが、貧しい生活にのみ囚はれてゐる私は、決してそれだけの余暇を見出す事が出来ずにゐる間に、世は晩秋の薄ら寂しい候であつた。私の尊 …
東中野にて(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
十一月四日。東京市外、東中野——余儀ない遊びを続けてゐる若い友達夫婦が一ト間だけ借りてゐる二階に客となり続けてゐる。迎へをうけて、導かれて来たまゝなので番地は知らない。帰つたところ …
読書目安時間:約4分
十一月四日。東京市外、東中野——余儀ない遊びを続けてゐる若い友達夫婦が一ト間だけ借りてゐる二階に客となり続けてゐる。迎へをうけて、導かれて来たまゝなので番地は知らない。帰つたところ …
陽に酔つた風景(新字旧仮名)
読書目安時間:約15分
鶴子からの手紙だつたので彼は、勇んでY村行の軽便鉄道に乗つた。勇んで——さうだ、彼は、ちよつと自分の姿を傍から眺めて見ると、あまり勇みたち過ぎてゐる自分が癪に触るほどだつた。 何と …
読書目安時間:約15分
鶴子からの手紙だつたので彼は、勇んでY村行の軽便鉄道に乗つた。勇んで——さうだ、彼は、ちよつと自分の姿を傍から眺めて見ると、あまり勇みたち過ぎてゐる自分が癪に触るほどだつた。 何と …
ひとりごと(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
(十月十六日) * きのふ、おとゝひ、さきおとゝひ——と、あゝ、何といふ浅ましさであらう、嫌はれ、軽蔑され、憎がられて、ウマクもない酒をのんでの気違騒ぎ、あゝ、もう厭だ、断然、酒は …
読書目安時間:約7分
(十月十六日) * きのふ、おとゝひ、さきおとゝひ——と、あゝ、何といふ浅ましさであらう、嫌はれ、軽蔑され、憎がられて、ウマクもない酒をのんでの気違騒ぎ、あゝ、もう厭だ、断然、酒は …
雛菊と雲雀と少年の話(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
ある庭の片隅に一本の雛菊が咲いて居りました。花壇の中には立派やかな牡丹や美しい百合などが、誇り気に咲いて居りましたが、雛菊はさういふ花を見ても、少しも羨しいとは思はず、幸福な日を送 …
読書目安時間:約2分
ある庭の片隅に一本の雛菊が咲いて居りました。花壇の中には立派やかな牡丹や美しい百合などが、誇り気に咲いて居りましたが、雛菊はさういふ花を見ても、少しも羨しいとは思はず、幸福な日を送 …
病状(新字旧仮名)
読書目安時間:約23分
凍てついた寒い夜がつゞいてゐた。 私は、十銭メートルの瓦斯ストーヴに銀貨を投げ込みながら、空の白むまで机の前に坐りつゞけたが、一行の言葉も浮ばぬ夜ばかりだつた。 「いつでも関はぬか …
読書目安時間:約23分
凍てついた寒い夜がつゞいてゐた。 私は、十銭メートルの瓦斯ストーヴに銀貨を投げ込みながら、空の白むまで机の前に坐りつゞけたが、一行の言葉も浮ばぬ夜ばかりだつた。 「いつでも関はぬか …
ビルヂングと月(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
酒が宴の途中で切れると、登山嚢を背にして、馬を借りだし、峠を越えて村の宿場まで赴かなければならない。——私達はついこの間うちまで、そんな山中の森かげでたくましい原始生活を営んでゐた …
読書目安時間:約6分
酒が宴の途中で切れると、登山嚢を背にして、馬を借りだし、峠を越えて村の宿場まで赴かなければならない。——私達はついこの間うちまで、そんな山中の森かげでたくましい原始生活を営んでゐた …
フアウスト(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
博士フアウストは、哲学、医学、法律、神学その他あらゆる学問といふ学問を研究し尽してしまつて、もうその他には何もないのか?とおもふと、急にがつかりして、死んでしまはうと決心しました。 …
読書目安時間:約3分
博士フアウストは、哲学、医学、法律、神学その他あらゆる学問といふ学問を研究し尽してしまつて、もうその他には何もないのか?とおもふと、急にがつかりして、死んでしまはうと決心しました。 …
ファティアの花鬘(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
私は卓子の上に飛びあがると、コップを持つた腕を勢ひ好く振りあげた——酒は天井にはねあがつた。 そして私は、 「花鬘酒の栓を抜け!」 と叫んだ。——「踊子達よ、一斉に盃をとつて、あの …
読書目安時間:約5分
私は卓子の上に飛びあがると、コップを持つた腕を勢ひ好く振りあげた——酒は天井にはねあがつた。 そして私は、 「花鬘酒の栓を抜け!」 と叫んだ。——「踊子達よ、一斉に盃をとつて、あの …
附「歌へる日まで」(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
R村々長殿 御手紙拝見いたしました。御督促にあづかるまでもなく「R村々歌」に就きましては小生夢にも忘るゝことなく出京以来もその構想に寧日なき有様にて没頭いたして居ります。然して、漸 …
読書目安時間:約5分
R村々長殿 御手紙拝見いたしました。御督促にあづかるまでもなく「R村々歌」に就きましては小生夢にも忘るゝことなく出京以来もその構想に寧日なき有様にて没頭いたして居ります。然して、漸 …
風媒結婚(新字旧仮名)
読書目安時間:約14分
或る理学士のノートから—— この望遠鏡製作所に勤めて、もう半年あまり経ち、飽性である僕の性質を知つてゐる友人連は、あいつにしては珍らしい、あの朝寝坊がきちん/\と朝は七時に起き、夕 …
読書目安時間:約14分
或る理学士のノートから—— この望遠鏡製作所に勤めて、もう半年あまり経ち、飽性である僕の性質を知つてゐる友人連は、あいつにしては珍らしい、あの朝寝坊がきちん/\と朝は七時に起き、夕 …
風流旅行(新字旧仮名)
読書目安時間:約15分
一ヶ月あまりは、またそれで旅に暮しても十分とおもつてゐたのに、私は迂闊にも自分が再び相当の飲酒者に立ち戻つてゐたのを忘れてゐた為に、二三ヶ所をわたり歩いて未だ二週間も経たぬ間に、も …
読書目安時間:約15分
一ヶ月あまりは、またそれで旅に暮しても十分とおもつてゐたのに、私は迂闊にも自分が再び相当の飲酒者に立ち戻つてゐたのを忘れてゐた為に、二三ヶ所をわたり歩いて未だ二週間も経たぬ間に、も …
附記(夜見の巻)(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
本篇は昭和八年十一月ごろの作であり、作者にとつては寧ろ近作の部に属するものであるが、既にしてこの作を前後とする四・五年間の一連の作品は作者にとつての小時代を劃して歴然たる過去の夢で …
読書目安時間:約1分
本篇は昭和八年十一月ごろの作であり、作者にとつては寧ろ近作の部に属するものであるが、既にしてこの作を前後とする四・五年間の一連の作品は作者にとつての小時代を劃して歴然たる過去の夢で …
不思議な船(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
あゝさうか、今日は土曜日だつたね。諸君おそろひでよく来たね、さあ遠慮なくずつと此方へ来給へ。何、お話?またかい。よくお話に倦きないね。よろしいやるよ。面白いお話を。 静かにしてよう …
読書目安時間:約4分
あゝさうか、今日は土曜日だつたね。諸君おそろひでよく来たね、さあ遠慮なくずつと此方へ来給へ。何、お話?またかい。よくお話に倦きないね。よろしいやるよ。面白いお話を。 静かにしてよう …
〔婦人手紙範例文〕(新字旧仮名)
読書目安時間:約13分
何や彼やと毎日のことばかりに追はれて、ついついお手紙さへも書きおくれて居りましたこと、どうぞおゆるし下さい。でも、貴女の御容体が日増に御快方に向いてゐる由をうかゞつて安心いたしまし …
読書目安時間:約13分
何や彼やと毎日のことばかりに追はれて、ついついお手紙さへも書きおくれて居りましたこと、どうぞおゆるし下さい。でも、貴女の御容体が日増に御快方に向いてゐる由をうかゞつて安心いたしまし …
二日間のこと(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
八月×日 ——蜂雀の真実なる概念を単に言葉の絵具をもつて描かんと努むるも、それは恰も南アメリカの生ける日光を瓶詰となして、大西洋を越え、イギリスの空に輝く雨と降り灑がうとするが如き …
読書目安時間:約7分
八月×日 ——蜂雀の真実なる概念を単に言葉の絵具をもつて描かんと努むるも、それは恰も南アメリカの生ける日光を瓶詰となして、大西洋を越え、イギリスの空に輝く雨と降り灑がうとするが如き …
舞踏会余話(新字旧仮名)
読書目安時間:約20分
川の向ひ側の山裾の芝原では、恰度山の神様の祭りの野宴がはじまるところでした。——月のはじめに、月毎に催される盛大な祝宴です。一ト月の間で流れをせきとめるほど川ふちに溜る製材の破片を …
読書目安時間:約20分
川の向ひ側の山裾の芝原では、恰度山の神様の祭りの野宴がはじまるところでした。——月のはじめに、月毎に催される盛大な祝宴です。一ト月の間で流れをせきとめるほど川ふちに溜る製材の破片を …
舞踏学校見物(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
とても蒸暑い日でした。私たちは、暑い暑い、今日は殊更に暑いではないか、僕はさつきまで自分の部屋に居たのであるが、凝つとしても汗が流れたよ、身の扱ひように困つて転々してゐた仕未だ。昨 …
読書目安時間:約5分
とても蒸暑い日でした。私たちは、暑い暑い、今日は殊更に暑いではないか、僕はさつきまで自分の部屋に居たのであるが、凝つとしても汗が流れたよ、身の扱ひように困つて転々してゐた仕未だ。昨 …
船の中の鼠(新字旧仮名)
読書目安時間:約24分
都を遠く離れた或る片田舎の森蔭で、その頃私は三人の友達と共にジヤガイモや唐もろこしを盗んで、憐れな命をつないで居りました。あの村へ行けば、小生の所有になる古いけれどいとも大きな水車 …
読書目安時間:約24分
都を遠く離れた或る片田舎の森蔭で、その頃私は三人の友達と共にジヤガイモや唐もろこしを盗んで、憐れな命をつないで居りました。あの村へ行けば、小生の所有になる古いけれどいとも大きな水車 …
冬の風鈴(新字旧仮名)
読書目安時間:約22分
三月六日 前日中に脱稿してしまはうと思つてゐた筈の小説が、おそらく五分の一もまとまつてはゐなかつた。それも、夥しく不安なものだつた。ひとりの人間が、考へたことを紙に誌して、それを読 …
読書目安時間:約22分
三月六日 前日中に脱稿してしまはうと思つてゐた筈の小説が、おそらく五分の一もまとまつてはゐなかつた。それも、夥しく不安なものだつた。ひとりの人間が、考へたことを紙に誌して、それを読 …
冬物語(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
その田舎の、K家といふ閑静な屋敷を訪れて、私は四五年振りでそこの古風な庭を眺めることを沁々と期待してゐたが、折悪しく激しい旋風がこゝを先途と吹きまくつて止め度もなく、遥かの野面から …
読書目安時間:約8分
その田舎の、K家といふ閑静な屋敷を訪れて、私は四五年振りでそこの古風な庭を眺めることを沁々と期待してゐたが、折悪しく激しい旋風がこゝを先途と吹きまくつて止め度もなく、遥かの野面から …
ブロンズまで(新字旧仮名)
読書目安時間:約10分
Dと村長がR子のことで月夜の晩に川べりの茶屋で格闘を演じた。Dは四十歳の洋画家である。R子は川べりの小さな町で踊りと歌を売つてゐる町一番美しいスターで、Dの愛人である。 格闘の原因 …
読書目安時間:約10分
Dと村長がR子のことで月夜の晩に川べりの茶屋で格闘を演じた。Dは四十歳の洋画家である。R子は川べりの小さな町で踊りと歌を売つてゐる町一番美しいスターで、Dの愛人である。 格闘の原因 …
文学的自叙伝(旧字旧仮名)
読書目安時間:約21分
父親からの迎へが來次第、アメリカへ渡るといふ覺悟を持たせられてゐて、私は小學校へ入る前後からカトリツク教會のケラアといふ先生に日常會話を習ひはじめてゐた。先生は日本語が殆んど不可能 …
読書目安時間:約21分
父親からの迎へが來次第、アメリカへ渡るといふ覺悟を持たせられてゐて、私は小學校へ入る前後からカトリツク教會のケラアといふ先生に日常會話を習ひはじめてゐた。先生は日本語が殆んど不可能 …
文学的自叙伝(新字旧仮名)
読書目安時間:約21分
父親からの迎へが来次第、アメリカへ渡るといふ覚悟を持たせられてゐて、私は小学校へ入る前後からカトリツク教会のケラアといふ先生に日常会話を習ひはじめてゐた。先生は日本語が殆んど不可能 …
読書目安時間:約21分
父親からの迎へが来次第、アメリカへ渡るといふ覚悟を持たせられてゐて、私は小学校へ入る前後からカトリツク教会のケラアといふ先生に日常会話を習ひはじめてゐた。先生は日本語が殆んど不可能 …
文学とは何ぞや(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
その科目は、何であつたか今私は忘却してしまつたが、その科目の受持教授は、数年前に物故された片上伸先生であつた。そして私たち学生(文学科)は、おそろしい卒業試験を迎へてゐたのである。 …
読書目安時間:約6分
その科目は、何であつたか今私は忘却してしまつたが、その科目の受持教授は、数年前に物故された片上伸先生であつた。そして私たち学生(文学科)は、おそろしい卒業試験を迎へてゐたのである。 …
文芸雑誌の過去・現在・未来に就いて:同人雑誌的要素(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
純文学雑誌の将来は従来の同人組織的要素が次第に濃厚となり、或は夫々の流派に依る、主義に依る、または友誼的結合に依る——等々の基礎が漸く堅固となり、各自々々に文芸王国を形成するかの如 …
読書目安時間:約1分
純文学雑誌の将来は従来の同人組織的要素が次第に濃厚となり、或は夫々の流派に依る、主義に依る、または友誼的結合に依る——等々の基礎が漸く堅固となり、各自々々に文芸王国を形成するかの如 …
文壇諸家一月五日の日記(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
夕方六時半の汽車で東京へ帰る中戸川を送る。彼は一昨日の晩大阪へ行くつもりで寝台券まで用意してゐたのに、僕が引き止めてゐるうちに行くのが厭になつて折角旅支度で出かけて来たのに引き返し …
読書目安時間:約1分
夕方六時半の汽車で東京へ帰る中戸川を送る。彼は一昨日の晩大阪へ行くつもりで寝台券まで用意してゐたのに、僕が引き止めてゐるうちに行くのが厭になつて折角旅支度で出かけて来たのに引き返し …
文壇落書帳:六月二十八日(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
ゆうべ三四人の若い友達連と酔つ払つて踊つたり、早稲田の歌をうたつたりして、ブツ倒れたのは何でも三時頃だつたさうだが、そして七時頃起きてしまつたのだが、メマヒもしなければ頭も痛くない …
読書目安時間:約1分
ゆうべ三四人の若い友達連と酔つ払つて踊つたり、早稲田の歌をうたつたりして、ブツ倒れたのは何でも三時頃だつたさうだが、そして七時頃起きてしまつたのだが、メマヒもしなければ頭も痛くない …
Hasty Pudding(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
(或時私は、菓子のことに就いて人に問はれた時、次のやうな返答を誌したことがある。たしか、おとゝしあたりの夏で田舎住ひを余儀なくされてゐた私であつた菓子のこと? おゝ、さうだ!ある! …
読書目安時間:約2分
(或時私は、菓子のことに就いて人に問はれた時、次のやうな返答を誌したことがある。たしか、おとゝしあたりの夏で田舎住ひを余儀なくされてゐた私であつた菓子のこと? おゝ、さうだ!ある! …
ベツコウ蜂(新字旧仮名)
読書目安時間:約22分
ひとりのスパルタの旅人が述べてゐた。 「わたしの国では凡ての人が、若しも乱酔者を発見した場合には直ちに彼を捕縛して厳罰に処し、鉄窓のもとにつなぐべき権利を附与されてゐる。更に法律は …
読書目安時間:約22分
ひとりのスパルタの旅人が述べてゐた。 「わたしの国では凡ての人が、若しも乱酔者を発見した場合には直ちに彼を捕縛して厳罰に処し、鉄窓のもとにつなぐべき権利を附与されてゐる。更に法律は …
ペルリ行(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
私は昨今横須賀に住んで、夙に病弱の療養に専念してゐる。それを第一の仕事にしてゐる。小田原からここに移つて、二ヶ月あまり経つた。私にとつての療養の第一は酒を慎しむことである。寧ろ絶対 …
読書目安時間:約3分
私は昨今横須賀に住んで、夙に病弱の療養に専念してゐる。それを第一の仕事にしてゐる。小田原からここに移つて、二ヶ月あまり経つた。私にとつての療養の第一は酒を慎しむことである。寧ろ絶対 …
〔編輯雑記〕(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
△銀座通りで夜更迄話した、「雑誌をやらう」と、それでも足りないで家へ帰つて夜明しなどした。五年も前の話である、鈴木と二人で、春の夜だつた。感傷的な事を云ふやうだが、今度「金と銀」が …
読書目安時間:約2分
△銀座通りで夜更迄話した、「雑誌をやらう」と、それでも足りないで家へ帰つて夜明しなどした。五年も前の話である、鈴木と二人で、春の夜だつた。感傷的な事を云ふやうだが、今度「金と銀」が …
〔編輯余話〕(新字旧仮名)
読書目安時間:約27分
私はこの七月から入社いたし皆様のために働くことゝなりました。私の心は悦しさに充ちて居ります。それは皆様といふ沢山なお友達を得ることが出来たからであります。庭の草花もほゝえむでゐるか …
読書目安時間:約27分
私はこの七月から入社いたし皆様のために働くことゝなりました。私の心は悦しさに充ちて居ります。それは皆様といふ沢山なお友達を得ることが出来たからであります。庭の草花もほゝえむでゐるか …
変装綺譚(新字旧仮名)
読書目安時間:約26分
図書館を出て来たところであつた、たゞひとりの私は——。脚どりが、とてもふわ/\してゐるのを吾ながら、はつきりと感じてゐたが、頭の中に繰り拡げられて行く夢の境と今、其処に足が触れてゐ …
読書目安時間:約26分
図書館を出て来たところであつた、たゞひとりの私は——。脚どりが、とてもふわ/\してゐるのを吾ながら、はつきりと感じてゐたが、頭の中に繰り拡げられて行く夢の境と今、其処に足が触れてゐ …
鞭撻(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
私は台所の隅へ駈けこむと、ながしもとで飯の仕度を手伝つてゐる母の袂にとり縋つて——仙二郎と一処に行くのは嫌だ、と云つた。が大声で喚くわけにもゆかず、たゞ無暗に鼻をならして駄々をこね …
読書目安時間:約5分
私は台所の隅へ駈けこむと、ながしもとで飯の仕度を手伝つてゐる母の袂にとり縋つて——仙二郎と一処に行くのは嫌だ、と云つた。が大声で喚くわけにもゆかず、たゞ無暗に鼻をならして駄々をこね …
僕の運動(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
僕は田舎にゐると毎朝毎夕欠かすことなく不思議に勇壮な運動を試みます。運動には相違ありませんが僕のは体育や精神修養やの目的ではなくて、朝は竜巻になつて襲ふて来る煙りに似た悲しみと闘ひ …
読書目安時間:約4分
僕は田舎にゐると毎朝毎夕欠かすことなく不思議に勇壮な運動を試みます。運動には相違ありませんが僕のは体育や精神修養やの目的ではなくて、朝は竜巻になつて襲ふて来る煙りに似た悲しみと闘ひ …
僕の酒(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
悪い酒であります。憎い酒であり、野蛮な酒でありますが、決して酒に罪があるのではありません。偏へに小生の酩酊振りが悪く、憎く、そして極めて野卑であるばかりなのだ。あゝ小生は常に悪酔の …
読書目安時間:約2分
悪い酒であります。憎い酒であり、野蛮な酒でありますが、決して酒に罪があるのではありません。偏へに小生の酩酊振りが悪く、憎く、そして極めて野卑であるばかりなのだ。あゝ小生は常に悪酔の …
蛍(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
「今夜こそ書きませう。……えゝと何から先に書かうかしら?……候文も古くさいし、言文一致ではだら/\するし……」 光子さんは、紙をひろげてペンを執りましたが、何から先へ書いたらいゝか …
読書目安時間:約7分
「今夜こそ書きませう。……えゝと何から先に書かうかしら?……候文も古くさいし、言文一致ではだら/\するし……」 光子さんは、紙をひろげてペンを執りましたが、何から先へ書いたらいゝか …
貧しき日録(新字旧仮名)
読書目安時間:約39分
こゝは首都の郊外である。 タキノが、突然——(といふのはタキノ自身にとつて、そして一年程前に、これも突然主人を亡くして、こゝから二十里あまり離れてゐる海辺の寒村に彼のたつたひとりの …
読書目安時間:約39分
こゝは首都の郊外である。 タキノが、突然——(といふのはタキノ自身にとつて、そして一年程前に、これも突然主人を亡くして、こゝから二十里あまり離れてゐる海辺の寒村に彼のたつたひとりの …
貧しき文学的経験(文壇へ出るまで)(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
大正八年の秋頃、今実業之日本社に居る、たしか浅原六朗君から、今度、今年学校を出た連中のうちで、同人雑誌を発行することに決つたから、君も加はらないか、と誘はれた。下村と君しか僕は知ら …
読書目安時間:約8分
大正八年の秋頃、今実業之日本社に居る、たしか浅原六朗君から、今度、今年学校を出た連中のうちで、同人雑誌を発行することに決つたから、君も加はらないか、と誘はれた。下村と君しか僕は知ら …
街角(新字旧仮名)
読書目安時間:約16分
郊外に間借りをしてゐた森野が或る夕方ステツキをグル/\回しながら散歩してゐると、停車場のちかくで、ひとりの美しい婦人に呼びかけられた。 「……誰方でしたかしら?」 森野はそんな婦人 …
読書目安時間:約16分
郊外に間借りをしてゐた森野が或る夕方ステツキをグル/\回しながら散歩してゐると、停車場のちかくで、ひとりの美しい婦人に呼びかけられた。 「……誰方でしたかしら?」 森野はそんな婦人 …
真夏の朝のひとゝき(新字旧仮名)
読書目安時間:約17分
芝区で、二本榎の谷間に部屋を借りてゐた。既に七月の夢が消えてゐた。寺院の鐘の音が霧の深い崖下に渦を巻いた。妻子は私の因循にあきれて、海辺の故郷に赴いてゐた。 私は寺院の鐘の音では夢 …
読書目安時間:約17分
芝区で、二本榎の谷間に部屋を借りてゐた。既に七月の夢が消えてゐた。寺院の鐘の音が霧の深い崖下に渦を巻いた。妻子は私の因循にあきれて、海辺の故郷に赴いてゐた。 私は寺院の鐘の音では夢 …
真夏の夜の夢(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
私は「喜劇考」と題して喜劇の発生に関する物語を、宇宙万物の流転の涯しもない煙りが人々の胸に炎えて怖ろしく佗しい道をたどつて行く原始人の底知れぬ落莫感に起因したといふ話を聞いて、自分 …
読書目安時間:約8分
私は「喜劇考」と題して喜劇の発生に関する物語を、宇宙万物の流転の涯しもない煙りが人々の胸に炎えて怖ろしく佗しい道をたどつて行く原始人の底知れぬ落莫感に起因したといふ話を聞いて、自分 …
まぼろし(新字旧仮名)
読書目安時間:約26分
和やかな初夏の海辺には微風の気合ひも感ぜられなかつた。呑気な学生が四五人、砂浜に寝転んでとりとめもなく騒々しい雑談に花を咲かせてゐた。 「ゆらのとをわたるふなびとかぢをたへゆくへも …
読書目安時間:約26分
和やかな初夏の海辺には微風の気合ひも感ぜられなかつた。呑気な学生が四五人、砂浜に寝転んでとりとめもなく騒々しい雑談に花を咲かせてゐた。 「ゆらのとをわたるふなびとかぢをたへゆくへも …
満里子のこと(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
苗字は省きますが満里子君は私の少数の女友達のうちで、数年以来変らぬ親愛と信頼とを惜みなく持ち続けてゐる可憐で快活な人です。満里子君も亦私に対して満腔の尊敬と敬愛とを捧げてゐます。つ …
読書目安時間:約5分
苗字は省きますが満里子君は私の少数の女友達のうちで、数年以来変らぬ親愛と信頼とを惜みなく持ち続けてゐる可憐で快活な人です。満里子君も亦私に対して満腔の尊敬と敬愛とを捧げてゐます。つ …
円卓子での話(新字旧仮名)
読書目安時間:約50分
彼の昨日の今日である、樽野の——。 今朝はまた昨日にも増した麗かな日和で、長閑で、あんなに遥かの沖合を走つてゐる漁船の快い発動機の音までが斯んなに円かに手にとるかのやうに聞えるほど …
読書目安時間:約50分
彼の昨日の今日である、樽野の——。 今朝はまた昨日にも増した麗かな日和で、長閑で、あんなに遥かの沖合を走つてゐる漁船の快い発動機の音までが斯んなに円かに手にとるかのやうに聞えるほど …
岬の春霞(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
いつまでつゞくか、仮寝の宿——わたしは、そのとき横須賀に置いた家族から離れて湘南電車で二駅離れた海ふちの宿にゐた。東京からあそびに来てゐる若い友達のRと、文学と人生のはなしに耽つて …
読書目安時間:約8分
いつまでつゞくか、仮寝の宿——わたしは、そのとき横須賀に置いた家族から離れて湘南電車で二駅離れた海ふちの宿にゐた。東京からあそびに来てゐる若い友達のRと、文学と人生のはなしに耽つて …
みじめな夜(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
ふと、思つた——。 秋田の聯隊にゐる柏は今何をしてゐるだらうか、京都に行つてゐる松村は?下総の取手に行つてゐる宮広は? 時計を見たら三時半(夜)だつた。 「グツスリと眠つてゐるだら …
読書目安時間:約1分
ふと、思つた——。 秋田の聯隊にゐる柏は今何をしてゐるだらうか、京都に行つてゐる松村は?下総の取手に行つてゐる宮広は? 時計を見たら三時半(夜)だつた。 「グツスリと眠つてゐるだら …
湖の夢(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
友人である医学士のF君が、オースチンを購入したので、案内車を先に立てながら富士の五湖をまはつて来ようと、或る晩わたしの部屋を訪れた。神経科の専攻であるF君は、かねがねわたしの病状に …
読書目安時間:約9分
友人である医学士のF君が、オースチンを購入したので、案内車を先に立てながら富士の五湖をまはつて来ようと、或る晩わたしの部屋を訪れた。神経科の専攻であるF君は、かねがねわたしの病状に …
三田に来て(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
結廬古城下 時登古城上 古城非疇昔 今人自来往 坂を登り、また坂を登り——そして、石垣の台上に居並ぶ家々のうちで、一番隅つこの、一番小さい家に居を移した。だが、朝から晩まで家中に陽 …
読書目安時間:約8分
結廬古城下 時登古城上 古城非疇昔 今人自来往 坂を登り、また坂を登り——そして、石垣の台上に居並ぶ家々のうちで、一番隅つこの、一番小さい家に居を移した。だが、朝から晩まで家中に陽 …
「三田文学」と巌谷夫人(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
これに出てゐる「十二時」といふ小説は、姉のだよと十郎が僕の机の上にあつた「三田文学」を指さしたので、僕はおどろいてそれをとりあげ、早速その場でその小説を読みはぢめたときのことを僕は …
読書目安時間:約5分
これに出てゐる「十二時」といふ小説は、姉のだよと十郎が僕の机の上にあつた「三田文学」を指さしたので、僕はおどろいてそれをとりあげ、早速その場でその小説を読みはぢめたときのことを僕は …
美智子と日曜日の朝の話(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
日曜の朝でした。——「稀にはお母様のお手伝ひをしたら、」とお母様はちよつと機嫌の悪い顔をなさいましたので、美智子は、 「だつてお母様……」と、あべこべに不機嫌な顔をして、「だつて… …
読書目安時間:約7分
日曜の朝でした。——「稀にはお母様のお手伝ひをしたら、」とお母様はちよつと機嫌の悪い顔をなさいましたので、美智子は、 「だつてお母様……」と、あべこべに不機嫌な顔をして、「だつて… …
美智子と歯痛(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
美智子は、朝から齲歯が痛んで、とう/\朝御飯も喰べませんでした。眼に触れるものが悉く疳癪にさわりました。焦れツたくて/\堪りませんでした。家ぢうを大声あげて、出来るだけの速さで駆け …
読書目安時間:約7分
美智子は、朝から齲歯が痛んで、とう/\朝御飯も喰べませんでした。眼に触れるものが悉く疳癪にさわりました。焦れツたくて/\堪りませんでした。家ぢうを大声あげて、出来るだけの速さで駆け …
緑の軍港(旧字旧仮名)
読書目安時間:約8分
いつの間にかわたしの部屋の壁には、いろいろな軍艦の寫眞が額になつて、あちこちに並び、本棚の上には「比叡」と「那智」の模型が飾られ、水雷型の筆立には巡洋艦「鈴谷」進水式紀念の軍艦旗と …
読書目安時間:約8分
いつの間にかわたしの部屋の壁には、いろいろな軍艦の寫眞が額になつて、あちこちに並び、本棚の上には「比叡」と「那智」の模型が飾られ、水雷型の筆立には巡洋艦「鈴谷」進水式紀念の軍艦旗と …
緑の軍港(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
いつの間にかわたしの部屋の壁には、いろいろな軍艦の写真が額になつて、あちこちに並び、本棚の上には「比叡」と「那智」の模型が飾られ、水雷型の筆立には巡洋艦「鈴谷」進水式紀念の軍艦旗と …
読書目安時間:約8分
いつの間にかわたしの部屋の壁には、いろいろな軍艦の写真が額になつて、あちこちに並び、本棚の上には「比叡」と「那智」の模型が飾られ、水雷型の筆立には巡洋艦「鈴谷」進水式紀念の軍艦旗と …
昔の歌留多(新字旧仮名)
読書目安時間:約17分
三月もかゝると云はれてゐる病院へ滝は、毎日、日暮時に通つてゐた。——今度こそは彼は、之を堅く決行し通さうと念じてゐた。こんなことをきつかけにしなければ、長い様々な生活上の悪習慣から …
読書目安時間:約17分
三月もかゝると云はれてゐる病院へ滝は、毎日、日暮時に通つてゐた。——今度こそは彼は、之を堅く決行し通さうと念じてゐた。こんなことをきつかけにしなければ、長い様々な生活上の悪習慣から …
武者窓日記(新字旧仮名)
読書目安時間:約33分
たとへこの身は千里の山河を隔てようとも魂は離れはせぬぞよ。マーガレットの唇が神体に触れても嫉ましいのぢやないわい。——フアウスト けふこの頃、うらゝかな小春の日和が日毎日毎さんさん …
読書目安時間:約33分
たとへこの身は千里の山河を隔てようとも魂は離れはせぬぞよ。マーガレットの唇が神体に触れても嫉ましいのぢやないわい。——フアウスト けふこの頃、うらゝかな小春の日和が日毎日毎さんさん …
娘とドリアン(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
すゝきの穂が白んで、山道で行きちがふ子供達から青い蜜柑の香気がかがれる。——夕暮にちかい時分に岡の裏側にある競馬場へ行つて見ると、「シーズン」が近づいたといふので日毎に練習馬の数が …
読書目安時間:約5分
すゝきの穂が白んで、山道で行きちがふ子供達から青い蜜柑の香気がかがれる。——夕暮にちかい時分に岡の裏側にある競馬場へ行つて見ると、「シーズン」が近づいたといふので日毎に練習馬の数が …
〔無題〕(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
そのとき、たしか、永井龍男君と井伏鱒二君と堀辰雄君と小林秀雄君とに私は誘はれて、恰度うらうらとするこのごろのやうな長閑な日の夕暮時に銀座の方から、須田町の万惣にあつまつた。そこで私 …
読書目安時間:約2分
そのとき、たしか、永井龍男君と井伏鱒二君と堀辰雄君と小林秀雄君とに私は誘はれて、恰度うらうらとするこのごろのやうな長閑な日の夕暮時に銀座の方から、須田町の万惣にあつまつた。そこで私 …
村のストア派(新字旧仮名)
読書目安時間:約38分
沢山な落葉が浮んでゐる泉水の傍で樽野は、籐椅子に凭つて日向ぼつこをしてゐた。彼は、あたりのことには関心なく何か楽し気な思ひ出にでも耽つてゐる者のやうに伸々と空を仰いでゐるが、何時の …
読書目安時間:約38分
沢山な落葉が浮んでゐる泉水の傍で樽野は、籐椅子に凭つて日向ぼつこをしてゐた。彼は、あたりのことには関心なく何か楽し気な思ひ出にでも耽つてゐる者のやうに伸々と空を仰いでゐるが、何時の …
目醒時計の憤慨(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
あしたはきつと五時に起きよう——と、また美智子さんは、堅く決心しました。あしたこそ大丈夫だ——と、更に美智子さんは、自分の胸に念をおしました。そして今年の春、叔父さんから貰つた大形 …
読書目安時間:約7分
あしたはきつと五時に起きよう——と、また美智子さんは、堅く決心しました。あしたこそ大丈夫だ——と、更に美智子さんは、自分の胸に念をおしました。そして今年の春、叔父さんから貰つた大形 …
妄想患者(新字旧仮名)
読書目安時間:約60分
ふつと、軽い夢が消えると、窓先を白い花が散つてゐた。何かにギクリと悸された鼓動の余韻が、同じやうに静かに、心から散つて行くのを、私は感じた。 「桜の花だつたか。」、私はさう思つた。 …
読書目安時間:約60分
ふつと、軽い夢が消えると、窓先を白い花が散つてゐた。何かにギクリと悸された鼓動の余韻が、同じやうに静かに、心から散つて行くのを、私は感じた。 「桜の花だつたか。」、私はさう思つた。 …
〔モダン紳士十誡〕(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
* 希ひである——。 アスフアルトの街上で。 * ロシナンテ(馬である、私達の——)を飛して森の奥深く駆け込んだ。剣を抜いて、邪悪の魔術師と渡り合ふた靴は破れ、花は千切れ、胸に血潮 …
読書目安時間:約3分
* 希ひである——。 アスフアルトの街上で。 * ロシナンテ(馬である、私達の——)を飛して森の奥深く駆け込んだ。剣を抜いて、邪悪の魔術師と渡り合ふた靴は破れ、花は千切れ、胸に血潮 …
寄生木と縄梯子(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
「ヤドリ木——知つてゐますか?」 「……知らんのう、実物を見たら、あゝ、これか——と思ふかも知んないが……ヤドリ木?聞いたこともない。」 誰に訊ねても同じ返答ばかりであつた。私は、 …
読書目安時間:約5分
「ヤドリ木——知つてゐますか?」 「……知らんのう、実物を見たら、あゝ、これか——と思ふかも知んないが……ヤドリ木?聞いたこともない。」 誰に訊ねても同じ返答ばかりであつた。私は、 …
やぶ入の前夜(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
バリカンが山の斜面を滑る橇のやうにスルスルと正吉の頭を撫でゝゆくと、針のやうな髪の毛はバラバラととび散つた。正吉は一秒一秒に拡がつてゆく綺麗な頭の地ををさへ切れぬ悦ばしい心で凝と鏡 …
読書目安時間:約6分
バリカンが山の斜面を滑る橇のやうにスルスルと正吉の頭を撫でゝゆくと、針のやうな髪の毛はバラバラととび散つた。正吉は一秒一秒に拡がつてゆく綺麗な頭の地ををさへ切れぬ悦ばしい心で凝と鏡 …
籔のほとり(新字旧仮名)
読書目安時間:約31分
どうして此処の座敷の欄間にはあのやうな扇があんな風に五つも六つもかゝげてあるんだらう!装飾の意味にしてはあくどすぎる!何となくわけあり気に見えるではないか? それにしてもあれは一体 …
読書目安時間:約31分
どうして此処の座敷の欄間にはあのやうな扇があんな風に五つも六つもかゝげてあるんだらう!装飾の意味にしてはあくどすぎる!何となくわけあり気に見えるではないか? それにしてもあれは一体 …
山男と男装の美女:ミツキイのジヨンニイ(新字旧仮名)
読書目安時間:約25分
糧食庫に狐や鼬が現れるので、事務所の壁には空弾を込めた大型の短銃が三つばかり何時でも用意してあつたが、事務員の僕と、タイピストのミツキイは、狐や鼬に備へるためではなく、夫々一挺宛の …
読書目安時間:約25分
糧食庫に狐や鼬が現れるので、事務所の壁には空弾を込めた大型の短銃が三つばかり何時でも用意してあつたが、事務員の僕と、タイピストのミツキイは、狐や鼬に備へるためではなく、夫々一挺宛の …
山の見える窓にて(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
私はこの町(芝区三田——)で、はじめての春を迎へた。おとゝしの春——さうだ、はつきりと四日であつたことを覚えてゐる、河堤の桜の蕾が漸くふくらみはじめて、もう花見の日も二三日に迫つた …
読書目安時間:約3分
私はこの町(芝区三田——)で、はじめての春を迎へた。おとゝしの春——さうだ、はつきりと四日であつたことを覚えてゐる、河堤の桜の蕾が漸くふくらみはじめて、もう花見の日も二三日に迫つた …
山彦の街(新字旧仮名)
読書目安時間:約33分
哄笑の声が一勢に挙つたかと思ふと、罵り合ひが始まつてゐる——鳥のやうな声で絶叫する者がある、女の悲鳴が耳をつんざくばかりに聞えたかと思ふと、男の楽し気な合唱が始まつてゐる——殴れ! …
読書目安時間:約33分
哄笑の声が一勢に挙つたかと思ふと、罵り合ひが始まつてゐる——鳥のやうな声で絶叫する者がある、女の悲鳴が耳をつんざくばかりに聞えたかと思ふと、男の楽し気な合唱が始まつてゐる——殴れ! …
山を降る一隊(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
「メートル係り。」 それが私の仕事である。 伐木場から橇で運ばれて来る木材の切り口を物差で計るのである。私は槍のやうに長い物差を振り廻して木口の寸法を計ると、 「何メートル、何々… …
読書目安時間:約4分
「メートル係り。」 それが私の仕事である。 伐木場から橇で運ばれて来る木材の切り口を物差で計るのである。私は槍のやうに長い物差を振り廻して木口の寸法を計ると、 「何メートル、何々… …
山を越えて(新字旧仮名)
読書目安時間:約28分
彼女等の夫々の父親からの依頼で二人の娘をそちらへおくることになつたから、彼女等を夫々オフイスの一員に加へて貰ひたい、詳しいことは当人達からきいての上で、山の見学を望んでゐる二人の幼 …
読書目安時間:約28分
彼女等の夫々の父親からの依頼で二人の娘をそちらへおくることになつたから、彼女等を夫々オフイスの一員に加へて貰ひたい、詳しいことは当人達からきいての上で、山の見学を望んでゐる二人の幼 …
幽霊の出る宮殿(新字旧仮名)
読書目安時間:約12分
わたしはこの四五年来、少くとも一年のうちに二回以上は、全く天涯の孤独者であるかのやうな、そして深い寧ろ憂ひに閉ぢこめられたやうな姿で独り、登山袋に杖を突いて、遠方の景色にばかり見惚 …
読書目安時間:約12分
わたしはこの四五年来、少くとも一年のうちに二回以上は、全く天涯の孤独者であるかのやうな、そして深い寧ろ憂ひに閉ぢこめられたやうな姿で独り、登山袋に杖を突いて、遠方の景色にばかり見惚 …
雪景色(新字旧仮名)
読書目安時間:約23分
滝は、あまり創作(小説)のことばかり想つてゐるのが重苦しくなつたのでスケツチ箱をさげて散歩に出かけた。——石段を降つて、又ひよろ/\と降つて行く海辺へ近い松林の中途であつた。彼は、 …
読書目安時間:約23分
滝は、あまり創作(小説)のことばかり想つてゐるのが重苦しくなつたのでスケツチ箱をさげて散歩に出かけた。——石段を降つて、又ひよろ/\と降つて行く海辺へ近い松林の中途であつた。彼は、 …
『ユリイカ』挿話(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
ポウの宇宙論『ユリイカ』のなかにはトレミイ・ヒィフェスチョンといふ学者の名が出て参ります。この名前は『ユリイカ』だけでなく、彼の他の作品でも一再ならず出くはすのですが、色々と文献を …
読書目安時間:約4分
ポウの宇宙論『ユリイカ』のなかにはトレミイ・ヒィフェスチョンといふ学者の名が出て参ります。この名前は『ユリイカ』だけでなく、彼の他の作品でも一再ならず出くはすのですが、色々と文献を …
ユリイカ・独言(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
習慣と称ぶ暴虐なる先入主を打破せんと欲する者は、多くの事柄が、単にそれに伴ふ習慣の髥と皺とに支へられて何等の疑念なく認容せられてゐるのを見るであらう。然しながら一度びこの仮面を剥い …
読書目安時間:約3分
習慣と称ぶ暴虐なる先入主を打破せんと欲する者は、多くの事柄が、単にそれに伴ふ習慣の髥と皺とに支へられて何等の疑念なく認容せられてゐるのを見るであらう。然しながら一度びこの仮面を剥い …
予が本年発表せる創作に就いて:沢山書いた(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
四月に書いた「父を売る子」は思ひ出すだけでも閉口したが、此頃になつては澄んだ心で夢のやうな気がする。三月の始めに十二三枚書いて、たしか退屈してそれなりに放つておいたのだが、その月に …
読書目安時間:約2分
四月に書いた「父を売る子」は思ひ出すだけでも閉口したが、此頃になつては澄んだ心で夢のやうな気がする。三月の始めに十二三枚書いて、たしか退屈してそれなりに放つておいたのだが、その月に …
予が本年発表せる創作に就いて:努力の不足を痛感す(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
今年は、ほんの短いものまで数へて四篇位ひしか発表しなかつた。書いたのも略同様だつた。「気持」に囚はれて、ついそれをあくどくして了ふのがいけない。様々な意味で努力の足りなかつたことを …
読書目安時間:約1分
今年は、ほんの短いものまで数へて四篇位ひしか発表しなかつた。書いたのも略同様だつた。「気持」に囚はれて、ついそれをあくどくして了ふのがいけない。様々な意味で努力の足りなかつたことを …
余の倅に就いて(新字旧仮名)
読書目安時間:約12分
試みに、余の三歳になる一子をとらへて、——葛西をぢちやんに如何されたか? と訊ねて見給へ!彼は、忽ち武張つた表情をして、次のやうな動作をするであらう。 彼は、両脚を踏ン張つて五体に …
読書目安時間:約12分
試みに、余の三歳になる一子をとらへて、——葛西をぢちやんに如何されたか? と訊ねて見給へ!彼は、忽ち武張つた表情をして、次のやうな動作をするであらう。 彼は、両脚を踏ン張つて五体に …
予の恋愛観(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
先日東京から遊びにきた(古典派洋画家と自ら称ふ)友人と珍しく僕は海辺を歩ひた。大きな松の傍にきた時彼は突然「うむ……これか……」と叫んで立ち止つた。で僕が怪し気な顔をすると彼は「君 …
読書目安時間:約3分
先日東京から遊びにきた(古典派洋画家と自ら称ふ)友人と珍しく僕は海辺を歩ひた。大きな松の傍にきた時彼は突然「うむ……これか……」と叫んで立ち止つた。で僕が怪し気な顔をすると彼は「君 …
夜見の巻:「吾が昆虫採集記」の一節(新字旧仮名)
読書目安時間:約22分
私は夏の中頃から、鬼涙村の宇土酒造所に客となつて膜翅類の採集に耽つてゐた。私は碌々他人と口を利くこともなく、それで誰かゞ私の無愛想な顔を蜂のやうだと嘲つたが、全く私は眼玉ばかりをぎ …
読書目安時間:約22分
私は夏の中頃から、鬼涙村の宇土酒造所に客となつて膜翅類の採集に耽つてゐた。私は碌々他人と口を利くこともなく、それで誰かゞ私の無愛想な顔を蜂のやうだと嘲つたが、全く私は眼玉ばかりをぎ …
夜の奇蹟(新字旧仮名)
読書目安時間:約23分
海辺の連中は雨が降ると皆な池部の家に集まるのが慣ひだつた。暑中休暇の学生達が主だつた。麻雀に熱中してゐる一組があつた。窓枠に腰を掛けてマンドリンを弄んでゐるのは一番年長の池部だつた …
読書目安時間:約23分
海辺の連中は雨が降ると皆な池部の家に集まるのが慣ひだつた。暑中休暇の学生達が主だつた。麻雀に熱中してゐる一組があつた。窓枠に腰を掛けてマンドリンを弄んでゐるのは一番年長の池部だつた …
鎧の挿話(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
五人力と称ばれてゐる無頼漢の大川九郎が今日はまた大酒を呑んで、店で暴れてゐる——と悲しさうな顔で居酒屋の娘が、私の家に逃げて来た夕暮時に、恰度私の家では土用干の品々を片附けてゐたと …
読書目安時間:約4分
五人力と称ばれてゐる無頼漢の大川九郎が今日はまた大酒を呑んで、店で暴れてゐる——と悲しさうな顔で居酒屋の娘が、私の家に逃げて来た夕暮時に、恰度私の家では土用干の品々を片附けてゐたと …
喜びと悲しみの熱涙(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
道夫は友達の好き嫌ひといふことをしなかつたから、誰とでも快活に遊び交はることが出来た。従つて随分沢山な友達があつた。然し道夫がその大勢の友達の中で、真実自分の心の友である、と思つて …
読書目安時間:約7分
道夫は友達の好き嫌ひといふことをしなかつたから、誰とでも快活に遊び交はることが出来た。従つて随分沢山な友達があつた。然し道夫がその大勢の友達の中で、真実自分の心の友である、と思つて …
悦べる木の葉(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
一郎は今迄しきりに読んでゐた書物から眼を放すと、書斎の窓を開いて庭を眺めた。——冬枯の庭は、どの木も寒さうに震へてゐるかのやうに見えた。南天の実の紅色だけが僅かな色彩で、冬の陽に映 …
読書目安時間:約6分
一郎は今迄しきりに読んでゐた書物から眼を放すと、書斎の窓を開いて庭を眺めた。——冬枯の庭は、どの木も寒さうに震へてゐるかのやうに見えた。南天の実の紅色だけが僅かな色彩で、冬の陽に映 …
余話:秘められた箱(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
厳格らしい母だつた。 幼時余は、母に、『論語』を学び、二宮尊徳の修身を聴講し、『ナショナル・りいどる』巻の一に依つて英語を手ほどかれ、『和訳すゐんとん万国史』を講義された。それらの …
読書目安時間:約4分
厳格らしい母だつた。 幼時余は、母に、『論語』を学び、二宮尊徳の修身を聴講し、『ナショナル・りいどる』巻の一に依つて英語を手ほどかれ、『和訳すゐんとん万国史』を講義された。それらの …
余話(秘められた箱)(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
厳格らしい母だつた。 幼時余は、母に、論語を学び、二宮尊徳の修身を聴講し、ナシヨナル・りいどる巻の一に依つて英語を手ほどかれ、和訳すゐんとん万国史を講義された。それらの記憶は、酷く …
読書目安時間:約4分
厳格らしい母だつた。 幼時余は、母に、論語を学び、二宮尊徳の修身を聴講し、ナシヨナル・りいどる巻の一に依つて英語を手ほどかれ、和訳すゐんとん万国史を講義された。それらの記憶は、酷く …
読んだ本(新字旧仮名)
読書目安時間:約2分
今僕の枕元には、ジイド全集の第四巻と久保田万太郎氏の「月あかり・町中」の二部があるのみ。ろく/\本も読めぬ病弱つゞきで、この幾ヶ月、たゞ窓外の風景を眺めるばかりをことゝして、あちこ …
読書目安時間:約2分
今僕の枕元には、ジイド全集の第四巻と久保田万太郎氏の「月あかり・町中」の二部があるのみ。ろく/\本も読めぬ病弱つゞきで、この幾ヶ月、たゞ窓外の風景を眺めるばかりをことゝして、あちこ …
ライス・ワッフルの友(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
こんなことを何も僕は決して誇り気に誌すわけではないのであるが、今不図考へて見て男の友達でも女の友達でも——それはいつも極く少人数であるが、一度交際した人と、自分から先に離れたといふ …
読書目安時間:約4分
こんなことを何も僕は決して誇り気に誌すわけではないのであるが、今不図考へて見て男の友達でも女の友達でも——それはいつも極く少人数であるが、一度交際した人と、自分から先に離れたといふ …
来年は何をするか(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
ある先輩が経営することに決つた其鰤敷魚場は今月(十一月)から来年の六月迄房州の何某村(村名を今ちよいと失念した)で行はれる。僕は其処に赴いて働くであらう。艫を漕ぎ、網を引き、魚を担 …
読書目安時間:約1分
ある先輩が経営することに決つた其鰤敷魚場は今月(十一月)から来年の六月迄房州の何某村(村名を今ちよいと失念した)で行はれる。僕は其処に赴いて働くであらう。艫を漕ぎ、網を引き、魚を担 …
ラガド大学参観記:(その一挿話)(新字旧仮名)
読書目安時間:約20分
往来で騒いでゐる声が何うも自分を呼んでゐるらしく思はれるので私は、ペンを擱いて、手の平を耳の後ろに翳した。 「誰だな?」 私は呟いだ。私は首を傾げたが、執筆に熱中してゐる頂上だつた …
読書目安時間:約20分
往来で騒いでゐる声が何うも自分を呼んでゐるらしく思はれるので私は、ペンを擱いて、手の平を耳の後ろに翳した。 「誰だな?」 私は呟いだ。私は首を傾げたが、執筆に熱中してゐる頂上だつた …
裸虫抄(新字旧仮名)
読書目安時間:約23分
横須賀にゐる妹(彼の妻の)のところで、当分彼の息子をあづかりたいと云つて寄越したのである。子供のない慎ましい夫婦暮しで、文学の本ばかり読んでゐる妹であつた。彼の息子は、彼が転地療養 …
読書目安時間:約23分
横須賀にゐる妹(彼の妻の)のところで、当分彼の息子をあづかりたいと云つて寄越したのである。子供のない慎ましい夫婦暮しで、文学の本ばかり読んでゐる妹であつた。彼の息子は、彼が転地療養 …
ランプの便り(新字旧仮名)
読書目安時間:約9分
「おや/\、もうランプを点ける頃なの、何とまあ日が短いことだらうね。」 すつかり掃除を済してピカ/\とする台ランプを抱へたユキ子が、静かに私の部屋に入つて来たのを見て私は、驚きの眼 …
読書目安時間:約9分
「おや/\、もうランプを点ける頃なの、何とまあ日が短いことだらうね。」 すつかり掃除を済してピカ/\とする台ランプを抱へたユキ子が、静かに私の部屋に入つて来たのを見て私は、驚きの眼 …
ランプの明滅(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
試験の前夜だつた。彼はいくら本に眼を向けてゐても心が少しもそれにそぐはないので——で、落第だ——と思ふと慄然とした。と、同時に照子の顔が彷髴として眼蓋の裏へ浮んだ。彼にとつて照子の …
読書目安時間:約6分
試験の前夜だつた。彼はいくら本に眼を向けてゐても心が少しもそれにそぐはないので——で、落第だ——と思ふと慄然とした。と、同時に照子の顔が彷髴として眼蓋の裏へ浮んだ。彼にとつて照子の …
蘭丸の絵(新字旧仮名)
読書目安時間:約6分
僕等が小学校の時分に、写絵といふものが非常に流行しました。それは毒々しい赤や青の絵具で紙に色々な絵が描いてあつて、例へば武人の顔とか軍旗とか、花とか、その中で自分の気に入つた絵を切 …
読書目安時間:約6分
僕等が小学校の時分に、写絵といふものが非常に流行しました。それは毒々しい赤や青の絵具で紙に色々な絵が描いてあつて、例へば武人の顔とか軍旗とか、花とか、その中で自分の気に入つた絵を切 …
淪落の女の日記(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
「もう少し愛があれば、誰もこんなところに落ち込みはしないのだ。」 これが、この物語の主題である。「パンドラの箱」は見損つたが、次のルイズ・ブルツクスものと聞いて、ブルツクスは常々僕 …
読書目安時間:約3分
「もう少し愛があれば、誰もこんなところに落ち込みはしないのだ。」 これが、この物語の主題である。「パンドラの箱」は見損つたが、次のルイズ・ブルツクスものと聞いて、ブルツクスは常々僕 …
るい(新字旧仮名)
読書目安時間:約4分
竹藪の蔭の井戸端に木蓮とコヾメ桜の老樹が枝を張り、野天風呂の火が、風呂番の娘の横顔を照してゐた。もう余程古いことであり、村の名前さへ稍朧ろ気であるが、私は不思議とその娘の名がるいと …
読書目安時間:約4分
竹藪の蔭の井戸端に木蓮とコヾメ桜の老樹が枝を張り、野天風呂の火が、風呂番の娘の横顔を照してゐた。もう余程古いことであり、村の名前さへ稍朧ろ気であるが、私は不思議とその娘の名がるいと …
老猾抄(新字旧仮名)
読書目安時間:約7分
「もう私は一切酒は飲まない。」 私の叔父にあたる岩城源造は余程神妙さうに繰返してゐた。 「それあ、結構ですね、一切飲まないといふことも無理でせうが、好い齢をしてカフエーに行くといふ …
読書目安時間:約7分
「もう私は一切酒は飲まない。」 私の叔父にあたる岩城源造は余程神妙さうに繰返してゐた。 「それあ、結構ですね、一切飲まないといふことも無理でせうが、好い齢をしてカフエーに行くといふ …
浪曼的月評(新字旧仮名)
読書目安時間:約39分
今月、雑誌を手にとるがいなや、自分が評家の立場であるなしにかゝはらず、待ちかまへて読んだものが、三つもあつたことは大変に愉快でした。それは、「早稲田文学」の、室生犀星作、弄獅子と、 …
読書目安時間:約39分
今月、雑誌を手にとるがいなや、自分が評家の立場であるなしにかゝはらず、待ちかまへて読んだものが、三つもあつたことは大変に愉快でした。それは、「早稲田文学」の、室生犀星作、弄獅子と、 …
浪曼的時評(新字旧仮名)
読書目安時間:約14分
先月は殆んど一ト月、新緑の中の海辺や山の温泉につかつて文字といふ文字は何ひとつ目にもせず蝶々などを追ひかけて暮し、その間に何か際立つた作品が現れてゐたかも知れないが、それまでは今年 …
読書目安時間:約14分
先月は殆んど一ト月、新緑の中の海辺や山の温泉につかつて文字といふ文字は何ひとつ目にもせず蝶々などを追ひかけて暮し、その間に何か際立つた作品が現れてゐたかも知れないが、それまでは今年 …
露路の友(新字旧仮名)
読書目安時間:約23分
おそく帰る時には兵野は玄関からでなしに、庭をまはつて椽側から入る習慣だつたが、その晩は余程烈しく泥酔してゐたと見へて、雨戸を閉めるのを忘れたと見へる。 朝、階下の者が慌しく兵野の寝 …
読書目安時間:約23分
おそく帰る時には兵野は玄関からでなしに、庭をまはつて椽側から入る習慣だつたが、その晩は余程烈しく泥酔してゐたと見へて、雨戸を閉めるのを忘れたと見へる。 朝、階下の者が慌しく兵野の寝 …
若い作家と蠅(新字旧仮名)
読書目安時間:約8分
ある時は—— 苔のない心 うれしい心 くもつた心——悲しい心。 * 「つまらないの?」と、光子は自分が余り熱心に舞台に気を取られてゐるので、此方に気の毒な気がしたのだらう、軽い笑顔 …
読書目安時間:約8分
ある時は—— 苔のない心 うれしい心 くもつた心——悲しい心。 * 「つまらないの?」と、光子は自分が余り熱心に舞台に気を取られてゐるので、此方に気の毒な気がしたのだらう、軽い笑顔 …
わが生活より(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
今年になつて——。 四月——鞄を一つぶらさげて、三崎、城ヶ島のあたりを独りでさ迷つてゐた。随筆風のものを折々書いてゐたが、どうしても短篇小説を一つその月ぢうに書きあげなければならぬ …
読書目安時間:約3分
今年になつて——。 四月——鞄を一つぶらさげて、三崎、城ヶ島のあたりを独りでさ迷つてゐた。随筆風のものを折々書いてゐたが、どうしても短篇小説を一つその月ぢうに書きあげなければならぬ …
わが最も愛する作中人物(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
一、貴方の最も愛せらるゝ小説・劇・映画の作中人物二、右愛せらるゝ理由 一、樋口一葉『たけくらべ』の美登利。夏目漱石『坊ちやん』の主人公。菊池寛『啓吉物語』の啓吉。 二、以上、理由と …
読書目安時間:約1分
一、貴方の最も愛せらるゝ小説・劇・映画の作中人物二、右愛せらるゝ理由 一、樋口一葉『たけくらべ』の美登利。夏目漱石『坊ちやん』の主人公。菊池寛『啓吉物語』の啓吉。 二、以上、理由と …
吾家の随筆(新字旧仮名)
読書目安時間:約5分
私は、初歩英語読本が随分好きだつた。往年それらの聚集モノメニアに陥つて、海外の知友の助けまでかりて幅は三尺位ひだが四段になつてゐる書架を一杯以上にしたことがある。十年も前のことなん …
読書目安時間:約5分
私は、初歩英語読本が随分好きだつた。往年それらの聚集モノメニアに陥つて、海外の知友の助けまでかりて幅は三尺位ひだが四段になつてゐる書架を一杯以上にしたことがある。十年も前のことなん …
私が占ひに観て貰つた時:消えぬホクロ(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
自分からすゝんで占ひを観て貰つたことはないが、十七八歳の頃祖母が突然小生の面上のほくろを気にしはぢめて、占ひ者に謀り、何れと何れとを抹殺すべきかと二三を指摘し、さて占者は小生を静座 …
読書目安時間:約1分
自分からすゝんで占ひを観て貰つたことはないが、十七八歳の頃祖母が突然小生の面上のほくろを気にしはぢめて、占ひ者に謀り、何れと何れとを抹殺すべきかと二三を指摘し、さて占者は小生を静座 …
私が本年発表した創作に就いて:八篇の力作(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
「秋・二日の話」——「或る日の運動」——「悪の同意語」——「貧しき日録」——「環魚洞風景」——「鏡地獄」——「秋晴れの日」——「極夜の記」等であります。 …
読書目安時間:約1分
「秋・二日の話」——「或る日の運動」——「悪の同意語」——「貧しき日録」——「環魚洞風景」——「鏡地獄」——「秋晴れの日」——「極夜の記」等であります。 …
私の一日(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
五日 療養所にゐる病友に手紙を書く。この間知人に貰つた新しいいくつかの印譜のうち「双魚」を私は手紙の封に使ひ出した。こんなことに今迄一切無関心だつたが、意を用ひると仲々趣味のあるも …
読書目安時間:約1分
五日 療養所にゐる病友に手紙を書く。この間知人に貰つた新しいいくつかの印譜のうち「双魚」を私は手紙の封に使ひ出した。こんなことに今迄一切無関心だつたが、意を用ひると仲々趣味のあるも …
私の一日:軽い酔(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
四月四日 電灯が消えたので思はず舌を打つた。だが、窓をあけると輝かしい朝陽がみなぎつてゐた。H君と一緒に海辺へ行く。朝釣りから戻つて来た舟の人から大きな鯵を買ひ、H君が尾をさげても …
読書目安時間:約1分
四月四日 電灯が消えたので思はず舌を打つた。だが、窓をあけると輝かしい朝陽がみなぎつてゐた。H君と一緒に海辺へ行く。朝釣りから戻つて来た舟の人から大きな鯵を買ひ、H君が尾をさげても …
私の変態心理(新字旧仮名)
読書目安時間:約1分
到底こゝには記し切れぬ程、生涯の自分の芸術の対照となすべく充分と思ふ程の病的心理がある——或日はさう思ふ。次の日には——そんなことに興奮したのは幼稚な感傷であつた、と打ち消す。また …
読書目安時間:約1分
到底こゝには記し切れぬ程、生涯の自分の芸術の対照となすべく充分と思ふ程の病的心理がある——或日はさう思ふ。次の日には——そんなことに興奮したのは幼稚な感傷であつた、と打ち消す。また …
私の万年筆(新字旧仮名)
読書目安時間:約3分
西暦一九〇三年の?月——日露の講和会議が米のポーツマスに開催されると決定された数ヶ月前に、一人の日本学生が、急にホワイトハウスの何課かに雇入れられました。その青年は何も学術に秀れて …
読書目安時間:約3分
西暦一九〇三年の?月——日露の講和会議が米のポーツマスに開催されると決定された数ヶ月前に、一人の日本学生が、急にホワイトハウスの何課かに雇入れられました。その青年は何も学術に秀れて …
“牧野信一”について
牧野 信一(まきの しんいち、1896年〈明治29年〉11月12日 - 1936年〈昭和11年〉3月24日)は、日本の小説家。神奈川県足柄下郡小田原町(現・小田原市)出身。
自然主義的な私小説の傍流としてみなされることが多く、17年間の作家生活の中で珠玉の短編十数編を残して早逝したマイナー・ポエトといわれている。「ギリシャ牧野」とも呼ばれた中期の幻想的な作品で新境地を拓いたが、最後は小田原の生家で悲劇的な縊死自殺を遂げた。享年39歳。
(出典:Wikipedia)
自然主義的な私小説の傍流としてみなされることが多く、17年間の作家生活の中で珠玉の短編十数編を残して早逝したマイナー・ポエトといわれている。「ギリシャ牧野」とも呼ばれた中期の幻想的な作品で新境地を拓いたが、最後は小田原の生家で悲劇的な縊死自殺を遂げた。享年39歳。
(出典:Wikipedia)
“牧野信一”と年代が近い著者
今月で没後X十年
今年で生誕X百年
今年で没後X百年
ジェーン・テーラー(没後200年)
山村暮鳥(没後100年)
黒田清輝(没後100年)
アナトール・フランス(没後100年)
原勝郎(没後100年)
フランシス・ホジソン・エリザ・バーネット(没後100年)
郡虎彦(没後100年)
フランツ・カフカ(没後100年)