“素”のいろいろな読み方と例文
読み方(ふりがな)割合
もと48.4%
26.5%
12.5%
7.3%
しろ1.4%
0.7%
しら0.3%
しろき0.3%
すじ0.3%
すっ0.3%
(他:5)2.0%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
“素”を含む作品のジャンル比率
芸術・美術 > 演劇 > 大衆演芸38.7%
歴史 > 伝記 > 個人伝記5.2%
文学 > 日本文学 > 小説 物語4.9%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
もとより他を論議するのついでに此言このことを附加せしものなれば、二氏も冗長をさけて其理由を言はざりしものならん。
罪過論 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
いわく、えん重兵ちょうへいを握り、かつもとより大志あり、まさこれを削るべしと。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「おとなしくぱだかになッちまえ、体だけは、ここから輪島わじまいそへながれ着くようにほうりこんでくれる」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何でも裡面の消息を抜くと、大抵は皮肉か憎まれ口になる。「新東京の裏面」の一篇もまたこの例に洩れない。
が、翌日になつて見ると、親子の情などと云ふことを考へ、何か彼になかつたのをすまないやうにも感じ出した。
貝殻 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
〔評〕維新のげふは三藩の兵力に由ると雖、抑之を養ふにあり、曰く名義めいぎなり、曰く名分めいぶんなり。
大村が云うには、二人はと交互の好奇心から接近して見たのであるが、先方でもこっちでも、求むる所のものを得なかった。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と私の家の向いはがけで、根津ねづへ続く低地に接しているので、その崖の上には世にう猫の額程の平地しか無かった。
二人の友 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
之は労働の軍事化の観念であり、夫が労働組合脱退の奨励ともなれば、やがて国家的報仕労働というシステ無にも発展出来るしろ物である。
社会時評 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
しろようとしてはほとんどこの上ないものといつて差支さしつかへないのだが、それで一時もり返したねつも今は又すつかりさめきつて
記・紀の叙述と、其に書記せられなかつた以前の語部のの物語の語りはじめとでは、其昔と言ひ、今と言ふにも、非常な隔たりがある。
幣束から旗さし物へ (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
つまり本たうのに還つて、更にその同時代の三十年も四十年も若い世代の姿態容貌だけならば、心ゆくまで表現が出来さうな彼であつたことに、気づいた人があつたらうか。
市村羽左衛門論 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
「ああ、そうさ、私は、そうさ。ちっとね、お客さまをお送り申していたんだがね。落ちたといっちゃ勿体ない、悪所から根を抜いて、おかげさまでこうやって、おもりをしているんだがね。お嬢さんが、洲崎になんぞ、お前、そんなことをおくびに出したって済まないよ。しらの堅気でいらっしゃらあね。」
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しろきからなしあかきすもゝえだたわゝにしてのきり、妓妾ぎせふ白碧はくへきはなかざつて樓上ろうじやうす。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
是れ「外科室」のすじなり。是の如き深刻なる戀愛は泰西的にして東洋的にあらず。恐らくは翻案乎。
泉鏡花作『外科室』 (旧字旧仮名) / 宮崎湖処子(著)
どこか男らしい気性をそなえた奥さんは、いつ私の事を食卓でKにすっぱ抜かないとも限りません。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
千住の大橋屋に行つたガラツ八の報告は、平次の豫想した通り、利八はこの一と月ばかり前から、濱夕といふのところへ、三日にあげず通ひ詰めて、早手廻しの夫婦約束までしたといふことや、利八は相變らずすつからぴんですが、何時か大金が轉がり込むやうなことを言つてゐたが、近頃はそれも口にしなくなつたといふことでした。
「君子の道は闇然あんぜんたり、か。」魚容は苦笑して、つまらぬ洒落しゃれを言い、「しかし、いんむかいて怪を行う、という言葉も古書にある。よろしく窓を開くべしだ。漢陽の春の景色を満喫しよう。」
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
処が又、る古代こがれでない人々から、近代風に謬られ相な、葬式の赤幡・青幡、降参のシラ幡がある。
幣束から旗さし物へ (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
これ稲羽のシロ兎と云う者なり。
比較神話学 (新字新仮名) / 高木敏雄(著)
博士が狗奴國王の名を卑彌弓呼素となししは、倭人傳の文に「倭女王卑彌呼與狗奴國男王卑彌弓呼モトヨリ和」とある副詞の素を男王名稱の末尾に連結せしめたるが故なり。
倭女王卑弥呼考 (旧字旧仮名) / 白鳥庫吉(著)