“亡”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
52.8%
ほろ16.9%
うしな7.8%
なく5.8%
なくな3.7%
3.4%
かく2.6%
ほろぼ2.3%
うしの0.7%
なき0.7%
0.4%
ばう0.3%
0.3%
ほろぶ0.3%
もう0.3%
ホロ0.3%
0.1%
なくなり0.1%
0.1%
うし0.1%
うせ0.1%
せんの0.1%
なか0.1%
むな0.1%
ゆき0.1%
0.1%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
「権勢をたのんでそうしたことをするのはいやなことだね。相手を見くびった人も、人の恨みにたたられたようになってくなってしまったのですよ」
源氏物語:33 藤のうら葉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「この若旦那は瓜生さんと仰しゃって、このあいだくなった黒沼さんのお屋敷の隣りにいらっしゃるのだ」と、源蔵はあらためて長三郎を紹介した。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
子路は群衆の背後うしろから露台に向って大声に叫んだ。孔悝を捕えて何になるか! 孔悝を離せ。孔悝一人を殺したとて正義派はほろびはせぬぞ!
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
富士ふじ裾野すそのに、数千人の野武士のぶしをやしなっていた山大名やまだいみょう根来小角ねごろしょうかくほろびてしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むかし我先人が文明を買ひしあたひは国をうしなふ程に高直なりき」と白皙はくせき人種に駆使せられながら我子孫のツブヤカんことを。
ふと、側を見ると、自分と同じように合掌して泣いている小姓がある。——父、森三左衛門可成よしなりをここにうしなった蘭丸らんまるであった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なくなンなすッたよが一寸ちょっと分らなかったが、死んだのだと聞くと、吃驚びっくりすると同時に、急に何だか可怕おっかなくなって来た。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
いいえ、三年前の秋の事さ、そののち御新姐さんもおなくなんなすったそうだもの、やっぱり御病気の処へ、そんなこんなが障ってさ。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かう言つて源太郎も、七十一で一昨年をとゝしなくなつた祖母が、子供の時にこのおかめ人形を見た頃の有様を、いろ/\想像して見たくなつた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
大正九年に、その人との中に女の子が生れたので、夫の郷里京都へ、もろもろの問題を解決に旅立ったが、持病の胆石が悪化して、京都帝大病院でなくなった。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
いませてなにもなき、そのいもと姉樣ねえさま正寫そつくりにて、いま在世あらばとこひしさへがたく
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
この十蔵が事は貴嬢きみも知りたもうまじ、かれの片目はよこしまなる妻が投げ付けし火箸ひばしの傷にてつぶれ、間もなく妻は狂犬にかまれてせぬ。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「考え深い方でいらっしゃいまして、御兄弟のことをあまりに御心配なさいまして、みすみす病気を重くしておしまいになりおかくれになったんですよ」
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
番頭ばんとうずるやつだから、そんなものはおあづかまうしたおぼえはござりませぬ、大旦那様おほだんなさまかくれの時お遺言ゆゐごんもございませぬからあげる事は出来できない
塩原多助旅日記 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
邪智じやちあるものは悪㕝あくじとはしりながらかくなさば人はしるまじとおのれ邪智じやちをたのみ、つひには身をほろぼすにいたる。
迷信でたちの悪いのは国をほろぼし民族を危うくするのもあり、あるいは親子兄弟を泣かせついには我身を滅ぼすのがいくらでもある。
千人針 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ゴケは「後家」などという文字をはやくから書いて、次第に夫をうしのうた不幸な女のみに限るようになったが、奥羽は一般にその語の用法がはるかに広い。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
また動物のあるもの(例せば犬)は嗅覚甚だ精しく、人間も蛮族や不具で他の諸覚をうしのうた者が鼻で多く事を弁ずるから、鼻の鈍い者ほど上等民族だなどいう。
御兩親ごりやうしんさまのお位牌ゐはいさては小生おのれなき兩親おやたいして雪三せつざうなん申譯まうしわけなければ
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それをなき川上の直系の門人たちが妙な感情にとらわれて、貞奴の引退興行の相談をうけても引受けなかったり、建碑のことでもたてを突きあっているのはあまり狭量ではあるまいか。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
武帝に仕えていたのだが、先年協律都尉きょうりつとい李延年りえんねんの事にするのをおそれて、げて匈奴きょうどしたのである。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
家の者もやはりそういって珏に冗談をいったが、後になってその鸚鵡はくさりってげていった。玉も珏も始めて阿英が旧約があるといった言葉の意味を悟ることができた。
阿英 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
伊沢信階が宗家を養父ばう信栄の実子信美に譲つた年を、わたくしは仮に安永五年とした。此時信階の創立した分家は今の本郷真砂町桜木天神附近の地を居所とし、信階はこの新しい家の鼻祖となつたのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ばう広岡浅子夫人1・23(夕)
侍従という乳母めのとの娘などは、主家を離れないで残っている女房の一人であったが、以前から半分ずつは勤めに出ていた斎院がおくれになってからは、侍従もしかたなしに女王にょおうの母君の妹で
源氏物語:15 蓬生 (新字新仮名) / 紫式部(著)
源氏の大臣がだれよりもすぐれた天分を持っていらっしゃりながら、御位みくらいにおきにならずに一臣下で仕えていらっしゃるのは、大納言さんがもう一段出世ができずにおくれになって、お嬢さんが更衣こういにしかなれなかった、その方からお生まれになったことで御損をなすったのですよ。
源氏物語:19 薄雲 (新字新仮名) / 紫式部(著)
自身に足るほどの物があつたら、それでえと満足して了うてからに手を退くやうな了簡りようけんであつたら、国はたちまほろぶるじや——社会の事業は発達せんじや。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
これも又家内の陰陽いんやう前後ぜんごして天理てんりたがふゆゑ家のほろぶるもと也。
「慧能ガ厳父ノ本貫ハ范陽はんようナリ。左降さこうシテ嶺南ニ流レテ新州ノ百姓トナル。コノ身不幸ニシテ父又早クもうス。老母ひとのこル。南海ニ移リ来ル。艱辛貧乏。まちニ於テ柴ヲ売ル」
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
触るよ、触るどころか、抱いて寝るんだ。何、玉香が、香玉こうぎょくでも、おんなもうじゃは大抵似寄りだ、心配しなさんな。その女じゃああるめえよ、——また、それだって、構わねえ。俺が済度して浮ばしてる。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ご心配に及びません。——彼ノ計ヲ用イテハカルハ彼ノ力ヲ以テ彼ヲホロボス也——です。願わくは太守には、何もご存じないていで、ふたたびご出陣と触れ、城外五十里ほど進み、すぐまた、急にお城へ取って返して下さい。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二十二日 北条高時ソノ他一族全滅、鎌倉幕府ホロブ。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近づいて、切ッ払って、ける覚悟し——いたずらに騒いでは、かえって、此の場合、逃げ場を失うのは、知れ切っている。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「手めえに恨みはねえ、早くけろ! 役人が来るなあ、ほんとうだぜ!」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
なくなりなさつた前の奥様を思ひ出しますよ、あれはゼームスさんて宣教師さんの寄進なされた洋琴で、梅子さんの阿母おつかさんの雪子さんとおつしやつた方が、それをおきなすつたのです、丁度ちやうど今の梅子さんと同じ御年頃で
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
日曜日にはキツと御夫婦で教会へ行らつしやいましてネ、山木さんも熱心にお働きなすつたものですよ、——拍子ひやうしの悪いことには梅子さんの三歳みつの時に奥様がおなくなりになる、それから今の奥様をお貰ひになつたのですが、貴様あなた
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
おかめの為には多助は甥なりするから、おえいを多助の嫁にして此のうちを相続させれば、此のくらい安心な事はねいが、多助は未だ年がいかねえによって、太左衞門われえ此のうちの後見に成って、おれのちを頼むと遺言をして
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
受人がなければ奉公は出来ず、と云って国へけえれば抜刀ぬきみ追掛おっかけられて殺されてしまいやすから、よんどころなく此処から飛込んで死にやすが、何卒どうぞわしえ後は国のいえが立ちますようお守りなすって下さいまし
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私はく貴嬢を存じて居ります——私は前年先妻をうしなつた時、最早もはや終生独身と覚悟致しました、——梅子さん、仮にも帝国軍人たるものが、其の決心を打ち忘れて、斯かる痴態を演ずると云ふ、男子が衷情ちゆうじやうの苦痛を
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
群賊怪しんで捨て去られた屍を開き、妙光女魂既にうせたりといえども、容儀儼然活けるがごとく、妍華けんか平生に異ならざるをあいいいて曰く、この女かくまで美艶にして、遠くもとむるも等類なしと、各々染心ぜんしんを生じ、共に非法を行いおわって、礼金として五百金銭を屍の側において去った。
此処こゝみ込んで承知して欲しいのだと、此婆に迄頭を下げぬばかりの御依頼おたのみなんで御座います——此婆にしましてが、せんの奥様おくさまにお乳を差上げ、又た貴嬢あなたさまをも襁褓むつきの中からお育て申し
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
詮ずるに自他の悲しみを此胸一つに收め置いて、なからん後の世まで知る人もなき身の果敢はかなさ、今更いまさら是非もなし。父上、願ふは此世の縁を是限これかぎりに、時頼が身は二十三年の秋を一期に病の爲にあへなくなりしとも御諦おんあきらめ下されかし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
ただ一人遺っていた太郎坊は二人の間の秘密をもくわしく知っていたが、それも今むなしくなってしまった。水を指さしてむかしの氷の形を語ったり、空を望んで花の行衛ゆくえを説いたところで、役にも立たぬ詮議せんぎというものだ。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
さらに孝徳紀の大化二年の条には、『人死亡みまかる時に、若くはわなきて自らしたがひ、或は絞きて殉はしめ、及びあながちにゆきし人の馬を殉へるが如き旧俗は、皆悉くとどめよ』とあるのは、まだこの時代に殉死がさかんに行われ、或いは自発的にまたは強制的に、この蛮習の存したことが窺われる。
本朝変態葬礼史 (新字新仮名) / 中山太郎(著)
此屋号は、はなやといふ音の第一綴音に、音勢点があるので、今の大阪語の花屋は、其音勢がくなつてゐる。
折口といふ名字 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)