“神主”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
かんぬし88.1%
かみぬし2.4%
かむぬし2.4%
かんざね2.4%
カムヌシ2.4%
シンシユ2.4%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
「琵琶湖(びわこ)で土左衛門(どざえもん)になるところを、ここの神主(かんぬし)のやつが助けやがったんで……わたしがきたいと思ってきたところじゃありません」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
掛(かけ)まくも文(あや)に恐(かしこ)き、いはまくも穴に尊き、広幡(ひろはた)の八幡(やはた)の御神(みかみ)、此浦の行幸(いでまし)の宮に、八百日日(やおかび)はありといへども、八月(はつき)の今日を足日(たるひ)と、行幸して遊び坐(いま)せば、神主(かみぬし)は御前に立ちて、幣帛(みてぐら)を捧げ仕(つか)ふれ
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「天の下平ぎ、人民(おほみたから)榮えなむ」とのりたまひて、すなはち意富多多泥古の命を、神主(かむぬし)五として、御諸山六に、意富美和(おほみわ)の大神の御前を拜(いつ)き祭りたまひき。
二一吉備津(きびつ)の神主(かんざね)香央造酒(かさだみき)が女子(むすめ)は、うまれだち秀麗(みやびやか)にて、父母にもよく仕へ、かつ歌をよみ、二二箏(こと)に工(たく)みなり。
其國造が、段々神に事へる事から遠ざかつても、尚、神主(カムヌシ)として、邑の大事の神事に洩れる事が出來なかつた。さういふ邑々を一統した邑が、我々の倭朝廷であつたのである。
其上地方によつて、今も神主(シンシユ)なく、何神とも知れず、唯古来からの伝承として、ある無名の神の為と言ふ様な心持ちを表す場合には、「えびす」を以て代表させる風がある様である。