もと)” の例文
この伯爵の秘書、斎木もと子なる女性について、黒岩万五は元来詳しいことは知らなかつた。蔭ではいろいろなことを云ふものがある。
(新字旧仮名) / 岸田国士(著)
(四三)しんへいは、もと(四四)悍勇かんゆうにしてせいかろんじ、せいがうしてけふす。たたかもの(四五)其勢そのいきほひつてこれ利導りだうす。
もとより赤の他人には相違ありませんが、一と月でも半月でも、離屋に置いたお半を、このまま犬猫のようにほうむるわけにも行きません。
中指を切られた者が既に幾人いくたり有ったか知れん、誠に何とも、ハヤ面目次第もない、權六其方そなたが無ければ末世末代東山の家名はもとより
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
もとより奥向きへは出入りを許されていなかったので、まだ桔梗の方の顔を見たこともなく、美人の噂はくより耳にしているものゝ
もと汗吐下の三法は張仲景ちやうちゆうけいに至つて備はつたから、従正はまさに仲景を祖とすべきである。然るに此に出でずして、溯つて素問を引いた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
もとより関係なき事故、迷惑至極とは思いながら、代人を立てる訳にも行かぬから、その日の定刻少々前に自ら裁判所に出頭せられたが
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
山嶽谿間あつて大竹、喬木繁茂し、諸島會〔禽〕獸多く龜鼈ぎよべつ、貝類もとより磯邊に充滿して産物足れる島なるとかや(伯耆民談)。
他計甚麽(竹島)雑誌 (旧字旧仮名) / 松浦武四郎(著)
その時お島の父親は、どういう心算つもりで水のほとりへなぞ彼女をつれて行ったのか、今考えてみても父親の心持はもとより解らない。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
斯の如き事たるもとより今の思想界の必当の運命たるべしといへども、心あるもの陰に前途の濃雲を憂ふるは、又た是非もなき事共かな。
国民と思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
「お察し申す、礼などはもとよりいうに及ばぬ、これもみな貴殿御兄妹の孝心を、武道の神がまもられたのであろう、祝着に存ずる」
武道宵節句 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それでお母さんは退引のっぴきさせないように、葉書や切手はもとよりのこと通信に必要な品を一切お父さんの机の引出しに揃えて置く。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
父の茶道はもとよりしかるべきやぶうちの宗匠について仕上げをしていたのであるが、しかも父の強い個性はいたずらな風流を欲しなかった。
その技芸もとより今日こんにちの如く発達しおらぬ時の事とて、しぐさといい、せりふといい、ほとんど滑稽に近く、全然一見いっけんあたいなきものなりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
わすれはせまじ餘りなさけなき仕方しかたなりと利兵衞をうらみけるが吉三郎はもとより孝心かうしんふかければ母をなぐさめ利兵衞殿斯の如く約束やくそくへん音信おとづれ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
彼の本国はもとより、日本の政治界は、その為に、どんな大騒ぎを演じることであろう。新聞は、どんな激情的な記事を掲げることであろう。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
名前が分って居るなら先ず其名前をきこう(大)もとより名前をいいますが夫より前にわたしの発見した手続きを申ます、けどが長官
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
もとより田舎の事とて泥臭いのは勿論もちろんだが、に角常陸から下総しもうさ利根川とねがわを股に掛けての縄張りで、乾漢こぶんも掛価無しの千の数は揃うので有った。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
陶はもとから酒が強かったから、従ってぐでぐでに酔うことはなかった。馬の友人にそうという者があったが、これも酒豪で相手なしときていた。
黄英 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
わが日本民族にほんみんぞく靈智れいち靈能れいのうつてゐる。炳乎へいこたる獨特どくとく文化ぶんくわいうしてゐる。もとより拓拔氏たくばつし印度人いんどじんやトルコじんではない。
国語尊重 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
芸術に関する事はもとより、一般教養のこと、精神上の諸問題についても突きつめるだけつきつめて考へて、曖昧あいまいをゆるさず、妥協を卑しんだ。
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
徳望もとよりさかんにして、一時の倚重きちょうするところとなり、政治より学問に及ぶまで、帝の咨詢しじゅんくることほとんひま無く、翌二年文学博士となる。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
萬一斯かる事あらんには、大納言殿(宗盛)は兄の内府にも似ず、暗弱あんじやく性質うまれつきなれば、もとより物の用に立つべくもあらず。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
鶏はもとより夜明けを報ずるめでたい鳥であったけれども、これを庚申さんのかたわらに持って来るのには、何かまた特別のわけがなくてはならない。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
一、吾この回初めもとより生を謀らず、また死を必せず。ただ誠の通塞つうそくを以て天命の自然に委したるなり。七月九日に至っては、ほぼ一死を期す。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
系図によるともとは平田氏とも平尾氏とも云って居たが、この宮本村へ移ってから宮本氏を称したとするのが本当で、此処で武蔵は生れたのである。
巌流島 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
もとより惚れて女房にしたわけではないのですから、私は妻をひどく好いていたわけではないのですが、然し憎む気などはさらさら無かったのです。
悪魔の弟子 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
もとより不信の極悪人ごくあくびと、此儘に打ち捨て置き、風来犬ふうらいいぬにな食す可きなれど、今日は異例の情をもて、さんたまりやに祈りを上げ蘇生よみがへらして呉れむずらむ。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
もとより今日のごとき国交際こくこうさい関係かんけいあるに非ざれば、大抵たいていのことは出先でさきの公使に一任し、本国政府においてはただ報告ほうこくを聞くにとどまりたるそのおもむき
もとより予の善く忍び得る所にあらず。予はむしろ、予自身を殺すの、遙に予が精神的破産にまされるを信ずるものなり。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それは鮓のもとであるところの、醋の嗅覚や味覚にも関聯かんれんしているし、またその醋が、暗所において醗酵する時の、静かな化学的状態とも関聯している。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
もとより宮は唯継を愛せざりしかど、決してこれを憎むとにはあらざりき。されど今はしも正にその念は起れるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
しかして家庭の風儀は社会の風儀の泉源せんげんであって、家庭の元気は即ち国民の元気でありとすれば、女子教育の国家に必要なる、もとより其所そこでありましょう。
国民教育の複本位 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
丁度ちょうど予科の三年、十九歳頃のことであったが、私の家はもとより豊かな方ではなかったので、一つには家から学資を仰がずにって見ようという考えから
私の経過した学生時代 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
むかし観世くわんぜの家元に豊和とよかずといつて家の芸はもとより、香聞かうきゝにも一ぱし聞えた男がゐて、金春こんぱる流のなにがしと仲がよかつた。
もとより戯曲には種々の規則あり、罪過を以つて唯一の規則となすは不可なるべしといへども、これが為めに罪過は不用なりと言ふあらばおほいに不可なるが如し。
罪過論 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
フランソアズは散々泣いて、一目でもいいから倅に会わせてと願ったけれど、もとよりそうしたことの許さるべき筈もなく、がっかりして村へ帰って行った。
情状酌量 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
げに常に神の聖意みこゝろの中にとゞまり、これによりて我等のこゝろ一となるは、これこのさいはひなる生のもとなり 七九—八一
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
もとよりくはしき技藝、高き趣味をこゝに求むべきにはあらねど、些の音樂に耳を悦ばしめんとする下層の市民の願をばこれによりて遂げしむることを得べく
山の首座はもと商人で遁世した人である。此人がセルギウスを引見して、なんの変つた扱をもせずに、只あたり前の事のやうに寂しい草庵を引き渡してくれた。
それ梅田はもとより奸猾なれば余ともに志を語ることを欲せざる所なり何の密議をかなさんや」と記している。
志士と経済 (新字新仮名) / 服部之総(著)
釣遊の目的は、もとより魚を獲るにあれども、真の目的物は、魚其の物に非ずして、之を釣る興趣きょうしゅにあり。
研堂釣規 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
まだんだまゝの雜具ざふぐ繪屏風ゑびやうぶしきつてある、さあお一杯ひとつ女中ねえさんで、羅綾らりようたもとなんぞはもとよりない。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「国を憂へ、君に忠、又善く朋友と交はりて信あり、其の人懇篤にして剛毅、余もとよりその人を異とす」
余はもとより舞踏なんど洒落しやれた事には縁遠き男なれど、せめて所謂いはゆるウオールフラワアの一人ともなりて花舞ひ蝶躍る珍しきさまを見て未代までの語り草にせばやと
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
あいちやんはもとより、その可愛かあいねこのことをはなさうはなさうとおもつてたところだッたので、𤍠心ねつしんこたへてふには
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
あの大声のラジオや蓄音機などというような唯騒々しいばかりのものなどもとよりその頃はないので、こうした親子連れの町芸人の芸などもしんみり聞けたのだった。
京のその頃 (新字新仮名) / 上村松園(著)
だが俺は「不実」だから君を身うけしようなんぞとはもとより思つてゐない! 一寸そんな事を考へた事もあるが、まあ君の身はあの「紅毛オランダの犬」に任せる事にしよう。
然るに其後に至りて出版されたる絵図の数はもとより二、三種にして止まらざるも、尽くツウラ沼なる名の相承け相継ぎ、ついに明治に至る迄百八十余年にわたる長日月の間
古図の信じ得可き程度 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
蛙に似て痩せこけたるものだ。自分は必ず河鹿かじかであると悟つた。河鹿に極つてゐるのだ。圖解以外に河鹿を見るのは今が始めてでもとより攫へて見たのもはじめてである。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)