“濟”のいろいろな読み方と例文
新字:済
読み方割合
す75.0%
すま14.8%
な3.4%
すみ2.3%
すむ1.1%
ずみ1.1%
すん1.1%
わたり1.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
だが大事に到(いた)らず濟(す)むことは確(たし)かだ、と金太郎は、速(そく)度を増してゆく自轉車の上で、幾(き)何の問題を解くときのやうに冷靜(せい)に推(すい)理した。
坂道 (旧字旧仮名) / 新美南吉(著)
で、貴方(あなた)は好(よ)い時代(じだい)が來(こ)やうと濟(すま)してもゐられるでせうが、いや、私(わたくし)の言(い)ふことは卑(いやし)いかも知(し)れません、笑止(をか)しければお笑(わら)ひ下(くだ)さい。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
飯炊(めした)きのお三の父親は、根津の大工で、重三郎に借りた金のことから、二年前大川へ身を投げて死に、お三はその借金を濟(な)し崩しに拂ふために
銭形平次捕物控:130 仏敵 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
免(ゆる)しけり忠相ぬし忠兵衞に打向ひ小西屋長左衞門代人忠兵衞其方事主人(しゆじん)の申し附とは言乍(ながら)出所(しゆつしよ)不定(ふぢやう)の醫師(いし)の言葉を信(しん)じ結納(ゆひなふ)取交(とりかは)し迄濟(すみ)たる婚姻を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
取りて又(また)樂(たのし)むべし其(そ)の上(うへ)此方の仕向(しむけ)により聟(むこ)の方より出て行(ゆく)時(とき)は金(かね)を返(かへ)さずに濟(すむ)仕方(しかた)は如何程(ほど)も有べしとお常(つね)忠(ちう)八の惡巧(わるだくみ)にて種々(しゆ/″\)に言なし終(つひ)に又七を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
預(あづか)り養育(やういく)せしに追々馴染(なじむ)につれ愛(あい)も優(まさ)りしかば寧(いつ)そ此子を貰(もら)ひ受んと夫婦相談の上村役人に申入しにぞ早速(さつそく)其筋(そのすぢ)へ屆け濟(ずみ)の上米三俵を添(そへ)て彼捨子を久左衞門へ遣(つかは)しける依て名を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
旨とすれば父の怒(いかり)はいよ/\強く勘當(かんだう)免(ゆれ)ん樣もあらねば其儘(そのまゝ)にして過行しが去年父親は死去(みまかり)しに母は女氣(をんなげ)の心弱(よわ)き所へ持込(もちこみ)詫言(わびごと)せしかば故なく濟(すん)で今ははや往通(ゆきかよひ)をなす中に成しに元益は兄といふを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
次にヒコサシカタワケの命は、高志(こし)の利波(となみ)の臣・豐國の國前(さき)の臣・五百原の君・角鹿の濟(わたり)の直の祖先です。天皇は御年百六歳、御陵は片岡の馬坂(うまさか)の上にあります。