“貧”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
まず40.6%
ひん24.5%
まづ21.7%
まずし4.2%
まづし2.1%
むさぼ1.4%
ヒン1.4%
さび0.7%
とぼ0.7%
びん0.7%
ぴん0.7%
まずしき0.7%
まずしさ0.7%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
露子(つゆこ)の家(うち)は貧(まず)しかったものですから、いろいろ子細(しさい)あって、露子(つゆこ)が十一のとき、村(むら)を出(で)て、東京(とうきょう)のある家(うち)へまいることになりました。
赤い船 (新字新仮名) / 小川未明(著)
さうして愛情(あいじやう)の結果(けつくわ)が、貧(ひん)のために打(う)ち崩(くづ)されて、永(なが)く手(て)の裡(うち)に捕(とら)へる事(こと)の出來(でき)なくなつたのを殘念(ざんねん)がつた。御米(およね)はひたすら泣(な)いた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
見榮坊(みえばう)! 世(よ)には見榮(みえ)で女(をんな)に物(もの)を與(や)つたり、與(や)らなかつたりする者(もの)が澤山(たくさん)ある。僕(ぼく)は心(こゝろ)から此(この)貧(まづ)しい贈物(おくりもの)を我愛(わがあい)する田舍娘(ゐなかむすめ)に呈上(ていじやう)する!
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
家貧(まずし)うして良妻を懐(おも)い、時艱にして良相を懐(おも)う。徳川末世(まつせ)の晁錯(ちょうそ)たる水野越前守は、廃蟄(はいちつ)後、未(いま)だ十箇月ならざるに、再び起って加判列の上席に坐しぬ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
草(くさ)を刈(かる)鎌(かま)をさへ買求(かひもとむ)るほどなりければ、火の為(ため)に貧(まづし)くなりしに家を焼(やき)たる隣家(りんか)へ対(むか)ひて一言(いちごん)の恨(うらみ)をいはず、交(まじは)り親(したし)むこと常にかはらざりけり。
母親は額に汗をにじませながら、荒い鼻息の音をさせて、すかすかと乳を貧(むさぼ)っている碧児(みずご)の顔を見入っていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ジリ貧(ヒン)という言葉を、大本営の将軍たちは、大まじめで教えていた。ユウモアのつもりでもないらしい。しかし私はその言葉を、笑いを伴わずに言う事が出来なかった。
苦悩の年鑑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いくら惡人(あくにん)でも、親子(おやこ)の情(じやう)はまた格別(かくべつ)と見(み)へ、正直(しやうじき)なる亞尼(アンニー)は「一寸(ちよつと)お出(い)で。」と其(その)子(こ)をば、其邊(そのへん)の小(ちい)さい料理屋(れうりや)へ連(つ)れて行(い)つて、自分(じぶん)の貧(さび)しい財嚢(さいふ)を傾(かたむ)けて
此時は里人(さとひと)幾十人を傭(やと)ひ、橇(かんじき)縋(すかり)にて道(みち)を蹈開(ふみひらか)せ跡(あと)に随(したがつ)て行(ゆく)也。此費(ものいり)幾緡(いくさし)の銭を費(つひや)すゆゑ貧(とぼ)しき旅(たび)人は人の道(みち)をひらかすを待(まち)て空(むなし)く時を移(うつす)もあり。健足(けんそく)の飛脚(ひきやく)といへども雪途(みち)を行(ゆく)は一日二三里に過(すぎ)ず。
八「風吹(かざふ)き烏(がらす)の貧(びん)つくで女の子に可愛がらりょうとア押(おし)が強(つえ)えや、この沢庵(たくあん)野郎」
一文なしのすかン貧(ぴん)の男みたいなんにやる訳に行かん、子供生れたら何処いなとやってしまうというて、お父さんかんかんになって怒ってるいうのんですが、そんな無茶な話ありますやろか。
卍 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
天より我に与へ給へる家の貧(まずしき)は我仕合(しあわせ)のあしき故なりと思ひ、一度(ひとたび)嫁しては其家を出(いで)ざるを女の道とする事、古(いにしえ)聖人の訓(おしえ)也。若し女の道に背き、去らるゝ時は一生の恥也。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
淋しき花は寒い夜を抜け出でて、紅緑に貧(まずしさ)を知らぬ春の天下に紛(まぎ)れ込んだ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)