“畔倉”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
あぜくら50.0%
アゼクラ50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
仁(じん)は以て下に厚(あつ)く儉(けん)は以て用(もちゐ)るに足(たる)和(くわ)に而(して)弛(ゆる)めず寛(くわん)に而(して)能(よく)斷(だん)ずと然(され)ば徳川八代將軍吉宗公の御治世(ぢせい)享保年中大岡越前守忠相殿(たゞすけどの)勤役(きんやく)中數多(あまた)の裁許(さいきよ)之ありし中(うち)畔倉(あぜくら)重四郎(ぢうしらう)が事蹟(じせき)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
見合居し處幸手宿の畔倉(あぜくら)重四郎と三五郎と申者の聲ゆゑ徐々(そろ/\)立寄(たちより)しに相手の者三人は皆(みな)切殺され是は浪人(らうにん)の八田掃部と并(ならび)に練馬藤兵衞三加尻茂助と申せし者共なり其時重四郎の申には何卒(なにとぞ)此死人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「畔倉(アゼクラ)重四郎」「三世相縁本阿弥」に、おはな・遊女おふみ・おはんと云ふ生(キ)の娘形である様な役割りを引き受けてゐる。
市村羽左衛門論 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)