“顕”のいろいろな読み方と例文
旧字:
読み方割合
あら46.1%
あらわ43.9%
あらは3.9%
げん0.9%
0.6%
けん0.6%
あき0.6%
あらた0.6%
うつ0.3%
アラハ0.3%
あきら0.3%
あらはれ0.3%
あわ0.3%
0.3%
0.3%
アキ0.3%
アラ0.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
と、肩幅広く、塘堤ぶちへはれた。立女形が出たから、心得たのであらう、船頭め、かんてらのを、其の胸のあたりへ突出した。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
太い根がすっかりれて、縦横になっていてよい腰掛でした。ここらは皆土井家の地所なので、向い側は広い馬場になっていました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「やさし」は、恥かしいということで、「玉島のこの川上に家はあれど君をしみさずありき」(巻五・八五四)にその例がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
庄「っともりません、少しもが見えません、どうもいけませんから、これじゃア薬もめようかと思って居ります」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
風花の空にちて、日和うららよとの。遠山は霜月祭、新野にては睦月西浦田楽北設楽は花祭とよの。さてもめでたや、雪祭のとりどり。
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そんな面倒手続んであってさえも、からに、肉体のないものから肉体のあるものに、るには、容易ならざる御苦心
神人は、大倭のつ神のたる国司等の下位になつた神の奴隷として没収せられ、虐使せられる風があつた様だから、どうしても亡命せねば居られなかつた地方もあつたであらう。
「今日、大司馬の栄爵を賜わった。近いうちに、何か、吉事があると、おまえ達が預言したとおりだった。祈祷のはまことにかなもんだ。おまえ達にも、恩賞をわけてつかわすぞ」
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なお、「春の日のうらがなしきにおくれゐて君に恋ひつつしけめやも」(巻十五・三七五二)という、狭野茅上娘子の歌は全くこの歌の模倣である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
暗いみの光りの代りに、其頃は、もう東白みの明りが、部屋の内の物の形を、ろげにしはじめて居た。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
しかも武備はいよいよ強化され——ここに徳川家なる一国は、小国ながらも、領民と領主と、人と物と、さながら一体の強みを確乎かにして来た。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人々大にみおそれてんとするもしが、剛気の者雪をてみるに、まづ女の雪中にたり。
只だ御互に気を付けたいのは、斯様なる紛擾の時に真実、神の子らしく、基督の信者らしく謙遜柔和に、の栄光をはすことです——私の名が永阪教会の名簿にると無いとは
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
確定しなくっても日本人である事はって居るけれども、今まで隠してあった事がすっかりれてしまったです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
と云われこの時は永禪和尚もこれは隠悪れたわい、もう是れまでと思ってを切殺して逃げるよりはないと、道中差胴金を膝の元へ引寄せて半身構えに成って坐り、居合で抜く了簡
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
理想の境涯、偶像となつた生活は、人よりも神に、神に近い「」と言ふ譬喩表現が、次第に、事実其ものとして感ぜられて来る。
万葉びとの生活 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
あゝ肩・胸・はな肌。——冷え/″\とした白い肌。をゝ おいとほしい。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)