“養”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
やしな66.3%
か12.0%
やしなひ6.0%
やう2.4%
そだ2.4%
すご1.2%
が1.2%
こ1.2%
そ1.2%
はぐく1.2%
ひた1.2%
やし1.2%
やしなう1.2%
やしなっ1.2%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
寶鼎(はうてい)金虎(きんこ)を存(そん)し、芝田(しでん)白鴉(はくあ)を養(やしな)ふ。一瓢(いつぺう)に造化(ざうくわ)を藏(ざう)し、三尺(さんじやく)妖邪(えうじや)を斬(き)り、逡巡(しゆんじゆん)の酒(さけ)を造(つく)ることを解(かい)し、また能(よ)く頃刻(けいこく)の花(はな)を開(ひら)かしむ。
花間文字 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
大后の幸でませる故は、奴理能美が養(か)へる蟲、一度は匐(は)ふ蟲になり、一度は殼(かひこ)になり、一度は飛ぶ鳥になりて、三色(くさ)に變(かは)る奇(あや)しき蟲二七あり。
此近在の農人(のうにん)おのれが田地のうちに病鶴(やめるつる)ありて死(し)にいたらんとするを見つけ、貯(たくはへ)たる人参(にんじん)にて鶴の病を養(やしなひ)しに、日あらず病(やまひ)癒(いえ)て飛去りけり。
承(うけた)まはり候へば此廓(このさと)の火宅を今日しも御放(おはな)れ候て凉(すゞ)しき方へ御根引(おねびき)の花(はな)珍敷(めづらしき)新枕(にひまくら)御羨敷(おうらやましき)は物かは殊(こと)に殿には木(き)そもじ樣は土(つち)陰陽(いんやう)を起し陽(やう)は養(やう)にして一生(しやう)養(やしな)ふを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ば玉之助(たまのすけ)と號(なづ)け掌中(たなそこ)の玉と慈(いつく)しみ養(そだ)てける然(しかる)に妻は産後の肥立(ひだち)惡(あし)く荏苒(ぶら/\)と煩(わづら)ひしが秋の末に至りては追々疲勞(ひらう)し終(つひ)に泉下(せんか)の客とはなりけり嘉傳次の悲歎(ひたん)は更なり幼(をさな)きものを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「当然(あたりまえ)サ、二十三にも成ッて母親さん一人さえ楽に養(すご)す事が出来ないんだものヲ。フフン面目が無くッてサ」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
師匠は、徒弟を多くとることを好まず、子養(が)いから手がけて人と為す、という建前であった。
痀女抄録 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
晋の大興二年呉人華降猟を好み、一快犬を養(こ)うて的尾と号し常に自ら随う。隆、後(のち)江辺に至り荻(おぎ)を伐る。犬暫く渚に出次す、隆大蛇に身を巻かる、犬還って蛇を咋い殺す。
みかどがまだ尊治親王(たかはるしんのう)とよばるる御身分にすぎなかった幼少から、わが家にてお養(そ)だて申しあげて来たいわゆる乳父(めのと)の彼であった。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれど、かの女自身にしてみれば、乳(ち)ぶさは、つかんでみても張(はり)がないし、乳くびは、杏(あんず)の種子(たね)みたいに黒い。なんとしても、四人の男の子を産(う)み養(はぐく)んだ泉の涸(か)れが皮膚にもある。
然れども後には、その伺見(かきまみ)たまひし御心を恨みつつも、戀(こ)ふる心にえ忍(あ)へずして、その御子を養(ひた)しまつる縁(よし)に因りて、その弟(いろと)玉依毘賣に附けて、歌獻りたまひき。その歌
さりとはをかしく罪(つみ)の無(な)き子(こ)なり、貧(ひん)なれや阿波(あわ)ちゞみの筒袖(つゝそで)、己(お)れは揃(そろ)ひが間(ま)に合(あ)はなんだと知(し)らぬ友(とも)には言(い)ふぞかし、我(わ)れを頭(かしら)に六人(にん)の子供(こども)を、養(やし)ふ親(おや)も轅棒(かぢぼう)にすがる身(み)なり
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
切言(せつげん)すれば宇宙の言(い)うべからざる一種異様なる力と交わり、時の要求と共に推移(おしうつ)り活社会に活動するの人格を養(やしなう)を教育の最大目的とせねばならぬ。
教育の最大目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
唯(ただ)何でも書生を養(やしなっ)て遣ると云うことが面白くて、書生の世話ばかりして、凡(およ)そ当時仙台の書生で大童の家の飯を喰(く)わない者はなかろう。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)