“神”のいろいろな読み方と例文
読み方(ふりがな)割合
かみ58.0%
しん18.8%
かん5.7%
がみ3.1%
カミ2.3%
カム2.1%
カン1.3%
かむ1.0%
たましひ0.8%
0.8%
(他:23)6.1%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
別に異存もないから、茶店に這入ってどてらの隣りに腰をおろしたら、口のゆがんだ四十ばかりのかみさんが妙なにおいのする茶を汲んで出した。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ろうそくとしより夫婦ふうふは、かみさまのばちたったのだといって、それぎり、ろうそくをやめてしまいました。
赤いろうそくと人魚 (新字新仮名) / 小川未明(著)
与助よすけは、こころうちかみさまやほとけさまに、どうかいのちたすけてくださるようにといのりはじめました。
おおかみと人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
昧爽まいさうきよく、しんみて、街衢がいく縱横じうわう地平線ちへいせんみな眼眸がんぼううちにあり。
鉄槌の音 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
むなししんいたみ、こんは驚くといへども、我やいかる可き、事やあはれむべき、あるひは悲む可きか、恨む可きか
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
木像、しんあるなり。神なけれども霊あって来りる。山深く、里ゆうに、堂宇廃頽はいたいして、いよいよ活けるがごとくしかるなり。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今はどうなっているか知りませんが、総門から中門までのあいだ一丁あまりは大きい松並木が続いていて、すこぶるかんさびたおやしろでした。
半七捕物帳:50 正雪の絵馬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大和の国にはかんながらの空気が漂うている、天に向うて立つ山には建国の気象があり、地をうるおして流れる川には泰平の響きがある。
かんさり玉ひしのち水旱風雷すゐかんふうらいの天へんしば/\ありて人の心安からず。是ぞ 菅公のたゝりなるらんなど風説しけるとかや。
わたし此子このこはゞわたしためまもがみで、此樣こん可愛かあい笑顏ゑがほをして
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「たわけた入道よな。武田家のまもがみともあがめておった御旗みはた楯無たてなし宝物ほうもつは、たしかに、伊那丸がかくしているはずじゃ。そのをもうすのにわからぬか」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大尉を驚かせたのは、米艦隊の最上さいじょうの空に、まもがみのように端然たんぜん游泳ゆうえいをつづけていたメーコン号が、一団の火焔となって、焼け墜ちてゆくのを発見したことだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
理想の境涯、偶像となつた生活は、人よりも神に、神に近い「アキカミ」と言ふ譬喩表現が、次第に、事実其ものとして感ぜられて来る。
万葉びとの生活 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
靈液クシカミ常世トコヨ少彦名スクナヒコナとする處から見ても、まれびとによつて酒ほかひが行はれると見たことが知れる。
即、穴師兵主ヒヤウズカミなる水神に関する物語として、抱き守りの巫女と、幼君を主としたものに飜訳せられ、一つの「ひな神」信仰の形を採る事になつた。
唱導文芸序説 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
くしの神 常世にいます いはたゝす 少名御神スクナミカミカムほき、ほきくるほし、豊ほき、ほきもとほし、まつり来しみぞ(記)
国文学の発生(第二稿) (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
飛鳥アスカ浄見キヨミ原に、カムながらふとしきまして、聖祖スメロギのしきます国と、天の原岩門を開き、カムあがり
万葉集研究 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
イ段の仮名にあたる音がウ段にあたる音に(カミカムながら、身実ムザネツキ月夜ツクヨ
国語音韻の変遷 (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
のろ殿内に祀るのは、表面は、火のカンであるが、此は単に、ヤカつ神としてに過ぎない事は既に述べた。
琉球の宗教 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
建築物の中には、三体の火のカンが置かれてあると同様に、神の在す場所には、必香炉が置いてある。
琉球の宗教 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
去年春日祭りに、女使ひで上られた姿を見て、カンさびたものよ、と思うたぞ。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
屋根やね丸味まるみのついたこけらき、どこにも装飾そうしょくらしいものはないのですが、ただすべてがいかにもかむさびて、屋根やねにも、はしらにも
山川やまかはもよりてつかふるかむながらたぎつ河内かふち船出ふなでするかも 〔巻一・三九〕 柿本人麿
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
荘も田舎にある持家のことでありその中には、かむなびの清き御田屋の垣津田の………といったように、神の田を作るために設けられたものもあろうが、他の多くは臨時の滞留の用意に過ぎなかった。
垣内の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
是則これすなはちいきてかたちを以てめぐり、しゝてはたましひを以てめぐるゆゑなりとかや。
是則これすなはちいきてかたちを以てめぐり、しゝてはたましひを以てめぐるゆゑなりとかや。
誠に其男を傍に置きて是を作りたる故、その男と此人形とはたましひのあるとなきとの相違のみなりしが、かの女中是を近付て見給へば、さりとて生身いきみをすぐにうつしては興のさめてほろぎたなく、こはげの立つもの也。さしもの女中の恋もさめて、傍に置給ふもうるさく、やがて捨てられたりとかや。
実物と模型 (新字旧仮名) / 相馬御風(著)
世界優秀な科學と威力の鐵壁、その中に住んでも、人間は、遂に、一穗のあかし——精神の燈火——それが無くては居られないものだといふ實際を僕は軍艦の中で觀た。
折々の記 (旧字旧仮名) / 吉川英治(著)
耳をかしているのかいないのか、その長いはなしの間を、光秀は拝殿の奥にゆらぐあかしを見つめていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
道は掃き清めてある。禰宜ねぎは先に立って、拝殿のきざはしを踏み、あかしをともした。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くるしくもあめみわさき狭野さぬのわたりにいへもあらなくに 〔巻三・二六五〕 長奥麻呂
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
——三輪山説話として神婚説話の典型的な一つでみわ氏、鴨氏等の祖先の物語。——
このオホタタネコの命は、みわの君・鴨の君の祖先です。
モリ神南備カムナビなどは、社殿のないのが本体で、社あるは、ヤカガミ或は、梯立で昇り降りするほくらの神から始まるのである。
琉球の宗教 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
とこふは社もあり、人も崇める神の現れであることもあるが、まじこりは多く雑神ザツシンウモガミ浮浪神ウカレガミ新渡神イマキノカミの作用であつたものと見える。
まじなひの一方面 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
此三柱の神は、皆ヒトガミ成りまして、御身を隠し給いきと。
比較神話学 (新字新仮名) / 高木敏雄(著)
(しかしそれらの中に沈んでゐるのは、孤独のおりではない。ひどく華やいだ、むしろ孤独悦のこころの、——隠微いんび擬態まどはしだつたやうだ)孤独よ、これは宥せ。
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
子供のこころ
独楽 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
未知アンノーンゴット未知アンノーン幸福ハッピネス——これは象徴派シムボリストのよく口にする所だが、あすこいらは私と同じ傾向に来て居るんじゃないかと思うね。
私は懐疑派だ (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ゴット
祈願 (新字新仮名) / 今野大力(著)
二氣の正しきに乘り、五行のつぎてととのへ、あやしき理をけてひとすすめ、すぐれたるのりを敷きて國を弘めたまひき。
もうそこは濶い濶い浪逆浦なさかうらで、右には浮洲を隔てゝ香取の丘が見え、左には鹿島からやゝ南に下つてゐるかういけのあるあたりの樹木の多い丘陵が展げられて見えた。
船路 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
また、上月記こうつきき、赤松記等の記す所では、あらかじめいつわって南帝にくだっていた間嶋まじま彦太郎以下三十人の赤松家の残党は、長禄元年十二月二日、大雪に乗じて不意に事を起し、一手は大河内の自天王の御所ごしょを襲い、一手はこうたにの将軍の宮の御所に押し寄せた。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼女かのじょは、そのはな接吻せっぷんしてさまさまにおれいもうしました。
夕焼け物語 (新字新仮名) / 小川未明(著)
でも誓言せいごんなどなされると(かへって)心元こゝろもとない、戀人こひゞと誓言せいごんやぶるのはヂョーヴじんたゞわらうておましなさるといふゆゑ。
ないし、儒道は一世の聖道、一身の鬼神にて、他界にたましいを変ぜず、一世に理をきわめ、一期に天に帰する道なり
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
人、死したましい去り、すなわちさらにかたちを受く。父子因縁ありて居に会す。たとえば寄客ききゃくてば、すなわち離散するごとく、愚迷ぐめい縛著ばくちゃくして、己のゆうとなす。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
古くはやはり、聞得大君チフイヂン同様、根所ネドコロたる豪族の娘から採つたものであらうが、近代は、根人腹ネンチユバラの中から女子二人を択んで、氏神の陽神に仕へる方をオメケイ託女オクデ、陰神に仕へるのを、オメナイ託女オクデと言ふ、と伊波氏は書いてゐられる(琉球女性史)。
琉球の宗教 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
ゴッドという字は、いつも頭文字で現れ、いかにも敬意を表するかのごとく、それに限りて、ゆっくり書くのであった。
これこそシエンの到来といふ
逸見猶吉詩集 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
日本の芸術論の中に、「人のシンを見ること飛鳥の目を過ぐるが如し、その去ること速かなれば速かなるほどそのシンいよいよ全し」というような言葉があるように、「はっ」と思うような美しい瞬間、それをむしろ、現代では、芸術的時間とか、「永遠の一瞬」とかいって、特別の芸術の世界と考えるのである。
美学入門 (新字新仮名) / 中井正一(著)
かかる瞬間は実に人間に何度訪れるかわからないような永遠の一瞬であって、いわゆる「シン来ってこれを助く」と、あるいは「そのシン去ることいよいよ速かにして、そのシンいよいよ全し」というような、あたかも飛ぶ鳥が目を過ぐるがごときはかなさをもって人を訪れ、しかも捕えがたい翳をもって去っていくような瞬間なのである。
美学入門 (新字新仮名) / 中井正一(著)
ヂアナといふ字を下すことおほよそ二十五處、それにて詩をかう/″\しくせんとにや。
すなわち「デウスのご大切」「キリシトのご大切」と称し、余は汝を愛す、というのを、余は汝を大切に思う、と訳したのである。
恋愛論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
古くはやはり、聞得大君チフイヂン同様、根所ネドコロたる豪族の娘から採つたものであらうが、近代は、根人腹ネンチユバラの中から女子二人を択んで、氏神の陽神に仕へる方をオメケイ託女オクデ、陰神に仕へるのを、オメナイ託女オクデと言ふ、と伊波氏は書いてゐられる(琉球女性史)。
琉球の宗教 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)