くろ)” の例文
曼珠沙華まんじゆしやげは田のくろの石地蔵が好きだ。むらがり寄つてお祭りする。この花は又墓場も好きだ。淋しさに燃えていられる処だからだ。
雑草雑語 (新字旧仮名) / 河井寛次郎(著)
わっ——と逃げる子供の群れに突かれて、桑畑のくろよろめいて、痛そうに眼をうるませていた若い女が、ふと、足軽達の眼にとまった。
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暮れがたになってはさしもに大きな一まちの田も、きれいに刈り上げられて、稲はくろの限りに長く長城のごとくに組み立てられた。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
然しお定も、二三年前から田のくろに植ゑる豆を自分の私得ほまちに貰つてるので、それを賣つたのやら何やらで、矢張九圓近くも貯めてゐた。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
田のくろに腰を休めて、それとなく話しかけましたところが、尉も鍬を杖につきながら、こゝの御領分を持っていらしったお方と云うのは
三人法師 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さアと促されて吉次も仕方なく連れだって行けば、お絹は先に立ち往来をはずれ田のくろをたどり、堤の腰をめぐるとすぐ海なり。
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
昔おくらという女がただ一人、田のくろに幼児を寝させて置いて田の草を取っていると、不意にわしが来てその子をつかんで飛んで行ってしまった。
午食前ひるめしまえに、夫妻鶴子ピンを連れて田圃に摘草つみくさに出た。田のくろの猫柳が絹毛きぬげかつぎを脱いできいろい花になった。路傍みちばた草木瓜くさぼけつぼみあけにふくれた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
田のくろを流れる小さい水のはたで、子供が泥鰌どじょうをすくっているほかに、人通りもないのを見すまして、半七はまた訊いた。
半七捕物帳:09 春の雪解 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
金三はあごをしゃくいながら、桑畑のくろへ飛び出した。良平もべそをかいたなり、やむを得ずそこへ出て行った。二人はたちまち取組とっくみ合いを始めた。
百合 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
くるまよこに、つか/\と、くろへ、いて乗掛のつかけると、しろに、かげもなく、ぽんとつて、ぺこ/\と叩頭おじぎをした。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
昔細川幽斎、丹後の白杉という所へ鷹狩に出た時、何者か道のかたわらの田のくろに竹枝を立て書いた物を掛け置いた。見れば百姓の所為らしい落書だった。
凍った雪が二人をになって、かすり傷さえ受けもせず易々やすやすと谷底へ下り立ったが突兀とっこつたる雪の巌、氷張り詰めた河のくろ
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
垣に梅が咲き、田のくろに緑の草がえる頃には、托鉢たくはつに出るかれの背後うしろにいつも大勢の信者が集つてついて来た。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
堤の日だまりや田のくろにちらちらと青みがさしはじめ、杭瀬川はとくとくと水嵩みずかさを増した、そしてある日、狂ったように東南の暖かい風が吹き荒れたあと
日本婦道記:春三たび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
たゞ彼が神妙に野良に出て、用事がなくともくろに腰かけて立去らずにゐる時は、きまつて馬がゐるのだつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
その下の田の土の色、くろの草の色——是等は他の季節に見る事の出來ないしたしみ、なつかしみを藏してゐる。
海郷風物記 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
畑のくろの玉蜀黍の葉の間からそっとのぞいて見ると、蔦の葉の大柄な模様の浴衣を褄はずれよくきっちりと着、白博多のしょうのいい夏帯をいいようすにしめている。
生霊 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
田のくろ畦道あぜみち毎には、何人もかつてその名を知らないやうな、得體のわからぬ奇妙な神神が、その存在さへも氣付かれないほど、小さな貧しいほこらで祀られてゐる。
宿命 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
うしろくろになあ、牛胡頽子うしぐみのとこでなあ」おしなれ/″\にいつた。勘次かんじほゞ了解れうかいした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
空がよく晴れて十三日の月がその天辺てっぺんにかかりました。小吉が門を出ようとしてふと足もとを見ますと門の横の田のくろ疫病除やくびょうよけの「源の大将」が立っていました。
とっこべとら子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
僕も歯のゆがんだ下駄を引きりながら、田のくろ生垣いけがきの間の道を歩いて、とうとう目的地に到着した。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そのあたりの国じゅうで生きたけものの皮をいだり、獣をさかはぎにしたものをはじめとして、田のくろをこわしたもの、みぞをうめたもの、きたないものをひりちらしたもの
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
農家の防風林で日陰になっている畑のくろなどにはしばしば見かける。散歩のついでにそれを取って来て庭に植えたこともあるが、それはいつのまにか消滅してしまった。
京の四季 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
一同みんなはまたぶらぶらと笑語しながら堤上や堤下を歩いた。ふと土耳古帽氏は堤下の田のくろへ立寄って何かった。皆々はそれを受けたが、もっさりした小さな草だった。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
刈り取られた稲を乾すためにくろの並木に懸けている人、それを運ぶ人——年寄も、若者も、女も子供もみんな一生懸命になって、まるで駈け歩くようにして働いている。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
会話ことばがとぎれると、人家のないこの青山長者ヶ丸のあたりは、離れ小島のようなさびしさにとざされて、あぶらげ寺の悪僧たちであろう、子恋の森をへだてた田のくろ
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その様な血腥ちなまぐさい光景の中で、不思議に騒がぬ裸女達をいぶかりながら、彼も又そのまま動くでもなく、池のくろにじっと頭をもたせて、ぼんやりと、彼の胸のあたりに漂っている
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
米友が畑道を引返して来ると、畑のくろで、百姓が一人、子供を相手に話しています。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
車夫くるまやに鶴子をおぶつてもらひ、余等は滑る足元に氣をつけ/\鐵道線路を踏切つて、山田のくろを關跡の方へと上る。道もに散るの歌にちなむで、芳野櫻を澤山植ゑてある。若木ばかりだ。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
田のくろに腰をおろして、つくづく見入る。位置といい、規模といい、これなら山名の因となる必然性も、充分に具えている。かねて古老に聞いた、馬を追う人や曳綱さえ、歴々と見えるではないか。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
此の村へも盗人ぬすっと這入へえりやアがるだろうと思うから、其の野郎の襟首えりくびを取って引摺ひきずり倒した、すると雷が落ちて、己はどんな事にも驚きゃアしねえが雷には驚く、きゃアと云って田のくろへ転げると
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
植ゑそめて山田のくろの昼餉どきわらべらとよみ早やあがり来る
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
田のくろ蹈みきて草に伏しぬ。
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
畑のくろ
短歌集 日まはり (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
然しお定も、二三年前から田のくろに植ゑる豆を自分の私得ほまちに貰つてるので、それを売つたのやら何やらで、矢張九円近くも貯めてゐた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
主人と妻と女児むすめと、田のくろ鬼芝おにしばに腰を下ろして、持参じさん林檎りんごかじった。背後うしろには生温なまぬる田川たがわの水がちょろ/\流れて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
兄夫婦はいかにも心持ちよさそうにくろに立ってながめる。西の風で稲は東へ向いてるから、西手の方から刈り始める。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
岩手県では一般にこれをシットギと謂い、風の神送りの日に作って藁苞わらづとに入れてそなえ、または山の神祭の際に、田のくろに立てる駒形こまがたの札に塗りつけた。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
が、たとへば薄青うすあをかげきよらかなる境内けいだいを、ひだりに、みぎにはむら小家こいへつて、ながれがさら/\とくろはしる。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
水鶏くひなの声——嘴を半ば水の中に入れて雄を呼ぶといふ雌の啼声。朝の深い露。そこから土手の上までは何うしても足をぬらさずには行けないやうな田のくろの中の道。
あさぢ沼 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
地下じげの百姓を見てもすぐと理屈でやり込めるところから敬して遠ざけられ、狭い田のくろでこの先生に出あう者はまず一丁さきからけてそのお通りを待っているという次第
初恋 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
心身ともに生気に充ちていたのであったから、毎日〻〻の朝を、まだ薄靄うすもやが村の田のくろこずえめているほどのはやさに起出おきでて、そして九時か九時半かという頃までには
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と云うのは昔青田のくろ奇蹟きせきを現した一人の童児、——金応瑞きんおうずいに国を救わせたからである。
金将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小栗栖おぐるすの百姓、長兵衛という者が、日向守の首級を、醍醐辺だいごへんくろで見つけたと申して、ただ今、それを持参のうえ、訴えて参りました。——この儀、君前までお取り次ぎを」
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幔幕を張り焚火たきびをし、抜き身の槍を幾本か立てた、一団が静まってたむろしていたが、槍の先に三個の生首を貫き、それを示威的に川のくろに立て、幾人かの浪人らしい武士たちが
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
昔の名残には、ヘロデの建てし街の面影を見るべき花崗岩みかげいしの柱十数本、一丈五尺にして往々わう/\一石より成るもの、また山背さんはいの窪地に劇場の墟址あとあり。麦圃のくろ、橄欖の影に、断柱だんちう残礎ざんそ散在す。
山を降りると田圃路たんぼみちで、田のくろには葉鶏頭の真紅まっかなのが眼に立った。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
秋の田の早稻田わさだくろをゆくわらべふたり見えつつ彼方あなたしをる
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
畑のくろの立話にも、「今日は」「今日は」とそもそも天気の挨拶からゆる/\とはじめる田舎いなか気質かたぎで、仁左衛門さんと隣字の幹部の忠五郎さんとの間には
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)