“濟(す)” の例文
新字:済
だが大事に到(いた)らず濟(す)むことは確(たし)かだ、と金太郎は、速(そく)度を増してゆく自轉車の上で、幾(き)何の問題を解くときのやうに冷靜(せい)に推(すい)理した。
坂道 (旧字旧仮名) / 新美南吉(著)
『えゝ只今(たゞいま)、足下(そくか)に御關係(ごくわんけい)の有(あ)る事柄(ことがら)で、申上(まをしあ)げたいと思(おも)ふのですが。』と、市役所員(しやくしよゐん)は居並(ゐなら)ぶ人々(ひと/″\)の挨拶(あいさつ)が濟(す)むと恁(か)う切(き)り出(だ)した。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
可愛相(かあいさう)にねえ貴方(あなた)。其(その)書面(しよめん)によると亞尼(アンニー)は、弦月丸(げんげつまる)の沈沒(ちんぼつ)を聞(き)いて、私共(わたくしども)に濟(す)まぬと尼(あま)になつたのですよ。其(その)事柄(ことがら)は一塲(いちじやう)の悲劇(トラジデー)です。
餅菓子店(もちぐわしや)の店(みせ)にツンと濟(す)ましてる婦人(をんな)なり。生娘(きむすめ)の袖(そで)誰(たれ)が曳(ひ)いてか雉子(きじ)の聲(こゑ)で、ケンもほろゝの無愛嬌者(ぶあいけうもの)、其癖(そのくせ)甘(あま)いから不思議(ふしぎ)だとさ。
神楽坂七不思議 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
さうして此後(このご)も大凡(おほよ)そこんな状勢(じやうせい)で進(すゝ)むからして從(したがつ)て少(すくな)くも是迄(これまで)彌(いや)が上(うへ)に殖(ふ)えて來(き)た國債(こくさい)の總額(そうがく)を殖(ふや)さずに濟(す)まし得(う)る次第(しだい)である。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
『もつと近(ちか)うお寄(よ)りなさい。それで檢死(けんし)の役目(やくめ)は濟(す)みますか。』と言(い)ひ/\、玄竹(げんちく)は腐(くさ)つた死體(したい)を右(みぎ)に左(ひだり)に、幾度(いくたび)もひつくりかへした。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
爺(ぢい)やは御飯(ごはん)の時(とき)でも、なんでも、草鞋(わらぢ)ばきの土足(どそく)のまゝで爐(ろ)の片隅(かたすみ)に足(あし)を投(な)げ入(い)れましたが、夕方(ゆふがた)仕事(しごと)の濟(す)む頃(ころ)から草鞋(わらぢ)をぬぎました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
達磨(だるま)はそれぎり話題(わだい)に上(のぼ)らなかつたが、これが緒(いとくち)になつて、三人(にん)は飯(めし)の濟(す)む迄(まで)無邪氣(むじやき)に長閑(のどか)な話(はなし)をつゞけた。仕舞(しまひ)に小六(ころく)が氣(き)を換(か)へて
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
今更(いまさら)ながら長吉(ちようきち)の亂暴(らんぼう)に驚(おどろ)けども濟(す)みたる事(こと)なれば咎(とが)めだてするも詮(せん)なく、我(わ)が名(な)を借(か)りられしばかりつく/″\迷惑(めいわく)に思(おも)はれて
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
火事(かじ)の時(とき)には防火樹(ぼうかじゆ)として非常(ひじよう)に役(やく)に立(た)ち家(いへ)も燒(や)かずに濟(す)み、時(とき)には人(ひと)の命(いのち)すら救(すく)はれることがあることも忘(わす)れてはなりません。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
勘次(かんじ)は毎朝(まいあさ)出(で)て行(ゆ)く方面(はうめん)が異(ことな)つて居(ゐ)るにも拘(かゝは)らず、同時(どうじ)に立(た)つて行(ゆ)くのを見(み)なければ心(こゝろ)が濟(す)まないのであつた。毎朝(まいあさ)さうするので
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
『有難(ありがた)う、見(み)てると却々(なか/\)面白(おもしろ)い舞踏(ぶたう)だわ』と云(い)つて愛(あい)ちやんは、漸(やうや)くそれが濟(す)んだのを嬉(うれ)しく思(おも)ひました、『私(わたし)も其(そ)の奇妙(きめう)な胡粉(ごふん)の歌(うた)が大好(だいす)きよ!』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「それは濟(す)みませんでしたのね。私(わたし)はまた此樣(こん)な天氣で氣が欝々(うつ/\)して爲樣(しやう)が無かツたもんですから、それで。」と何か氣怯(きおそれ)のする躰(てい)で悸々(おど/\)しながらいふ。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
そして、それをまた實(まこと)と思(おも)はう。でも誓言(せいごん)などなされると(却(かへ)って)心元(こゝろもと)ない、戀人(こひゞと)が誓言(せいごん)を破(やぶ)るのはヂョーヴ神(じん)も只(たゞ)笑(わら)うてお濟(す)ましなさるといふゆゑ。
歸營(きえい)してから三日目(かめ)の朝(あさ)だつた。中隊教練(ちうたいけうれん)が濟(す)んで一先(ひとま)づ解散(かいさん)すると、分隊長(ぶんたいちやう)の高岡軍曹(たかをかぐんそう)は我々(われわれ)を銃器庫裏(ぢうきこうら)の櫻(さくら)の樹蔭(こかげ)に連(つ)れて行(い)つて、「休(やす)めつ‥‥」と、命令(めいれい)した。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
以上(いじやう)の如(ごど)く、大體(だいたい)の調査(てうさ)は濟(す)んだのであるが、猶(なほ)細(こま)かに、小石(こいし)や、泥(どろ)を渫(さら)へ出(だ)して見(み)たら、玉類(たまるゐ)金環類(きんくわんるゐ)の發見(はつけん)もあるのだらうが、それは坪井博士(つぼゐはかせ)が來(こ)られてからにして
始め若い者女子迄七八人近付(ちかづき)に成(なら)んと惣纒頭(そうばな)を打(うち)江戸町一丁目玉屋内(たまやうち)初瀬留(はせとめ)と云ふ娼妓(おひらん)を揚(あげ)程(ほど)なく妓樓(ぢよろや)へ伴(ともな)はれ陽氣(やうき)に酒宴(しゆえん)も濟(す)み床(とこ)へ入りしが六之助は夫より前(さき)初瀬留を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それでゐて一度バラバラとやつて見なくては氣が濟(す)まないのだ。それ以上は堪らなくなつて其處へ置いてしまふ。以前の位置へ戻(もど)すことさへ出來ない。私は幾度もそれを繰返(くりかへ)した。
檸檬 (旧字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
葉の落ちた灌木(くわんぼく)の林の中をぶら/\歩いたが、晝食後(リード夫人は、客のない時は、はやく晝食を濟(す)ませた)は、冷(つめ)たい冬の風が、陰鬱な雲と、身にしみるやうな雨を齎(もた)らしたので
寺(てら)でも主簿(しゆぼ)の御參詣(ごさんけい)だと云(い)ふので、おろそかにはしない。道翹(だうげう)と云(い)ふ僧(そう)が出迎(でむか)へて、閭(りよ)を客間(きやくま)に案内(あんない)した。さて茶菓(ちやくわ)の饗應(きやうおう)が濟(す)むと、閭(りよ)が問(と)うた。「當寺(たうじ)に豐干(ぶかん)と云(い)ふ僧(そう)がをられましたか。」
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
『濟(す)まないが、お握りを三つほど拵(こしら)へて呉れないか、海苔に包んで……』
僕(ぼく)は一體(たい)、滅多(めつた)に封書(ふうしよ)といふものを書(か)かない。そんなに人(ひと)の見(み)て惡(わる)い樣(やう)な事(こと)を書(か)く場合(ばあひ)はないからなア。それで僕(ぼく)は何用(なによう)でも大抵(たいてい)葉書(はがき)で濟(す)ますのだが、若(も)し一枚(まい)で足(た)りなければ二枚(まい)續(つゞ)きにする。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
一晩(ひとばん)、其(そ)のお醫師(いしや)の離座敷(はなれざしき)のやうな處(ところ)に泊(と)められますと、翌朝(あけのあさ)、咽喉(のど)へも通(とほ)りません朝御飯(あさごはん)が濟(す)みました。間(ま)もなくでございましたの。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
けれど賓人(まれびと)よ、私(わたくし)はよく存(ぞん)じて居(を)ります、今夜(こんや)の弦月丸(げんげつまる)とかで御出發(ごしゆつぱつ)になつては、奧樣(おくさま)も、日出雄樣(ひでをさま)も、决(けつ)して御無事(ごぶじ)では濟(す)みませんよ。
勘次(かんじ)の村落(むら)は臺地(だいち)であるのと鬼怒川(きぬがは)の土手(どて)が篠(しの)の密生(みつせい)した根(ね)の力(ちから)を以(もつ)て僅(わづか)ながら崩壤(ほうくわい)する土(つち)を引(ひ)き止(と)めたので損害(そんがい)が輕(かる)く濟(す)んだ。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
燈(あかり)も明(あか)るき無料(むれう)の官宅(くわんたく)に、奴婢(ぬひ)をさへ使(つか)つて住(す)んで、其上(そのうへ)、仕事(しごと)は自分(じぶん)の思(おも)ふ儘(まゝ)、仕(し)ても仕(し)ないでも濟(す)んでゐると云(い)ふ位置(ゐち)。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
さうして歸(かへ)つて來(き)た時(とき)は、父(ちゝ)の亡骸(なきがら)がもう冷(つめ)たくなつてゐたのである。宗助(そうすけ)は今(いま)に至(いた)る迄(まで)其時(そのとき)の父(ちゝ)の面影(おもかげ)を思(おも)ひ浮(うか)べては濟(す)まない樣(やう)な氣(き)がした。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
爺(ぢい)やは心配(しんぱい)して、父(とう)さんを言(い)ひなだめに來(き)て呉(く)れましたが、父(とう)さんは誰(だれ)の言(い)ふ事(こと)も聞(き)き入(い)れずに、みんなの夕飯(ゆふはん)の濟(す)むまでそこに立(た)ちつくしました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
『私(わたし)はお茶(ちや)を濟(す)ませて了(しま)ひたう御座(ござ)います』と云(い)つて帽子屋(ばうしや)は氣遣(きづか)はしげに、女王樣(ぢよわうさま)の方(はう)を見(み)ました、女王樣(ぢよわうさま)は演奏者(えんそうしや)の名簿(めいぼ)を讀(よ)んで居(を)られました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
朝鮮(てうせん)及(および)臺灣等(たいわんとう)の分(ぶん)を加(くは)へても一億(おく)七千萬圓(まんゑん)餘(よ)であつて、大正(たいしやう)八年(ねん)に略(ほゞ)同額(どうがく)の輸入超過(ゆにふてうくわ)であつた以外(いぐわい)は斯(かく)の如(ごと)く少額(せうがく)で濟(す)んだことは近年(きんねん)類(るゐ)のないことである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
太郎樣(たらうさま)への朝參(あさまゐ)りは母(かゝ)さんが代理(だいり)してやれば御免(ごめん)こふむれとありしに、いゑ/\姉(ねえ)さんの繁昌(はんじよう)するやうにと私(わたし)が願(ぐわん)をかけたのなれば、參(まゐ)らねば氣(き)が濟(す)まぬ
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
此(この)一舞踏(ひとをどり)が濟(す)んだなら、姫(ひめ)の居處(ゐどころ)に目(め)を着(つ)け、此(この)賤(いや)しい手(て)を、彼(あ)の君(きみ)の玉手(ぎょくしゅ)に觸(ふ)れ、せめてもの男冥利(をとこみゃうり)にせう。
自分は急いで夕餐(ゆうげ)を濟(す)まして、箸(はし)を投出すと直に、螢籠をぶらさげて、ぷいと家(うち)を飛出すのであツた。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
勿論(もちろん)、何(なん)の事(こと)もなく疑(うたが)ひだけで濟(す)んだのだが、一夜(や)を思(おも)はぬ所(ところ)で明(あ)かしてしまつた誰彼(たれかれ)、あまり寢覺(ねざ)めがよかつた筈(はず)も無(な)いが、何(なん)でも物事(ものごと)の先驅者(せんくしや)の受難(じゆなん)の一卷(ひとまき)とすれば
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
貰ふとは申さぬと云れて左仲は力身(りきみ)も拔(ぬ)け齒の根も合ずくづ/\と是非なく懷中より金百兩の包(つゝみ)を取出し盜賊に渡せば是々夫では濟(す)まぬ惡ひ根性(こんじやう)だ斯(かく)直段(ねだん)の極つて居る者を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
此(こ)の髮(かみ)の毛(け)を引拔(ひきぬ)かれますやうに……骨身(ほねみ)に應(こた)へるやうなんです……蟲(むし)には濟(す)まないと存(ぞん)じながら……眞個(ほんと)に因果(いんぐわ)なんですわねえ。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
彼(かれ)はふと自分(じぶん)の火(ひ)が燒(や)いたことを思(おも)つた時(とき)、酷(ひど)く自分(じぶん)のことのみをいつて畢(しま)つたのが濟(す)まないやうな心持(こゝろもち)がしてならなかつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
食事(しよくじ)を濟(す)ましても、出勤(しゆつきん)の時刻(じこく)にはまだ大分(だいぶ)間(ま)があつた。坂井(さかゐ)では定(さだ)めて騷(さわ)いでるだらうと云(い)ふので、文庫(ぶんこ)は宗助(そうすけ)が自分(じぶん)で持(も)つて行(い)つて遣(や)る事(こと)にした。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
云(い)つて居(ゐ)るぞ夕方(ゆふがた)は別(べつ)して風(かぜ)が寒(さむ)し其(その)うへに風(かぜ)でも引(ひ)かば芳之助(よしのすけ)に對(たい)しても濟(す)むまいぞやといふ詞(ことば)の尾(を)に附(つ)いてお高(たか)おそる/\顏(かほ)をあげ御病氣(ごびやうき)といふことを
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
日本(にほん)の經濟界(けいざいかい)に急激(きふげき)な變化(へんくわ)を與(あた)へるやうなことをせずとも必(かなら)ず濟(す)む、と斯(か)う云(い)ふことの確信(かくしん)を持(も)つて居(ゐ)る。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
すればまだしも尋常(ひととほり)の憂悲歎(うきかなしみ)で濟(す)まうものを。チッバルトがお死(し)にゃった上(うへ)に、殿(しんが)りに「ロミオは追放(つゐはう)」。
『銘々(めい/\)自分(じぶん)の名(な)を書(か)いてるんだ』とグリフォンが答(こた)へて、『審問(しんもん)の濟(す)むまでに忘(わす)れて了(しま)ふと困(こま)るから』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
『はい、决(けつ)して御無事(ごぶじ)には濟(す)みません。』と、亞尼(アンニー)は眞面目(まじめ)になつた、私(わたくし)の顏(かほ)を頼母(たのも)し氣(げ)に見上(みあ)げて
周三は、吃驚したやうに頭を擡(もた)げると、お房は何時の間にか掃除(そうじ)を濟(す)まして脇(わき)に來て突立ツてゐた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
生來(せいらい)貴方(あなた)は怠惰者(なまけもの)で、嚴格(げんかく)で無(な)い人間(にんげん)、其故(それゆゑ)貴方(あなた)は何(な)んでも自分(じぶん)に面倒(めんだう)でないやう、働(はたら)かなくとも濟(す)むやうと計(ばか)り心掛(こゝろが)けてゐる、事業(じげふ)は代診(だいしん)や、其他(そのた)のやくざものに任(まか)せ切(き)り
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
祖母(おばあ)さんはあの鍵(かぎ)の用(よう)が濟(す)むと、藏(くら)の前(まへ)の石段(いしだん)を降(お)りて、柿(かき)の木(き)の間(あひだ)を通(とほ)りましたが、そこに父(とう)さんがよく遊(あそ)んで居(ゐ)たのです。味噌藏(みそぐら)の階上(うへ)には住居(すまゐ)に出來(でき)た二階(かい)がありました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
妹は翌年の三月頃の初産(うひざん)を兩親のゐる私の家で濟(す)ますために暫(しばら)く上京するのであつた。
処女作の思い出 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
偖(さて)祝儀(しうぎ)も濟(す)みて與惣次と傳吉お專而已(のみ)なればお專傳吉に打向(うちむか)ひお早どのは私しが養母(やうぼ)にてお梅どのは私しの姉(あね)なり豫(かね)てお咄(はな)し申せし如く私十二歳の時に病氣の父(ちゝ)を捨(すて)て家財(かざい)殘(のこ)らず掻(かき)さらひお梅どのを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
人(ひと)は我(わ)が身體(からだ)の一部分(いちぶぶん)を、何年(なんねん)にも見(み)ないで濟(す)ます場合(ばあひ)が多(おほ)いから……姿見(すがたみ)に向(むか)はなければ、顏(かほ)にも逢(あ)はないと同一(おなじ)かも知(し)れぬ。
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
夫(それ)ではお前(まへ)加减(かげん)でも惡(わ)るいか、まあ何(ど)うしたと言(い)ふ譯(わけ)、此處(こゝ)まで挽(ひ)いて來(き)て厭(い)やに成(な)つたでは濟(す)むまいがねと聲(こゑ)に力(ちから)を入(い)れて車夫(しやふ)を叱(しか)れば、御免(ごめん)なさいまし
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)