しん)” の例文
一向ひたぶるしんを労し、思を費して、日夜これをのぶるにいとまあらぬ貫一は、肉痩にくやせ、骨立ち、色疲れて、宛然さながら死水しすいなどのやうに沈鬱しをはんぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
しん澄み、心和やかにして、一片の俗情さえも、断じて自分を遮りえないという、こういう境地に辿りつかないでは、うそだと思います。
しんり、しずみ、星斗と相語り、地形と相抱擁あいほうようしてむところを知らず。一杯をつくして日天子にってんしを迎え、二杯をふくんで月天子げってんしを顧みる。
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
唯だ其性質の天晴傾城けいせいしんとも言はる可き程なるを見て、紅葉は写実の点より墨を染めたりと言はんより、寧ろ理想上の一紅唇
やや長じて東都に遊び、巴人はじんの門に入りて俳諧を学ぶ。夜半亭やはんていは師の名を継げるなり。宝暦の頃なりけん、京に帰りて俳諧漸くしんに入る。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
わがこの薬は、かしこくも月宮殿げっきゅうでん嫦娥じょうがみずから伝授したまひし霊法なれば、縦令たとい怎麼いかなる難症なりとも、とみにいゆることしんの如し。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
すでに、返り血の斑点はんてんを身に浴び、剣それ以外に何ものもない、無想境のしんに入った弦之丞は、仆れ重なった三個の死体に片足を踏まえて
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
木像、しんあるなり。神なけれども霊あって来りる。山深く、里ゆうに、堂宇廃頽はいたいして、いよいよ活けるがごとくしかるなり。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
凝重ぎょうちょう穎鋭えいえいの二句、老先生眼裏がんりの好学生を写しいだきたってしん有り。此の孤鳳皇こほうおうを見るというに至っては、推重すいちょうまた至れり。詩十四章、其二に曰く
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
嫁のまるでもう余念なさそうに首をかしげて馬小屋の物音に耳を澄ました恰好かっこうは、いやもう、ほとんどしんごとくでした。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
その後、帰安の一県は大いに治まって、獄を断じ、うったえをさばくこと、あたかもしんのごとくであるといって、県民はしきりに知県の功績を賞讃した。
『否、小子それがしこと色に迷はず、にも醉はず、しんもつて戀でもなく浮氣でもなし、只〻少しく心に誓ひし仔細の候へば』。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
水が通じたというよりも、米友のしんが通じたのでしょう、たしかに見直した、もうこっちのものだ——という希望の光が、米友の意気をさかんにしました。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
我儘娘は母親と毎度遣り合った経験上、兵を動かすことしんに入っている。駈け出しの清之介君は到底敵でない。
女婿 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
西日本三十三ヶ国の秤のつかさなる京都のしん善四郎と並んで、互に侵すことなく六十余州の権衡を管轄かんかつしました。
また我等の心、肉を離るゝこと遠く思にとらはるゝこと少なくして、その夢あたかもしんに通ずるごとくなる時
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
地に落ちた矢が軽塵けいじんをもげなかったのは、両人の技がいずれもしんに入っていたからであろう。さて、飛衛の矢がきた時、紀昌の方はなお一矢を余していた。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
〔譯〕誘掖いうえきして之をみちびくは、教の常なり。警戒けいかいして之をさとすは、教の時なり。に行うて之をきゐるは、教の本なり。言はずして之を化するは、教のしんなり。
しんを凝らし、もってますます妖怪の蘊奥うんおうを究め、宇宙の玄門を開き、天地の大道を明らかにし、生死の迷雲を払い、広く世人をして歓天楽地の間に逍遥しょうようせしめ
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
天地てんちの二しん誓約うけいくだりしめされた、古典こてん記録きろく御覧ごらんになれば大体だいたい要領ようりょうはつかめるとのことでございます。
かかること相話しながら、しんを二本の綸に注ぎ、来るか来るかと、待ちわびしが、僅に、当歳でき魚五六尾挙げしのみにて、ついに一刻千金と当てにしたりし日も暮れぬ。
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
推するに榛軒は貞白のしん定まるをつて金を授けたのであらう。自ら「嚢物常無半文儲」を歎じつゝも、友を救ふがためには、三十金を投じて惜む色がなかつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
諾威ノルヴエーの詩人ビヨルンソンが山嶽小説を讀む者、皆その若主人公アルネが山中に生長して、山の美、山の靈、山のしんにいたく心を動せるを知らざるはあらぬなるべし。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
心悸臂揺ひようし、茫然自失して筆を落し続け、写生はお流れ、それからちゅうものは日々憂鬱してしん定まらず「浅茅あさぢふの小野のしの原忍ぶれど、余りてなどか人の恋しき」
「帝は万物の霊を生じ、これをして天功をたすけしむ、所以ゆえに志趣は大にして、しん六合りくごうの中に飛ぶ」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
喜怒哀楽の状目前其の人を見るの興味有らしむるに至りては実に奇絶妙絶舌にしんありと言う可し。
松の操美人の生埋:01 序 (新字新仮名) / 宇田川文海(著)
しかもその趣向が太祇の手に移ると、その得意の舞台であるためにそれが活動して描出されるのが、丁度大工や左官が菊五郎の畑であって技、しんに迫るのと同様である。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
北斎はその日から客を辞し家に籠もって外出せず、画材の工夫にしんを凝らした。——あまりに固くなり過ぎたからか、いつもは湧き出る空想が今度に限って湧いて来ない。
北斎と幽霊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一側面なほかつ単純ならず、去れども写してしんに入るときは、事物の紛糾ふんきう乱雑なるものを綜合して一の哲理を数ふるに足る、われ「エリオツト」の小説を読んで天性の悪人なき事を知りぬ
人生 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
その隙に盗賊はみるみる遠ざかったので、またあとを追うて行ったが、邪魔な首をふところへ入れてしまったせいか、男の逃げ足の速さはにわかにしんせんようか、人間とは思えなんだ。
猿飛佐助 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
けだしさんしんとの花火芸術の最高を極め精を尽くししんらしたものであった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
キングス・カレッジの地下室で、一日中しんにこたえる高真空の実験に気を張りつめ、くたくたになって帰って来る。そういうときには、肉類よりも、まずこのサラダに手が出るのであった。
サラダの謎 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
印度インドにありては梨倶吠陀リーグヴエダ(印度古代の経典)の中に、ソーマしんの伝説がある。
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
どんなにその人の変装が技しんに入ろうとも、大して興味のある話題ではない。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
なほおこたらず供養きようやうす。露いかばかりそでにふかかりけん。日はりしほどに、山深き夜のさま三二ただならね、石のゆか木の葉のふすまいと寒く、しんほねえて、三三物とはなしにすざまじきここちせらる。
真打しんうちとして語った矢野津ノ子の「双蝶々廓日記ふたつちょうちょうくるわにっき・八幡引窓の段」を、金五郎は恍惚となって聞いた。まだ二十五六歳の青年であるが、その語り口の巧妙さはほとんどしんに入っていると思われた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
その効能の顕著なことは、実にしんのようだということです。
なめきっていた相手に、この、しんに似た剣腕があろうとは!
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しばらく吾がしんを王にせん哉。
木曽駒と甲斐駒 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
蒼ざめたバットのからしんを閉づ
鶴彬全川柳 (新字旧仮名) / 鶴彬(著)
むしろ年と共にその騎乗奮戦の技はしんに入って、文字どおり万夫不当ばんぷふとうだ。まったく戦争するために、神が造った不死身の人間のようであった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しんならず、せんならずして、しかひと彼處かしこ蝶鳥てふとりあそぶにたり、そばがくれなる姫百合ひめゆりなぎさづたひのつばさ常夏とこなつ
五月より (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「眼は見えないけれども、あれは心得たものじゃ、真剣の立合ではしんっている、まさに驚くべきものじゃ」
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ひとり探景の詩文のみに就きて云ふにあらず、すべての文章がしんに入ると神に入らざるとは、即ち此さかひにあり。
松島に於て芭蕉翁を読む (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
天はしんをつかさどり、地はをつかさどる。神は伸をつかさどり、鬼はくつをつかさどる。伸はしゅうをつかさどり、屈は散をつかさどる。この二者は万物を生じ、万物を
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
至誠はしんを動かすとかうけたまはる。もし我に心のまことがなくば、かれも飽まで我を恨みませうぞ。天下の人に皆まことがあらば、高綱にも不足はござるまいに……。
佐々木高綱 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
そこで仕方なしに、せめてアノしんり、しずんだスバラシイ高踏的な気分だけでも味わいたいものだというので、古馴染ふるなじみの茶店から「茶精」というものを買って飲むんです。
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
開天行道肇紀立極大聖至神仁文義武俊徳成功高かいてんこうどうちょうきりつきょくたいせいししんじんぶんぎぶしゅんとくせいこうこう皇帝の諡号しごうそむかざる朱元璋しゅげんしょうあざな国瑞こくずいして、その身は地に入り、其しんくうに帰せんとするに臨みて、言うところ如何いかん
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
我翁わがおう行脚あんぎゃの頃伊賀越いがごえしける山中にて猿に小蓑を着せてはいかいのしんいれたまひければ……」
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
(「走れメロス」その義、しんに通ぜんとし、「駈込み訴え」その愛欲、地に帰せんとす。)
自作を語る (新字新仮名) / 太宰治(著)