“道”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
みち85.4%
どう3.8%
い3.6%
だう2.0%
ことば1.8%
みつ0.4%
ぢ0.4%
みっ0.4%
よ0.4%
みい0.2%
おも0.2%
ち0.2%
どおり0.2%
みちび0.2%
ヂ0.2%
ドー0.2%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
四国(しこく)の島(しま)へ渡(わた)って、海(うみ)ばたの村(むら)を托鉢(たくはつ)して歩(ある)いているうちに、ある日いつどこで道(みち)を間違(まちが)えたか、山の中へ迷(まよ)い込(こ)んでしまいました。
人馬 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「思ふまゝの理を顆々(つぶつぶ)と書きたらんは、後来も文はわろしと思ふとも、理だにも聞えたらば、道(どう)のためには大切なり」(同上第二)。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
胃について道(い)い得べき事は、惣身(そうしん)についても道い得べき事である。惣身について道い得べき事は、精神についても道(い)い得べき事である。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
支那(しな)全國(ぜんこく)が道(だう)に分(わか)れ、道(だう)が州(しう)又(また)は郡(ぐん)に分(わか)れ、それが縣(けん)に分(わか)れ、縣(けん)の下(した)に郷(がう)があり郷(がう)の下(した)に里(り)がある。州(しう)には刺史(しし)と云(い)ひ、郡(ぐん)には太守(たいしゆ)と云(い)ふ。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかしもし道得がかく多様な形に現われるとすれば、矛盾し撞着する道(ことば)に出逢った場合我々はどこに究極の仏法を認むべきであるか。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
一同(みんな)から道(みつ)ちやんとか道子(みちこ)さんとか呼(よ)ばれてゐる円顔(まるがほ)の目(め)のぱつちりした中肉中丈(ちゆうにくちゆうぜい)の女(をんな)がある。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
また問ひたまはく「汝は海(うみ)つ道(ぢ)を知れりや」と問はしければ、答へて曰はく、「能く知れり」とまをしき。
一同(みんな)から道(みっ)ちゃんとか道子さんとか呼ばれている円顔の目のぱっちりした中肉中丈の女がある。
吾妻橋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
〔譯〕徳性を尊ぶ、是を以て問學(ぶんがく)に道(よ)る、即ち是れ徳性を尊ぶなり。先づ其の大なる者を立つれば、則ち其知や眞(しん)なり。能く其の知を迪(ふ)めば、則ち其功や實(じつ)なり。畢竟(ひつきやう)一條(いちでう)路(ろ)の往來のみ。
「もらい物ですが、毅一(きい)さんと道(みい)ちゃんに。まだ学校ですか、見えませんねエ。ああ、そうですか。——それからこれは駒(こま)さんに」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
東金の寓舎にあっては「只道悪帰勝美遊」〔只(ただ)道(おも)フ悪帰ハ美遊ニ勝(まさ)ルト〕といい泉村を過ぎては「山風不管帰愁切。」〔山風管セズ帰愁切ナリ〕の語を洩した。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
天の石位(いはくら)を離れ、天の八重多那雲(やへたなぐも)を押し分けて、稜威(いつ)の道(ち)別き道別きて一〇、天の浮橋に、浮きじまり、そりたたして一一、竺紫(つくし)の日向(ひむか)の高千穗の靈(く)じふる峰(たけ)一二に天降(あも)りましき。
この時焦心(じれ)きって居りましたし、兄が昨晩(ゆうべ)並木道(どおり)で乞食から貰った銀笛だなどと、よしや私が云った所で迂散に思われるに違いない! 第一、私達の家柄として、乞食から物を貰ったなどと
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それこそ古語に謂ゆる『之を立つれば斯(ここ)に立ち、之を道(みちび)けば斯に行(したが)い、之を綏(やす)んずれば斯に来り、之を動かせば斯に和らぐ。其の生や栄え、その死や哀む』
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
山からこゝまで、常ならば、二日道(ヂ)だらうに。
死者の書 続編(草稿) (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
道(ドー)がすき。そして形式化し、例えば茶道で茶わんを評価するのに五つの要点があってどうでもそれにかなわなければならない。本家の支那にそれがない。こまかい、いろいろのこと、面白かった。