“ことば”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:コトバ
語句割合
詞32.4%
語19.9%
言葉19.1%
言15.2%
辞6.1%
言語3.3%
道0.7%
言辞0.6%
辭0.4%
言詞0.2%
語調0.2%
言辭0.1%
文句0.1%
一語0.1%
会話0.1%
偈文0.1%
句0.1%
宣言0.1%
形容0.1%
新熟語0.1%
方言0.1%
歌詞0.1%
漢語0.1%
真言0.1%
言句0.1%
言調0.1%
評言0.1%
語句0.1%
語気0.1%
讃辞0.1%
讃辭0.1%
返答0.1%
音0.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
一體假名遣と云ふ詞(ことば)は定家(ていか)假名遣などと云ふときから始まつたのでありませうか。そこで此物を指して自分は單に假名遣と云ひたい。
仮名遣意見 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
車夫のかく答へし後は語(ことば)絶えて、車は驀直(ましぐら)に走れり、紳士は二重外套(にじゆうがいとう)の袖(そで)を犇(ひし)と掻合(かきあは)せて、獺(かはうそ)の衿皮(えりかは)の内に耳より深く面(おもて)を埋(うづ)めたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
進撃的(アグレシイヴ)で、意志(いし)の強(つよ)さうなところがあり乍ら、どつか臆病(おくびやう)なところがあるではないかといつたやうな言葉(ことば)を聞かされた事があります。
三作家に就ての感想 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
されどわが物語あまりに朧(おぼろ)に進まざるため、汝は今、わがこの長き言(ことば)の中なる戀人等の、フランチェスコと貧なるを知れ 七三—七五
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
理は道理の理——これを言明するの辞(ことば)の意味を理解する能力のある者は、この言明に同意せざるを得ないものを公理というのであるが
愛語とは、慈愛のこもった言語(ことば)をもって、他人によびかけることです。利行とは、善巧な方便(てだて)をめぐらして、他人の生命を培(つちか)う行為(おこない)です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
太初が道(ことば)であるか行(おこない)であるかを(考えるのではなく)知り切っている人に取っては、この感想は無視さるべき無益なものであろう。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そして九節—十六節においては美しき言辞(ことば)を以て神の異能を描いている。天然と人事に対する神の支配は実に鮮(あざや)かに書き記されている。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
不孝の悲しみは胸一つには堪へざれども、御詫(おんわび)申さんに辭(ことば)もなし、只〻御赦(おんゆる)しを乞ふ計りに候
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
◯その声にいう「無知の言詞(ことば)をもて道を暗からしむるこの者は誰ぞや」と。「道」とは神の御計画、世界を造り給いし時の御精神という意である。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
女は投げつけるような語調(ことば)で、誰も住んでいない由(よし)を答えた。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
「俺(お)れがよ心(こゝろ)はこうなれど、怒(おこ)るまえぞえ見棄(みす)てまえ、互(たがひ)に顏(かほ)も合(あは)せたら、言辭(ことば)も掛(か)けてくだされよう……」巫女(くちよせ)は時々(とき/″\)調子(てうし)を張(は)り上(あ)げていつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「さうでござんすね」勘次(かんじ)はぐつたりと俛首(うなだ)れて言辭(ことば)の尻(しり)が聞(き)きとれぬ程(ほど)であつた。深(ふか)い憂(うれひ)が顏面(かほ)の皺(しわ)に強(つよ)く刻(きざ)んだ。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
聖書(バイブル)にこういう文句(ことば)があります。「一粒の麦、地におちて死なずば、ただ一つにて終わらん。死なば多くの実を生ずべし」
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
有名な『中庸』という本に「博(ひろ)く之を学び、審(つまびら)かに之を問い、慎んで之を思い、明らかに之を辨じ、篤(あつ)く之を行う」という文句(ことば)がありますが、けだしこれはよく学問そのものの目的
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
今日の私どもには、なんでもない平凡な言葉としか聞こえませんが、さすがに舎利弗には、この「因縁」という一語(ことば)が、さながら空谷(くうこく)の跫音(あしおと)のごとくに、心の耳に響いたのでした。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
会話(ことば)がとぎれると、人家のないこの青山長者ヶ丸のあたりは、離れ小島のようなさびしさにとざされて、あぶらげ寺の悪僧たちであろう、子恋の森をへだてた田の畔(くろ)を
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼は三論宗(りんしゅう)という宗旨を開いた高僧でありますが、その臨終の偈(げ)に、こんな味わうべき偈文(ことば)がのこされているのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
祠(ほこら)に近(ちか)き處(ところ)少年(せうねん)の僧(そう)あり。豫(かね)て聰明(そうめい)をもつて聞(きこ)ゆ。含春(がんしゆん)が姿(すがた)を見(み)て、愛戀(あいれん)の情(じやう)に堪(た)へず、柳氏(りうし)の姓(せい)を呪願(じゆぐわん)して、密(ひそか)に帝祠(ていし)に奉(たてまつ)る。其(そ)の句(ことば)に曰(いは)く
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
嚴罰(げんばつ)を怖(おそ)るゝならば、其(その)血腥(ちなまぐさ)い手(て)から兇暴(きょうばう)の劍(けん)を抛(なげう)ち、怒(いか)れる領主(りゃうしゅ)が宣言(ことば)を聽(き)け。
発矢(はっし)と、撥(ばち)の音、聞くものの魂をさながらに身ぶるいさせた。大絃(たいげん)は嘈々(そうそう)として急雨のように、小絃は切々として私語(しご)のごとしという形容(ことば)のままだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時分ハイカラという新熟語(ことば)はなかったが、それに当てはめられる、生粋(きっすい)なハイカラであった。廿二、三年ごろには馬に乗り、玉突きをしたりしていた。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
次第(しだい)に重(かさなり)て両側(りやうかは)の家の間(あひだ)に雪の堤(つゝみ)を築(きづき)たるが如(ごと)し。こゝに於て所々(ところ/\)に雪の洞(ほら)をひらき、庇(ひさし)より庇に通(かよ)ふ、これを里言(さとことば)に胎内潜(たいないくゞり)といふ、又間夫(まぶ)ともいふ。間夫(まぶ)とは金掘(かねほり)の方言(ことば)なるを借(かり)て用(もち)ふる也。
歌詞(ことば)に棘(とげ)があるといえばあるものの、根が狂気女(きちがいおんな)の口ずさむ俗曲、聞く人びとも笑いこそすれ、別に気に留める者とてはなかった。
居合はす実業家達は、この難(むつ)かしい漢語(ことば)を聞くと、また感心したやうに一斉に首を掉(ふ)つた。勝田蔵相は苦し紛れに「犬馬」のやうにあんぐり口を開(あ)けて笑つた。
仏教特に真言密教では、非常にこの呪を尊重していますが、いったい真言宗という宗旨は、法身(ほとけ)の真言(ことば)に基礎をおいているので、日本の密教のことを、真言宗というのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
燈台下(もと)暗しにも何にも、吾輩はその親友と前の晩に千芳閣で痛飲したばかりのところだったから、言句(ことば)も出ずに赤面させられてしまった。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と大変真面目な言調(ことば)で言いました。
三人の百姓 (新字新仮名) / 秋田雨雀(著)
と、いふ評言(ことば)は其處此處から出るに相違無い。如何にも自他共に實際は然樣(さう)で有らう。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
幼いアデェルに對して懷(いだ)いてゐる底意地(そこいぢ)の惡い嫌惡(けんを)の情を不當に洩らしたことは數へ切れない程であつた——彼女が近よりでもすれば、傲慢な、無禮な語句(ことば)と共に押しのけ
『実は今夜少しばかり話がありますから、それでお泊りなされというのだから、お泊りなされというたらお泊りなされ』と語気(ことば)がやや暴(あ)ろうなって参りました。舌も少し廻りかねる体(てい)でございました。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
『汝(うな)ア頬片(ほつぺた)、何時来ても天鵞絨(ビロウド)みてえだな。十四五の娘子(めらしご)と寝る様だ。』と言つた。これは此若者が、殆んど来る毎にお定に言つてゆく讃辞(ことば)なので。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
『汝(うな)ア頬片(ほつぺた)、何時來ても天鵞絨(びろうど)みてえだな。十四五の娘子(めらしこ)と寢る樣だ。』と言つた。これは此若者が、殆んど來る毎にお定に言つてゆく讃辭(ことば)なので。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
吉井の返答(ことば)もてきぱきしていた。
影 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かくてかの靈、聲姿ともにゆかしく、その初の音(ことば)に添へて物言へり、されど奧深くしてさとるをえざりき 三七—三九
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)