“繼”のいろいろな読み方と例文
新字:継
読み方割合
つ48.5%
まゝ28.8%
つぎ12.1%
つい1.5%
つが1.5%
つな1.5%
つぐ1.5%
つか1.5%
つなが1.5%
まま1.5%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
わが國(くに)に於(お)ける三階建(さんがいだて)は勿論(もちろん)、二階建(にかいだて)も大抵(たいてい)各階(かくかい)の柱(はしら)が床(とこ)の部分(ぶぶん)に於(おい)て繼(つ)がれてある。即(すなは)ち通(とほ)し柱(はしら)を用(もち)ひないで大神樂造(だいかぐらづく)りにしてある。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
詳(くは)しく申上げなければわかりません。勇太郎樣は亡くなつた先の御新造さんの御子さんで、今のお君さんとは繼(まゝ)しい仲で御座います。
繼(つぎ)て御小姓組(おこしやうぐみ)と成(なる)勤仕(きんし)の功(こう)を顯(あらは)し有章公(いうしやうこう)の御代に御徒頭(おかちがしら)となり其後伊勢山田奉行(ぶぎやう)仰付られ初て芙蓉(ふよう)の間(ま)御役人の列(れつ)に入りけるなり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
日に繼(つい)で支度に掛(かゝれ)ば二月の末には萬々(ばん/\)用意は整(とゝ)のひたり爰に皆々を呼集(よびあつ)め評定(ひやうぢやう)に及ぶ樣は直(すぐ)さま江戸へ下るべきや又は大坂表へ出て動靜(やうす)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
心に悲しみ居けるが御儉約(けんやく)成(なさ)るゝは結構(けつこう)の事なれ共御相續の御養子は御家を御繼(つが)せ成さる大事の御方なり其大切なる御養子持參金を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
勘次(かんじ)は又(また)蕎麥(そば)を打(う)つたことがあつた。彼(かれ)は黄蜀葵(ねり)の粉(こ)を繼(つな)ぎにして打(う)つた。彼(かれ)は又(また)おつぎへ注意(ちうい)をして能(よ)くは茹(う)でさせなかつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
繼(つぐ)と申せば此者を是非とも貰(もら)ひ受て老の樂みにせんと思案を極(きは)め道々半四郎に此趣きを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
急ぐ程に頓(やが)て宿場(しゆくば)共思はるゝ所へ出し頃は夜は白々(ほの/″\)と明放(あけはな)れ往來の旅人も多く有ければ兩人は漸々(やう/\)心落付初めて勞れを覺え先(ま)づ此邊にて一息(ひといき)繼(つか)んと茶見世に立寄て腰を掛ければ茶店の親父(おやぢ)は茶を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
博勞等(ばくらうら)ぞろ/\繼(つなが)つて來(く)んだから、峯(みね)の方(はう)でも谷底(たにそこ)の方(はう)でも一度(ど)に大變(たいへん)だあ、さうすつと駒(こま)つ子奴等(こめら)ひゝんなんてあばさけてぱか/\ぱか/\と斯(か)う運(はこ)びが違(ちが)つて來(く)らな
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
リリーを一本吸うたら目が𢌞つて來ましたつけ、と何日か古山の云うたのは、蓋し實際であらう。斯くの如くして、自分は常に職員室の異分子である。繼(まま)ツ子である、平和の攪亂者と目されて居る。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)