ゆう)” の例文
純粋なる専門画家として、おのれさえ、纏綿てんめんたる利害の累索るいさくを絶って、ゆう画布裏がふりに往来している。いわんや山をや水をや他人をや。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と思うと——たたみまいほどはゆうにあるりょうつばさが、ウワーッと上へひろがって、白い腋毛わきげが見えたから、びっくりしたお小姓こしょうとんぼ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
明治の聖代せいだいになって、西洋諸国との交通が開かれた。眠れる国日本は急に眼覚めて巨人のごとく歩み出した。一歩はゆうに半世紀を飛び越えた。
画は却々なかなかうまい。ゆうに初子さんの小説と対峙たいじするに足るくらいだ。——だから、辰子さん。僕がい事を教えて上げましょう。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これは三年の前、小畑とゆうなるうたしるさんとくわだててつづりたるが、その白きままにて今日まで捨てられたるを取り出でて、今年の日記書きて行く。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「じゃあ、りょう一つしかなく、あとみんなゆうなのね。」と、おつは、その成績せいせきの、あまりいいのに、おどろいたようでした。
ひとをたのまず (新字新仮名) / 小川未明(著)
「交響曲第五番=ホ短調(作品六四)」は壮麗でゆうにやさしい。ストコフスキーがフィラデルフィア管弦団を指揮したのが名盤だ(ビクターJI七四—九)。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
河岸かし小店こみせ百囀もゝさへづりより、ゆうにうづたか大籬おほまがき樓上ろうじやうまで、絃歌げんかこゑのさま/″\にるやうな面白おもしろさは大方おほかたひとおもひでゝわすれぬものおぼすもるべし。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
幸いなことにろばの父は製粉工場の番人である、この工場は二年前に破産していまではなかば貸し倉庫のようになっている、その一部分だけでもゆうに芝居に使用することができる。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
磨き込んだ板の間から大階段を上って、案内されたのは南向きの庭の見晴らされる、二階の奥座敷であったが、この座敷の広いこと、二十畳くらいはゆうに敷けるであろうと思われた。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
人波の上に頭だけはゆうに出そうな大きな西山さんがこっちに向いて近づいてきた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
家にある泰軒先生が一日じゅう蒲団をかぶって奇策練想に余念のないごとく、ゆうにやさしいべに絵売り栄三郎の胸中にも最近闘気勃然ぼつぜんとしてようやくおさえがたきものが鬱積していた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「おい事務長さん。お前さんは中学校で算術の点がゆうしゅうだったらしいね」
さすがの美人がうれいしずんでる有様、白そうびが露に悩むとでもいいそうな風情ふぜいを殿がフト御覧になってからは、ゆうたえなお容姿ようすに深く思いをよせられて、子爵の御名望ごめいぼうにもかえられぬ御執心と見えて
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
けれども一文芸院を設けてゆうにその目的が達せられるように思うならば、あたかも果樹の栽培者が、肝心の土壌どじょうを問題外に閑却かんきゃくしながら
文芸委員は何をするか (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
戦国時代の猛者もさが好んでさした、胴田貫どうたぬき厚重あつがさねという刀である。竹童ぐらいな細い首なら、三つや四つならべておいてもゆうに斬れるだろうと思われるほどな。——
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ぼくは、ゆうが一つで、あとみんなりょうだったよ。」と、おしえました。はじめて、こう
ひとをたのまず (新字新仮名) / 小川未明(著)
殊にそれが、接吻せっぷんによって、迅速に伝染すると云う事実は、私以外にほとんど一人も知っているものはございません。この例は、ゆうに閣下の傲慢ごうまんなる世界観を破壊するに足りましょう。……
二つの手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
近頃ではこれらの書籍を蒐集しゅうしゅうしただけでもゆうに相応の図書館は一杯になるだろうと思われる位である。
ひとり坐幽篁裏ゆうこうのうちにざし弾琴きんをだんじて復長嘯またちょうしょうす深林しんりん人不知ひとしらず明月来めいげつきたりて相照あいてらす。ただ二十字のうちにゆう別乾坤べつけんこん建立こんりゅうしている。この乾坤の功徳くどくは「不如帰ほととぎす」や「金色夜叉こんじきやしゃ」の功徳ではない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日本の文芸家が作家オーソース倶楽部クラブというほどの単純な組織すらも構成し得ない卑力ひりょくである事を思えば、政府の計画した文芸院のゆうに成立するのも無理はないかも知れぬ。
文芸委員は何をするか (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
津田はゆうに自分をいつわる事ができた。しかしその時の彼は偽るのがいやであった。彼はもう局部の感じを忘れていた。収縮は忘れればやみ、やめば忘れるのをその特色にしていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
以上申し上げた科学者哲学者もしくは芸術家のたぐいが職業としてゆうに存在し得るかは疑問として、これは自己本位でなければとうてい成功しないことだけは明かなようであります。
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
元々木や石で出来上ったと云う訳ではないから人の不幸に対して一滴の同情くらいはゆうに表し得る男であるがいかんせん性来しょうらい余り口の製造に念がっておらんので応対に窮する。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)