“ゆう”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:ユウ
語句割合
勇21.3%
夕15.8%
有12.6%
優7.9%
尤6.7%
幽6.3%
揖5.9%
雄4.0%
悠2.4%
湯2.4%
友2.0%
由1.6%
木綿1.6%
憂1.6%
裕1.2%
邑1.2%
右0.8%
熊0.8%
遊0.8%
又0.4%
夕飯0.4%
木棉0.4%
游0.4%
狖0.4%
猶0.4%
結0.4%
耰0.4%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
勇(ゆう)すなわち徳(とく)、徳(とく)すなわち勇(ゆう)と考えられていた。かかる時代にはよしや動物性が混じ、匹夫(ひっぷ)の勇(ゆう)以上に昇(のぼ)らずとも、それが尊(とうと)かった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
やがて夕方(ゆうがた)になりました。松蝉(まつぜみ)は鳴(な)きやみました。村(むら)からは白(しろ)い夕(ゆう)もやがひっそりと流(なが)れだして、野(の)の上(うえ)にひろがっていきました。
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
帰朝後の三年有(ゆう)半(はん)もまた不愉快の三年有半なり。去れども余は日本の臣民なり。不愉快なるが故に日本を去るの理由を認め得ず。
『文学論』序 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
と思うと——畳(たたみ)二枚(まい)ほどは優(ゆう)にある両(りょう)の翼(つばさ)が、ウワーッと上へひろがって、白い腋毛(わきげ)が見えたから、びっくりしたお小姓(こしょう)とんぼ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
九度山(くどやま)の真田幸村などは、その尤(ゆう)なるものであろう。幸村へは平時においても、大坂城の秀頼から、尠(すくな)からぬ金力が密かに送られていたという。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
転じて大阪(中の島)の監獄に幽(ゆう)せらるるや、国事犯者として、普通の罪人よりも優待せられ、未決中は、伝告者(でんこくしゃ)即ち女監の頭領となりて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ながく感慨に耽(ふけ)ったりすることは彼の性質ではないとみえ、すぐにその小さな立札を枯れ草の中に突き立てると、それに対してにやっと笑いながら一揖(ゆう)した。
花咲かぬリラ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
諸王の為に私(ひそか)に謀る者を誰となす。曰く、諸王の雄(ゆう)を燕王となす。燕王の傅(ふ)に、僧道衍(どうえん)あり。道衍は僧たりと雖(いえど)も、灰心滅智(かいしんめっち)の羅漢(らかん)にあらずして、却(かえ)って是(こ)れ好謀善算の人なり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
松が小島、離れ岩、山は浮世を隔てて水は長(とこしな)えに清く、漁唱菱歌(ぎょしょうりょうか)、煙波縹緲(えんぱひょうびょう)として空はさらに悠(ゆう)なり。倒れたる木に腰打ち掛けて光代はしばらく休らいぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
「つめたいのより熱いお湯(ゆう)で絞った方がええことおへんか」
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
慈といい、孝といい、悌(てい)といい、友(ゆう)というが如き、即ちこれにして、これを総称して人生居家(きょか)の徳義と名づくといえども、その根本は夫婦の徳に由(よ)らざるはなし。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「片言もって獄(ごく)を折(さだ)むべきものは、それ由(ゆう)か」などという孔子の推奨(すいしょう)の辞までが、大袈裟(おおげさ)な尾鰭(おひれ)をつけて普(あまね)く知れ渡(わた)っていたのである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
となれなれしく書いた浅緑色の手紙を、榊(さかき)に木綿(ゆう)をかけ神々(こうごう)しくした枝につけて送ったのである。中将の返事は
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
だから貧時(ひんじ)には貧(ひん)に縛(ばく)せられ、富時(ふじ)には富(ふ)に縛せられ、憂時(ゆうじ)には憂(ゆう)に縛せられ、喜時(きじ)には喜(き)に縛せられるのさ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その部屋というのは、穴倉へ降りる階段に通じていて、みなが穴倉の間(ま)と呼んでいるのである。夏は涼しくて気持のいい部屋だ。猟の獲物(えもの)は、そこへ置くと裕(ゆう)に一週間はもつのである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「十室の邑(ゆう)、必ず忠信丘(きゅう)がごとき者あり。丘の学を好むに如(し)かざるなり。」という師の言葉を中心に、子貢は
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
夜、燕王、張玉(ちょうぎょく)を中軍に、朱能(しゅのう)を左軍に、陳亨(ちんこう)を右(ゆう)軍に、丘福(きゅうふく)を騎兵に将とし、馬歩(ばほ)十余万、黎明(れいめい)に畢(ことごと)く河を渡る。南軍の瞿能父子、平安等、房寛(ぼうかん)の陣を擣(つ)いて之を破る。張玉等之(これ)を見て懼色(くしょく)あり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
竹田が倶(とも)に郊外に遊んだ秋琴とは誰か。恐くは熊(ゆう)秋琴であらう。名は勇(ゆう)、字(あざな)は半圭(はんけい)、諸熊(もろくま)氏、通称は作大夫である。長崎の波止場に近い処に支那風の家を構へて住んでゐた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「武男(たけお)君」は悲しんだ事、片岡(かたおか)中将が怒って女(むすめ)を引き取った事、病女のために静養室を建てた事、一生の名残(なごり)に「浪さん」を連れて京阪(けいはん)の遊(ゆう)をした事、川島家(かわしまけ)からよこした葬式の生花(しょうか)を突っ返した事
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
あるひは言ふ水中にあつて卒中症を発したるならんと。時に年四十又(ゆう)三なり。その配(はい)中村氏は南畆先生が外姑(がいこ)の後裔(こうえい)なり。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
おしゃるよ——ああそうで、へえ、明日(あす)はお帰り遊ばすンで。へえ、帰ると申しますと、ね、奥様、お夕飯(ゆう)のしたくもございますから、わたくしどもはお先に帰りますでございますよ
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
花や芒(すすき)の葉のような自然物を、しでで目じるしとする場合はそうであるまいが、木棉(ゆう)・麻・帛・白紙の類を用いるときには、シデとヌサとは混同し、また時としては兼用せられた。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そのうちわたくしは富士川游(ゆう)さんに種々の事を問いに遣(や)った。富士川さんがこれに答えた中に、京水の墓は常泉寺の傍(かたわら)にあるという事があった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
李時珍曰く〈その類数種あり、小にして尾短きは猴(こう)なり、猴に似て髯多きは豦(きょ)なり、猴に似て大なるは玃(かく)なり。大にして尾長く赤目なるは禺(ぐう)なり。小にして尾長く仰鼻なるは狖(ゆう)なり。
予(よ)として冬、川を渉(わた)るがごとく、猶(ゆう)として四隣をおそるるがごとく、儼(げん)としてそれ客のごとく、渙(かん)として冰(こおり)のまさに釈(と)けんとするがごとく、敦(とん)としてそれ樸(ぼく)のごとく、曠(こう)としてそれ谷のごとく
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心、岡倉覚三(著)
粽(ちまき)結(ゆう)片手にはさむ額髪(ひたいがみ)
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
而るを誰と以(とも)にか之を易(か)えん。且つ而(なんじ)その人を辟(さ)くるの士に従わんより、豈に世を辟(さ)くるの士に従うに若かんやと。耰(ゆう)して輟(や)まず。子路行きて以て告ぐ。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)