“畔”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
ほとり43.5%
くろ21.7%
あぜ18.5%
ほと5.1%
たもと4.7%
はた2.9%
0.7%
はん0.7%
みぎわ0.7%
そば0.4%
ばた0.4%
へり0.4%
べり0.4%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
その沼のほとりから小半町こはんちょうほど離れた原の真中に、十七八の美しい娘が頭の天辺から割りつけられ、血に染まって俯伏せに倒れていた。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
これは泡ではなく池のほとりに立って念仏を唱えて見ていると、水の底から忽ち清い砂を吹き出すというのは、やはり清水がわいているのであります。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
曼珠沙華まんじゆしやげは田のくろの石地蔵が好きだ。むらがり寄つてお祭りする。この花は又墓場も好きだ。淋しさに燃えていられる処だからだ。
雑草雑語 (新字旧仮名) / 河井寛次郎(著)
然しお定も、二三年前から田のくろに植ゑる豆を自分の私得ほまちに貰つてるので、それを賣つたのやら何やらで、矢張九圓近くも貯めてゐた。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
最もよき場所はあぜを越えたるところに在り、とモルガンは指さして教えたれば、われらは低きかしわの林をゆき過ぎて、草むらに沿うて行きぬ。
天照らす大神が田を作つておられたその田のあぜこわしたりみぞめたりし、また食事をなさる御殿にくそをし散らしました。
石水と云えば、彼には、茫洋ぼうようとした石狩川の流れが見えて来る。そのほとりにあるあぶらぎった処女地も浮んで来る。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
あとを任せて、玄徳は逃げのびたが、やがて南のほう——長坂坡ちょうはんはほとりにいたると、ここに一陣の伏兵あって、
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
橋のたもと佇立たたずんで往来を眺めると、雪に濡れた名物生蕎麦きそばうんどんの旗の下には、人が黒山のようにたかっておりました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
伊作はある年の夏、橋のたもとに小さな居酒屋をこしらえましたが、村には一軒も酒屋がなかったので、この居酒屋が大層繁昌はんじょうしてだんだんもうかって行きました。
三人の百姓 (新字新仮名) / 秋田雨雀(著)
東岸一帶は小高い丘をなしておのづから海風をよけ、幾多の人家は水のはたから上段かけて其蔭に群がり、幾多の舟船は其蔭にいこうて居る。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
そのころ日比谷や池ノはた隅田川すみだがわにも納涼大会があり、映画や演芸の屋台などで人を集め、大川の舟遊びも盛っていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「勝ちさびに天照大御神あまてらすおおみかみ営田みつくだはなみぞめ、また大嘗おおにえきこしめす殿にくそまり散らしき」というのも噴火による降砂降灰の災害を暗示するようにも見られる。
神話と地球物理学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かれ然すれども、天照らす大御神は咎めずて告りたまはく、「くそなすはひて吐き散らすとこそ我が汝兄なせの命かくしつれ。また田の離ち溝むは、ところあたらしとこそ我が汝兄なせの命かくしつれ」と詔り直したまへども、なほそのあらぶるわざ止まずてうたてあり。
これは不来方城はんの鐘楼から、幾百年来同じ鯨音おと陸奥みちのくそらに響かせて居る巨鐘の声である。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
わが心はこれらの圧力を加えらるるごとにしばしば藩匠川はんの風光をおもった。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それは夕立の晴れた後の、すがすがしい午後のことであったが、三歳になった吉丸は母の笹千代に連れられて、池のみぎわを歩いていた。
高島異誌 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
後庭こうていには藤が咲きかけてい、池のみぎわ燕子花えんしかも、紫の蕾を破ろうとしていた。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
娘が現われるのを待っていたことでしょう。ところへ、お前がそのそばで、荒い息遣いをしたり、飛び込んだりなどするものだから、いつも泉の面が波紋で乱れていて、きまって抱き寄せようとすると、あの娘の姿は消え失せてしまうのでした。だけど、とうとうこれで、夢から愕然と醒めるようなことはなくなってしまうだろう。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ある夜も葉子は、山路と一緒に大川ばたのある意気造りの家の二階の静かな小間で、夜更よふけのの音をきながら、芸術や恋愛の話にふけっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しばらく湖水こすいへりつたってるいてうちに、やまがだんだんひくくなり、やがて湖水こすいきるとともやまきて、広々ひろびろとした、すこしうねりのある、あかるい野原のはらにさしかかりました。
その頃江戸川べりに住んでいた私は偶然川畔かわべり散策ぶらついていると、流れをりて来る川舟に犢鼻褌ふんどし一つで元気にさおをさしてるのが眉山で、吉原よしわら通いの山谷堀さんやぼりでもくだ了簡りょうけんで、胡座あぐらをかきつつい気持になってるのが中村花痩なかむらかそうであった。