あぜ)” の例文
九月二日——ゆうべ星を見ていると、その星がおれの家の東にあたるあぜの境の上に出ている時、左から右へとつづいて消えていった。
背後で、子供に乳を含ましている女房に注意されて、そッちの窓外をみると、田圃たんぼあぜに青くせこけた若者がウロウロしていた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
すみれ、たんぽぽ、げんげ、桜草、———そんな物でも畑のあぜや田舎道などに生えていると、たちまちチョコチョコと駆けて行って摘もうとする。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
二人が蜜柑畑の中のあぜに腰を下ろして、割籠わりごを開こうとしたときだった。蜜柑の畑の中に遊んでいたらしい子供が声を上げた。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
山田のあぜにしれいのごとき草花面白きは何と云うものにや。この辺りまで畑打つ男女何処どことなく悠長に京びたるなどもうれし。茶畑多くあり。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
と、誰か向ふのあぜを走りながら、叫ぶ者がある。山県はちらと見たが、「あ、僕の家らしい!」と叫んで、そして跣足はだしまゝあわてて飛出した。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
天照らす大神が田を作つておられたその田のあぜこわしたりみぞめたりし、また食事をなさる御殿にくそをし散らしました。
大ていあぜにそって雪は解ける。雪の断層ができて、山岳でいう雪の廊下のようになる。それがくずれて、南側の日あたりに枯草の地面が顔を出す。
山の春 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
伝二郎は跣足はだしのまま半こわれの寮を飛び出して、田圃のあぜけつまろびつ河内屋の隠居の家まで走り続けて、さてそこで彼は気を失ったのである。
何、ほっておけ。けっして悪い気でするのではない。きたないものは、ったまぎれにいたのであろう。あぜやみぞをこわしたのは、せっかくの地面を
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
すなわちウブメ鳥と名づくる一種の怪禽かいきんの話を別にして考えると、ウブメは必ず深夜に道のあぜに出現し赤子あかごを抱いてくれといって通行人を呼び留める。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
雨上りの田のあぜをいい気持になって散歩をして帰って来たら、「今帰らっしたところじゃがKKという人が来たが、東京の人だそうだがお前知ってるか」
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
鼠色の柳が水をのぞいている、道は少しずつの上りで沢を渡り田のあぜを通る、朝仕事にゆく馬を曳いた男にも逢う、稲を刈りにゆく赤い帯をした女にも逢う
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
はたけのもの、あぜに立つはんの木、かえるの声、鳥の音、いやしくも彼の郷土に存在する自然なら、一点一画の微に至る迄ことごとく其地方の特色をそなえて叙述の筆に上っている。
拝田村の村と、村の田のくろと、畑のあぜとを走る幼い時の自分の姿が、まざまざと眼の前に現われて来ました。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いつかの日、信之助と別れた二岐道ふたまたみちあぜに、小さな草庵そうあんを建て、朝夕を静かな看経に送り迎えしていた。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼は呆然ばうぜんと路の上に立つて、その人影を確めようと眼をみはつた。人影は、路から野面の方へ田のあぜをでも伝ふらしく、石地蔵のあたりから折れ曲つた。さうして!
たとい田のあぜでの農夫と農婦との野合からはいった結婚でさえも、仲人結婚より勝っている。こんな人生の大道を真直ぐに歩まないのでは後のことは話しにならない。
女性の諸問題 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ただあぜのような街道かいどうばたまで、福井の車夫は、笠を手にして見送りつつ、われさえ指すかたを知らぬさまながら、かたばかり日にやけた黒い手を挙げて、白雲しらくも前途ゆくてを指した。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大作と、関良輔とは、堤の上から、田圃のあぜへ降りて、紙燭をたよりに、村の方へ歩いて行った。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
昼に弁当とお茶を持って其処そこに行くと、皆があぜに腰を掛けて食事を始める。立てて置いた鍬の柄に赤蜻蛉が止って、そのっぽの先が高い山のいただきとすれすれになっている。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ひく機會はずみに兩手のゆび破羅々々ばら/\と落て流るゝ血雫ちしづくあぜの千草の韓紅からくれなゐ折から見ゆる人影に刄を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かくすること毎日少しも変わらず、例刻に到り米舂こめつき場のあたり田畑のあぜ琅々ろうろうの声聞うれば、弟玉木文之進(松陰の叔父なり)常に笑って曰く、「ヤアまた兄さんのが始まった」と。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
それから百舌もず頬白ほおじろ、頬白がいる位だから、里の田のあぜ稲叢いなむらのあたりに、こまッちゃくれた雀共が、仔細ありげにピョンピョンと飛び跳ねながら、群れたかっていたとてさらに不思議はない。
金三はこう云いかけたなり、桑畑のあぜへもぐりこんだ。桑畑の中生十文字なかてじゅうもんじはもう縦横たてよこに伸ばした枝に、二銭銅貨ほどの葉をつけていた。良平もその枝をくぐりくぐり、金三のあとを追って行った。
百合 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
自分は疲れたように、空虚くうきょになった身を村に向かった。もう耕地には稲を刈り残してある田は一枚も見えなかった。組稲くみいねの立ってるあぜから、各家に稲をかつぐ人達が、おちこちに四五人も見える。
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
菱形に白く霜置く田のあぜのさむざむしもよ田にと続きて (一一八頁)
文庫版『雀の卵』覚書 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
あぶらの乗った春の黒鶫は枝々のあいだに翼の光を日の中にちらつかせ、田のあぜも、川の面にも、濛々もうもうたる春色が立ちこめていて、二人の若者はうすねむたいような気持で美しい橘の姿を見入った。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
あぜに残っていた薩兵の一人が、槍の石突いしづきで、彼の頭を、突き下ろした。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
麥生と野菜畑と、さうして其れを圍むあぜの木立は大抵椿です。椿の下には島の名物である背の高い水仙の花が叢を成して咲いて居ます。北岸と違つて山上は日當りが好いので、どの椿も眞盛りです。
初島紀行 (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
こんな話を残して行った里の娘たちも、苗代田のあぜに、めいめいのかざしの躑躅花を挿して帰った。其は昼のこと、田舎は田舎らしいねやの中に、今は寝ついたであろう。夜はひた更けに、更けて行く。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
八束穂やつかほのしげる飯田のあぜにさへ君に仕ふる道はありけり
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あぜの上に匍ひ上つて眺めてゐたが
都会と田園 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
ひねもす疲れてあぜに居しに
蝶を夢む (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
はたけのあぜ
小さな鶯 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
最もよき場所はあぜを越えたるところに在り、とモルガンは指さして教えたれば、われらは低きかしわの林をゆき過ぎて、草むらに沿うて行きぬ。
刈った稲束は一たん田のあぜに逆さに並べられて幾日か置かれる。それからやがて本式に稲架はぜにかけ並べられる。
山の秋 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
畑にはようやく芽を出しかけた桑、眼もさめるように黄いろい菜の花、げんげやすみれや草のえているあぜ、遠くに杉やかしの森にかこまれた豪農の白壁しらかべも見える。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
お前の家ではもう田を打ったか、いやまだ打たぬというとそんだら打ってやるから何月何日の晩に、三本くわと一緒に餅を三升ほどいて田のあぜに置けという。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あちこちに稲を刈っている。あぜに刈穂を積み上げていている女の赤い帯もあちらこちらに見える。
鴫つき (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
汚いとあっては、武士の不面目とばかり、滝川一益、羽柴秀吉、柵外に出たのはよかったが、苦もなく打破られて仕舞った。あぜを渡り泥田を渉って三の柵に逃げ込んだ。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「あれ、また来たぜ、按摩の笛が、北の方の辻から聞える。……ヤ、そんなにまだ夜は更けまいのに、屋根ごしの町一つ、こう……田圃たんぼあぜかとも思う処でも吹いていら。」
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鶏の居ない夜だけ、鎖から放して置くことにした犬が、今ごろ、田のあぜをでも元気よく跳びまはつて居るかと想像することが、寝牀ねどこのなかで彼をのびのびした気持にした。
そして、立木の蔭、田のあぜ、百姓家の壁に隠れて、白い煙を、上げているだけであった。
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
田のあぜを通る村人二三人を呼び止めて、お婆さんが同じように問いかけました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その勢いに乗っておあばれだしになって、女神がお作らせになっている田のあぜをこわしたり、みぞをめたり、しまいには女神がお初穂はつほしあがる御殿ごてんへ、うんこをひりちらすというような
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
事共なさず半四郎は力に任せて打合うちあへども死生知らずの雲助ども十七八人むらがり立此方は助る味方もなく只一人の事なれば大力無双の身なれども先刻せんこくよりの打合に今は勢根せいこん盡果つきはてたれば傍邊かたへあぜ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
あぜは畔田は田のかたにつもりたりおもしろの雪やおもしろの雪や
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
道端にかた寄って水田を見つめつつあぜにしゃがんで見た。
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
古いところでは『倭名鈔』の郷名に上総かずさ畔治あはる郷がある。まずあぜを築いて後に田を開くことあたかも近年の築地つきじ、築出し新田のごときものを意味するのであろうか。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)