うしろ)” の例文
あひるさんが、ある日、お母様から頂いたおいしさうな、大きな桃を持つてゐますとうしろで、「あひるちやんや」といふ声がしました。
その時A操縦士がちらとうしろをふりかえった。風はますますはげしくなって、そのうえ雨さえ加わって来たので機体は無茶苦茶に揺れた。
飛行機に乗る怪しい紳士 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
停車場ステエションうしろは、突然いきなり荒寺の裏へ入った形で、ぷんと身にみるの葉のにおい、鳥の羽ででられるように、さらさらと——袖が鳴った。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さて、夜がふけてから、御寺を出て、だらだら下りの坂路を、五条へくだろうとしますと、案のじょううしろから、男が一人抱きつきました。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
正面より見ればまれての馬の子ほどに見ゆ。うしろから見れば存外ぞんがい小さしといえり。御犬のうなる声ほど物凄ものすごく恐ろしきものはなし。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
誰か、うしろから追いかけて来る者がある。編笠をかぶって、干飯袋ほしいぶくろに旅の持物を入れ、短い義経ばかまの袴腰にくくり付けている若者だった。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、ぽかんとした鷺太郎が、一二分ばかりも待った時であろうか、跫音がしたと思うと、いきなりうしろから、ぽんと肩を叩かれた。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
熊手にした指で、ふさふさ落ちかかって来る髪の毛を、しきりとうしろへ高く掻きあげながら、眼の玉をくるりとむき、唇をとがらせて
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あらをはつたとき枯葉かれはおほいやうなのはみなかまでゝうしろはやしならみきなはわたして干菜ほしなけた。自分等じぶんら晝餐ひるさいにも一釜ひとかまでた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
うしろを限る書割かきわりにはちいさ大名屋敷だいみょうやしき練塀ねりべいえがき、その上の空一面をば無理にも夜だと思わせるように隙間すきまもなく真黒まっくろに塗りたててある。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
抜刀ぬきみの両人、文治のうしろより鋭く切掛けました。其の時早く文治は前に押えた腕を捩上ねじあげ、同役二人ににん振下ふりおろす刀の下へ突付けました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それでも姉娘の継子つぎこは、お延の座があいにく自分の影になるのを気遣きづかうように、うしろを向いて筋違すじかい身体からだを延ばしながらお延にいた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この遊歩いうほあひだ武村兵曹たけむらへいそうめいずるまゝに、始終しじゆう吾等われらまへになり、うしろになつて、あらかじ猛獸まうじう毒蛇どくじや危害きがいふせいでれた、一頭いつとう猛犬まうけんがあつた。
うしろに、細君であろ、十八九のひっつめにって筒袖つつそで娘々むすめむすめした婦人が居る。土間には、西洋種の瓢形ふくべがた南瓜かぼちゃや、馬鈴薯じゃがいもうずたかく積んである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
スカートの上には赤とか青とか茶とか色とりどりの縞の前垂みたいなものをうしろへ廻してまとい、女も男も足には大きな木履を穿く。
レンブラントの国 (新字新仮名) / 野上豊一郎(著)
老人のうしろに立つてゐて、お付合のやうに笑ひながら窓側まどぎはの柱に懸つてゐる時計を眺め、更に大形の懐中時計を衣嚢かくしから出して見た。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そして波が来るたんびに私は妹を見失ったりMを見失ったりしました。私の顔が見えると妹はうしろの方からあらん限りの声をしぼって
溺れかけた兄妹 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
綱曳つなひきにて駈着かけつけし紳士はしばらく休息の後内儀に導かれて入来いりきたりつ。そのうしろには、今まで居間に潜みたりしあるじ箕輪亮輔みのわりようすけも附添ひたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そういう特種とくしゅの社会哲学を、たれが誰に語っているのかと思えば、聴手ききてにはうしろに耳のないわたしへで、語りかけるのは福沢氏だった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「このあたりはずつと小さい家ばかり續いてるのよ。うしろはすぐ畠。麥だらう、大分青くなつて。——丁度天滿町見たいなところ。」
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
『さうだ、神樣に頼みたいことがあつたら、前から拜むより、うしろからさう言つた方がよく聞えるぜ、お賽錢さいせん此處こゝからの方がくよ。』
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
併しやっぱりボヤッとした無表情な顔で、クルリとうしろ向きになると、そのまま大急ぎで向うの路地へ這入はいって行ってしまいました。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
先棒さきぼううしろとのこえは、まさに一しょであった。駕籠かご地上ちじょうにおろされると同時どうじに、いけめんした右手みぎてたれは、さっとばかりにはねげられた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
それはまへ四角しかくうしろまるいといふ意味いみであります。このつか模型もけいとくいてありますから、それを御覽ごらんになるとよくわかります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
汝の爲すところはあたかも夜燈火ともしびを己がうしろに携へてゆき、自ら益を得ざれどもあとなる人々をさとくする者に似たりき 六七—六九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
息子の逢いびきの場所をうかがううしろめたさが、瞬時、金五郎の胸をかすめた。人の秘密を盗み見るいやしさが、口中をざらつかせる。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
二十分程のうちにそのうしろの空に火の色の雲が出来た。最終のはことに大きく長く続いてセエヌ河もまた火の河になるかと思はれる程であつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
が、その時彼は、うしろの方に姿さえ見えない亀と、一生懸命競走している自分は、何と馬鹿げてみえることだろうと、考えました。
兎と亀 (新字新仮名) / ロード・ダンセイニ(著)
有名な乳房銀杏ちぶさいちょうからうしろには杉松その他の木が繁っていて、昼も暗いくらいだから、夜はまだ燈明を消さぬ間から暗いのであった。
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
そのうち今太郎君は、むき出しになつてゐる両方の手が、鱶の食慾しよくよくをそゝり立てはしまいかと気遣つたので、そつとうしろの方へまはしました。
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
源内先生は、口を挟まずに聴いていたが、藤十郎が語りおわると、今迄自分のうしろに差置いてあった骨箱を藤十郎の膝の前に据え
大将の小早川隆景が早くもそれを看て取って、味方の勇気を挫かせないために、わざとうしろ向きに陣を取らせた。こうすれば敵はみえない。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大きな声で、うしろに私が行つて見てゐるなどは夢にも知らねえで、一生懸命に読んで御座らつしやる。……不思議な気がしたにも何にも……
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
書斎へ来て新聞を見ようとして、自身の事の出て居るのに気が附いた鏡子は、三四種の新聞をうしろしづかの机の上へそのまゝ載せた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
それと共に、何だかうしろめたいやうな、愛情の混乱と云つた風な奇妙なこんぐらかりが、房一の内心に苦痛と動揺とをよび起した。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
しょっちゅううしろから、戸に頭をぶつけてまで、「あのう、なみの食卓で召し上りますか、それとも、別にお一人分の食卓に致しましょうか」
あのお母様のうしろの白い壁についておりました血のしたたりを思い出しまして、ともすると私の心は物狂おしくなるので御座いました。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
大きな護謨毬ごむまりを投げ付ける様に、うしろからぶつかって来る風のかたまりがあっても、鼠色のソフトを飛ばすまいと頭に手をったり
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
かれ熱心ねつしんいてくさうへこしからうへて、そのてたひざ畫板ぐわばん寄掛よりかけてある、そして川柳かはやぎかげうしろからかれ全身ぜんしんおほ
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
坊や、お前と己とはちょいと談話室パーラーへ戻って、ドアうしろにいてさ、ビルをちょっとばかりびっくりさせてやろうよ、——うん、確かにそうだ。
その男の白装束のうしろには脊一ぱいに何やら太い文字が書かれてあった。見送っているとその姿はだんだん遠くなってしまった。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
野牛のとがつた角はうしろの方にまがり爪がふたつに割れるほど、あばれてみましたが、舌はぬけませんでした、はては大きな声で泣きながら
小熊秀雄全集-14:童話集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
なんだか共感を誘う弱点にって、いまこの男は、二人の女のうしろについてやって来て、そうして、白樺の幹の蔭に身をかくし、息を殺して
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
然し一人は前からで、一人はうしろからです。うしろから左肺を刺すのは普通では一寸むずかしいじゃありませんか。それに襖の切口をごらんなさい。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
顱頂ろちょうの極めてまんまるな所(誰だって大体は円いに違いないが、案外でこぼこがあったり、上が平らだったり、うしろが絶壁だったりするものだ。)
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
当夜とうや例のとおり、研究室内に泊っていた筈だが、どうしていたかと云うと、赤外線男のために、もろくも猿轡さるぐつわをはめられ両手をうしろしばられて
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
士官の顔がえりまでになったのがうしろからも認められたが、途端に彼の声も興奮したようなふるえを帯びて止めどもなく大きくなって行った。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
をりふし人目のせきもなかりしかば、心うれしくおはたやをいでゝ家のうしろにいたり、まどのもとに立たる男を木小屋きこやに入ぬ。
うしろの方へ『じじっ毛』と言って少しばかりの髪を残して置く、それから少しすると耳の上の所へも少しの髪を貯えて、これを『やっこ』と言う。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
毛をかるる際しばしばその脚の端蹄のうしろちょうど人の腕にあたる処へその絆に付けた木丸きだまはさみ、後向きに強くげて馬卒にてたものあり