あら)” の例文
旧字:
と、肩幅広く、塘堤どてぶちへあらはれた。立女形たておやまが出たから、心得たのであらう、船頭め、かんてらのを、其の胸のあたりへ突出つきだした。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
其富士が次第に迫り上って、峠の入口正面に前山を跨いで白い雲の上に全容をあらわした時には、峠の頂上に着いていた。八時である。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
普通社会の快楽なる究竟きゅうきょうの状態を言いあらわすにはチャチャン・ペンマという一語で事が足りて居る。少し横道に入るようですが、この
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ロンドンあたりでは見られぬものが地上にあらわれて来たので、これが地盤の下にある岩石かと、その喜びと驚きとは非常であった。
彼は少なくとも敗者となる気遣きづかいはない。神は既に彼の無罪を証拠立てたのである。相手の有罪の証迹は次いであらわれることであろう。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
日が暮れるころから雷は少し遠ざかったが、風は夜も吹いていた。神仏へ人々が大願を多く立てたその力のあらわれがこれであろう。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
嶄然ざんぜんとして頭角をあらわすがごとしといえども要するにこれみな政府の余力により、政府の余光を仮りてみずから豪なりとなすにすぎず。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
心がすぐに外にあらわれる身振り身のこなしが、麻だと隠れるが木綿ならばよく表現せられる。泣くにも笑うにも女は美しくなった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そして今、又三郎が侍の身分を棄てるだろうと聞いたとき、そのおぼろげな感情がにわかにはっきりとかたちをあらわすように思えたのだ。
野分 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
此脳と此腕とを持てる彼れは自由貿易論者としてあらはれたり。純粋なるむしろ極端なる「マンチェスター」派の経済論者として顕はれたり。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
今は隠されているが後にあらわれるものであります。今は譬話の形に包まれているが、後には一般的に明白に理解せられる事柄であります。
寺男としては二人前も三人前もらくに働き、彫刻師としては、稚拙極まる菩薩を素材の中から湧出せしめて、欣求ごんぐの志をあらわす。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
山中の境の自然を慕つたその愚かさが分明はつきり自分の脳にあらはれて来て、山は依然として太古、水は依然として不朽、それに対して
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
されば名は体をあらはし、姿は心を写すとかや。われ生ひ立つに連れて、ひがみ強く、言葉に怨みあり。われながら、わが心の行末を知らず。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
所がたび重なればあらわれるのことわざれず、る日、本者ほんものが来た。サア此方こっちは何ともわれないだろう、詐欺だから、役人を偽造したのだから。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
およそ、戦いの世には、人の神性も飽くまで高くあらわれるが、人の弱点や小悪のさがも、それと同じ程度に、平時よりも容易に横行しやすい。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やゝしばし上りて山上のたいらなる道となり、西することしばらくにして、山上の凹みに巣くへる白き家と緑と錯綜せるナザレのむらあらはれ出づ。
そうしてもう済みかけているところへ廊下にほかの女中とはちがうらしい足音がして、襖の蔭から女がぬっと立ちあらわれた。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
物が人間の条件であるというのは、それが虚無の中において初めてそのような物としてあらわれるということにってである。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
奉仕は匿れ自我があらわではないか。よし用いられるとも、あの民衆に役立つものであろうか。また日々の不断ふだんづかいに堪えるものであろうか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
髣髴ほうふつとして意気な声や微妙な節廻しの上にあらわれて、吾心の底に潜む何かに触れて、何かが想い出されて、何とも言えぬ懐かしい心持になる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
瓢然ひょうぜんたる一種の道楽息子と成果てつ、家にあっては父母を養うの資力なく、世にたっては父母をあらわすの名声なし、思えば我は実に不幸の子なりき。
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
技術があるところまで練達しますと、技巧がおのずから精神的になって来る。従って図らずも思いがけない結果をあらわして来る。
だれ自分じぶんところたのではいか、自分じぶんたずねているのではいかとおもって、かおにはうべからざる不安ふあんいろあらわれる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「或る百姓の家」を出した江渡幸三郎君のような徹底した百姓と、私共のように米麦を買うて暮らす村落住者の相違は、斯様な時にあらわれます。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
面会室の正面にこれも狭い廊下ろうか越しに半月形はんげつがたの窓が一つあり、面会人はこの窓の向うに顔をあらわす仕組みになっていた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と云いさま、ガアッとたんの若侍の顔にき付けました故、流石さすがに勘弁強い若侍も、今は怒気どき一度にかおあらわれ
同宿並びにかくし置き他よりあらわるるにおいてはそこの名主なぬし並びに五人組まで一類共可厳科也、仍下知如
小門、外より押されて数名の黒影は庭内にあらはれぬ、きなるは母のお加女なり、中にようされたるは姉の梅子なり、他は大洞よりのびとにやあらん
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
もつともその頃は、てうど女権論の勃興致しかかつた時で、不幸悲惨は決して女子の天命でないといふ説が、ようやく日本の社会にあらはれて参りました。
こわれ指環 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
この時上手鐘楼の角より和尚妙念あらわる。僧徒らは中辺より下手の方にたたずみてそびらをなしたれば知らであり。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
この頃、有名なる蔡温さいおんは国師として漸次頭角をあらわして来ましたが、尚敬王の冊封が済んだ翌年かにその政治的天才を認められて三司官さんしかんに抜擢されました。
ユタの歴史的研究 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
「貴様はそれだからいけねえ。あれも勘定ずくでやっている仕事なんだ。いまに御利益ごりやくあらわれるから見てろ」
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
鼻は長蛇ちょうだのごとくきばたかんなに似たり。牛魔王堪えかねて本相をあらわし、たちまち一匹の大白牛はくぎゅうたり。頭は高峯こうほうのごとく眼は電光のごとく双角は両座の鉄塔に似たり。
◯続いて十四節はいう「地は変りて土に印したる如くになり、諸々もろもろの物はうるわしき衣服ころもの如くにあらわる」
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
社会よのなかといふものゝ威力ちからを知つたこと、さては其著述にあらはれた思想かんがへの新しく思はれたことなぞを話した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ふもとかすみは幾処の村落をとざしつ、古門こも村もただチラチラと散る火影によりてその端の人家をあらわすのみ、いかに静かなるひなの景色よ、いかにのどかなる野辺の夕暮よ
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
己れ自からが意味をさないで話しているものだから、ぐに襤褸ぼろが出て、薄ッぺらな所があらわれる。
今世風の教育 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
日本でも叡山の鼠禿倉の本地毘沙門ほんじびしゃもんといい(『耀天記ようてんき』)、横尾明神は本地毘沙門で盗をあらわすためにいつき奉るという(『醍醐寺雑事記』)などその痕跡を留むる。
正しき品行は御覧じ知るはずを、誰が讒言さかしらに動かされてか打捨て給ふ情なさよ、成らば此胸かきさばきても身の潔白のあらはしたやと哭きしが、其心の底何者の潜みけん
雪の日 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
八雲立つの神の御歌を解きて、その時立ちし雲は天地のみたまのあらはせりし吉瑞にて、いともくしびなる雲なりけむなど橘の守部が云へるは、当れりや否や、知らず。
雲のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
かつそれ訛伝の抹殺せらるると同時に一方においては深く隠蔽せられてその事あるを知らざるも美事が史学の光輝に照らされてその真相をあらはすことなしといふべからず。
史論の流行 (新字旧仮名) / 津田左右吉(著)
だがもしこの単位をあらわさしめようとすれば、各矩形の高さは、他方の矩形の面積を構成している単位数と同数の単位数を含んでいると考えるか、または各矩形の面積は
たちまち起上りし直行は彼の衿上えりがみ掻掴かいつかみて、力まかせに外方とのかた突遣つきやり、手早く雨戸を引かんとせしに、きしみて動かざるひまに又駈戻かけもどりて、狂女はそのすさましき顔を戸口にあらはせり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
運動の無い前額から顱頂ろちょうにかけての頭蓋部ずがいぶが、最も動的な其人の内心の陰影をあらわすのは不思議である。額の皺が人間の閲歴を如実に語るものである事は言う迄もなかろう。
人の首 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
ローマ帝国はキリスト教国にはなったけれど、それは単に国家の中へ教会を包含したのみで、多くの施政にあらわれたその本質は、依然たる異教国として存在を続けたのです。
もし春琴が今少し如才じょさいなく人にへりくだることを知っていたなら大いにその名があらわれたであろうに富貴ふうきに育って生計の苦難を解せず気随気儘きずいきまま振舞ふるまったために世間から敬遠され
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
このことが未然にあらわれたので、政子の母性愛が実朝をかばった。政子は北条義時よしときと兄弟力をあわせて一網打尽に関係者を検挙し、父時政を幽閉し、京にいた朝政は敗死した。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
孔子いわく「人いずくんぞかくさんや、人いずくんぞかくさんや」と。たぶんわれわれは隠すべき偉大なものが非常に少ないからであろう、些事さじに自己をあらわすことが多すぎて困る。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
だが、これはあらわれたる事実でしかなかった。実際は、彼は、いとも奇怪なる方法によってではあったが、その五ヶ月の間も、五日に一度位の割合で、繁々と芙蓉に会っていた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)