“所以”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
ゆえん73.8%
ゆゑん20.0%
ゆえ1.4%
いわれ1.2%
ユエン0.9%
ゆゑ0.7%
いはれ0.5%
せい0.5%
このゆゑ0.2%
いわく0.2%
ゆゐん0.2%
わけ0.2%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
知らざるところ、彼の最も大幸なる所以ゆえんなり、ああ、岳神、大慈大悲、我らに代り、その屹立きつりつを以て、その威厳を以て、その秀色を以て
山を讃する文 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
閑寂をもとめ平淡を愛しながら、なお決して世を離れるような退嬰たいえい的な態度をとらしめるに至らなかった所以ゆえんはここにあると私は思う。
左千夫先生への追憶 (新字新仮名) / 石原純(著)
場内を卓から卓へ軽卒あわたゞしく歩き廻つて何人なにびとにも愛嬌あいけう振撤ふりまくのを見ると其れが人気者たる所以ゆゑんであらう。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
以為おもへらく、写実小説は文学独立論を意味し、文学独立論は国民的性情の蔑視べつしを意味す、これ今の小説の国民に悦ばれざる所以ゆゑんなりと。
国民性と文学 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
所以ゆえあるかな、主税のその面上の雲は、河野英吉と床の間の矢車草……お妙の花を争った時から、早やその影が懸ったのであった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
シューベルトの優しく美しき音楽は、この小児の如き心根に胚胎はいたいしたのである。春のの如く、聴く者の心を和めずにおかないのも、また所以ゆえありと言うべきである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
婦燭をりて窟壁いわ其処此処そこここを示し、これは蓮花の岩なり、これは無明の滝、乳房の岩なりなどと所以いわれなき名を告ぐ。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
丁度葉裏はうらに隠れる虫が、鳥の眼をくらますために青くなると一般で、虫自身はたとい青くなろうとも赤くなろうとも、そんな事に頓着とんじゃくすべき所以いわれがない。
コレ本品ノ高温ニ於テ最モ強劇ノ酸化薬タル所以ユエンナリ………………又本品ニ二倍量ノ庶糖ヲ混和シ此ノ混和物ニ強硫酸ノ一滴ヲ点ズルトキハ已ニ発火ス云々
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
築造チクザウルハ都下トカ繁昌ハンジヤウシテ人民ジンミン知識チシキヒラ所以ユエン器械キカイナリ」と叫んだ如きわざと誇張的に滑稽的に戯作の才筆を揮つたばかりではなからう。
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
この太子ひつぎのみこの御名、大鞆和氣おほともわけの命と負はせる所以ゆゑは、初め生れましし時に、鞆なすしし御腕みただむきに生ひき。
醸家の水を貴び水を愛し水を重んじ水ををしむ、まことに所以ゆゑある也。
(新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
胸に湛へに湛へし涙の一時に迸り出でしがため御疑を得たりしなり、其所以いはれは他ならぬ娘の上、深く御仏の教に達して宿命しゆくみやう業報を知るほどならば、も亦煩ひとするに足らずと悟りてもあるべけれど然は成らで
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
それが有つたからといふのも一つの事情か知らぬが、又貞盛縁類といふことも一ツの理由か知らぬが、又打つてかゝつて来たからといふのも一の所以いはれか知らぬが、常陸介を生捕り国庁を荒し、掠奪焚焼りやくだつふんせうを敢てし、言はず語らず一国を掌握しやうあくしたのは、相馬小次郎も図に乗つてあばれ過ぎた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「煎豆」「紅梅焼」「雷おこし」の繁栄の、むかしをいまにするよしもなくなったのは、ひとえに「時代」の好みのそれだけ曲折に富んで来た所以せいである。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
その所以せいでもあろうか。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
所以このゆゑに幽と顯とに出で入りて、日と月と目を洗ふにあらはれたまひ、海水うしほに浮き沈みて、神と祇と身を滌ぐにあらはれたまひき。
すなはち夢にさとりて神祇をゐやまひたまひき、所以このゆゑに賢后とまを一〇
出したいから出した迄だ、別に所以いわくのある筈は無え。親が己れの阿魔を、救主に奉ろうが、ユダに嫁にやろうが、お前っちの世話には相成ら無え。些度物には理解わかりを附けねえ。当世は金のある所に玉がよるんだ。それが当世って云うんだ。篦棒奴、娘が可愛ければこそ、己れだってこんな仕儀はする。
かんかん虫 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
己が此危険を御身に予告するのは、己が嘗て御身に禍を遺した罪をあがな所以ゆゐんである。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
三唖は紅葉の世話になったという条、『石倉新五左衛門』を認められて『新著百種』に推薦されたというだけであったが、この一篇の原稿の斡旋を永久に徳として弟子の礼を執らなかったのが忘恩者として紅葉の勘気に触れた所以わけで、三唖はこれがために紅葉の勢力圏の新聞社や雑誌社からボイコットされてしまった。