なんに)” の例文
是迄これまでだつて、私は貴方のことに就いて、なんにも世間の人に話した覚は無し、是から将来さきだつても矢張やはり其通り、何も話す必要は有ません。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「加うるに君が居ても差支えない。諸君のような人ばかりなら、幾人いくたり居たって私は心配もなんにもしないが。」と梓は愁然しゅうぜんとして差俯向さしうつむく。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
母様ふくろさんに願っているのにおめえさんのような事を云われると、わっちア了簡がちいせえからすくんで仕舞って、ピクーリ/\としてなんにも云えないよ
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
なんにも欲しかないが、先方むこう彼様ああ用心すると、此方こっちでも何かつまんでやり度くなる。お前は豪いよといわれると、何だか豪いような心持になる。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「いゝえ。言わしてもらいまっせ。私はなんにも義理の弟さんの悪口いいたいことはソラおまへん。おまへんけどでんな。現在血を分けた姪の……」
俗臭 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
そのうち三人の被害者は丁度こんな具合に喉を絞められていましたっけ。貴女はほんとになんにも見なければ聞きもしなかったと云うのですか? 奥さん
目撃者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「ハハハハこいつはあきれた。華族や金持ちを豆腐屋にするだなんて、えらい事を云うが、どうもなんにも知らないね」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なんにもしたくないのだから、家賃とか米代とか、おっかさんにきびしく言われるものは、よんどころなく書き物をして五円、八円取って来たが、其様そんな処へ遊びに行く銭は
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
我意はなんにも無くなつた唯だ好く成て呉れさへすれば汝も名誉ほまれ我も悦び、今日は是だけ云ひたいばかり、嗚呼十兵衞其大きな眼を湿ませて聴て呉れたか嬉しいやい
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
これらは大方おほかたしか今年ことし六ツになるをんなのわたしたちの玲子れいこ——千ぐさは、まだやつとだい一のお誕生たんじやうがきたばかりで、なんにわかりません——に、よひくち寐床ねどこのなかなどで
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
白髪小僧はこう尋ねられてもなんにも返事をせずに、只ぼんやりと青眼爺さんの顔を見ていた。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
酒は飲むし、筋肉はたるんでゐる。——もうビスクラに期待するものはなんにもないよ。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
帰って母様にそう言って、このかたきを取ってもらいます。綱雄さんと私は奥村さんに見かえられました。私はもうこの間こしらえていただいた友禅もあの金簪きんかんも、帯も指環もなんにもいりませぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
なんにも見えないから、だんだん押分けて見ていると、うしろからいやに押す人があるから、何の気なしに振返って見ると、わたしのお客は人を置去りにしてむこうの方へ歩いて行くんじゃないの。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「僕はなんにも知らないで寢てゐたが、頭の一つや二つ蹴飛ばされたかも知れない。」
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
なんにも解らずに面白可笑おもしろをかしく暮してゐた夢も全く覚めて、考へれば考へるほど、自分の身があんまりつまらなくて、もうどうしたら可いんだらう、とふさぎ切つてゐる矢先へ、今度は身請と来たんで御座います
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
なんにも知らないおしおは、例によって愛想よく男を迎えた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
念仏も弥陀みだなんにも要らん、一心に男の名をとなえるんだ。早瀬と称えて袖にすがれ、胸を抱け、お蔦。……早瀬が来た、ここに居るよ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『ほゝゝゝゝ。それはさうと、御腹おなかが空きやしたらう。何か食べて行きなすつたら——まあ、貴方あんたは今朝からなんにも食べなさらないぢやごはせんか。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
と敏子も得意になってり返った。なんにもしないものに食ってかかって来るところは成人せいじんした新女性によく似ている。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
此の婚礼が破談に成ってはなんにも知らないおえいや丹三郎が可哀そうだ、お前が承知さえしてくれゝば実に此の上もない目出たい事だから、どうか勘弁してやってくれ
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
なんにも知らない兄を、其所そこまで連れて行くのには一通りでは駄目だと思うし、と云って、無暗むやみにセンチメンタルな文句を口にすれば、兄には馬鹿にされる、ばかりではない
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
僕はあいつがなんにもする事ができなくなるようにしてやりたいと思っているんだ。それもおれが自身に手を下さずに、自然に他の人が手を下すような、そういう機会をつくらせようと思っている。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かう云ふなんにも存じません粗才者ぞんざいものの事で御座いますから
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ると、うしたことかさ、いまいふそのひのきぢやが、其処そこらになんにもないみち横截よこぎつて見果みはてのつかぬ田圃たんぼ中空なかそらにじのやうに突出つきでる、見事みごとな。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
『今日はなんにも頂きたくないと言つて、おかゆ少許ぽつちり食べましたばかり——まあ、朝から眠りつゞけなんで御座ますよ。彼様あんなに眠るのが奈何どうでせうかしら。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
世の中は何が幸福しあわせになるか知れない。乃公も春之助と名をつけて貰うとよかった。八幡太郎も安藤太郎も乃公おれなんにもくれやしない。太郎なんて全く割の悪い名前だ。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ヘエ怖い一生懸命に私がう鎌で殺す気もなんにもなく殺してしまって見ると、其様そんな顔でもなんでもないので、私がしょっちゅう師匠の事ばかり夢に見るくらいでございますから
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その時町内に馬鹿竹ばかたけと云って、なんにも知らない、誰も相手にしない馬鹿がいたんですってね。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と見ると、どうしたことかさ、今いうその檜じゃが、そこらになんにもない路を横断よこぎって見果みはてのつかぬ田圃の中空なかぞらにじのように突出ている、見事な。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
途中で釣の道具を買調かいそろえて、乃公は可成なるべく水の静かな処に陣取って、釣魚つりを始めた。二三箇所試したが、流が早いからなんにも釣れない。それで乃公はだんだん上の方へ行った。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
なんにも知らねえおえいや丹三郎が不憫だと仰しゃればちと申したい事がある、おえいや丹三郎さんがなんにも知らねえという訳はがんしねえ、と言うものは、先達せんだったなで拾ったふみがありやす
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
友人はもとよりなんにも知らずに連れ出されたのであるが、バルザックはねて自分の苦心している名を目付めつけようという考えだから往来へ出ると何もしないで店先の看板ばかり見て歩行あるいている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「おめえ、もうちっとこっちに居てくんねえな。おいら勝手にすきな真似はしてるけれど、友達もなんにもありゃしないやな。本当は心細くッて、一向つまらないんだぜ。」
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
婆さんはなんにも知らないから年さえ取れば兄の家がもらえると信じている。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうするとお村はなんにも言わずに友之助のひざに取付き、声を揚げて泣きますから、友之助は一向何事とも分らぬから、兎も角も早く様子が聞きたいと云うので、向島むこうじま牛屋うしや雁木がんぎから上り、船を帰して
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「やあい! なんにも言うことがないもんだから。やあい!」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
といつた風情ふぜい面倒臭めんだうくささうに衣服きものたから、わしなんにはずにちいさくなつてだまつてひかへた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「御用心が過ぎて、今度はなんにも見えませんでしたの」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
外に姉さんもなんにも居ない、さかりの頃は本家から、女中料理人を引率して新宿停車場ステエション前の池田屋という飲食店が夫婦づれ乗込むので、独身ひとりみ便たよりないお幾婆さんは、その縁続きのものとか
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「書置もなんにもございませんでしたわ」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ものをおしへますとおぼえますのにさぞほねれてせつなうござんせう、からだくるしませるだけだとぞんじてなんにせないできますから、段々だん/″\うごかすはたらきも、ものをいふこともわすれました。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
海があるばかりで、他にはなんにもない。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
娘は山賊に捕われた事を、小児心こどもごころにも知っていたけれども、かた言付いいつけられて帰ったから、その頃三ヶ国横行おうこう大賊たいぞくが、つい私どものとなりうちへ入った時も、なんにも言わないで黙っていました。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なんにも分らないのね」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「そうだは御挨拶でございますこと、私は名もなんにもございませんよ。」
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昨日きのうただ綱を手繰たぐって、一人で越したです。乗合のりあいなんにもない。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)