ことば)” の例文
一体、帝紀なることばは、正史の本紀と一つ意味のものではあるが、我が国では尠くとも、帝紀と本紀とに区別を立てゝ居た様に見える。
日本書と日本紀と (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
車夫のかく答へし後はことば絶えて、車は驀直ましぐらに走れり、紳士は二重外套にじゆうがいとうそでひし掻合かきあはせて、かはうそ衿皮えりかはの内に耳より深くおもてうづめたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それを感じた時のむづがゆいやうな一種の戦慄せんりつは、到底形容することばがない。私は唯、それを私自身の動作に飜訳する事が出来るだけだ。
世之助の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
かくて第五のことばの中のエムメにいたり、彼等かく並べるまゝ止まりたれば、かしこにては木星宛然さながら金にて飾れる銀と見えたり 九四—九六
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ロレ いや、そのことば鋭鋒きっさきふせ甲胄よろひおまさう。逆境ぎゃくきゃうあまちゝぢゃと哲學てつがくこそはひとこゝろなぐさぐさぢゃ、よしや追放つゐはうとならうと。
しかしてこの人なることばはあるいは高尚こうしょうな意味に用いることもあれば、またすこぶる野卑やひなる意味をふくませることもある。たとえば
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
『聞いたす。』と穏かに言つて、お八重の顔を打瞶うちまもつたが、何故か「東京」のことば一つだけで、胸がにはかに動悸がして来る様な気がした。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
平次のことばに應じて、打越金彌は二階の凉庵の部屋から、ギヤーマンの小さい瓶に入つた、油のやうな水藥を持つて來て見せました。
…………晃兄さんも習字があの様に善く出来て、漠文の御本も善く読める癖に、何故なぜ真面目まじめに成つて夷人ゐじんさんのことばが習へないのかなあ。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
旅人たびびとたちはしずかにせきもどり、二人ふたりむねいっぱいのかなしみにた新しい気持きもちを、何気なくちがったことばで、そっとはなし合ったのです。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
蝸廬くわろといふ語があるね、僕も書物のなかではよくこのことばに接してはゐるが、今日は眼の前にその蝸廬といふものを見て来たよ。」
次に陀羅尼だらにということばですが、これもまた梵語で、翻訳すれば「惣持そうじ」、べてを持つということで、あの鶴見つるみ惣持寺そうじじの惣持です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
それが分かっているとすれば、このことばの説明に必然伴って来る具体的の例が、どんなものだということも分かっていなくてはならない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ことばはしばし絶えぬ。両人ふたりはうっとりとしてただ相笑あいえめるのみ。梅の細々さいさいとして両人ふたり火桶ひおけを擁して相対あいむかえるあたりをめぐる。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
梓は歯切はがみをして、と寄って、その行為おこないなじったが、これに答えた警官のことばは、極めて明瞭に、且つ極めて正当なものであった。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「御苦労様」と主人は冷淡に答えたが、腹の内では当人同士と云うことばを聞いて、どう云う訳か分らんが、ちょっと心を動かしたのである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
われは血の胸に迫るを覺えて、兩手もろては力なく膝の上に垂れたり。泣かば心鎭まるべけれども涙出でず、祈らば力着くべけれどもことば出でず。
乃至ないし神様のことばなどを十分知り抜いてしかもそれを超越した処に、どうしても双方の気分が喰違くいちがって面白くないという場合もあるのですから
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
いや、とても、ムッシュウ。仮りに私が大学者であって、どんなことばを列ねたからって、あのときの恐怖を適切に云い現わすことは出来ません。
その「エトリ」のことばが、訛って「エト」となり、さらに「エタ」ともなる。讃岐の鵜足うたり郡の名が訛って、ウタ郡となったと同じ訛り方です。
一寸ことばを切って、顔を前へ突き出した。耳を立てる。二階下の正門前の犇めいている物凄い群集の喚声に聴き入っているのだ。
双面獣 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
胸一杯の悲しみにことばさへ震へ、語り了ると其儘、齒根はぐき喰ひしばりて、と耐ゆる斷腸の思ひ、勇士の愁歎、流石さすがにめゝしからず。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
小児こども病気は日にまし快方。小生見舞に参り候えどもまだ一度もことばを交せたる事なし。「草枕」の作者の児だけありて非人情極まったもの也。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
法水は、神学セオロジイとの観念上の対立以外に、嘲笑を浴びたような気がしたが、ジナイーダは相手の沈黙を流眄ながしめに見て、いよいよ冷静にことばを続ける。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「そうなんだが、あんなにうまくゆくとは思っていなかった。ここで一つ君に頭を下げて置かねばならぬことがあるが……」と彼はちょっとことば
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
アルカージナ (『ハムレット』のセリフで)おお、ハムレット、もう何も言うてたもるな! そなたのことばで初めて見たこの魂のむさくろしさ。
パンと葡萄酒をばキリストの肉キリストの血と云ふことばを思出せば其れ程深い信仰がなくても其處に云ひ難い神祕が生ずる。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
喬介はここことばを切ると、腰を屈めて何か鉄屑の間から拾いあげた。よく見ると鉄屑の油で穢れてはいるが、まだ新しい中味の豊富な広告マッチだ。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
彼は定期乗車券のことで毎月彼女と親しくことばを交すので、長い間には自然いろいろなことを聞き込んでいるのであった。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
書を能くするものは筆を撰まずとはやゝもすれば人の言ふところにして、下手の道具詮議とは、まことによく拙きありさまを罵り尽したることばにはあれど
鼠頭魚釣り (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
さうしてまた隊のなかの獨逸話の分からない人びとも、突然、それが分かるやうになり、一つびとつのことばを感じた。「アーベント」……「小さかつたときクライン・ヴアル……」
一時劇しい興奮の状態にあった頭が、少しずつしずまって来ると、先生は時々近親の人たちとことばを交しなどした。その調子は常時いつもと大した変りはなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
◯論理整然たるビルダデの攻撃に会してヨブ答うるにことばなく、その悲寥ひりょうは絶頂に達して、ついに友のあわれみを乞うに至る。これ十九章一節—二十二節である。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
アンガスと呼ばれるその青年は珈琲コーヒーを飲みほして、やさしげな眼光まなざしをしながら根気よく女の顔を見据えていた。女は口元でちょっと笑ってまたことばをついだ。
このことばは色々な意味で富之助にはなはだしい恐怖を與へた。どぎまぎしながら、善くも考へないで富之助が答へた。
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
トラピスト(“Trappists”)といふことばは一つの修道会の名になつてゐる。元は仏蘭西のトラツプといふ地名から来た名だ。本修道院は仏蘭西にある。
トラピスト天使園の童貞 (新字旧仮名) / 三木露風(著)
わしは夜よりも暗く、夜よりも更にことばなく、傍に立つて、ぢつと彼のする事を見戍つた。其間に彼は其凄惨な労働に腰をかゞめて、汗にぬれながら喘いでゐる。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
善吉は吉里からこのことばを聞こうとは思いがけぬので、返辞もし得ないで、ただ見つめているのみである。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
これらの人をつらねて、五〇貨殖伝くわしよくでんしるし侍るを、其のいふ所いやしとて、のちの博士はかせ筆を競うてそしるは、ふかくさとらざる人のことばなり。五一つねなりはひなきは恒の心なし。
英語で人を招く意味にカムという一語を覚えれば文章に書く時でも手紙を書く時でもやはりそのことばを使えるけれども我邦では手紙にコイコイともおいでとも書けない。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
せめて石さえ存在すれば「誰か」の「何か」であるぐらいな手繰りにはなる、人の唇よりむくわれたことばに曰く、「こんな邪魔なものほうり出せ」これで一切の結末がついた
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
『そうです』クリラス・メルジイはしばしおもてを両手に伏せて暗然としていたが、またことばを続けて
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
元々、東洋の法は、じんを本とし、苛烈な罰が目あてではござらぬ。なお、朱子しゅしことばにもある。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「良心を!」と、荘田は直ぐ受けたが、問が余りに唐突であつたため暫らくはことばに窮した。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
これはことばの上にもあることで、日本語の「やたらむしょう」などはその一例である、或は「強く厳しく彼を責めた」とか、或は、「優しく角立たぬように説得した」とか云う類は
余が翻訳の標準 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
生児のなお嬰孩えいがいにして口も利けぬ時にもく眼に察し、意に迎えて、その欲するところを知り世話を焼く。少しくことばを解し自らも口が利けるようになれば、御伽話おとぎばなしでもして聴かせる。
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
何卒どうか此の名人を殺したく無いとの考えで取調べると、仔細を白状しませんから、これを幸いに狂人にして命を助けたいと、ことばを其の方へ向けて調べるのを、怜悧りこうな恒太郎が呑込んで
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
用いてそのまゝに謄写うつしとりて草紙そうしとなしたるを見侍みはべるに通篇つうへん俚言りげん俗語ぞくごことばのみを
怪談牡丹灯籠:01 序 (新字新仮名) / 坪内逍遥(著)
と漁夫はそのことばを聴くやすでに魂魄こんぱくのあるところをおぼえず、夢のごときものわづかに醒むれば、この時彼が身はもとの浜べに、しかもつつがなく、しかも乗れる舟は朽ちて、——朽ちて
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
我国で古く屍体を始末することはハフル(葬)と云うていたが、このことばには、二つの意味が含まれていた。即ち第一ははふるの意(投げ棄てる事)で第二はほふるの意(截り断つ事)である。
本朝変態葬礼史 (新字新仮名) / 中山太郎(著)