“釈”のいろいろな読み方と例文
旧字:
読み方(ふりがな)割合
61.8%
ゆる13.5%
5.6%
3.4%
2.2%
ほぐ2.2%
ほど2.2%
さと1.1%
しゃく1.1%
しやく1.1%
(他:5)5.8%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
“釈”を含む作品のジャンル比率
社会科学 > 風俗習慣・民俗学・民族学 > 伝説・民話[昔話]33.3%
社会科学 > 風俗習慣・民俗学・民族学 > 風俗習慣・民俗学・民族学13.0%
文学 > 中国文学 > 小説 物語6.6%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
その苦い面を見て、市五郎も話しにくいのをいて一通り話してしまうと、伊太夫の苦い面が少しくけかかってきました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
来ると早々窮屈な病室の寝台などにかされて、まだろくろく帯をいて汽車の疲労つかれを休めることすら出来なかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ボヘミヤの某所では、百姓が通常の鼠をゆるさず殺せど白鼠を見付くれば殺さず、窓に巣を作ってこれをう。
お浪は仔細ないと認められて一と先ずゆるされたが、お照は申し口に少し胡乱うろんかどがあるというので、これも番屋に止められた。
半七捕物帳:19 お照の父 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ノッケから読者を旋風に巻込むような奇想天来に有繋さすがの翁も磁石に吸寄せられる鉄のように喰入って巻をく事が出来ず
露伴の出世咄 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
家にあるに手杯てさかづきかず、客至れば直に前にならべた下物げぶつを撤せしめて、新に殽核かうかくを命じた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
これを助けてくと、自分は、雲の出て居る夕空に対ひながら、かうして待つて居れば、その中においで下さるであらうとながめて居る。
古歌新釈 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
其魂を体内にひ返して鎮めると、怒りはけるものと信じてゐた。
日本文学の発生 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
最も読書を好み手に巻をてず、その抄録しょうろくしたるもの四十余巻ありという。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
う。古の道をててゆうの意を行わん。可ならんか。」などと、叱られるに決っていることを聞いてみたり、孔子に面と向ってずけずけと「これあるかな。子のなるや!」などと言ってのける人間は他に誰もいない。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
飯をべながら、そんな話をしているうちに、銀子は気分がほぐれ、それほど悲観したことでもないと、希望を取り返すのだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そして葉子がビイルをいだりしているうちに、だんだん気分がほぐれて、社会面記者らしい気分のないこともうなずけて来た。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ようやく川を渉る、足袋底がこそばゆいから、草鞋をほどいて足袋を振うと、粗製のザラメ砂糖のような花崗の砂が、雫と共に堕ちる。
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
はっとしたが、彼はつかつかと寄って来て、いきなり腕のしびれるほどしっかりつかみ、物もいわずにぐいぐい引っ張って行くので、銀子も力一杯に振りほど
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
『だつて、君、左様さうさとるより外に考へ様は無いぢやないか——唯新平民が美しい思想を持つとは思はれないぢやないか——はゝゝゝゝ。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
このRのくわしいちゅうしゃくを聞いてから、舞台を見ると、そこにはまた一層の味わいがあった。
百面相役者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
何処どこやらしやくといひたげの素振そぶりなり。
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
不徹底な処に象徴的な効果があるのだが、とける部分の上の句は、人間妄執の長夜の眠りを言ふ様ではあるが、実は熟睡を戒しめた歌らしい。
古代生活の研究:常世の国 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
此常夜は、ある国土の名とは考へられて居なかつたやうに見えるが「とこよ」の第一義だけは、とける様である。
古代生活の研究:常世の国 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
お雪は襷をはずした。張物もそこそこにして、正太の細君を迎えた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
珏はうれしくてうれしくてたまらないので、そのままをつかまえてはなさなかった。
阿英 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
彼はゆるされざるとらはれにもおなじかる思を悩みて、元日のあくるよりいとど懊悩おうのうの遣る方無かりけるも、年の始といふにすべきやまひならねば
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
熊楠おもうに、ルーマニア人も支那人と同じく蜻蜓の形を竜に似た者と見しより右様のはなしも出来たので、林子平が日本橋下の水が英海峡の水と通うと言ったごとく、従来誰も解せなんだ蜻蜓の英国名の起原が東欧の俗譚を調べてはじめてわか