“畔”のいろいろな読み方と例文
読み方(ふりがな)割合
ほとり43.6%
くろ21.0%
あぜ19.1%
たもと5.1%
ほと4.3%
はた3.1%
0.8%
はん0.8%
みぎわ0.8%
そば0.4%
(他:3)1.0%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
“畔”を含む作品のジャンル比率
文学 > 日本文学 > 小説 物語4.6%
文学 > 日本文学 > 日記 書簡 紀行3.1%
文学 > 日本文学 > 詩歌1.4%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
暫しありて我にかへりしときは、湖水のほとりなる漁師りょうしの家にて、貧しげなる夫婦のものに、介抱せられてゐたりき。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「一軍は、野尻を越えて、善光寺へ出でよ。一軍は謙信みずから率いて、富倉峠をこえ、千曲ちくまほとりへ出るであろう」
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僕も歯のゆがんだ下駄を引きりながら、田のくろ生垣いけがきの間の道を歩いて、とうとう目的地に到着した。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
暮れがたになってはさしもに大きな一まちの田も、きれいに刈り上げられて、稲はくろの限りに長く長城のごとくに組み立てられた。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
敵の兵は、未だ一町余の下にいた。そして、立木の蔭、田のあぜ、百姓家の壁に隠れて、白い煙を、上げているだけであった。
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
九月二日——ゆうべ星を見ていると、その星がおれの家の東にあたるあぜの境の上に出ている時、左から右へとつづいて消えていった。
岸本は独りで旅館を出て、大学の建築物たてものわきをある並木街へと取り、オステルリッツの橋のたもとまで歩いて行った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と別れを告げて行くお三輪の後を追って、お力は一緒に歩いて来た。芝公園の中を抜けて電車の乗場のある赤羽橋のたもとまでもいて来た。
食堂 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あとを任せて、玄徳は逃げのびたが、やがて南のほう——長坂坡ちょうはんはほとりにいたると、ここに一陣の伏兵あって、
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
石水と云えば、彼には、茫洋ぼうようとした石狩川の流れが見えて来る。そのほとりにあるあぶらぎった処女地も浮んで来る。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そのころ日比谷や池ノはた隅田川すみだがわにも納涼大会があり、映画や演芸の屋台などで人を集め、大川の舟遊びも盛っていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お庄は賑やかないけはたから公園のすその方へ出ると、やがて家並みのごちゃごちゃした狭い通りへ入った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「勝ちさびに天照大御神あまてらすおおみかみ営田みつくだはなみぞめ、また大嘗おおにえきこしめす殿にくそまり散らしき」というのも噴火による降砂降灰の災害を暗示するようにも見られる。
神話と地球物理学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かれ然すれども、天照らす大御神は咎めずて告りたまはく、「くそなすはひて吐き散らすとこそ我が汝兄なせの命かくしつれ。また田の離ち溝むは、ところあたらしとこそ我が汝兄なせの命かくしつれ」と詔り直したまへども、なほそのあらぶるわざ止まずてうたてあり。
これは不来方城はんの鐘楼から、幾百年来同じ鯨音おと陸奥みちのくそらに響かせて居る巨鐘の声である。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
わが心はこれらの圧力を加えらるるごとにしばしば藩匠川はんの風光をおもった。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それは夕立の晴れた後の、すがすがしい午後のことであったが、三歳になった吉丸は母の笹千代に連れられて、池のみぎわを歩いていた。
高島異誌 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
後庭こうていには藤が咲きかけてい、池のみぎわ燕子花えんしかも、紫の蕾を破ろうとしていた。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
娘が現われるのを待っていたことでしょう。ところへ、お前がそのそばで、荒い息遣いをしたり、飛び込んだりなどするものだから、いつも泉の面が波紋で乱れていて、きまって抱き寄せようとすると、あの娘の姿は消え失せてしまうのでした。だけど、とうとうこれで、夢から愕然と醒めるようなことはなくなってしまうだろう。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ある夜も葉子は、山路と一緒に大川ばたのある意気造りの家の二階の静かな小間で、夜更よふけのの音をきながら、芸術や恋愛の話にふけっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しばらく湖水こすいへりつたってるいてうちに、やまがだんだんひくくなり、やがて湖水こすいきるとともやまきて、広々ひろびろとした、すこしうねりのある、あかるい野原のはらにさしかかりました。
その頃江戸川べりに住んでいた私は偶然川畔かわべり散策ぶらついていると、流れをりて来る川舟に犢鼻褌ふんどし一つで元気にさおをさしてるのが眉山で、吉原よしわら通いの山谷堀さんやぼりでもくだ了簡りょうけんで、胡座あぐらをかきつつい気持になってるのが中村花痩なかむらかそうであった。