“成”のいろいろな読み方と例文
読み方(ふりがな)割合
62.3%
なる11.1%
なり10.1%
なっ4.0%
せい2.0%
なら1.7%
なつ1.0%
じょう0.7%
0.7%
なあ0.7%
(他:17)5.7%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
きまりの悪そうなのも道理、この屋台店の主婦というのが、本郷の山岡屋の内儀ないぎのお滝がれのはてでありました。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
矢張やつぱり、病院びやうゐんうらんでるんですかねえ、だれかがつてさ、貴方あなた。」
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さうして育つて行くうちにも仲好しの母親同志は越す先々の家をなるたけ近所同志にえらび、お互ひの生活を接近させてゐました。
秋の夜がたり (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
静枝の踊の師匠は、市川の名取りで、九代目団十郎の妹のおなるさんという浅草聖天町しょうてんちょうにいた人の弟子だった。
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
何事なにごとおさまりのつき、今日けふ一人ひとりでおちようずにもかれるやうになりました
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それすらやうやえずなりゆく、片折戸かたをりどしづかにおとなふはきゝなれし聲音こはねなり
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あしよもぎ、それから短いやなぎなどの多い石の間で、長野から来ている師範校の学生と一緒になった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
名を求めぬどころか、蘭学書生と云えば世間に悪く云われるばかりで、すですでに焼けになって居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
三氏の私城にして百雉ひゃくち(厚さ三じょう、高さ一丈)をえるものにこうせいの三地がある。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
せい王の顧命こめいそう子の善言に至つては、賢人のぶんおのづかまさに此の如くなるべきのみ。
旦那だんなとは十何年なんねんなかで、ぼつちやんがとしもことしは十歳とをか十一にはなら
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
姿は優しいが油断はならぬと思って言葉を懸けません、其の晩は鳥居峠を越して宮之越みやのこしに泊りましたが
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
おつぎは其麽そんな注意ちうい人前ひとまへでされることがもうはづかしくいや心持こゝろもちがするやうになつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
かみこれだけのお道具だうぐ何日いつにかお集めになつたのだ。
華族のお医者 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
というのは、いうまでもなく大乗仏教の精神は、われらと衆生と皆共に仏道をじょうぜんということです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
少なくとも仏教の根本目的は「我等と衆生しゅじょうと、皆共に仏道をじょうぜん」ということです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
いえサ、水道端の相川へ養子にやるのに、うちの殿様がお里にってるのだからいけませんよ、そうすると、彼奴あいつが此のうちの息子のふうをしましょう、草履取でさえ随分ツンケンした奴だから
それが如何どうしたものか何時いつにやらひど自分じぶんからおしなそばきたくつてしまつて、他人たにんからかへつ揶揄からかはれるやうにつたのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「へエ——、なある」
なある——」
多分いらッしゃるだろうと思ッて居ました何でもバチグノールの老人を殺した藻西とか云う罪人にお逢いなさるのでしょうね目
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
ところがあの通りこの上もない出世をして、重畳ちょうじょうの幸福と人のうらやむにも似ず、何故か始終浮立ぬようにおくらしなさるのに不審をうつものさえ多く、それのみか
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
また地球ちきゆう内部ないぶてつしんからつてをり
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
言葉さへわからねえ様な役人が来て、御維新ごいしんおれたと言はぬばかりに威張り散らす、税は年増しに殖える、働き盛を兵隊に取られる、一つでもいことはえので
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
相摸さがみさがという字に楠正成くすのきまさしげしげという字だが、相成さがしげじゃア分らねえし、又きもじさまとア誰の名だか、それから
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
三善清行はこれを同情なき方面から観察して、彼らは家に妻子を蓄え、口に腥膻なまぐさを食い、形は沙門の如く心は屠児の如しとまで罵っているが、彼らの中にも真に仏門に帰して、如法の修行をしょうじたものの少くなかったことを疑わぬ。
俗法師考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
道法とはいはく聖法なり。言ふこころは、聖法をくすといへども、亦俗法の中に凡夫の事を現じて、機にしたがひて物を化するを乃ち真宴と名づく。なんぢ凡夫を捨つべく、聖道は取るべしと存せば、則ち分別をじやうず。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
我は首を垂れてこのたひらぎの覺束おぼつかなかるべきを告げしに、公子は無造作に我詞を打消して、我をきて車の方に往きぬ。
たるたけひとたないやうに、とをとこかげに、しばしとて
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
水は大分に夏の初め故れたれど猶清らかに流れて岸を洗ふて居る大きな川に出逢いであふた、其川の中には珠のやうな小磧こいしやら銀のやうな砂でできて居る美しい洲のあつたれば
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
肩疵治る頃には大抵塔もできあがりぬ。
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
このたび申合せそうろうものども四十八人にて、斯様かように志を合せ申す儀も、冷光院殿この上の御外聞と存ずることに候。死後御見分のため遺しおき候口上書一通写し進じ候。いずれも忠信の者どもにそうろうあいだ御回向ごえこうをもなされくださるべく候。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
早く相応な者をあてがって初孫ういまごの顔を見たいとおもうは親の私としてもこうなれど、其地そっちへ往ッて一軒の家をなすようになれば家の大黒柱とて無くてかなわぬは妻
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
おほしか狩人かりうどなれはてなる看護人かんごにん、かなたを通り過ぐ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
「だから誰もそうはならないとは申しませんよ。そりゃお前さんの勝手だから、教師になと車夫くるまひきになと何になとおなんなさるが宜いのサ」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
お勢が笑らいながら「そんなに真面目まじめにおなんなさるとこうるからいい」とくすぐりに懸ッたその手頭てさきを払らい除けて文三が熱気やっきとなり
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
周「はゝアなアる/\いやこれは美人、こりゃア恐入った代物しろものだ、もしの床几に腰を掛けてる客ね、茶は呑みたく無いが、あの娘を見たい計りで腰を掛けて居ますわ、実に古今無類の嬋妍窈窕せんけんようちょうたる物、正に是れ沈魚落雁ちんぎょらくがん閉月羞花へいげつしゅうかよそおいだ」
今の実業教育などの如くこれを応用すれば直ぐ銭に交換出来るいわば現金的教育である(笑)、もう一つの修養的と仮に訳しました方は活きた物精神なら精神を養い、ツクる即ち修養するので、これは習った事を直ぐにそのまま現金と引替に出来ぬ方で、あるいは十年も二十年も役に立たず
教育家の教育 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
やがて金色コンジキ雲気ウンキは、次第にして、照り充ちた色身シキシン——ウツし世の人とも見えぬ尊い姿が顕れた。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)