“邑”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
むら52.0%
まち28.0%
ゆう12.0%
ムラ8.0%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
やゝしばし上りて山上のたいらなる道となり、西することしばらくにして、山上の凹みに巣くへる白き家と緑と錯綜せるナザレのむらあらはれ出づ。
そうして、女たちの刈りとった蓮積み車が、いおりに戻って来ると、何よりも先に、田居への降り道に見た、当麻のむらの騒ぎの噂である。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
暑中休暇に、ふるさとのむらへかえって、邑のはずれのお稲荷いなりの沼に、毎夜、毎夜、五つ六つの狐火が燃えるという噂を聞いた。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
禅師これに従ひ、蓄髪して、宅を蜂須賀むらに構へ、足利氏を改めて、浜といひ、小六正昭まさあきと称し、後蜂須賀氏に改む。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仏国ブリヴむらの若侍、その領主が自分の新婦に処女権を行うに乗じて、自らまた領主の艶妻を訪い、通夜してこれに領主の体格不似合の大男児を産ませた椿事ちんじあり。
かのたふとき魂は、たゞ己が生れしまちの麗しき名のよばるゝをきき、かく歡びてこの處に同郷人ふるさとびとを迎へしならずや 七九—八一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
こゝに谷は三叉みつまたをなし、街道はゲリジム山麓を西に折れてナブルスのまちに到る。
ジーキルはいまや私の逃遁のがれまちで*あった。
そのまちを固くもらむ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
立ちて彼のかたにむかひてそのゐし處をはなれつゝ、あゝマントヴァ人よ、我は汝のまちの者ソルデルロなりといひ、かくて二者ふたり相抱きぬ 七三—七五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
年は四十になったところで二人あるこどものうち、長男の吉というのは、十七歳でゆうの名士となり、次男もまたりこうであった。
劉海石 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
わがふるさとは熊野の首ゆう新宮(シングウと読んで下さい)古来の名邑である。シンミヤだのニイミヤなどといえば人に笑われるだろうし、わたくしにはふるさとの感じがない。
新宮 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
「十室のゆう、必ず忠信きゅうがごとき者あり。丘の学を好むにかざるなり。」という師の言葉を中心に、子貢は、この言葉にもかかわらず孔子の偉大いだいな完成はその先天的な素質の非凡ひぼんさにるものだといい、宰予は、いや、後天的な自己完成への努力の方があずかって大きいのだと言う。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
さうして、女たちの刈りとつた蓮積み車が、廬に戻つて来ると、何よりも先に、田居への降り道に見た、当麻のムラの騒ぎのウハサである。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
「否々。いつの時代でも、決して人物が皆無ではない、ただそれを真に用うる具眼者ぐがんしゃがいないのじゃ。孔子もいっているではないか。——十シツムラニハ必ズ忠信ノ人アリ——と。何でこの広い諸国に俊傑がいないといえよう」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その南北にワタつてゐる長い光りの筋が、北の端で急に広がつて見えるのは、凡河内オホシカフチムラのあたりであらう。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
当麻のムラまで、をとゝひの中に行つて居たこと、寺からは、昨日午後横佩墻内カキツへ知らせが届いたこと其外ソノホカには、何も聞きこむ間のなかつたことまで。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)