まずし)” の例文
まずしうして良妻をおもい、時艱にして良相をおもう。徳川末世まつせ晁錯ちょうそたる水野越前守は、廃蟄はいちつ後、いまだ十箇月ならざるに、再び起って加判列の上席に坐しぬ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
珠運しゅうんもとよりまずしきにはれても、加茂川かもがわの水柔らかなる所に生長おいたちはじめて野越え山越えのつらきを覚えし草枕くさまくら
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
場末の湿地で、藁屋わらやわびしいところだから、塘堤一杯の月影も、破窓やれまどをさすまずしい台所の棚の明るいおもむきがある。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
浮洲には一面あしが茂っていて汐の引いた時には雨の日なぞにも本所へんまずしい女たちがしじみを取りに出て来たものであるが今では石垣を築いた埋立地になってしまったので
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
自分はどうにかして旧恩に報いなくてはならない。自分の邸宅には空室くうしつが多い。どうぞそこへ移って来て、我家わがいえに住む如くに住んでもらいたい。自分はまずしいが、日々にちにちの生計には余裕がある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しらみてふ虫などもはひぬべくおもふばかりなり、かたちはかくまずしくみゆれどその心のみやびこそいといとしたはしけれ、おのれは富貴の身にして大厦たいか高堂に居て何ひとつたらざることなけれど
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)